「AIがもたらす影響の非AI的考察」
著者
國? 剛
雑誌名
エコノフォーラム21 : 学生と教職員のインターコ
ミュニケーション誌
号
25
ページ
11-13
発行年
2019-03-14
URL
http://hdl.handle.net/10236/00027821
Econo Forum 21/ No.25
特集1
11 近年続くAIブームは衰えを知らず、新聞を 開いても書店に並ぶ本を眺めてもAI関連のも のがないことの方が珍しい気がする。辞書によ ると人工知能とは﹁推論・判断などの知的な機 能を人工的に実現するための研究。また、これ らの機能を備えたコンピュータ﹂とあるが、人 間の知的機能自体が高度に複雑多機能なため、 ひと口にAIと言っても関連のある分野はかな り広い。一昔前は鉄腕アトムのような人間の知 的機能を総合的に網羅する人間型ロボットをイ メージすることが多かったが、その技術開発は 予想以上に困難であり︵作中では 2003 年に すでにアトム誕生︶近年では知的機能の一部に 特化した研究開発が中心となっている。特に最 近 で は コ ン ピ ュ ー タ ー の 高 性 能 化 と イ ン タ ー ネットの普及に伴い登場したビッグデータの分 析 に 注 目 が 集 ま っ て い る。 新 し い 分 析 技 術 は 様々な分野における業務の自動化や効率化に応 用され、複雑な画像認識により状況把握を行う 自動車の自動運転や、キーワードやウェブサイ ト滞在時間を分析しながら関連性の高いコンテ ン ツ を 表 示 す る Google な ど の 検 索 エ ン ジ ン が 例として挙げられる。さらに将棋やチェスなど のボードゲームでもAIがトップクラスのプレ イヤーを破るまでに進歩している。大学教育に おいてもその影響は大きく、滋賀大学や横浜市 立大学にデータサイエンス学部が新設され、本 校でも日本IBMとの共同プロジェクト﹁AI 活用人材育成プログラム﹂が 2019 年 4 月よ り開講される。 私の専門分野のベイズ統計学は、コンピュー タの高性能化に伴い急速に発展し、近年のビッ グデータ分析への応用で注目を集めている。こ こで少し話が逸れるが、AI関連の研究が実際 の社会問題に活用されうる例として私の取り組 む研究課題の一つを紹介したい。死因や出生率 などの人口学的情報は、各国の公衆衛生政策の 根幹を成すものであるが、多くの発展途上国で は 戸 籍 制 度 や 人 口 動 態 統 計 が 完 備 さ れ て お ら ず、国民の健康状態を把握した上で適切な保健 戦略や支援策を適用することが極めて困難な状 況にある。死因に関しては世界全体で 3 分の 2 以上の死はその原因が特定されていないと言わ れ、特に貧困に苦しむ発展途上国では保健シス テムが不完全であるため死因情報が乏しい。そ こで大規模調査を行うことで各地域における死 因情報を集める必要があるが、死因を特定する ためには医学知識が求められるため遺族に死因 を直接尋ねることはできない。また、医師を調 査員として多数雇うのは費用面から非常に厳し い。そこで現実的手法として、家族やコミュニ ティ構成員に死者の死亡状況、症状、病歴など の聞き取り調査を行い、その情報から死因を予 測する口頭剖検が広く用いられている。ここで 重要となるのは、聞き取り調査データの情報を 踏まえて、各人の死因をどのように特定するか である。一つのアプローチは医師が調査データ を精査し、彼らの経験と照らし合わせることで 死因を決定する方法だが、標本数が数千、質問「
AIがもたらす影響の
非
AI的考察」
関西学院大学経済学部
國
濵
剛
専任講師(ベイズ統計学、計量経済学)
Econo Forum 21/ March 2019 12
AIの導入とこれからの働き方を考える
項目が百以上から成る調査データもあることか ら時間的な負担が非常に大きくなる。また、本 来ならば患者の診察に使えた医師の時間を奪う ことにもなる。解決策として、統計手法を用い て聞き取り調査データから死因を予測する方法 が近年急速に広がっており、様々な研究グルー プが死因特定のための統計アルゴリズムの開発 に取り組んでいる。このように、高い専門性を 持つ人的資本の不足を補う道具としてAI技術 を活用することで、現状の課題解決につながる 可能性がある。 現在進行形で社会に大きな影響を与えている AIだが、今後のさらなる技術進歩が引き起こ す社会変化に関する議論は活発で、多くの識者 が様々な予測を行っている。この流れに乗り遅 れまいと特定のストーリーに飛びつく前に注意 すべき点は、AIがもたらす変化の予想にAI 手法はあまり役立たないことである。AIによ るデータ分析では、分析者が選んだアルゴリズ ムを用いて過去・現在のデータから重要な情報 を取り出し予測を行うが、基本的にデータが発 生した構造と同じ状況が今後も続くことを想定 している。つまり、現状で把握できないような 構造変化が起こりうる場合にはうまく予測分析 ができない。よって、巷に溢れるAIがもたら す将来の予想は非AI的、つまり各々の分析者 の主観に大きく基づくものであり︵この文章も 含む︶尤もらしいストーリーでも不確実性は非 常 に 高 い と 言 え る 。A I の 予 測 と し て 有 名 な も の に 映 画﹁ 2 0 0 1 年 宇 宙 の 旅 ﹂の H A L 9 0 0 0 ︵ 木 星 探 査 の 宇 宙 船 に 搭 載 さ れ た コ ン ピ ュ ー タ で異常をきたして人間の乗組員を殺害する︶や ﹁ タ ー ミ ネ ー タ ー﹂ の ス カ イ ネ ッ ト︵ 自 我 に 目 覚めたコンピュータで人類の殲滅を目的に核戦 争を引き起こす︶があるが、さすがにこれらは 古いSFの話であり、最近のものだと現在の職 業の約半数がAIに取って代わられるという報 告もある。一方でポジティブな考えでは、技術 進歩により現存しない職業が新たに生まれ、全 体として職業の種類・数はむしろ増えると予想 される。加えて、AIは局所的には人間の機能 を凌駕するものの、主体性を持たない道具であ ることに変わりはないため、上手く活用するこ とで労働の効率性を高めることができ、その結 果として、フリーランスの個人でも規模の大き な仕事に取り組めたり、労働時間が短縮されて 創造的な活動により多くの時間を使うことがで きるようになるという意見もある。 AIと労働に関してはさらに、AIが人間の 仕事を奪うので失業率が高くなるとか、逆にA Iが代わりに働いてくれるため自由時間が増え て各々の余暇が充実するとか、AIが新たにも たらす富によりベーシックインカム︵すべての 個人に対して生活に最低限必要な所得を政府が 無条件に給付するという社会政策︶の導入が実 現可能となり労働行為自体が選択可能になるな ど多岐にわたる意見が存在する。ここではどの 説が正しいかということは議論しないが、個人 的にはAIの進歩に伴い社会全体として効率化 が進み、各々がより便利な生活を送ることがで きると楽天的に考えている。しかし、全く問題 がないわけではなく、特に新たに生まれる富の 再分配を十分に行えるかが今後の安定的な社会 発展における重要な鍵となるであろう。AI技 術を持つ者やAIでの代替困難な専門性を持つ 特定の職種に就く者にはこれまで以上に富が集 まる一方で、専門性が高くない労働集約型産業 の労働者には恩恵が少なく、現在の厚い中間層 もいずれかに引っ張られると予想される。大き く歪んだ分布を修正するためには政治を通した 富の再分配が必要不可欠であるが、富を持つ層 は少数派であってもその豊富な資金力に基づく 強 力 な ロ ビ ー 活 動 を 行 う こ と が 可 能 で あ ろ う し、希少価値の高い人材は国際的に奪い合いと なるため、引き留めるためには彼らを多少なり とも優遇するような政策を取らざるを得ないと 考えられる。簡単な解決法はないが、昨今の国 際情勢における社会階層の分断がその社会の安 定性に与えるインパクトの大きさを鑑みると、 各々が積極的に社会全体及びその変化に注意を 向け、多種多様な考えを政治に反映させること が必要でないかと思う。無機的なAIの進歩に ついて考えていて、最終的に権力、お金、義理 といった人間臭いイメージの強い政治の重要性 に行き着いたことは興味深い結果であった。 これからは専門知識を身につける場としては もちろん、AIの発展に伴う急激な社会変化に 柔軟に対応するための知性を鍛える場としても 大学の重要度は増していくと考えられる。最後 に学生の読者に対して、どの職種が将来生き残Econo Forum 21/ No.25