メタ倫理学研究へ進むための跳躍台 蝶名林亮編著『メタ倫理学の最前線』
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(2) とした、メタ倫理学に関する最新の研究をふまえた論文集. 既にメタ倫理学について多少興味をもっている読者を対象. 本書は五部構成であり、その章構成は以下の通りとなって. タ倫理学の議論を広範囲で網羅的に扱っている点である。. 評者が注目するもう一つの優れた特長は、現代に至るメ. いる。. 世紀以降蓄. である。英米系のメタ倫理学の最新の議論は 積された先行研究を十分に把握していなければ明確な理解. 第1章 アリストテレスともう一つのメタ倫理学. が困難であり、この分野の専門家以外には近寄り難いもの となっている。この現状を改善すべく、メタ倫理学に関心. 行為の理由についての論争 . をもつ読者に「錯綜する研究状況を整理し、現在の研究動. 第4章. 第2章 ヒューム道徳哲学の二つの顔 第3章 カントの倫理学とカント主義のメタ倫理学. 向の一つの見取り図を提示」することで、 「さらなる学習・ 研究への跳躍台」を提供することが本書全体の目的である。 その目的を達成するための本書の特長の一つは、各章の. 主義と道徳の規範性からの反論を中心に. 第5章 自然主義と非自然主義の論争について― 自然. 第6章 道徳的説明についての論争. 執筆スタイルにある。各章の筆者は先行研究をふまえた最 新の研究動向について論じるが、自説や特定の立場に偏る. 第7章. 進化論的暴露論証とはどのような論証なのか. ことなく、公平で客観的な整理・概説に力点を置いて読者. . に必要な前提知識を提供する。しかも取り上げるそれぞれ. る。つまり対象読者に必要な知識を提供する概説書の役割. テーマが取り組むべき今後の課題についても提示してい. の 立 場 に 対 し て 筆 者 独 自 の 詳 細 な 批 判 的 検 討 も 加 え、 各. 第8章 非認知主義についての論争 第9章 道徳的非実在論 第 章 義務様相表現の意味論 第 章 我々は客観主義者なのか? 補論― その他の研究動向. を備えつつ、論文としての専門性・価値も担保するといっ た程よいバランスで綴られているのである。. 10. 11. ― 102 ―. 20.
(3) 第Ⅰ部(第1〜3章)は現代のメタ倫理学と関連が深い. .立花論文について. 立花論文「第1章 アリストテレスともう一つのメタ倫 理学」は、アリストテレスにとってそもそも倫理学とは何. 古典としてのアリストテレス、ヒューム、カントの思想を メタ倫理学という視点からそれぞれの章で考察し、さらに. か、倫理学とは何をどう営む学問なのかを明らかにする。. 第Ⅱ部から第Ⅴ部(第4〜. にある。各章で触れていない研究課題に関する様々な情報. は最終部として収録された「補論― その他の研究動向」. 扱っていることは十分見て取れるが、さらに特筆すべき点. 認するだけでも本書が現代メタ倫理学の論点を広範囲に. ことでメタ倫理学研究の現状を紹介する。各章の目次を確. た倫理的トピックであるとする徳倫理学の主張が導かれる. から、 「単なる行為ではなく人間の生き方や性格育成もま. よって規定された生き方が人間の善・幸福であるという点. う 習 慣 づ け に よ っ て 備 わ り、 中 庸 を 判 定 す る 思 考 の 徳 に. 点から概観し、中庸を選ぶ性格の徳が行為の繰り返しとい. の倫理学説をその中心的概念である「幸福」と「徳」の観. テーマについてそれぞれの論争状況をふまえた考察を行う. を主に補完する「補論」によって、本書がカバーする領域. ことになる」と概説する。. 第3節以降では、この概説の前提となる、倫理学という. 学問的営みは何かという問いに答えるために、アリストテ. 系における倫理学の位置づけ、その研究スタイル、実効性. などを通じてメタ倫理学に関心をもった学習者を次のス. このことをふまえ、以下では古典と現代に関するそれぞ. の重視などの観点から考察を行う。立花氏は、他の仕方で. レスという「人物」に迫りつつ、アリストテレスの学問体. れの論文の中から、本学会員である立花幸司氏、佐藤岳詩. つかう実践学としての倫理学のさらなる特徴について、人. もありうる事柄に関わる知のなかでも行為に関わる知をあ. テップへと導く必読の跳躍台と言える。. 本書はその目的をかなり高いレベルで達成した、入門書. がより網羅的なものとなっているのである。. 第2節は『ニコマコス倫理学』に定位し、アリストレス. 章)は現代メタ倫理学の中心. 3. 氏の各論文に焦点を当て、概要と簡単なコメントを述べた い。. ― 103 ―. 11.
(4) 経験的知見を尊重した自然学を始めとする研究の方法論に. う学問としての政治学の一部である点を強調する。また、. 間にとってどのように行為し生きるのが最も善いのかを扱. される。. 実効性をもった理論を提供する学問であること」が描き出. 「 (2)言葉を弄した机上の空論ではなく、現実に立脚した. 知見を重視する自然主義的傾向をもった学問であること」. 以下は立花論文に対する評者の些末なコメントである。. 注目し、友愛に関する考察などを例に、 『ニコマコス倫理 学』においても倫理学に対する生物学的・経験科学的態度. 本論文はアリストテレスにとってそもそも倫理学とは何. か、 倫 理 学 と は 何 を ど う 営 む 学 問 な の か を テ ー マ と す る. が背景にあると指摘する。 生物としての人間を扱う倫理学が経験的知見を取り入. や性格といった諸概念が「経験的な基盤をもつ」ことなど. が、このテーマはアリストテレスのメタ倫理学説とは何か. 傾向へと繋がったことをプラトンのイデア論批判の中に読. のうちに自然化された学としての自然主義的傾向をアリス. れ、その構成要素としての徳や性格が経験的な基盤をもつ. み取り、それが実効性を伴って我々が実際に善くなるとい. トテレス倫理学に見出すといった、 「いわゆる」アリストテ. と い う 問 題 か ら「 さ ら に 一 歩 後 ろ に 身 を 引 き 俯 瞰 」 し た. うアリストテレス倫理学における学問としての目的に凝集. レスのメタ倫理学説と言えるような分析も行われているよ. という点に注目することによって、倫理学がアリストテレ. したと解説する。このような、人間に関する経験的知見を. うに見える。筆者が意図するメタ倫理学の二つの問題の差. 「もう一つのメタ倫理学上の問題」と位置づけられる。しか. 尊重しつつ実効性を重視し、生物の一種である人間を実際. 異(レベルの差異?)や関係を明確に読み取ることができ. スにとって方法論的にも存在論的にも自然化された学であ. に善くする理論を提出することが倫理学のあり方であると. るようもう少し丁寧な解説が加えられていれば、本書が想. し他方では、 「経験的知見の重視」や、倫理学を構成する徳. いう主張を背景に、アリストテレスの倫理学における二つ. 定する対象読者により親切であるように思えるがいかがで. ると解釈し、このような自然主義傾向が実効性を重視する. の特長「 (1)経験的探求と協同しながら取り組まれ経験的. ― 104 ―.
(5) あろうか。 とは言え、これは評者の読解力の乏しさに起因すること. 世紀後半に向けて誕生する。. ・スティーブンソンにおける情動主義としての非認知主. 義という対立図式が. メタ倫理学説を研究する者にとっても、現代のメタ倫理学. る考察のアプローチも有意義に思える。アリストテレスの. であり、読者に必要な前提知識をあらゆる角度から提供す. を打ち立てたアリストテレス倫理学そのものをめぐる問い. 解説する。規範的判断の本質が意味論的に非認知的要素に. リッド認知主義、純粋な認知主義それぞれについて詳細に. 場、純粋な非認知主義、ハイブリッド非認知主義、ハイブ. 張 し た 現 代 の 代 表 的 な 非 認 知 主 義・ 認 知 主 義 の 四 つ の 立. 移し、道徳的判断から「規範的判断」へと議論の対象を拡. この対立構図をふまえつつ、第3節以降は現代に場面を. に取り組む者にとっても、繰り返し立ち返るべき根本的な. ・ ギ バ ー ド を 挙 げ、 ギ. あると主張する立場としての「純粋な非認知主義」の代表 ・ ブ ラ ッ ク バ ー ン、. バードのプラン表出主義を取り上げる。次に、 「規範的判断. 者として 4.佐藤論文について. と非認知的要素の両方を持ち、かつ、非認知的要素の方が. イブリッド非認知主義」の代表者として. ・リッジの折衷. は、意味論(ないしメタ意味論)のレベルで、認知的要素. 佐藤論文「第8章 非認知主義についての論争」は、道 徳的判断や規範的判断の本性をめぐる論争としての非認知. ・. 主義」の立場として、 ・コップの「実在論的表出主義」. 知的要素と非認知的要素を含むが、判断にとって本質的で. 的表出主義について解説を行う。さらに、規範的判断は認. M. 然的性質としての道徳的実在についてのものであるとする. 争の基点となる 世紀の状況を概観する。道徳的判断が自. 第2節は「道徳的判断」における非認知主義をめぐる論. 何らかの意味で決定的であると論じる立場」としての「ハ. A. 主義をめぐる論争を概観する。. S. 考察であることは確かである。. であろう。本論文の問いは倫理学という学問分野そのもの. C. あるのは認知的要素であると主張する「ハイブリッド認知. 自然主義とそれに対する. E. ― 105 ―. 20. D. G. 義批判(非自然主義)を含む認知主義に対して、 ・エア、 A. ・ムーアにおける自然主. 20.
(6) (認知主義的表出主義)を紹介する。そして、規範的判断が. 世紀の議論が善悪などの道徳語を含む道徳的判. )を対象とするのに対して、現代の moral judgement. 点となる 断(. 論争はこれを超えて、さまざまな隣接領域を含む規範的判. 学説として十分な説明が要求される主要な特長としての. ル)からそれぞれの立場の特長を整理し、妥当なメタ倫理. 三 つ の レ ベ ル( 文 の レ ベ ル・ 思 考 の レ ベ ル・ 対 話 の レ ベ. これら四つの立場について、規範的判断を捉える観点の. めぐる考察が主要なテーマの一つとなっている。「定言命. 断とそれ以外の価値判断の峻別を含む価値判断の多義性を. 周知の通り倫理学の古典的な議論では、道徳的な価値判. この点が齟齬の発端の一つではないかと評者に思われる。. 大することが指摘されるが、両者の違いは決定的であり、. ・スキャンロ. 文のレベル、思考のレベルでは認知的な要素しか含んでい ないと考える「純粋な認知主義」の中でも. 「規範的判断の実践的特徴」 (態度の表出・動機づけの内在. 法― 仮言命法」の区別(カント)や、 「絶対的・倫理的価. )一般を対象とするものとへ拡 normative judgement. 主義・動機づける影響力)と「規範的判断の論理的特徴」. 値判断― 相対的価値判断」の区別(ウィトゲンシュタイ. 断(. (論理的操作の可能性・不一致の可能性)の観点からそれ. ン)などがそれであり、この区別自体も論争の対象となり. の目から見ても、現代の議論が本当に嚙み合っているのか. なったのは、論争史をこれほどクリアーに整理した佐藤氏. び 佐 藤 氏 へ の さ さ や か な リ ク エ ス ト で あ る。 評 者 が 気 に. 以下は本論文がまとめた研究状況に対するコメント、及. 代において、規範的判断一般へと議論が拡張した理由、さ. える。本論文の中心テーマから逸れた論点ではあるが、現. 断の規定や具体的なモデルを用いて議論しているように見. 一緒くたにし、論者によって次元や観点の異なる規範的判. 議論は、そのような多義的な価値判断を規範的判断として. うる倫理学上の基礎的な議論の一つである。しかし現代の. について検討の余地が大きいと評されている点である。評. らにはその倫理学的意義についても、佐藤氏にもう一歩踏. て改めて検討が行われる。. ぞれの立場について詳細に解説し、各立場の説得力につい. ンの立場を中心に解説する。. 20. 者も同様の違和感を覚えたが、例えば次の点にである。基. ― 106 ―. T.
(7) み込んでコメントしていただきたかった。 とは言え、これは佐藤氏に対する評者の関心に基づいた 単なるリクエストである。曖昧な点を含み錯綜する認知主 義と非認知主義をめぐる立場や論点、研究の展開、対立点 などをクリアーに整理し、偏ることなく中立な立場からそ の難点についても鋭い指摘がなされている本論文は、これ か ら 認 知 主 義・ 非 認 知 主 義 を め ぐ る 研 究 に 着 手 す る 者 に. 国内の哲学界の現状そのものを打破する跳躍台にもなるこ とを期待している。. (はやし・だいご 玉川大学文学部). ― 107 ―. とっては、絶好の見取り図となることは間違いない。. .おわりに. 組む研究者へとジャンプアップすることによって、本書が. がその先に広がる光景に魅力を感じ、専門的な議論に取り. として寄与することは間違いない。本書に跳び乗った読者. ち始めた読者をさらなる学習へと導くための優れた跳躍台. そのような現状において、本書がメタ倫理学に関心をも. 向けられた切実な課題である。. う課題が我々に突きつけられている。これは評者自身にも. 魅力を外に向けて発信し、哲学研究者の裾野を広げるとい. 哲学業界がジリ貧な現在、これまで以上に哲学の意義や. 5.
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