二〇一七年、中国における電子書籍の老舗である北京超星 公司から「中国文史資料集粋」データベースがリリースされ た。筆者は東方書店より本データベースのレビューを依頼さ れたため、トライアル版の使用を申し込み、一ヶ月ほど試用 してみた。本稿はその成果である。 一 「文史資料」とは何か 「 文 史 資 料 」 と は 中 国 近 現 代 史 の 研 究 者 で あ れ ば、 誰 で も 知っている著名な歴史資料である。 一九五九年に周恩来の指示で、中国人民政治協商会議に歴 史資料を収集する組織として、 文史資料研究委員会が置かれ、 その後に省・県レベルの政治協商会議にも文史資料研究委員 会 (一九八六年に文史資料委員会に改称) が置かれることとなっ た。この文史資料委員会が文化大革命の時期を除き、近現代 史に関わる史料収集・記録活動を着実に行ってきた成果が文 史資料である。 彼 ら が 重 視 し て き た 方 針 と し て「 三 親 」、 す な わ ち「 親 身 経 歴 」 ( 自 ら 経 験 し た こ と ) 、「 親 眼 所 見 」 ( 自 ら 見 た こ と ) 、「 親 耳 所 聞 」 ( 自 ら 聞 い た こ と ) が 挙 げ ら れ る。 こ れ ら の 方 針 は、 蘇州市政治協商会議にて文史資料に関する業務に従事してき た夏冰氏の言葉を借りると、 「民間に散在する文献史料とオー ラルヒストリーの記録に重点を置」くことであるという。 中国人民政治協商会議という公的機関によって収集されて いるため、編集・公表された文史資料には一定程度の政治的 バイアスがかかっていることが推測されるし、そもそも人間 の認識や記憶は不確かなものであるから、そういった意味で
「中国文史資料集粋」データベースを利用して
大澤
肇
した。しかし、当然のことながら、 檔 案が公開されていない 領域もあれば、そもそも 檔 案に記録されていない領域――例 えば、庶民の日常生活などがその典型である――では、文史 資料は依然として重要な情報源・史料の一つなのである。 二 データベースの使い方 続 い て デ ー タ ベ ー ス の 使 い 方 に つ い て 解 説 し よ う。 図 1 を 見 て い た だ き た い。 こ れ は デ ー タ ベ ー ス 起 動 直 後 の 画 面 で あ る。 デ ー タ の 検 索 方 法 は、 上 部 中 央 の 箇 所 に あ る キ ー ワ ー ド 入 力 欄 に キ ー ワ ー ド を 入 力 す る か、 画 面 左 の 地 域 の 欄 (「 図 書 分 類 」と 書 い て あ る 欄 ) を 展 開 さ せ て 見 て い く か、 の ど ち ら か に な る。 後 者 の 検 索 方 法 で は 県 レ ベ ル で 発 行 さ れ た 文 史 資 料 を 県単位で抽出し、 書籍 タ イ ト ル を一覧で見ることができるが、 大 量 に 見 る 必 要 が あ る の で お 勧 め で き な い。 ま た 地 域 を 指 定 し、 そのなかで キ ー ワ ー ド 検索をかけることはできない。 し た が っ て デ ー タ の 検 索 方 法 は 、上 部中 央 の 箇 所 に あ る キ ー ワ ー ド 入 力 欄 に 、キー ワ ー ド を 入 力 し て い く 方 式 に な る 。キー ワ ー ド 入 力 欄 の 上 の タ ブ 、 左 か ら 順 に 書 籍 タ イ ト ル の 検 索 、 章 タ イ ト ル の 検 索 、 全 文 検 索 と な っ て い る 。 書 籍 タ イ ト ル は 図 書 館 O P A C と 同 じ 物 と 考 え て よ く 、 章 タ イ ト ル の 検 索 は 、 各 文 史 資 料 に 収 録さ れ た 文 章 の 章 タ イ ト ル を 検 索 対 象 と す る 二重に「問題」のある歴史資料といえる。しかしながら政治 協商会議が民国時代の非共産党エリートたちの流れを汲んで いることから、文史資料にはそういった観点からの貴重な証 言や史料が掲載されることも少なくない。この点は九〇年代 ごろまで、多くの文史資料が「内部刊行物」であり、自由な 流通が制限されていたという事実もそれを傍証しているとい える。 また前述のように、各県レベルで文史資料の編集・発行が 続けられており、このような県レベルの文史資料では、オー ラルヒストリーと文献史料を組み合わせた論文ともいうべき 力 作 も 少 な く な く、 ( 資 料 に バ イ ア ス が あ る と は い え ) 新 編 地 方 志と並び、地域史や社会史研究において基礎的かつ必要不可 欠な歴史資料となっている。 そのため、かつて日本の中国近現代史研究者の多くが文史 資料の収集に精力を注いでいた。日本国内でも東洋文庫や村 山 談 話 に よ り 時 限 付 き で 設 立 さ れ た 日 中 歴 史 研 究 セ ン タ ー ( 同 セ ン タ ー は 現 在 閉 館、 収 集 資 料 は 国 際 日 本 文 化 研 究 セ ン タ ー が 「 日 中 文 庫 」 と し て 継 承 ) な ど が 文 史 資 料 の 大 規 模 な コ レ ク シ ョ ンを誇っている。 二 一 世 紀 に 入 っ た 後、 中 国 近 現 代 史 の 領 域 で は 檔 案( ア ー カ イ ブ ) の 公 開 に 伴 い、 檔 案 を 一 次 史 料 に 用 い た 研 究 が 激 増
図 1 データベースログイン直後の状態 も の で あ る 。 こ れ ら に 対 し て 、 全 文 検 索 は 文 史 資 料 の 全 文 が 検 索 対 象 とな る 。 非 常 に 便 利 で あ る が 、 一 般 的 な キ ー ワード で は 、 検 索 結 果 の 上 限 五 〇 〇 件 に す ぐ 引 っ か か っ て し ま い 、 実 用 的で はな い 。 そこ で 力 を 発 揮 す る の が 、 絞 り 込 み 検 索 で あ る 。 図 2と 図 3( 一 六 頁 ) を 見 て い た だ き た い 。 こ の よ う に 全 文 検 索 と 絞 り 込 み 検 索 を 活 用 す る こ と で 、 こ の デ ー タ ベ ー ス の 真 価 を 発 揮 さ せ る こ と が で き る 。 三 データベースの特徴と問題点 収録された二万冊以上にのぼる文史資料のなかにある必要 な 記 述 を 一 瞬 に し て 検 索・ 出 力 ( 印 刷 は 一 度 に 六 頁 ま で。 但 し 表 示されるファイルは画像ファイルなので個別には保存可能) できる のは、凄いの一言に尽きる。前述したように、政治的な規制 やバイアスはかかっているはずであろうが、 「三年困難」 、「武 闘」 、「四清」などのキーワードでも検索にヒットする。また 原資料画像目次にある頁数と、データベース上での頁数が一 致しているのは、書籍単位で見ていくときや、目録や目次か ら目的の記事を探す際に非常に便利である。 と は い え デ ー タ ベ ー ス の 大 き さ か ら 、 一 般 的 な キ ー ワ ー ド で 検 索 し て も 、 役 に 立 つ 記 述 を 探 し 出 す の は 難 し く 、 前 述 の よ う に 絞 り 込 み 検 索 の 活 用 や 、 ユ ニ ー ク ・ オ リ ジ ナ リ テ ィ の あ る
図2 キーワード「私塾」で全文検索を行った結果
図3 キーワード「党義課」で全文検索を行うと検索結果として 180 件表示される。さら にそこから「結果中検索」(絞り込み検索)でキーワード「教科書」を入力すると、 検索結果は 27 件まで減る。
キ ー ワ ー ド を 思 い つ く 発 想 の 斬 新 さ が 必 要 と さ れ る 。 な お 、 本 体 験 版 利 用 の 際 に は 、 所 属 機 関 の I P ア ド レ ス を 先 方 に 通 知 す る 必 要 が あ る 。 I P ア ド レ ス に よ っ て 、 ア ク セ ス を コ ン ト ロ ー ル し て い る た め で あ ろ う が 、 自 宅 な ど 機 関 外 か ら ア ク セ ス で き な い と い う 不 便 さ を 伴 う 。 日 本 で の C N K I サ ー ビ ス の よ う に 、 プ リ ペ イ ド ・ カ ー ド と パ ス ワ ー ド を 組 み 合 わ せ る 方 式 で ロ グ イ ン ・ 検 索 ・ 出 力 で き る よ う に な る と 、 よ り 一 層 便 利 で あ る 。 ま た「 文 章 」 ( 章・ 文 章 タ イ ト ル ) 検 索 で 同 じ キ ー ワ ー ド で 検索をかけても、検索結果の出てくる順番が毎回異なってし まう。超星側の説明によれば、データベースの更新が頻繁な ため、このような仕様になっているという。 四 おわりに 「 文 史 資 料 」 の 所 蔵 は、 日 本 で は 最 大 級 の 文 史 資 料 コ レ ク ションである国際日本文化研究センター図書館・日中文庫で も約一〇〇〇冊、東洋文庫でも約五〇〇タイトルあまりに過 ぎない。それに対してこのデータベースでは約二万冊分の資 料が入力されており、それが様々な問題――政治的なバイア ス、オーラルヒストリーに共通する問題など――があるとは いえ、全文検索ができることは大きな利点である。そのため 文史資料の史料的価値が再評価され、今後、文史資料を傍証 で用いた政治史・経済史研究や、文史資料を使った社会史的 研究が増えていくであろう。さらに、収録されているデータ も頻繁に増加・更新されているという。おそらく中国の多く の重点大学や欧米の研究型大学では、 数年のうちに導入され、 海外の研究者のあいだでは、 「中国文史資料集粋」データベー スの利用は「常識」になるであろう。 様 々 な メ デ ィ ア で 日 本 の 中 国 研 究 者 が 嘆 い て い る よ う に、 これでは日本と外国との研究インフラの格差は開く一方であ る。日本でも、せめてどこか一機関、公共図書館等で導入し て欲しいものである。あるいは東方書店と数カ所の大学・研 究機関等でコンソーシアムを組み、共同利用を行うことはで きないだろうか。 ( 本 稿 の 執 筆 に あ た り、 上 田 貴 子「 文 史 資 料 に つ い て の 覚 書 」『 近 現 代 東 北 ア ジ ア 地 域 史 研 究 会 ニ ュ ー ズ レ タ ー』 第 一 二 号、 合 庭 惇・ 尾 形 洋 一・ 劉 建 輝「 東 ア ジ ア 近 代 史 資 料 の 再 構 築 に 向 け て 」『 論 壇 人 間 文 化 』 第 二 号、 夏 冰「 蘇 州 新 史 料 の 発 掘 と 運 用 」、 高 田 幸 男・ 大 澤 肇 編『 新 史料からみる中国現代史』を参考にした。 ) (おおさわ・はじめ 中部大学)