• 検索結果がありません。

市民社会と生権力――マルクスの剰余価値論を読み直す――

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "市民社会と生権力――マルクスの剰余価値論を読み直す――"

Copied!
59
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

はじめに

政治および権力概念の新地平

  経済と政治、経済取引と統治行為、資本制生産と政治的権力、 これらの両者はそれぞれ別次元の領域であるかのようにみえる。 前者の領域は経済学が、後者の領域は政治学が、それぞれ考察 するものとみなされてきた。だが、もしも経済取引がその取引 に固有な権力や政治を発動するとしたらどうなのか。そのよう な権力や政治の考察は、経済学の手からも、政治学の手からも、 逃れていく。   ミシェル・フーコーが提示したのは、市民社会という経済領 域において作動する統治行為であり、権力作用であった。フー コーの統治行為論や生権力論は、哲学、政治学、社会学、人類 学といった多様な学問領域で論じられている。優生思想やバイ オテクノロジーや生命論の興隆ともからんで、フーコーの生権 力 論 、 生 政 治 論 は 学 際 的 な 研 究 領 域 と し て 根 づ き つ つ あ る と 言 っ て よ い 。 と こ ろ が 、 肝 心 の 経 済 学 研 究 に お い て は 、 フ ー コーの政治的主権論や生権力・生政治論の提唱が、当該学問に 対する重大な問題提起だという受け止めがほとんどなされてい ない。   本論は、この問題意識に沿って、まずフーコーの自由主義的 統治術と権力概念︵とりわけ生権力、生政治の概念︶とのかか わりを考察する。ついで、そのような統治術・権力の概念が市 民社会論と不可分のものとして提起されていることを確認する。 フーコーにとって、市民社会とは、自由主義的統治が生み出し た統治概念および権力概念と不可分な社会概念である。   ついで、生権力の概念がマルクスの労働力商品の概念と一体 の も の と し て 出 現 し た と 言 う こ と を 、 イ タ リ ア の 思 想 家 パ オ ロ・ヴィルノを手がかりに論ずる。   そ し て 、 労 働 力 商 品 と 生 権 力 と の 結 び つ き と い う 視 座 か ら 、 マルクスの剰余価値論の論理展開を再読する。そうすると、剰

斉藤

日出治

市民社会と生権力

マルクスの剰余価値論を読み直す

(2)

余価値の概念を純経済学的に論ずること自体が、自己矛盾であ ることが明らかとなる。資本の価値増殖の運動は、生権力、生 政治、自由主義的統治といった諸概念と切り離して論ずること はできないからである。   要するに、マルクスは古典派経済学の批判を通して、商業社 会=市民社会が発動する固有の権力作用の地平を開示したので ある。マルクスが﹃資本論﹄で開示した政治経済学の権力論的 地平を考察すること、それが本論の主たる課題である。 *         *          *   フーコーがこの新しい権力概念を提示したのが一九七〇年代 であることは、資本主義の変容とこの権力概念の発見とが密接 に関わっていることを示唆している。この時期に資本主義が重 大な転換を経験したからである。一九六八年五月革命に代表さ れる資本主義のグローバルな危機を通して開示されたもの、そ れは政治的上部構造の次元における政治を超えて、政治的上納 構造と経済的土台に架橋し、両者を貫く広義の政治概念が作用 している、ということであった [1]。   政治学で社会コーポラティズムとして、経済学では組織資本 主義として論じられていたのは、この広義の政治概念の出現と 密接にかかわっている。   六八年五月の叛乱は、この広義の政治の地平に民衆が介入し、 社会の自己管理の意思表示をおこなった社会革命であった。ア ン リ ・ ル フ ェ ー ヴ ル は そ の 政 治 の 地 平 を ﹁ 絶 対 的 政 治 ﹂ [2]と 命 名した。資本主義はみずからの存続のために、この﹁絶対的政 治﹂の地平を切り開いた。資本蓄積という経済活動は、いまや この政治抜きにはなりたたなくなる。   社会コーポラティズムや組織資本主義、あるいはフォード主 義が告知したのは、国家が市民社会の内部に深く介入し、資本 蓄積過程もふくめてその権力作用なしに社会が存立しえないよ うな事態が現出したことである。フーコーが主権国家論を権力 論として深化させようとしたこころみは、資本主義の蓄積体制、 そして市民社会の総体に作用する権力を開示しようとするここ ろみであった。そのことによって、フーコーは、主権国家の発 生 源 を 市 民 社 会 の う ち に 求 め 、 権 力 を 、︿ 統 治 さ れ る 者 ﹀ の あ りかたに焦点を当てて論じようとする。   フーコーは﹃生政治の誕生﹄において、本書が生政治を主題 として論ずる、と前置きしているのであるが、この講義のほと んどは米国とドイツの新自由主義国家に関する論述で占められ ている。しかし、一読してわかるのは、この論述が狭義の国家 論ではなく、市民社会における経済的自由主義の統治実践の考 察であり、そこから新自由主義国家がいかにしてたちあがるの かについての考察だ、ということである。そしてその考察を通 して、生権力、生政治という近代に固有な権力と政治の概念が 明示的に浮かび上がってくる。

(3)

  この考察は、国家を政治的上部構造の次元で論ずるのではな く政治的国家と経済的構造とを架橋する﹁絶対的政治﹂の次元 で考察しようとしたアンリ・ルフェーヴルの思考のベクトルと も重なり合う。   そして、この権力と政治の概念は、マルクスの資本概念には らまれる権力と政治の地平を再発見する重要な手がかりをあた えてくれる。

フーコーの権力概念と市民社会論

統治実践としての経済学言説

重商主義と政治経済学   フーコーは、政治的主権を統治術という概念から探究を進め て、生権力の発見へとたどり着く。はじめに、その論究の過程 を追ってみたい。フーコーは﹃生政治の誕生﹄の冒頭で、人間 の統治を政治的主権の行使という視点からとらえ、その政治的 主権を行使する統治実践がいかにして合理化されるのかを問う。 その際に、主権者・人民・国家・市民社会といった諸概念を前 提とするのではなく、統治を合理化する実践にとってそれらの 諸 概 念 が い か な る 回 路 と し て 機 能 し て い る か を 問 う 。 つ ま り 、 これらの諸概念を、統治を合理化する実践の﹁格子﹂のような ものとして考察してみたい、とフーコーは言う。   ﹁[統治を合理化するという︱引用者]そうした具体的な実践 から出発し、普遍的概念をいわばそうした実践の格子に通して みたい﹂ ︵ Foucault M. [ 2004 ]邦訳五頁︶ 。   つまり、統治の実践という具体的な行為から始めて、その行 為を合理化する回路として国家・市民社会・主権者・臣民とい う普遍的概念を位置づけようとする。   一六世紀において、統治の実践を合理化していたのは、国家 理性であった。ただし、国家理性にもとづく統治において、国 家は自律してはいるものの、その外部にある﹁神の法、道徳の 法 、 自 然 の 法 ﹂︵ ibid., 邦 訳 七 頁 ︶ を 尊 重 し な け れ ば な ら な い も のとみなされた。   さらにフーコーは、国家理性にもとづく統治を制度化してい る も の と し て 、 以 下 の 三 つ の 制 度 を と り あ げ る ︵ ibid., 邦 訳 八 頁︶ 。   第一は、重商主義の経済学説、第二は国内統治のための内政 ︵臣民の生活行政︶ 、第三は、常備軍と常設外交による諸国家間 の 均 衡 ︵ い わ ゆ る 国 際 関 係 ︶、 が そ れ で あ る 。 重 商 主 義 の 経 済 学説に依りつつ、貨幣の蓄積や人口の増加を通して国富を増進 すること、国内における臣民に対して無制限の統治を行使する こと、国際関係においては、常備軍と外交を駆使して他国の主 権国家から制約を受けつつ国際的均衡を維持すること、この三 者の制度を通して国家理性による統治実践が制度化された。   さらに、フーコーは、国家理性を外部から制限するものとし

(4)

て、法権力と司法制度をとりあげる。この両者は封建権力を縛 り制限することによって、たしかに国家の権力を増大すること に寄与したが、他方で、それは国家理性をその外部から規制す る力にもなった。   この国家理性とそれを支える制度によって保証されていた統 治実践が、一八世紀以降大転換を遂げる。そこに、国家理性に 代わる近代の統治実践が姿を現わす。フーコーは、この近代の 統治実践が、国家理性による統治実践とは異なり、法権利や自 然法のような外在的な原理によって制限されるのではなく、自 己自身の内在的な原理によって制限されるようになる、と言う。   ﹁ 統 治 術 の 制 限 が 、 も は や 一 七 世 紀 に お け る 法 権 利 の よ う な 統治術にとって外在的な原理によってなされるのではなく、そ れ に 内 在 的 な 原 理 に よ っ て な さ れ る ﹂、 つ ま り ﹁ 統 治 の 合 理 性 が内的に調整されるようになる﹂ ︵ ibid., 邦訳一四頁︶ 、と。   では、統治の合理性を内的に調整する原理とは何か。   ﹁ 統 治 理 性 の 自 己 制 限 を 可 能 に す る そ の 知 的 道 具 、 計 算 の タ イ プ 、 合 理 性 の 形 式 ﹂、 そ れ は 、 法 権 利 で は な く 、﹁ 政 治 経 済 学 ﹂ で あ る 。 政 治 経 済 学 と は 、﹁ 富 の 生 産 と 流 通 に 関 す る 厳 密 に 制 限 さ れ た あ る 種 の 分 析 ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 七 頁 ︶ で あ り 、﹁ 一 つの社会における諸権力の組織化、配分、制限についての一般 的考察﹂ ︵ ibid., 邦訳一八頁︶である、と。   ここで重要な確認をしておかなければならない。フーコーに とって、重商主義の経済学とそれに続く政治経済学は、ともに 統治実践の言説であり、権力の言説だということである。それ は、経済学の言説が統治のための道具や手段だという意味では ない。経済学の言説それ自身が統治の実践形式として誕生した という意味である。この二つの言説は、フーコーに拠れば、経 済学説史の研究者が考察しているような、近代世界に出現した 商業社会を認識する二つのタイプの経済学の言説なのではなく、 二つの異なったタイプの統治実践の形式として生み出されたの である。重商主義の学説が法権利や自然法のような外在的原理 によって規制される統治実践の形式であるのに対して、政治経 済学という学説は自己自身の内的原理によって遂行される統治 実践の形式である。   重商主義の経済学は、法権利という外在的原理によって制限 さ れ た 国 家 理 性 に も と づ く 統 治 実 践 の 制 度 で あ る の に 対 し て 、 政治経済学は、法権利に代わって、統治実践を内的に調整する ための知的道具として呼び出された言説である。政治経済学は ﹁ 統 治 理 性 の 自 己 制 限 を 保 証 す る ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 八 頁 ︶ 制 度 な のだ。   ところが、フーコーは、この政治経済学の出現が、国家理性 とは無縁の商業取引の自生的発展とともに生まれたのではない、 と主張する。政治経済学は国家理性の外部において発展した言 説 な の で は な く 、﹁ 国 家 理 性 が 統 治 術 に 対 し て 定 め た 目 標 の 枠

(5)

組 み そ の も の の な か で 形 成 さ れ ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 八 頁 ︶ た も の だ 、 と言う。政治経済学が当初掲げた目標は、重商主義とまったく 同様に、国富の増進であり、人口と物資の増大による国力の増 強にあり、この目標を追求する言説として政治経済学は生み出 された。   ﹁ 政 治 経 済 学 は 、 最 初 の う ち は 、 一 六 世 紀 お よ び 一 七 世 紀 に 規 定 さ れ た 統 治 理 性 の 内 部 そ の も の に 宿 る ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 八 頁︶のである。にもかかわらず、国家理性と同じ直線上に出現 した政治経済学は、自然法のような統治実践の起源に立ち返る よりも、統治実践がもたらす効果に焦点を当てることによって、 しだいに自然法とは異なる﹁統治実践そのものに固有のある種 の 自 然 性 ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 〇 頁 ︶ に 着 目 す る よ う に な る 。 政 治 経 済 学 に と っ て 、︿ 自 然 性 ﹀ と は 統 治 実 践 の 外 部 に あ っ て そ れ に 先 立 つ 外 的 な 原 理 で は な く 、﹁ 統 治 性 の 行 使 そ の も の の 下 で 、 そ れ を 貫 き 、 そ の な か を 流 れ る 何 か ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 〇 頁 ︶ で あ る 。﹁ そ れ は い わ ば 、 統 治 性 の 行 使 に と っ て 必 要 不 可 欠 な 皮 下 組織﹂ ︵ ibid., 邦訳二〇 −二一頁︶のようなものである。   そして、近代の統治実践の課題は、そうした統治実践に内在 的な自然性を尊重することに設定されるようになる。   このようにして、国家理性の延長線上に出現した政治経済学 の言説は、一八世紀の半ば以降、国富の増進という国家理性の 目標を脱して、統治実践に内在的な自然性を尊重することを課 題とするようになる。   そ れ は 、﹁ 国 家 の 力 、 富 、 支 配 力 の 増 大 を 確 保 す る こ と よ り も、むしろ統治権力の行使を内部から制限することをその機能 と す る よ う な メ カ ニ ズ ム の 確 立 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 五 頁 ︶ を め ざ す ようになる。   その結果、国家理性による統治実践から生じた政治経済学は、 国 家 理 性 を 最 小 に す る ﹁ つ ま し い 統 治 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 六 頁 ︶ を 追求するようになる。重商主義のように、臣民に対する無際限 の権力を行使する主権国家に代わって、市場の自然法則を尊重 し、その法則に沿って最小限の統治をおこなう自由主義の主権 国家がこうして出現する。 政治経済学の統治実践と生権力   国家理性を最小限に抑制し市場の自然法則を尊重する政治経 済学は、権力や政治と無縁な言説ではない。この言説はそれ自 身が固有の権力と政治を発動する。そして、近代の主権国家は、 この市場の自然法則が発動する新たな権力と政治の延長線上に 構築される。   したがって、近代の主権国家を市場の自然法則から自立した 個 人 の 社 会 契 約 に よ っ て 誕 生 し た も の と み な す 社 会 契 約 論 は 、 この近代に固有な権力と政治を見逃すことになる。フーコーが 近代国家を社会契約から説き起こす説に対して抱く疑念はそこ

(6)

から発している。近代の主権国家は、自然状態にある個人が社 会契約を結ぶことによって出現したのではなく、政治経済学の 言説に固有な統治実践が生み出したものにほかならない。   近代の主権国家の源泉は、その統治の外部にある自然法や法 権利にあるのではなく、統治の内部に、自己自身の原理にもと づく統治にある。そして、その自己自身の原理を言説化したも のが政治経済学である。つまり、フーコーは、政治経済学を市 場取引の運動法則を解明する言説としてではなく、重商主義と は異なり自己自身の内的原理によって自己を統治する統治実践 の言説として把握するのである。   この内的原理にもとづく統治実践の形式としての政治経済学 が、それに固有な権力を発動するのである。   フーコーは、近代の統治実践が発動する権力を、規律訓練権 力、さらには生権力として定義する。この規律訓練権力、およ び生権力は、重商主義国家のような外的原理に依拠するのでは なく、自己自身の内的原理にもとづいて存立する近代の統治術 が発動する権力にほかならない。そのようにして、フーコーは、 自己自身の内的原理にもとづく統治のための知的道具たる政治 経済学の言説のうちに、規律訓練権力、および生権力という近 代的権力概念の発生を読み取ろうとする。   経済学の言説が発動する権力概念、これは経済学者も、政治 学者も、社会学者も発することのなかった問いである。経済学 の言説を近代に固有な統治実践の形式として、近代に固有な権 力概念の発生の言説として定位し直すことによって、そこに広 大な知的実践、社会的実践の領野が切り開かれる。   ﹃ 監 獄 の 誕 生 ﹄ で フ ー コ ー が 指 摘 し た よ う に 、 一 七 世 紀 末 か ら一八世紀のあいだに出現した近代の権力は、ひとびとを一定 の空間に封じ込めて、その身体を規律づける権力であった。社 会の秩序を乱す犯罪者を公衆の面前で華々しく処刑することに よって国王の権威を誇示し社会秩序を維持した懲罰型の先近代 的権力に代わって、犯罪者を﹁理性的な人間﹂として社会に受 容するための規律訓練装置が出現し、社会秩序を担う主体を生 産 す る 空 間 が 、 近 代 の 空 間 を 特 徴 づ け る 。 規 律 訓 練 権 力 と は 、 ﹁﹁本質的に身体に、個々の身体に集中する権力の諸技術﹂であ り 、﹁ 身 体 を 引 き 受 け 、 練 習 や 訓 練 に よ っ て 身 体 の 有 用 な 力 を 最大化する諸技術﹂ ︵ Foucault M. [ 1997 ]邦訳二四一 −二四二 頁︶のことであった。   自 由 主 義 的 統 治 は 、 被 統 治 者 の 自 由 に も と づ く 統 治 で あ り 、 この統治が機能するためには、被統治者の自由がもたらす無秩 序や混乱に対する安全の保証が必要になる。そのために、社会 成員の個々の身体を監視し規律づける力の作用が欠かせないも のとなる。   こ う し て 、﹁ 監 視 と 階 層 化 と 視 察 と 記 述 と 報 告 の シ ス テ ム に よ っ て 行 使 さ れ る 権 力 の 合 理 化 お よ び 厳 密 な 管 理 の 諸 技 術 ﹂

(7)

︵ ibid., 邦訳二四二頁︶が発展するようになる。   フーコーは、この規律訓練権力に加えて、一八世紀の後半に な る と 、 も う ひ と つ 別 の 権 力 が 作 動 す る よ う に な る 、 と 言 う 。 それが生権力である。規律訓練権力が個人の身体に働きかけて 個人の生活を規律づけるのに対して、生権力、あるいは生政治 は 、 個 人 の 身 体 で は な く 、 類 と し て の 人 間 の 生 命 そ の も の に 、 ﹁生きた人間、生き物としての人間﹂に、 ﹁人間 -種﹂に、人口 そのものに、働きかける。   ﹁ 多 数 の 人 間 を 生 命 に 固 有 の プ ロ セ ス の 全 体 、 つ ま り 誕 生 と か死とか生産とか病気などのプロセスを備えた大きな塊として とらえる﹂ ︵ ibid., 邦訳二四二頁︶ 。   そ こ で は 、 出 産 を 奨 励 し た り 、 疫 病 や 風 土 病 を 管 理 し た り 、 人口の繁殖をこころみたり、ひとびとの誕生と死亡、出産率に 関与する政治が現われる。そして、そのような生に介入する知 識や技術が組織される。こうして、人口と経済学、公衆衛生学、 医学、衛生教育といった自由主義的統治のための知的道具がつ ぎつぎと考案される。   フーコーは、近代以前の権力が︿殺す権力﹀であったのに対 して、近代の権力が︿生かす権力﹀であることを強調する。近 代 以 前 の 権 力 は 、﹁ 死 な す か 、 そ れ と も 生 き る に 任 せ る か ﹂ ︵ ibid., 邦 訳 、 二 四 〇 頁 ︶ の 権 力 で あ っ た 。 主 権 者 は 臣 下 の 生 と 死 を 決 定 す る 権 限 を 有 し て い た 。 だ か ら 、﹁ 臣 下 の 生 と 死 は 、 主 権 者 の 意 志 の 結 果 と し て し か 権 利 に な ら な い ﹂︵ ibid., 邦 訳 二四〇頁︶ 。これが︿殺す権力﹀である。   これに対して、一九世紀の政治的権利は、ひとをいかによく 生かすかが、主権者の関心事になる。ひとの生命活動や生活過 程に対する権力の関心が高まる。規律訓練権力は、この︿生か す権力﹀ともっとも親和的な性格を有する。一八世紀に出現し た身体に行使される権力の技術は、身体をもっとも有用なかた ちで活用するようにして身体に働きかける技術である。生権力 は、このようにして規律訓練権力を包摂する。さらに、生かす 権力は、個々人の身体を規律訓練する技術を超えて、人間の生 命活動全体に作用を及ぼす。それは人間という種に、生命過程 全体に対して力を発動する。そして人口の推移といったような 統計値の管理にまでも介入する。   こ の よ う に し て 、 フ ー コ ー は 、﹁ 身 体 の 規 律 的 な テ ク ノ ロ ジ ー ﹂ と ﹁ 生 命 の 調 整 的 な テ ク ノ ロ ジ ー ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 四 八 頁︶という、近代の自由主義的統治術がはらむ二種類の権力技 術を提言する。前者は﹁身体に集中し、個体化の諸効果を産出 し、有用かつ従順にすべき諸力の源泉としての身体を操作﹂す る 技 術 で あ る 。 後 者 は 、﹁ 生 命 に 集 中 す る テ ク ノ ロ ジ ー ﹂ で あ り 、﹁ 人 口 に 固 有 の 集 団 的 な 諸 効 果 を 取 り 集 め 、 生 き た 集 合 の な か に 生 じ う る 一 連 の 偶 発 的 出 来 事 を 管 理 ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 四 八 頁︶する技術である。

(8)

  この二つの技術が重なり合い共振しつつ、近代の自由主義的 統治は推進される。   ﹁規律と調整という二つのメカニズムの総体は、 ⋮⋮排除し合 うことなく、たがいに連動することができるのです。多くの場 合、権力の規律的メカニズムと権力の調整的メカニズム、身体 への規律的メカニズムと人口への調整的メカニズムは、たがい に 連 動 し て い る と 言 う こ と さ え で き ま す ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 四 九 頁︶ [3]。   フーコーは、この二つの権力技術がたがいに連携して作動す る事例を二つ挙げている︵ ibid., 邦訳二四九 −二五二頁︶ 。   ひとつは、都市の労働者用団地である。一九世紀に出現した 労働者用団地は、労働者とその家族を団地の空間に封じ込めて、 その住民の身体を日常的に監視し規範化して管理するという意 味 に お い て 、 規 律 訓 練 装 置 と し て 機 能 し て い る 。 だ が 他 方 で 、 労働者用団地は団地を購入するためのローン制度を整備し、健 康管理や老後の生活のための疾病保険や年金制度を拡充すると いう意味において、労働者の生の調整システムとしても機能す る。   も う ひ と つ は 、﹁ 性 現 象 ﹂ で あ る 。 現 代 の ﹁ 性 現 象 ﹂ は 、 一 方で、子どものマスターベーションや性教育についての規律訓 練技術を作動させると同時に、他方では、家庭の保健衛生、出 産、健康管理に関する生命の調整技術を作動させる。   労働者用団地にせよ、性現象にせよ、ここで例示されている 規律訓練と生命の調整は、労働力の再生産、および資本の蓄積 過程にとって決定的なモメントをなしている。にもかかわらず、 経済学研究は、フーコーが洞察した政治経済学の言説が発動す る権力と政治を看過することによって、この決定的なモメント を無視する︵後述するように、ほかならぬマルクスが、剰余価 値論でこのような権力作用に着目しているのである [4]︶。   さらに、フーコーは、この︿生かす権力﹀が抱える新たな課 題を提示する。近代の二重の統治技法が、つまり﹁規律的で調 整 的 な 生 権 力 ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 五 二 頁 ︶ が 台 頭 す る よ う に な る と 、 権力はひとびとの死に介入することができなくなる。権力は生 かす権力としてひとびとの生に対する介入を推進することはで きても、ひとの死に積極的に介入することができなくなる。   そこからフーコーはつぎのような問いを立てる。   ﹁ 生 権 力 を 中 心 に 据 え た 政 治 的 シ ス テ ム の な か で 、 ど の よ う にして死の権力を行使するのか﹂ ︵ ibid., 邦訳二五三頁︶ 、と。   フ ー コ ー が 死 の 権 力 行 使 の た め の 言 説 と し て 提 示 す る の は 、 人種主義である。しかし注意を要する。人種主義は近代に出現 したものではなく、かなり古い歴史をもっている。あるときか ら、ひとびとは、みずからの社会の歴史を人種間戦争の歴史と して描くことによって、歴史的・政治的言説の領域を生み出す。   その歴史的・政治的言説を生み出した人種間戦争において語

(9)

ら れ て き た 人 種 主 義 が 、︿ 生 か す 権 力 ﹀ の も と で ひ と を 殺 す こ と を 根 拠 づ け る 言 説 と し て 、 つ ま り 、 生 権 力 に よ る ︿ 殺 す 権 力 ﹀ の 参 照 基 準 と し て 、 呼 び 出 さ れ る 。 人 種 主 義 は 、 権 力 が ︿ 生 か す 権 力 ﹀ を 作 動 さ せ る 過 程 で 、 人 を ﹁ 生 き る べ き 者 と 死 ぬ べ き 者 を 分 け る ﹂︵ 邦 訳 二 五 三 頁 ︶ と い う 機 能 を 果 た す 。 こ の 機 能 は 、 戦 争 型 の よ う な 敵 を 殺 す 論 理 で は な く 、﹁ 劣 等 種 ﹂ を消滅させることによって﹁優等種﹂をより生かすという生物 学 的 な 論 理 に よ っ て 正 当 化 さ れ る 。﹁ 他 者 の 死 、 劣 悪 種 の 死 、 劣等種︵あるいは退行者や異常者︶の死、これは生命一般をよ り 健 全 に し て い く ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 五 四 頁 ︶、 と い う 意 味 に お い て 必 要 な こ と と し て 、︿ 生 か す 権 力 ﹀ が 人 を 殺 す 権 利 を み ず か らのうちに呼び寄せるのである。   ﹁ 生 権 力 的 な 権 力 が あ る と こ ろ で は 、 人 種 主 義 な く し て は 、 誰かを処刑することも他者たちを処刑することも絶対にできま せん。国家の殺人機能は、国家が生権力に従って機能しはじめ る や 、 人 種 主 義 に よ っ て し か 保 障 さ れ え な い の で す ﹂︵ ibid., 邦 訳二五五頁︶ [5]。   こうして、フーコーは、生権力のテクノロジーが作動する近 代社会において、なぜ人種主義が呼び出されるのか、そしてそ の人種主義が植民地主義と結びついて炸裂し、戦争を引き起こ すのか、その理由をこのような近代的権力の本性から解き明か そうとする。   ﹁ 近 代 的 人 種 主 義 の 特 徴 ⋮⋮ そ れ は 権 力 の 技 術 、 権 力 の テ ク ノ ロ ジ ー と 結 び つ い て い る ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 五 七 頁 ︶ と こ ろ に あ り、それは人種間の戦争というかつての人種主義と戦争との結 び つ き と は 異 な る 権 力 概 念 に 起 因 し て い る 。 そ れ は 、︿ 生 か す 権 力 ﹀ と い う 近 代 に 特 有 の 権 力 と 結 び つ い た 言 説 と し て 、︿ 生 かす権力﹀が発動する︿殺す権力﹀を正当化する言説として呼 び出されるのである。フーコーは、二〇世紀に出現したナショ ナリズムと全体主義が、近代以前の﹁野蛮﹂がもたらしたもの ではなく、この近代に特有な権力の産物であることを強調する。   ﹁ ナ チ ス 社 会 ⋮⋮ は 生 権 力 を 間 違 い な く 全 般 化 し た 社 会 で あ りますが、同時に、殺す主権的権力を全般化した社会でもある のです。二つのメカニズムが、国家に市民の生殺与奪権を与え る古典的メカニズムと、規律と調整を中心に組織された新しい メカニズム、要するに生権力の新しいメカニズムとが、まさに 一致しているのです﹂ ︵ ibid., 邦訳二五八頁︶ 。   フーコーは、このナチス社会を生み出した近代的権力のメカ ニズムが、あらゆる近代国家に、さらには社会主義国家におい てさえ、作動していることをほのめかしている。   そ し て 、 こ の フ ー コ ー の 権 力 概 念 の 射 程 は 、 ナ チ ス 社 会 も 、 二〇世紀社会主義も、ともに消滅したはずの二一世紀のグロー バル社会にも及んでいる。規律と調整の権力技術は、新しい言 説と思考によってさらに洗練化されたかたちで作用する世界に

(10)

われわれは生きている。このことを熟考する必要があるのでは ないだろうか [6]。 市民社会と自由主義的統治術

ミシェル・フーコーの市 民社会論   市場の真理に依拠し自己の内在的な自然性にしたがう自由主 義 的 統 治 は 、 統 治 実 践 の 行 使 を 内 側 か ら 制 限 し 、 主 権 国 家 の ﹁つましい統治﹂を求める。だが、この自由主義的統治実践が、 ﹁ 人 口 と し て 構 成 さ れ た 生 き る 人 々 の 総 体 に 固 有 の 諸 現 象 、 つ ま り 健 康 、 衛 生 、 出 生 率 、 寿 命 、 人 種 ﹂︵ Foucault M. 2004 ] 邦訳三九一頁︶に強力に介入する生権力を発動する。   フーコーは、生権力を発動するこの自由主義的統治が近代の 市 民 社 会 を 呼 び 起 こ す 、 と 言 う 。 市 民 社 会 と は 、﹁ 自 由 主 義 的 統 治 術 に 相 関 的 な 新 た な 領 野 と し て ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 五 九 頁 ︶、 統治の実践が呼び起こす社会なのである。   フ ー コ ー に と っ て 、 市 民 社 会 と は 、 ホ ッ ブ ズ 、 ロ ッ ク 、 ル ソーのような自然状態から社会契約によって出現した社会でも、 アダム・スミスのようにすべてのひとが商人として交通する商 業社会でもない。それは、自由主義的統治術という統治の実践 が商業社会を組織するために呼び出された﹁一つの統治テクノ ロジーの相関物﹂ ︵ ibid., 邦訳三六四頁︶なのだ。   自由主義的統治実践の知的形式として出現した政治経済学は、 生産と交換の経済活動に対して法的な介入をおこなう。市民社 会は、生産と交換の経済活動に法的にかかわることで秩序を維 持する社会である。だから、フーコーにとって、近代市民社会 とは、近代的な統治実践の知的形式としての政治経済学ととも に出現する近代的権力の産物なのである。   フ ー コ ー は 、﹃ 生 政 治 の 誕 生 ﹄ に お け る 一 九 七 九 年 四 月 四 日 の最終講義で、アダム・ファーガスンの市民社会論をとりあげ る。それは、ファーガスンの市民社会論が、ホッブズ、ロック、 ルソーの社会契約論とも、アダム・スミスの商業社会論とも異 な り 、 市 民 社 会 に 固 有 な 統 治 実 践 の 出 現 を 洞 察 し て い る 、 と フーコーが評価するからにほかならない。   ファーガスンの市民社会論は、その後、ヘーゲル、スミスに よって本格的に論じられるようになった商業社会論としての市 民社会論から見ると、市民社会を先近代における政治的国家あ るいは国家社会と同等視する商業社会以前的な市民社会論であ るかにとらえられがちである。だが、フーコーは、そこに商業 社会が発動する自由主義的統治の実践を読み取る。   フーコーが立てる問いはこうである。ホモ・エコノミクスが 住 ま う 世 界 に お い て 、 主 権 者 の 存 在 理 由 は 何 か 。 と い う の も 、 ホモ・エコノミクスは、主権者の権力を制限するにとどまらず、 主権者の権力を失墜させてしまうからである。ホモ・エコノミ クスが住まう世界では、主権者は総体としての経済的領域に対

(11)

して権力を行使することができない。   中 世 、 お よ び 一 七 世 紀 に お い て は 、 主 権 者 は ﹁ 神 の 思 召 し ﹂ あ る い は ﹁ 地 上 に お け る 神 の 代 理 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 六 〇 頁 ︶ と い う絶対的な存在であり、臣民に対する絶対的権力を行使するこ とができた。ところが、ホモ・エコノミクスが住まう経済領域 は、そのような主権者の介入を許さず、主権者の手を逃れてい く。つまり、ホモ・エコノミクスが住まう経済領域は、 ﹁迷宮﹂ で あ り 、﹁ 錯 綜 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 六 一 頁 ︶ し た 領 域 に な る 。 そ う すると、主権者は市場に対してもはや絶対的な権力を行使する 主体として振る舞うことはできずに、市場に対してずっと限定 的 な 権 力 の 行 使 に と ど ま ら ざ る を え な く な る 。 重 農 主 義 者 は 、 そのような限定された主権を提唱していた。フーコーによれば、 近代の経済領域では、主権者はたんに﹁市場を認知し﹂ 、﹁地理 学 的 現 実 を 前 に し た 測 量 技 師 の よ う な も の ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 六 一 頁︶になっていく。しかし、主権者は市場に対してそのような 受動的立場にありながら、同時に、市場のプロセスを監視し管 理する必要に迫られる。   フーコーが主権ではなく、あえて統治術という表現を持ち出 したのは、権力が﹁主権空間のなかで行使されなければならな い﹂と同時に、 ﹁その主権空間が、経済主体によって住まわれ、 住 み つ か れ て い る ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 六 二 頁 ︶、 そ の よ う な 主 権 空 間における統治のあり方が問われているためである。   ﹁ 経 済 主 体 に よ っ て 住 み つ か れ た 主 権 空 間 の な か で い っ た い どのように統治を行えばよいのか﹂ ︵ ibd., 邦訳三六二頁︶ 。   法権利の主体であり経済的行為者でもある当事者を総体とし て包み込みつつ、その総体を統治する、そこに自由主義の統治 の特徴がある。統治性が経済学的理性に屈服することなく、経 済のたんなる測量技師になってしまわないようにして、統治術 の統一性を維持するにはどうしたらよいのか、そのための新た な参照基準として呼び出されるのが市民社会である。   法権利でもなく、経済学の支配でもなく、それらとは別なか たちで統治実践を制限する理性、それが市民社会である。こう してフーコーは市民社会をつぎのように定義する。   市民社会とは﹁生産と交換のプロセスとしての経済に対して 法的なやりかたでかかわることでその合理的測定がなされなけ れ ば な ら な い よ う な 、 ひ と つ の 統 治 テ ク ノ ロ ジ ー の 相 関 物 ﹂ ︵ ibid., 邦訳三六四頁︶である、と。   市民社会をホモエコノミクスが利己心にもとづいて活動する 商業社会に還元するのでも、孤立した個人が社会契約にもとづ いて一般意思を形成する法の権利主体の社会としてとらえるの でもなく、その双方を包み込む複合的な総体としてとらえ、そ こに作動する固有の権力を﹁統治術﹂と呼ぶ。そして、この統 治術によって運営される社会として市民社会をとらえる。だか ら、市民社会とは、ホモ・エコノミクスと並んで﹁近代的統治

(12)

テ ク ノ ロ ジ ー の 一 部 を な す ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 六 五 頁 ︶ 社 会 な の で ある。   フ ー コ ー が フ ァ ー ガ ス ン の 市 民 社 会 論 に 着 目 す る の は 、 ファーガスンの市民社会論を商業社会以前の政治的国家を論じ たものとしてではなく、その逆に商業社会の政治的な相関物と しての統治技術の発生史的考察をしているものとみなすがゆえ な の で あ る 。 フ ァ ー ガ ス ン の 市 民 社 会 論 は 、﹁ ア ダ ム ・ ス ミ ス が 純 粋 に 経 済 学 的 観 点 か ら 研 究 し た も の の 政 治 的 相 関 物 ﹂ ︵ ibid., 邦 訳 三 六 七 頁 ︶ で あ り 、﹁ ア ダ ム ・ ス ミ ス が 研 究 し よ う とした経済的人間がその内部において機能するような具体的要 素 、 具 体 的 包 括 性 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 六 七 頁 ︶ な の で あ る 。 こ の 政 治的相関物なしに、商業社会は商業社会として存立しえない。   こうして、フーコーは、この視点から、ファーガスンの市民 社会論の本質的特徴をつぎの四点に整理する。 1) 市 民 社 会 は ﹁ 歴 史 的 か つ 自 然 的 な 不 変 項 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三六七頁︶である。   ファーガスンにとって、市民社会それ自身が自然状態であり、 市 民 社 会 に 先 立 つ よ う な 自 然 状 態 は 存 在 し な い 。 市 民 社 会 は 、 孤立した個人が存在する自然状態から社会契約によって出現す るのではなく、市民社会の内部から﹁社会的絆は自然発生的に 形成される﹂ ︵ ibid., 邦訳三六八頁︶ 。   ファーガスンは、自然状態から社会契約によって市民社会が 出現したと説くのではなく、自然状態としての市民社会のなか から自然を手なづけ自然を侵犯する制度が自生的に発展するこ とによって文明社会が出現したと説く。   ファーガスンはこう語る。   ﹁ 人 間 は 、 自 然 を 手 な づ け た り 抑 制 し た り し て ⋮⋮ 自 然 の 支 配を侵犯してきたのであるが、人間社会の最も一般的な制度も、 そうしたもののなかに分類される﹂ ︵ Ferguson A. [ 1767 ]邦訳 二頁︶ 。 2) 市 民 社 会 は ﹁ 個 々 人 の あ い だ の 自 然 発 生 的 総 合 を 保 証 す る﹂ ︵ Foucault M. [ 2004 ]邦訳三六九頁︶ 。   市 民 社 会 と は 、﹁ 明 示 的 な 契 約 も な く 、 意 志 的 結 合 も な く 、 法 権 利 の 放 棄 も な く 、 他 の 誰 か へ の 自 然 権 の 委 託 も な い ﹂ ︵ ibid., 邦 訳 三 七 〇 頁 ︶ 社 会 で あ っ て 、 し た が っ て 、 契 約 に よ っ て主権が構成されるわけではない。にもかかわらず、市民社会 は個々人を全体のための全体の利益から評価して、社会の総合 を可能にする。   だがそのような社会の総合は、個々人に先立って全体の利益 があらかじめ立てられることによって保証されるわけではない。 に も か か わ ら ず ﹁ 諸 要 素 と 全 体 と の あ い だ の 相 互 性 ﹂︵ ibid., 邦 訳三七〇頁︶がそこでは作用している。この相互性を保証して

(13)

いるのは、経済的な利害関心ではなく、それ以上のもの、つま り ﹁ 利 害 な き 利 害 関 心 ﹂ で あ る 。 そ れ は 、﹁ 本 能 で あ り 、 感 情 であり、共感であり、個々人の互いに対する好感の動きであり、 同情である﹂ ︵ ibid., 邦訳三七一頁︶ 。   経 済 的 な 利 害 関 心 は 、 む し ろ 市 民 社 会 の き ず な を 解 体 す る 。 ファーガスンはこう言う。商業国においては、ひとびとは同胞 と の 争 い に 身 を 投 じ 、﹁ 同 胞 を 利 益 を も た ら す も の と し て 、 彼 の 畜 牛 や 土 地 と 同 じ よ う に 扱 う ﹂︵ Ferguson A. [ 1767 ] 邦 訳 三 〇 頁 ︶、 と 。 他 者 を 自 己 の 利 益 の 道 具 の よ う に 扱 う 経 済 的 な 利害関心は市民社会を統合するのではなく、その逆に解体する。 ひとびとは経済的なきずなによってたがいに孤立し、自己の存 在を脅かされることになる。だから、ファーガスンは、社会を 総合する原理をひとびとが社会においてたがいにはぐくむ愛情 の関係に求める。   ﹁ 単 に 知 り 合 い で あ る こ と や 親 し い 関 係 が 、 愛 情 を 育 む 。 そ して、社会における経験は人間の心のあらゆる情熱を、その社 会 へ と 向 か わ せ る 。⋮⋮ こ の よ う な 感 情 は 、 わ れ わ れ 人 間 が 同 胞と一緒にいるときにのみ生ずる。人間に自らの弱さ、安全に 対する配慮、自らの生存について忘れさせ、自らの力を発見さ せるような情熱によって行動するようにさせるのは、この社会 なのである﹂ ︵ ibid., 邦訳二八頁︶ 。   経済的なきずなによって脅かされた市民社会における総合の 原 理 を 愛 情 や 情 熱 と い う 自 然 の 感 情 に 求 め る フ ァ ー ガ ス ン に 、 フーコーは着目する。 3) 市 民 社 会 は ﹁ 政 治 権 力 の 恒 久 的 な 母 型 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 七 三 頁︶である。   社会の総合の原理が自然発生的であるように、政治権力も自 然発生的に生ずる。ファーガスンによれば、市民社会の内部に 政 治 権 力 が 発 生 す る た め に は 、 服 従 契 約 は 不 要 で あ り 、﹁ 権 力 は 自 然 発 生 的 に 形 成 さ れ る ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 七 四 頁 ︶。 政 治 権 力 は、市民社会におけるひとびとをたがいに結びつける絆そのも のから発生する。   ﹁ 権 力 の 自 然 発 生 的 形 成 は 、⋮⋮ 具 体 的 な さ ま ざ ま に 異 な る 個々人を互いに結びつけることになる事実上の絆によって起り ま す ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 七 四 頁 ︶。 だ か ら 、﹁ 市 民 社 会 は 、 絶 え ず 、 最初から、 ⋮⋮一つの権力を分泌する﹂ ︵ ibid., 邦訳三七五頁︶ 。   ファーガスンは市民社会における権力の発生を、商業国にお ける商品交換の発展から説き起こす。商品交換の発展とともに、 職業のさまざまな分化が生ずる。   ﹁ 平 和 を 享 受 し 、 あ る 物 を 他 の 物 と 交 換 す る こ と が で き る よ う に な る と 、 猟 師 や 戦 士 は 徐 々 に 職 人 や 商 人 に な る 。⋮⋮ 人 々 は 、 功 利 の 感 覚 に 導 か れ て 際 限 な く 彼 ら の 職 業 を 細 分 し て い く﹂ ︵ Ferguson A. [ 1767 ]邦訳二六四頁︶ 。

(14)

  ついで、この社会的分業の発展が、格差や不平等を生むよう になる。   ﹁ 商 業 的 技 術 が 高 度 に 進 む と 人 類 の 業 務 や 仕 事 が 多 様 化 し 、 そ れ に 伴 い 、 境 遇 の 格 差 や 、 精 神 的 教 養 の 不 平 等 が 生 ず る ﹂ ︵ ibid., 邦訳二七四頁︶ 。    技術と職業の分化とともに、生まれつきの才能や性質、財産 の不平等な分配を通して、そこから支配 −従属の関係が発生し てくる。ファーガスンは、このような支配 −従属関係をつぎの ような比喩で語る。   ﹁ 人 類 の 半 分 の 名 誉 は 、 他 の 半 分 の 名 誉 の た め に 犠 牲 に さ れ た。これはあたかも、同じ採石場からきた石材が、大建築物の 上部構造のために切り取られた石塊を支えるために、土台とし て埋められるようなものである﹂ ︵ ibid., 邦訳二七〇頁︶ 。   起源を同じくする石材が、社会的分業の発展とともに支配 − 従 属 の 関 係 に 振 り 分 け ら れ て い く 。 つ ま り 、 フ ァ ー ガ ス ン は 、 市民社会がそれ自身の内部から自然発生的に権力関係を分泌す る、と主張する。 4) 市 民 社 会 は ﹁ 歴 史 の 原 動 力 ﹂︵ Fouc ault M. [ 2004 ] 邦 訳 三七五頁︶となる。   市民社会は、利己主義的な利害関心が渦巻き、経済ゲームが かぎりなく展開することによって、たえまない歴史を生み出す。 こ の ﹁ 私 的 社 会 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 七 七 頁 ︶ の 動 態 が 階 級 関 係 を た えず創出し、歴史的変遷をもたらす。その意味において、市民 社会は︿歴史の真のかまど﹀である。   市民社会は、一方で経済的なきずなが生み出す分断と解体を 自然発生的な総合の原理によって回避しながら、同時に、ひと びとをたがいに結びつけるきずなから権力を自然発生的に分泌 する。   この自然発生的な総合と権力の発生との危うい均衡にもとづ く市民社会は、自然発生的な均衡を不均衡へと反転させる不断 の契機をはらんでいる。この﹁市民社会の自然発生的均衡の破 壊 の 原 理 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 七 七 頁 ︶ が 、﹁ 未 開 の 局 面 、 野 蛮 の 局 面 、 文 明 の 局 面 ﹂︵ ibid., 邦 訳 三 七 七 頁 ︶ と い っ た 歴 史 を 生 み 出 す。   このような市民社会のありかたが、歴史の動態をその内部か ら自然発生的に産出する。   ﹁ 分 離 的 連 合 の 原 理 は 、 歴 史 的 変 換 の 原 理 で も あ る と い う こ と。社会組織の統一性をなすものは、同時に、社会組織の歴史 的変容とその絶え間のない分裂を引き起こす原理でもあるとい うことです﹂ ︵ ibid., 邦訳三七七頁︶ 。   このようにして、フーコーはファーガスンの市民社会論を手 がかりにして、社会契約論とも商業社会論とも異なるかたちで、

(15)

自由主義的統治術の相関物として生み出された市民社会を導出 する。ファーガスンの市民社会史論の検討を通して、フーコー は、自然的個人の社会契約による一般意思形成がもたらす政治、 つまり国家の政治、法権利主体の政治とは異なる政治が市民社 会に固有なきずなのなかから発生することを洞察するのである。   市 民 社 会 を 特 徴 づ け る 社 会 的 き ず な と は 、﹁ 純 粋 に 経 済 的 で あるような絆を超えて集団的で政治的な統一性を構成する個々 人 の あ い だ の 、 法 的 な 絆 と は 異 な る 絆 の こ と ﹂︵ Foucault M. 2004 ] 邦 訳 三 七 九 頁 ︶ で あ る 。 経 済 的 で も 、 法 的 で も な い 政治的なきずなのうちにこそ、市民社会における社会的関係の 特質があり、このような政治的きずなを調整することが自由主 義的統治実践の課題であった。   この経済的でも法的でもない政治的なきずなの誕生は、いか なる可能性を切り開くのか。フーコーは、この講義の締めくく りとして、そこから、つぎのような注目すべき二つの重要な問 いを提起する。   1   このような自由主義的統治の視点から国家と市民社会の 関 係 を 問 い 直 す と 、 ど う い う こ と が 言 え る の か ︵ ibid., 邦 訳 三八〇頁︶ 。   国家の発生源がそのような市民社会の統治のありかたにある とすれば、国家はそのような市民社会の統治術のうちの一つと なり、やがてはその統治術に解消されていき、国家は不要なも のとなる。さらに、市民社会にとっての統治の必要性それ自体 が 問 わ れ る よ う に な る 。﹁ 市 民 社 会 に と っ て 、 統 治 は 本 当 に 必 要であろうか﹂ ︵ ibid., 邦訳三八一頁︶ 、と。   社会とは、その社会の構成員の必要によって生み出されるも のであり、そこに統治が生じてくるのは、その構成員の弱さか らである。   ﹁ 社 会 は 我 々 の 必 要 に よ っ て 産 出 さ れ る が 、 統 治 は 我 々 の 弱 さによって産出される﹂ ︵ ibid., 邦訳三八一頁︶ 。   社会を構成するわれわれが社会を必要とするから社会は生み 出される。そして、そのわれわれの弱さから統治が生まれ、国 家が生まれるのだ。   2   近代の自由主義的統治の出現は、国家理性のような真理 に も と づ い て 規 則 づ け ら れ た 統 治 か ら 、﹁ 計 算 に し た が っ て 規 則づけられる統治﹂への転換をもたらす。権力の行使が計算合 理性にしたがって規則づけられるようになる。   ﹁ 力 の 計 算 、 関 係 の 計 算 、 富 の 計 算 、 支 配 力 と い う フ ァ ク タ ー の 計 算 に 従 っ て 、 権 力 の 行 使 が 規 則 づ け ら れ る よ う に な る﹂ ︵ ibid., 邦訳三八三頁︶ 。   こ の よ う な 権 力 の 行 使 の 規 則 づ け は 、 権 力 そ の も の の 終 焉 、 統治そのものの終焉の可能性をはらむ。このフーコーの結論は 示唆に富む。   フーコーは、このようにして国家理性とは異なる、市民社会

(16)

がその内部から発動する統治術と権力をあぶりだした。   このフーコーの近代的権力概念を手がかりにして、マルクス の﹃資本論﹄を再読してみると何が見えてくるだろうか。マル クスは政治経済学の諸カテゴリーを用いて近代市民社会の批判 的な解剖をこころみたのであるが、そのこころみを通して、近 代市民社会が近代的統治と近代的権力の広大な世界を切り開い たことを開示したのではないだろうか。 付論 生権力を生み出した歴史的言説について   フーコーは近代の権力を普遍的な主権の成立、あるいは歴史 哲学によって解き明かすのではなく、戦争をめぐる政治的・歴 史的な言説によって解き明かそうとする。一八世紀以降、戦争 や闘争をめぐってその戦略や計算をめぐる歴史的な知が生まれ る。そして、その歴史的な知を武器にして社会の諸勢力がせめ ぎ合う歴史的・政治的領域が出現する。フーコーによれば、そ の領域こそ、近代の権力の発生源にほかならない。歴史的な知 は﹁つねに戦争における武器でしかなく⋮⋮したがって戦争は、 歴 史 を 通 し て 、 戦 争 を 語 る 歴 史 を 通 し て な さ れ る の で す ﹂ ︵ Foucault M. [ 1997 ]一七四頁︶ 。   こ の 戦 争 を 語 る 歴 史 的 な 知 を ﹁ 巨 大 な 言 説 装 置 ﹂︵ ibid., 邦 訳 一七五頁︶に仕立て上げることによって、この知が近代の政治 領域を立ち上げ、そこから近代的な権力が発生する。絶対王政 における宮廷の権力も、国王の権力について歴史的に記述する ために﹁歴史省﹂が設立され、行政による歴史の文書管理がお こ な わ れ 、﹁ 歴 史 の 中 央 管 理 ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 七 八 頁 ︶ が は じ ま る。それ以降、知が富となり力となって、知をめぐる﹁巨大な 経 済 的 ・ 政 治 的 闘 争 ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 八 〇 頁 ︶ が 展 開 さ れ る 。 さ まざまな専門的な知が序列化され規律化されて権力の政治的仕 組みが築かれる。この知の規律化と連動するかたちで身体の規 律化が進む。だから﹁専門技術的な諸知は、経済的闘争および 政 治 的 闘 争 の 賭 け 金 で あ り 、 同 時 に 道 具 で も あ っ た ﹂︵ ibid., 邦 訳一八五頁︶ 。   国家はこの専門技術的な諸知に介入して、それらの諸知を選 別し序列化し集中化する。このようにして、国家は歴史知を基 盤にして国家の知をうちたてる。   この言説をめぐる政治的闘争の展開、および﹁歴史言説の一 般 化 ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 九 〇 頁 ︶ が 、 一 九 世 紀 に な る と 、 そ の 歴 史 の言説から戦争を排除するようになり、戦争の意味転換が行わ れる。その結果として、戦争には、社会の外部に対する戦争で はなく、社会の内部から発生する危険に対処するための社会防 衛という意味がこめられるようになる。   ﹁ 戦 争 は 社 会 と 政 治 的 諸 関 係 が 存 在 す る 条 件 で は な く 、 社 会 がその政治的諸関係のなかで存続していく条件となる。そのと き、社会のなかに社会そのものから生じてくる危険に対する社

(17)

会 の 防 衛 措 置 と し て の 内 的 戦 争 と い う 概 念 が 現 わ れ て く る ﹂ ︵ ibid., 邦訳二一六頁︶ 。   そ し て こ の ﹁ 内 的 戦 争 ﹂ と い う 社 会 闘 争 を 通 じ て 、﹁ 歴 史 的 な も の が 生 物 学 的 な も の へ 、 構 成 的 な も の が 医 学 的 な も の へ ﹂ ︵ ibid., 邦 訳 二 一 六 頁 ︶ と 変 転 す る 。 社 会 を 防 衛 す る ﹁ 内 的 戦 争 ﹂ と い う 概 念 が 、 生 物 学 的 な も の に 介 入 す る 権 力 ︵ 生 権 力 ︶ を作動させるようになる。こうして一九世紀になって、近代の ブルジョア階級は、生物学的なものの生命活動の過程に介入し、 ﹁ 生 き も の と し て の 人 間 ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 四 〇 頁 ︶ を 把 握 し て 統 治 の 対 象 に す る よ う に な る 。﹁ 生 物 的 な も の の 国 家 化 ﹂︵ ibid., 邦訳二四〇頁︶が、生権力が、こうして出現する。   フーコーは、生権力が出現してくる系譜学を、戦争をめぐる 歴史的言説から説き起こし、その歴史的言説における戦争概念 の転回を通して、ブルジョア階級がその言説を利用して、生権 力を国家管理の対象へと押し上げる過程を洞察する。   フーコーは、社会が不在の自然状態から社会契約によって主 権をたちあげるという社会契約説から権力を説き起こすのでは なく、市民社会における戦争状態を統治する技術として権力を とらえようとする。フーコーは、商業社会と呼ばれる近代社会 がその深層において固有の内的な戦争を抱えていて、その戦争 に対する社会の防衛という視点から生命過程に対する権力の介 入をもたらすことを察知して、そこに近代に特有な生権力の概 念を探り当てるのである。

マルクスの剰余価値概念と生権力

労働力商品と生権力

パオロ・ヴィルノ﹃マルチチュー ドの文法﹄   政治経済学と市民社会のうちに、近代的な統治術と近代的な 権力を読み取ろうとしたフーコーの視座をマルクスも共有して いたのではないか。この視点から、あらためてマルクスの剰余 価値の概念を再考してみたい、というのが本章の課題である。   この課題に取り組むための手がかりとして、まずはフーコー の生権力、生政治の概念を労働力商品と結びつけて考察したイ タリアの思想家パオロ・ヴィルノの所説をとりあげてみたい。   ヴ ィ ル ノ は 、﹁ な ぜ 国 家 は 生 を 制 御 し 統 治 す る の か ﹂︵ Virno P. [ 2001 ] 邦 訳 一 四 九 頁 ︶ と 問 う て 、 フ ー コ ー と 同 じ 問 い を た てながら、生政治の起源を主権国家のうちにではなく、労働力 の商品化に求める。ヴィルノによれば、労働力の商品化による 管理は、生政治の一環として出現したのではなく、その逆に生 政治のほうが労働力の商品化とともに生まれたのだ。   ﹁ 歴 史 的 に も 哲 学 的 に も 第 一 の 出 来 事 は 、 力 能 の 力 能 と し て の売買であり、生政治とは、この第一の出来事から生ずるひと つの効果⋮⋮でしかないのです。人間存在の力能的次元に関わ

(18)

るものが、前面に、すなわち、直接的な経験のなかに躍り出る ときにこそ、生政治が出現するのです﹂ ︵ ibid., 邦訳一五五頁︶ 。   ヴィルノは、労働者の労働能力とされるものについて、肉体 的能力だけでなく、言語活動能力、記憶力、運動能力、象徴操 作能力、感情表現能力などを加えている。とりわけヴィルノは、 労働能力がはらむ非物質的で類的な側面に目を向ける。   ﹁ 資 本 家 が 、 労 働 者 の 生 、 労 働 者 の 身 体 に 興 味 を 持 つ の は 、 ⋮⋮この身体、この生が、能力、力能、デュナミス[可能態 − 引用者]を含んでいるからです。生きた身体が統治の対象とな るのは、その内的な価値が理由ではなく、生きた身体が真に重 要な唯一のもの︱この上なく多様な人間の能力︵話す力能、思 考する力能、記憶する力能、行動する力能など︶の総体として の労働力︱の基体となっているからです。生が政治の中心に位 置 付 け ら れ る の は 、⋮⋮ 非 物 質 的 な 労 働 力 が 問 題 と な る と き で す 。 そ し て こ の 意 味 に お い て 、 こ の 意 味 に お い て の み 、﹃ 生 政 治﹄を語ることが許されるのです﹂ ︵ ibid., 邦訳一五三頁︶ 。 労働力の商品化は、資本による労働者の精神的・肉体的な身 体の統治を呼び起こし、労働能力の発現の時間的過程に対する 全面的な権力の行使を引き起こす。   フーコーは、一八世紀末から一九世紀初頭にかけて、人口に 働きかける近代的権力が出現したとして、この時代に、ひとび と の 生 命 過 程 、 生 物 学 的 過 程 に 対 す る 統 治 の 権 力 が 誕 生 し た 、 と言う。これに対して、ヴィルノは、このフーコーの生政治の 概念を考えるためには、もうひとつ別の概念から出発する必要 があるとして、マルクスが﹃資本論﹄で提示した﹁労働力﹂概 念をとりあげる。   周知のように、マルクスの労働力の定義はつぎのようなもの である。   ﹁ 労 働 力 ま た は 労 働 能 力 と い う の は 、 人 間 の 身 体 す な わ ち 生 きた人的存在のうちに実存していて、彼が何らかの種類の使用 価値を生産するたびに運用するところの、肉体的および精神的 な 諸 能 力 の 総 計 の こ と で あ る ﹂︵ Marx K. [ 1947 − 49 ] 邦 訳 一四二頁︶ 。   ヴ ィ ル ノ は 、﹃ 資 本 論 ﹄ 第 四 章 ﹁ 貨 幣 の 資 本 へ の 転 化 ﹂ の 第 3節 ﹁ 労 働 力 の 購 買 と 販 売 ﹂ に 登 場 す る こ の 一 文 を 引 用 し て 、 ﹁諸能力の総計﹂という箇所にとりわけ注目する。それは、 ﹁言 語 活 動 能 力 、 記 憶 力 、 運 動 能 力 ﹂ な ど を ふ く む あ ら ゆ る ﹁︿ 力 能=可能態﹀ ﹂︵ Virno P. [ 2001 ]邦訳一五〇頁︶のことである、 と 。 資 本 家 は 、 こ の ﹁ 生 産 す る 類 的 能 力 ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 五 五 頁︶を商品として買う。そしてこの手に入れた﹁生産する類的 能力﹂を自分の気の向くままに使用する。剰余価値は、この力 能 を 買 う た め に 前 払 い し た 費 用 を 上 回 る ﹁ 生 産 す る 類 的 能 力 ﹂ の発現によって発生する。そのために、資本はこの﹁生産する 類的能力﹂を最大限に効果的に生かそうとする権力を発動する。

(19)

この権力の発動こそが生政治にほかならない。   資本家は労働力商品を購買することによってこの権力を手に 入れ、そしてこの権力を発動する。それゆえ、労働力商品の売 買という経済取引過程とは、同時に労働者の﹁生産する類的能 力﹂を最大限生かそうとする固有の権力の発生および発動の過 程である。ヴィルノはこのことを喝破することによって、政治 経 済 学 の 言 説 が 同 時 に 生 権 力 の 言 説 で も あ る こ と を 洞 察 す る 。 フーコーが重商主義と政治経済学を統治の言説として読みこん だのと同じようにして、ヴィルノは、マルクスの経済学批判の 諸概念を統治の言説として読みとったのである。   ヴィルノは、労働力商品の販売が実在的なものではなく、非 実在的なもの、つまり﹁可能的なかたち﹂のものを販売すると いうことに着目する。この﹁可能性としてのみ存在する何かを 売 る 場 合 、 こ の 何 か は 売 り 手 の 生 き た 人 格 と 不 可 分 ﹂︵ ibid., 邦 訳一五二頁︶であり、この生きた人格を支配しつつその可能性 を最大限に引き出すための統治が求められるようになる。それ が、生権力であり、生政治である、と。   ﹁ こ こ で 問 わ れ て い る の は 、 実 際 の 行 為 と し て の 労 働 の 生 産 性ではなく、労働する力能の交換可能性なのです。売買される という唯一のことから、この力能はまた⋮⋮この生きた身体を、 無数に分化した統治戦略のまったき対象として露呈させるので す﹂ ︵ ibid., 邦訳一五五頁︶ 。   労働能力が商品交換の過程に投げ入れられるとき、そこに生 きた身体に対するかぎりなき権力が行使されるようになる。   ヴィルノはこのことを指摘することによって、資本と労働の 交換という経済取引が人間の生命過程に行使される権力の発動 という生権力の地平を切り開いたことを洞察した。   こうしてヴィルノは、フーコーの生権力、生政治の起源を労 働能力の商品交換という経済取引の過程の出現に求める。労働 能力が労働者の生きた身体的存在と不可分であり、その能力が 売 買 さ れ る と い う こ と 、 そ れ が ﹁ 生 政 治 の 実 際 的 な 基 礎 ﹂ ︵ ibid., 邦訳一五四頁︶をなすのだ、と。   交換とは純粋に経済的な行為でありながら、この交換行為に は、重大な政治性と権力性がはらまれる。この政治と権力が現 実に行使される現場は、議会や行政機関ではない。企業の生産 現場においてこそ生政治が発動される。そこでは、生きた生身 の人格に対する統治実践が行使される。そして、生産現場にお ける、つまり直接的生産過程における、この生権力の発動を保 証すべく社会の総過程がその力の行使に向けて作動する。   ひとびとの生活過程と生命過程の総体を資本が価値増殖の契 機として資本の運動の内部に包摂することによってのみ、資本 は資本たりうる。資本は、ひとびとの生活過程や自然との物質 代謝過程を外部に置いてそこに寄生するのではなく、それらの 諸過程をみずからの運動の内部に取り込む。だから、マルクス

(20)

は 資 本 の 運 動 を ﹁ 資 本 の 生 活 過 程 ﹂︵ Marx K. [ 1947 − 49 ] 邦 訳二五四頁︶と呼ぶ。   ﹁ 資 本 の 生 活 過 程 と は 、 自 己 を 増 殖 す る 価 値 と し て の 資 本 の 運 動 に 他 な ら な い ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 五 四 頁 ︶。 そ こ で は 、 労 働 者 と生産手段の関係が転倒して、 ﹁生産手段が労働者を使用する﹂ ︵ ibid., 邦 訳 二 五 四 頁 ︶。 労 働 者 の ほ う は 、﹁ 生 産 手 段 じ し ん の 生 活 過 程 の 酵 母 と し て 消 費 ﹂︵ ibid., 邦 訳 二 五 四 頁 ︶ さ れ る 。 資 本 は、ひとびとの生活過程をみずからの生命の増殖過程のための ﹁ 酵 母 と し て 消 費 ﹂ す る こ と に よ っ て ﹁ 資 本 の 生 活 過 程 ﹂ を 組 織することができる。   近 代 の 資 本 の み が 、 生 権 力 の 発 動 に よ っ て ﹁ 資 本 の 生 活 過 程﹂を可能にした。これに対して、先近代の権力は、ひとびと の生命の再生産過程を自己の外部に置いてそこに寄生した。奴 隷制度、しかり封建制度しかり、である。奴隷制は奴隷の生命 の再生産にかかわらないし、封建領主は農奴の生命の再生産過 程にはかかわらない。農奴は共有地を保有し、みずからの生活 をみずからで支える。   これに対して、資本は賃金労働者の生命と生活の再生産にか かわり、生権力を行使する。そのゆえに、労働者の生活と生命 を酵母とする資本の運動が成り立つのである。   近代の資本の運動が発動するこの権力作用について、商業社 会をもっぱら経済取引の活動として考察する経済学は完全に見 落としてきた。しかし、またこの権力作用は、経済取引の活動 を考察の対象としない政治学や社会学の考察からも見逃された。 しかし、フーコーが洞察したように、経済取引が発動するこの 政治と権力の概念こそ、近代世界の政治と権力のありようを根 源において照らし出すものである。   ヴィルノの考察は、労働能力を商品として売買する経済取引 が生政治の広大な地平を切り開くという指摘にとどまっている。 だが、マルクスが﹃資本論﹄の剰余価値論において展開したの は、この経済取引が引き起こす生政治の内実を剰余価値の生産 として構造的・重層的に開示することであった。次節以降では、 マルクスの剰余価値論全体を、労働能力の発現過程における生 権力・生政治の行使という視点から再読してみたい [7]。 生権力の総過程的展開および発生史的考察

貨幣の資本 への転化   マルクスは、生きた労働能力に向けて行使される権力の発動 を、資本の﹁総体的運動﹂を通して考察する。マルクスは、労 働 力 商 品 と い う 概 念 を 、 な に よ り も ま ず ﹁ 資 本 の 一 般 的 定 式 ﹂ における資本の﹁総体的運動﹂の考察において提示する。   資 本 と は 、﹁ 貨 幣 を も っ て 商 品 を 購 買 し 商 品 を も っ て 貨 幣 を 購買するところの、総体的運動である﹂ ︵ Marx K. [ 1947 − 49 ] 邦訳一二六頁︶ 。

(21)

  こ の 資 本 の 運 動 は 、 商 品 流 通 と は ﹁ ま っ た く 異 な る 種 類 の 、 独 自 で 特 異 な [ 総 体 的 −引 用 者 ] 運 動 ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 二 六 頁 ︶ を描く。つまり、資本の運動においては、出発点に貨幣があり、 その貨幣が商品と交換されて、より多くの貨幣となって出発点 に還流する。この貨幣と商品の形態変換の総体的運動が、労働 の 質 料 変 換 の 運 動 を 媒 介 す る 。 マ ル ク ス は こ の 総 体 的 運 動 を ﹁ 資 本 の 生 活 過 程 ﹂ と 呼 ぶ 。 つ ま り 、 資 本 と い う 物 象 は 、 生 命 力をもって自己を維持し増殖する生命体のような活動を際限な くくりかえす。そこで増殖する価値の増加分が剰余価値と命名 される。   ﹁ 最 初 に 投 下 さ れ た 価 値 は 、 流 通 に お い て 自 ら を 維 持 す る ば かりでなく、流通においてその価値の大いさを変じ、ある剰余 価 値 を 附 加 す る 。 す な わ ち 自 ら を 増 殖 す る ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 二 八 頁︶ 。   資 本 の こ の 総 過 程 的 運 動 を 通 し て 、﹁ 価 値 は 、 価 値 で あ る が ゆ え に 価 値 を 生 む と い う 、 幽 玄 な 資 質 を 受 け 取 っ た ﹂︵ ibid., 邦 訳 一 三 一 頁 ︶。 ﹁ 生 き た 仔 ﹂ を 、﹁ 金 の 卵 ﹂︵ ib id., 邦 訳 一 三 一 頁 ︶ を、生むというこの奥深い運動は、価値という物象化された社 会的力能が自己運動する生命活動となったことを意味する。   この資本の総過程的な運動がはらむ生命活動を可能にするも のは何か。マルクスはそれを労働能力の商品化に求める。使用 価値の生産において発揮される人間の身体に宿る肉体的・精神 的な諸能力の総体が、商品として資本の総過程的運動に包摂さ れること、これなくして資本の自己運動する生命活動はありえ ない。   さらに、マルクスは人間の労働能力が資本の総過程的運動に 包摂されるための条件を問う。   まず、賃金労働者は、 ﹁肉体的および精神的な諸能力の総計﹂ ︵ ibid., 邦 訳 一 四 二 頁 ︶ を 私 的 に 所 有 し て 市 場 で そ の ﹁ 諸 能 力 の 総計﹂を自由に処分できる存在でなければならない。と同時に、 その私的所有者は、その﹁諸能力の総計﹂を他者に対して自由 処分しないと生きていけない存在であること、つまり自己自身 が自己の労働能力を発現させるための生産手段を有していない こ と ︵ つ ま り 生 産 手 段 を 奪 わ れ て い る こ と ︶、 こ れ が 必 要 条 件 となる。   だ か ら 、 マ ル ク ス は 、﹁ 諸 能 力 の 総 計 ﹂ の 所 有 者 が 、 労 働 力 を時間決めで販売し処分する権限を保有する私的所有者という 法的人格であること、そして同時に、その存在が原料や労働用 具などの生産手段を奪われて、他者に自己の労働能力を売り渡 すしか生きる術のない無産者であること、この両者を労働力の 商品化の必要条件として指摘するのである。   賃 金 労 働 者 と い う 社 会 的 存 在 が 歴 史 的 に 成 立 す る た め に は 、 この二つの社会的条件を満たしていない先行諸社会が解体する という巨大な社会変革を必要とする。だから、それは﹁一つの

参照

関連したドキュメント

バブル時代に整備された社会インフラの老朽化は、

焼却炉で発生する余熱を利用して,複合体に外

国民の「知る自由」を保障し、

存在が軽視されてきたことについては、さまざまな理由が考えられる。何よりも『君主論』に彼の名は全く登場しない。もう一つ

在させていないような孤立的個人では決してない。もし、そのような存在で

直流電圧に重畳した交流電圧では、交流電圧のみの実効値を測定する ACV-Ach ファンクショ

私たちは、行政や企業だけではできない新しい価値観にもとづいた行動や新しい社会的取り

関係会社の投融資の評価の際には、会社は業績が悪化