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J.S.ミルの『功利主義論』研究序説 : その1,ベンサムの倫理思想との関係を中心にして

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(1)∫.S.ミ ルの『功利主義論』研究序説 -その1,ベンサムの倫理思想との関係を中心にして泉. Introduction. to七he. 谷. 三. 周. 郎. of J.S. Mill's Utilitarianism. Study. 'ShuzabⅥ.ro lzロ班IYA. ま. え. が. き. おそらく古今の倫理学説のなかで,功利主義ほどその真意と内容とが,一般の人々によ ってほもちろんのこと,多くの学者によって誤解ないし曲解され不当に低い評価をうけて きたものはないように思われる.功利主義の本拠地であるイギ1)スにおいてさえも,功利 主義ほ常に「豚向きの哲学」とか「野卑下購な快楽説」などといった非難や喝笑をあびせ られ,真の倫理学説としては成立しえないものとして排斥されることが多かった。それだ けにイギリス以外の諸国においてほ,功利主義ほ正当に理解されるよりも常にゆがめられ 誤解されて受容される僚向が強くみられた。このことはわが国でも例外ではなく,今日に おいても,功利主義についての偏見ほまことに驚くべきほどである。ところで,明治の啓 蒙期に西周がJ.S.ミルのロtilitarianismを『利学』と題してはじめて紹介したときに 紘,訳者にほ功利主義のもつ意義をできるだけ忠実に伝え,わが国の躍進に役立てたいと いう姿勢があった。しかも彼ほ功利主義の単なる紹介に終始しないで,論文「人生三宝 ま. め. も. え. と. み. 説」を書き,ミルの功利主義に依拠しながら,三宝として健康,知識,富有をあげ,人間 ほ三宝を増進すること軒こよって人生の目的である最大福祉を達成できると主張してきわめ しかし,明治20年代になり明治政府の方針によって てユニークな道徳論を展開した1)o ドイツ哲学が精力的に導入されるようになるにつれて,英米哲学は一般的には批判・排 斥されるようになり,その影響力はしだいに械少するにいたった.功利主義に関していえ ば,その評価を決定づけたものとして,大正五年に出版された中島力造の著書『英国功利 説の研究』をあげることができよう.中島力造ほこの著書のなかで功利主義の弱点を列記 して批判し,功利主義を不完全な倫理学説と断定した2).それ以後,哲学者の間における 功利主義についての評価はきわめて低いものになったように思われる。このような風潮は 今日においても基本的には依然として継承されている.一例をあげるならば,われわれが 大きな書店で倫理学の研究書を手にとって開いてみると,英米倫理学に精通している学者 の研究書は別として,ほとんどの研究書ほ功利主義にごく簡単にふれて紹介しているにと *. 哲学倫理学教室(°ept.. of. Philosophy).

(2) 2. 泉. 谷. 周′三. 郎. どまり,その評価についてはきわめて低いのが一般的慣向である.わが国の倫理学暑がこ のように評価している以上,マスコミや一般の人々が功利主義という言葉を利己的で浅薄 な学説の意味に解釈し,使用していることはむしろ当然のこととも受けとられる。 ところが,英米諸国における倫理学の研究書や哲学雑誌をみると,分析哲学の圧倒的影 響のもとにメタ倫理学に関係する論文が数多く見出されるが,功利主義に関連するテーマ もかなりとりあげられて議論されている.とくに近年においてほ一部では功利主義-の関 心が高まりつつあるようにみられる8).わが国の学界の現状と英米諸国の功利主義-の関 心の強さに気づくとき,われわれは改めて次のような疑問にぷつかるのである。功利主義 とは,いったいいかなる思想で,なぜ主としてイギリスで興隆してきたのか。また功利主 義はなぜ曲解され,どのように誤解されてきたのか。それらの曲解や誤解の原因はどこに あるのか。功利主義の思想そのものにあるいは提唱者自身に欠陥や誤りがあったのでほな いか。またわが国では功利主義を理解することがそもそも困難な状況にあるのではなかろ うか。私はこれらの疑問をいつかあらゆる面で解明してみたいという野望をもっている が,本論ではこれらの疑問を念頭におきながら,J.S.ミルの『功利主義論』に至るまでの 思想形成を,とりわけペソサムの倫理思想との関係に重点をおいて解明してみることにし た。ミルの倫理学における主著である『功利主義静』を考察して,彼の倫理学体系をでき るだけ正確に理解するためには,いくつかのアブロ-チが考えられる.まず第一にほ,現 代倫理学の立場からいくつかの重要なテーマをとりだし,それに関するミルの思想を分析 して彼の議論の矛盾や論旨の-異性などを解明して,彼の倫理思想の現代的意義と限界を 明らかにするアプローチである.第二には,ミルの思想形成をベンサムとの関係を重視し て「ベンサムの哲学考」. 「ベンサム論」 「ヒューウェルの道徳哲学論」などを考察し,ミル. の『功利主義論』 -の道を解明するアプローチであるo第三には,第二の立場を前摸に しながら,ミルの著作『論理学体系』 『自由論』『宗教三論』などを考察して,ミルの主要 な思想とのかかわりのなかで『功利主義論』を把握しようとするアプローチであるo第四 には,カントの倫理学と対比しながら,ミルの倫理思想を考察して功利主義の意義と問題 点を解明するアブT,-チである.このように,ミルの『功利主義論』を解明するいくつか のアプローチが考えられるが,本論では,第一の立場をふまえて4),第二のアプローチを とることにした.ところで,ミルの思想形成をとりわけペソサムとの関係を重視して考察 するためにほ,その前揖として「功利主義」とはいかなる学説であるかということを一般 的に考察しておくことが必要である。というのは,功利主義という言葉もいくつかの意味 をもっており,それらの用法を正確に把握しておくことが,いくつかの誤解や曲解を避け ることにつながるからであるo 注. 1)大久保利謙霜,西周全集(第一巻)宗高書房. 『英国功利説の研究』大日本学術協会. 2)中島力遺著, Studies in Utilitarianism, Appleton 3) T.K..Ⅱearn; 4)拙稿「J.S.ミルにおける<功利の原理>の証明について」. Century. Crofts,. 1971,. p.. 1.. 『倫理学研究』(第19号),. 「J.S.ミ.

(3) 3. J.S.ミルの『功利主義諭』研究序説. ルによる快楽の量と質との区別について」 『哲学倫理学研究』東京教育大学紀要(第100号)秦 照.. 1.功利主義の定義とベンサム主義への非難 功利主義はいつ,だれによって,どのようにして提唱されるようになったかについて. 紘,学者によって意見がわかれるが,今日の英米諸国では,功利主義という言葉ほ,一般 的には少なくとも次のような三つの用法をもっている。第一の用法とは,功利主義を比較 「功利主義とほ, 19世紀の前半に 的広義に解釈するものであるoクイントソによれば, (イギリスにおいて)興隆した法律・政治・社会を改革するための運動ないしその運動の 「功利主義者と呼ばれ イデオロギー」として定義される1'。またプラメナッツによれば, た人々は,. 18世紀中頃から19世紀中頃にかけて,. 100年以上の期間イギリスで活躍し. た.フランスにもヨ-ロッ′くのほかの国にも功利主義者はいたが,この学説は本質的にイ ギリスのものである。実際,この学説ほ多彩な形をとりながら,道徳・政治理論に対して なしたイギ1)ス人の最大の貢献である2)。」 さらにプラメナッツほ,重要な功利主義者としてヒュ-ム,ベンサム,ジュ-ムズ・ミ ル,ジョソ・スチュアート・ミルをあげ,功利主義の学説を四つの命題で定義している8)。 彼の定義ほ,功利主義者に共通する見解を最大公約数的に四つの命題に集約して述べてい る点に特色がある。それらの命題ほ,功利主義者が重視したほとんどの信念を含んでお り,功利主義の核心をかなりの程度示しているといえようoプラメナッツのこの定義で注 目すべきことほ,この定義がホップズの利己的快楽主義(egoistic. hedonism)を排除し. ていることであろう。ホップズは,人間ほ自分の快楽だけを望み,自分の望むものをすべ Aという人の快楽ほBという て寺と呼ぶと主菜してい畠が,その意味ほ功利主義者が,. 人の快楽と同等に善であるという場合とは相異している。なぜなら,功利主義者ほ最大多 数の最大幸福をそれだけで望ましいものとみなしているからである。このことほ「自分の ために快楽を獲得することが人間の義務であるのと同じように,他人に快楽を与えること も人間の義務だ」ということを含意している。しかし,ホップズの理論ほそのようなこと を含意していない。今日でも,功利主義に反感をもつ人ほ,しばしば功利主義をホップズ 流の利己的快楽主義を含意するものとみなして非難する場合が多いように思われる。そ れだ桝こプラメナッツがその定義からホップズの利己的快楽主義を排除したことほ評価さ 「功利主義とは, れなければならない.功利主義の第二の用法とほ,スマートによれば, 最も一般的には行為の正(rightness)ないし不正(wrongness)紘,行為の潜果の善 (goodness)と悪(badness)によって決定されると主張する学説である.この定義ほ,わ れわれがさまざまな種類の功利主義を理解するにつれてさまざまな方法で一層正確にする ことができる4).」そしてこの定義において,行為を「個々の行為」と解釈すれば,行為功 利主義(act utilitarianism)杏,行為を「凌'る種の行為」と解釈すれば,規則功利主義 (ruleutilitarianism)を述べていることになる.行為功利主義は,それがエゴイスティッ クな仕方で解釈されるかいなかによって,利己的功利主義と普遍的功利主義に分類され.

(4) 4. 泉. 谷. 周. 三. 郎. る。スマートのこの定義にみられるように,功利主義は,最も一般的には結果主義者の原 堤(the. 結果主義者の原理とほ,行為の principle)を意味しているo 正ないし不正は,その行為の結果から生ずる結果の善ないし悪によって決定されるといら consequentialist. ものである.この原理ほ,プラメナッツの定義にも含まれており,どの功利主義者にも共 通する最も基本的な原理といえよう。それゆえ,功利主義という言葉がこの意味で使用さ れるときには,ベンサムやミルほもちろんのこと,快楽主義を支持しないG.E.ムーアや その他の功利主義者の多くも含まれることになる。これらの功利主義者は善ないし内在的 価値をどのように考えるかに関しては,意見を異にするけれども,行為の正ないし不正を その帰結,すなわち結果との関連で判断する点では共通している。功利主義の第三の用法 とほ,功利主義を倫理学の-学説として解釈し,しかもそれを結果主義者と快楽主義者の 原理(the. hedonist. principle)との結合とみなす場合である.快楽主義者の原理とほ, それ自体で善なる唯一のものほ快楽であり,それ自体で悪なる唯一のものは苦痛であると. 主張するものである。ベンサムやミルはこの立場に属するo彼らほ功利主義をこれら二つ の原理の結合としてとらえ,快楽と幸福とを同一視して最大多数の最大幸福を主張したの である。. 以上,功利主義という言葉が通常どのような意味で用いられているかを考察してきた。 次には本来であれば,なぜ功利主義はとりわけイギリスで興隆し,現代においても英米諸 国では依然として有力な倫理学説として影響力をもっているのか,という問題を解明する のが順序として適切であろう.しかし,この間題の解明にほイギf)スの風土,歴史,文 化,経済などに関する膨大な知識が要求されるだけでなく,哲学的にほギリシャ哲学およ びスコラ哲学,経験論などに関する諸問題を理解することが不可欠であり,軽々しく論ず べき問題でほないので,この問題ほ今後の課題として保留しておくことにしたい。そこで 次に,ベンサムが主著『道徳および立法の諸原理序説』. (1789)を出版し,. 19世紀前半に. ほ哲学的急進派の旗頭として「最大多数の最大幸福」をスローガンとして活躍したことに 対して,当時においてどのような非難や批判が与えられたかをいくつかの具体例をあげて 考察してみることにするo ベンサム主義に対する批判や評価を浮き彫りにすることほ, J.S.ミルのベンサムに対する態度を理解するための前提としてきわめて重要と思われる からであるo. School)の校長として,古典学偏重を排し, まず最初に,ラクピー・スクール(Rugby 数学,近代語などを教科課程にとりいれ,しかも学生の宗教的道徳的形成を重視して,多 数の心身ともに優秀な学生を輩出したことで知られるトーマス・アーノルド(Thomas Arnold,. 1795-1842)は,ベンサムの死去した翌年の1833年に知人-の手紙のなかで, 功利主義-の嫌悪を次のように語っている。. 「私ほフランスとイギリスの両国において,この運動(功利主義)を推進している連 中を,君と同様に心から憎みきらっているo私ほ現在イギリスでもてほやされている無 神論の功利主義を,ジャコバン主義とともに徹頭徹尾憎みきらっているo私の知ってい.

(5) 5. J.S.ミルの『功利主義論』研究序説. るかぎり,正々堂々と人の息子でほなくて神の霊を罵倒するこの連中よりも悪い奴はい. ない。彼らはキリストを憎んでいる。というのほ,キリストほ天上の着であり,彼らほ 悪魔だからである8)o」. シュヱイヴィソトによれば,この熱っぼい功利主義-の嫌悪感は,決してアーノルドに のみ特有のものでほなく,当時のキリスト教の指導者と哲学的急進派に反対する人々に共 通のものであった。また当時ミルと相対立する立場から,その時代の風潮を憂慮し,人々 に精神的に目覚めることを説いた代表的思想家にト-マス・カーライル(ThomaBCarlyle, 1795-1881)がいるo彼ほ功利主義を物質万能主義を蔓延させる命取りの細菌とみなし, 著書『衣服の哲学』 (1838)のなかで,次のように功利主義を非難している。. 「く義務〉という語には意味はないのか。われわれのいわゆる義務ほ,神よりの使者,. 神-の案内者ではなく,欲望と恐怖とで成り立ち,絞首台やグレアム博士の子宝嘩台か らの発散物で成り立っている,偽りの俗界の幻影であるのか。 ・-お前の論理の粉ひき 場に,神にも似た存在をさえ作りだす機械を有し,快楽という籾から美徳を挽きだそう とする,愚劣な言葉の売り手,動機を挽き砕く者よ,一私はお前に,否!と告げる。 ・-・われわれが美徳と称する英雄的霊感は,ある種の興奮,他人がそれによって利益を 得る方向にのみ泡立つ,血液のある種の泡沫にすぎないのか。私にほわからない。私に わかっているのほ,もしお前が幸福と名づけるものが,われわれの真の目的であるとす ●. ●. れば,そのときほわれわれはすべて正道を踏みはずしているのだ,というだけである6)。」 (傍点筆者). このように,カ-ライルは功利主義をきわめて愚劣な損得哲学とみなし,人々が功利主 義にかぶれているのを憂え,そのような精神的死滅から救うために,諦観をもち,神を愛 彼はその後も功利主義に対する攻撃を続 せよ,と説いて神との神秘的合一を主菜したo 汁, 1850年に出版した『現代のパンフレット』のなかでほ,功利主義を「豚の哲学」. philosophy)と巧みに戯酎ヒして非難し人々に多大の影響を与えたoイギ1)スで功利主義 という言葉が人々にしばしば嫌悪感をひきおこすのほ,カーライルの功利主義非難に負う ところが少なくないといわれているT).なお,カーライルの『衣服の哲学』は,最初1883 年に『フレイザーズ・マガジン』に発表された。ミルが1861年に『功利主義論』を発表 したのもこの#誌であり,この点は注目すべきことで,のちに論ずるつもりであるo次に マルクス主義者ないしマルクス主義に関心をもつ人々に,功利主義が浅薄なブルジョワ思 想にすぎないという強い印象を与え,それ以後の評価を決定づけたものとして『資本論』 (1867)におけるマルクスのベンサム批判があげられるo 「ベンサムは純粋にイギリス的な一現象である.われわれの哲学者ヴォルフを除いて 考えないでも,いかなる時代,いかなる国においてもこの平凡きわまるきまり文句がか. (pig.

(6) 6. 泉. 谷. 周. 三. 郎. くもうぬぼれて幅をきかせたことはなかった。功利主義はベンサムの発明ではなかっ た。すでにエルグェシウスその他18世紀のフランス人たちが警抜に語ったところを,. 彼はつまらなく再生産したにすぎない.たとえば,犬にとって何が有用であるか?を知 ろうとするならば,犬の性質を究めなければならない。この性質そのものは〈功利主義〉 によっては組立てられない。これを人間に適用していえば,人間のすべての行為,運 動,諸関係を功利主義にしたがって評価しようとするならば,まず第一に問題になるの は人間性一般であり,次には各時代に歴史的に変化をうけた人間性であるoベンサムほ 全く無造作に片づけるo --私の友-イネの勇気があるならば,私ほジェレミイ君をブ ルジョワ的愚昧の天才と呼びたいのだが8)。」. 以上,ペソサムの功利主義がどのような非難ないし批判をうけてきたかを知るために, 19世紀前半のイギリスにおいて,ベンサムの 三つの具体例をとりあげて考察してきた。 功利主義がイギリスのどのような階層の人々にどの程度の影響を与えていたかを知ること は,かなり困難な問題であるoそれゆえ,ここでほ先にあげた三つの例を手がかりにし て,当時のベンサム主義-の評価をある程度把握してからベンサムの道徳哲学を考察する ことにしたい。第一の例にみられるアーノルドの功利主義-の反感は,当時ベンサム主義 が保守的教育者,キリスト教会などによっていかに危険な過激思想として受けとられ,嫌 悪されていたかを示していて興味深い。このことはまたベンサムを旗頭とする哲学的急進 派が貴族的特権およびそれを支える原理の打破のためにかなり有力な活動をしていたこと を示しているとみなすこともできよう。第二のカーライルの功利主義批判ほ,とりわけ快 楽主義に向けられているo彼ほ功利主義道徳の普及に異常な捻どの危機感をもち,快莱主 義道徳の浅薄さを指摘し,神を愛することこそ救い-の道であることを強調している.わ れわれほアーノルドとカーライルの功利主義非難から,当時のイギ7)スでは産業革命の進 展とともに従来の伝統的キリスト教的価値観の動揺がはげしくなっていたことを推察する ことができる。第三のマルクスのベンサム批判ほ,その後マルクス主義者によって暗黙の うちにべソサム批判の典拠とされてきたものであろうと思われるが,ベンサムの人間観の 貧弱さを鋭く突いている点ではなるはどと思われるが,その批判が本格的に試みられたも のでないという制約もあって,ベンサム主義とはエルグェシウスなどの思想をつまらなく 再生産したに過ぎないと解釈している点についてほ,反ベンサム主義者の解釈を安易に踏 襲したものにすぎないといえよう。マルクス主義の立場からベンサムの思想に根本的な点 で積極的意義を見出すことは困難であるとしても,マルクスが法律改革者および貴族政批 判者としてのベンサムをそれなりに評価していないことにほ納得できないものがある9)o ところで,これら三人の功利主義批判に共通しているものとして,功利主義道徳の浅薄 さ,いいかえればベンサムにおける人間性論の貧弱さの指摘をあげることができる。そこ で本論では次にベンサムの人間性論の主要な点を,ベンサム自身の立場から考察してみた い。そのためにほ,まずベンサムが敵対する思想をどのように批判したかを知ることが必 要である。.

(7) 7. J.S.ミルの『功利主義論』研究序説 注. 1) 2). A.. UtilitarianEthics,. Quinton;. J. Plamenatz;. English. Macmillan,. tJtilitarians,. Basil. 1973,. p.. Blackwell,. 1. 1949,. pp.. 1-2. 堀田・泉谷他訳. 『イギワスの功利主義者たち』福村出版8貢. J. Plamenatz; ibid, p. 2 邦訳8貢.. 3) 4). I.J.C.. 5). p.206. A.P. Stanley;. Smart;. Utilitarianism;. The. Life. Arnold,. of 1965,. Co11ier-Macmillan,. Thomas p.. Encyclopedia. of. Philosophy,. ed. ∫.B. Schneewind,. Mill's. Macmillan, Ethical. vol.. 8,. Writings,. 1.. 6)宇山直亮訳『衣服の哲学』日本教文社19貫. 7)次の著書を参照せよ. W.i.ディヴイッドストソ著,掘・半田訳『イギ1)ス政治思想ⅠⅠⅠ』岩 波書店5貫. 岩波文庫87-88貢. 8) E.マルクス著向放逸郎訳『資本論』第1巻第4分冊 Government, W. Harrison; Introduction; A Fragment on Basil 9)次の著書を参照せよ. Blackwell,. 1960,. p.. xxi.. 2.ベンサムの倫理学体系 ベンサムはイギリスの法学体系の欠陥を暴露し,功利主義の体系を構築し,それを法律 に適用して法秩序と社会秩序の改革を日ぎした偉大な法律改革者であり,哲学的急進派の 指導者であったoまた彼は倫理学と政治学が自然科学と同じような精密科学の一部門にな りうると確膚し,精神界のニュートンになりたいという野}bをもっていた.ベンサムの評 価についていえば,われわれほベンサムがなによりも偉大な法律改革者であったことを評 価しなければならない。問題はベンサムの功利主義ほ,倫理学説としてどう評価できるか ということであるo. もちろん法律改革者ないし政治学者としてのベンサムに対しても批判. 的な人々もいたが,倫理学老としてのベンサムに対してほ経とんどの人が批判的であっ た1)o. ところで,ペソサムの倫理学体系はいったいどのようなものであったのか。このこ. とについて彼の主著『道徳および立法の諸原理序説』を通じて考察してみることにする。 ベンサムの道徳哲学の根底になっているのは,彼の心理学説と倫理学説であるoベンサム 「自然は人類を苦痛と快楽という,二人の主権者の ほ先にあげた主著の第一章の冒頭で, 支配のもとにおいてきた.われわれが何をしなければならないかということを指示し,普 たわれわれが何をするであろうかということを決定するのは,ただ快楽と苦痛だけである。 ・・-」空)と述べているo この文章は断固とした調子でしかもきわめて誤解をうけやすい表 現をとっており,しばしば批判の対象とされてきたものである。この文章から推察される のだが,ベンサムの,b理学説とは,. 「各人は彼自身の最高善を得るように行為する」とか. 「各人は彼自身の利益を日ざしてのみ行為する」というものであるS)。そして彼の倫理学説 の核心は,人間の究極的善とほ幸福であり,幸福とは快楽ないし苦痛の回避を意味すると いうものである。ペソサムほこの二つの学説にもとづいて,功利の原理を「その利益が問 題になっている人々の幸福を,増大させるように見えるか,それとも減少させるように見 えるかの傾向によって,すべての行為を是認し,または否認する原理4)」と定義し,この.

(8) 8. 泉. 谷. 周. 三. 郎. 原理を「最大多数の最大幸福の原理」と表現し,これこそ道徳および政治の究極目的であ ると主張したのである。それゆえ,功利主義は,倫理学説としては,最大多数の最大幸福 を正ないし不正の基準であると主菜する学説である。このように,ベンサムは人間性の根 本的特徴を快楽をもとめ苦痛を回避することであるという前授から出発して,最大多数の 最大幸福という倫理的基準を導きだしたのである.彼ほ「功利の原理」こそ唯一の正しい 原理であると確信し,それ以外のすべての原理ほ誤謬であるとして,このことを証明する ために,第二章で(1)禁欲主義(asceticism)の原理と(2)共感と反感(sympathy and. antipathy)の原理とをとりあげて批判したのである。. ベンサムに、よれば,禁欲主義の原理とは「功利の原理と同様に,その利益が問題となっ ている当事者の幸福を増大させ,またほ減少させるように思われる傾向にしたがって,す べての行為を是認または否認するのであるが,功利の原理とほ反対に,行為が当事者の幸 福を減少させる傾向をもつかぎりにおいて是認し,それを増大させる懐向をもつかぎりに おいて否認するような原理石)」を意味する.この原理ほ倫理学老と宗教家の一部の人々に よって信奉されてきた.それらの倫理学老ほ栄誉と名声を期待しで臨楽を非難したが,そ れ以上のことはしなかった。ところが,宗教家は来世での処罰に対する恐怖から苦痛を多 くうけることが価値あることだと錯覚してきた。しかし,ベンサムによれば,この原理ほ. 個人の行為の基準として信奉され考ことがたまにはあったが,統治の事業に適用されて徹 底化されたことほほとんどなかった。それで禁欲主義とは,もともとせっかちな人がある 状況のもとで生みだされる快楽が,長期的にはそれをうわまわる苦痛をもたらすのをみ て,快楽そのものの排斥が着であると思いこんだことに基づいている。したがって,ベン サムは禁欲主義を功利主義の誤った適用にはかならないと断定して,次のように批判する のであるo 「禁欲主義の原理ほ,どんな人間によっても,首尾一貫して追求されたことは けっしてないし,またそのようなことほ不可能である。この地球の十分の-の人々に,そ. の原理を首尾一貫して追求させてみたらよいoそうすれば,彼らは一日のうちに,弛球を 地款に化してしまうであろう」と8).ベンサムのこのような禁欲主義の批判をま,禁欲主義 者の本来の意図を考慮しないで,功利主義の立場から一方的に相手を攻撃している点に特 色がみられる。ワトソソも指摘しているようにT),本来禁欲主義の目的ほ,政治における それは別とLて,苦痛をもたらすことでほなく,自己苦行によって肉体の快楽を超越する ことにあったのであるo. ベンサムほ,次に共感と反感の原理をとりあげて検討する。彼によると,この原理は当. 時統治の問題に多大の影響を与えていた.それでは共感と反感の原理とは何か。ベンサム によれば,共感と反感の原理とほ「ある行為を--単にある人がその行為を是認またほ否 認したいと思うゆえに,是認または否認し,その是認や否認をそれ自体として十分な理由 であると考えて,なんらかの外部的な理由を探し求める必要を否定するような原理を意味 する8)。」つまりこの原理は,道徳的にほ,ある行為ほiそれが善であると感じられるがゆ えに善であるというものであり,政治的にほ,否認の程度に応じて刑罰の量を計算すると いうものである。ベンサムほこの原理を現実の原理ではな・く名前だけの原理,すなわち他.

(9) 9. ∫.S.ミルの『功利主義論』研究序説. のすべての原理の否定を意味するために用いられるものとみなして批判するo彼によれ ば,善悪についてのさまぎまな思想体系はすべてこの原理に還元することができるoある ものが正しいということは,たとえば,. -チソソによれば道徳感(moralsen8e)によっ. て,ビーチィ一によれば常識(commonsense)によって,プライスによれば悟性(underLaw. of. standing)によって,われわれに告げられる○また他の人々は自然法(the of Reason)などに訴えるoベンサムによると,これら Nature)ないし理性の法(Law. の思想体系は,言葉はそれぞれ異なっているが,その原理は同一であるoそれらは外的な 基準に訴えるのを避けて,思想家の是認や否認の感情をそれ自体として十分な理由である として,他の人々に押しつける点で共通しているoところで,共感と反感の原理ほ厳しさ と寛大さという点でしばしば誤りをおかすのである。前者の場合の誤りとほ,刑罰に値し ない場合に刑罰を科したり,またはある刑罰に値する場合に不当に重い刑罰を科したりす ることである。後者の誤りとは,手近かで目立つ害悪にほ反感をもつが,遠くて日立たな い害悪には反響しないということであるoこのようにして,ベンサムほこの原理が最後の よりどころとしているのほ,主張者の直観的感情であり,したがって行為の客観的基郵こ なりえないと断定するのであるo最後に,善悪の基準について神の意志に訴える神学的原 理(the. tbeologieal. principle)が検討されるoベンサムによれば,この原理は功利の原 理,禁欲主義の原理,共感と反感の原理のどれかが別のかたちをとって現われたものでし かないoここで神の意志とは,ある命令が別の原理の命令に一致するゆえに神の意志と推 定されるということである。しかも別の原理とほ前記の三つの原理のどれかであるoこう して,ベンサムは「啓示を問題外とすれば,神の意志といわれる何ものによっても,善悪 「永続することのできる行為の唯一の正しい に光明をもたらすことができない」と述べ, 根拠ほ,けっきょくのところ功利性の考慮である9'」と結論するのであるo このように,ベンサムは共感と反感の原理の検討においても;それぞれの思想内容を考 察して批判するというよりも,功利の原理こそ唯一の正しい原理であるとの強い確信に基 っいて,従来のさまぎまな思想体系をすべてひとまとめにして,それらは言葉は異なって いるが仮面をかぶった独断論にすぎず,その原理は同一であって結局はその思想家の感情 や意見を押しつけるものにすぎないとして排斥するのであるoベンサムのこのような敵対 理論に対する態度ほ,のちにミルによって彼の欠陥として批判されるが,われわれはミル 自身がかってほベンサムの敵対理論をしりぞける断言的やり方に感激してベンサム主義者. になったという事実を見落してはなるまい10'.草たベンサムが敵対理論をこのよう甘こして 徹底的に排斥したことが, 「最大多数の最大串福」をして,前の世代に対して「自然法」が 果たしていた役割を演ずることを可能にさせたということも忘れてはならないだろう11'o っソサムはこうして敵対理論を一掃したあとで,快楽主義に基づく倫理学体系の構築にと りかかり,苦痛と快楽との四つの制裁,快楽計算,快楽と苦痛との種類などについて論じ ている。だが,われわれはこれらの問題を省略して,ベンサムが行為の道徳性をどのよう に考えていたかを考察することにしたいoというのは,行為の道徳性についての評価ほ, 一般的にはその動機そのものによってその善悪を定めるか,あるいはその結果によってそ.

(10) 10. 泉. 谷. 周. 三. 郎. 九を定めるかにより「動機論」か「結果論」かという重要な倫理学の問題を提起するから であるoそれゆえ,ベンサムが意図と動機とをどのようなものとして考えていたかを中心 にして解明していくことにしたいo 『道徳および立法の諸原理序説』の第七草以下で,人間の行為一般が考察されているo ベンサムによれば,ある行為の道徳性を評価するにほ,われわれほ次の6っのことを区別 して考慮しなければならないoそれらほ,. (a)なされた行為そのもの, (b)その行為がな された際の諸事情, (c)その行為にともなったと思われる意図(intentionality), (d)その行 為にともなったと思われる意識(consciousness), (e)その行為を生みだした特定の動機 (motive)I (f)その行為が表現する気質(di革pOSition)である。このように,べ./サムに とってほ意図と動機とほ同一のものでほない。彼によると,意図ほ行為そのものないし行 為の結果に関係をもっているo意図が行為に関係をもつとき'その行為ほ意図的な行為と よばれ,意図が結果に関係をもつとき,その結果ほ意図的な結果とよばれる。さらに意図 が行為と結果の両方に関係をもつとき,行為の全体が意図的であるとよばれる。だが,行 為が意図的であっても結果が意図的でないこともしばしばありうる。たとえば,. Aという. 人がBという人に危害を加える意図をもたないが,. Bに触れる意図をもち結果としてB に危害を加えた場合である。またある行為の結果が意図的であったとしても,その行為の すべての段階において意図的でない場合もありうる.しかしながら,ある行為そのものが 最初の段階において意図的であることなしに,その行為の結果が意図的であることほあり えない。ある人の意図がよいとか悪いとかいう言葉がしばしば聞かれるが,ベンサムによ ると, 「厳密にいえば,よいとか悪いとかいうことができるのは,そのもの自体すなわち. 苦痛またほ快楽についてだけか,あるいほその結果によって,すなわち苦痛や快楽の原 因,または苦痛や快楽を阻止するものについてだけであり,それ以外によいとか悪いとか いうことはできない。. --ある行為をしようとする意図の効果は,われわれが結果という 名前で述べてきたものと同一の対象であるoそして意図の原因ほ動機とよばれる12,Jので あるoそれでは動境とはいったいどのようなものでどのような働きをするのだろうかoベ ンサムによれば,動機とほ最も広い意味でほ,行為を生みだしたり,またほ阻止する原動 力を意味するoところで,われわれが閑Jbをもつ唯一の動機とは,意志のうえに働きかけ る性質をもつ「実践的な動機」である.われわれほ一般に動機について,よい動機ないし 悪い動機からなされたと述べるoベンサムはその善悪について次のように説明する.. 「動. 機が青または悪であるのほ,ひたすらその結果(effect)によるのである.すなわちそれ ●. ●. ●. ●. ほ快楽を生みだし,またほ苦痛を避ける傾向のために着であり,苦痛を生みだし,また快 楽を避ける腐向のために悪なのである.ところで,同一の動機から,そしてすべての種類 の動機から,よい行為や悪い行為やどちらでもない行為が生みだされる場合がある18)。」 以上がベンサムの意図と動機についての見解であるが,こ、のように意図と動機とを区別 し,しかも動機を一層細く分析し,動機の善悪ほもっぱらその結果によるという学説に は,重大な#J点があるように思われる14'.ミルがこのようなベンサムの倫理学体系をどの ように批判し克牒しようとしたかを次に考察してみることにする。 ′.

(11) ll. J.S.ミルの『功利主義論』研究序説 注. 1)次の著書を参廃せよ.閑嘉彦著「ペソサムとミルの社会思想」世界の名著38中央公論社9貫, Octagon Books, 1966, pp・ 9-10・ Bentham. Baumgardt;. 2). I.. Bentham;. Blackwell,. An. and the lntroduction. 1960,. Ethics to. of. Today,. Principles. the. of. Morals. A.J.. Mill,s. Introduction;. Schneewind; Aver;. 81貢・. 125山下重一駅『道徳および立法の諸原理序説』世界の名著38. p.. 3)最初の定義はシュニイヴィソトの,後者の定義は-イヤーのものである・ J.B.. Basil. andLegislation・. Macmillan,. PhilosophicalEssays, to. 4). I. Bentham;AnIntroduction. 5) 6) 7). I. Bentham;. ibid,. p.. 132. ∫. Bentham;. ibid,. p.. 186. J. Wat80n;. Bentham;. the. Collier. EthicalWritings, 1965・. Principles. of. p.. Books,. 1965,. 8・. p・. 250・. Legislation・. Momiand. p・. 126. #. 訳89貫.. Cass,. 8). 1974,. p.. 邦訳89貢・ 邦訳94瓦. ed・ B・. Jeremy. Parekh;. Ten. Bentham. Critical. Essays,. Frank. 63. to. J. Bentham;AnIntroduction. the. Principles. of. Morals. and. Legislation・. p・. 138邦. 訳94貢. 9). J. Bentham;. 10). ∫.S. Mill;. ll) 12). ibid,. p.. 146. 邦訳104-108頁・ JI Stillinger,. Autobiography'ed・. 0Ⅹford. 朱牟田夏雄訳『ミル自伝』岩波文庫・ E.I.カー著,井上茂訳『危機の二十年』岩波書店83昆 ∫. Bentham;. lntroduction. An. to. the. Principles. of. 1971・. Paperbacks,. Morals. and. p・. 41・. Legislation,. p・. 205邦. 訳164貢. 18). J. Bentham;. ibid,. p.. 129. 邦訳177貢・. なお,ペソサムは人間の行為と動機との関係を図示すれば次のようにとらえている・. 人間の行為<窺篇謂莞<憲慧幣完領表哲警蒜最戸的な動磯'. 動模<譜謂慧=麓警報暮雲韻謂完腎語音韻警警姦蓬謂姦となる. 14)マポットはこの問題を功利主義の重大な難点として指摘している・ J.D.. Mabbott;. An. lntroduction. to. Ethics,. =utchinson. University. Library,. 1966,. p・. 21.. 3.精神の危機および「ベンサムの哲学考」 ミルが熱烈に尊敬し追従していたペソサムの思想に疑いをいだくようになり,改めて人 1826年にはじまるいわゆる「精神の危境」であ 生の意味を問い直すことになったのが, -「ロンドソ る。精神の危横の直接の原因ほ'東インド商会に勤務するかたわら,研究会, 討論協会」の主宰'ペソサムの秘書としての仕事などの激務による心身の衰弱であったと 思われるが1,,その決定的原因が何であったかについては諸説があるoだが,そのいずれ の説も推定の域をでておらず,ほっきりと断定することは困難であるoしかしながら,当 時のミルがベンサムの功利主義-の不満を強めていたこと,および父ミルの重圧に対して 反発を強めていたことは明らかで,これが精神の危境の主要な原因であったことほ疑う余 地がないだろう。ミルほ相伝』のなかで,精神の危機がもたらした変化として,第一 に,彼の幸福観が大きく変化したことをあげているo彼ほ幸福が行動の基本原理であり人.

(12) 12. 泉. 谷. 周. 三. 郎. 生の目的であるという信念は依然として保持していたが,幸福とはそれを直接目的にしな い場合に,かえってその日的が達成されるものだ,という「快菜主義の適齢」に気づい たのであるo第二に,ミルほ個人の内的教養が人間の率福にとって第一義的に重要なもの であることを認識し,内的教義の糧としての詩や芸術の意義を理解したことである。ごく 簡単に要約すれば,精神の危機とほ,ミルにとってベンサムの提唱した功利主義に疑問を 感C・その克服の必要性に気づいた時期であり,他面でほ,父ミルの重圧に反発して自己 を見つめほじめ,自己の思想形成を目ざして模索しほじめた時期であったといえよう。精 神の危機後,ミルは1830年前後にサン・シモン主義者と知り合い,歴史理論と社会理論 の面で多大の影響をうけたoシュニイヴィソトによれば,ミルがサン・シモン主義者から 学んだ歴史理論と社会理論とは,彼の倫理学についての著作を理解する際にきわめて重要 である8)o彼らの見解によれば,すべての歴史ほ組織期と批判期の二つから成っている. 組織期には,社会は安定し能力ある人々によって導かれ,広く承認された意見によって結 合されているo他方,批判期には,社会の結集力であった古いきずなは徐々に消滅し,人 々ほ彼ら自身で考えるようになり,賢明な人の指導を拒絶するこうになる。こうして承認 された確信が失なわれ紛争が多くなるQやがてその中からより進んだ新しい確信が徐々に 増大し・安定した社会が再び現われる。この理論の特色は,思想が社会の変化と安定にお いて重大な役割を演じていることであるQつまり意見(opinion)の分化ほ社会の変化を もたらし,意見の一致ほ社会の安定をもたらすのであるoミルはこの見解から彼の時代を. 批判期と主らえ,自己の使命を批判期の教訓を吸収し,新,LL、社会状態-進むためにその 時代の進歩を援助することであると考えたoシュニイヴィソトほ,ミルのこのような歴史 観が,彼の倫理学説の発表に次のような二つの問題を提起したと解釈している。最初の問 題ほ,ミルがどのような倫理学体系を構築し発表しても,批判期にほその理論を承認して もらうことほできないということであるo. 「それゆえ,ミルは大衆のまえに彼の倫理理論 を捉出するのに際して,最初に体系的論文を発表しなかったoそのかわり,彼ほさまざま な論題についての数多くの論文のなかで彼の倫理理論を提示した○. --ミルが彼の倫理理 論についての完全な説明ともいうべきものを『功利主義論』のなかで提示したのほ,晩年. になってからであったoそしてそのときまでに,ミルは大衆の心の状態は幾分改善された と考えるようになっていた4)o第二の問題は,新しい社会状態に適切な倫理理論を公式化 するということであったo. 「ミルほ新しい第一原理をもとめなかった.彼の目的はむしろ 古く狭い功利主義を一党派のイデ-ギーから一つの包括的な見解-と移行させることで あったoそして功利主義ほ不和を生ずるスローガンでほなくて,人生を統一する哲学(a life)として貢献できることを示すことであったの。」このシュ品 イヴィソトの解釈が適切かいなかほのちに論ずることにして,この解釈に留意しながら,. unifying. philosophy. of. ベンサムの倫理学体系に対するミルの批判を考察していくことにするo 精神の危機以後,彼の心にうっ環しつつあったベンサムの思想に対する不満と批判と 杏,父ミルが読んで不興になることをおそれたミルほ,匿名でブルワ-の編纂した論文集 『イギリスとイギリス人』に論文を1833年に発表したoそれが「ベンサム町哲学考」.

(13) 13. J.S.ミルの『功利主義論』研究序説 (Remarks. on. Bentham's. Philosophy)であったo. ミルほこの論文でベンサムの第一原 「幸福-その言葉によって快楽および苦痛の回避を意味. 理を次のように要約している. するのであるが-こそ,それ自体として望ましい唯一のものであり,他のすべてのもの. したがって,最大可能の幸福を はその目的に対する手段としてのみ望ましいにすぎないo 生みだすことが人間のあらゆる思想と行動の,ひいてはあらゆる道徳と統治との唯一の正 しい日脚)」である.ミルによれば,ベンサムほこの第一原理の基礎については深く立ち 入らないで,従来の形而上学者の見解をそのまま踏襲するにとどまっている。しかも功利 性以外の道徳原理に対しては,それらは功利性-の考慮を瞭然のうちに含んでいるという だけで全面的に排斥しているo. ミルはまずこの点にべソサムの欠陥を見出すのである。彼. はベンサムの敵対する理論を排斥するやり方ほ不公平であるとし,. 「他の人々の思想に関. する知識と評価とが不完全であることがベンサムの最大の欠陥であるが,その欠陥ほ彼が 反対者の意見の影ばかりつかまえて,真の実体ほ傷つけないで残していることにたえず示 されているわ」と批判するo次に,ミルはベンサムの功利主義の重大な誤りとして,功利 の原理を狭く解釈してある特定の結果の原理と混同していることを指摘するo. 「ベンサム. は実際上きわめて大きな程度まで,功利の原理を特定の結果の原理と混同し,習慣的に特 定の種類の行動に関する彼の是認や非難の評価を,その行為がもしも一般的になされたな らば,それ自体としてもたらすと思われる結果だけの計算から行ったo彼ほそれ自体の特 定の結果において,当事者自身や他の人々に対して必然的または蓋然的に不幸を生みだす と証明できないような行為や習慣は,十分に正当化されるという考え方をほぼ例証し・こ のような考え方をきわめて広範囲に普及させることに貢献した8'o」ミルによれば,行為や 習慣がそれ自体として必然的に危険でないとしても,それは危険な性格の一部を形成する ことがありうるし,また最大事福に貢献するある性質を欠いていることも考えられるo たがって,行為と行為者の精神状態との関係,ある行為と他の諸行為との関連などを無視. し. しては,その行為自体の結果に対する評価もきわめて不完全なものになってしまうのであ るo. ミルほ,とりわけベンサムが動焼や気質などを論じた際,人間の性格形成に対する洞 察力の重要性および人間性の内面的な動きに関する知識の重要性に気づいていなかったと ころに,倫理学者としての欠陥を見出している。しかしながら,ミルによれば,このよう な欠陥は立法分野におけるベンサムの思考の価値を本質的に減殺するものでほないoとい うのは,ベンサムが注目している行為の結果とは,経とんどが立駄に関係するものであっ たからである。われわれはこの点においても,ベンサムが倫理学着であるよりも,法律改 革者であったという事実を見出すのである。こうして,ミルは人間性の分析者としてのベ ンサムを高く評価することほできないとし,その理由として彼の行為論をとりあげて批判 するのである。. ミルによれば,ベンサムは,すべての行為は予想される苦痛と快楽,つまり行為をなし たあとで期待される苦痛と快楽によって決定されると考えていた。しかし,このような考 「われわれの行為を決定する苦痛や快 え方を真理とみなすことはできない。というのほ, 楽には,行為のあとにくるものも」それに先立つものもあるからであるoとはいっても,.

(14) 14. 泉. 周. 谷. 三. 郎. ミルはベンサムの主張を全面的に否定するのでほない。その理由は,人間はある犯罪をし ようと思ったとき,刑罰に対する恐怖や犯罪をなしたあとに襲ってくる良bの苛真に対す る恐怖から,その犯罪を思いとどまることもあるからである。しかも大抵の人は,、ある犯 罪をしようと思うこと自体に苦痛を感じてその犯罪を思いとどまるのである。つまりこの ような場合,行為は行為のあとに期待される苦痛によってではなく,行鄭こ先立つ苦痛に よって中止されるのであるB)。」さらに,ミルほベンサムが動機,すなわち欲求と嫌悪とを 数えあげて「行為の動機表」をつくったことにふれ,動機を数えあげるという考え方その ものが誤っていること,および動機表にほ「良心」などが含まれていない点に不満を表明 している。ミルによれば,ベンサムほ,人間の行動ほ常にその人の利益によって決定され ると考えていたが,決して普遍的な利己主義を主張しようとしたのではなかった。なぜな ら,ベンサムは同情の動機というものを利益として数えているからである。むしろ問題な のは,ベンサムが利益(interests)という言葉で自己に関する利益と社会的利益とを区別 して用いていることである。この言葉は,通俗的にほ自己中心的な利益の意味で用いられ ており'この言葉の使用法がベンサムの思想を利己的快楽主義として解釈するように導く のである。しかもベンサムほ・『誤謬論』のなかで次のような主張をしている。 「すべての 人間において,自己に関する利益ほ社会的利益よりも,また各人の個人的な利益は他の人 々全部の利益よりも優越的である1の。」ベンサムがこのように人間性における利己的原理 の優越性を主張したことを,ミルほきわめて深刻な害悪を人々に与えてきたし,現に与え ていると憂慮するのである。 ミルほ'ベンサムの人間性論をこのように批判したあとで,倫理学の課題を次のように 述べている。 「倫理学の著書ほ,主として徳性の感情の弱い人々のために必要なのであり, それにふさわしい仕事はこのような感情を強化することである。しかし,このような課題 をはたすためにほ,倫理学の著書ほあらゆる文節において,人間の徳性の能力に対する強 固で揺ぎない確信を第一にもつこと,第二にそれを示すことが必要である11'。」この文章 には'ミルが精神の危機を契機に,感情の陶治,性格形成,内的教養などの重要性を痛感 し,これらを深く考慮するに至ったことが明確に示されている。最後に,ミルは論文「ベ ンサムの哲学考」のなかでベンサムの思想を厳しく批判しているが,功利主義そのものを 拒否していないことを留意しなければならない。この点について,プリーストリーは次の ように述べている。. 「ミルほ,彼が攻撃している思想は真の学説でほなくて,誤った心理. 学,つまり人間性についての誤った見解の上にたてられた誤った学説であると主張してい るo要約すれば,ミルはその宗教全体を拒否する異端者のタイプではなくて,自己を異端 者としてではなくて,彼以前の先駆者の見解の狭さによってその伝達においてゆがめられ た真の信仰の説明者とみなすタイプである12)」と. 注. 1)山下重-著『J.S.ミルの思想形成』小峯書店114-120貢参鳳 ■2)小泉仰著「J・S・ミルの幸福と快楽主義的背理」. 3). J・B・. Schneewind;. Introduction;. Mill's. 『哲学』(第46集)三田哲学会参照. EthicalWritings,. pp.. 13-15..

(15) 15. J.S.ミルの『功利主義諭』研究序説 4). I.B.. Schneewind;. ibid,. pp.. 5) 6). I.B.. Schneewind;. ibid,. p.. J.S.. Mill;. University. 7) 8) 9) 10) ll) 12). Remarks of. Toronto. on. 16-17. 17.. Bentham's Press,. Philosophy;. 1969,. p.. Essays. on. Religion. Ethics,. Society,. and. 5.. 『アメリカの民主主義』より,未来社99貢. 山下重-訳「ベンサムの哲学」, J.S. Mill; ibid, p. 6 邦訳102貢. J.S. Mill; ibid, pp, 7-8 邦訳104-105貢. .ミルはここで,行為がときには熟慮された意識的な目的によって決定されることもあり,とき にほ衝動によって決定されることがあることも考慮している. on Bentham's Philosophy, ∫.S. Mill; Remarks p. 14 邦訳118貫. J.S. Mill; ibid, pp. 15-16 邦訳121京. Introduction; Essays on Ethics, F.E.L. Priestley; Religion and Society, p・ Ⅹv・. 4.. 「ベ. ン. サ. ム. 論」. 精神の危機以後の10数年間にわたるミルの思想的成長のあとを如実に示しているの が,. 1838年と1840年に発表された「ベンサム論」. (Bentham)と「コール1)ッジ論」. (coleridge)であるoこれらの論文は,父ミルの死後はじめて発表され,しかもミルの思 想形成-の苦闘のプロセスを示している点セ,ミルの思想における独立宣言ともいうべき ものである。ミルは「ベンサム論」の冒頭で,イギリスが最近二人の偉大な思想家,ベン サムとコールリッジを失なったことを告げ,両者を比較対照しながらその業績についてふ れたあとで,ベンサム忙ついて語りはじめるo ミルによれば,ベンサムほ,イギ1)スの憲 法・法律・諸制度のもつ矛盾と不合理をあからさまな言葉で攻撃し批判した最初の人であ 「イギリス革新の父は,その学説においても制度においてもペソサムで った。それゆえ, あるo彼は当時のわが国における偉大な破壊的(subversive).思想家であり,大陸の哲学 者たちの用語にしたがえば,偉大な批判的思想家1)」であった。だが,ベンサムは,単な る破壊的・否定的思想家でほなくて,誤謬に対応する真理を代置することができないうち 紘,誤謬を攻撃しないという点で,積極的で建設的な思想家でもあった。またこのことこ そ,ベンサムがヒュームとはちがって,精赦さと批判的分析能力の欠如にもかかわらず, 広範で永続的な影響を与え続けている理由でもあった。こうして,ミルはペソサムの思想 家としての意義を,次のように要約するのである。ベンサムほ,偉大な哲学者ではなくて 哲学における偉大な改革者であった。いいかえれば,当時の混迷のなかで模索していた倫 理学と政治学に画期的影響を与えたのほ,ペソサムの学説ではなくて彼の方法であった。 「ベンサムの仕事の斬新さと価値とを構成するものは,彼の思想でほなくて彼の方法であ った。われわれは彼の思想そのものについてほ,明らかにその大半を拒否しなければなら ないが,たとえその全部を拒否しなければならない羽目におち入ろうとも,ベンサムの方 ●. ●. ■. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. 法だ桝王あらゆる価格を超越する価値をもっている.ベンサムの方法は簡単に細目法(the それほ部分に分割することによって全体 method of detail)として記述されるだろうo 杏,事実に分割することによって抽象的なものをとり扱おうとする方法である。. --この. ●.

(16) 16. 泉. 谷. 周. 三. 郎. 方法にどのような独創性があったにせよ-ベンサムがそれを適用した主題のなかに,普 た彼がそれに固執した厳格さのなかに最も偉大な独創性があったoここから彼のほてしな い分類が生じた2'」 (傍点筆者)このように,ミルは哲学者としてのベンサムの独創性を思 想にではなくて,細目法という方法を哲学に導入した点に認め,新しい方法を捷唱した 「片目の人」として評価した.しかし,ミルのこの解釈にほ疑問を感ぜざるをえない3'o ミルはベンサムが提示した方法の独創性を賞賛するが,その方法ほ知識の保持には有効で あるとしても,彼の知識を完全にするものではないとして,ベンサムの人生観と人間性論 を検討しほじめるo. ミルによれば,倫理学や政治学に従事する老ほ,まず人間性と人間生 活について十分な知識をもっていなければならないoそこでこれらの分野に身を投ずる者 ほ,第一には,人間性と人間生活に精通するように努めること,第二にほ,他の学派ない し思想家から教訓を学びとる能力をもつことが必要であるoところが,ベンサムはこれら. の点を不十分にしかもたないか,あるいは完全に欠如していた。これがベンサムを哲学者 として不適任にしたのである。彼の人間性論と人間生活に関する見解ほ,徹頭徹尾経験的 であったし,しかもそれほ進境も激情も知らない平坦な人生を歩んだ人の経験論であっ たoさらにべソサムほ,他の学派の思想について,それらほ正確な知識をほとんど含ま ず,そこにほ何一つ教訓を見出すことができないと確信していた。したがって,ソクラテ スやプラトンのような優れた過去の思想家に対しても理解しようとする姿勢がないばかり か,むしろ軽蔑感をいだいていた。ミルはベンサムの人生観と人間性論の問題点を次のよ うに指摘している。. 「ベンサムは,哲学のための非凡な才能と哲学に対する驚くべき欠陥とをあわせもっ た人であった。すなわち彼のもっている諸前提から,正当であるばかりか正確で特殊的 で十分に実用にも役立つ結論をひきだすことにかけては,だれにもまさる適任者である が,人間性と人生とに関する一般的概念が狭睦であるために,はなほだ貧弱な前提しか もっていない人であった4)。」. 「ベンサムほ人間が精神的完成を一つの目的として追求しうる存在であることを少し も認めていない。すなわち人間は,それ自身の内的意識からでてくる善-の希求と悪の恐怖によって,彼自身の性格が彼の卓越性の基準に一致することを,それ自身のため に欲求しうる存在であることを少しも認めていない.良bという一層狭い形においてさ え,人間性におけるこの重大な事実が彼の注意をひきおこすことはなかったb'o」. このように,ミルはベンサムの人生観および人間性論の限界を指摘する。ミルによれ ば,道徳とは二つの部分,すなわち自己教育(self-education)と外部的行動の規律 (regulation)から成るものである.自己教育とは,各人がみずから自己の性情と意志と を訓練することであるo残念なことに,ベンサムの思想には,この自己教育の部分が完全 に欠落していた。それゆえ,ベンサムの倫理学体系はどうしても披行的でゆがんだものに ならざるをえなかったのである。次にミルほ,最も重大な問題である「功利の原理」に言.

(17) 17. ∫.S.ミルの『功利主義論』研究序説. 及する。彼は,ベンサムと同様に,功利の原理を支持することを表明するが,この原理を 主張するだけでほ,倫理学の正しい思索は不可能であるとして二次的目的の重要性を指摘 するo 「われわれほ功利性ないし幸福はあまりにも複雑で不確定な目的であって,さまざ まな二次的目的の妓介なしにほもとめられないと考えるoしかもこの二次的目的に関して 紘,究極の基準について異なる意見をもつ人々の問でも一致がありうるし,実際に一致が ある¢,o」ミルが二次的目的の重要性を強調したことほ,規則功利主義につながる点で注 目すべきことであり,また精神の危機以後におけるコールT)ッジ,ゲーテ,カーライルな どとの精神的交流の影響を歴然と示すものといえようT'.さらに,ミルはベンサムには功 moralists)に共通な誤りがみら. 利主義者としてでほなく,職業的倫理学者(professed. れるとして,彼の観察方法の狭さを批判しているoミルによれば,あらゆる人間行為は三 っの相(aspect)をもっているo行為の三つの相とほ,第一はその道徳的相,すなわち行 為の正ないし不正についての相であり,第二はその審美的相,すなわち行為の美しさにつ いての相である.第三はその同情的相,すなわち行為の愛らしさについての相であるo第 一の相では,われわれは理性と良心とに訴えて是認または否認し,第二の相でほ,想像力 に訴えて賛美または軽蔑し,第三の相でほ,同情に訴えて愛し憐れみまたは嫌悪するので ある。それゆえ,行為の道徳性ほ,それのもたらす結果によって決定され,行為の美しさ ないし愛らしさほ,行為の諸性質によって決定されるのである。ところが,ミルによる と,職業的倫理学老はしばしば道徳的観察のみを唯一の観察方法とみなす誤りをおかして いるoベンサムも行為の道徳的相だけしか考慮しておらず,後者の二つ,すなわち行為の 審美的相と同情的相をまったく無視しているのであるo 以上,ミルが「ベンサムの哲学考」と「ベンサム論」のなかで,ベンサムの倫理学体系 のどこに不満や欠陥を見出し,どのように批判し,克服しようとしているかを考察してき たo. ミルは「ベンサムの哲学考」でほ,倫理学者としてのベンサムの欠陥と誤りを指摘し 批判しただけではなくて,ともすればベンサム主義の限界を強調しがちであったoそれだ 桝ここの論文は「ベンサム論」よりも厳しくべソサムの思想を批判している。また「ベン サムの哲学考」でほ,ベンサムの欠陥として.他の思想家についての知識と評価とがかた よっていること,人間の性格形成および人間の内面性の重要さに気づいていないことなど が指摘され,理論的誤謬としてほ,功利の原理を狭く解釈して特定の原理と混同している こと,行為に先立つ苦痛や快楽を無視していることなどが批判された。このような欠陥と 誤謬のほとんどほ, 「ベンサム論」においてもとりあげられて批判されているが,この論 文では,哲学者としてのベンサムの意義と功漬についても言及されており,ベンサムの評 価は比較的に穏当なものになっているといえよう。また「ベンサム静」でとりわけ注目す べきものとしてほ,ミルがベンサムの独創性をその思想にではなくて,細目法という方法 の導入に認めていること,功利の原理における二次的目的の重要性を強詞したこと,人間 行為は三つの相をもつという人間性論を主張していること,などがあげられようo 注. 1). J.S.. Mill;. Bentham;. Essays. on. Ethics,. Religion. and. Society,. vol.. X,. p.. 79..

(18) 18. 2) 8). 4) 5) 6) 7). 泉 J.S.. Mill;. ibid,. p.. 谷. 周. 三. 郎. 83.. --トほ,ミルの解釈は思想と方法との誤った二分法に基づいていると批判している.彼によ れば,斬新な方法とは単なる方法の革新にとどまらず,探求の方向においても根本的転換を前 Hart; Bentham; Jeremy Bentham Ten Critical Essays, 提しているのであるo H.L.A. p.75. J.S. Mill;. Bentham,. J.S.. Mill;. ibid,. p.. 95.. I.S.. Mill;. ibid,. p,. 110.. B.. Villey;. p.. 93.. Nineteenth-Century. Studies, Penguin Books, 1949, p. 159参照. 「ペソサム論」の翻訳にあたってほ,塩尻公明訳『ベンサムとコールリヅジ』 を参照した.. なお,. 5.. (有斐関). 「ヒューウェルの道徳哲学論」. ミルは1851年, 20年間にわたる交際ののち. -リエットと結嬉した。この翌年に発表 されたのが, 「ヒューウニルの道徳哲学論」 (Wh占well on MoralPhilosophy)である。 ヒェーウェルは歴史家兼科学史家でケンブT)ッジ大学の教授として活躍し,学界にかなり. の影響力をもっていたといわれる。彼ほ,ミルにとってほ,有力な敵対理論家,すなわち 直覚主義の代表者であった1)。ミルのこの論文ほ,. 1852年の10月の「ウェストミソ・スタ. ー評論」に,ヒュ-ウェルの2冊の著書に関する批評として発表されたものである。ミル はこの論文でほベンサムに味方してヒュ-ウニルを激しく罵倒することを試みている。そ れゆえ,ミルのベンサムに対する態度ほ批判から弁護-と変化しており,われわれはミル の変貌になによりも驚かされるo ミルほまるで青年時代の熱狂的ベンサム主義者ケこたちも どったかと思われるほどである。このような変貌はなぜ生じたのだろうか。ミルほ精神の 危機以来,ベンサムと父ミルの功利主義論および人間性論に強い不満と疑問をもつように なり,ベンサム主義の欠陥を痛感するにいたった.それで1830年代のミルは,ベンサム の欠陥と誤謬とを積極的に指摘して批判することによって,ベンサム主義が其の功利主義 でないことを明らかにし,自己の倫理理論を少しづつ提示して,其の功利主義-の道を示 そうとしていたように思われる.先に言及した論文「ベンサムの哲学考」と「ベンサム 論」とは,ミルのそうした姿勢を示すものであったといえる。この点に関して,プリース トリーほ次のような興味深い解釈をくだしている。 を区別しようとしていたo. 「ミルほ,ベンサム主義と功利主義と. もし功利主義が大衆の心に利己的快楽主義の庵系として,つま. りカーライルが〈豚の哲学〉とよんだものとして理解されるならば,それはベンサムの快 楽主義の欠陥がもたらしたものである。だから功利主義の擁護のためにほ,ベンサムの学 説の大部分を拒否するこ とも必要であった.大衆はベンサム主義が其の功利主義でないこ とを教えられなければならない。このことは,ミルのベンサムに対する感情的態度がどん なに動揺しても,彼が一貫して保持していた信念であった幻.」 ところが,功利主義ほ人々のなかに浸透するどころか,カーライルなどによる功利主義 への非難がますます強まる傾向をみて,ミルは従来のベンサム主義批判のやり方に疑問を 感ずるようになったのではないだろうか。もしも従来のやり方で大衆がベンサム主義と功.

(19) 19. J.S.ミルの『功利主義論』研究序説. 利主義とを同一視するのを打破できないとするならば,べシサム主義-の攻撃は,結局反 功利主義者を喜ばせるだけでほないか,とo. こうしてミルは戦術の転換を迫られるにい 『自伝』では次のように述べられている。 「『ベンサムの. たった。この頃の心境について, 哲学考』では,私はベンサムの長所ほ公平に十分認めつつ,彼の哲学の誤りあるいは欠陥. と思う点をいくつか指摘した。この批評の骨子は私は今でも完全に正当だと考えるが,あ れをあの時期に発表したことが正しかったかどうかには,その後ときに疑問を感じてき た。私には折にふれて,ベンサムの哲学は進歩-の道具として考えた場合,そのなすべき 役割をはたさないうちにある程度世の不借用を買ってしまったように感じられ,そうする とその声価を下げるほうに一役買ったということは,社会の進歩に貢献するよりもむしろ ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. ●. 害を与えることであったように思えたのである.」. (傍点筆者)8)ミルのこの言葉は,戦術の. 転換があったことを意味しているように思われる.おそらく戦術転換の直接的原田ほ, 1850年代に入っても功利主義-の反発は少なくなるどころか,むしろ一層強くなり,功 利主義そのものが危機にひんするようになったことであろう4)o ミルがとった新しい戦術 とほ,ベンサム主義を拒否することではなくて,それを修正して納得できるものにして大 衆に功利主義を理解させようとするものであった。この新しい戦術がはじめて実行された のが「ヒューウェルの道徳哲学論」であったように思われる。次に,ミルがこの論文のな. かでベンサムをどのようにとり扱っているかを,内容にそって簡単に考察することにした い。. ミルは論文「ヒュ-ウェルの道徳哲学論」の冒頭で,ヒューウェルほ重要な諸問題を広 範囲にとり扱っている点では,現代随一の学者であるとして,彼の業績と影響力について 一応の敬意を表したあとで,他の分野については別としても倫理学の領域においては,彼 の著作はきわめて偏見に満ち悪影響を及ぼしているとして,彼の倫理学説に対する攻撃を. 開始するのである。ミルによれば,ヒュ-ウェルほ1852年に刊行した『イギリス倫理思 想史』 (Lectures. on. the. History. Of Moral. Philosophy. in. England)において,倫理. 学の進歩を可能にする唯一の哲学の方法を提唱したベンサムを批判することによって,人 々に功利主義-の反発を拡めるという事態をもたらした。この事態に直面して,ミルはベ ンサムの弁護に立ちあがらざるをえなかったのであるoそれではヒュ-ウニルほどのよう な倫理学説に立脚してベンサムを批判したのだろうか。彼は『イギリス倫理思想史』のな 「倫理学体系にほ,すなわち かで,二種額の倫理学体系を区別して次のように述べている。 人間行動の諸規則を導出する方法には,二つの種類があるo第一の種類の倫理学体系ほ, なんらかの外的目的を目ざすのが人間行動の法則であるというもので,古代および現代に おいで決楽,功利性,最大多数の最大幸福が,人間行動の真の目的であると主張した学説 である。第二の種類の倫理学体系ほ,内的原理ないし内的関係によって,たとえば良心, 道徳能力,義務,公正,欲求に対する理性の優位,によって人間行動を規制する学説であ るo前者が依存道徳(dependent. morality)とよばれ,後者が独立道徳(independent. morality)とよばれるoそして独立道徳こそが真の倫理学説である5)o」ミルほもちろんこ のような見解を承認することができない。彼によれば,ヒュ-ウェルほ依存道徳と独立道.

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