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文化を中心とする日本語集中コースの実践例

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Academic year: 2021

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著者

上迫 和海

雑誌名

留学生センター年報=Annual Report

2006 2007

ページ

16-26

(2)

文化を中心とする日本語集中コースの実践例

上迫和海 (留学生センター非常勤講師) 1. はじめに 1992年に開設された「異文化教育研修所有隣館」では、地域在住の外国人を対象とする日本 語教室と、日本語教師の育成を基本としている。しかしまた同時に、名称に示されているように、外 国人が日本文化を学ぶ(例:俳句、着物の着付け、示現流[薩摩藩発祥の剣術]など)、日本人が日 本語を学ぶ、日本人が日本語教育を通じて学ぶ、日本人が外国語を学ぶ、国際交流活動(例:ホ ームステイプログラム、多国籍花見・ 多国籍忘年会など)等の活動を総合して、日本文化者と他の文化者間の双方向的な「異文化教 育」を目指してきた。 筆者は、日本語教育は社会活動の一環であり、日本語は日本文化を捉えるための一つの基軸、 という意識を強く持っている。その関係で、「まず先に文化理解があり、言語習得はそれに付随して 進んでいくもの」という理念を持つようになった。「文化教育のなかの言語教育」思想に共鳴するゆ えんである。また、その理念に関わる実際を教育の現場から学び、具体化すべく、実践例を続けて きた。「有隣館」開設以来十数年が経過した現時点で、実践例を紹介・報告することにより、現実を とりまとめ整理する機会とし、また、諸氏のご意見・ご感想を得たいと考えた。 2. コースの概要 本稿で取り上げるのは、1998年より毎年8月に実地されてきた4週間の「日本語夏季集中コー ス」である。このコースでは、特に、「文化」を中心としてコースデザインをおこなってきた。参加者は、 鹿児島市および近隣に在住する留学生、外国語指導助手、日本人との国際結婚配偶者(以下、 配偶者)を中心としてきた。しかし近年は、ホームステイプログラムを抱き合わせでおこなっている関 係で、東京などの大都市圏、離島などの遠隔地およびフランスやベルギー、ロシア、カナダなどか ら本コース受講を目的として来鹿するケースが増えてきている。また、最近とみに感じるのは、日本 語への興味関心の持ち方が変化してきていることである。日本語の学習動機に、まんがやアニメに 代表される日本文化への興味の部分が大きく加わってきている。このことは、80年代のヨーロッパ ですでに指摘されていたと言う。しかし今や、日本の地方都市にいてさえ、ひしひしと感じるように なってきた。たとえば宮崎駿の作品を原語で見たいがために、翻訳に至っていないまんが作品ま でをより早く読みたいがために、日本語を学ぶのである。 コース参加者の言語レベルは、構造シラバス的に考えると初級の中期から後期(学習時間150 時間∼300時間相当程度)に集中している。ただし、上級に近いレベルの人やサバイバルジャパ ニーズ程度の人が含まれることもある。文化を軸にコースデザインをおこなっている以上、言語的 には幅広いレベルの学習者を想定しており、実際には、ひらがな・かたかなが読めることを最低限 の条件として、受け入れてきた。

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コースの目標は、最も主たるものとして「文化的な親和力を高める」が挙げられる。授業は日本語で おこなうことを基本とするが、外国語の使用については場面ごとの判断にゆだねてある。1日3時間 (午後2時∼5時)、1週間5日(月曜∼金曜)の4週間、つまり、3×5×4の60時間が総時間数であ る。担当の教師は3人∼5人、1コマ3時間の授業を原則1人で受け持ち、1回完結を前提としてい る。筆者以外は、主に本研修所で育成してきた非常勤講師で、1週か2週に1コマ受け持つ。例年、 経験者・未経験者を含め日本語教育能力検定試験合格を目安に候補を選び、コースデザインや 教案についての討議を重ねた上で起用してきた。 3. 2003年8月のコース 3.1参加者 実例として、03年8月に実施したコースを紹介する。この回は、8名が参加した。国籍別では、ア メリカ2、フランス2、カナダ1、イギリス1、ニュージーランド1、韓国1であり、職業・身分別では、外 国語指導助手5、旅行者2、配偶者1というクラス構成になった。言語レベルでは、中級後半1、中 級前半1、初級後期3、初級中期3と判断され、例年と比較すると、極端に低いひとのいないやや 高めの集団となった。 3.2.シラバス 各回の授業を「タイトル/授業目標・学習項目/授業内容・主たる活動」の順に記す。 1日目 日本語の発音/他の言語との比較を通して日本語の音韻の特徴を知る/日本語の母音と 子音、外来語のパターンと書き表し方、特殊拍の理解と聞き取り練習 2日目 「モノポリー」を知っている/動詞の可能形、経済の語彙(権利書、税金、抵当)/ ゲーム「ビンゴ・誰ができそう?」日本語版「モノポリー」で遊ぶ 3日目 焼酎を売り込もう/∼て∼て∼ます、−で作ります。味の表現(甘い、辛い、濃いなど)/焼酎 ができるまでの説明、いろいろな焼酎の飲み方とその評価、シュミュレーション「自分の国での焼酎 販売戦略を考える」 4日目 自己紹介の仕方、初対面における話題のつなげ方/シュミュレーション「歓迎パーティーに て」 5日目 カレー作り/形容詞の副詞的用法、調理の語彙(焼く、炒める、煮るなど)/プロジェクトワー ク「普通のカレーとベジタリアン用カレーを作る」 6日目 日本語の単語/他の言語との比較を通して火ノン語の語の特徴を/連濁・母音交替のルー ル、文法カテゴリーの形態素とその並び 7日目 日本人の/∼てしまう、∼てはいけない、∼てもいい/日本での訪問の仕方、食事の方法と タブー、外国人の失敗例

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8日目 日本人の宗教観/∼てくる、∼ていく/アニメ「千と千尋の神隠し」の世界観を知る、アニミズ ムと現代日本社会 9日目 俳句/定型および季題の理解と俳句の鑑賞、学習者各自の俳句作り、選句、句評 10日目 カラオケで歌おう/ 意向形、∼てあげる・くれる/ 「上を向いて歩こう」「川の流れのよう に」「Believe」の歌詞を理解して歌う、ゲーム「サービス合戦」 11日目 日本語の文/ [場所]+「を」「に」「で」、「人」+「と」「といっしょに」「に」、名詞修飾の方法 /ゲーム「クイズ大会」 12日目 日本の夏は高校野球だ/∼が好き・得意・苦手、−はーより∼だ、−のほうが∼だ/各国ス ポーツ歴を語る 13日目 教育制度と学校行事/―にーがある∼、∼たり∼たりする/日本の学校の実際の様子や PTA 活動を知り、各国の学校の状況について話す * のち、伊集院町立伊集院北中学訪問。 14日目 まんが文化/ 日本におけるまんがの社会的位置づけ、擬音語擬態語/「ドラえもん」を読 む 15日目 囲碁を楽しもう/∼たら、∼と、∼ば、∼ても/囲碁のルールの基本を理解し実際に打って 楽しむ、囲碁の歴史と現状を知る 16日目 南日本新聞社訪問 新聞制作の語彙(取材、記事、編集など) 17日目∼19日目 プロジェクトワーク「文集作り」編集会議、原稿起し、推敲、清書、原稿制作、コ ピー、製本、原稿音読の録音 20日目 評価会 完成文集を読む、コースについて話し合う、アンケートを書く 4. 3授業例 このようなコースでは、一つ一つの授業がアクティビティ中心のものとなる。そこで、コース全体の 雰囲気を想像していただく意味でも、ある回の授業の進行を大まかに記す。ここでは、15日目の 「囲碁」を取り上げた。授業をおこなったのは、筆者自身である。 タイトル: 囲碁を楽しもう 達成目標: ①囲碁のルールの基本を理解し、実際に打って楽しむ ②日本における囲碁に関わる状況や背景を知る 使用教材教具:基盤・碁石3組、メモ紙人数分(ゲームに使用)、教師自作プリント、 [囲碁将棋欄のあるもの](レアリア) 学習文型:「∼たら、∼と、∼ば、∼ても」(条件の表現) 授業時間:180分(小休憩を含む) イントロ(10分) 教師:皆さん、こんにちは。では、授業を始めましょう。きのうはまんがについて勉 強しましたが、どうでしたか。・・・・

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導入30分 教師:さて、今日は「囲碁」をしてみましょう。 1. 囲碁の紹介をする 教師:囲碁は部屋の中でするゲームです。千四百年ぐらい前に中国からき ました。 たくさんの日本人が楽しんでいて、プロもいます。(新聞を開いて囲碁欄を見せる)新聞にも載って います。 *一人のアメリカ人学習者のみすでに知っていて、他の学習者は初めてのようであった。 2. 道具の紹介をする 教師:これは碁盤/碁石と言います。(見せながら)碁盤には十九本の線が あります。碁石は、黒石と白石があります。 触ってみてください。 3. 基本的なルールを説明する 教師:囲碁は二人でします。(示しながら)石は、交点に打ちます。 一人が黒石を打って、次にもう一人が白石 を打ちます。それから、黒、白、黒、白の順番で打っていきます。石は、かこんだら、取れます。「か こむ」というのは、こういうことです。 (以下、石が取れる場合の例をいくつか示す。) 4.石の取り方の基本的な型を紹介する 教師:これは、次に黒がここに打つと、取れます。これをア タリといいます。逃げるためには白はここに 打ちますね。でも、黒がここに打つとまたアタリです。またアタリ、またアタリ、そして最後に取れます。 (シチョウのほかに、ゲタ、オイオトシ、 ウッテガエシを教える) 対局1回目(20分)教師:じゃあ、皆さん、やってみましょう。相手の石を先に5個取ったら勝ちです。 (黒石と白石をキリチガイの状態で始める「石取りゲーム」をする) *学習者たちは最初とまどいながらも、積極的にいやり始めた。予想以上に勝ち負けにこだわり、 かなり慎重な様子で打ち進める人もいたが、石を 取ったり取られたりするうちにグループダイナミックスが機能し、楽しい雰囲気で方略の理解を深め ていく。 対局の検討1回目(15分)教師:皆さん、少しわかってきましたね。さて、これはAさんとBさんの試合 です。Aさんがこう打ったらBさんはこう打ちました。そして、Aさんがこう打って石を取りました。でも、 Bさんがこう打てば、どうでしょう。こう打てばこうなりますよ。 *実際に現れた局面を利用して、よりよい手について仮定形を利用して教える。 休憩(15分) *学習者たちはかなり興味を持ったようで、休憩時間中も自分たちで楽しんでいた。 文型の説明(20分)「∼たら」「∼と」「∼ば」について、例文を示したプリントを使い、それぞれの違 いに目を向けさせる。文法的な説明。 「∼たら」の練習•ゲーム(20分)各人に配布した紙に、「アメリカ大統領だったら」「体がもっと大きか ったら」「100万円もらったら」のあとを書き入れてもらう。教師が集めたのち二つのチームに分け、

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一方のチームの学習者が書いた紙を読み、それが誰のものか他のチームのメンバーが当てる。1 回目で当たれば3点、2回目なら2点、3回目なら、1点で点数をつけ、得点の高い方が勝ち。 対局2回目(15分)教師:では、また碁に戻りましょう。(盤面を広くして、ゲームを少し高度にする) *戦略がわかってくるにつれ、学習者たちもやや複雑な進行ができるようになってきた。 対局の検討2回目(15分)教師:さて、皆さん、だんだんじょうずになってきましたね。ところで、Aさ んがこう打った時、Bさんはこう打ちました。そして、これで取れています。ここに打っても、これでとら れます。こっちに打っても、こう取られますね。逃げてもだめだとわかったら、逃げない方がいいで すよ。 *実際に自分たちが打った碁なので、学習者たちは興味深く聞いていた。 碁の勝ち負けおよび歴史や現状の話•まとめ(20分) 教師:本当の碁は、石を取るだけではありま せん。 これが終わりの現状です。 ここが白の地面、ここは黒の地面です。取った石は、相手の地 面を埋めるのに使います。最後に白と黒の地面を教えて、広いほうが勝ちです。(この後、中国から 伝来した囲碁が日本の貴族社会や武士社会で 重んじられ独自の発展を遂げたこと、現在は中国や韓国、台湾など東アジア地域で特に盛んだが すでに世界選手権もあること、最近囲碁を扱った漫画がヒットして子供にはやったことなど周辺の 事情を話、質疑応答、学習者たちの感想などを話し合って授業を終わる。) 授業後の記録:授業を通じて囲碁に心惹かれ、その後も熱心に取り組み始めたフランス人学習 者がいた。その学習者に、囲碁の魅力は何かと尋ねると、単純なルールとそれがもたらす無限の戦 略だと言う。わずか数日にして、囲碁の本質を見事に把握している。ステレオタイプを怖れつつも 敢えて言えば、東洋的な文化の要素を的確に学びえているのではないかと思う。 3.4.コースへの学習者の評価 コースについての学習者からの評価を、アンケート用紙による方法と評価会での話し合いという 形とでおこなった。アンケートでは、テーマに関しておもしろかったとか興味を持ったとかの観点か ら上位五つを選んで順位づけをしてもらった。 回数者が6名と少ないので統計的意味合いは小さいが、いくつかのはっきりした傾向はみられた。 まず、集中して評価が高いのが「俳句」である。半数の3名が一位とし、他の学習者を上位に挙げ ている。これについては、十年以上にわたる筆者の 経験の中だ、他のコースでも同様の印象がある。大きな要因として、俳句という素材が持つ文化的 な要素と言語的な要素の総合性があると思われる。 季題や歴史性、文学性を通じて触れられる日本文化の部分と、実際に俳句を作り選び解釈し共感 し楽しむという作業による「ことばの授業」の部分との、両方の満足が得られるのであろう。 ほかは、「初対面」が一位2人、二位1人、「まんが」が一位がら四位まで1人ずつで、あとは全体に ばらけている。興味の多様性からすれば、当然の結果と言えるだろう。 会議形式での評価でもっとも目立ったのは、「授業中の漢字が多かった」という不満である。

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文字理解への負担が、文化を味わい楽しむという作業の妨げになることを特に感じるようだ。また、 最終週にプロジェクトワークとしておこなつた「文集作り」が易しすぎて、意図や価値を認めつつも 時間を無駄に使った感を持った学習者が1人いた。全体的には、文化面の学習を中心にコースが すすんでいくことに新鮮さを感じ、高い動機を維持しつつ4週間を過ごしたと言えよう。3人のコメン トを転載する。

I think that the combination of host families and classes is a very good way to learn Japanese and discover Japanese culture. Your course were great.(フランス)

I had a great time this summer studying Japanese.(カナダ)

とてもおもしろい。I have studied many of these subjects before, but I needed the review. (アメリカ) 3.5. コースに対する自己評価 3.5.1 目標の達成度 本コースの主要な目標に「文化的な親和力を高める」を挙げた。 これの達成度を判断する根拠 としては、学習者の書き残したものや言動を個々に点検、観察することに尽きる。そして、日本人や 日本文化(あるいはあらゆる異文化)と接触する際に学者者が感じる障壁について、コースの開始 時と終了時でどの程度変化したと感じられるかそ評価基準とした。避けがたく主観的な評価となっ てしまうが、「極めて成功」を・、「おおむね成功」を・、「まずまず成功」を・、「わずかに成功」を・、不 成功を・とする五段階評価をすれば、・が4人、・が1人、・が2人、・が1人だと判断した。 特にレディネスが高かったフランス人学習者の一人は、コース受講後、本国での仕事をやめ日本 で生活するための仕事探しを始めた。事の成否•良否は別として、いかに日本文化に強くひきつけ られたかを示す事例である。また、「小さい世界地図が頭の中に描かれました」と文集に書いた韓 国人学習者の場合、異文化接触を積極的に受容し、コースのねらいをもっともよく表現していた。 一方、不調の部分の一つは、二回目の参加者である。再び受講したいと思ってもらうことは実に ありがたいことだが、変容の大きさという観点からはやはり低調な印象だった。もう一つは、日本語 の習熟度がかけ離れて高く、また参加の動機も文化的な側面より言語的な側面が強かったことに 起因する学習者である。この回のコースの目標達成度を自己採点すれば、100点満点の85点と いうところだろうか。 3.5.2. ボトムアップ処理的な要素との関わり 文化を中心としたコースデザインながら、1日目に「発音」、6日目に「単語」、11日目に「文」など 言語学習そのものの授業も入れてある。また、個々の授業においても、授業目標や学習項目に構 造シラバスの要素が織り込んである。さらに、授業例の「囲碁」では囲碁を楽しむ流れの中に「∼た ら」の文型練習ゲームが入っている。このようなボトムアップ処理的要素は、「文化教育の中の言語 教育」においてどう考えるべきだろうか。 一点目は、時間との関係である。3時間すべてを内容面だけに絞って運営するのは、学習者の 集中を維持することがむずかしい。たとえば囲碁がいかにおもしろいゲームだとしても、目先を変え る時間帯がどうしても必要となる。そこに言語面の強い活動を入れるかっこうになっている。

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3時間をはっきりと区切ってしまい活動内容も明確に分離する案もあるが、大きなじかんの括りの中 で学習者がゆったりと授業を受けていた印象があり、この点は良しとしたい。 二点目はより重要で、学習者の心理である。トップダウン処理中心の活動だけでコースを進めよう とすると、自己の学習状況をメタ認知しにくいことにほとんどの学習者が不安を見せる。構造シラバ ス的思考から学習者を完全に連れ出すためには、それに代わる強力な言語習得の実感が必要で あり、本コースはそこまで行き得ていないというのが認めざるを得ない現状である。 三点目は、さらに重要で、教育効果という側面である。第二言語を習得する際に知識面の学習や 文型練習的な訓練が有効か否かは、いまだ議論が分かれる。 フォーカス•オン•フォームという考え方の登場なども、その一例である。筆者自身は、文化的なテー マを巡る内容理解や意見表明、言語運用などの活動と言語知識•言語訓練に焦点を当てた行動に ついて、前者だけの授業も後者だけの授業も経験してきた。その結果として、現時点では両者を組 み込んだカリキュラムになっている。個人の経験で語るには大きすぎるテーマであり、この部分の自 己評価は困難に過ぎよう。当面、他の研究を学ぶほか、さまざまな議論を重ねてゆきたい。 4. 4.1. 「文化普遍性」への発展 現在まで実施してきたコースは、「日本文化」を中心に捉えてきた。日本語が目標言語の場合に 日本文化が表立つのは当然の成り行きである。しかしまた、より広い視野に立てば、あらゆる文化 間において、表面的な差異や根底にある共通性を意識化し自らを変革する、という「異文化教育」 そのものがあってしかるべきである。 前述の「囲碁」という題材でも、日本の将棋や西洋におけるチェス、あるいはタイ将棋などの東南 アジアでの将棋類なども取り込むことにより、各自の文化の表面的な違いと共通性とを発見すると いう作業にまで進めそうである。また、「俳句」にしても同様で、俳句はすでに、わかっているだけで も30か国 以上、、25以上の言語でそれらしきものが作られている。これだけ急速に浸透する裏には、それを 受け入れる何らかの基盤がそれぞれの文化にあるのではないだろうか。人間が持つ詩的感覚と俳 句の定型や季題がもたらすものとの関わりを見出していくことは、教師および学習者が「文化普遍 性」を発見する糸口になるように思う。 もう一つの具体例に、「カレー作り」がある。以前は日本での一般的なカレーを作るだけであった が、現実的な事情によりベジタリアンのためのカレーをあわせて作る計画に替えた。ところが結果と しては、内容的な広がりや深さが一気に増した。 ベジタリアンの考え方や生活について参加者全 員が体験をともなった理解を深められ、それまでとは違ったレベルでの好評を得たのである。ベジ タリアンも一つの文化ととらえれば、このような異文化理解のあり方は、コースの方向性を示唆して いると強く感じた。 この点について、日本語教育学会誌『日本語教育』118号にある牧野成一(2003)「文化能力基 準作成は可能か」が興味深い。そこでは、文化能力を超級、上級、中級、初級と基準化し、

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言語能力と文化能力を並行的に高めていこうとしている。仮に「文化能力基準試案」を受け入れる ならば、中級には中級の、上級には上級の「文化シラバス」があるべきである。その点から本コース を見た場合、一つのシラバス中に中級と上級が脈絡なく混在している現状はかなり未熟だといわざ るを得ない。また、文化能力の整理がきちんとなければ、「文化教育」と「日本語教育」との関連性も 語れない。「文化シラバス」がより具体化され実際のコースで機能し得ることにわずかなりとも貢献で きるよう、努力していきたい。 4.2. 日本語能力に差がある学習者と「文化」が持つ力 文化中心のコース運営の場合、日本語能力の部分で差の大きいクラスが発生することがある。そ の際、一般に感じる困難点として、言語レベルの低い学習者ほど言語面へ関心を向けたがるという 傾向がある。 その意識が文化への関心を下げてしまい、授業への参加度が低くなるのである。そ こから脱するためには、学習者の言語学習観や言語能力観をを拡大することが一つの重要な方向 性である。現在の外国語教育の状況では、語彙や文法、発音のなめらかさなどを言語学習の対象 ととらえている場合が一般的である。ところが、たとえば「俳句」の授業の中では、言語の違った面 (たとえば言語の「表出機能」とか「詩的機能」とか)があきらかな形で表れる。学習者同士も、詩とし ての鑑賞能力とか創作能力とかを互いに発見し意識し評価していることが、教師側から観察できる。 あるいはラジオドラマ作りで発揮される創造力とか演技力とかユーモラスとかなど、そういったもの すべてを使って「言語能力」が表れるよう工夫、努力しなければならない。 さらに別な例では、「お好み焼きを作ろう」という授業も思い出深い。最初かなり腰が引けていた日 本語能力が低くかつベジタリアンの学習者が励まされつつ参加しているうちにベジタリアン用のお 好み焼きが周囲の配慮でできていくことを除々に理解し、最後には笑顔でそれを口にするに至っ た。日常生活でも自分で作ってみると言う。授業の中での日本語の使用頻度もあがっていった。こ のことは、言語習得より文化理解が先、という冒頭の理念を裏付けているかのようである。結局、授 業で扱う素材をどれだけ魅力的に学習者に伝えられるかが、言語レベルを超えてクラスワークを成 立されられるかの要点だと実感されられる。 4.3.教師の養成 文化を中心とするコースを実施する場合、そのもっとも大きな課題は、教師の養成•確保である。 実は、テーマ別の評価は、当該授業の成否と密接に関わっている。文化の側面を中心に据えれば 据えるほど、教師がどのようにそのテーマと関わり得るかが重要になる。前述したように「俳句」が高 い評価を受ける別な要素に、筆者自身が俳句の実作者であり、俳句に関する評論活動を日常的 にしていることが大きく影響していることは見逃せないだろう。日本語教育としての能力とは別に、 扱うテーマにどこまで習熟しているかが問題になってくるのだ。たとえば生け花にしろ着物の着付 けにしろ、その技術の程度やそれに関する知識の度合が、当然授業内容に影響する。これまでの 有隣館のコースでも、テーマに関しての知識や考察が不十分だったために授業がうまくいかなかっ た例がある。

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たとえば、「映画」を題材にしたものの学習者側が話題に上げてくるいろいろな作品を教師が意外 と知らなかったため盛り上がりに欠けたけたケース、「日本の伝統的な農業文化」を扱ってみたがあ まりに専門的な内容で学習者の知識や興味とうまく結びつけられなかったケースなどがあった。 その一方、十分な知識や経験を持ち、その教師に限ってできるような内容のものは、予想以上の 成功を得ることも多い。職業としてガイドをしていた人による「日本語でガイドしよう」、昔ながらの遊 びをよく知る人による「花札」、歓楽街にくわしい人による「天文館」(鹿児島市内にある繁華街の名 称)で遊ぼう」などは、今なお印象深く残っている。 日本語教師としての基礎的な技術を持ち、かつ、その人なりの文化的な武器を持っている教師は、 容易に得られたり養成したりできない。付け焼刃の知識や技術で文化的な要素を扱っても、決して よい授業とはならない。やはり、積み重ねの中で、文化を中心とする授業運営のスキルを伸ばして いくほかはない。また、このような教師をだんだんと伸ばし増やしていくことが、コース全体の向上に つながる重要な部分である。 4.4. ニーズ分析のむずかしさ コースデザインの基礎になるのは、学習者のニーズである。本稿で取り上げているようなコースの 場合、これまで実地したものへの評価が次のコースにおけるニーズ分析の基盤になっている。しか し、新たなテーマを盛り込む際に、どのようなものがどのような関心を呼べるのかを知る確かな方法 はなかなかない。特に「文化」は、「言語」よりさらに幅広く細かく分かれていくことになり、ある人に 極めて高い関心を呼ぶものが他の人ではそうではないことも多々ある。クラスを構成する以上、最 大公約数的な要素をどう見いだしていけるかが最もむずかしい点である。本研修所内で得られる 情報のほかに、大学における「日本事情」等の授業への留学生の反応、在住外国人の普段の会 話内容、外国人旅行者の感想など、さまざまな要素に対してアンテナを張って考えているのが現 状である。 4.5. 学習者を評価する方法とレベル分け 「評価」について、本稿では主にコースデザインや教師への主観的な考察を行った。では、学習者 個々に対する評価はどのようにあり得るのだろうか。一つは「3.5.1. 目標の達成度について」に示 した観点からの評価である。これの評定者内および評定者間の信頼性を高めるために、複数の教 師が関与する評価表作りを模索してみたい。 さらに、予想になかった事に、一度参加した学習者が再び参加を希望してくるケースがある。現 在までコースデザインは基本的に一つで、それを改良しつつ繰り返し実施している。しかし、再参 加の場合まつたく同じわけにはいかず、重複する内容が多いことを説明したうえで部分的な変更で 対処してきた。だが、このことを発展的に考えれば、レベル別に二つ以上のクラスを設定するという 発想ができるはずである。測定にペーパーテストやインタビューテストがまったく無意味とは言えな いが、そこが際立つと本コースの主旨全体に誤解を与えかねない。まさに、「文化能力基準」がもっ とも機能すべき場面である。「文化能力」と「言語能力」に関してどのような測定が可能か、また到達 度テストあるいは熟達度テストとして実施しようとした場合どのような違いを考えるべきか、などこれ からの課題を多い。

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5.結び ここまで、「文化教育」という言い方を何度か使ってきた。しかし実際には、「文化とは何か」という根 本的な問いがそれ以前に存在する。筆者の当座の答えは、「人間の精神を快適な方へむけるため に人間が作り出すすべての現象」である。 かって、50以上の国籍の人々がいっしょに生活する空間に身を置いたことがある。そこでは文化の 違いが深く大きく明らかに存在し、極端なばあい、Aの文化では善であることがBの文化では悪であ ることすらある。そして、そこから深刻な争いや精神の危機も生み出される。ところが、そのような場 所にあってなお、多様な文化の多数の人々から信望を集める人物が自ずと現れてくる。そんな経 験から、あらゆる文化を通底する「文化能力」の存在について考えるようになった。人間が「文化的 に」生活したいと願うとき、人類に共通する「文化能力」の高い低いを我々は、無意識にでも判断で きているのではないだろうか。表面上は極めて多様であっても、深層の部分では何か共通の基盤 を利用して「文化」を獲得、判断、使用しているのだと考えている。また、このことは、「何をもって 『文化』とするか」という問いと並行して論じていけるように思う。 「文化教育の中の言語教育」という理念をあまりに大きな目標であり、実際におこなえていることとの 距離はまだ大きい。しかしまた同時に、実践を通じて理解し、達成できていることも大きいと実感し ている。言語教育の成功という二次的な目標のためにも、すぐれた文化教育とは何かという問いに ついての考えも深めていきたい。 なお、実践の場は「有隣館」であるが、鹿児島大学の非常勤講師として留学生の指導にも当たっ ており、その際、本論文で言及した経験や考え方、方法などを留学生センターでの授業にも活用し ているため、本報告書の一部とさせていただいた。また、2006年6月10日に鹿児島大学にておこ なわれた「2006年度第1回日本語教育学会研究集会」の際に筆者がおこなった発表は、本稿の 一部を抜粋し、関係うる具体的な事物を補ってのものであった。 したがって、それと重複する部分 があるものの、基となった原稿全体をここに掲載させていただくこととした。このような機会をあたえ てくださった留学生センター長の大嶋眞紀先生をはじめ、関係各位に感謝する次第である。 謝辞:本稿中におけるいくつかの観点は、プリンストン大学の牧野成一先生のご指摘により得られ たものです。ここに記して謝意を表します。

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参考文献 (1)牧野成一(2003)「文化能力基準作成は可能か」『日本語教育』118号 1−14 (2)牧野成一(1996) 『ウチとソトの言語文化学ー文法を文化で切る』アルク (3)細川英雄他(2002)『ことばと文化を結ぶ日本語教育』凡人社 (4)「21世紀の『日本事情』」編集委員会編(1999)『21世紀の『日本事情』ー日本語教育から文 化レテラシーへ』くろしお出版 (5)上迫和海(1996)「日本語教育と異文化教育」『鹿児島における日本語教育』(財)鹿児島県国 際交流協会 84−95 (6)上迫和海(1992)「初級後期学習者への俳句指導」『日本語教育学会秋季大会予稿集』115 −120 (7)上迫和海(2003)「外から見た『俳句』、内かあら見た『ハイク』」『日本事情テキストバンクー新 たな授業構築に向けて』[CD-ROM] 東京外国語大学留学生日本語教育センター第二部01文化02文学01俳句No.6

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