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岩本光雄名誉会員

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Academic year: 2021

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(1)霊長類研究 Primate Res. 36:65 − 66, 2020(doi:10.2354 / psj.36.022). 追 悼. のことを紹介せざるをえない。霊長類学は米国で 1910 年代に始められ,第二次大戦後,生態・社会をはじめ とする霊長類学が欧米で興った。それと並行して日本 では,今西錦司先生が 1947 年都井岬の馬を研究してい ると,サルもいたというので,その社会・生態研究か ら始まった。そして 1956 年 10 月に財団法人日本モン キーセンター(JMC)が愛知県犬山市に創られた。霊長 類に関する総合的研究と普及教育の動物園博物館とし て。岩本先生はそこの兼任研究員に(三重県大と),の ち研究員として参画され,ヒトを含めた霊長類の系統 発生,進化,分類学,および形態学を研究された。 1962 年に京都大学理学部に人類学教室が創られ,池 田次郎先生,伊谷純一郎先生,そして葉山杉夫先生が スタッフとなった。そして 1967 年に霊長類研究所が京 都大学に創設された。この設立に岩本先生は尽力され た。霊長類研究所は JMC の研究を発展させ,霊長類の 総合的な研究,共同利用研究,さらには教育(大学院) を進める。敷地は愛知県犬山市,JMC の動物園・博物 館の南側の丘にある。この研究所には 1967 年度にまず 形態基礎部門と神経生理部門が設置され,その後,部 門が加えられ 1975 年に系統部門の設置によって 9 部門・ 2 施設の体制が完成された。設立されたのは 1967 年 6 月 1 日だが,研究棟・飼育施設の工事が完了し,犬山 へ移転したのは 1968 年 7 月である。形態基礎部門は近 藤四郎教授(所長)と岩本光雄助教授の陣容である。 そして岩本先生の東京大学で三つ先輩の江原昭善先生 が系統発生部門にいらっしゃった。岩本先生は形態学 研究と並行して,霊長類研究所ではサル類保健飼育管 理施設と幸島観察施設の施設長を務められている。 1962 年 12 月に高崎山(大分市)でニホンザルを対象 として,JMC によって総合調査が行われた。そこでは 形態学班として岩本先生は参加された。50 年代には幸 島や屋久島の他に,日本の各地に多くの野猿公苑がで き,ニホンザル研究がすすめられた。岩本先生のニホ ンザル形態学研究は,渡辺毅先生(2015 年物故)らと ともにニホンザルの分布域の北から南までを含む地域 集団を対象として進められた。ニホンザルの成長・発 達に関して研究をすすめられ,特に歯の発達では,乳 歯 列 と 永 久 歯 列 の 萌 出 年 齢 を ま と め ら れ た。 ま た, 70-80 年代に各地の野猿公苑で発生した四肢奇形にも注 目され,本間敏彦先生(順天堂大学)の筋・神経系の 比較解剖学研究とならんで,記述報告されている。 このように岩本先生は霊長類形態・系統発生・分類 学のパイニアの一人である。霊長類形態学では霊長類 研究所設立以来,近藤先生に率いられた石田英実先生, 木村賛先生,山崎信寿先生,岡田守彦先生らによる. 岩本光雄名誉会員 2020 年(令和 2 年)3 月 13 日,本学会の名誉会員で ある岩本光雄先生が逝去されました。岩本先生は,学 会創設以来,第 6 期まで評議員を務められ,第 3 期理 事会では「霊長類研究」の第二代編集長としてご尽力 されるなど,学会創設・運営・発展に多大な貢献をさ れました。お亡くなりになる一年ほど前から体調がす ぐれず,昨年 5 月には所蔵されていた骨標本コレクショ ンを霊長類研究所に寄贈されるなど,身辺の整理をさ れていたようです。告別式は 3 月 15 日に家族葬で行わ れました。ご冥福を心よりお祈りいたします。 岩本先生のご遺徳をしのび,霊長類研究所形態基礎 部門,形態進化分野で岩本先生と長年に渡って研究を ともにされた,濱田穣会員による追悼文を掲載させて いただきます。(文責:平崎鋭矢) 岩本光雄先生を偲んで 濱田穣 (京都大学霊長類研究所) 2020 年 3 月 13 日,岩本光雄先生が亡くなられた。享 年 89 歳であった。親族による密葬が犬山市で営まれた。 突然のことで・・・というか,1 月ごろお見掛けしたの で,床につかれたとは思ってもみなかったのだが,肺 ガンの悪化は早かった。 先生は昭和 5 年(1930 年)9 月 19 日,福島で出生, 熊坂光雄。幼少期に家族は東京板橋へ移られた。小学 校 3 年生の時,戸畑(現,北九州市戸畑区)の叔母さ んのところへ養子にいらっしゃり,岩本姓へ。小学校 を経て,福岡県戸畑中学校(旧制中学校),そして第五 高等学校(熊本)へ。が,ここで学制が変更され,五 高は 1949 年 5 月に新制熊本大学へ包括されることにな り,1950 年 3 月に卒業,在学は一年間であった。そし て東京大学理学部へ進まれたが,ここでも旧制・新制 切り替えのため,在学は 2 年間であった。そこから東 京大学大学院人類学へ,修士課程 2 年を修された。ク ラスは 3 人だったが,他二人は途中で脱落したので, 一人で講義を受けられた。大学院の後,新潟大学医学 部解剖へ助手として赴任。ここで人類学調査のデータ 解析のため,奥様が働かれており,結婚。その後三重 県立大学(1972 年 5 月に国立三重大学へ)へ異動。 岩本先生の経歴を記すうえで,どうしても霊長類学. 2020 年 10 月 5 日受付,2020 年 10 月 6 日受理. 65.

(2) 66. 濱田穣. Locomotion 研究がある。この方面では岩本先生も冨田 先生と共同研究で,ニホンザルの四肢運び順が他の一 般的な哺乳類で後方交叉型であるのとは異なり前方交 叉型(後肢が先に着地し,ついて対角側の前肢が着地 する)ということを報告されている。 岩本先生の Life-work は,指掌紋の研究である。霊長 類に関しては,早くも 1964 年にニホンザルの手の指掌 紋を記述されている。さらにスラウェシマカクの指掌 紋の研究もおこなわれた。指掌紋とならんで岩本先生 の最も好きな研究対象は,化石・遺骨形態学である。 静岡県岩水寺,愛知県牛川,青森県尻屋崎,山口県於 福カルストの安藤採石場,秋吉台,西秋吉台鷹ケ穴, 愛媛県肱川敷水,鳥浜貝塚出土縄文前期の下顎骨,藤 沢市天岳院出土の最新世顔面骨,木更津近郊鎗水,お よび種子島縄文時代遺跡のサル下顎骨等と,数多くの マカク化石・遺骨を調査,記載された。これに関連し て ア ジ ア 大 陸 で の 化 石 と 現 生 マ カ ク( 例,Macaca robustus)との比較研究をされた。そして大きなインパ クトを与えたのは神奈川県中津層準からの化石コロブ ス 亜 科 で,Dolicopithecus (Kanagawapithecus) leptopostorbitalis と記載された。さらにエチオピアでの 化石調査から,それは政情の関係で予備調査であった にもかかわらず,Omo 河流域で Papio quadratirostris を 発見,記載されている。この調査では化石のみならず, 現生オナガザル類の分布・分類学研究,ならびにマン トヒヒとアヌビスヒヒ,および両種間の雑種の形態学 研究もされている。 岩本先生は多くの霊長類分類学・系統発生学・形態学・ 進化に関する本を執筆,翻訳された。それは他に追随 を見ないものである。私が大学院へ入ろうとしていた 学部学生のころ,岩本先生の執筆された『世界のサル』 (1968 年,河合雅雄,岩本光男,吉場健二著,毎日新聞 社)と訳書『猿と類人猿 Monkeys and Apes』(P. Napier 著,1974 年,主婦と生活社),さらに『人類学講座』(1978 年,1981 年,雄山閣)のいくつかの章は格好の教科書 であった。また霊長類形態学で勉強になったのが『指 紋-霊長類進化の軌跡』(1973 年,NHK ブックス)で ある。これらの他に一般書と翻訳も多数,ものされて いる。岩本先生は霊長類学会で理事を務められ,学会 の発展に貢献された。特に編集理事として「霊長類研究」 の発行にたずさわられた。 霊長類研究所を 1994 年に退職された後,JMC 所長を 何年か務められた。スラウェシマカクの現地調査では 1986 年に一緒させていただいた。蒸し暑く,山がちの フィールド環境であったが,ほんとうに淡々と調査さ れることに感銘を受けた。また岩本先生の車の運転は, ひじょうに生真面目で,道路の左端ちかくをトレース され,ひじょうに驚かされた。またお書きになった文 字は一種独特で,いくらか棟方志功の書く文字に似た. 味があった。退職後は,趣味とかお稽古ごとなど,と りたててされなかったようで,旅行や同窓会などを楽 しまれていたようだ。.

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