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北海道奥利尻南部の海岸段丘

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Academic year: 2021

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(1)Title. 北海道奥利尻南部の海岸段丘. Author(s). 瀬川, 秀良. Citation. 北海道教育大学紀要. 第二部. B, 生物学,地学,農学編, 23(1): 40-50. Issue Date. 1972-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/6307. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . I VO .23 .I , No. l of Hokkaido Uni i i i Journa 工B ty of Educat t s on (Sec on l ) ver. Sept ember l972. 北海道奥尻島南部の海岸段丘 瀬. 川. 秀. 良. 北海道教育大学函館分校地理学教室. 1 N1 ine Terraces of Southern okush i il l ido ar r an( s , Hokka Shuryo SEGAWA I Labora l l i ido Uni i Geographi t t t e Co ege s on ca ory ver y of Educat , Hakoda , Hokka. Abstract. ly1 l i do i il The writer f ) Kamui - r and s ound 1o terraces at 。kush yama , JaPan ,name , Hokka f f A 40 f i 1 sur ace (58 520 m),2) Kamu ‐ yama 2 surace (50 4m m) , 3) onaegawa surace ( f 360 m) t sue 2 sue . sur ace (200 m) ) Fuke‐utazawa surface (26 240 m), 5) Mat , 6) Ma ,4. f f 180 m),7 ace(10 80 m) ) Terayashiki surface ( ) Akai ace(16 1oo m),8) Yoneokasur shisur ,9. f f 60‐50 m) and lo) Aonae ), ace ( ‐mi sakisur ace (41 1 1 sur h f d f d l f b dd l iona sur ace Kamu i - yama 1 surace is a eposit , ecause roun e grave was oun at t e face i d f VV.c. Krumbe in. ing oG-○.8 after the scale o sur , ts roun ness be. b i ia dePos faces f ts The sur atsue 1 are erosi on ones ュa 2 to ~[ ‐yan rom Kamui , because recc. l ・ost der d h d i ived from the ir foundat ions were found there . , an t ese eposts were a n. i The terrace surfaces s he N[atsue 2 are depositional surfaces and especially, tuated under t ly inuous Aka i Yoneoka and Terayashiki surfaces are wに.e in area and can be seen cont i sh .. , l face and a transgress i sur ion lexure movement was he ld atthe fore part of Terayashi Af {. l face at the same per i sur iod, so a geo1 ld on Terayashi tory of Terayashiki { norphi c hi s was he. h face c sur ould be n・ade , as s own in Fig. 6. The terrace deposits of Yoneoka surface and Terayashiki surface are devided to three. A type: the terrace de i i ion to the envi t ron・nent 〕os s cons s s st of s from the relat 1 part , that i , l h l l l f l l f i d d l d i i i i t t t o r a v e e v a e o r e r c a u roun ness s very nume san nc u ng a sma quan y g g av , laces and the terrace sur face i ted fron ts are transpor h igh the terrace deposi ・ di stant 1 ) s. ,. ive.y wi de in area. B type:theterrace depositsarea.nlostder i comparat vedf rom thefoundation, i i ly ive ・er cal value of gravel roundness i ze of gravel i s comparat s very low, the s and the nun. f l in area i ively smal d h large 〕arat 1 . C type acts as a go‐between for , an t e terrace surace s con・ B A and typcs ・ face i he lowest terrace and belongs to the JonIon age ( Aonaemi l luv i st ). saki sur a un .. 序 300- 1 段丘 ( 8 280m) 2 4om) 192 1 1 段丘 ) は 工 段丘 ( 北海道奥尻島の海岸段丘を渡辺光 ( ,1 ,1. ′ 段 丘 (30 120-100-80n 60‐50n 200 m), IV 段 丘 (160-140 m), V 段 丘 ( ), VI 段 丘 ( ), VI ( l l I 段丘 ( 3m) に分類 し, 薄い浜磯と海砂をのせ, 海の方に傾く段丘面をもった明瞭な海岸 m), VI. 段丘が, 350n ・ 以下に見出され, 鳥の最高点神威山付近も段丘面であることは 明 らかであると報 (40).

(3) . 第2 3巻 第1号. 北海道教育大学紀要 (第2部 B). 7年9月 昭和4. じて い る.. その後, この島の地質調査に関連 して鈴木醇・園木文平 ( 380‐ 400m) 1935 36 ) は, 1 段丘 ( , ,19. 1 工 段丘 ( 300‐340m), 1 1 1 段 丘 (240‐280‐300 m), 工V 段 丘 (200-220‐260m), V 段 丘 (140‐160. I 段 丘 (50-60-80m), VI I I 段丘 ( 80‐100‐120 m), VI 40 m), IX 段丘 ( ‐180 m), VI 段 丘 ( 3. m) の海岸段丘を報告している.. 両報告を比較してみると, 200m 未満の段丘においては大差ないが, それより高位の段丘の高度 や対比にちがいが見 られる. また, 前者は奥尻島海岸段丘の隆起運動の形式と してシーソー的間歌 隆起を考えており, 後者は携曲を伴な った隆起運動, すなわち地波的運動によるものと 考 え て い て, 一致しておらない. これは段丘の対比の問題と関連があり, 高度変化の大きい古い段丘をどの. 様に対比 したかによ って, この様な結果のちがいを生じたものと思われる, また, 両者とも, 海面 変動と段丘との関係についてはふれておらない.. 筆者はこの度, 機会を得て奥尻島南部の海岸段丘を調査し, 先覚と多少異なる結果を得た. 最終 的には島全体と してのまとまりの上で報告すべきものと思うが, 一先ず報告して大方の御叱正を得. たいと考える, なお, この報告は地質調査所の図幅調査に関連したもので, 調査費の御世話を得た 同調査所に深く感謝する次第である. また, とくに同島の地質についていろいろと御教示を得た地 質調査所の秦光男技官に対 して, 深く感謝する,. 皿 皿 松江1面 巨 亘 松江1 1面. 饗紗耀. = 赤石面 巨雪 米 岡 面 に ヨ 寺屋敷面 [ コ 青苗岬面. Q. 1. 2. 3. 4k m. 第1図 奥尻島の海岸段丘. 数字は地点番号で 第2図の柱状図番 号に同じ.

(4) . Sept ember l972. i I B) i i t ido Univer on l ty of Educat on (Sec Journalof Hokka s. l Vo .23 .I , No. 海岸段丘の分布とその堆積物 筆者は奥尻島南部の海岸段丘面を地 形図読図, 空中写真実体視, ポーリン精密高度計およびハ ン ドレベルによる高度測定の結果, つぎのように分類 した (第1図) . 1). 神威山 1 面. 標高 580‐520 m. 2). 神 威 山 1工 面. 〃. 500-400 m. 3). 青 苗川 面. 〃. 400‐360m. 4). フ ケ 歌沢面. 〃. 260‐240 m. 5). 松江 1 面. ″. 200 m. 6). 1面 松江 1. ″. 180 m. 7). 赤石面. 〃r. 160-loom. 8). 米岡面. 〃. 100-80 m. 9). 寺屋敷面. 〃. 60‐50 m. lo). 青 苗岬 面. 〃. 4m. 51 1 付 近 に の み 見 出 さ れ る 平 坦 面 で, 渡 辺 光 (1928) 神威山 1 面は島の最高峰神威山 584 1 . によると ・現地には達することが出来なか っ たが, その付近は極めて平坦なる台地状をなし, その 段丘面なることは地形的に見て殆ど明 らかである と 述 べ られ, 鈴 木 ・ 園 木 (1935, 1936) に よ る 付近に花嵩岩の大円陳ありと言いし者ありしが, と {神威山頂にも尚平坦面発達 し……島人中山頂′ l). 機会を得て再度此処に登りたる著 者 らは不幸に して未だ之を認めること能わ ざりきや (原文のまま) とし 後 後者では疑問視 している, しかるに秦光 と報 じている. すなわち, 前者では海岸段丘であると し, われる円 1 970 ) は山頂近くに段丘堆積物と思われる円隣層が l m 以上認められるとし, そ 男・矢島淳吉 ( 山頂にお の段丘面なることを明 らかに している, 筆者も神威山頂において第2図1のような堆積物を見出 し 1 第2図の1 晒フ. . 伽 毒. 面 『面 【 面 神威山1面 青苗川面 青苗川面フケ歌沢面フケ歌沢面 松江1面 松江1 1面 赤石面 2 3 - 4 5 8 6 冒 7 . 皿. 漸多 層. . 5m. 圏. 砂. . . 区ヨ. 角壕. 恒可. 亜角円喋. . . 墜S量. 泥炭. 恒叫. 生痕. 国. 省略 基盤岩. Eヨ. 樹林 、明. [ヱコ. 不明. … 回 。. 。 ?. - ・ 容 叩 器必 殺167 . E三ヨ3 0 m不整合と標高. 0国 1 1. 『. (42).

(5) . 第23巻 第1号. 北海道教育大学紀要 (第2部 B). 7年9月 昭和4. 第2図の2 赤石面. 1 3 r 1 4. 8 6 目m. . .・5 4m,′. . . . △ “ △ ” △ ” △ ” ” △ 圃. △. . 08 ーm △△ △5 1 m △△. 第2図の3 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 2 5 6 2 2 4 2 7. - に 警 .. △ o△ o. m. △O △. .・ ///. 5m ,. ・ .. 第2図の4 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 寺屋敷面 3 3 8 9 4 0 3 7 4 1 4 2 4 3 4 4 4 5. 青苗岬面 4 7. 三 暴 言 ; 巻 雲 妻 高 o … 愛 g l 1 三 i g 壱 器 量 一 … U .o. . o o ・oo す ぎ 罫 : 。 唱 宅 。 毒 ぎ 等 号 藷 oー8一g 書 。 喜 美 塞 o o . o ふ も口 - 3 . も△ 8 2 0△△. , --. . 藁. 鳶 ,. ‐。輸 も q b. . .品. ぞ. . 巽 g. 第2図 段 丘 堆 積 物 た (段丘堆積物の柱状 図番号は第1図の地点番号と同じ) すなわち火山角牒岩よりなる神威山火 . 山岩類の上に火山砂をマ トリックスとして円牒層がのり 最大膜は 23×14×1ocm 大 平均でも , , 1ocm 大前後で 殆ど安山岩よりなりた ている 一 部はくされ牒化して いるものもある, krum‐ っ , . be in (1941 ) の 円形 度 ( 6-0 roundnes ) に よれば 0 8 のものが見出されるが とくに 0 s 8 程度のも . , . , のが多い (以下円形度はすべて krumbe in による) 以上の事実により 筆者も神威山 1 面を海岸 . , 段丘面と考える. 2 1 面は神威山 1 面の周辺に分布する平坦面であるが その堆 積物については明らか ) 神威山 1 ,. で な い.. (43).

(6) . Vol .23 , NQ I. i I B) i t i do Univer i ty of Educat on . ーof H。kka on (Sec J0urna s. sept ember l972. 1 面のさ らに下方に存在するものであるが, とくに青苗川 上流の両岸に 3 ) 青苗川面は神威山 1 おいて南北の尾根上に比較的広い面積をなして分布 している. 高位の面であるのでや や起伏に富ん ー 1等の本支流によ って開析されてい るが, とくに 後二者に ー i・藻内川・赤石川,鈴 懸ノ でおり, 青苗ノ よる開析のために, 東岸における東西方向の尾根では面の連続は悪く, 面積もせまい. 旧汀線高度 0m 36 60m と西か ら東に標 高を減ずる傾向 があり, 東岸では南北方向にほぼ380‐ 3 は南岸では400‐ を示し, 大差は見 られない. 青苗川面の堆積物は露頭の関係であまり明瞭でない が, 青苗川上流の ー 1層の上に, 途中不明であ るがソ 380 m 三角点東方の場合は第2図 2に示される. すなわち, 青苗ノ 8cm 大以下) が層厚 30 ー 1層から由来する石英安山岩角磯 ( フ トロームをマトリックスと して青苗ノ 日層が 7程度のものも稀に存在する. これは青苗j 4-0 6 を示 し0 cm 程度堆積している. 円形度は0 , . , 風化侵蝕されて出来たものと考えられる, 同じく第2図3 においては基盤岩との関係は不明である が, 角磯ま じりの凝灰質砂層 が堆積する. この角膜はまれに 20cm 大の も の も 見 出 さ れ る が, 大 4 あるいはそれ以下で, 円喋は全く見出され 5‐0 部分は 7cm 大以下の凝灰岩である, 円形度は0 . . ない. この堆積物も基盤岩の青苗川層 が風化侵蝕されて形成されたものと思われる, 以上の青苗川面堆積物の観察の結果か ら, 青苗川面は侵蝕面をなすものと考える.. フケ歌沢面は青苗川面の南方 と東方に分布 し, 東西方向では 240-260 m とほぼ等高度を示 すが, 南北方向では 280-320 m と北部に高度を増す 傾向が見 られる. 青苗川上流部では河岸段丘 ) は, 安山岩・石英安山 とな って青苗川面の下方に位置する, フケ歌沢面の堆積物 (第 2図4 ,5 4以下でくされ磯 化している所もある. これら角膜は青苗川 岩・凝灰岩角膜より成り, 円形度は0 . 層由来のもので, 凝灰質砂層をマ トリッ クスと して, 灰色, 褐色, 紫色等の多色を示 す. これは鈴 1935 ) が 「青苗川層中の凝灰岩はその鉱物成分の如何と風化の程度により, 種々 木・園木 ( , 1936 異なる色彩を示す」 と報 じていることと 一致する. 以上の事実より, フケ歌沢面も侵蝕面と考えら 4). れ る,. 松江 1 面は奥尻島南部では 松江部落北部付近にのみ見出される, しかし恩顧歌付近よリゴヒ 1 面とは場所により漸移の関 係を示す. 松江 1 面 では比 較的広い面積を示す. 松江 1 面と松江 1 ) は最大 35cm 程度の花篇閃緑岩角・亜円諜よりなり, 褐色砂質ロームをマト 堆積物 (第2図6 5). リ ッ ク ス と して い る. 上 部 に は 砂 質 p ームやローム層をのせ る. 花機閃緑岩際はその分 布 よ り み. 61 て, 239 1 1 三角点付近の花篇閃緑岩より由来 したことは明 らかである. したが ってこの際はす ぐ . 0 7 0 6‐ ) し, 一部は角膜 虫作用をうけ, 一部は亜円隣化 ( 近くの基盤岩より由来し, 現地付近で波菖 , .. 3) の ま ま 残 っ た もの と 思 わ れ る. (0 ,. 1 面は松江 1 面の下方に, 松江部落北方において見出される. 所により松江 1 面と 松江 1 67m) の上に極細粒 1 面堆積物 (第2図7 ヒ機閃緑岩の基盤 (標高 1 ) はマ 漸移関係を示す. 松江 1 8 が, 際径は下部に大 前後である 砂をマトリッ クスと して, 磯層が不整合にのる, 磯層は層厚 m 6). きく (最大 46x36xlo, 平均 20cm),. 上 部 に や や 小 さく な る (最 大 12x9x4, 平 均 7‐8cm) 傾. 7-0 9 で際種は下部 が玄武岩・花嵩閃緑岩, 上部は玄武岩が もっとも多く, 向が見 られ, 円形度は0 . . 1 面はその堆積物がやや厚いこと, 円隣の多いこと, 基盤岩と磯種 ついで チャ ー トが多い. 松江 1. との関係等か ら堆積面的な性質をもつものと思われる.. 赤石面は比較的連続のよい段丘面で, 広く島の南部に分布 している. 旧汀線高度は南岸にお 120-140‐160 m 140-120 m と 漸 減 し 東西方向に いて, , 東 岸に おいては南北方向に , 西か ら東に と赤石山 甲方面に漸増する傾向がみ られる, 赤石面堆積物は青苗川東岸と西岸でその堆積環境を異に している. すなわち西岸においては第 2図8のように, 下部が粘土と砂, あるいは粘土とシルトの 互層で, 上部に安山岩のくされ磯を含む砂牒層 (角・円磯) をのせる. 牒種は青苗川層由来の安山 7). (44).

(7) . 第23巻 第1号. 北海道教育大学紀要 (第2部 B). 7年9月 昭和4. 岩・凝灰岩よ りなる. このような下部に粘土層を主体とした地層は青苗川西岸の赤石面上に, 南北 に連続 して見出され, 現在の地形より見ても, 湖水堆積物として形成されたものと考えられる こ .. れに対 し東岸の堆積物 (第 2 図 9 0 ) は玄武岩の基盤の上に不整合に安山岩磯・玄武岩榛 (円形 ,1. 度 0,3-0.6). が 砂 を マ トリ ッ ク ス と して の り, 一 部 は く さ れ 牒 化 して い る , す なわ ち西 岸 の よう な. 粘土・砂 (シル ト) の互層の堆積物は全く見出されず, 堆積環境を異にしている , 8 ) 米岡面はつ ぎに述 べる寺屋敷面とともに島南部の段丘面を代表するもので, 分布範囲は広く 連続もよいが, 比較的起伏に富む. 旧汀線高度は5万分の1地形図では, 西の lo om か ら東の 80 m へと低下するが, ポーリン高度計による測定では米岡部落北東部で7 7m, 初松前部落北部で75 m となり, あまり大きな差は見出されない. 一方東海岸における南北方向の旧汀線では, 南部の. 65 m か ら北 部 の 11o m へと赤石山 甲方面に高度を増す傾向がみ られる.. 米岡面堆積物の基盤岩高度は南岸においては第2図11- 16に示される様に, 50 54m でほぼ等高 - 度を示 し, 東岸においては第2図1 9に示されるように北に高度を増 し, いずれも旧汀線高度と 7-1 同一の傾 向を示 している. 1 8 地点と19地点では米岡面の旧汀線高度および堆積物の基盤岩高度に. おいて, 非常に大きな差があるが, これは秦・矢島 ( 19 70 ) の鈴懸川付近に見られる東西方向断層 の影響と考えられる. 米岡面堆積物はその特色より考えて A) 11一14 地 点, B) 15-17 地 点, C) 18一19 地 点 の 三 つ の 型 7程度) を包含 した砂層を主とするもので, 背後に に分類出来る. A 型は少数の亜円隣 (円形度o , 比較的広い段丘面をもっている. 磯径は段丘面がせまくなる14地点の例をの ,ぞけば一般に小さく, また基盤岩との関係も比較的うすく, 円形度は比較的高い. これらの事実は, A 型の段丘堆積物. は比較的遠方か ら運搬されて来たことを示 してし・る, 砂層を主とすることは米岡面形成当時の海岸 勾配が緩傾斜であ ったことを示すものと思われる. B 型の堆積物は比較的層厚が厚く, 基盤岩より 由来した際が多く, かつ, 下部を除いて円形度が低い ( 0 4- o 5 ) 傾向が見られる. これは B 型の , . 背後の段丘面が比較的せまいことと密接な関係をもつものと思われる, C 型の堆積物は砂際層を主 とし, 角一円隣よ りなり, 際の大きさは変化に富み, 基盤岩との関係は一致 しておらない 段丘面 . との関係は A, B 両型の中間的な位置を占める,. したが って, 米岡面堆積物は, 後背地のせまい所ではす ぐ背後から供給された僕 がす ぐ海中で堆 積し, 後背地のひ らけた所では広い範囲より遠距離運搬した砂磯を堆積していることになり, その 営力と しては河と海の両作用が考えられる.. 9 ) 寺屋敷面は島の南部では西岸・南岸・東岸をとりまいて分布するが, もっとも面積の広いの は南岸である. 寺屋敷から青苗岬にかけての寺屋敷面をみると, 一見 したところ, 5 万分の1地形 図の 30m 間曲線付近を境にして, 北の平坦な面と, 南のやや傾斜 した面に分れるように思われ. る. しか しこれは後述するように, 寺屋敷面が携曲運動を しているためである. したが って第1図 では両者を同じ段丘面と して分類してある, 赤石山 甲付近ではこの関係が更に明瞭になり, 60m 面 と 40 m 面に分れる, しか し, これ は携曲運動に波鉱作用が加わ ったものと考え, 分布図としては. 一つの面と してあ らわ してある. 寺屋敷面の旧汀線高度は5万分の1地形図によると, 南岸では西. から東に 60 m か ら 30 m へ と 低 く な る. ポ ー リ ン高度 計 の測 定 に よ る と, 西 か ら東 に, 寺 屋 敷 部落付近では約 43 m, 74.o m 三角点の南東部では 38m, 富里部落西方では 46 m, 初 松 前 付近で は. 33‐35 m. となり, 高低が一つおきにくりかえされている, この関係は基盤岩高度変化にもあら. われ, 26 , 34, 35 , 36 , 37 , 33 , 38 地 点 で は 交 互 に 高 低 を く りか え して い る, こ れ らの う ち, 26. 地点と 33 地点, 34 地点と 35 地点間の基盤岩高度差は非常に大きいが, 秦・矢島 ( 19 70 ) による が 前者ではその間に向斜軸 あり 後者では断層があり と, , , これ らの影響によるものと 考 え ら れ (45).

(8) . l Vo ,23 ,I , No. lof Hokkaido Uni i i ion l I B) Jouma t t t s on (Sec ver y of Educa. Sept ember l972. る. また鈴懸川北岸で旧汀線高度が南岸より高くなるのは, 米岡面の場合と 同様に断層の影響と考 えられる, 奥尻島西岸の南北方向における寺屋敷面積堆積物の基盤岩高度変化については後述す る こ と と し, ここではその堆積物についてのみ述 べる. 寺屋敷面堆積物は米岡面の場合と同様に, 後背地の 影響を強くうけている. 後背地のせまい西岸の 20 , 21地点の場合には火山角磯岩層よりなる米岡. 層の上に, 不整合に段丘磯層がのるが, 安山岩角膜が多く, 基盤岩より由来・したものと 考 え ら れ 2地点堆積物は る. 21地点付近では寺屋敷面上に砂丘堆積物 がの り, 地形に変化を与えている, 2 砂磯層とシル トあるいは粘土 (一部は 泥炭層) の互層を特色と し, 襟は基盤岩より由来する火山角. 膜が多い. このような堆積物は, 22 地点 が寺屋敷面の内縁部に位置 し, 小湖水あるいは湿地状の 所に崖錐堆積物がたえず供給されたものであることを示 している. 同様な堆積物は後背地のせまい. 39 , 40 , 41地点にも見出され, 下部より上部に, 磯層・粘土層と砂隣層の互層, 角隣層をのせる 5程度) が多く, 22地点と同 が, 下部の陳層のうちの下半部は円襟層, 上半部は角膜層 (円形度 0 .. 様な環境下に堆積 したものと思われる, すなわち, 西岸の寺屋敷面堆積物は米岡面の B 型に類似 3 地点堆積物は褐鉄鉱と砂層の互層および厚い砂層よりなる, 現海岸が小湾入部を埋 して い る. 2 めた砂丘で形成されていることか らも 推察されるように, 23 地点堆積物は砂丘堆積物と考えられ 34地点の堆積物は 一部を除 いて砂層堆積物よりなり, 包含される磯隣は一般に小さく円形 る. 24‐. 4‐ 34地点は島の南岸を占め, その堆積物は 度は比較的高い. また砂層中には生痕 が見出される. 2 A し 同様な環境下にあ たものと考えられる 型に類似 米岡面の っ , 34 , 35 地点の段丘 , . また 33 堆積物中, 後二者に花機閃緑岩の多いことは, 付近の地質より考えて当然であるが, 付近に花嵩閃. 緑岩の見出されない33地点の場合にも見出されることは, 寺屋敷面形成時代に東 一 西の古沿岸漂 6-0 7で 流 が存在していたことを示 している. 34地点の最大花篇閃緑岩磯が約 60cm, 円形度 が 0 . .. ocm 前後で円形度が0 8 である. すなわち西に行 あるのに対 し, 34地点の最大花嵩閃緑岩磯 が 1 . くにしたが って磯径 が小さくなり, かつ円形度 が高くなることも, 以上のような東一西の古沿岸漂 流の考えを裏づけ ている.. 段丘面のせまくなる東岸においては西岸の 寺屋敷面堆積物と同様な堆積物 が見出され, 35‐38 , 42- 44 地点はこのような例にあげられる. また 42 地点の段丘堆積物中, 安山岩・花篇閃緑岩隣が. 0 8‐0 9 ) を示すのは, 岬と言う特殊な環境下にあるためと考えられる, 45- きわめて高い円形度 ( . . 41地点を除いた他の東岸の場合よりやや層厚が厚く, 角~亜円際層が厚いが 46地点堆積物が, 39‐ 砂層も比較的厚く, 隣種は基盤岩と関係うすく, 牒の大きさは変化に富んでいることは, 米岡面の 第1表 段 丘 面 の 対 比 928 1 渡 辺( ). 300 1 段丘 ( ‐280m) 40m) 1 1 段丘 ( 2 1 1 1 段丘 ( 200m) IV 段丘 ( 1 60‐1 40 ) V 段丘 ( 1 1 0 20 ‐ 0‐80m) VI 段丘 ( 60-50m) ′ 段丘 ( V工 30m) I 段丘 ( VI 3m). 1935 鈴 木・園 木 ( ). 38 0m) 1 段丘 ( 4 00‐ 1 工 段丘 ( 300 340m) … 1 段丘 ( 1 240‐280‐300 m) 1 IV 段丘 ( 0 0‐ 60m) 20 2 ‐22 140‐160‐180m) V 段丘 ( VI 段丘 ( 80‐1 120m) 00 - I 段丘 ( VI 50‐ 60‐ 80m) I I 段丘 ( VI 40m) IX 段丘 ( 3m). (46). 1 97 瀬川( 2 ) 58 0- 5 神威山 1 面 ( 20m) 500‐ 400m) 1面 ( 神威山 1 40 3 0‐ 60m) 青苗川面 ( 0 26 … 240m) フケ歌沢面 ( 00m) 松江 1 面 ( 2 1面( 18 0m) 松江 1 60‐ oom) 1 l 赤石面 ( 1 00 80m) 米岡面 ( ‐ 60 5 0m) 寺屋敷面 ( ‐ 4m) 青苗岬面 (.

(9) . 北海道教育大学紀要 (第2部 B). 3巻 第1号 第2. 7年9月 昭和4. C 型に近く, 段丘面がやや広いことと関係が あると思われる. 10 ) 青苗岬面は最下位の段丘面で旧汀線高度は約 4m, 限られた地域にのみ見出される. これ は縄文海進当時の海面を基準と して形成されたものと考えられる. その堆積物は下部に泥炭, 粘土 層, 上部に 砂 層 を の せ, 基盤 岩 と の 関 係 は 不 明 であ る,. 以上の段丘面 の分 類. を 渡 辺 (1928), 鈴 木・. 2 2. 2 1. 0 過2. 3 2. 2 52 62 83 03 7 2 1. 2 4. ・. 50に軸鱒‐ ‐---v- - - -----ゴー------‐ ‐- -“-州‐枠一 - o o. -. 1935 36 )と 園木 ( , 19 対比すると 次のように. な る (第 1 表) .. 2. 3. 6. 5. 4. 7. 第3図 寺屋敷面の地表おょぴ基盤岩高度. 点線は地表高度. 実線は基盤岩高度 (x 印は実測地点高度) グラフ上部の数字は第 1 , 2 図の地点番号と同じ. 寺屋敷面堆積物の基盤岩高度 柊{ 、 り ロン L 肌 豚 煽が 蹄豊 { 偉 挿 ’ 搬. 青苗岬近くまでの寺屋敷面堆積物の基 十二 盤岩高度変化をみると第3図のように な る. す な わ ち, 20 地 点 の 51m か. ら 31 地 点 の 9 m ま で 漸 減 す る, こ の. ) 23-26 地 曲 線は α) 20-23 地 点, β. 31地点の 三部分に分けら ) 26- 点, γ ) は無縁島から群来岬付近ま れる, α ・して南北 でで, 寺屋敷面 が海岸に平行 9×10‐3 の 勾 に細 長く つ づ く 所 で, 4 .. - 甲付近から同岬 配を示す. β ) は群来= と 青苗岬の 中間点までで, 4,7×10‐4 )はβ ) の南で青苗 の勾配を示す. γ 2 ‐ 5 1 0 × 岬付近まで 1 の勾配をもつ. .. 7 な お,20-31 地 点 間 の 全 体 の 勾 配 は 4 .. 8 と な っ て い る 20-31 地 点 間 の ×10‐ .. 地形面変化は同じく第3図に示される よ う に,21 , 23, 30 , 31 地 点 で 堆 , 22. 積 物 が やや 厚 く, 24, 25 , 26 , 27 , 28. 地点でうすくなるために, 南北におけ る地形変化は基盤岩の変化より小さく な っ て い る,. 基盤岩の全体と しての勾 配 は 貝 塚 61 19 ( ) によれば, その傾斜運動のオ ー ダーが中間型あるいは曲隆型にぞく 2 の勾 配 は 槽 曲 型 に す る が, γ) の 10‐. ぞくしており, 寺屋敷面の前端は携曲. ” ・ .・. (47). .. 4. 々. ”. ・. 第4図 奥尻島切峯面図. -戦 8. 9km.

(10) . l Vo ,23 .. , NO. i ー B) i i l 。f Hokka ido Uni s t Journa t on エ on (Sec ver y of Educat. sept ember l972. H /. Q. 1. 2. 3. 4k 訊. 第5図 奥尻島河川系図 ) rの勾配がきわめてゆるく, 海岸に向 って逆傾斜を による波状変形を しているものと思われる. β ) 地区における焼曲運動に仲なぅ反作用と考えられるが, 明らかでない. していることは, γ. 奥尻島に lkm2 の方眼をかけてつく っ た切峯面図 (第4図) によると, 奥尻島は神威山を中心 と して 「く」 の字型に隆起していること が分る. 奥尻島の河川図 (第5図) においても同様な事実 がうかがわれる. 寺屋敷面の携曲運動も広くみればこの島全体と しての運動の一 貫として行なわれ た も の と 思 わ れ る,. 4 2 ,31 地点の砂層堆積物中に生痕と思われる砂管がある. これらの砂管は上下関係より , 30 , 26 みて同時代と考え られる. 30 ,31地点では生痕を包含する砂層の下に段丘磯層が存在すること. 生. 痕の位置する高度に差のあること, これら地点の段丘堆積物が陳→砂一シル ト一粘土の一堆積輪 廻 (48).

(11) . 第 潟 巻 第1号. 北海道教育大学紀要 (第2部 B). 昭和47年9月. om. ・ ・ , ‐ . ‐ . ‐ ‐ ‐ t ゞ‐. ; ‐ . f ◆ . . , , ・. “ ・. 5 ,ゞ , , . 粘 康.. om. 、.. せ‐ 審議 壕. ‐. om. 第6図 寺屋敷面形成の模式図. 記号は第2図の汎例と同じ. を示すことか ら海進を推定出来ること, 生痕の存在するから一時的な海水準の停滞時期の あ ったこ と等を考慮に入れて, つぎのような地形発達史を編むことが 可能である , 1 . 波蝕時代 24 , 26 , 30 , 31地点は皆同高度 にあり波飯をうけていた, 1 1 4 , 携曲時代 携曲作用により2 , 26地点は海面上に顔を出したが, 30 , 31地点は海面下に沈 み牒層をのせた. 1 工 1 , 掘進時 代 携曲はなお継続 しているが, それと同時に海進があり, 30 , 31 地点では磯層の 上に砂層をのせた.. 工V, 海進継続時代 ( 1 4 ) 海進がなおすすんで, 2 , 26地点も海面下に沈み, この一時期に海面 の停滞時期があり, 生痕を生じた, 癌曲はなお継続している . V. 海進継続時代 ( 1 工 ) 海 進 は さ らに す す ん で, 24, 26, 30, 31 地 点 で 砂層, と こ ろ に よ り シ ・なわれ 生痕位置の高度 に 差 を 生 じ ル ト, 粘土をのせたが, それと同時に携曲 運動も継続 して行 , た. しか し携曲運動は次第におとろえて行く. V工 . 海退時代 海退が始まり, 携曲運動も終り, 寺屋敷段丘を形成 した, 以上の経過を模式的にあらわすと第6図 のようになる. (49).

(12) . Vo l .23 .I , No. I B) i i t i on l do Univer i t on (Sec s Journalof Hokka y of Educat. 結. Sept ember l972. 戸冊. 1 1 面, 青苗川面, フケ歌沢面, 松江 1 面, 同 1 奥尻島南部の海岸段丘は神威山 工 面, 同 1 面, 赤石面, 米岡面, 寺屋敷面, 青苗岬面の10段丘面に分 類することが出来る. 2 ) これ ら段丘のうち, 松江 1 面より高位の段丘は神威山 1 面を除いてすべて侵蝕面と考える, 工 面以下の段丘は比 較的段丘堆積物は厚く, 円磯層をのせ, 堆積面的な性質のものと 3 ) 松江 1 考えられる. 4 ) 赤石面, 米岡面, 寺屋敷面はもっとも面の発達 がよく, 連続もよい. 5) 寺屋敷面の基盤岩高度, 堆積物の観察や測 定等か ら, 寺屋敷面がその先端において擁曲運動 2で ‐ 3 程度であるが, 先端の携曲部では 10 0‐ をしていることを見出 した, 寺屋敷面全体の勾 配は 1 あり, この運動の反作用として涜曲部のす ぐ北では緩傾斜とな った. この携 曲運動と海進 作用は相 伴な っており, これ らにより寺屋敷面形成の地形発達史を第6図のように編むことが出来る. 6) 米岡面, 寺屋敷面堆積物はその堆積環境との関係に おいて, A 型: 砂層を主とし, 包含き れる少数の磯の径 は小さく, 円形度は高く, 段丘面は広く, 遠方より運搬されて来て堆積 したと考 え られ るもの, B 型: 基盤岩との関係が 密接で, 円形度は 低く, 諜径は大きく, 段丘面はせまく, 現地で生成堆積 したと考えられるもの, C 型: A 型と B 型の中間型のもの, の三つの型に分類出 1). 来る. 7). 寺屋敷面形成時代の古沿岸漂流は段丘襟の磯種, 最大陳径, 円形度よりみて東→西の方向を. も っ て い た と 考 え られ る,. 青苗岬面は奥尻島南部の最低段丘で あり, 縄文海進 当時の海面によ って形成されたものと思 われる, その当時の海面変 化と気候との関係については, 花粉分析を通して明らかにしたいと考え るが, それについては後述する予定であ る. 8). 参. 考. 文. 献. 91 1970 ) .1…10 . 秦 光男・矢島淳青 ( .1 ,P , 奥尻島めぐり, 地質ニュース, No 古稀記念地理学論文集 形 辻村太郎先生 洪積段丘にみられる波状の変 961 , 1 日本の新期 ) , 古今書院, p 貝塚爽平 ( , ,. 1 19…131 , ‐ f h) i l i i6 ediment ary s s of s eandジroundne in w.C.( 19 41 Kru ) ・ nbe , Measurenlentand geologca sgn canceo s a1 l 1 l 6 4 2 d 7 P V - l t i ro t p c e sJour . . , o, par . Se , e 1 935 ) 北海道奥尻島の地質 (其一) 地学雑誌 VOL 47 No,562 p.563-576. 鈴木 醇・園木文平 (. , , , l 1936 ) ,48 No,563 p,23-33. 鈴木 醇・園木文平 ( , 地学雑誌, Vo , 北海道奥尻島の地質 (其二) 4 No L V 地評 O . ,298-309 19 ,3 p 28 ) 渡辺 光 ( , , 奥尻島の海成段丘とその交代的傾斜運動,. (50).

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