伝統的価値観の国際比較 ─日本、韓国、中国、米
国における仏教的価値観─
著者
大渕 憲一
雑誌名
東北文化研究室紀要
巻
56
ページ
1-20
発行年
2015-03-30
URL
http://hdl.handle.net/10097/00121738
伝統的価値観の国際比較
─日本、韓国、中国、米国における仏教的価値観─
大渕 憲一
1.序論 我々はこの10年ほど日本の伝統的価値観の研究を行ってきた。その目的のひとつは、現代の日 本人の意識と行動を理解することである。日本社会は、近年、社会全体としても個人としても様々 の課題に直面しており、その解決策と対処において日本人の価値観が問われることが少なくない。 それは、安全保障(国家防衛、国際協調など)、社会保障(年金、保険、介護、雇用とセーフティ ネットなど)、エネルギーと環境保護(原発再稼働、代替エネルギー、脱エネルギーなど)、経済 と雇用(産業構造、雇用・勤務形態、格差と差別化、外国人労働者など)、少子化と女性支援(出産、 女性の職業支援など)、それに家族(離婚、育児、青少年、老人など)など多岐にわたる課題である。 これらはいずれも日本社会とその中で暮らす人々の生活に大きな影響を与える重要な課題である が、同時に、人々の間で意見が分かれるものでもある。それ故、これらはしばしばメディアで取 り上げられ、社会調査などでもテーマとなってきた。 現代日本人の価値観 こうした問題に対してどのような態度を取るかは、個々人あるいはその集合体である社会が持 つ価値観によって影響を受けるであろう。価値観とは、何を良いもの、価値あるものとみなすか、 その基準としてはたらく心的尺度である。それはある事象に対する人々の好悪感情や支持・不支 持反応を促し、また、彼らが何かを選択をする際には、内的指針としてはたらくものでもある。 日本人の価値観については毎年のように大規模な調査が実施されて、他の国々との比較も行わ れている(例えば、猪口孝・田中明彦・園田茂人・ティムール・ダダバエフ 2007)。そうした 調査を見ると、価値観は具体的な選択から抽象的な志向まで階層的な構造を持っていることが窺 われる。ある調査では、「道に迷っている人を見かけたら、あなたなら助けますか」といった具 体的な選択を尋ねる項目が使用されているが(猪口他 2007)、別の調査では「日本の伝統文化 は守るべきである」といった高度に抽象的な価値志向を測定する項目が用いられている。これら の価値観には階層性が仮定されており、ある抽象的価値志向がその下にある具体的な選択を導く と考えられる。 日本人の場合、文化心理学者たちは抽象的価値志向の一つとして集団主義があると主張してき たが(Markus & Kitayama 1991)、これに異論を唱える研究者もいる(高野 2008)。我々自 身が行ってきた研究では、少なくとも欧米人よりも日本人は集団主義得点が高いことが見いだされている(Ohbuchi 2011)。また、Schwartz Value Survey(SVS)を用いて72か国の価値3次 元(自律性/包蔵、平等主義/階層性、調和/統御)を測定したSchwartz(2008)は、国同士 の類似性に基づいて8個の文化圏を区別したが、日本は、東アジア諸国が含まれる儒教文化圏で はなく、英米、オーストラリアなどとともに英語圏に位置づけられた。こうした知見は、価値は 多元的であり、各国はそれぞれ価値のユニークな組み合わせによって特徴づけられることを示唆 している。 そうした文化的価値の一面として、我々は伝統的価値観に焦点を当てた(大渕・川嶋 2009a)。どこの国も独自の歴史・文化を持ち、その中で独自の価値観が醸造され、世代間で継承 されている。日本の場合は、それは仏教、儒教、神道の3つの宗教思想とそこから派生した人間 観、世界観、処世訓を含むものと思われる。本研究では、このうち仏教に焦点を当て、日本人の 仏教的価値観を他の国々との比較においてその特徴を探ることを目的とする。比較対象となる国 としては、日本同様、人々の価値観において仏教の影響が強いと考えられる東アジア圏に属する 中国と韓国、それに、そうした伝統的思想の影響が弱いと考えられる米国を取り上げた。 対象各国における仏教の歴史と現状 日本、中国、韓国では大乗仏教が優勢で、これらの国々では、基本となる経典や信仰のあり方 はよく似ているものの、それぞれ自国の文化や伝統的思想と融合し、その国独自の仏教思想、仏 教文化が作られている。これら東アジア諸国では仏教は1500年を超える歴史を持っているが、こ れに比べると、米国の仏教の歴史は150年ほどでしかない。 日本の仏教 6世紀の欽明天皇期、朝鮮半島の百済を経由して仏教が正式に日本に伝えられると、その受容 を巡って豪族間に抗争が生じ、崇仏派の蘇我氏がこれに勝利すると、その支援を受けた聖徳太子 の統治下で仏教は急速に国内に普及した。大化の改新、壬申の乱を経て天皇中心の律令制国家が 成立した後は、国家仏教として、その普及は国策として進められた。また、南都六宗を中心に仏 教寺院は治世のための知識・技術を学ぶ官僚養成機関の役割を果たすようになった。平安時代に 至り、呪術的力を強調する密教が空海・最澄らによって中国から招来されると、それは現世利益 を求める貴族たちの願望に沿うものとして強い支持を得た(佐藤 2005)。 平安時代中期から鎌倉時代にかけて災害や戦乱が頻発し、社会不安が増大するにつれて日本国 内には末法浄土思想が広まった。そうした社会的風潮の中で鎌倉期には個性的な宗教指導者が輩出 し、彼らの活動を通して仏教は新しい展開を見せた。その一つは仏教の原点に回帰し、戒律の復興 と修行を追及する禅宗で、これらは国の新たな担い手である武士階級に擁護されて発展した。他方 は浄土宗、浄土真宗、日蓮宗などで、分かりやすい宗教実践を説いて安寧と救済を求める一般庶民 に広く浸透した。このように多様な契機と系統で仏教は国内に重層的に普及したが、その過程で一 部は神道や祖先崇拝と結びつき(神仏習合など)、日本独自の宗教文化を形成した(佐藤 2005)。
仏教集団の中には、戦国時代において強い経済的基盤と兵力を備え大名に対抗できる力を持つ 教団まで現れたが、徳川幕藩体制が整うと、仏教はこの中で国民の統治機構に組み込まれ、教団 経営が安定した反面、自発的宗教活動は制約され、仏教は民衆救済という本来の機能を失っていっ た。神道を国家宗教とした明治期には廃仏毀釈運動によって仏教界は大打撃を受け、その中で仏 教寺院は、葬送儀礼を司るなど儀式担当施設としてのみ存在することとなった。そうした低迷状 況を打開すべく、仏教会内部では改革運動が起こり、また仏教を歴史、文化、哲学、思想などの 視点から論じる仏教研究、あるいは文学の題材として取り上げる動きも起こってきた(東京大学 仏教青年会 2008)。 現代日本では、江戸時代以前から続く伝統仏教として法相、華厳、律、天台、真言、浄土、禅、 日蓮などの諸系があり、これに江戸末期以降に誕生した新興宗教を加え多数の宗派が存在する。 宗教法人が申告した信者数を単純加算すると9千万人に及び、日本人の4分の3が仏教徒という ことになる(総務省統計局 2013)。確かに、日本人の多くが日常、寺院参拝や墓参りを行い、 仏教施設や関連行事には親近感を抱いているが、しかし、礼拝、修行、布教など宗教活動に積極 的に参加する人の数は少なく、全宗教を含めても12%前後と推定される(NHK放送文化研究所 2010)。その意味で、熱心な仏教徒はごく少数と思われる。とは言え、仏教寺院の数、仏像の 数などから見ても、世界の中で日本が仏教大国の一つであることは間違いないであろう。 中国の仏教 仏教は、紀元前後、漢の時代にシルクロードを通ってインドから中国に伝来されたと考えられ る。しかし、儒教などの既存思想や中華思想のために外来宗教である仏教に対する抵抗は強く、 当初は、仏教的「空」の概念を道教の「無為自然」に読み替えるなど、既存思想を借用して教義 を中国風に解釈して定着が図られた(格義仏教)。漢の滅亡後、非漢民族国家を含む多くの国が 乱立すると、儒教・道教の影響が薄れ、一方、仏図澄と鳩摩羅什など高僧たちによる新たな経典 翻訳によって格義仏教を脱した中国仏教の流れが始まった。また、各地に優れた仏教指導者が現 れ、彼らの布教活動を通して仏教思想が中国国内に普及し、多くの寺院や教団組織が作られ、中 国仏教は大きな進展を見せた(東京大学仏教青年会 2008)。 隋の時代には仏教は国家宗教の地位を獲得し、長安を中心に全国に国大寺が建設されるなど、 権力者の保護のもと発展した。唐代に至り、インドから玄奘が膨大な仏典を持ち帰ると、これに 基づく仏教研究が盛んになり、中国式に歪められたものではない仏教本来の思想を継承する多く の宗派が誕生した。それは日本にももたらされ、日本仏教の興隆に大きな影響を与えた。この時 期、中国において仏教文化が花開き、中国仏教は最盛期を迎えた。 しかし、安史の乱などで唐が衰退すると仏教は国家の庇護を失い、その後の混乱期には権力者 によって弾圧されるなど低迷を余儀なくされた。その一方、禅宗、浄土宗の僧侶たちは経典研究 ではなく、実践的方向に布教活動を展開させ、これらの宗派は庶民の間に浸透し始めた。その過 程で、他の宗教とも混じり合い中国色を強めながら仏教は民衆に受容されてきた。近世に至り、
政治的混乱の中で寺院は荒廃し、仏教は停滞した。共産党政権のもと、特に、1960年代の文化大 革命では仏教に対する極端な弾圧と破壊が行われたが、21世紀に入り、信教の自由が一定認めら れるようになると、破壊された寺院が復興されるなど、再び仏教による宗教活動が活発化してい る(末木 1992)。現在、中国人口に占める仏教徒の数は約5%と推定され(Brett 1986)、そ の信仰は精神的安寧や救済というよりは社会的成功、資産形成、幸運など現世利益を期待する面 が強いものである。 韓国の仏教 朝鮮半島への仏教伝来は、高句麗、新羅、百済の三国時代の紀元4〜6世紀頃とされている。 これら三国においては、律令制度とともに、仏教は国家統治のための護国思想として受容された ため、他のアジア諸国と違って、朝鮮における仏教の戒律は、忠孝信義など儒教的階層倫理の特 徴を色濃く持っていた。 新羅が他の2国を滅ぼして朝鮮半島を統一すると、護国宗教としての仏教も朝鮮全土において 盛況を誇った。当時の仏教は華厳宗や法相宗で、主として支配層や知識層のものだったが、その 後、浄土宗と禅宗が中国から伝えられると、これらは階層の枠組みを超えて広く人々に受容され た。次の王朝である高麗もまた崇仏を国是とした。護国思想として仏教を擁護し、寺院の建立、 僧侶の育成などに力を注いだために、仏教の基盤は一層強固なものとなった。 この時代、仏教は朝鮮半島において独自の発展を遂げた。一つは、風水信仰との結合で、国土 が狭く峻嶮な山岳部の多い朝鮮半島では、何につけても土地の良否が重要な関心事だったが、仏 教の布教においても、風水的に良い土地を選んで堂宇を立てることが寺の発展、ひいては国運の 発展に繋がると信じられたのである。もうひとつの発展は仏教内部のもので、中国から伝来した 仏教諸宗派間が交流する中で、12世紀頃からふたつの有力宗派である華厳と禅を結び付けた朝鮮 独自の曹渓宗(禅宗)が成立し、これが朝鮮半島全域に普及した。禅の教えは民衆に支持され、 現在の韓国仏教の主流となっている(東京大学仏教青年会 2008)。 しかし、14世紀に成立し、その後500年間も続いた李朝は朱子学を信奉し、儒教を国教とした ので、これによって仏教は寺院の統廃合、宮廷等における仏教儀礼の廃止といった厳しい宗教弾 圧を受け、仏教勢力は著しく後退することとなった。しかし、その後も、仏教は民間信仰として 朝鮮半島に存続し続けた。近代に至り、日本の仏教勢力が朝鮮半島に進出すると、これに対抗す る形で朝鮮仏教界も活動を強めた。日本からの独立後、韓国では日本仏教の影響を排して、曹渓 宗から分派した太古宗、円仏教、真覚宗などが活動している。韓国における現在の宗教人口を見 ると、キリスト教徒(プロテスタント+カソリック、29.3%)に次いで、仏教徒(22.8%)が多い(日 本政府外務省 2014)。
米国の仏教 米国の仏教史に関する資料は限られているので、ここではケネス・タナカ著『アメリカ仏教』 (2010)に基づいて米国仏教史を概観する。タナカによると、仏教に米国人が初めて触れたのは、 英国からの独立を果たし、西方に領土を拡大しつつあった19世紀の半ばである。1844年、ボスト ンで行われたアメリカ東洋学会に初めて仏教史に関する報告が行われ、また、同年、『法華経』 の一部がフランス語から翻訳された。その頃から中国人が西海岸にコミュニティを作り始め、彼 らの手によって仏教寺院が作られた。それらは、長続きはしなかったが、米国人が信仰としての 仏教に触れる最初の契機となった。 本格的な仏教伝来は日本人移住者によってもたらされた。19世紀後半、米国の急速な工業発展 に必要とされた労働力として多数の日本人がハワイ、西海岸などに移住した。彼らは精神的、文 化的、社交的ニーズを満たすためにコミュニティを形成したが、その中心に仏教を置いた。日 本人移住者たちの要請に応えて最初にサンフランシスコに寺院を作ったのは浄土真宗西本願寺系 だったが、ほどなく他の教団も米国進出を進め、移住地域を中心に生きた仏教が米国に根付くこ ととなった。同時期、米国の知識層では仏教思想に対する関心が広がり始め、白人の中からも仏 教徒となる人が出始めた。その一人は、日本の伝統美術を再評価したA. Fenollosaであり、彼は 帰国後、ボストン美術館東洋部長として仏教美術の魅力を米国人に広く伝える役割を果たした。 太平洋戦争が始まると日系移民は自由を奪われ、仏教寺院も閉鎖に追い込まれたが、そうした 過酷な状況の中で精神的支柱として仏教への信仰はむしろ強まった。戦後、物質面での繁栄を極 めた米国では、精神的充足を求める欲求が米国市民の間に高まりを見せ、仏教をテーマにした小 説がベストセラーとなったりした。ビート世代と呼ばれる若者を中心に、日本、チベット、イン ドの仏教思想や仏教文化に対する関心が強まったが、この盛運に対して鈴木大拙やチベット僧た ちの講演や出版物が与えた影響は大きかった。 60年代には精神面よりも座禅やメディエーションなど実践を志向するグループが誕生し、西海 岸を中心に全米から多くの参加者を集めたが、こうしたプロセスの中で個人主義の要素を取り入 れて仏教自体も次第に変容し、現代では、米国独自の仏教として発展しつつある。米国における 仏教徒の数は350万人と推定され、キリスト教、ユダヤ教に次いで多い。これら仏教徒以外にも、 スピリチャリティとしての仏教に関心を持つ米国人は少なくない。米国に仏教が伝えられて150 年ほどしか経っていないが、短期間に仏教思想は米国人によく知られるようになり、米国流に変 容されながらも着実に定着してきたと言えよう。 伝統的価値観の測定 儒教と仏教は中国、朝鮮半島を経由して5世紀頃、相前後して日本に伝えられた。儒教は古代 日本においては律令制度など国家体制を構築する際の政治理念として受容され、一方、仏教は精 神的充実と救済など個人の内的安寧を求める人々によってその拠り所とされた。神道はそれら外 来思想以前から農作業に結びついた自然崇拝的多神教として日本人の間で信仰され、その習俗や
慣習に影響を与え続けてきた。儒教、仏教、神道はそれ故、約2000年近くの間、互いに影響し合 い時には混じり合いながらもそれぞれ独自の水脈を保って日本人の思考や行動の仕方、即ち、価 値観に影響を与え続けてきた。 現代日本人に見られる精神構造の骨格部分は、外部からの影響が最小限に止められ、内部熟成 ための長い時間が確保された江戸期に形成されたと言われている(藤原 2005)。仏教は寺院の 国民管理制度化に伴ってその思想や習俗が全国に普及し、これが共同体の慣習や儀式だけでなく、 一般庶民の人間観・世界観に大きな影響を与えた。一方、幕藩体制の思想的擁護のために導入さ れた儒教(特に、朱子学)は、忠孝を軸とする倫理道徳を強調するもので、これは武士階級から 一般庶民に浸透していった。この面では、寺子屋など民間の教育機関が主要な役割を果たした。 明治維新後、中央集権国家の構築を目指した明治政府は、江戸期に社会全体に浸透していた儒教 倫理を、天皇制を軸に組み替えるにあたって、神道をその正当化の根拠とした。しかし、神道は 明治政府によって国民に新たに押しつけられた思想というわけでなく、本居宣長らの国学研究に よると、既に江戸期において、日本古来の精神性を継承する社会思想として、人々の間に一定の 基盤を形成していたと考えられる(佐藤 2005)。 日本は、太平洋戦争の敗戦によって大きな価値観の転換を経験したが、国際比較研究によると、 日本は現在もなお西欧諸国、あるいはまたアジア諸国とも異なる独自の文化を維持している(山 口 2003)。それは、共同体的集団主義ともよべるものであり、そこには上で述べた伝統的思想 が依然として息づいているように思われる。 これら3つの思想は互いに混じり合いながら日本人の生活と精神に影響を与えてきた。現代の 日本社会をみると、人々は年始参りには神社に行き、法事は仏教寺院で行い、入社式では孔子を 引用した人生訓が述べられる。現代においてすらこれら3つの思想は儀礼、慣習、処世訓として 日本人の生活に定着している。 しかし、精神面の影響はどうなのだろうか。儒教が親孝行などを強調する倫理思想であること は多くの日本人に知られているが、それ以外にどんな内容の倫理を強調するものであるかはほと んど知られていない。また、仏教や神道になると、寺社にお参りには行くが、それらがどのよう な世界観や人間観を持つものなのかと聞かれても、ほとんどの人は答えられないであろう。つま り、仏教、儒教、神道の思想内容は、日本人の間で明示的にはほとんど知られていないというの が現実である。それ故、これらの伝統的思想は、現代人にとって、その精神生活にはほとんど影 響力を持たない過去の遺物に過ぎない可能性もある。しかし一方で、それらは儀礼、慣習、処世 訓などを通して、日本人のものの見方や行動の仕方に非明示的に影響を与えている可能性もある。 我々はこうした疑問に答えるために、76項目から成る伝統的価値観尺度「日本の伝統的価値観 尺度(JTVS)」を作成して、現代日本人の価値観を測定し、日本人の様々の心理社会的態度との 関連を検討してきた(川嶋・大渕 2010;Ohbuchi 2011;大渕・川嶋 2009a 2009b 2010; 大渕・佐藤・三浦 2008)。この尺度は儒教、仏教、神道の3領域からなり、それぞれの下位尺 度は表1の通りである。
表1 日本の伝統的価値観尺度(JTVS)の領域別下位尺度(大渕・川嶋 2009a) 仏教 輪廻と法力 (11項目) 宇宙は仏の治める多くの他方世界からなり、生命はそれらの間を輪 廻する。生命は仏の慈悲によって生成し、それは草木を含めすべて に及ぶ(本覚思想)といった仏教的世界観。 修身と慈悲 (8項目) 倫理と精進、慈悲と寛容、煩悩の除去などの仏教的道徳観。欲望に 負けず自らを慎むこと、感謝と思いやりの気持ちで人に接するなど、 人としての正しい生き方を処方。 厭世主義 (6項目) 人生は苦、諸行無常などの仏教的人生観。人生は苦悩に満ちている、 この世は絶え間なく変化するはかないものであるといった仏教的厭世 観を反映。 空と超俗 (4項目) この世は仮のもので空虚(諸法無我)といった世界観と、それ故、 富や名声など世間的なものに拘泥せず、清らかに生きることを良し とする(煩悩の除去)仏教的処世訓。 儒教 忠孝と義務 (11項目) 長幼の序、公益優先など、社会集団や人間関係の中で個人が果たす べき責任と義務を強調する儒教的処世訓。 天意・天命 (8項目) 社会の在り方であれ、個人の成功・失敗であれ、すべては人間を越え た天によって運命づけられ決定されている(天命思想)とする儒教的 世界観。 恥と世間 (5項目) 人の目を意識し、世間から非難されないよう行動すべきであるという 集団主義的価値観。即ち、節度、集団優先、義務などを強調する儒教 的処世訓。 賢君思想 (4項目) 世の中は優れた資質の指導者によって治められてこそ意味があると いう儒教的人間観。 神道 社会的調和 (5項目) 対立や争いを避け「和をもって尊し」との調和優先的な神道的処世訓。 相対主義 (3項目) 問題解決には絶対的原理に頼るのではなく、知恵を働かせ状況に応 じて柔軟な対応をするのがよいとする神道的処世訓。 集団的功利主義 (3項目) ものごとの善悪は共同体に福利をもたらすか災厄をもたらかとの観 点から判断されるべきであるとする神道的倫理観。 楽観主義 (2項目) 世の中は自然に治まるべく治まっていくから、自然の流れに任せる のが一番であるとする神道的世界観に立脚した処世訓。 歴史の内発性 (2項目) 社会の動きは時勢というものによって決定され、人間の力の及ぶも のではない(超人為性)とする神道的世界観。 もののあわれ (4項目) 女性的で繊細な感受性が日本人の本来の心であるとする神道的人間観。
本研究の目的 文化研究にはeticなアプローチとemicなアプローチがある。後者はどの社会にも共通する普遍 的価値観次元があり、各文化の違いは程度の問題であるとみなす立場である。eticなアプローチ の代表的研究はHofstede(1980)のもので、彼は個人主義−集団主義、階層性−平等性、男性性 −女性性、不確実性回避の4次元を見出しており、日本は男性性と不確実性回避が高く、階層性 は低く、そしてやや集団主義的と特徴づけられる。更に、Schwartz(1994)は保守主義、感情 的自律、知的自律、支配、階層性、平等主義、調和という超文化的価値観の7次元を見いだして おり、内容的にはHofstedeのものと重なる次元もある。一方、emicな価値観研究とは、各文化 には他の文化と比較できない固有(indegeneous)の価値観があると仮定し、それぞれ独自の概 念的枠組みを用いて各文化の価値観を研究しようとするアプローチである。 我々が仏教、儒教、神道の伝統的価値観の研究を始めた際、これを暫定的にemicなアプロー チと位置付けた(大渕ほか 2008)。これまでのJTVSを用いて行った研究を通して、日本人の伝 統的価値観の特徴が明らかになってきたが、しかしこれらが日本人だけの特徴であるかどうかは 断定できない。そこで、本研究ではJTVSを用いて他の文化の人々と価値観を比較し、これを日 本人と比較することを試みる。本研究は、伝統的価値観尺度の3領域のうち仏教的価値観に焦点 を当てて国際比較を試みる。従って、具体的な目的は、(1)仏教から派生した日本の伝統的価値 観が他の文化圏の人たちに見られるかどうかを検討し、(2)この点から見た日本人の価値観上の 特徴が何かを他文化の人たちとの比較を通して明らかにすることである。 2.方法 調査対象者と手続き 我々は、2012年11月に日本、韓国、中国において、また2013年12月にはアメリカにおいてイン ターネットを利用して伝統的価値観調査を実施した。4か国合計1926名から回答を得たが、記入 漏れの多い回答などを除き、最終的に1899名を分析対象者とした。その国別、男女別、年代別(20 代、30代、40代、50歳以上)の内訳は表2の通りである。 表2 有効回答者の内訳:比率(%)と人数 性別 年代 男性 女性 20代 30代 40代 50代以上 日本(N=454) 49.1(223) 50.9(231) 24.9(113) 24.4(111) 25.8(117) 24.9(113) 中国(N=479) 51.4(246) 48.6(233) 24.8(119) 23.8(114) 25.3(121) 26.1(125) 韓国(N=486) 51.2(249) 48.8(237) 24.7(120) 23.9(116) 24.1(117) 27.4(133) 米国(N=480) 50.0(240) 50.0(240) 25.0(120) 25.0(120) 25.0(120) 25.0(120)
調査票の構成 伝統的価値尺度短縮版(JTVS−S) 伝統的価値に関する国際比較研究を行うために、JTVS の短縮版の作成を試みた。まず、日本文化に固有の価値とみなされる「もののあわれ」は短縮版 から除いた。他の12尺度の項目に関しては、大渕・川嶋(2009a)の因子分析結果に基づき、各 下位尺度において高負荷の3項目を短縮版項目の候補としたが、「日本」という国名が入ったも のや特殊な思想を表現したものは除いた。その結果、表3に示した12下位尺度37項目を伝統的価 値尺度短縮版(JTVS−S)とし、本研究に用いることにした。 回答者には、これら37項目の各々について「どれくらい賛成できるか」と聞き、「全くそう思 わない(1)」、「ほとんどそう思わない(2)」、「あまりそう思わない(3)」、「ややそう思う(4)」、 「かなりそう思う(5)」、「強くそう思う(6)」のうち一つを選択回答させた。 表3 日本の伝統的価値尺度短縮版(JTVS−S) 儒教的価値 忠孝と義務 ・親を慕いこれを愛する気持ちは人間のもっとも自然な気持ちである。 ・どんな人間関係にも義務や責任があり、これを忠実に果たすことが人間にとって大切で ある。 ・多少は不自由でも、みんなが規則を守り、社会の秩序を維持することが大切である。 天意・天命 ・社会の理想的なあり方は天が定めるもので、指導者はこの天の意を汲み取って政治を行 う必要がある。 ・人の成功や失敗、幸福と不幸は、すべて天が決めたものである。 ・自分の役目や立場は天が与えたものであり、それがどんなものであれ、天命としてこれ を果たすべきである。 恥と世間 ・何かをするときには、まず、世間からどう思われるかを第一に考えるべきである。 ・人から非難されたり、後ろ指を指されるようなことはすべきではない。 ・何においても、世間から孤立したり、つまはじきにされることだけは避けなければなら ない。 賢君思想 ・国であれ会社であれ、指導者というものは、専門的知識や技能よりも、人間性において 優れた人がその地位につくべきである。 ・国であれ会社であれ指導者には人格と識見が必要で、規則や罰ではなく、その優れた人
間性によって他の人たちを導くことが期待される。 ・政治の指導者が自らの人間性を磨き、国の品位を高めるよう努力するなら、国民は進ん で国をうやまい、これに従うであろう。 仏教的価値 輪廻と法力 ・人は死ぬと、別の世界に生まれ変わる。 ・この世以外にも多くの世界があり、天国や地獄もそうした他方世界の一つである。 ・生前の行為の良し悪しによって、死後の世界での扱いが決まることを忘れてはならない。 修身と慈悲 ・うそ、非難、中傷、悪口などは自分自身の心を汚すものだから、こうしたことばづかい は慎むべきである。 ・良い行いをするときには、人に知られることや相手に喜ばれることを期待せず、ただ人 のために尽くすのが本当の思いやりである。 ・良い行いを継続し、悪い行いは避けるよう心がけるべきである。 厭世主義 ・人の人生は、苦しみや悩みに満ちている。 ・人の一生には、欲求不満、離別、憎しみ合いなど多くの苦しみがある。 ・病気や死だけでなく、人間にとっては、生きることも苦しみである。 空と超俗 ・欲望がうずまく世間とのつきあいを離れ、孤独に生きることが、この世の真理を求める 最善の道である。 ・この世界の様々な愛着を断ち、心を清めることで、本当の充足が得られるであろう。 ・この世のすべては、まぼろしのように、実体のないものである。 神道的価値 社会的調和 ・人々は、互いに自己主張を抑え、譲り合って物事を解決していくことが重要である。 ・自分を抑えても、人間関係を大切にすべきである。 ・理念やイデオロギーを強く主張するよりも、おおらかな気持ちで事にあたる方が、世の 中は結局うまくいく。 相対主義 ・世の中に「ただひとつの正義」「唯一の真理」といったものは存在しない。その時々に よって、個別に判断をしていくのが正しい知恵である。 ・社会の問題については、どんな時にも通用する普遍的な原理というものはない。その場 その場で適切な対応を心がけることが大切である。
・世の中に絶対に正しいものは存在しない。状況によって適切な解決策を探っていく必要 がある。 集団的功利主義 ・物事を決めるときは、所属する集団(会社、学校、国家など)への影響を最優先に考え るべきである。 ・人間は、常に、自分が所属する集団(会社、学校、国家など)の利害を考えて行動すべ きである。 ・人間の人生は、個人としてよりも、社会や集団(会社、学校、国家など)のために尽く してこそ意味がある。 楽観主義 ・世の中の動きは、人間の知恵を越えたものであり、自然の流れに任せるのが一番である。 ・世の中のことは、人の知恵でどうにかしようとすると、かえって不都合なことになりが ちで、自然の流れに任せるのが一番である。 歴史の内発性 ・社会を動かすのは個人の意志や思惑ではなく、時勢や天下の大勢といったものである。 ・社会の動きには「いきおひ」「はずみ」といったものがあり、これがいったん動きだすと、 個々人の力では止めたり変えることはできない。 3.結果 仏教的価値観の国際比較 文化圏の異なる人たちは、こうした質問紙調査では、項目内容にかかわらず反応の独自なスタ イルを示すことが比較文化研究者の間では知られている。例えば、どの項目を読んでも「そうだ な」と思って肯定的に反応する黙従傾向、回答尺度の中心部分の選択肢(「3」や「4」)を選ぶ中 間反応傾向、逆に、両端の選択肢(本研究の場合は「1」や「6」)を選ぶ極端反応傾向などが知 られている。日本人は中間反応傾向があり、米国人は極端反応傾向があるとされている(辻本 2006)。それ故、比較文化研究において素点を分析に用いることは避ける方がよいとされている ことから、ここではJTVS−Sの項目得点を個人内で標準化し、その平均値によって下位尺度得 点を作った。 この個人内標準得点を用い、仏教価値観3下位尺度について国x性別x年代x下位尺度の 分散分析を行った。その結果、国及び下位尺度の主効果とそれらの交互作用が有意だった(F (3, 1867)= 74.136, p < .001;F(2.860, 5339.003)= 1128.605, p < .001;F(8.579, 5339.003)= 39.003, p < .001)。
図1は、国x下位尺度の交互作用を表したものである。どの国でも「修身と慈悲」の支持が最 も高いが、この下位尺度に関する国の差を見ると、米国が日本、韓国よりも有意に低かった。全 体として次に支持度が高いのは厭世主義で、これは、日本が最も高く、次いで米国、韓国、中国 の順で、これら国の差はすべて有意だった。「空と超俗」と「輪廻と法力」の支持度は全般に低 かったが、ただし、「輪廻と法力」は米国が比較的に高く、中国は逆に最も低かった。この下位 尺度に関して日韓には差は見られない。「空と超俗」では4か国間の差が小さいが、統計的には 中国と米国が日本より有意に高得点だった。 国別に見てみると、日本の特徴はきわめて明瞭であった。日本では「修身と慈悲」及び「厭世 主義」の支持は高いが、「輪廻と法力」及び「空と超俗」の支持は極端に低かった。日本では、 仏教的価値観の中で支持するものと支持しないものが明瞭に分かれていた。これに近いのは韓国 だが、「厭世主義」に対する支持は日本に比べると明らかに低かった。中国は、「修身と慈悲」の 支持だけが突出して高く、他の3尺度は総じて支持が低かった。米国は、これらアジア諸国に比 べると、全体としては仏教的価値観の支持が高かった。「修身と慈悲」は4か国中最低とは言え、 支持度はかなり高い。「厭世主義」も日本に次いで高く、輪廻と法力は4か国中最も高かった。 仏教的価値観の世代差 年代が含まれる効果の中では、価値観x年代(F(8.579, 5339.003)= 5.133, p < .001)、価値観 x年代x国(F(25.737, 5339.003)= 3.993, p < .001)の交互作用が有意だった。これを分析する ために、国別に下位尺度と年代の関係を示したものが図2〜図5である。 図1 4か国の仏教的価値観下位尺度得点
図2は日本だが、日本人においては「厭世主義」の支持は20代が40代より高かったが、「修身 と慈悲」は逆に20代が30代より低かった。「輪廻と法力」「空と超俗」において世代間に違いは見 られなかった。 図3は韓国の結果で、韓国人においては「厭世主義」の支持は若年者が高く、20代、30代が50 代よりも有意に高かった。「輪廻と法力」は逆に20代が低く、20代と30代の間に有意差が見られた。 図4は中国だが、「厭世主義」の支持は50代において低く、20代との間に有意差が見られたほ かには年代差はまったく見られなかった。 図5が米国の結果である。米国では「修身と慈悲」の支持は年長者に高く、40代と50代は20代 及び30代よりも有意に高かった。「空と超俗」の支持は逆に若年者に高く、20代は他のすべての 年代よりも有意に高く、また、30代は50代よりも有意に高かった。「厭世主義」「輪廻と法力」に は年代差は見られなかった。 図2 日本における仏教的価値観下位尺度の年代変化
図3 韓国における仏教的価値観下位尺度の年代的変化
図5 米国における仏教的価値観下位尺度の年代的変化
仏教的価値観の性差 4要因分散分析の結果、性差が含まれるいくつかの効果も有意だった。それは価値観x性別(F (2.860, 5339.003)= 3.212, p < .05)と価値観x性別x国(F(8.579, 5339.003)=2.317, p < .05)だっ た。そこで、国別に下位尺度の性差を検討したものが図6である。 日本においては「修身と慈悲」及び「輪廻と法力」に関して女性の支持が男性よりも高かった。 韓国においては「厭世主義」が男性よりも女性によって支持された。米国においては「修身と慈 悲」と「輪廻と法力」において女性の支持が男性よりも高く、「空と超俗」に関しては逆に、男 性が女性よりも支持していた。中国においては、どの下位尺度に関しても性差は見られなかった。 4.考察 同じデータを使って我々は、前の研究において、伝統的価値に対する支持度の分析を行った(大 渕 2014)。これは評定尺度の1〜3を選んだ場合には「不支持」、4〜6を選んだ場合に「支持」 とみなし、平均得点が3.5以上の下位尺度価値を支持とみなして、国別に支持度を調べたもので ある。その結果を見ると、「修身と慈悲」と「厭世主義」はどの国でも50%を超え、「輪廻と法力」 の支持率は50%をわずかに下回った。「空と超俗」は、米国では50%以上支持されたが、アジア 諸国では50%以下という結果だった。この結果は、仏教的価値観が、対象4国全体としては比較 的よく支持されていたことを意味している。このことを念頭に、以下では、対象国の特徴を見て みることにする。 仏教的思想の国別比較 4か国全体を通してみると、仏教的価値観の4下位尺度の中で「修身と慈悲」の支持がどの国 でも最も高かった。これは、修練、禁欲、煩悩の除去などの自制心とともに、人に対する思いや りと寛容さを強調する仏教的道徳観である。仏教の中ではこうした禁欲的倫理観は輪廻、因果応 報、本覚、唯識論など仏教的世界観に基づいて構築されたものだが、欲望を抑え自らを慎むこと、 感謝と思いやりの気持ちで人に接することといった倫理観自体は、ルーツは様々ながら、多く の文化において共同体志向の価値観として存在するものと思われる。このように、「修身と慈悲」 は普遍的な倫理観と共有された価値を含んでいるが故に、対象国において広く支持されたものと 思われる。 これに対して、この倫理観の根拠となった仏教的世界観の方はあまり支持されなかった。下位 尺度のうち「輪廻と法力」「空と超俗」などがこうした仏教的世界観を反映したものだが、上で 述べたように、これらに対する支持は全体として低かった。仏教的世界観は、世界が多数の平行 世界から成っているとか、超自然的存在が世界を支配しているとか、あるいは世界は虚構である といったものであるが、仏教がまだ新思想である米国はもちろん、過去のある時代においてそれ が社会の優勢な思想として国中に浸透したことのある東アジアの国々においてすら、現代におい
ては、それは特殊な世界観であるとしてあまり受け入れられてはいないと判断される。 もうひとつの下位尺度である「厭世主義」は「人生は苦しみや悩みに満ちている」といった悲 観的人生観である。この下位尺度は支持度が中程度だったが、対象4か国間でもっとも差異の大 きな価値観であった。その支持度は日本が最も高く、次いで米国、韓国、中国の順だったが、こ れらの国の間にはすべて有意差が見られた。日本は経済的に豊かで犯罪の少ない安全な国として 知られている。他の国民から羨まれるような社会環境の中で生活していながら、日本人の多くは 幸福感を持てず、生活満足感が低いという調査結果がいくつか報告されてきた(産業能率大学総 合研究所 2012)。 経済的豊かさと幸福感が直結しないことについては、一般論としては、生活に余裕ができると 人々の関心は生活の量的側面から質的側面に移る、自分が恵まれているかどうかは周囲の人との 相対的比較によって決まるので(相対的剥奪)、周囲の人も一緒に豊かになるなら幸福感が増加 しない、等々の説明がなされているが(産業能率大学総合研究所 2012)、日本人特有の幸福感 の捉え方も関連していると思われる。日本人は幸福であるとかえって不安になるといった感じ方 も指摘されているが(内田 2013)、そこには日本人の心配性や繊細な感受性がうかがわれる。 日本人の伝統的価値観のひとつに「もののあはれ」がある(大渕他 2008)。この女性的で繊 細な感受性は日本古来の生活感情の持ち方とみなされているが、そこには、人間を含め、生を儚 いものとみなす仏教的人生観が含まれているようにも思われる。本居宣長によると「もののあ はれ」は『古今和歌集』『新古今和歌集』などの和歌の基本モチーフとなったものだが(子安 2001)、こうした和歌が詠まれた平安時代は末法思想が流行した時代でもあった。そうした悲観 的思想が日本人の心の琴線に響いたのは、もともと日本人がそうした心性を持っていたからかも しれないが、いずれにしろ、現代の日本人にも見られる繊細さ、神経質さ、心配性には仏教思想 の影響があるのではないかと思われる。 また、意外とも言えるが、全体としてみると、長期間に渡って仏教思想の強い影響下にあった 東アジア諸国よりも、それに比べて仏教の歴史がはるかに短い米国において仏教的価値観に対す る支持が強かった。序論で述べたように、米国に仏教が伝えられてから150年しか経っていない が、特に、第2次世界大戦後、仏教思想は西欧の伝統文化とはまるで異なる人生観・世界観とし て米国人を惹きつけ、一部の人たちには熱狂的に受け入れられた(タナカ 2011)。そうした過 程を経て、仏教的価値観は米国人の間に広く浸透し始めていることを本研究結果は示唆している ものと思われる。ただし、米国において仏教が個人主義的要素を強めながら受容されてきたこと には注意が必要で、それは東アジア諸国の仏教信仰とは異質なものである可能性がある。しかし、 仏教の思想や信仰がどうであれ、価値観としての仏教的要素はこれら対象国の中で米国が最も強 かったことは否定できない。
仏教的価値観の年代差 4つの下位尺度の中で、「修身と慈悲」は日本と米国において同じ年代パターンを示し、韓国 でも、有意ではなかったが、図3には同じパターンが見られる。このことは、年長者ほど「修 身と慈悲」という価値観が強い傾向が複数の対象国において見られることを意味している。これ は、前の項でも論じたように、利己心の抑制や助け合いなど共同体志向の価値観である。 若年者はどの社会でも個人主義が強く、個性の表現や個人的達成を希求し、一方、年長者は集 団主義に傾斜し、家族や地域などの共同体の維持と発展に関心を持つようになると言われている。 しかし、実証研究では必ずしもこうした年代差が確認されてきたわけではない。我々が日本人を 対象に行った大規模社会調査の結果では、所属集団への関心の強さを示す縦型集団主義(Triandis & Gelfand 1998)は確かに年長者に強かったが、人間関係に対する関心の強さを示す横型集団 主義は逆に若年者の方に強かった(Ohbuchi 2011)。本研究で測定された修身と慈悲がどちら のタイプの集団主義に対応するかを項目内容から判断することはできないが、結果からすると、 縦型集団主義ではないかと推測される。 一方、この下位尺度を測る項目では(表1)、共同体志向というよりも、自制心が強調されて いるとみることも可能である。自制心が児童期から青年期大人にかけて向上することは確認され ているが(Vazsonyi & Huang 2010)、成人期以降の変化についてはほとんど知られていない。 しかし、犯罪などの逸脱行動や自動車事故が若年層に多いことは、若い世代においては一般に自 制心が低いことを示唆している。こうしたことから、「修身と慈悲」という価値観は自制心に対 する動機づけを反映していると解釈することもできよう。 仏教的価値観の性差 図6に示されているように、文教的価値観に関して性差は余り大きなものではなかった。また、 性差の見られた下位尺度は国によってかなり異なり、日本と米国において「輪廻と法力」が男性 よりも女性において支持された以外には、対象国間で共通に性差が見られたものはなかった。し かし、下位尺度は異なっても、仏教的価値観において性差が見られるときは、ほとんどの場合、 男性よりも女性が強く支持するというパターンは共通に見られた。このことは、この伝統的価値 観は男性よりも女性にとって親近性が強いものであることを示唆している。 少なくとも日本においては、男性よりも女性の方が宗教に対して関心が高いことが社会調査に よって示されてきた。NHK放送文化研究所は1973年以降5年ごとに「日本人の意識」調査を繰 り返し実施してきたが、2008年の調査は、仏やお守り・お札、易・占いを信じている人は男性よ りも女性に多いと報告している(高橋 2011)。こうした関心と価値観は同一のものではないが、 女性が仏教的価値観を受け入れる心理的素地を持っているとは言えるのではないだろうか。
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