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台湾総督府土木局の技師について

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Academic year: 2021

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(1)台湾総督府 土木局 の技 師について や まだ. 目次. あつ し. 問 題 の所 在 1、 植 民 地 時代 前 半 に お け る土 木 行 政 2、. 土 木 局 に お け る技 師一 覧. 3、. 土 木 技 師 の 出処 進 退 おわ りにか え て. 問題の所在. 植 民 地 時 代 台 湾 経 済 に お い て 、 台 湾 総 督 府(以 下 、総 督 府 と略)の 役 割 は 良 しに つ け 悪 し き に つ け 多 大 な もの が あ った 。 農 業 に つ い て 言 え ば 、茶 業 を 除 く全 農 業 が総 督 府 の政 策 に 左 右 され た と言 って 過 言 で な い 。 糖 業 で 大 規 模 工 場 を 中 心 とす る製 糖 シ ス テ ム建 設 を推 進 した の は 原 料 採 取 区 域制 制 定 な どの 総督 府 政 策 で あ り1、米 穀 業 で 日本 市 場 重 視 の 品 種 開 発 を行 い 普 及 させ た の も 総 督 府 で あ る2。 バ ナ ナな ど特 産 品 奨 励 も総 督 府 の 独 占場 で あ った 。 また 農業 に お い て  . (水. 利)建 設 を 無 視 で きな い が 、 これ も総 督 府 が 力 を注 い だ事 業 だ った。 例 外 的 に 総 督 府 の 政 策 か ら 独 自性 を保 った 茶 業 に して も、 総督 府 の 基 隆築 港 事 業 と同港 航 路 整 備 が そ の市 場 開 拓 に 大 き く寄 与 した3。 よって 植 民 地 時 代 台 湾 の農 業 経 済 研 究 は 、総 督 府 の 政 策 分 析 が 、そ れ へ の 民 間 対 応 を 考 え る こ と と並 ん で 必要 不 可 欠 な 要 素 で あ る。 さて 、 総 督 府 の 政 策 は終 始 一 貫 した方 針 で営 まれ た もの で な く、 そ の時 々 の担 当 官 僚 に よ り動 揺変 転 した こ とは 、 す で に幾 つ か の指 摘 が あ る。文 官 総 督 期(1920年 る政 党 間 で の激 しい 首脳 部 人 事 争 奪 が 、政 策 に過 度 の動 揺(例 設 を再 開 す るか 中 止 す るか を め ぐ る混 乱)を て い た 前 期 武 官総 督 期(1910年. 代 以前)に. 代 か ら30年 代 前 半)に お け. え ば、 日月 潭 水 力 発 電 所 工 事 の 建. もた ら した こ とは有 名 で あ る。 首 脳 部 人 事 が 安 定 し. お い て も、例 え ば糖 業 政 策 に おい て 担 当 官 僚 間 の 意 見. 対 立 に よ り、 大 規 模工 場 の建 設 と小規 模 工 場 の 育成 との 間 で動 揺 した こ とを 森 久 男 が 指 摘 して い る4。 よっ て総 督 府 の経 済 政 策 分 析 は(ひ い て は 植 民 地 時 代 の 農 業 経済 分 析 も)、 年 代 の 前後 を 問 わず 、総 督 府 官僚 人 事 と官僚 個 々の経 済 観 ・農 業 観 に踏 み込 む 必 要 が あ る。 と ころ で 総督 府 官僚 に つ い て は 、 どの程 度 研 究 され て い る の だ ろ うか 。 近 年 、 波 方 昭 一 な どに よ って文 官 総督 期 の 総督 府 官僚 の 動 向 、 特 に 人 事 ・政 党 との 関係 な どが少 しず つ 明 らか に な って い る5。前 期 武 官 総 督 期 につ い て も、後 藤 新 平 お よびそ の配 下 の中 村 是 公 や 祝 辰 已 な ど、い わ ゆ る 後 藤 閥 に つ い て は 従 来 か ら言 及 が 多 い6。 しか しな が ら、 そ れ ら研 究 で 注 目され て い るの は 官僚 最 上 層 部 だ け で あ る。 最 近 は 総 督 府 課 長 191.

(2) 級 へ の言 及 も見 られ るが 、 事 務 官(高 等 行 政 官 僚)に 留 って い る。 実 際 に地 方 に お い て 農業 政 策 ・水利 政 策 ・港 湾 政 策 を 考 案 し推進 して きた 技 師(高 等 技 術 官 僚)に つ い て は注 目さ れ て い な い. 。. 技 師 の中 で注 目 され て い た の は 、後 藤 閥 の一 員 で あ る 長尾 半 平7を 除 け ば 、八 田 与 一 だ け に 過 ぎ な い。 そ の八 田与 一 に して も呉 文 星 が指 摘 した よ うに 、嘉 南 大  建 設 の功 績 が 紹 介 され るだ け で、 彼 が植 民 地 経 済 ・植 民 地農 業 に対 し どの よ うな考 え を持 って い た か は分 析 さ れ て い な い8。 八 田 与 一 以 外 の 技 師 は 、 そ もそ も総 督 府 技 師 に誰 が居 て、 何 処 か ら任 官 し(大 学 卒 業 と と もに 直 接 総 督 府 に 任 官 した のか 、 内務 省 を 含 め 他 の仕 事 につ いた 後 に 任 官 したの か)、 何 を 担 当 し て 何 処 へ 異 動 した の か さ え十 分 明 らか に され て は い な い 。 これ で は 総 督 府 の経 済 政策 分析 、 ひ い て は植 民 地 時代 の農 業経 済 分 析 は、 大 雑 把 な もの に 留 ま ら ざ るを 得 な い。 本学 紀 要 を利 用 して 私 は、 総 督府 官僚 人 事 と官僚 個 々の 経 済 観 ・農 業 観 につ い て 分析 を試 み よ うと思 う。 まず 手 始 め に 研 究 の 遅 れ て い る総 督府 技 師 に つ い て の 基礎 的 な研 究 、 す な わ ち誰 が い て 、何 処 か ら任 官 し、 何 を 担 当 して 、何 処 へ異 動 した の か の整 理 に着 手 した い。 本 論 は 、総 督 府 土木 局(お. よび 関 連 部 局)に 在 籍 した技 師 につ い て、 総 督 府 成 立(1895年)か. ら土 木 局 廃 止(19. 24年12月 、 内務 局 と統 合)ま で の約30年 間 、す なわ ち前 期 武 官 総 督 期 の全 期 間 お よび 文 官 総 督 期 の前 半1/3に. 相 当す る時期 、 に おけ る動 向 を 『旧植 民 地 人 事 総 覧. 台 湾 編 』9を利 用 して 整 理 し. た い。 なお 、 農 業 経 済 に よ り深 く関 与 した 殖 産 局 の技 師 よ りも先 に 土 木 局 の 技 師 に つ い て 分 析 す る の は 、 人 数 の 割 に 研 究 の手 掛 か りが 多 く、 技 師 群 全 体 の 見 通 しが つ き易 い た め で あ る。 殖産 局 技 師 に つ い て も近 く整 理 予 定 で あ る こ とを お 断 りす る。 また 、 土 木 局 廃 止 以 降 、 内務 局 を経 て 国土 局 と して 独 立 部 局 とな る時 期 の 土 木 技 師 や 、 地 方 自治制 実 施 以 降 の 地方 土 木 技 師 につ い て も、 今 後 の 整理 研 究 対 象 で あ る こ とは 言 うま で もな い 。. 1、 植 民 地 時代 前 半 に お け る土 木 行 政. 個 々 の技 師 を洗 い 出 す 前 に、 植 民 地 時 期 前 半 の土 木 行 政 に つ い て概 観 して お こ う10。まず 行 政 部 局 の変 遷 で あ る。 『台 湾 総督 府 土 木 部. 第 二 年 報 』 の 「官 制 沿 革 」11や『台湾 大 年 表 』12などに紹 介. され て い る よ うに、 土 木 行 政 を 担 当 した 部 局 は 、 以下 の よ うな 変 遷 を た どっ て い る。. 192. 1896年5月. 台 湾 総督 府 民 政 局 臨 時 土木 部. 1897年10月. 台 湾 総督 府 財 務 局 土 木 課. 1898年6月. 台 湾総 督 府 民 政 部 土 木 課. 1901年11月. 台 湾総 督 府 民 政 部 土 木 局. 1909年10月. 台 湾総 督 府 土 木 部. 1911年10月. 台 湾総 督 府 民 政 部 土 木 局. 1919年8月. 台湾 総 督 府 土 木 局.

(3) 1924年12月(土. 木 局 廃 止 、 台 湾 総 督 府 内務 局土 木 課 に). 初 期 は 総 督 府 の 機構 自体 が 定 ま らな か った 時期 で 、土 木 行 政 部 門 も民 政 部 に な った り、 財 務 局 に な った り変動 を 余儀 な くされ 、 よ うや く1901年 末 か ら民 政 部 土 木 局 と して 安 定 した 。 しか しな が ら、築 港 事業 が 本格 化 した 時期 に は 、一 時 的 で は あ る が後 述 の特 設 部 局 と合 併 して 、 民政 部 の 管 轄 下 か ら離 れ 総 督 直 属 官 庁 に な って い る。 後 、 文 官 総 督 期 に な って 総 督府 か ら軍 事 部 門 が 外 れ 、 民 政 部 門 の み が総 督 府 管 轄 とな る と、 台 湾 総 督 府 土 木 局 と改 称 され た 。 また 土 木 行 政 の うち、 築 港 と電 気 事 業 に つ い て は 、 そ の 重 要 性 や 専 門 性 に鑑 み、 特 設 部 局 が 設 け られ て い た 。 まず 築 港 事 業 に つ い て 言 え ば 、 以 下 の通 りで あ る 。. 1900年8月. 台 湾総 督 府基 隆築 港 局. 1908年7月. 臨 時 台湾 工 事 部. 1909年10月(民 1911年10月. 政 部 土 木 局 と統 合 され 、 台 湾 総 督 府 土 木 部 に) 臨時 台湾 工 事 部. 1919年5月(台. 湾 総 督 府 民 政 部 土 木 局 と統 合). 続 い て 電 気 事 業 は 以 下 の通 りで あ る。. 1903年11月. 台北 電 気 作 業 所. 1907年5月. 台湾 総 督 府 電 気 作 業 所. 1908年7月(築. 港 事 業 な ど と統 合 され 、 臨 時 台 湾 工 事 部 に). 1909年10月(民. 政 部 土 木 局 と統 合 され 、 台 湾 総 督 府 土 木 部 に). 1911年10月. 台湾総督府作業所. 1919年8月(台. 湾 電 力 株 式 会 社 に 電 気 事 業 を 現物 出資 した た め 、作 業 所 廃 止). 次 に 具 体 的 な 事 業 内 容 に つ い て 概 観 し よ う。年 度 、事 業 の進 展 、特 設 部局 と の関 係 に よ って 内 容 は 当然 左 右 され るが 、『台 湾 総 督 府 土 木 部. 第 二 年 報』 に よれ ば 、1910年 度(こ の 年 度 は 上 記 の. よ うに特 設 部局 と合併 して い た 時 で あ る)の 土 木 部 は 以下 の事 業 を行 うこ とに な って い た。. 「 一. 土 木 ニ関 スル 事 項. 二. 築 港 ニ関 スル 事 項. 三. 灌 概 及 排 水 ニ関 スル 事 項. 四. 営 繕 ニ関 スル 事 項. 五. 電 気 事 業 ニ関 スル 事 項 但 シ電 信 電話 ヲ除 ク. 六. 水 力 ノ利 用 ニ関 スル 事 項 」13. 193.

(4) また具 体 的 な工 事 と して 同年 報 に記 載 され て い る の は 、 以下 の 工 事 で あ る。. 土木 直轄工事 台北市区改正工事. 基 隆市区改正工事. 淡水港浚渫工事. 市 区改正工事. 淡水港浚渫工 事. 地方税費土木事業. 国庫費災害復 旧土木事業. 国庫被災害応急土木事業. 委任工事. 築港 基隆築港. 打狗築港. 水利事業 官設 獅子頭 . 后里  . 子  . 公共     新設工事. 営繕 電気事業 台北水道. 直 接 的 に農 業 に 関 わ る もの と して は、 官 設(総 督 府 が 直 接 管 理)お. よび公 共(総 督 府 が 間 接 管. 理)の 水 利 事 業 が あ った 。 そ して基 隆 と打 狗(現 在 の高 雄)築 港 事 業 も見逃 せ な い 。 また農 業 に は 関わ らな い も の と して 、市 区 改正(都 市 計 画)事 業 、 電 気 事 業(1920年. 代 に な る と電 動 式籾 摺. 機 ・精 米機 に よっ て 関 わ る よ うに な るが)、 水道 事 業 な どが あ った 。 もち ろ ん 各 建 物 の 営 繕 事 業 も無 視 で き な い柱 で あ った 。. 2、 土木 局 にお け る技 師 一 覧. 本 章 で は 、土 木 局(以 下 は特 に 断 ら な い限 り、臨 時 土 木 部 な ど前 身 部 局 や 、 臨 時 台 湾 工 事 部 や 作 業 所 な ど関連 部 局 も含 め る)技 師 に つ いて 、『旧植 民 地 人 事 総 覧. 台 湾 編』か らの 整理 結 果 を 示. そ う。1896年 か ら1924年14の間 に 土 木 局 に て 技 師 と して記 載 され た 者 は 、専 属 お よび 他 部 局 か ら の兼 任 を含 め95人 で あ った 。記 載 年 順 に示 す と、 以下 の通 りで あ る。. 194.

(5) (表1)土. 木 局 にお け る技 師一 覧. 氏名. 記載年. 氏名. 記載年. 秋吉 金徳. 1896. 磯 田 勇治. 1896-1897. 杉山 輯吉. 1896. 瀧山 勉. 1896. 堀池 好之助. 1896-1897. 牧野 実. 1896. 小原 益知. 1897. 澁谷 競多. 1897. 高津 慎. 1897-1899. 十川 嘉太郎. 1899-1915. 長尾 半平. 1899-1910. 福田 東吾. 1899-1901(1903-1906). 浜野 弥四郎. (1899)1900(1901)1902-1918. 大沢 正業. 1900. 片岡 浅次郎. 1900-1903. 川上 浩二郎. 1900-1916. 高橋 辰 次郎. 1900-1919. 野村 一郎. 1900-1913. 青山 重遠. 1901-1904. 田島  造. 1901-1906. 清水 一徳. 1902-1911. 山形 要助. 1902-1921. 山路 魁太郎. 1902-1905. 小野木 孝治. 1904-1906. 堀内 広助. 1904(1905-1909)1910-1914(1915-1916)1917-1920. 愛 発 時三郎. (1904). 千葉 万寿. (1904-1906). 田崎 二三次. 1905-1909. 徳 見 常雄. 1905-1912. 大越 大蔵. 1906-1919. 近 藤 十郎. 1906-1923. 野呂 寧. 1906(1909). 福島 克巳. 1906-1907. 中栄 徹 郎. 1907-1918. 浅 香 貞次郎. (1907-1924). 田上 郷 吉. (1907-1914)1915-1916. 乾 安五郎. 1908-1916. 庄野 巻治. 1908-1919. 筒 井 丑太郎. 1908-1921. 長尾 正元. 1908-1909、1921-1924. 三浦 慶次. 1908-1911. 飯 田 精太郎. 1909. 張 令紀. 1909-1920. 土生瑾 作. 1909-1917. 松本 虎太. 1909-1924. 小川 亮吉. 1910-1913. 堀見 末子. 1910-1919. 三木 鹿三郎. 1910-1919. 大 島 正満. 1911-1913(1914-1923). 国弘 長重. 1911-1919. 中西 義栄. 1911-1919. 森 山 松之助. 1911-1921. 池 田 季苗. 1912-1924. 井手 薫. 1912-1924. 水科 七三郎. 1912-1916. 吉川 藤左衛門. 1912. 井上 清. 1913-1922. 入江 善太郎. 1913-1916. 広瀬 蒼生彦. 1913-1920. 渡辺 了武. 1913-1919. 片 山 徹吉. (1914-1919). 浅倉 丈夫. 1915-1917. 八 田 与一. 1915-1920. 前 田 兼雄. 1915-1921(1922-1924). 白石 誠夫. 1916-1920. 高橋 甚也. 1916-1922. 蔵成 信一. 1917-1922. 福岡 五一. 1917-1922. 渡辺 英太郎. (1917-1922). 高山 節繁. 1918-1919. 原 田 清輔. 1918. 宇都宮 無垢介. 1919-1921. 久布 白 兼治. 1919. 栗山 俊一. 1919-1924. 田沢 震五. 1919. 田辺 方亮. 1919. 納富 耕介. 1919-1922. 岩淵 恕. 1920. 吉 良 宗一. 1920-1924. 195.

(6) 小泉 軍蔵. 1920-1921. 白木原 民次. 1920-1921. 関野 謙三. 1920-1924. 原沢 豊吉. 1920-1924. 山下 繁造. 1920-1924. 和田 成. 1920-1922. 磯田 謙雄. 1921-1924. 狩野 三郎. 1921. 市川 純一 郎. (1921-1922)1923-1924. 加藤 節. (1921-1924). 五十嵐 大輔. 1922-1924. 北川 幸三郎. 1922-1924. 田賀 奈良吉. 1922-1924. 図子 武八. 1922-1924. 八板 志賀助. 1922-1924. 平井 成. 1923-1924. 若杉 直. 1923-1924. 白石 方亮. 1924. 記 載年 の うち、 括 弧 内 は他 部 局 所 属 で 土 木 局 を兼 任 して い た 技 師 の 記 載 年 を示 して お り、 全 年 と も兼 任 だ った6人 を 除 く と、土 木 局 に 専 任 だ った こ との あ る技 師 は89人 とな る。 この技 師 達 を 見 る と、在 籍 期 間 の短 い技 師 も多 い反 面 、 長 期 に渡 り在籍 した 技 師 も少 な くな い こ とが わ か る。 10年 以 上専 任 で 在 籍 した の は 、十 川 嘉 太 郎 、長 尾 半 平 、浜 野 弥 四 郎 、川 上 浩 二 郎 、高橋 辰 次 郎 、 野 村 一 郎 、清 水 一 徳 、 山形 要 助 、 堀 内 広 助 、 大越 大 蔵 、 近 藤 十 郎 、 中栄 徹 郎 、 庄 野 巻 治 、 筒井 丑 太 郎 、 張 令 紀 、松 本 虎 太 、 森 山 松 之 助 、 池 田 季 苗 、 井 手 薫 の20人 で あ る。 こ の 長 期 在籍 技 師 の中 に は 、長 尾 や 高 橋 や 山 形 の よ うに1900・1910年 代 の 土木 部 を部 長 ・課 長 と し て リー ドした有 力 技 師 達 も含 まれ る。 (表1)で30年. 間 を 通 して土 木 部 技 師 を 見 た が 、 今 度 は 特定 年 で の技 師 を見 よ う。 総 督 府 官 僚. に 限 らず戦 前 の官 僚 は 、高 等 官 と判 任 官 の2段 階 に わ か れ 、 そ れ ぞ れ等 級 に従 って 給 与 を 得 て い た 。技 師 も高 等 官 で あ る(判 任 官 の技 術 者 は技 手)。 高 等 官 の 中 の 上位 者 は 勅任 官 と呼 ばれ た。そ れ 以外 の高 等 官 は奏 任 官 で あ る。 そ して 等 級 と関 連 を 持 ち な が ら も独 立 した体 系 と して 、 正1位 以 下 の位 階 、勲1等 以 下 の勲 位 、が あ った 。 部 局 で あ る以上 、 部長 ・課 長 に任 じられ る技 師 もい た し(事 務 官 が 部 長 ・課 長 につ くこ と もあ る)、 そ れ 以外 の技 師 も各 部 局 に 所属 され て い た。191 0年5月1日. 現 在 に お け る技 師 氏 名 お よび 等 級 ・位 階 勲 位 を 示 せ ば(表2)の. (表2)1910年5月1日. 通 りで あ っ た。. 現 在 に お け る土 木技 師一 覧. 氏名. 所属. 等級. 位階勲位. 専門分野. 長尾 半平. 土木部勅任技師 ・次長. 2等(年 俸4200). 正5位 勲4等. 土木. 高橋 辰次郎. 土木部工務課 ・課長. 2等3級. 正5位 勲4等. 土木. 浜野 弥四郎. 土木部工務課. 3等1級. 従5位 勲6等. 水 道 ・都市 計 画. 徳見 常雄. 土木部工務課. 3等(年 俸3200). 従5位 勲5等. 土木. 清水 一徳. 土木部工務課. 3等1級. 従5位. 土木. 十川 嘉太郎. 土木部工務課. 3等2級. 従5位 勲6等. 土木. 張 令紀. 土木部工務課. 4等3級. 正6位. 土木. 大越 大蔵. 土木部工務課. 5等2級. 従6位 勲6等. 電気. 田上 郷吉. 総督 府海事官. 5等3級. 正7位. 港湾. 196.

(7) (土木部工務課技師 と営繕課技師を兼任) 堀 内 広助. 土木部工務課. 5等4級. 従6位. 港湾. (土木部営繕課技師を兼任) 堀見 末子. 土木部工務課. 6等5級. 庄野 巻治. 土木部工務課. 6等7級. 従7位. 土木. 三浦 慶次. 土木部工務 課. 6等7級. 従7位. 土木. 三木 鹿三 郎. 土 木部工務課. 8等10級. 正8位. 電気. 土木. (土木部打狗 出張所技 師 と台南配電所技師 を兼任) 小川 亮吉. 土木部工務課. 8等10級. 土木. (土木部基隆 出張所技師を兼任) 野村 一郎. 土木部営繕課 ・課長. 3等(年 俸3200). 従5位 勲5等. 営繕. 中栄 徹郎. 土木部営繕課. 4等2級. 正6位. 機械. 近藤 十郎. 土木部営繕課. 6等6級. 正7位. 営繕. 土生瑾 作. 土木部営繕課. 7等9級. 従7位 勲6等. 営繕. 川上 浩二郎. 土木部基隆出張所 ・所長. 3等1級. 従5位. 土木. (土木部工務課技師を兼 任) 乾 安五 郎. 土木部基 隆出張所. 6等7級. 従7位. 土木. 松本 虎太. 土木部基 隆出張所. 7等7級. 従7位. 電気. 山形 要助. 土木 部打狗 出張所 ・所長. 3等1級. 従5位. 土木. 筒井 丑太郎. 土木部打狗 出張所. 6等7級. 従7位. 土木. 出典:所 属 ・等 級 ・位 階 勲 位 は、 『旧植 民 地 人 事 総 覧. 台 湾 編 』 第2巻411−412頁. 。. 専 門 分 野 は と りあえ ず 、 堀 見 末 子 著 ・向 山寛 夫 編 『 堀 見末 子土 木 技 師 −− 台湾 土 木 の功 労 者 − − 』(堀 見 愛 子 発 行 、1990年7月)372−399頁. を 参 考 に 暫 定 的 に つ け た もの で あ る。. 3、 土 木 技 師 の 出処 進 退. 前章 で総 督 府 土 木 局 の 技 師 と して 誰 が居 た か を 明 らか に した。 で は 、彼 等技 師達 は何 処 か ら任 官 し、何 処 へ 異動 した の だ ろ うか 。 まず 何 処 か ら任 官 した か に つ い て15。任 官 元 で 最 も多 い の は 、 学 校 で あ る。 す な わ ち 学 校 卒 業 後 、 他 の職 務 を経 ず にす ぐ総 督 府 に赴 任 した も の で あ る。 また す ぐに技 師 に任 じられ る場 合 と、 い った ん技 手 を経 て技 師へ と昇 任 す る場 合 が あ る。 例 え ば八 田与 一 の場 合16。1910年7月. に東 京. 帝 国 大 学 工 科 大 学 土 木 科 を卒 業 し、 間 も な く台 湾 に 渡 り総 督 府 土 木 部 技 手 を 務 め 、1914年 技 師 に 昇 任 した 。 同様 に 大 学 か ら技 手 経 由 で技 師 に 昇 進 した 者 に は 、 高 橋 甚 也 な どが い る。 また技 手 を 経 由せ ず 、 大 学 か らす ぐ技 師 に 任 じられ た 者 に は 、松 本 虎太17や山形 要 助 ・川 上 浩 二 郎 ・大 越 大 蔵 な どが い る。 大 学 を 出 ず に 赴 任 して 技 手経 由で 技 師 とな った者 に は 、庄 野巻 治18が い る。 次 に 目立 つ の は 、総 督 府 の 他 部 局 か らの転 任 者 で あ る。 こ れ に は 兼 任 が い つ の ま に か 本 務 に な った もの と、全 くの転 任 とが存 在 す る。 どち らに して も総 督 府 に は技 師 ま た は専 門 技 能 を 有 す る者(海 事 官)と. して採 用 され て お り、事 務 官 か らの転 任 は な い。 海 事 官 か らの転 任 に は 堀 内広. 助 が い る。 鉄 道 部 か らの転 任 者 に は 、張 令紀 が い る。 名 前 だ け を見 る と台湾 人 だ が 山 口県 の 出 身 197.

(8) で あ る。 大 学 を 出 る とす ぐ総督 府 鉄 道 部 の技 師 とな り、 縦 貫 鉄 道建 設 工 事 に従 事 した19。 残 りは 他 の 職 務 か ら総 督 府 へ と転 じた者 で あ る が、 これ は 多 彩 で あ る。 井 出 薫20の よ うに 民 間 か ら転 じた 者 も少 な くな い 。 中 に は、 堀 見 末 子 の よ うに 徴 兵逃 れ を兼 ね て ア メ リカへ 渡 り、 そ こ の土 木 会 社 で 技 術 者 を して い た者 もい た。 一 方 で 奇 異 な ほ どに 少 な い の は 、 内務 省 か ら総 督 府 へ 赴 任 した 者 で あ る。 本 省 以 外 に府 県 の技 師 を 含 め て も、 長 尾 半 平 ・田 賀 奈 良吉21池. 田季 苗22の3名 しか 見 当 た らな い。波 方 昭 一 は 、文 官. 総 督 期 の総 督 府 高 級 官 僚 に 中 央 官庁 か ら の赴 任 者 が多 い こ とを 指摘 して い る。 波 方 に よれ ば、 現 業 部 門 に お い て もそ の 傾 向は 変 わ らず 、土 木 で は 内務 省 の 影 響 が 強 か った と あ る23。 しか しな が ら 、土 木 局 の 技 師 に は 波 方 の 指 摘 と異 な り、 内務 省 の人 的 影 響 が ご く僅 か しか 及 ば な か った こ と に な る。 た だ しさす が に 内務 省 関 係者 は赴 任 早 々 、土 木 局 長 心 得(長 尾)や 土 木 課 長(田 賀)に 任 じられ て い る。 何 処 へ 異 動 した か を 見 る と、他 部 局 へ 異 動 した場 合 、 総 督 府 外 へ 異 動 した 場 合 、 総 督 府 外 に 去 った 場 合 の3通. りが あ った 。 ま とま っ た異 動 と して は 、 台 湾 電 力株 式 会 社 へ の 異 動 が あ る。 こ. の会 社 は資 本 金 の2/5を. 総督 府 が現 物 出資 した とい え 、 法 的 に は民 間会 社 で あ った か ら、 異 動. した技 師 は 退 職 扱 い とな った 。 この時 異 動(氏 名 と異 動 先)し た の は 、大 越 大 蔵(理 事 兼 建 設 部 長)・ 堀 見 末 子(技 師 長)・ 高橋 辰 次 郎(顧 (電気 課)・. 問)・ 国 弘 長 重(電 気 課 長 兼 営 業 課 長)・. 田辺 方 亮(営 業 課)・ 三 木 鹿 三 郎(営 業 課)・. (運 輸 課 長)・ 中 西 義 栄(機 械課 長)で. 庄 野 巻 治(土. 木 課 長)・. 田沢 震 五 高 山節 繁. あ る24。. この他 の異 動 は どれ も別 々に行 わ れ た。 総 督 府 の他 部 局 へ は 、海 事 官 へ の 異 動 が あ る。 台 湾 電 力 以外 の総 督 府 外 へ の 異 動 と して は、 八 田与 一 が公 共組 合 嘉 南 大  へ 異 動 した の が 知 られ てい る。 総 督 府 外 へ 去 った 場 合 は 、 そ れ ぞれ 個 人 個 人 の事 情 に よ る とい う他 はな い25。. お わ りにか え て. 本 論 は、 土 木 局 の 技 師 に つ い て の基 礎 的 な作 業 、 す な わ ち誰 が い て、 何 処 か ら任 官 し、 何 を 担 当 して 、 何 処 へ 異 動 した の か につ い て見 通 しをつ け る作 業 を行 った。 暫 定 的 な結 論 で あ るが 、 内 務 省 か ら赴 任 した 技 師 が 少 な い こ と、 長 期 間在 職 した 技 師 が少 な くな い こ とな ど、 前 期 武 官 総 督 期 の総 督 府 に お け る技 師 像 に つ い て幾 つ か の示 唆 を 得 る こ とが で きた よ うに 思 う。 さて これ ら技 師 の 中 で 、個 人情 報 が 明 らか で あ るだ け で な く、本 来 の研 究 目的 で あ る官 僚 の 経 済 観 ・農 業 観(技 師 の 場 合 は技 術 観 も加 え るべ きだ ろ う)の 分析 を行 う手 掛 か りが あ る者 は 誰 で あ ろ うか 。 差 し当 た り、 以下 の4人 を あげ るべ きだ ろ う。 まず 、 八 田与 一 で あ る。 彼 は在 台期 間 も長 く、嘉 南 大  とい う当時 の台 湾 社 会 で 注 目され 続 け た 土 木 事 業 に 従 事 し、 意 見 を 公表 し続 け た た め 、彼 の経 済 観 ・農 業 観 に つ い て は 比 較 的 多 く接 す る こ とがで き る。 これ は 「問題 の所 在 」 で述 べ た よ うに 呉文 星 が注 目 した と ころ で も あ るが 、 ま だ 今 後 の研 究 を 続 け る必 要 が あ る。 198.

(9) 次 は 、長 尾 半 平 で あ る。 彼 は後 藤 閥 の一 員 と して、 土 木 局 技 師 の中 では 比 較 的 多 くの 言 動 を 残 して い る 人物 で あ る。 ま た伝 記 『長 尾 半 平 伝 』 も利 用 可 能 で あ る。 3人 目は 、堀 見 末子 で あ る。 彼 の土 木 局 技 師 か ら台 湾 電 力 の技 師 長 に 転 じた 経 歴 は 、1910年 代 の土 木 局 技 師 を 分析 す る 中 で欠 く事 が 出来 な い。 生 前 残 した 言 動 は少 な い が 、 自伝 は 本 論 で も多 用 して い る よ うに 、注 目に値 す る。 残 る1人 は、 張 令 紀 で あ る。1925年 の彼 の死 後 ま もな く、 蔵 書 のほ とん どは 妻 に よ って 山 口県 立 図書 館 に寄 贈 され 、張 文 庫 と して収 容 され た 。 和 文 図 書 目録 とカ ー ドを 残 して文 庫 は 解体 され た が、 どの本 が 張 文 庫 と して収 容 され た も のか は 、 和 文 図 書 ・英 文 図 書 を 問 わ ず 、 今 日で も同 図 書 館 に よっ て は っ き り把 握 され て い る26。よ って 、土 木 局 技 師 が どの よ うな本 を持 っ て い たか 、こ の張 文 庫 よ り把 握 で き る。 蔵 書 か ら経 済 観 や 技 術 観 な どを 推 測 して 見 るの も面 白そ うで あ る 。. 注 1植 民 地 時 代 台 湾 糖 業 に つ い て の拙 稿 に 「明治 期 台 湾 に お け る糖 業 殖産 興 業 政 策− 嘉 義 地 方 の 小 製 糖 業 の 実 践 と挫 折 を 中 心 に− 」(日 本 現 代 中 国 学 会 編 『現 代 中 国 』 第68号 、1994年7月 、98−109頁)が あ る。 2植 民 地 時 代 台 湾 米 穀 業 に つ い て の 拙 稿 に 「日本 植 民 地 時 代 初期 台 湾 に お け る米穀 業 − −1900年 代 の 台 湾 中 部 を 中 心 に して − − 」(日 本 現 代 中 国 学 会 編 『現 代 中 国 』 第69号 、1995年7月 、158−166頁)が あ る。 3植 民 地 時 代 台 湾 茶 業 に つ い て は 、拙稿 「 台 湾 茶 業 に お け る台 湾 人資 本 の 発 展− −1910年 代 を 中 心 に − − 」 (社会経 済 史 学 会 『社 会 経 済 史 学 』 第61巻6号 、1996年2月 、55−77頁)を 参 照 され た い。 4森 久 男 「 台 湾 総 督 府 の 糖 業 保 護 政 策 の 展 開 」(台 湾近 現代 史 研 究 会 『台 湾 近 現代 史研 究 』 創 刊 号. 、1978年4. 月、41−82頁)。 5波 形 昭 一 「 植 民 地 台 湾 の 官 僚 人 事 と経 済 官僚 」(波 形 昭 一 ・堀越 芳 昭編 『近 代 日本 の 経 済 官 僚』 、日本 経 済 評 論社 、2000年6月 、303−336頁)。 6後 藤 閥 に つ い て の 最近 の 業 績 と して. 、青 柳 達 雄 『満 鉄 総裁 中村 是公 と漱石 』(勉 誠 社 、1996年11月)を. 紹介. して お く。 7伝 記 と して. 、 石 井 満 『長尾 半 平伝 』(教 文 館 、1937年1月)が あ る。 8呉 文 星 「八 田 與一 の 台 湾 土 地 改 良 に対 す る意 見」(台 湾史 研 究 会 編 『現代 台湾 研 究 』 第20号. 、2000年10月 、. 52−61頁)。 な お八 田 与 一 に 関 す る伝 記 に つ い て も同論 文 を参 照 され た い。 9日 本 図 書 セ ンタ ー. 、1997年2月. 『 職 員録 』 中 の植 民 地 官庁(統 洋庁)部. 。 この 『旧植 民 地 人 事総 覧 』 は 、説 明(金 子 文 夫)に. あ る よ うに 、 毎 年 の. 監府 ・朝 鮮 総 督 府 ・台 湾総 督 府 ・関東 都 督 府 ・関東 庁 ・関 東 局 ・樺 太 庁 ・南. 分 を復 刻 した もの で あ る。 うち 台湾 編 は6巻 か ら な り、 明治29(1896)年11月1日. 8(1943)年7月1日. 現 在 ま で 、 毎年(主. と して5月1日. 現 在 また は7月1日. 現在 か ら、 昭 和1. 現 在)の 主 要 職 員 が 記 載 され て. い る 。本 来 、 この よ うな 官僚 を 洗 い 出す 作 業 の た め に は官 報(総 督 府 に あ って は 『台湾 総 督 府 報』)を 利 用 す べ きだ が 、 今 回 は技 師 の 全体 像 に つ い て見 通 しを つ け る の が 目的 で あ る ため 、『職 員 録』 を 利 用 す る便 法 を 採 用 した。 10本 論 は. 、 土木 行政 に か か わ る 経費 の分 析 を 省略 す る。 かわ りに 、平 井 廣 一 『日本植 民地 財政 史研 究』(ミ ネ. ル ヴ ァ書 房 、1997年2月)の 11台 湾総 督 府土 木 部 編. 第 二章 「 成 立 期 の 台 湾財 政 と阿片 ・樟 脳 専 売 」(42−89頁)を. 参 照 され た い 。. 、 同部 、1910年12月 。 「 官 制 沿 革 」 は 目次 の末 尾 に あ る(頁 な し)。同 年 報 は 、 日本 で は. 大 阪 府立 図 書 館 が所 蔵 して い る 。 12台 湾経 世 新 報 社編 、緑 蔭 書 房 、1992年3月. 復 刻。例 え ば 、総 督 府 土木 部廃 止 と、土 木 局 ・臨 時 工 事 部 ・作 業. 所 の 設置 は 、 同 書83頁 の 明治44(1911)年10月16日. の条 に見 え る。. 199.

(10) 13台 湾 総 督 府土 木部 前掲. 、1−2頁. 。. 14こ こで 年 と言 うの は. 、 正 確 に は○ ○ 年 ◆ 月1日 現 在 を意 味 す る。 上 述 の通 り、 本 来 な ら官報 か ら何 年 何 月. 何 日 まで 正 確 に調 査 す べ き だ が 、今 回 は 『職 員 録 』で 代 用 した 関 係 上 、 こ こ まで しか 調 査 で き な い。 な お 、清 国 や 南 満 洲 鉄道 な ど島外 へ 応聘 中 とあ る者 は の ぞ い た 。 15(任 官 に 限 らず)本 章 の記 述 は特 記 以 外 、堀 見 末 子 著 ・向 山寛 夫編 『堀 見 末 子 土 木 技 師一 者一. 』(堀 見 栄 子 発 行 、1990年7月)の372頁. 台 湾 土 木 の功 労. 以 降 を を 利 用 して い る。 これ は1948−49年 に書 か れ た 、著 者 生. 前 の 公 開 を 前提 と しな い 回 想 録 で あ り(同 書480頁)、 正 式 な 根 拠 とす るに は 、他 の資 料(特 に 同時 代 資 料)と の 十 分 なつ き合 わ せ を 必 要 とす る。 よ って 本論 の議 論 は あ くまで も暫 定 的 な もの で あ る こ とを お断 りす る。 16呉 文星 前掲. 、52頁 。 17台 湾新 民 報 社 調 査 部 編 『台 湾 人 士 鑑 』(同 社. 、1934年3月)169頁. に 、 「明治 三 十 九 年 三 月 京 都 帝 国 大 学 ヲ卒. 業 直 チ ニ渡 台 同年 四 月 基 隆 築 港 局 技 師 二任 セ ラル」 とあ る。 18堀 見末 子 前 掲 、388頁 に 「 庄 野 さん は 、第三 高 等 学 校 工 学 部 の 出 身 で 、明治 三 一 年 に台 湾 に 赴 任 した 。」 と あ る。 19台 湾 総 督 府 鉄 道 部 編 『台 湾 鉄 道 史 3日 か ら40(1907)年7月17日. 中巻 』(同 部. 、1911年3月)482頁. に 、張 技 師 が 明治38(1905)年11月2. まで 台 北保 線 事 務 所 長 心 得 、続 い て 同 日か ら41(1908)年12月10日. まで 台 北 保 線. 事務 所 長 を務 め て い た こ とが 記 載 され 、次 の頁(頁 番 号 な し)に は張 技 師 の写 真 が 載 って い る。 20台 湾 新 民 報 社 調 査 部 編 前 掲5頁 に 、「 三 十 九 年 七 月 、東 京帝 国 大学 工 科 大 学 建 築 学 科 ヲ卒 業 ス 直 チ ニ東 洋 汽 船 株 式 会 社 嘱 託 トナ リテ 入 社 セ リ 四十 四年 九 月 台 湾総 督府 土 木 部 技 師 二任 セ ラ レテ 渡 台 」 とあ る。 21台 湾 経 世 新 報 社 編 前 掲 、128頁 の 大 正11(1922)年1月9日 の条に 「 埼 玉 県 技 師 田賀 奈 良 吉総 督 府 技 師 兼 土 木 局 土 木 課 長 に 任 ぜ ら る」 と あ る。 22堀 見 末 子 前 掲 、389-390頁 に 「 明 治 三八 年 に 京 都 帝 国大 学理 工 科 大 学 を終 えた 工 学 士 だ 。 卒 業 後 に 鹿 児 島 県 の土 木 技 師 に な った が 、 明 治 四 三 年 に 台湾 総 督 府 の技 師 とな っ た。」 と あ る。 23波 方 昭 一 前 掲 、312-313頁 。 24台 湾 電 力 株 式 会 社 の 社 史 的 な 研 究 書 と して 、 林炳 炎 『台 湾 経 験 的 開端 一 台湾 電 力 株 式 会 社 発 展 史 』(台 湾 電 力 株 式 会 社 資 料 中 心 、1997年3月)が あ る。 こ の リス トは 同書138-139頁 に 拠 る。 25例 えば 、 田中 一 二 『台 湾 の 新 人 旧 人』(台 湾 通 信 社 、1928年7月)613頁 に1921年10月8日 官(台 湾 経 世 新 報 社編 前掲 、125頁)に. の山形土木局長退. つ いて 「 山 形 要 助 は 工 学 博 士 で 台湾 土 木界 の一 恩 人 、 賀 来 氏 の 長 官 た. るに 及 ん で 何 故 か 急 い で退 官 した」 とあ る。 何 か この 両 名(賀 来 は事 務 官 だ が 土 木 局 に 勤 めた こ とが あ った) に確 執 が あ った こ とを うか が わ せ る 。 ま た死 亡 の例 もあ る。 兼 任 技 師(本 務 は 鉄 道 部 技 師)渡 大 正13(1924)年3月11日. の条に 「 渡 部 英 太 郎歿. 部英 太 郎 の 場 合 、 台湾 経 世 新 報 社 編 前 掲 、140頁 の. す 明治 三 十 七 年 以 来 二 十 年 間 鉄道 部 技師 と し て 勤 続 し客. 年 二 月 依 願 免 官 とな る本 島鉄 道 界 の功 労 者 た り享 年 五 十 四 」 と あ る。 262000年12月24日 、現 地 調 査 。 な お 図書 館 電 子 化 の 副 産 物 と して 、 目録 が作 成 されず カ ー ドに よ っ て 検 索 す る他 な か った 張文 庫 の英 文 図 書 を 、 「チ ョウ ブ ン コ」 を キ ー ワー ドに電 子 検 索 可 能 とな った 。な お図 書 館 で も 張 文 庫 の 英 文 図 書 を一 覧 に打 ち 出 して い るの で 、 同 一 覧 を コピ ーす れ ば 簡 易 な英 文 目録 とな る。. 200.

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