嶋中雄二の景気サイクル最前線
日銀は、
「インフレ目標」の早期達成に全力を!
~株高・円安下でも、デフレ再突入阻止が重要に~
説明責任を果たした、昨年 10 月の追加緩和
日銀が 13 年 1 月に政府と合意し、4 月から具体的に運用している「インフレ目標政策」の目的は、通 常、①中長期的な名目アンカーの明示による期待の安定化、②政策運営上の説明責任の明確化や透明性 の向上、③政治的な介入を防ぐ盾の役割、④フォワード・ルッキングな政策運営の実現、等にまとめら れる。 ①と④はここでの主題ではないので論評はしないが、②についてイングランド銀行に関して言えば、 政府の設定するインフレ目標から 1%以上かい離した場合の対応として、総裁が公開書簡で、①かい離 が生じた理由、②対応策、③目標値に回帰するのに要する期間の見込み、④BOEの対応のあり方が政 府の目標と整合的であるか、を大蔵大臣に説明する義務が生じる(中原伸之『デフレ下の日本経済と金 融政策』東洋経済新報社、2002 年、97~105 ページを参照)。 実際、日本でも説明責任を明確にして、対応策をアクションで示した例がある。昨年 10 月 31 日の日 銀による追加金融緩和がそれに該当しよう。黒田総裁は 11 月 25 日の講演で、「『原油価格の下落』と いう長期的には望ましい現象の結果であっても、実際の物価上昇の足踏みが長引くような場合、バック ワード・ルッキングな期待形成は弱まる可能性があります。その結果、2%の実現に疑いが生じるよう なことになれば、『量的・質的金融緩和』のメカニズムが全体として弱まってしまうリスクが生じます」 として、「2%の早期実現の決意にいささかの揺るぎもないことを改めて『行動』の形で示す必要があ ると考えました」と説明している。 こうしたアクションは、場合によっては、15 年 1、2、3 月における消費者物価指数の前年比の実績が ほぼ明確になる 4 月中にも、再び必要となると考えるべきなのではないか。原油価格の下落が主因とは いえ、①消費者物価総合(いわゆるヘッドライン)、②同生鮮食品を除く総合(コア)、③ 食料(酒類 を除く)及びエネルギーを除く総合(コアコアあるいは米国方式コア)、④持家の帰属家賃を除く総合、 ⑤東京都区部中旬速報値、の 5 つの指標がいずれも昨年 12 月時点で 0.5%以下となっており、ヘッドラ インの 12 月と東京都区部の 1 月は 0.3%である(表 1、図 1)。 日銀の 10 月追加緩和時には、9 月のコアが 1.0%(当日発表)、10 月のコアは 0.9%で、1%の大台 割れの土壇場だった。黒田総裁は以前に、「1%割れはない」と言及していたことがあったので、追加 緩和のアクションにより、きちんとアカウンタビリティを果たしたことになる。そして、その後の原油景気循環研究所
No.35 2015 年 2 月 25 日
価格の動きから見て、15 年 1~3 月期中のどこかの時点で、上記 5 つの消費者物価指標のどれかがゼロ ないしマイナスに突っ込む蓋然性がかなり高いし、このことはガソリン価格とコアCPIの連動性から 見てもよくわかる(図 2)。海外中銀のケースを見ても、ECBの 1 月 22 日の量的緩和移行は、12 月 の消費者物価総合がマイナス 0.2%(コアは 0.8%)とマイナス化した途端に決定された(図 3)。上記 のイングランド銀行であれば、インフレ目標から 2%以上もかい離したのであるから、対応策が問われ るのは当然である。 インフレ目標政策が採用されていることのもう一つの重要な利点は、冒頭の③政治的な介入を防ぐ 「盾の役割」をインフレ目標が果たしてくれることである。すでに、日銀内部から「追加緩和は円安を 促し、景気回復に逆効果」との声も上がったとされる中で、統一地方選を控えて、国会でも、事の真偽 は別として「円安は家計や地方の中小企業に負担を課す」との見方が多く出ている。また、政府部内か らも、TPP決着を前に円安・ドル高を回避したいとの思惑からなのか、単に現在の株価上昇や景気の 先行きへの手応えがあるからなのか、すでに複数の高官から「追加緩和は必要ない」といった声が出て いるほか、政府の 2 月の『月例経済報告』から「早期に」の文言が削除されるようなこともあった。 しかし、このような発言や動きは、インフレ目標政策の遂行の義務を負っているとともに、個別の金 融政策の実施のタイミングの判断を含めて「手段の独立性」を行使できる日銀にとっては、従わなくて 表1.消費者物価の推移 (前年比、%) ① ② ③ ④ 13 12 1.6 1.3 0.7 2.0 0.7 14 1 1.4 1.3 0.7 1.7 0.7 2 1.5 1.3 0.8 1.9 0.9 3 1.6 1.3 0.7 2.0 1.0 4 1.5 1.5 0.8 2.0 1.0 5 1.6 1.4 0.5 2.0 0.9 6 1.5 1.3 0.6 2.0 0.9 7 1.3 1.3 0.6 1.7 0.8 8 1.2 1.1 0.6 1.6 0.8 9 1.1 1.0 0.6 1.5 0.7 10 0.8 0.9 0.5 1.0 0.7 11 0.3 0.7 0.4 0.5 0.5 12 0.3 0.5 0.4 0.5 0.4 15 1 0.3 東 京 都 区 部 (除 く 生 鮮 ) 全国 (資料) 総務省『消費者物価指数』 (前年比、%) (年、月) -3.0 -2.5 -2.0 -1.5 -1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 ②生鮮食品を除く総合 (日本方式コア) ①総 合 ③米国方式コア ④持家の帰属家賃 を除く総合 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (年、月) CPI総合 CPI除く エネルギー・食品・酒・煙草 (前年比、%) 総合 ▲0.6 コア 0.5 15/1 総合 コア 11月 0.3 0.7 12月 ▲0.2 0.8 1月 ▲0.6 0.5 (資料)Eurostat (注 1)米国方式コアは、食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合。 (注 2)シャドー部は景気後退期(内閣府)。12 年 4 月の山と同年 11 月の谷は暫定日付。 (注 3)14 年 2Q以降は消費税の影響を除くベース(当研究所試算)。 (資料)総務省『消費者物価指数』 図1.消費者物価の推移 図3.ユーロ圏の消費者物価指数 -3 -2 -1 0 1 2 3 -40 -30 -20 -10 0 10 20 30 40 07 08 09 10 11 12 13 14 15 (前年比、%) (前年比、%) (年) コアCPI(月次、右目盛) ガソリン価格(週次、左目盛) 15年2月23日 -12.8% (137.9円/㍑) 14年12月 0.5% 図2.ガソリン価格とコアCPIの関係 (注)コア CPI は消費税の影響を除く。ガソリン価格は全国店頭レギュラーガソリン。 (資料)資源エネルギー庁「石油製品価格調査」、総務省「消費者物価指数」をもとに 三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
も許される「雑音」(山本幸三・衆議院議員の言葉)ないしは「お節介」の類なのではないだろうか。 そんなことより、インフレ目標に則って、できるだけ早期のデフレ脱却を目指している中央銀行が、物 価上昇率が一時的にでもマイナスになることを座視していると受け取られることによる、信任の毀損リ スクの方が大きいとはいえまいか。
追加緩和規模は 10 兆円
それでは、次に日銀が追加金融緩和を実施するとすれば、その具体的な時期と政策の中身としては、 どのようなものが考えられようか。タイミングの候補の一つは、5 つの消費者物価指数の前年比のうち、 どれか一つでもゼロないしマイナス化したことが判明した直後の 4 月 7、8 日の金融政策決定会合か同 月 30 日の「展望リポート」の発表を伴う会合であろう。政策の中身としては、マネタリーベースを操 作目標とする現行の枠組みを今更変えるわけには行かないため、日銀当座預金を減少させることになる 「付利撤廃」などは実施されにくいだろう。 追加規模は 10 兆円程度が望ましい。なぜなら、当初、15 年上期に名目経済成長率を、政府の中期目 標 3%に持って行くために設定されたと考えられる、14 年末のマネタリーベース残高 270 兆円に、10 月 末の追加緩和で 5 兆円上乗せした 275 兆円は、前年 13 年末の 202 兆円に比べ 36%の増加となっている が、追加緩和後の 15 年末の残高は今のところ最大で 365 兆円と、前年比では 33%増になり、少し鈍化 した形になっている(表 2)。名目成長率は原油安の恩恵もあって、15 年上期には目標通り前年比 3% 程度に達するが、これを維持し、しかも消費者物価が一時的にせよ、再び陥りそうになっているデフレ の淵から引き上げるためには、やはり前年末と同程度の前年比 36%、残高にして 375 兆円程度が必要だ ろう。すなわち、これまでのマネタリーベースの年間の最大可能増加額 90 兆円に、10 兆円を新規に追 加した 100 兆円の増加になる。 では、何を購入するべきか。長期国債については 1 兆円程度買い増しし、ETFを 0.8 兆円、社債を 0.2 兆円の追加購入して計 2 兆円となるが、来るべき追加緩和では、それを目的とする必要はないもの の、地方創生や景気対策を側面支援することにも繋がる地方債(14 年 9 月末残高 75.1 兆円)や政府関 係機関債(同 78.7 兆円)を、各々4 兆円ずつ新規購入すれば、計 10 兆円となる(表 3)。 表2.「量的・質的金融緩和」におけるマネタリーベースの目標とバランスシートの見通し (注) 『追加緩和のケース』は景気循環研究所予測。 (資料)日本銀行「『量的・質的金融緩和』の拡大(14 年 10 月 31 日)」をもとに、三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所が一部修正。 (兆円) 追加緩和のケース 12年末 13年末 14年末 15年末 15年末 (実績) (実績) (見通し) (見通し) (見通し) マネタリーベース 138 202 275 365 375 増加額 - 64 73 90 100 前年比(%) - 46 36 33 36 (14年末を当初の270兆円とした場合) 35 35 (バランスシート項目の内訳) 長期国債 89 142 200 約280兆円 CP等 2.1 2.2 2.2 2.2 社債等 2.9 3.2 3.2 3.2 ETF 1.5 2.5 3.8 約6.8兆円 J-REIT 0.11 0.14 0.18 約0.27兆円 貸出支援基金 3.3 13 18 その他とも資産計 158 224 297 銀行券 87 90 93 当座預金 47 107 177 その他とも負債・純資産計 158 224 297黒田総裁は、13 年 4 月 2 日の衆議院予算委員会で、「期待を裏打ちする大胆な金融政策をとり、目標 を必ず実現しなければならない」とした上で、同月 4 日、「消費者物価の前年比上昇率 2%の物価安定 目標を 2 年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する」と宣言し、明確なコミットメント を伴う「量的・質的金融緩和」を開始した。その成果は株価や為替、雇用といった指標に大きく表れて おり、アベノミクスの「第 1 の矢」である異次元緩和の威力をまざまざと見せつけることになった。批 判されている円安も、これなくしては地方創生の切り札となり得るインバウンド消費や国内生産回帰は 考えられなかった。 しかし、問題は、肝心のインフレ目標達成への信認が揺らぎ始めていることだ。一部には、既に対外 公約となっている日銀のインフレ目標の水準を引き下げるべきだとの主張まで見られるが、賛成できか ねる。他方、3 月からのECBによる量的金融緩和の開始で、ユーロがどの程度下落するかも新たなポ イントになってこよう。現在の株高と円安の持続性にもよるが、仮に株高・円安の中にあっても、現状 の日銀は、放置すればバックワード・ルッキングな期待形成をデフレ方向へと後退させかねない、消費 者物価指数のマイナス化の進行を、水際で阻止するという断固とした姿勢を、再びアクションで示すべ きなのではないか。 (以上) 三菱UFJモルガン・スタンレー証券 景気循環研究所 東京都千代田区丸の内 2-5-2 三菱ビルヂング 参与 景気循環研究所長 嶋中 雄二 03-6213-6571 [email protected] 表3.日銀の買入対象となりうる資産 (注 1)残高は 14 年 9 月末時点(ETF は同年 12 月末時点)、日銀保有分は 15 年 2 月 20 日時点。 (注 2)地方債と政府関係機関債は、時価ベース。但し、内訳の公募地方債と財投機関債は簿価ベース。 政府関係機関債には政府保証債や地方公共団体金融機構債などを含む。 (資料) 日本銀行「資金循環勘定」、「営業毎旬報告」、日本証券業協会「公社債発行額・償還額等」、 投資信託協会「契約型公募投資信託の資産増減状況」をもとに三菱 UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成 (兆円) (兆円) (%) 860.7 215.5 25.0 72.0 3.3 4.6 75.1 - -公募地方債 57.8 - -78.7 - -財投機関債 33.1 - -10.6 4.3 40.5 長期国債 社 債 地方債 政府関係機関債 E T F 日銀保有分 残高 社債並みで 3.4兆円 社債並みで 3.6兆円
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