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【創刊に寄せて】言語はどのような認知能力により習得されるのか—第二言語学習者への教育を考える—

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『言語習得と日本語教育』第 1 号(2021) 〔ジャーナル創刊に寄せて〕. 言語はどのような認知能力により習得されるのか. -第二言語学習者への教育を考える-. 橋 本 ゆ か り . 1.言語の本質からの視点. 言語習得において、第一言語習得の場合は誰しも失敗することなく母語を習得する. が、第二言語の場合は目標言語の母語話者レベルに到達することは難しいということ. がよく指摘される。第二言語学習者が母語話者並みに習得できない理由として、臨界. 期の存在(仮説)(Lenneberg, 1967)、化石化、動機付け等の多様な原因が挙げられて いる。しかし、実際には大人になってから学習し複数の言語を流暢に操る者もいる。. それではどのような学習が求められるのだろうか。一体言語とは何か、言語の知識が. どのように存在し、どのように習得されるのかと、人間と言語の本質に焦点を当てて. 考えることで何か新しい視点や認識が得られるかもしれない。 第二言語習得研究は、対照分析研究、誤用分析研究を経て、1970 年代に中間言語研. 究(Selinker, 1972)の時代へと移り変わる。対照分析から誤用分析への研究の転換期 には教師の視点から学習者中心へとパラダイムシフトが起き、中間言語研究の時代に. は、学習者の一時点における言語体系やその変化についての研究が盛んになされるよ. うになった。主に第一言語を対象とした言語理論においては、1960 年代頃より言語の モジュール性を唱える理論が生まれ、1980 年頃より外界と認知とのかかわり、一般の 認知能力との関係から言語現象や習得を見ようとする理論が生まれる。筆者は、後者. の認知言語学(Langacker, 1987, 1991, 2000, 2008 等)の立場をとり、用法基盤モデルの 知見を援用し、第二言語習得の子どもおよび大人の中間言語のプロセスを、第一言語. 習得と比較しながら研究を進めてきた(橋本, 2011, 2018, 2019 等)。同じ第二言語習得 者でも、子どもと大人では、学習環境(インプットの質と量)、年齢、認知能力の違い. 等の要因で習得プロセスが異なる。しかし根底には言語習得を駆動する原理が共通し. てあり、子どもの第一言語学習者、子どもと大人の第二言語学習者も、インプットか. 3. ら得た知識に基づいてスキーマ1を生成し、それらを発達させることで習得を進めてい. くことを明らかにし、用法基盤モデルの妥当性を示している。 本稿では、まずは前述した言語理論の争点の 1 つに注目して説明する。そして、そ. もそも言語現象や語彙、構文といった言語知識とはどのようなものなのか、またそれ. らはどのように習得されるのかについて述べ、最後に、そこから見えてくる第二言語. 教育に必要なことをまとめてみる。. 2.言語理論の対立. 2.1 習得初期の固まり学習 まずは、言語の学習経験を振り返ってみよう。英語では、How are you? や How do you. do? といった挨拶を初期に習得したのではないだろうか。また英国に滞在していた知 人に次のような話を聞いたことがある。朝市で周囲の人が What’s the best price? とい って値引き交渉しているのを聞いて、その表現を活用するようになったという。頻繁. に耳にする必要性の高い表現を丸暗記するのである。日本語母語の幼児も挨拶をすぐ. に習得する。まだことばを覚え始めたばかりの幼児が、「どういたしまして」「ごちそ. うさまでした」と明確に産出していたのを覚えている。「ごちそうさまでした」は、「ご. ちそう」がどういう意味で、「さま」が何か、そして「でした」が「でし」と「た」の. 最小の単位から成る複雑な構造ではあるものの、子どもは言語の単位やルールなど知. らずに産出するのである。また、英語母語幼児が、Can we~? といった表現をすぐに 習得するという報告もある。雛型化された表現である。これに似た現象で、留学生が. 留学先で Can I~? を多用し、概ねこの定型表現だけで用が足りたということも聞い たことがある。筆者が日本語を第二言語とする子どもの発話調査を行っている時には、. 習得初期に「Take off いいですか?」と話し掛けられたことがある。「~いいですか?」 の前に母語の表現を当てはめているのである。つまり、習得初期は、言語の最小単位. の意味や機能を習得するのではなく、経験の中で、全体で捉えた表現をどのようなコ. ンテクスト(場面)で使うのかを学習するわけである。. 2.2 固まり習得をめぐる議論. この固まりのままの習得については、海外の第一および第二言語習得の研究分野に. おいて古くより報告されている。2.1 節で挙げた実例からも、固まりには 2 種類あるこ とがわかる。1つは完全な固定表現である。例えば、挨拶のように、1 文すべてを固 まりで記憶してしまう。そしてもう 1 つは、どこか 1 か所を記憶しそれを固定部分と してパターン化することで、いろいろな言語要素と結合するものである。「Can I(固. 1 スキーマとは、過去の経験等が抽象化され、より構造化された知識のことである。. 4. 定部分) + □?(スロット)」「□(スロット)+ いいですか(固定部分)? 」といっ た具合に、スロット付きの表現である。スロットとは、さまざまな言語要素を入れる. 空所である。 この固まりについては抽象的な文法ルール獲得に繋がるのかという点がしばしば議. 論の的となっている(Clark, 1974; Ellis N., 2003; Ellis R., 1999; Hakuta, 1974; Peters, 1983; Schmitt & Carter, 2004; Weinert, 1995; Wray, 2002 等)。例えば、Wong-Fillmore(1976: 640)は、固まりは文法ルール獲得の中心的役割を果たすといい、Krashen & Scarcella (1978)は重要な役割を果たさないという考えである。前者は認知言語学の考え方で、 後者が Chomsky(1965 等)に代表される生成文法理論の考え方である。生成文法では、 人間が言語に特化した能力を生得的にもち、言語獲得装置(LAD)が脳内にあると想 定されている。トリガーの役割を担うインプットにより普遍文法のパラメータ(例え. ば、語順など)が設定され、英語や日本語といった個別文法が出来上がるという考え. 方である。一方、認知言語学の用法基盤モデル(Langacker, 1991; Tomasello, 1992, 1999, 2000ab, 2003 等)は、言語に特化した能力は想定せず、外界で得た具体事例に基づい てボトムアップに一般認知能力によって言語を習得するという考えである。習得プロ. セスにおいてはインプットが重要な学習材料になるわけだが、言語現象や習得と密接. な関係にあるとされる一般認知能力とはどのような能力なのかを次に考えてみること. にする。. 3.外界・認知・ことばの関係. 認知言語学は認知との関係. から言語を追究する学問分野. であり、ことばというものが. 人間と外界との関わりから創. 発するという考え(山梨 , 2000)が根底にある。まずは、 ことばとは何か、そして認知. とは何かを確認しておきたい。 外界は種々雑多な混沌とし. た世界だが、人間はその現象を必要な部分に切り分けて整理している。例えば、こと. ばが表す部分は、人間の目に見えるもの、あるいは耳から聞こえるものである。人間. が知覚できる世界があり、それを今度は認知能力によって世界を切りとって、その切. り分けたモノにことばをあてがっている(図 1 参照)。知覚可能なこととことばの存在 は双方とも有限である。例えば、人間は、嬉しい、悲しい、寂しい、懐かしい等と多. 様な感情をもつ。しかし実際には、もっと複雑で得体のしれない感情を感じているの. 5. かもしれない。現に、なんだかわからない感情を、胸のあたりを差して「この辺がむ. ずむずする」と擬態語を使って表現することもある。 認知とは、経験や五感などの感覚器官を通して知覚し、さらに知覚したことに基づ. いて概念形成や記憶とのやりとりといった高次の情報処理がなされることをいう(辻. 編, 2013 等参照)。「知覚」と「認知」を対照させると、「知覚」は感覚受容器を通じて 伝えられた情報を感知すること、外からの刺激を確認することである。「認知」は、知. 覚し、さらに知識に基づいて推理し考え解釈することである。暑い、寒いということ. ばも、外からの刺激を確認(知覚)し、それをことばに関する知識によって解釈した. ものである。知覚は受動的であるが、認知は主体的かつ能動的に人間が関わることで. 可能となる。 このようにことばの世界は人間が外界を知覚し認知することから生まれる。ただし、. その一方で、ことばをもった人間がことばにより外界を認知しているともいえる。ナ. ディアというサヴァン症候群の子どもが、十分に話すことのできなかった幼児期に壁. 画時代の絵のような写実的な絵が描けたのに、治療が進みことばが話せるようになる. と写実的な絵が描けなくなったという報告がある(Selfe, 2011)。例えば、眼、鼻、足、 手といった具合に、モノの 1 つひとつにことばのラベルを貼っていく。ナディアは、 ことばのラベルのもつ心的なイメージによって絵を描くようになり、絵は写実的では. なく記号を組み合わせたものになる。つまり、ことばをもつと、ことばの単位で外界. を認識するようになるということになる。Slobin(1991, 1996)は、thinking for speaking (話すための思考)という仮説を提示しているが、認知や思考が使用言語の特性や制. 約に影響を受けることを指摘している。認知とことばは相互に作用しているといえる。. 4.言語現象・習得と認知能力の関係. それでは、どのような認知能力がことばの習得に必要なのか。認知能力に焦点を当. てて考えてみる。. 4.1 カテゴリーとしての知識. 4.1.1 カテゴリーの階層性. 前述したように、人間は外界をことばにより認知しているのであるが、どのように. それらの知識を整理しているのだろうか。身近なところで、よく、いやし系、イケメ. ン、萌え系といったことばを耳にする。つまり類推能力によりカテゴリー化している. のである。カテゴリー能力は簡潔にいうと「分類する能力」であり、カテゴリーは概. 念的なまとまりである(Taylor, 2002)。例えば、犬は実際にはチワワやシェパードなど いろいろな犬種があるが、「犬」ということばで一括りに捉えられている(図 2 参照)。 さらに猫やサルと種々雑多な生き物をまとめてより大きな枠組みで捉えた上位の概念. 6. として「動物」がある。このように言語単位には上位と下位があり階層性を保ちなが. ら知識として構築されている。Langacker(1987, 1991, 2000)によると、カテゴリーは、 横の関係(統合 integration)と縦の関係(合成 composition・片方がもう片方の構成員. であるという関係)によりネ. ットワークを成しているとい. う。ちなみに、犬、猫、花と. いったことばは基本レベルと. され、子どもは最初に習得す. るレベルであるという。また. 子どもは生後 3 か月くらいか ら、知覚に基づいて身の回り. の世界をカテゴリー化してい. るということである(Quinn, et al., 1993)。 ことばのルールについてもカテゴリー能力が反映されている。品詞でいえば、動き. のないものは名詞、動きのあるものは動詞といった具合である。さらに動詞自体にも. 分類がある。例えば、Vendler(1967)の動詞分類は世界的に有名であるが、これは認 知可能な時間性(語彙的アスペクト)によって、動詞が 4 分類されている(表 1 参照)。 時間性は認知的に普遍性のある 3 つの意味素性によって規定されている。それは、動 きがあるか静的かという動的性、動きに終わりがあるのかどうかという限界性、動き. が瞬間的なのか時間的広がりがある、つまり持続的なのかという瞬間性の 3 つである。 例えば、「歩く」は動的であり持続して行う行為であり限界がない活動動詞に分類され、. 「見つける」は、動的であるが瞬間的で、見つければ終わるので限界性のある到達動. 詞とされる。国語学において. は、動詞の時間性に注目した、. 金田一(1950)の動詞四分類、 「状態動詞」(ある、いる)、. 「継続動詞」(書く、読む)、. 「瞬間動詞」(落ちる、死ぬ)、. 「第四種の動詞」(そびえる、. すぐれる)がある。. 4.1.2 プロトタイプ・カテゴリー. それではカテゴリーはどのように存在しているのであろうか。例えば、「果物といえ. ば、何を連想しますか?」と聞くと、りんごは誰しも即座に想起するが、いちじくと答 える者はほとんどいない。もちろん、生活環境や文化によっても異なるが、すぐに想. 7. 起するものとそうでないものがあることに気づく。すぐに想起できるものは典型的な. もの、つまりプロトタイプ(典型事例)と呼ばれ、プロトタイプを中心に多様な事例. が概念カテゴリー内に存在している(Rosch, 1973)。これをプロトタイプ・カテゴリー と称す。プロトタイプ・カテゴリーは、プロトタイプとの類似度によっての構成要員. である事例が連続性をもちな. がら配置され構造化されてい. る(図 3 参照)。品詞カテゴリ ーも明確に境界があるわけで. はなく継続性をもちながら存. 在しているという(寺村 , 1982)。形容動詞の中でも名詞 に近い性質を帯びるものは、. 名詞との境界に近いところに. あるという(上原, 2003)。 プロトタイプの考え方は多様な領域で応用できる。前述した動詞と動詞形態素のも. つ時間性が結びつきやすいという「アスペクト仮説」(Andersen & Shirai, 1994; Shirai, 1998, 2002)(図 4 参照)が提唱されている。日本語でいえば、時間性の類似した継続 動詞とテイルとの結びつきがプロトタイプであり、習得されやすいという仮説である. (菅谷, 2004; 橋本, 2006a; Shirai & Kurono, 1998)。. このように人間. はカテゴリー能力、. プロトタイプ能力. によって、身の回り. のモノを、ことばを. 通して整理し効率. 的に記憶している. のである。. 4.1.3 カテゴリーの動的な同定プロセス. 単語の意味範囲もカテゴリーとして捉えられるが、その範囲は習得初期より整然と. 整理されているわけではない。Rescorla(1980)では、英語母語の子どもがことばの意 味範囲を探る様子が報告されている。Clock(時計)を学習するときに、初期は置時計 であり、音の出る目覚まし時計であると認識する。そして次に、同じ機能をもつ腕時. 8. 計も Clock なのだと考える。さらには、音が出るもの、ラジオや電話もそうなのだと 推測する。その意味範囲は拡張し、腕時計からブレスレットも Clock なのだと考える ようになる。この例は過剰使用ではあるものの、人間が類似性を動機付けとして動的. なプロセスの中でカテゴリーを形成していくことがわかる。ことばの指示する意味範. 囲が拡張していく一方で、新しいことばを習得するとその範囲が限定され母語の規範. に整えられていく。この様相は第一言語だけではなく第二言語においても見られる。. ことばのラベルを貼っていく対象領域が広がる一方で、経験の中で新しいラベルを獲. 得し該当しない部分を貼り直していくことになる。新しいラベルに意味を移行させて. いくのである(橋本, 2006b)。大人の第二言語学習者は、既に母語の習得過程において、 概念を整理しラベルを獲得しているので、母語の概念に対応する目標言語のラベルを. 学習すればよいことになる。しかし、1 つのラベルのもつ母語と目標言語の意味範囲 が完全には一致しないことが多いため、第二言語習得が一筋縄ではいかないのである。. 4.2 多義としての知識. このように言語単位のもつ意味の拡張や複数の事例からなるカテゴリーの同定には、. 比較や類推する能力が関わっている。比喩の一種であるメタファー(鍋島, 2016 ; Lakoff, 1987)はある概念を理解するために別の概念領域を用いる認知の仕方である。類推能 力を用いた外界の認識が言語へ反映したものといえる。例えば、日常的に「後ろを振. り返らない」や「前を向いて進もう」といった表現を使うが、これは自分を時間軸に. 置き、自分よりも前を未来とし自分よりも後ろを過去として捉えることから生まれた. 表現である。空間における身体性を意識し、そこから世界を把握し表現しているので. ある。他にも、「机の脚(足)」は何かを支えるという類似性から人間の体を支える「脚. (足)」を使っている。また外観が似ているという理由で、「目玉焼き」といったりす. る。黄身と白身のコントラストと形の類似性から目玉に例えられている。パソコンの. 「フリーズ」は凍ったように画面が微動だにせず操作できなくなる現象を表現してい. る。「冷たい人」と言っても体温が低いわけではない。人の性格や態度を表しているの. である。見た目や性質が似ていると判断する類推能力が作用しているのである。英語. でも cold を用いて cold person と表現する。しかし、英語では天候についても It’s cold と cold を使うが、日本語では「冷たい」は使わず「寒い」という表現になる。 言語によって拡張の仕方や範囲が異なる点は、第二言語学習者が間違うところでもあ. る。 類推能力によってことばのもつ多義も説明できる。「乗る」という動詞には、「車に. 乗る」「波に乗る」「リズムに乗る」「勢いに乗る」「調子に乗る」「誘いに乗る」といろ. いろな意味で使用される。なぜ、このような多様な意味で「乗る」が使用されている. のか。「乗る」は「物の上に上がる」といった中心義があり、その中心義が派生の起点. 9. となっている(橋本, 2012)。つま り大雑把に事象を捉え、中心義と. の類似性から同じ動詞を使用して. いるのである(図 5 参照)。中学時 代、英語の授業で、over の意味を 最初は「向こうの」と教えられた。. その後、しばらくして be 動詞と一 緒に使用することで、「終わる」と. いう意味があることを学んだのだ. が、その時は、なぜ、「向こうの」. を意味する over が「終わる」を意味するのか腑に落ちなかった。これは困難や障害 の「向こうに」越えていくというイメージから「終わる」という意味をもつらしい。. 大雑把な事態把握の共通性から多義が出来上がっているといえる。 そもそも人間には、大雑把に事態を把握する能力が備わっている。外界の現象を全. 体で捉え能動的に意味を付与する認知の仕方をゲシュタルトという(辻, 2013 参照)。 例えば、小さな丸 2 つを大きな丸 1 つで囲み図のように配置すると、大抵の人は顔、 フェイスと答える(図 6 参照)。つまり細かく要素を見て丸が 3 つあるというのではな く、全体でその意味を捉えようとする。人間からの主体的な働き掛けにより、2 つの 丸が目で、大きな丸が顔の輪郭と規定される。ルビンの壺は有名だが、両側に焦点を. 当てると、2 人の顔が向き合っているように見え、真ん中に焦点を当てると壺に見え る。両方のシルエットを一度に確認することはできない。人間は際立ちのある前景と、. 際立ちのない背景へとシーンを配列するのである。ここでは視点が関わってくる。. Radden, G & Dirven, R(2007)によると、 窓から外を覗き、空の青を背景に木が 1 本立っている場合、木が前景で空が背. 景となる。ところが鳥が飛んできて木. にとまると、今度は鳥が前景となり木. が背景となる。このような視点はどの. 構文を使用するのかにも影響する。. 4.3 語彙と構文知識の関係. これまでは主に形式と意味のマッピングした語彙のレベルに注目して見てきたが、. 同様に形式と意味のマッピングした言語単位として構文もある(Taylor, 2002)。認知言 語学では、語彙と構文は切り離されたものではなく、語彙の延長線上に構文が存在す. ると考えられている(Goldberg, 2000; Tomasello, 2003)。構文の習得は、1 語文、語結. 図5 「乗る」の多義と中心義. 10. 合、1 語をピボット(軸)としたピボットスキーマ、アイテムごとに習得されるアイ テムベース構文、抽象構文へと進む(詳しくは Tomasello, 2003, 橋本, 2016 等参照)。 ピボットスキーマ(例 More+□)は、インプットから得た事例を比較し、類似したコ ンテクストや機能で使用される文(例 More Juice、More milk)を集めて抽象化したも のである。More+□の場合は、子どもが出現の再要請する場合に More を使えばよい、 そして欲しいものはその後にくっつければよいのだと分布分析を通して生成したスキ. ーマである。初期に得られる抽象度の低いスキーマは、より抽象度の高い構文へと発. 達し、それらが集まるとより包括された構文となる。一例として、二重目的語構文に. ついて考えてみると次のようになる。「あげる」は自分の領域にあるモノを相手の領域. へ移動させる事象である。「あげる」の意味を共通する具体の場面を何度も経験するこ. とで理解し、「あげる」構文を獲得する。さらに自分の領域から相手領域へモノを移動. させるという類似した経験として、「~に~を送る」「~に~を預ける」なども挙げら. れる。こういった経験の積み重ねから、「~に~を [移動を表す動詞] 」というより抽 象度の高い構文スキーマが抽出される。Tomasello(1992, 2003)は、動詞(アイテム) に習得が進むという「動詞島仮説」を提唱している。「島」は孤島を意味しており、習. 得初期は動詞間で知識が共有されないことを意味する。類推やカテゴリー能力により. 同様の構文をもつ島が複数集まった時点で、より包括的な抽象構文のイメージが確立. していくのである。このように構文抽出においても、現象を大雑把に捉えるゲシュタ. ルト的事態把握が作用し、類似した事象をカテゴリー化している。構文もプロトタイ. プ・カテゴリーとして存在していると考えられる。二重目的語構文であれば、日本語. の場合は「あげる」の構文であることが推測されるが、英語では give 構文がプロトタ イプであると指摘されている。構文の表象については、Langacker(2000)が、動詞も 構文もスキーマ化し双方が重なり合って存在していることを指摘している。部分構造. が統合され複合構造が作り上げられるという合成(compositon)という認知能力によ って説明している。例えば、二重目的語構文の場合、動詞語彙(例 send)に関するス キーマ [send + NP + NP] と、二重目的語構文に関するスキーマ [V + NP + NP] が合成 しているという(図 7 参照)。 Tomasello および Goldberg の 考え方は、Langacker のこの動 詞語彙に関するスキーマが先. に生成されていくというもの. である。このように構文の知. 識は、語彙の知識と相互に関. 連性をもちながらネットワー. ク状に存在している。. 11. 5.第二言語教育への示唆. 5.1 言語と認知の関係から考える習得. これまで言語現象について認知との関係から説明し、加えて第一言語および第二言. 語の習得に関しても簡単に触れた。言語現象について整理してみると次のようになる。. 人間は無限に広がる三次元の外界を有限のことばのラベルを使って表現している。そ. のためことばには意味の拡張や多義性が生じる。言語の現象やルールは、人間が効率. よく記憶できるように、認知能力を駆使して導き出したものである。ゆえに広くて深. い意味をもち、複層的かつ多元的な構造体を成す。ことばは外界を切り取って貼り付. けたものではあるが、人間が人間の視点から能動的に関わり整理した世界であること. から、それらには連続性が生じ相互に繋がりをもっているのである。 認知能力の観点から、人間が作り出すことばの世界をまとめてみると次のようにな. る。1)人間は外界との能動的な関わりの中で、比較、類推、抽象能力によりカテゴリ ー(概念)を形成する。2)カテゴリーは類推、抽象能力により階層性とプロトタイプ からの連続性をもつ構造体である。3)比較、ゲシュタルト的事態把握と類推、抽象能 力により意味拡張が生じる。4)語彙、パターン、構文といった位相の知識を合成し、 ネットワーク化する。. 言語習得は、このようなことばの世界を認知能力によって読み解き、知識の構造体. やネットワークのシステムを再構築する作業であるといえる。. 5.2 言語と認知の関係から考える教育. これまでまとめたことを踏まえて、第二言語学習者に対する教育をどのように行っ. たらよいのかを考えてみると、主に、次の 3 つのことがいえる。1)外界の現象とこと ばとの関わりを、具体のコンテクストの中で、能動的主体的関わりを通して学ばせる。. 2)母語のラベルから目標言語のラベルへの単純な貼り換え作業ではなく、広くて深い 豊かな構造体とネットワークの繋がりを学ばせる。3)比較、類推、抽象等の認知能力 の活性化を通して学ばせる。. Anderson(1984)によると、学習者は、初期に One to One Principle で形式と意味を マッピングするというが、ことばの世界を再構築させるには、1 対 1 対応のマッピン グがなされた後の精緻化のプロセスを用意することが重要であると考える。それは構. 造体やネットワークを時間を掛けて編み直していく作業であり、全体として合理的か. つ整合性のある組織体へと変容させるためものである。具体的には、学習者の現時点. での知識、手持ちのルールに基づいて仮説を立て、それぞれ異なるコンテクストや背. 景知識と照らし合わせながら、比較、類推、抽象といった認知能力を駆使しながら修. 正するダイナミックなプロセスとなる。その学習対象は目標言語の体系といった閉ざ. 12. されたものではなく、コンテクストとの相互作用によって創発する意味(語用論的意. 味等)をも含む。 学習者に用意するプロセスは、1 節で述べたような年齢要因にも配慮する必要があ. る。第二言語学習者の子どもは、環境にもよるが、大人に比べると比較的多くのイン. プットを受け、具体事例からのボトムアップの習得プロセスを辿る。どちらかという. と具体物や体を使った学習方法を好む。大人は、子どもと比較すると理屈で考えるの. が得意な傾向にある。教室学習者であれば、ルールを学んだ後、それを検証するプロ. セスを辿る(橋本, 2018, 2019)。どのようなインプットや教材により再構築のプロセス を辿らせるのか、年齢に沿った指導と工夫が必要である。. さらに本稿では、外界の見方や事態把握、視点が言語に反映されていること、そし. てそれは人間の能動的関わりの中で生じることを述べた。よって個別の母文化や慣習. が外界の切り分け方や認識の相違を生む。Slobin(1991, 1996)の指摘のように個別言 語により思考の仕方を変えるため、第二言語の学習においては、思考パターンも母語. から目標言語へと修正する必要がある。また、池上(2006)によると、言語によって 主観的事態把握と客観的事態把握とに分けられるという。日本語は主観的事態把握の. 言語であり、あたかも事態の中に入り込んだ当事者のように表現する一方で、英語は. 客観的事態把握の言語であり、事態を外から見る傍観者のような表現となる。このよ. うに外界における事態をどのような位置から見て言語に置き換えるのかという土台の. 部分の修正も必要となる。 このような修正を繰り返し、再構築を何度も経験することで、目標言語の達成レベ. ルが高まっていくと考える。第一言語と第二言語の知識は表層では異なっているもの. の、水面下の認知領域では共有されているというバイリンガルの理論「共有基底言語. 能力モデル」(Cummins, 1984)があるが、まさに水面下の認知のところでどのように 第一言語と第二言語の知識の乗り入れが相互に行われ統合的認識が醸成されるのかが. 目標言語の達成レベルに関わってくると考える。本稿では、認知との関わりに焦点を. 当て、なるべく身近なところから簡潔な説明を試みた。ごく限られたことばの世界の. 説明ではあるが、言語、習得、教育について再考する一助となればと考える。. 〈付記〉 本稿は、2012 年度『横浜国立大学国語日本語教育学会大会』における講演内容を加筆修正. したものである。. 〈参考文献〉. 池上嘉彦(2006)「〈主観的把握〉とは何か-日本語話者における〈好まれる言い回し〉」『月刊. 言語』, 5 月号, 10-27.. 13. 上原聡(2003)「何故プロトタイプ構造か-日本語の「形容動詞」に見るプロトタイプ構造形. 成の歴史的考察-」『認知言語学論考』, 3, 51-91.. 金田一春彦(1950)「国語動詞の一分類」『言語研究』, 15, 48-63.(金田一春彦編 1976 『日本. 語動詞のアスペクト』むぎ書房, 5-26 に再録). 菅谷奈津恵(2004)「文法テストによる日本語学習者のアスペクト習得研究-L1 の役割の検 . 討-」『日本語教育』, 123, 56-65.. 辻幸夫編(2013)『新編 認知言語学キーワード事典』研究社. 寺村秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味 I』くろしお出版. 鍋島弘治郎(2016)『メタファーと身体性』ひつじ書房. 橋本ゆかり(2006a)「日本語を第二言語とする英語母語幼児のテンス・アスペクトの習得プロ. セス-タ形・テイ形の使用について-」『日本語教育』, 131, 13-22.. 橋本ゆかり(2006b)「幼児の第二言語としての動詞形の習得プロセス-スキーマ生成に基づく. 言語構造の発達-」『第二言語としての日本語の習得研究』, 9, 23-41.. 橋本ゆかり(2011)『普遍性と可変性に基づく言語構造の構築メカニズム-用法基盤モデルか. ら見た日本語文法における第一言語習得と第二言語習得の異同』風間書房. 橋本ゆかり(2012)「のる」森山新(編著)『日本語多義語学習辞典-動詞編』,アルク,407-411.. 橋本ゆかり(2016)「幼児の第二言語習得」長友和彦(監修)森山新・向山陽子(編著)『第二. 言語としての日本語習得研究の展望-第二言語から多言語へ』第 10 章,ココ出版,295-322.. 橋本ゆかり(2018)『用法基盤モデルから辿る第一・第二言語の習得段階-スロット付きス . キーマ合成仮説が示す日本語の文法』風間書房. 橋本ゆかり(2019)「年齢と環境要因による習得プロセスの違い-コーパスから探る習得順 . 序-」野田尚史・迫田久美子(編)『学習者コーパスと日本語習得研究』第 4 部,くろし. お出版,167-187.. 山梨正明(2000)『認知言語学原理』くろしお出版. 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