軍事保護法の成立と軍事情報統制(I ) : 軍事保護法成立前史
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(2) . 3巻 第1号 北海道教育大学紀要 (人文科学‐社会科学編) 第5. I ) VO 1 i ISc i t a ences i i fEduca ・ l esandSoc i t fHokka i do Un tyo lo ‐ on (Human ・53 .No ver s journa. 平 成14年 9 月 Sept ember .2002. 軍機保護法の成立と軍事情報統制 (1) --軍機保護法成立前史-- 遠. 藤. 芳. 信. 北海道教育大学函館校社会科教育研究室. 1. は じめに~軍 事負担と しての軍機 保護法~ 本稿 は, 1899年 7月14日 法律 第104号 軍 機 保 護法 の成 立 と 軍 事情 報 統制 につ い て考 察する も の である.. 戦前日本は 「軍事大国」 をめざした. しかし, 国民大衆の中に軍事的教養が養われず, 軍事上の知識や情 報は自由に交換さ れず,公開的な多様な議論は軍隊内部も含めて旺盛に展開されなかっ た.軍事情報の公表・ 公開等に対する厳しい権力 的統制が加えられ, 戦争や軍隊に関する自由な学術研究は他の研究分野以上に制 約され, 国民大衆は政府から偏狭な情報を一方的に与えられてきた. この結果, 戦争や軍事の神秘化が強め られた. 戦前日本における軍事情報統制は, およそ, 三つに区分される. 第一は, 内務行政や司法当局が管 9 3年出版法な どにおける軍事機密に関する文書図画の出版の規制 轄する軍事情報統制である‐ たとえば, 18 80年刑法における外患罪の設定である‐ 外患罪は戦時に成立するものであるが, 本国や同盟国の であり, 18 軍事機密を敵国に漏池する行為な どは無期流刑に処する とされた. 第二は, 軍事行政上 (以下, 軍政) にお ける軍事負担としての軍事機密保護である‐ 第三は, 軍内部における軍事機密図書の管理である. また, 軍 人による軍機.軍情の漏世等を反乱罪・利敵罪として設定した特別刑罰法としての軍刑法の制定である. もちろん, 軍当局は内務行政や司法当局管轄の軍事情報統制にもかかわりをもったが, 本稿が主として考 察対象にするのは, 一般国民に対する軍政上の軍事負担としての軍事機密保護体制であり, その法的基盤と 899年軍機保護法である. なお, 第一次世界大戦後の国家総力戦段階を迎え, 軍事・思想・経済・外 しての1 交等を含む国勢の全容に関する 報道・宣伝関係等のありかたも 「秘密戦」 として重視されるに至り, 上記の 第一と第二の軍事情報統制等は 「防諜政策」 として一体化された. 軍事負担とは, 兵力の編成と軍備の維持のために, 軍政の権力作用によって国民に課せられた経済的負担 である. 戦前日本では, 軍事負 担を規定した法令としては, ①軍隊の活動にあたり, その軍需に関する経済 2年徴発令, ②民間工業を対象にした徴発をさらに大規模化・緊密化した 的負担を地方人民に賦課 した188 1 918年軍需工業動員法, ③戦時や事変における国家総動員のために人的資源・物的資源の全力を統制・運用 38年国家総動員法, ④軍港・要港における禁止・制限行為を規定した1890 するための軍事負担を規定した19 9年要塞地帯法がある. 軍事 年 「軍港要港二関スル件」 , ⑤要塞地帯における禁止・制限行為 を規定した189 負担としての軍事機密保護 は軍事上の秘密事項を探知収集・知得領有・漏遣しないこと等, および探知収 集・知得領有・漏池の虞ある行為等をしないという負担である. これが軍機保護法である. 一般に軍事負担 は経済上の負担であり, 上記の特に①の徴発行為における賠償, ②においては損害にかかわる補償や軍需品 生産のための奨励金下付な どのように, 経済的対価を想定した見返り的な手当てが措置されているが, 軍事 負担としての軍事機密保護には,そうした手当てはない.一般国民は負担を受忍する義務のみが課せられた.. 49.
(3) . 遠 藤 芳 信. 2 軍による軍事情報独占の思想 まず, 軍機保護法成立前史を検討するが, そこには軍による軍事情報の独占的管理の強い思想がある . ( 1 ) 文部省 出版行政への干渉 第一は, 文部省出版行政への干渉を通した軍事情報の独占的管理である. すなわち 日本軍隊の建軍期に , さかのぼるが, 陸軍省と海軍省の前身の兵部省時代に, 兵部大輔山県有朋は187 2年2月1 9日付をもって, 文 部省所管の同年1月1 3日布達の出版条例に関して, 兵事関係の図書等の出版は兵部省に出願するようにして 1 ) 出版条例は 図書を出版するには まず その書名 著述出 もらいたいことを太政官正院に申し出た( . , , , , 版人の氏名住所, 図書の大意を記載したものを供えて, 文部省に提出し 文部省は検印し 免許状として本 , , 人に交付するという 出願手続き等を規定していた. この場合 「翻訳練兵書類ノ、専ラ新式ヲ崇 ビ歳月ノ限り , ア ル可カ ラサ ル」 と して, その 出 願 時 にた だち に審議 し許可 して いく と いう 扱 いをう ける こ と にな っ て い た .. 他方, 兵部省の申し出は, 兵書出版が兵部省の検査をうけることなく 出版条例にもとづいて出版されるこ , とは 「兵制二於テ不都合ノ廉」 が少なくないことを主張し 兵書出版に関する兵部省の特別な独立した管理 , を求めるものであっ た. 正院は文部省 に対して 以上の兵部省の申し出に関する支障の有無を照会した こ , . れに対して, まず, 文部省は2月20日付をもって, 文部省は出版全体の管理を任せられているために 兵書 , 類のみの出版を兵部省が管理するのは不体裁であり, 「兵律ノ書類」 の出版がある場合は兵部省 に支障の有 無を打ち合わせてから可否を決定することにすれば支障は生じないこと 兵事関係書の中でも和漢古今の戦 , 争等記載書の出版は兵部省においても支障はないはずである と回答した 正院宛の文部省回答は 兵書を . , , 含む図書の出版を原則的に文部省の権限において管理するものであったが 兵部大輔山県有朋は 他省が兵 , , 書出版にかかわることへの反対も含めて, 文部省見解に執勘に反対した . 2 ) す な わち, 兵部 大輔 山県 有朋 は, 2月25日付 をも っ て 下記 のよう に正 院に再 度上 申 した( , .. 「方今郡県ノ御政治被為建候上ノ・兵権ノ義ハー切当省へ御委任相成候義ト被存候然ル処外向ノ御政令ノ、 公明正大二可有之ノ、勿論候得共兵事二至り候テハ秘謀密策等モ有之ニ付兵事ニ関係ノ儀当省承知不致内一 般流布相成候テハ甚不都合有之右等ノ儀ノ 、文部省ニテモ弁別有之筈二候且前文ノ通郡県ノ御政体相立候上 ノ、庶人護二兵事ノ 得失利害等論評義無之事ト被存候況方今御草創ノ 折柄兵制諸規則等モ未確定トハ難申此 儀二付テハ日夜憂濯罷在候処遠西兵書中ニモ新古ノ 異説各国ノ異同モ有之候へノ 、其訳書杯勝手ニ出版候テ ハ諸説多岐相成‐ 自然画一ノ障ニモ可相成候間過日相伺候次第二御座候尤文部省ヨリ当省へ打合ノ上可否決 定可致様有之候得共中ニハ私版ニテモ当省ニテ急速入用ノモノモ可有之候得ノ、速ニ出版為致度存候得共打 合杯多少暇取り候義モ可有之右二付兵事二関渉ノ書類ノ・専ラ当省ニテ致検査直二差許候得共別段不体裁ニ テ文部ノ権二融候義トモ不被存候乍併右兵書モ戦法戦略三兵操法築城養馬器械製造等ヨリ平戦軍隊規則等 ヲ除クノ外兵史ノ義ノ、関係無之ニ御座候依テ此段及御答候間篤ト御詮議被下度候也」 兵部大輔山県有朋の2月25日付上申書は兵部省の省議を経ているが, 当時の兵制の基本にかかわって強調 された 「郡県ノ御政治」 「郡県ノ御政体」 という文言は, 前年187 1年7月1 4日の廃藩置県の改革による兵権 集中を指摘している点では, かつ, 2月19日付上申書以降の論争的な内容が一貫して含まれている点では , 3 ) また .上申書提出者の署名自体が 山県有朋個人の見解を強くにじませているものと考えてよいだろう( . , , 2月19日付のものは 「山県大輔」 と記載され, 2月25日付のものは 「山県兵部大輔」 と記載され その後も , 「山県陸軍大輔」 等と記載されているように 氏名の 「名 が一貫して省略されていることから 山県有朋 」 , , 本人自身が上申書を起草 したと推定できる. すなわち, 山県有朋は 「庶人護二兵事ノ得失利害等論評」 「諸 , 説多岐」 を抑制・警戒 し, 一般国民大衆の兵制・兵事に関する旺盛かつ多様な公開的議論や研究を排除しよ うとしたのである. 山県有朋は, 廃藩置県による藩兵力 の解隊・消滅と兵部省への兵権(軍政・軍令ともに). 50.
(4) . 軍機保護法の成立と軍事情報統制 (1). 集中は,「秘謀密策」を名目にして,兵書出版活動による兵制・兵事に関する情報流通を含めて兵部省の統制・ 管理の対象にすべきことを意図したのである. そのために, 兵書出版は, 兵制・兵事の歴史書 (兵史) を除 き, 兵 部省 がす べ て 管理 す べ き こと を 強調 したの である.. 正院史官は2月27日付をもっ て, 以上の兵部省見解はもっ ともであるとし, 太政官史局が開版検査を実施 して いた と きも, 兵 書 につ い て は兵 部省 と 打ち 合 わせ て か ら出 版を 許可 して い た こ と を述 べ, 文 部省 に対 し. て, さらに見解を求めた. なお, 兵部省は2月27日に廃止され, 陸軍省と海軍省が置かれた. さ て, 文部省 は3月 7 日付をもっ て正院史官に, ① 「兵律二関係ノ書類」 は兵部省に打ち合わせの上, 出 版可否を決定する, ②兵史を除く戦法戦略築城器械等 はすべて兵部省と打ち合わせることにすれば, 兵書出 版の許容の可否は兵部省の評議に専らもとづくことになるので, 兵事の兵部省委任の主意も貫く ことができ ること, ③兵部省で印刷した兵書類の出版は今後は文部省の検査をなくして兵部省に委任する, 等の回答書 を発した. つまり, 文部省は兵書類の出版をほぼ全面的に兵部省 (陸軍省) に委任することに同意したので ある. 他方, 陸軍大輔山県有朋は兵書類出版が陸軍省に委任されることを見込み, 3月12日付で正院に対し て, 兵書出版出願者は陸軍省に出願することを早く府県に布告してもらいたいことを上申した. ただし, こ れ につ い て は, 正 院史 官 は, 「兵 書」 と の み 布 達 しても 海 軍 と 陸軍 と が混 在 す る の で, 双 方 を 区 分 した いと. 陸軍省に照会した. これに対して, 陸軍大輔山県有朋は同意し, 陸軍関係の兵書類出版は陸軍省に出願する ように布達してほしいことを回答した (海軍省の回答は不明) ‐ この結果, 太政官は3月22日に, 兵書出版 の免許は陸軍海軍両省の所轄になっ たので, 陸軍関係の兵書は陸軍省に, 海軍関係の兵書は海軍省に出願す べきことを布告した (布告第9 0号)‐ これにもとづき, 陸軍省はさらに3月25日に, 陸軍関係の兵書出版出 願が陸軍省所管になったことと, 陸軍関係書は軍務局と兵学寮において, 陸軍医事関係書は軍医寮において 検査することを, 軍務局と兵学寮および軍医寮に通知した. と ころ で 文 部省 の2月20日付 と3月 7 日付の回答書は 「兵律」 の関係書類の出 版 を指摘 して いる. 他方, ,. 陸軍大輔山県有朋は3月 5 日付で正院に 「軍律買捌ノ件至急御沙汰相成度」 と申進している. この兵律と軍 律 は同一 であり, 正確 に は前 年1871年 8月28日裁可 (天 皇 の 裁可 前 文 がつ けら れる), 1872年2月18日制 定,. ) 海陸軍刑律は 上記の 4 『陸軍省日誌』 による) の海陸軍刑律 (全204条) であっ た( 同年3月 4 日頒布 ( . , 5 ) 当 時の 「御 親 兵 (1871年 2月 編 成 総 兵力 約 8千名 1872 廃藩 置 県 による 兵部省 へ の兵 権集 中に対 応 し( 」 . , ,. 871年8月に鎮台を 1871年4月に鎮台を東山道と西海道に設置. 1 年3月 9 日に近衛兵と改称) や鎮台設置 ( 東京・大坂・鎮西・東北の4ケ所に増設, 付近の旧藩兵でもっ て編成) によっ て編成された士族軍隊の軍紀 2年の海陸軍刑律は, 西周が起草したとされ, 漢籍にもとづく難 維持をめざした特別な刑罰法であった. 187 『法令全書』 に収録・掲載されたときは振り仮名がつけられる) 解な字句が頻出し ( , 峻厳さを強化した刑罰 ( 6 ) 法として評価されているが , 実際には同刑律内容の理解を含めて どの程度に実施されたかについては不 明 である. しか し, 注 目す べ き は, 第70条 にお いて 「凡ソ 軍 機ヲ 漏 池 シ, 軍情 ヲ 発露ス ル者, 又 記 号 暗号ノ. 類ヲ開示シ, 機密ノ図書ヲ伝播スル者」 を謀叛律の対象にするなど, 「軍機」 (統帥に関する機務) 「軍情」 等の機密保持を強化したことである. 同第70条は, 兵員に読み聞かして違背しないことを求めるようになっ た187 2年9月28日の読法律条附にも掲載された (第8条) . ま た, 上記 の鎮 台増 設 にか か わ っ て制 定さ れた1872年 3月12日の 大 阪・鎮 西 ・ 東北 鎮 台条例 は, 鎮 台の鎮. 圧・防御・警備等の方針, 陸軍卿等の兵備管理や兵力行使等の権限関係, 地方長官の兵力派遣要請手続き, 官員・兵員の補充手続き, 給与・会計, 武器弾薬等の管理, 犯罪者の処置等を規定したものであるが, 管内 の兵力行使を要する事態・事件に対しては, 鎮台参謀部将校が必要兵数や策略を陸軍卿に申報することとさ れた. そ の場 合, 「策 略ノ 申告ノ、必ス 密 啓 ヲ 要 シ若 シ電 報ヲ 使用ス ルコ トア ルモ 策 略ノ 露 池ス ルラ 謹ム ヘ シ」. と規定された. この策略漏撮防止規定は, 同条例の趣旨と同様である同年1月10日制定の東京鎮台条例には. 51.
(5) . 遠 藤 芳 信. な い. つ ま り, 同規 定 は, 1872年の 2月 か ら3月にかけて 兵部省・陸軍省への兵権集中に対応した鎮台内 ,. 部の軍事機密管理の強化の一環として位置づけられる. 以上のよう に見てくると, 主に一般的な出版行政への干渉に示された山県有朋の 「庶人護二兵事ノ 得失利 害等論評」 「諸説多岐」 に対する抑制・警戒の思想は, 建軍期において軍隊内部で検討・対策の対象になっ ていた海陸軍刑律や鎮台における軍事機密管理の強化策と一体化されたものとして位置 づけることができ る.. かくして, 年次とともに拡大・増加する出版・言論事業への軍の干渉・統制が強化されることになる す . なわち, 188 3年4月16日太政官布告第1 2号の新聞紙条例においては陸軍卿・海軍卿が, 1887年1 2月28日勅令 第28号の新聞紙条例においては陸軍大臣.海軍大臣が, 特に命令を発して軍隊・軍艦の進退や一般の軍事を 記載することを禁止 し, あるいは 「軍機軍略二関スル事項」 ( 1887年新聞紙条例第22条) の記載を禁止する こと が できる と さ れた. ま た 1887年12月28日勅 令 第29号 の 出 版条例 にお い て は 「軍 事ノ 機密 ニ 関ス ル事 項 ,. ヲ記載スル文書図画ヲ出版スルコトラ得ス」(第18条) と軍事機密事項の文書図画出版を禁止した. その後 , 1 89 3年4月1 3日法律第1 5号出版法は, 軍事機密事項の文書図画出版を陸軍省・海軍省の許可制にした. { } 古昔兵書の独占的所蔵の思想 2 第二は, 陸軍省における古昔兵書の独占的所蔵の申し出である. すなわち 陸軍卿大山巌は 188 1年7月 , , 「 20日付をもって, 太政大臣に 書籍館並浅草文庫二貯蔵ノ軍事二関スル兵書類当省へ御引渡之儀二付同」 と 7 ) これは 文部省.内務省等が管轄していた書籍館や浅草文庫所蔵の古昔兵書を いう伺い書を提出した( . , , 廃藩置県によっ て兵器・城郭が陸海軍所管になっ たよう に, 陸軍省に引き渡してほしいという申し出であっ た.. 書籍館は187 2年9月に東京・湯島に開館した文部省所管の公共図書館であっ たが, 187 4年7月に浅草に移 転して官立浅草文庫と称された. 浅草文庫は187 5年3月に内務省所管になり, 同年1 1月に博物館所属浅草文 庫として一般に公開された.その後,188 1年4月 の農商務省新設によっ て博物館は農商務省所管になったが, 浅草文庫の図書自体は従来通り内務省所管になり, 上野に新設された博物館構内への移設準備のために一時 貸出中止になっていた. 他方, 文部省は187 4年1 1月に旧湯島書籍館の建物が同省に引き渡されたことによっ て再び図書館を開設する方針を立て, 1875年5月に東京書籍館を開館した. その後, 東京書籍館は1877年に 東京府に移管され, 東京府書籍館と改称されたが, 188 0年7月には再び文部省所管になり, 東京図書館と改 称された. 書籍館→浅草文庫と, 書籍館→東京図書館は旧幕府や旧藩校の蔵書を所蔵していた. さて, 上記の陸軍省の古昔兵書引き渡しの申し出は, その理由として, 陸軍省において兵法集要や兵器沿 革誌を編纂しているが, 参考書が少ないために職員を書籍館(東京図書館)と浅草文庫に出張させて借覧し, 必 要 のも の を写取 り させ ている も のの, 時々, 縦 覧拒 絶 をう けている と した. ま た いく つ か の 図書 の写 取 ,. りは将来いっ終わるか見通しもなく, 写取り時間の関係で抜粋になっ てしまうとした. そして, そもそも, 同図書館所蔵の古昔兵書の多くは現在廃棄処分になるべきものであっ て, 「他方ニテ借覧ノ者モ有之間布到 底数魚ノ食ト相成後年二至り参考ノ道モ無之様成行可申然ルニ陸軍二於テハ編纂上日々入用有之加之兵書ノ・ 出版致スニモ陸海軍省ノ指令可相受定規二有之芳兵器等同一ノ訳ヲ以テ差向キ陸軍二関スル官有ノ古兵書ノ、 悉皆当省へ御引渡相成候様致度」 と, 紙食い虫の被害になるよりは, 現在必要とする陸軍に移管したほうが よ い と 強調 した. なお, 兵書 出 版 は 「陸海軍省ノ 指令」 をう ける こ と を指摘 して いる が そ れ は上述 したよ ,. うに兵制・兵事の歴史書 (兵史) を除くものであっ て, ここでは当然兵法・兵器などの歴史書に関するもの を対 象 に して いる がゆ えに, 陸軍省 の指摘 は不 当 であ っ た.. 以上の陸軍省の申し出に対して, 太政官軍事部の内閣書記官は, まず, 8月10日付をもっ て内務卿に意見 を照会した. これに対して, 内務卿代理土方久元は, 8月30日付をもっ て, ①浅草文庫所蔵の蔵書類は兵書. 52.
(6) . 軍機保護法の成立と軍事情報統制 (工). にかぎらず諸省において必要なものもあるが, これらを一々各省の引き渡し要求に応じて引き渡していくな らば, 文庫としての体面を失うだけでなく, 「官民ノ参考」 に支障を生じてしまうので陸軍省の引き渡し要 求には応ずることができないこと, ②もっ とも, 借覧の手続きは簡便にするが, 浅草文庫を管理していた博 物局は農商務省所属になり, 内務省図書局において所管蔵書の重複するものなどを両局に分割する方針のも と に現 在調 査中 である の で, 整理 で きる ま で は借 覧 の取 り は か らい は でき ない, と 回 答 した. つ ぎに, 太政. 官軍事部の内閣書記官は, 当初の書籍館が東京府所管を経て現在は文部省所管 (東京図書館) になっている こと を知 り (内務省の指摘によって) , 9月 3 日付をもって文部省に陸軍省の申し出を照会した. こ れ に対 して, 文部卿福 岡孝 悌 は, 11月 8 日付をもって陸軍省の申し出に対する長文の反対意見を提出し. た. 文部省の見解は陸軍省の指摘を逐一反論し, 当時の教育・文化行政推進における図書館の長期的役割と 重要性を幅広い見地から的確に指摘したもので, その識見はかなり高いものとして注目できる. すなわち, 第一 に, 東京図書館はすべての図書を収集しているのであっ て, 特定の学科に限られた図書を 儲蔵しているのでないとし, 仮に兵書を陸軍省に引き渡すことになれば, 勢い, 他学科の図書をそれぞれの 性格に応じて各省局に分割譲附しなければならず, その結果, 図書館設置の本旨を失うだけでなく, 図書館 としての体面を全うすることができず, 教育上において妨害を来すと指摘した‐ これは上記の内務省の反対 見解 と ほ ぼ同一 である.. 第二に, 東京図書館における図書収集の主眼として, 「群書ヲ儲蔵シ之ヲ永遠二保存スルノ方法二於テハ 成ヘク其完全ヲ図ル儀二有之二付キ凡ソ貴重ノ図書ヲ保存セント欲セノ、該館二儲蔵セシムルニ如クハ勿カル ヘク陸軍省ノ如キ軍務ノ街ノ・正二之二反シ国家一朝事ア レハ先ツ其事ニ当り且其職員ノ如キ危急ノ時二際会 セハ兵器ヲ先ニシ図書ヲ後ニスルハ亦勢ノ止ムヘカラサル所ナレハ貴重ノ図書ヲ保蔵セシムルハ適当ナラザ ルヘク存候二付従来陸軍省所蔵ノ図書ト難モ目下入用無之者ノ、該館へ交付候ノ、バ安全ノ良策ト思考致候況ン ヤ今該館所蔵ノ兵書ヲ挙テ 陸軍省二集ントスルハ保存ノ方法二於テ尤モ其宜キラ得サルモノト云フヘシ」 と 強調し, 陸軍省への兵書集中に反対した. つまり, 陸軍省のような軍事優先の官庁に貴重図書等を集中させ ることは, 将来の長期的保存 (戦時を迎えた時など) において無責任になり, 保存の趣旨・方法に支障を生 じさ せ る と した の であ る. そ のう え で, 「這 回 同省ノ 主 トシ テ要 求ス ル所ノ、該 館 僅 二 一 部 ヲ 蔵ス ル 他 外 二 求. メ難キ稀有貴重ノ書籍ナリ 故二僅二将校展読ノ用ト謄写ノ費用ヲ情ムトラ以テ保存ノ要旨ト公衆観覧ノ便益 トラ 失 フ ニ至 ルハ 誠 二忍 ヒ サ ル所 二 候」 と, 写 取り な どの 労苦 を惜 しむ こと によ っ て貴 重 書 籍 の 保存 目 的や. 公共閲覧の便益がそこなわれる可能性を批判した. 第三に, 陸軍省は, 古昔兵書は廃棄処分になり世間においてはもはや無用である と論じているが, 適切で ないとした. つまり, 政治・法律・理財・歴史・地理・工学等の学芸は多少兵書を参考にしなければならな い 理 由 があ る と 指 摘 した. た と え ば, 「国 事 ト軍 事 トハ 最 モ 親密ノ 関係 ヲ 有 シ 国 政ノ 創 始 ヲ 問ヘ ハ 軍制 ヨリ. 、立国ノ基礎トナルモ 転シ来ル者多ク軍規兵制ニシテ其国ノ風俗ト共ニ変セシモノ少カラズ又軍陣ノ組織法ノ ノ アリ 法 律ノ・軍 令 ヨリ 転 シ 来 ル 者 アリ 軍制 ヲ 見 テ 以 テ其 国 理財ノ 有 様ヲ 知 ルニ 足 ルモノ アリ」 「兵 書 ニハ 花. ノ書二散見セザル事実ヲ詳記スルモノ妙カラザレバ凡ソ古今ヲ参考シ学芸ヲ講究センニハ諸般ノ書二就テ其 事実ヲ査厭スルコトラ最モ必要トナスラ以テ兵学者ノ外尚他二要用ノ儀不砂ト存候」 と, 兵書・軍事が他の 学問技芸と密接な関連があることを指摘した. 文部省の指摘は, 兵書・軍事の研究を陸軍省の専管事項とし て位置づけることや, 一般国政や学問技芸の研究を兵書・軍事の研究からから断絶させる議論等を批判した ものとして注目される. なお, 古昔兵書を兵器・城郭と同等の性質をもつものとして位置 づけることはでき ず, また, 東京図書館においては縦覧を拒絶したことはなく, 参謀本部の職員に対しても図書帯出の特別許 可を与えたり, 特別な求めに応じては例外的に一時館外貸出を許可していることを指摘した. 以上 の 内務省 と 文部省 の 反対 意見 によ り, 太政 官 にお ける11月14日の 閣議 にお い て は, 陸軍省 の伺 い を 許. 53.
(7) . 遠 藤 芳 信. 可しないことに決定された. 以上の陸軍省の申し出は, 兵書・軍事の研究を軍隊内の偏狭かつ閉鎖的な世界 に閉じ込める思想を含み, 兵書・軍事の研究や議論を公開的に展開することに逆行するものであった .. 3 陸軍省における18 9 0年代までの文書・図書管理体制 ( 1 } 「大日記」 による文書編冊体制 陸軍省において日々 発着・授受. ・往復する行政文書管理における保管の基本は, 一般的には 「大日記」 と いう文書編冊とその保存 によって行われていた. 「大日記」 による文書編冊の基本は 当該案件に対してな , んらかの方針・決裁・指令・指示・照会・協議・回答・報告等を含む解決・判断・処置等の扱い方が最終的 に結了するま でに起案(修正等を含む)・作成・往復された一連の関係文書(および送付・提出文書の副書) を当該案件毎に編綴し, 当該案件の結了年月日順に, かつ送付・提出先 (陸軍管轄内の官庁と陸軍省外の諸 官庁に大別・細別) および陸軍省に発送 してきた官庁等毎に分類し, 月毎あるいは年次毎に一冊の文書簿冊 として集成し編冊していくことである. その場合, 文書簿冊毎に目次がつけられ 当該案件内容を簡潔に表 , 8 ) なお 「大 日 記 による 文書 記 した も の が 目 次 に 記 載 さ れた. こ れ が, 厳密 な 狭 義 の 「大 日 記」 であ る( 」 . ,. 編冊による行政文書保存の他に, 特に秘密を要する文書や案件は 「密事日記」 として集成・編冊された そ . して, 「大日記」 等の文書簿冊は, 「記室」 と称された文書保管室に納められ 一定の手続きのもとに陸軍省 , 内部 に対 して 出納 さ れる こ と にな っ て い た. 以 上 の 「大 日記」 による 文書 管理 体制 の 基 本 は 1871年 7月 の ,. 兵部省陸軍部内条例や18 7 3年3月の陸軍省条例等によっ てつくられ, 文書管理の主管局は秘史局 ( 1871年兵 部省陸軍部内条例), 卿官房と第一局 ( 187 3年陸軍省条例) であり, その後はこれらの局等の管掌事項を継 承した局課が担当した. なお, 参謀本部の文書管理も上記の陸軍省の文書管理体制 に近かった. 毎年の 「大日記」 の文書編冊数がどのようであったかは正確に知ることはできないが 内閣制度発足直後 , につ い て は概 略が わかる. 陸軍省 は1888年3月17日付 をも っ て 1887年 度 中 に編 冊 さ れた 「大 日記」 を 含 む ,. 9 ) それによれば 陸軍省令日記1冊 陸軍省告示日記1冊 諸書類綴等の冊数を内閣記録課に報告している( . , , , 陸軍省訓令甲日記1冊, 陸達日記5冊, 通牒日記1冊, 壷大日記12冊, 武大日記24冊 参大日記1 2冊, 購大 , 日記12冊, 伍大日記12冊, 陸軍省訓令乙日記1冊,.その他37冊である. 陸軍省訓令甲日記は陸軍部外に発さ れた訓令を, 陸軍省訓令乙日記は陸軍部内に発された訓令を収録したものである. 登大日記は内閣・省院・ 府県・各種団体等との往復文書を編冊し(月毎) ,戴大日記は陸軍省内の局課からの起案・案議等の文書(乾, 月毎) と参謀本部・監軍部との往復文書 (坤, 月毎) の二つに区分して編冊し, 参大日記は兵器・武 器管理 官署の砲兵方面や陸軍諸施設の建築・修繕官署の工兵方面等の往復文書を編冊し (月毎) 雄大日記は鎮台 , との往復文書を編冊し (月毎) , 伍大日記は陸軍被服廠や陸軍糧蘇廠等との往復文書を編冊 (月毎) したも のである.もちろん, 以上の他に秘密文書簿冊を含めて多数の文書簿冊が編冊されたことはいうまでもない. なお, 188 3年7月に太政官文書局から 『官報』 が刊行されたとき, 陸軍省では同年6月に 「官報二係ル事 l o ) それによると 総務局庶務課長を主任にして 『官報 の事務取扱い 務取扱主任心得書」 が規定された( . 』 , をすることになったが, 「内務書操典若クハ 軌典或ノ 、給与概則会計簿記法等ノ如ク別二大部ナル冊子ヲ成ス モノ」 は達 書 の み を掲 載 して別 冊 は掲 載せ ずと もよ い と いう 扱い方 が規 定さ れた. こ れによ っ て 歩 兵 内務 ,. 書 (後に他兵科の内務書も含めて軍隊内務書に統合) や歩兵操典・野外演習軌典 (後の野外要務令, 陣中要 務令, 作戦要務令) などの本文は 『官報』 に掲載されないことが制度的に確定され, 一般国民が軍隊内務書 や歩兵操典などの内容を目にしたり, 話題にする機会は失わさせられた. ( } 1897年陸軍秘密図書取扱規則の制定 2 その後, 年次進行とともに, かつ軍備拡張と日清戦争・諸事件勃発に対応して文書編冊は増加し, 秘密.. 54.
(8) . 軍機保護法の成立と軍事情報統制 (1). 機密扱いの文書や図書自体も増加し, 厳重に管理された. 特に, 日清戦争前における戦時編制や動員およ び 動員計画等に関する概念の明確化とともに, 動員等に関する秘密扱いの文書・図書が増加した. こう した秘 密 扱い の 文書 ・ 図書 の増 加 に対 して,1897年 8月14日付 をも っ て,陸軍 省 の 軍 務局 長 ・ 経 理局 長 ・ 医務局 長 ・. 法官部長と人事課長の連署による 「陸軍秘密図書取扱規則制 定ノ件」 が大臣官房に上申された. この陸軍秘 密図書取扱規則を起案・制定するに至っ た理由については, 軍務局長等の上申書に添付された理由書は 「従 来秘密図書配布ノ際ノ・其都度秘密ノ程度ヲ訓示シ来レリ然ルニ軍備拡張ト軍事ノ進歩二伴ヒ将来秘密ノ性質 ヲ有ス ル図書ノ増加スルハ争フヘカラサル事実ナリ故二此際一定ノ規則ヲ設ケ将来二於ケル煩ヲ省 略シ且ツ ( 1 1 ) つ ま り 秘 密 扱 い 図 書 の 増加 にと も なう 将 来其 取 扱 ヲ 正 確 ナラ シメ ン トス ル ニアリ」 と 述 べ て いる . , ,. 秘密扱い図書の厳格な管理 (配布・受領, 保管・保存, 閲覧や学校等における教授上の扱いかた) を規定し, 秘密漏洩防止をめざすものとされた. この場合, 「図書」 とは, 一定の標題が付され, それのみで単独・完 結の内容や意味を含み, 印刷・複写等によっ て複数部数作成された書類 (図面・数量表等を含む) を意味す る. この場合, 当初, 軍務局長等は秘密扱いの文書も含む取扱規則を考えたが, 文書を含める場合は処務上・ 取扱上において困難が生ずるとして, 図書のみを対象にし, 文書は従来の普通の 「慣例」 に委ねたとされて いる. ただし, 行政上の文書は図書も含む概念であり, 図書を含む文書は, 通常は, 図書を別冊添付すると いう扱いによっ て, 発着・往復された. したがっ て, 陸軍秘密図書取扱規則は, 具体的には, 文書の中から, 別冊添付された図書で秘密扱いを要する図書のみを抜き出し,単独保管の取り扱いを整備することであっ た. ‐なお 上 記の 「大 日 記」 によ る 文書 編冊 体制 と の 関係 にお い て は 1893年 度か ら 「密 大 日記」 が編 冊 さ れ, , ,. 主に戦時編制や動員関係の機密扱い文書が編綴される ことになっていた. さて, 軍務局長等が起案した陸軍秘密図書取扱規則は, 第一に, 秘密図書を従来の慣例等により 「第一種」 と 「第二種」 に区分し, 第一種の秘密図書はその全部が秘密に属することが多いと して, その保管者と閲覧 の範囲を著しく制限している (第1条, 第2条). すなわち, 第一種の秘密図書はその配布を受けた者が保 管者になり, その業務主任者を除き閲覧できないとされた. ただし, 業務主任者でない者で保管者から業務 を命じられた者は閲覧できるとされた.また,第÷種と第二種の区分を当該図書の表紙に標記する とされた. ここで, 起案段階では, 第一種の秘密図書とは, 作戦計画訓令, 動員計画令, 動員計画訓令, 動員計画調査 報告規則, 戦時編制, 兵器弾薬表, 暗号電信表, 動員計画概見表, 要塞地における防御営造物の各突出部を 0キロメートル以内の地形図とされ, 第二種の秘密図書とは, 諸勤務令, 平時編制, 動員に 連接した線より1 関する準備品諸定数表, 戦時被服糧食器械材料貯蔵区分表, 片仮名信号書とされた. 第二種の秘密図書はそ の配布を受けた者が保管者になるが, その主任事項にしたがっ て下士および下士に相当する軍属以上の者に 保管を分担させることができ, 保管者が必要と認める場合には主任者でない者にも閲覧できると規定された (第3条). また, 教育担当者には平時編制書と戦時編制書を閲覧させることができると規定された. 第二に, 「秘密ノ漏洩ヲ避クル為〆」 に第一種の秘密図書はすべて 「謄写泣ニ復刷ヲ禁ス」 とされ, 第二 種の秘密図書でも編制と動員に関するものは謄写・復刷が禁止された (第4条) . そして, 軍隊・宮街・学 校において動員計画や教育等の必要によっ て第一種と第二種の秘密図書にもとづき, さらに訓令細則や教程 等の図書を編纂・配布するときは, 当該図書には原図書と同一の標記をするとされた (第5条) . この他に 軍隊・官街・学校において編纂・配布する図書で秘密扱いのものは, それぞれの長官が第一種と第二種の区 別を標記する とされた. また, 教育担任者は第一種と第二種とを問わず編制に関する事項を教授する場合は, 「口授」 という口頭説明を行い, それが秘密であることを被教育者に指示し 被教育者には 「筆記セシムル , わせた. さらに, 配布先・配布 被教育者に対して秘密漏洩防止の義務を負 ラ許サス」 と規定し (第6条) , 部数や保管責任者を明確にするために, 各種図書ごとに一連の通し番号を記載し (第一種の配布については 受領証を提出する) . , 紛失・焼鰹・損傷等の場合の取り扱いを規定した (第8, 9, 10条). 55.
(9) . 遠 藤 芳 信. 軍務局長等の陸軍秘密図書取扱規則制定の上申は省議において決定され, 参謀総長と監軍の協議を経て1 0 月1 3日陸達第1 28号をもって制定された. なお, 同日に陸軍次官より, 第一種の図書と第二種の図書の変更・ 訂正等に関する通牒が陸軍一般に発された. それによれば, 上記の起案段階のものに, 第一種においては, 動員計画令と動員計画概見表が削除され, 歩工兵器具材料員数表が加えられ, 要塞地の防御営造物各突出部 連接線外方10キロメートル以内の地形図は五万分の一以上の梯尺図に限られた. 第二種においては, 動員に 関する準備品諸定数表が戦時物件定数表に変更された. これらは, 動員計画関係文書における数表名の変更 等にもとづくものである.. 4 日清戦争と軍事情報統制体制 の 日清戦争開始前における新聞雑誌検閲体制の成立 894年2月に朝鮮全羅道で発生した甲午農民戦争 (当時の日本の新聞報道等では 「東学党の乱」 と称され 1 た) は, その後, 中部朝鮮以南の全地域に波及し, 6月には, 農民軍は朝鮮政府軍と全州において対時状態 に至った.政府軍は農民軍を鎮静化する力がなく,朝鮮政府は6月1日に清国に軍隊の応援派兵を要請した. 在朝鮮日本公使館はこの派兵要請の情勢を陸奥宗光外務大臣に報告した. 日本政府は, 6月 2 日の閣議で公 使館保護等を名目にして, 清国派兵に対応し, 混成1個旅団の朝鮮派遣を決定した. その後, 日本は6月 5 日に大本営を参謀本部に設置し, 第5師団の一部を動員し, 混成1個旅団を編成し, 朝鮮に派遣することに した. かくして, この後, 日本軍と清国軍は朝鮮国内での兵力の移動や増強・集中を行い, 相互に牽制しあ い, 7月下旬には衝突・交戦に入り, 8月1日に日本は清国に開戦を宣告した. 以上の日清開戦必至状況が進むなかで, しかし, 法律上は未だ 「戦時」 と規定されていない時点で, 陸軍 省は大本営設置の翌々日の6月 7 日に陸軍省令第9号を発し, 新聞紙条例第22条により当分の内 「軍隊ノ進 退及軍機軍略二関スル事項ヲ新聞紙雑誌ニ記載スルコトラ禁ス」 という, 「軍機軍略事項」 の新聞紙雑誌掲 載を無条件的に禁止するに至った. 海軍省も同日に同禁止措置をとった (海軍省令第3号) . 同時に, 陸軍省軍務局長は, 陸軍省令第9号の取り扱いに関する陸軍大臣からの北海道長官府県知事宛の 内訓按を起案し, 管内新聞雑誌社からの原稿検閲要請がある場合, 下記の事項に該当するものは登載を禁止 1 2 ) する と した(. その登載禁止事項とは, 1. 軍用船舶の員数およびその運転に関すること 2. 人馬材料の徴発に関する こと. 3. 軍用 汽 車 発着 の 回 数, 地 点, 時 日. 4. 充員 下令 の 時日, 地部, 兵員 集 合 の 遅速. 5. 軍需 諸 品. 買い上げ高およびその地点. 6. 兵器材料製作買弁の状況およびその地点 7. 軍事諸機関設置の時日およ びその地点 8. 動員した軍隊の員数, 兵種, 隊号 9. 軍隊集合の地 点 10 . 軍 隊乗 船上 陸の地 点 11 . 出征軍隊の員数, 兵種, 隊号, 指揮官の姓名 12 3 . 軍隊の運動行進に関すること 1 . 沿岸警備の地区, 地. 点および守備隊の兵数, 兵種とその隊号 14 . 軍事官街の景況および武官の動静 15 . 軍事に関する郵便, 電信およびその他通信に関する事件, と広範囲にわたっている‐ 以上の登載禁止事項は, 法律上は 「戦時」 でないにもかかわらず, 「戦時」 と同一状態とみなしたうえで, 将来すすめられる動員内容等を詳細に見通 したもので, 計画的に策定されたと考えられる. しかし, 新聞雑誌社側においては以上の登載禁止事項を遵 守すれば, 軍事情報に関する新聞雑誌記事を組みたてることはほとんど不可能なものであった. ただし, こ の時点で, 上記登載禁止事項が新聞雑誌社側 に公開・公示されたか否かについては不明である. なお 「交戦 二関シ民情ヲ害スルガ如キ記事」 も登載禁止内容として提示された. この最後の内容は 「軍隊ノ進退」 や 「軍 機軍略事項」 に関係がないだけでなく, 「戦意高揚」 をあおるものである. そういう点では, 陸軍省令第9 号は軍による情報操作や世論操作の意図を含み, マスコミの論評等を自粛させるものであった. さらに, 新. 56.
(10) . 軍機保護法の成立と軍事情報統制 (1). 聞雑誌検閲係として, 大臣官房秘書官1名・副官1名, 法宮部理事1名, 他3名の計6名が従事することに なっ た (以下,「新聞紙検閲係」 と記載)‐ ただし, この時点ではその業務分担体制等は明確化されていない. 以上の軍務局長の内訓按は決裁さ れ, 6月 7 日に陸軍大臣内訓が電報によって発された. また, 同日に陸軍 大臣は警視庁と内務省書保局に対して, 上記内訓を各府県知事に発したことを通知した. 他方, 海軍省 は, 6月 8 日に海軍次官が陸軍大臣内訓と同様な 「軍機軍略事項」 の新聞紙雑誌掲載禁止事項を各地方長官宛に 3 1 ) それによれ ば 陸軍大臣内訓 とほぼ同様であり (全20項目) 上記の陸軍省 令 電報によっ て通知 した( , , . 第9号と海軍省令第3号が起案さ れる段階において, 事前に陸軍省と海軍省とが新聞紙雑誌登載禁止事項に 関して綿密な打ち合わせをしたものと考えられる. ただし, 海軍独自のものとして, 水路測量およ び標識に 関すること, 海軍所属諸倉庫に関すること, 学校艦団隊教練の状況に関することがあり, さらに 「直接間接 二軍機軍略ニ関係ス ルト思料スルモノ」 が提示された. この最後の内容は海軍省によっ て一方的に 「軍機軍 略事項」 として認定されることになるが, はたして, 当該内容が 「軍機軍略事項」 に該当するか否かを含め て, 認定主体の資格などに関連して議論の対象になりうるものであった. 陸軍省の新聞紙検閲係はさっ そく軍事情報統制活動を開始し, 6月 7 日に北海道庁長官府県知事宛の電報 按を起案し, 朝鮮への軍隊派遣の旨と日本国政府が軍隊派遣を清国政府に通告した旨の記事を6月 9 日から の新聞記事に掲載することを許可 したことを通知したい, と上申した. 同上申は決裁され, 6月 8 日に電報 1 4 ) こ れ は 同7 日に朝鮮への軍隊派遣を報道した新聞社があり 秘密の意味がなくなり 軍 が 発さ れた( , , . ,. 2条にもとづく陸軍 が軍事情報を一方的に提供するという措置に至っ たものである. しかし, 新聞紙条例第2 省令第9号の 「軍機軍略事項」 の無条件的な掲載禁止措置に対して は, 新聞紙検閲係において一定の反省を し, 同措 置 を緩和 する に至 っ た. 第一 は, 6月11日 に陸軍省 令 第10号 を 発 し, 陸軍省 令 第9号 に 「但予メ 陸軍 大 臣ノ 認可ヲ 経タ ルモノ ハ 此. 眼二在ラス」 という追加を施し, 「軍機軍略事項」 掲載の事前認可制 をとっ たことである. この省令追加に ( ) す なわち 陸軍省 令等 の 法 令 にお ける 「軍 機軍 略」 1 5 つ いて, 新 聞紙 検閲係 はつ ぎのよう に上 申 して いる . ,. の文字の意義は 「汎博」 で 「定解」 を与えることが非常に困難であるが, 陸海軍人等その事に当たる者こそ が最も了解できるとした. その理由は, 裁判における法令の意義の解釈において, 裁判官が 「鑑定人ノ智識 ヲ参考」 にして自己の知識の及 ばない所を補う必要があるのと同様であるとした. つまり, 陸海軍人こそが 「軍機 軍 略」 の 「鑑 定 人」 に なりう る 資 格 を も っ と した の である. そ のう え で, 「相 当 官 憲ノ 査閲 ヲ 経 テ 本 令ノ 違 犯 者 タ ラ サ ラ ム コ トラ 欲ス ルモ ノノ 為 二 方 便 ヲ 与 へ」 る こ と に し, かつ, 「軍 機 軍 略ノ 如 何ヲ 詳 悉ス. ル検閲ヲ備フル陸軍大臣ノ, 事二害ナシト認メラ レタルモノニ限り其必ス シモ多少軍機軍略二関スル事項タ ルト否トラ間ハス 本令所謂軍機軍略二関ス ルノ事項トシテ新聞紙ニ掲 載ヲ禁シタルモノニ非サル旨ヲ公示ス ルノ 甚 可 ナ ルラ覚 ユ」 と強調 した. つ ま り, い わゆる 「軍 機 軍 略 事項」 掲 載 に関 してい わゆる 「ガス 抜 き」. をしたのである. しかし, この上申においては 「軍機軍略事項」 掲載の事前認可制という掲載手続きの 「有 効 性」 につ い て は議 論さ れて いる が, 陸軍大 臣を 「軍機 軍 略」 の専 門的 な 「鑑 定 人」 に相 当さ せ たと しても,. 「鑑定人」 よりも上位の総合的な判断をする比職上の 「裁判官」 とは誰であるのか, とか, 「軍機軍略」 の 特 定と そ の 根 拠 につ い て は触 れ られず, そ の 後も あ いま いさ を残 してい っ た‐ な お, 海軍省 も 同 様 に6月11. 日に海軍省令第4号を発し, 「軍機軍略事項」 掲載の事前認可制 をとった‐ 第二 は, 上 記 6月 7 日の陸軍大臣内訓における 「軍機軍略事項」 の内容緩和である. すなわち, 新聞紙検 3日に, 警視総監と北海道庁長官および府県知事への陸軍大臣内訓案を起案し, 「軍機軍略」 は 閲係は6月1 事態.事情とともに変遷するものであっ て, 過去の事柄に属 しまたは填末なもので表示しても 「将来我軍機 軍略ノ如何ヲ瑞摩スルニ足ラサルモノハ自今之ヲ記載スルモ不問二附スル儀ト心得ヘシ」 と指摘し, 若干の 1 6 ) そ の 事例 と は 軍用 船 舶 の員 数お よ びそ の 運転 に 関 する こ と であ っ ても 総 数・ トン 数や 事例 を示 した( ‐ ,. 57.
(11) . 遠 藤 芳 信. 就航先・目的を推測できないもの (第1項) , 軍用汽車に関することであっ ても積載人馬貨物の員数を知る ことができないもの (第3項) , 軍需諸品買い上げ高に関することであっ ても-小局部にとどまりあるいは 物品の数量を記載しないもので兵員の多寡を端塵できないもの (第5項) 軍事機関の設置であっても軍機 , 軍略に直接関係ないもの (第7項), 上船上陸の既往に属し現在将来に関係ないもの (第1 0項) , 軍事官街の 景況や武官の動静等であっ ても某団某隊の出征等をうらなう価値のないもの (第1 4項) , 軍事通信に関する ものであっても一般の状況のみであって通信中の事項を明記せず あるいは軍用電信新設等のことに関係し , ないもの (第1 5項) , の事例である. 新聞紙検閲係起案の陸軍大臣内訓案は決裁され, 同日に電報によっ て 発された (陸軍省送達送甲第699号, 以下, 「送甲第699号」 と略) . また, 同日に陸軍次官から内務, 海軍, 司法の三次官に対して, 同内訓を警視総監と地方長官宛に発したことが通知された . かくして, 日清開戦前において陸軍省における新聞検閲体制が成立したが 「戦時下」 と見立てつつ動員 , 内容等を詳細に見通した「軍機軍略事項」の新聞紙雑誌掲載禁止措置については やや試行的措置にとどまっ , たといえる. それは, 軍による軍事情報統制が 軍事の秘機密維持管理にとっ て有効なのか あるいは国民 , , の 「戦意高揚」 に向けた世論の組織化にとって有効なのか, 等が明確化されていなかっ たからである . { 2 ) 日清戦争下緊急勅令第13 4号による検閲体制と軍事情報統制構造の成立 8月1日に日本は清 国に開戦を宣 告し 歌青戦争が開始された. 同時に同日に勅令第1 34号が発され, 外交 または軍事に関する事件を新聞紙, 雑誌および他の出版物に掲載するときは行政庁 (内務省が指定) に当該 原稿を提出して許可をうけるという 原稿検閲が規定された. 同勅令違犯者には罰則が処された 同勅令制定 . により, 上記の陸軍省令第9号と海軍省令第3号は8月 3 日に廃止された. また内務省は8月 2 日に内務省 令第7号を発し, 許可をうけるべき原稿の提出先を 東京府下は内務省 他地方では北海道庁と府県庁 (長 , , 官が遠隔地と認めた地方は, 当該地方の警察署) 島庁所在地は島庁 に指定した , . 勅令第1 34号は, 検閲の範囲を外交関係にも広げ, 軍事関係の検閲を含めて 主管事務は内務省になった , . しかし, 軍事関係の検閲は陸軍省からすべて離れたのではない. たとえば 内務次官は8月 1日付をもって , 陸軍次官宛に, 内務省において勅令第134号による検閲事務を取り扱うために 陸軍省から高等官を委員 と , して派遣してほしいことを照会した. これに対して, 陸軍次官は翌日に同照会を了承し 新聞紙検閲係を派 , 1 7 ) ま た 陸軍省側 にお い は8月 2 遣 する こ と に した( て 日に, 各師団と屯田兵の参謀長および憲兵司令官 . , に対して, 各地方長官や警察署長等が勅令第1 34号にもとづく検閲事務を取り扱う場合, 軍事に関する事項 の掲載許否にかかわっ て 「軍機軍略」 に関する質疑等がありうるので彼等に懇切に垂示すること (憲兵司令 官は各地の憲兵隊長等に訓示すること) を, 先日各地方長官に提示したとされる軍機軍略に関する重要事項 (上記の6月1 3日の 「送甲第699号」 添付の事例を意味する. 「検査標準」 と文書名がつけられた) を添付し 1 8 ) て通知 した(. その後, 9月1 2日に緊急勅令第1 67号によっ て上記の勅令第1 34号は廃止され, 翌9月1 3日に上記の内務省 令第7号は廃止された. すなわち, 検閲は 「軍機軍略事項」 に集中化され 陸軍省は 9月1 3日に陸軍省令 , , 第20号 (海軍省は海軍省令第1 3号) を発し, 上記の6月 7 日の陸軍省令第9号と6月11日の陸軍省令第1 0号 とほぼ同じ内容の陸軍大臣または海軍大臣による 「軍機軍略事項」掲載の事前認可制を復活させた しかし . , これはたんなる復活でなく, 特に同年9月以降 第一軍等の編成・動員・出征に対応し 勅令第1 3 4 号によ , , る検閲体制のもとで, 軍による検閲体制を質的にも強化したものであった 同省令は陸軍省の大臣官房で起 . 「 案されたものと考えられるが, 同時に9月1 2日に, ① 陸海軍大臣ヨリ北海道庁長官各府県知事へ電報御達 東京府除ク」 (東京府には海軍省から発する), ② 「大臣ヨリ警視総監へ御達案」 ③ 「北海道庁長官各 , 1 9 ) ここで 第一に ①と②は 地方長官と警視総監に 府県知事へ御内達案 東京府除ク」 が起案された( . , , , 案. 対 して, 「一. 58. 一 個ノ 推 測 ニ 出 ル ト若ク ハ 風 説 二係 ル トラ 論セス 又ノ・事 実ノ 有 無 ヲ 問ハ ス 未 タ 実 行 セ ラ レス.
(12) . 軍機保護法の成立と軍事情報統制 (1). 若クハ未タ発表セサ ル軍事上ノ計画軍隊軍艦御用船及将校ノ進退所在ニ関ス ル記事ノ、之ヲ掲載スルラ禁ス 二. 前項ノ外特二掲載ヲ禁スルモノハ時々 之ヲ達ス ヘシ 三. 禁止ヲ犯シタルモノハ司法上若クノ、行政上厳. 重ノ処分ヲ受クヘシ」 という掲載禁止項目を管内新聞社・通信社に厳達し, 違反文書の徴収を求めた. これ 3日に, 各新聞社と通信社に対して, さらに, 条約に関する事柄や条約国の挙動を非 をうけて警視庁では同1 難してその感触 を傷つけ, 人心を激動し, したがって治安を妨害するような記事を掲載すべきでないことを 2 0 ) 第 二 に ③ は 地 方 長 官 に 対 して 「軍 機 軍 略 事 項」 の 取 り 締 ま り につ い て は 6月13 加 え て 通 達 した( , , . , 「綱 目」 と称 さ れる) に は 日 の 「送 甲 第699号」 添付 の 事例 にも と づく こと を 命令 した. こ の場 合, 同 事例 ( さ らに 「本書ノ・之ヲ 公二ス ル コ トラ 許サス」 という 公開・ 公示 の 禁止 がつ けら れる と とも に, 新 聞社 ・通 信. 「綱目」 ) を 「一見セシム 社から 「軍機軍略事項」 の掲載禁止の標準に対する質問が出た場合には, 同事例 ( ルハ妨ケナシト難トモ之ヲ新聞紙雑誌二掲載スル等公二セシムヘカラス」 と新聞紙・雑誌等への掲載禁止を 3日にそれぞれ発された (陸 強調した. 以上の大臣官房起案の三件の陸軍大臣等の内達案は決裁され, 9月1 225号). なお, 同日に, 陸軍次官は内務次官に対して, 上記三件の内達を発したことを通 軍省送達送甲第1 知 した. かく して, 新 聞社 ・ 通信社側 等 か ら み れ ば, 「軍 機 軍 略事項」 と は何 か と いう こと が 「不 明確 化」 「非 特 定. 化」 された状態のなかで, 「軍機軍略事項」 の掲載禁止の処分がなさ れるという, 軍事情報統制構造が成立 した の であ る.. ( 3 } 大本営と軍事情報統制構造~ 「大本営発表」 体制の原形成立~ ただし, 以上の軍事情報統制構造は, 戦時下のなかで陸軍省という -政府機関が検閲を管理するというも のであって,統帥機関としての大本営から発される軍事情報の扱いや管理については明確な基準はなかっ た. つまり, 陸軍省は, 大本営の新聞紙監督における 「軍機軍略事項」 に関する掲載許否は法令上はほとんど効 力無しとみていた. そのため, 大臣官房は, 大本営に対して, 「自今大本営所在地ニハ必定新聞記者通信員 ・之ヲ公ニスルモ妨ケ無キヤ等同出候向モ少力ラス ト存候処大本営ノ教示セラ 等モ幅湊可致随テ某々ノ 事項ノ ル ル所 ト陸軍省ノ 許 否ス ル所 ト彼此 矛楯ス ルモノ ア ルカ如 キハ 陸軍ノ 威 信 ニモ 関ス ヘク」 と して, 現在そう. した患いはないけれども, 将来, 新聞紙監督機関の陸軍大臣と大本営とが隔離して双方の事情が通じないこ とが発生しないように, 陸軍省と大本営との間における軍事情報の扱いや管理に関する 「別紙」 のような取 2 1 ) こ れ は 9月 8 日に大本営が広島に移転 扱手 続き を 了 解 しあう ほう がよ いこ と を通 知 す る と起 案 した( . ,. し, 陸軍省と大本営との地理的距離が遠隔になっ たことと, 戦地・戦場のニュースがまず大本営に集中する と いう 事 態 を考慮 した起 案 であ っ た. さ て, 「別 紙」 に示 さ れた 取 扱手 続 き と は,. 「一. 陸軍二関スル事項ニシテ特二新聞紙ニ記載セシムルラ利益トスルモノハ総テ陸軍省其材料ヲ付与ス. ニ 若シ必要アルニ際シ大本営二於テ之ヲ付与シタルトキハ直二電報ヲ以テ其旨及其付与シタル材料ノ 要旨ヲ陸軍省二通知ス但検閲標準書数項ノ明文ト全ク相関セサルモノハ此眼二在ラス 三. ノト難トモ陸軍省二於テハ 新聞社員通信社員等ニ於テ大本営ノ認可ヲ経タルノ 事項ナリト唱フルモ ‐ 標準書ノ 明文二筋ルルモノト認ムルトキハ必ス シモ大本営二照会往復等ノ事ヲ為サス之力掲載ヲ禁 ス ル コ ト ア ル ヘ シ」. である. こ こ で, 「検閲標 準 書」 と は上 記 の6月13日 の 「送 甲 第699号」 添付 の事例 である. さ て, 以 上 の. 3日の 「送 陸軍省と大本営との間における新聞紙掲載に関する軍事情報の取扱手続きは, 上記開戦前の6月1 甲第699号」 が発された時点とは若干趣旨が異なる. この取扱手続きは, 新聞検閲における陸軍省の権限を 確認・強化したものであるが, 第一項目にみられるように, 新聞紙掲載による 「利益」 発生を積極的に判断 して, 同記事材料を陸軍省から提供する措置をとることにしたことである. この措置によっ て, 国民の 「戦 5日付をもっ て参謀 意高揚」 に向けた世論の誘導が有効になっ た. 大臣官房起案の通知案は決裁され, 9月1. 59.
(13) . 遠 藤 芳 信. 総長に発された. 他方, 大本営では, すでに, 新聞社向けの記事材料提供の手続きを起案し, 陸軍省との打ち合わせにとり 2 2 ) そ の起 案 内容 は か かろう と してい た( . ,. 「一 二. 戦地ノ景況等ヲ新聞記者二告示スルハ必ス陸海軍両省二電報シタル後ナル事 陸海軍 両省ノ、大 本営 ヨリ 得タ ル戦 地ノ 景 況等 ニ シ テ 世 ニ公 二 シ妨 ナ シ ト認ム ルモノ ラ 従前ノ 手 続 二. 沿り新聞記者二告示アルヘキ事 三. 大本営二請願シテ告示ヲ受クル新聞社名ノ・予メ之ヲ通知シ置ク事. 四 前項ノ新聞社ノ新聞ニ謄載シ在ル戦地ノ景況等ニシテ大本営ヨリノ電報ト甑酷スルモノ アルトキハ 陸海軍両省ノ、直チニ該社二詰問シ或ノ ・大本営ニ報告アルヘキ事. 但在韓従軍記者ヨリノ通信二係ル. モノ ハ 目 ラ 本 文ノ 外 二属ス」. である. この大本営の起案は, 新聞社側からの記事材料提供の要請を組み入れたものであるが 大本営か , らの戦地の情報・状況に関する発表を前面にもってきたことを除いては, 上記9月15日付の陸軍省の参謀総 長宛の取扱手続きと大差はない. 大本営では同起案文書を陸軍省と打ち合わせ したいとして 9月17日付を , もって, 大本営の海軍参謀と陸軍参謀の連署によっ て陸軍次官宛に発した.さらに 大本営は翌18日付をもっ , て, 上記起案文書の第一項目に 「但事項ノ重要二属セサルモノハ郵便ヲ以テ電報ニ代ユルコト」 という但し 「材料告示請願ノ新聞社等」 9月18日分) を陸軍次官に伝えた 書きを加えることと, 第三項目の新聞社名 ( . この中で, 大本営から記事材料が提供される新聞社名は, 時事新報社, 大阪毎日新聞社 東京日々新聞社 , , 読売新聞社他2 0社であっ た. ほとんどが中央紙であるが, 地方紙では, 山陽新聞社 中国新聞社など 西日 , , 本所在の新聞社である. ともあれ, 戦時下において, 新聞紙向けの軍事情報掲載に関する陸軍省と大本営と の間における取扱手続きが双方から起案されたが, 参謀総長は9月18日に, 陸軍次官は9月20日にそれぞれ 了承の回答を発した. かくして, その後, 陸軍省と大本営との間の打ち合わせが進み, 大本営において 下 , 2 3 ) 記 のよう な 「新 聞材 料 公示 手 続」 が作 成 さ れた{. 「一. 大本営二於テ世ニ公二スヘキ事項アルトキハ之ヲ広島県警察部二掲示ス. ニ 前項ノ掲示ヲ謄写セムコトラ希望スル新聞記者ノ、予メ大本営副官部ニ請願シ各社連合シテ大本営員 旅館ノ近傍二当直所ヲ設ケ届ケ置クヘシ然ルトキハ新二掲示スル毎ニ之ヲ通報スヘシ 三 此掲示ノ謄本ノ・即チ本月ノ省令 (陸軍省令第20号. 海軍省令第1 3号) 二所謂ル陸海軍大臣ノ 認可ヲ. 経 タ ルモノ ト同一 ナ ルカ 故ニ 直チ ニ新 聞紙 ニ謄 載ス ルラ 得 四. 掲 示 ニハ 必ス 番号 ヲ 附ス 故 二新 聞紙 二謄 載ノ 時之ヲ例 定ノ、 ( ) Q5 3 )等ノ 如 ク 符 号 ト為 シテ標 証ス ル ラ 得. 五 此掲示ノ事項ヲ謄載スル新聞紙ノ・常二一通ヲ副官部二寄送シ参考二供スヘシ 六r 掲 示ノ 事項 二 関 シ疑義 ア ル トキハ 副 官 部 主任 者ノ 旅 館 二 就 キ 質 問ス ル コ トラ 得. ‐. 七 掲示ノ事項ヲ新聞紙二謄載スルニハ必シモ原文ノ侭ナルラ要セスト難モ敷街二過キ事実ヲ誤ルニ至 ラ シ ム 可 カ ラ ス」. 以上の 「新聞材料公示手続」 は, 「公示」 という いわば行政的措置による新聞記事材料提供というサー ビ スをにおわせているが, 陸軍省と大本営との間で新聞記事材料に対する一定の加工・操作を施 したうえで公 表するという官製情報化体制を作ったことを意味する. すなわち, いわゆる 「大本営発表」 体制の原形が成 立した. そうした加工・操作はしだいに大本営が主導的立場にたっ て行われ, 下述のように戦地.戦場から の軍事情報の発信と扱い方において顕著に見られた. { 4 ) 戦地・戦場からの軍事情報の発信と扱い方 戦地・戦場からの軍事情報はどのよう に国内に報道されただろうか. 第一 に, 日清戦争開戦後, 多くの従軍記者が戦地・戦場に赴いたが, 8月30日に 「内国新聞記者従軍心得」. 60.
(14) . 軍機保護法の成立と軍事情報統制 (1). 2 4 ) こ れ は 従 軍 先 で の新 聞記 者 活 動 の 心 得 を10項 目 に わ た っ て 規 定 した が 第9 項 目で は が規 定さ れた( , . ,. 「新聞記者ノ発送セントスル信書ノ 、必ス監視将校ノ指示ス ル時刻二於テ之ヲ該将校二呈シ査閲ヲ受クヘシ」 と規定され, 従軍記者の通信活動は監視将校 (出征軍高等司令部の将校で, 従軍記者を監視し, 諸々の指示 0項目においては, 通信文の内容に対して, 「勉メテ忠勇 義烈ノ事実 をする) から査閲をうけた. また, 第1 ヲ録シ敵旗ノ気ヲ奨励スヘシ 凡ソ軍隊ノ運動ヲ記ス ルハ必ス過去二限ル決シテ未来二渉ルヘカラス. 通信. 文ニハ必ス発信ノ場所及時日ヲ掲ク可カラス其社主或ノ・之ヲ推測シ得ルモ決シテ新聞紙二掲載スヘカラス 我軍ノ兵力若クハ隊号ヲ明記ス ルラ慎ミ以テ之二因り我兵力若クハ軍隊区分ノ敵軍二漏洩スルラ戒ムヘシ」 と規定され, 敵傷心煽働のための通信活動と軍機漏洩防止が呼びかけられた. 9月14日には 「外国新聞記者 従軍心得」 が規定されたが, そこにおいても, 国内の従軍記者への心得と同様の心得 (敵傷心煽働の通信活 14名に達した. 動を除く) が規定された‐ なお, 日清戦争における従軍記者の総数は, 66社, 1 第二に, 11月に至り, 大本営は, 9月時点で陸軍省と大本営がとり決めた戦地から到着する諸情報や諸報 告を 『官報』 や新聞紙に掲載する場合の手続き等が実際的には錯雑し不都合も生じていると判断し, あらた 2 5 ) 大本営起案 めて新たな手続きを起案し, 11月 7 日付をもっ て参謀本部副官部と 陸軍省副官に協議した( . の手続きは,①大本営到着の情報・報告の中で最も必要なものはただちに陸軍省と参謀本部に電報すること, ただし, 緊急でないものは筆揚版に付して郵送すること, ②陸軍省と参謀本部は到着の情報・報告を各々の 必要先に通報すること, 特に参謀本部は皇后・皇太子と在京各大臣に通報すること, ③情報・報告の中で要 用と認識した箇所は 『官報』 ・新聞紙に掲載すること, ただし, 暗号による電報と電文頭に 「X」 の符号を 付 したも の はそ の 全文 のカ ッ コ 内文章 (「X」 …… …) を 大 本営 と して 公示 禁止 す る の で, 『官 報』 ・新 聞紙. への掲載を禁止すること, ④情報・報告の中で緊急でないもの等は大本営において新聞社員に筆揚版摺に よっ て通報するにとどめ, 電報しない場合があるが, この場合, 新聞社員の通報が陸軍省・参謀本部到着よ りも早くなることがあるけれ ども, 大本営掲示番号によって大本営で公示したものとして承知してほしいこ と, ⑤ たん に筆揚 版摺 によ っ て 送付 したも の であ っ ても前 諸項 によ っ て 取り 扱 っ て ほ しい こ と, ⑥大 本営 は. 場合によっては, 陸軍省と参謀本部から情報・報告を各々通知される必要先に対して直接に電報することが ありえるが, これは一時の必要による変例であるので, 陸軍省と参謀本部はつねに所 定の通り通報してほし い こ と, であ る‐ こ れ に対 して, 陸軍省 は, 同副官 と参 謀 本部副 官 と の連 署 によ っ て11月10日付 をも っ て異. 存なしの回答を発することにした. ただし, ④については, 新聞社員に必ず大本営掲示番号を明示すること を 厳達 して ほ しい こと を伝 え た.. すなわち, 11月以降, 日清戦争の軍事情報統制において, 戦地・戦場からの情報・報告の公表・公開に関 する管理は大本営が主導的に担当し, 新聞紙等がそうした情報・報告を公表・公開した段階での法令違反等 をめぐる処分や対応については陸軍省が担当する という業務構造が明確化された. ところで, 陸軍省は, 9月1 225号による新聞紙掲載記事に対する対応においては, 3日陸軍省送達送甲第1 地方長官が明確な処分を求めてこない場合は, 当該の地方新聞紙の記事において問題があっ たとしても, 特 2 6 ) しか し 陸軍省 が対 処 に苦 慮 したの は 陸軍 関係 者 外 か ら 明 ら か にさ れ に 処 分等 の 指 示 を しな か っ た( . , ,. た戦地・戦場の情報・報告に関する新聞記事であった. たとえば, 11月1 8日に第3師団下の歩兵第5旅団が嘘巌を占領したとき, 11月20日に大本営から陸軍省に 同戦況通報の電報(禁掲載符号付き) が発されたが, 陸軍省の公表以前に,『東京日々新聞』 は 「禁掲載符号」 7 2 ) こ れ につ い て 陸軍省 高 級 副 官 は同 日 に を 略 記 した 戦 況電 報 全 文 を 号 外 と して 発行 した こ と があ っ た( . ,. 大本営副官に対して, どのような事情でそうした事態が発生したのかを照会した. これに対して, 大本営は 11月25日付をもって調 査結果を陸軍省に回答し, 『東京日々新聞』 だけでなく, 『国民新聞』 と 『東京朝日新 聞』 も公示以前に記事を発信している ことを指摘した. すなわち, 『東京日々新聞』 と 『東京朝日新聞』 は.
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