〈指導教員推薦文〉
社会学部 教授
古 川
彰
地道優樹「『所有関係』の社会史──入浜権が問うもの──」
推薦理由
本論文は、兵庫県高砂市の海浜埋め立てへの反対運動(1973 年−)から生まれた「入浜権」という権
利概念の解明と、その現代的意義を考察した論考である。
「入浜権」は現在では環境権の一部をなす概念とされるが、その概念は高度経済成長期の巨大開発によ
って私たちの自然への自由なアクセスの権利が奪われていくことへの抵抗の論拠として生成した。本論文
はその「入浜権」の内容と意味を〈所有論〉とりわけ現代のコモンズ論のもつ矛盾から説き起こし、日本
の中近世史にその歴史的根拠をもとめつつ明らかにする。簡単に要約しよう。
コモンズ論が明らかにしたことのもっとも重要なことは、私的所有が圧倒的に優越する現代社会におい
て、私たちの社会が持続するための誰もが自由に用益できる共的な空間、モノ、知財の必要性とともに、
それらは誰もが完全に自由にアクセスできるかたちでは存続し得ないということであった。共的なモノ・
コトの存在を最大化していくことと、それらへのアクセスを制限することとをどのようにバランスさせコ
ントロールするかという問いは、現代社会が抱える難問であるとする。
本論文はこの難問に、「入浜権」概念のもつ排除と包摂を越えた論理を明らかにすることを通して、人
と自然とを包括するような共的世界の論拠となる環境権概念を構築することで、応えようとする。その論
理は、日本の中近世に既に見られる自然の重層的所有という論理、「弱い」所有としての総有(みんなの
もの)のうえに共有(コモンズ、わたしたちのもの)も私有(わたしのもの)も被さっていて、それらを
互いに制御する関係を、あらためて近代的所有の原理に導入することだ、というのである。
現代の私的所有権の強固であることは論文の筆者も承知の上での主張ではあるが、この所有の重層性の
復権(顕在化)に至るまでの立論の分厚さは圧巻である。また今後、憲法改正議論のなかで間違いなくク
ローズアップされる環境権議論の重要な論拠を、忘れられかけていた「入浜権」の再検討を通してあきら
かにしたことは、重要な社会学的、社会的貢献である。卒業後、筆者は偶然にも新聞記者として、この入
浜権運動のあった高砂市に近い姫路支局勤務と聞いている。新聞記者としても、さらに運動の経緯と意義
を掘り進め、環境権議論を深め、リードしていくことを期待したい。
October 2018 ― 99 ―