持続可能な農業の構築に関わる企業の取り組み --
山東省「朝日緑源」の事例 (特集 中国農業の持続
可能性)
著者
大島 一二
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
193
ページ
26-30
発行年
2011-10
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004135
農 業 生 産 シ ス テ ム を 事 例 本稿では、 「朝日緑源」 と略す) 。 業 企 業 が 増 加 し つ つ あ る。 企業は二〇〇一年にはわずか一二 一七社にすぎなかったが、二〇〇 七年には五七四〇社に急増してい る(参考文献④、一二五ページ) 。 このような趨勢のなかで、朝日緑 源は国内向け農産物を生産する企 業として食品の安全性を高めると ともに、 環境に配慮した独自の 「循 環型農業」システムを構築しつつ あり、中国における持続可能な農 業の確立のために注目すべき点が 多いと考えられる。
二.
朝
日
緑
源
が
立
地
す
る
山
東
省農業の直面する課題
朝日緑源は山東省東部の莱陽市 沐浴店鎮に立地している。山東省 莱 陽 市 は 華 北 平 原 の 東 端 に 位 置 し、古くから野菜、果樹等の生産 が盛んであった。同地域の「莱陽 梨 」 は 全 国 に 名 が 知 ら れ る な ど、 山東省のなかでも特に農業が盛ん な地域である。豊富な農産物を利 用して生鮮野菜、冷凍野菜、乾燥 野 菜、 野 菜 加 工 品、 果 汁 加 工 品、 水産物加工品、畜産加工品、調理 済み食品等の各種食品を、日本を はじめとする世界各地に輸出する 大型の食品企業(中国系、 日系等) が多数展開している。 こ う し た 農 業、 食 品 産 業 の 発 展 の 反 面、 近 年 の 中 国 の 化 学 肥 料 と 農 薬 に 過 度 に 依 存 し た 農 業 生 産 シ ス テ ム は、 土 壌 構 造 の 劣 化、 地 下 水 の 硝 酸 態 窒 素 に よ る 汚 染、 残 留 農 薬 問 題 等 の 食 品 公 害 な ど の さ ま ざ ま な 環 境 汚 染 問 題 を も た ら し て い る の も 事 実 で あ り、 莱 陽 市 で も そ う し た 問 題 が 徐 々 に 顕 在 化している。 参 考 文 献 ③ か ら 中 国 農 業、山東省農業の直面する化学肥 料・農薬施用等に関わる問題が以 下のように整理できる。中国全土 では一九九〇年から二〇〇七年ま でに耕地面積が増加しないか、む しろ減少しているのに対して、化 学 肥 料 と 農 薬 の 投 入 は そ れ ぞ れ 一 ・ 九七倍と二 ・ 二一倍といずれも 急増している。山東省の単位面積 当 た り 化 学 肥 料 投 入 量 は 全 国 の 一 ・ 六 六 倍、 農 薬 投 入 量 は 全 国 の 二 ・ 一 八 倍 に 達 し て い る。 こ れ は 山東省における野菜生産の発展に よるものである。その結果、とく に野菜産地において化学肥料と農 薬の過剰投入による土壌構造の劣 写真1: 朝日緑源農場の周辺を散歩する老人とヤギ。同農場は、地域と 調和した発展を目指している(2009年7月、山田七絵氏撮影)。持
続
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化、土壌汚染問題と地下水への汚 染 問 題 が 深 刻 化 し て い る と さ れ る。ここでいう土壌構造の劣化と は、団粒構造(粘土や砂などの粒 子、 有 機 物 由 来 の 腐 植 な ど が 集 まって固まったものを指し、団粒 によって構成される土壌は適度な 空隙が存在し排水性および保水性 に優れる)の崩壊によるものであ る(農業環境汚染については邱論 文参照) 。 筆者は実際に朝日緑源の所在す る地域の農家でヒアリング調査を 実施したが、多くの農家で「耕作 中に圃場の土壌の物理的な硬化に よって作業に影響がある」との回 答が得られた。その対策として多 くが「有機肥料を使用したい」と 回答している。このように農家自 身も化学肥料に過度に依存し有機 肥料の投入が少ない現在の農業シ ステムに疑問を持っており、これ を改善したいと考えている。こう した中国農業の直面する深刻な課 題を背景として、朝日緑源は創立 された。以下では企業設立の経緯 および事業の特徴を説明しよう。
三.
朝
日
緑
源
の
成
立
の
経
緯
と
事業の特徴
⑴設立の経緯と発展 一連の朝日緑源事業ではまず二 〇 〇 六 年 四 月 に 農 場 が 開 設 さ れ、 続 い て イ チ ゴ、 ス イ ー ト コ ー ン、 アスパラガス等の野菜、酪農等の 農業生産を担当する「山東朝日緑 源 農 業 高 新 技 術 有 限 公 司 」( 山 崎 史雄董事長、資本金一九億円)が 二〇〇六年五月に設立された。出 資者はアサヒビール㈱、住友化学 ㈱、伊藤忠商事㈱であり、三社の 出 資 比 率 は そ れ ぞ れ 七 九 %、 一 三%、八%である。直営農場の面 積は約一〇〇ヘクタールで、周囲 の五行政村六六〇戸あまりの農家 から農地を二〇年の賃貸契約によ り集積 (農地利用権の賃貸による) し、直営農場を設置している。 つぎに、前述の「山東朝日緑源 農業高新技術有限公司」が生産し た生乳を加熱殺菌加工し、パッキ ング、販売する「山東朝日緑源乳 業 有 限 公 司 」( 山 崎 史 雄 董 事 長、 資本金八億四〇〇〇万円)が二〇 〇八年四月に設立された。出資者 はアサヒビール㈱九〇%、伊藤忠 商事㈱一〇%である。牛乳加工工 場の建築面積は約二四〇〇平方キ ロメートル、主要設備として遠心 分 離 機、 U H T( Ultra High Temperature ) 殺 菌 機、 均 質 機 等 を備えている。この山東朝日緑源 乳業有限公司の設立によって、牛 乳の生産、 加工、 販売の一 貫 し た シ ス テ ム が 完 成 し た。 そ も そ も こ の 朝 日 緑 源 事業は、 二〇〇三年一〇月 に 張 高 麗 山 東 省 中 国 共 産 党委員会書記 (当時) とア サ ヒ ビ ー ル ㈱ の 瀬 戸 相 談 役 (当時) との会談から始 ま っ た。 ア サ ヒ ビ ー ル ㈱ は、 当時すでに山東省煙台 市 の 煙 台 ビ ー ル と 合 弁 事 業を進展させており、 山東 省 政 府 の 関 係 者 と の 交 流 が 盛 ん で あ っ た こ と か ら この会談が行われた。張高麗書記 から 「中国が直面する三農問題 (農 業・農村・農民問題の総称、詳し くは参考文献②参照)の解決のた めに、これからの中国農業の発展 のモデルとなる企業的大規模農業 経 営 を 展 開 し て い た だ け な い か 」 と の 打 診 が あ り、 こ れ に ア サ ヒ ビール側が応えたことから朝日緑 源 事 業 が 開 始 さ れ た と さ れ て い る。後に述べるように、設立当初 から現在の中国農業が直面してい る零細規模問題、農民の低所得問 題、化学肥料・農薬の多投と土壌 の劣化と地力維持問題、残留農薬 と食品安全問題等の諸問題を改善 するための、ひとつの先進的大規 模農業経営モデルを提示すること が求められていたのである。 この張・瀬戸会談の後、実務的 な検討と農場候補地の選択が繰り 返された。二〇〇五年一二月に山 東省莱陽市沐浴店鎮に農場設置を 決定し、会社設立準備を進める傍 ら、二〇〇六年四月には周辺の農 地利用権を有する農家との農地賃 貸契約が交わされ、企業農場が本 格的に設置された。現在、大型温 室 九 棟( 三 ヘ ク タ ー ル )、 小 型 温 室 十 二 棟( 三 ヘ ク タ ー ル )、 多 数 の簡易温室、堆肥関係施設等が設 写真2:広大な朝日緑源の牛舎 (2009年12月、山田七絵氏撮影)。持続可能な農業の構築に関わる企業の取り組み―山東省「朝日緑源」の事例―
コ ー ン の 初 出 荷 に 至 その後、 ミニトマト、 薬草、 に は オ ー ス ト ラ リ ア か ら さ ら に 二 五 〇 頭 が 追 加 )。 続 い て 二 〇 〇 八 年 一 月 に は 母 牛 の 搾 乳 開 始、 同 年 八 月 に は 牛 乳 工 場 が 竣 工 し、 九 月 か ら 日 本 国 内 仕 様 と 同 等 の 成 分 無 調 整 チ ル ド 牛 乳「 唯 品 純 牛 乳 」 の 発 売 が 開 始 さ れ た( 中 国 で は 常 温 保 存 が 可 能 な ロ ン グ ラ イ フ ミ ル ク が 主 流 )。 二 〇 一 〇 年 一 二 月 末 の 乳 牛 の 飼 養 総 頭 数 は 一 八 三 二 頭、 う ち 経 産 牛 は 一 一 〇 一 頭、 育成牛八二一頭に達している。開 場 か ら 現 在 ま で の 牛 乳 生 産 量 は、 二〇〇七年九五〇トン、二〇〇八 年三二八〇トン、二〇〇九年四三 〇〇トン、二〇一〇年五三四〇ト ンと着実に増加している。牧場で は最新の牧場管理システムを導入 し、ICタグによる個体管理と解 析ソフトを組み合わせて、搾乳量 の 管 理 と 予 測、 牛 乳 成 分 の 分 析、 受精や妊娠の繁殖管理を一頭ごと に実施している。 二 〇 〇 九 年 三 月 に は、 ア サ ヒ ビール㈱の研究機関の研究者が出 向し、 朝日緑源研究所が設置され、 主に農業生産と循環型農業システ ムにかんする技術的な研究活動も 開始された。 現在、山東朝日緑源農業高新技 術有限公司の正社員は約一〇〇人 ( 日 本 人 一 〇 人、 中 国 人 九 〇 人 )、 このほか短期のパートタイム従業 員が約一四〇〜二〇〇人 (農繁期 ・ 農閑期により増減) 在籍している。 正社員は約二〇名である。 このように、実質三年余で農場 が 設 立 さ れ、 運 営 が 軌 道 に 乗 り は じ め、 生 産・ 販 売 が 開 始 さ れ た。 こ れ は ア サ ヒ ビ ー ル ㈱ を 始 め と す る 日 本 側 の 多 大 な 努 力 が 実 を 結 ん だ 成 果 で あ る と 共 に、 こ の 朝 日 緑 源 起 業 の そ も そ も の き っ か け が 、前 述 の よ う に 中 国 側 ( 山 東 省 政 府 )の 要 請 に 基 づ く も の で、 農 業 問題に危機感を持つ中国側の強い サポートが存在したことの結果で あることも否定できない事実であ ろう。 ⑵経営方針 こうした経緯で成立した朝日緑 源は、基本的に日本から先進的な 農業技術と設備を導入して農業経 営と食品加工を行っているが、以 下の四つの柱を基本的な経営方針 写真3:朝日緑源のハウスで栽培されるイチゴ (2009年12月、山田七絵氏撮影)。 排水の再利用 堆肥熱の再利用 (ハウス栽培・搾乳設備洗浄など) 市場への販売 雇用の創出 牛乳・肉 牛 牛糞 堆肥
朝日緑源
有機作物 飼料作物 土壌改良 堆肥の購入地 域
有機作物 食品加工残渣 購入飼料 地域ブランド化 安全安心で高付加価値な商品消費者
環境負荷の 低減 図1 朝日緑源が計画する循環型農業システム (出所)朝日緑源提供資料から作成。としている。 ①牛糞を用いた堆肥を利用して 化学肥料などに頼らず地力を 維持する「循環型農業」を実 現する(図 1)。 ② 農 民 へ の 技 術 指 導 を 実 施 し、 次世代の中国人農業指導者を 育成する。 ③栽培から物流・販売まで一貫 したフードシステムを構築す る。 ④安全・安心でおいしい農作物 を中国国内で販売し、食生活 の向上に貢献する。 ここで、この四つの経営方針の 背景にある中国農業の問題点を簡 単に説明しておこう。 ①と④で循環型農業と食品安全 が重視されている背景として、以 下のような中国農業の事情を説明 する必要があろう。中国農業はか つて多くの農書に記されているよ うに、農業と畜産業、農業と水産 業の循環等を基本とした、合理的 な 農 業 生 産 シ ス テ ム を 有 し て い た。一九七八年に現在の改革開放 政策が実施され個別経営が主流と なってからは、小農経営下の制約 と短期的な収益性が重視されたこ とにより、前述のように過度に化 学肥料と農薬に依存する農業シス テムへと変化した。この農業シス テムは単収の増大によって農家所 得を向上させたが、他方で生産コ ストの上昇、土壌の物理特性の悪 化、残留農薬などによる食品公害 問題、地下水の汚染等の諸問題を 引き起こしていることはすでに述 べたとおりである。 朝日緑源では酪農からの糞尿か ら作った堆肥を土壌に還元し、栽 培した作物を再び飼料とする循環 を構築することによって、こうし た問題に対応しようというもので ある。 これまでの堆肥使用状況は、 緑源社内への堆肥の供給が二〇〇 七〜〇九年に約三〇〇〇トン、さ らに地域への堆肥の供給が二〇〇 八年八一トン、二〇〇九年二〇ト ン、二〇一〇年には周辺農家や飼 料トウモロコシ契約農家を対象に 拡大した。 残留農薬問題等の中国の食品安 全問題が近年日本でも大きな問題 となったことは多くの説明を要し な い だ ろ う( 詳 し く は 参 考 文 献 ① )。 食 品 の 安 全 性 に 対 す る 関 心 は、中国国内でも同様に高まって いるのである。 ② の 農 業 技 術 普 及 に つ い て は、 近年の中国農村における技術普及 システムの停滞が背景にある。中 国の公的な農業技術普及組織はこ れまで一般に県政府の機関として 運営されてきたが、近年の行政改 革によりその機能が弱体化してい る。その結果農業技術普及システ ム上の不備が顕著であり、農家の 技術的未熟に起因する農薬・化学 肥料使用上の過誤事件(農薬の散 布時期や稀釈率の過誤)等が頻発 する原因のひとつとなっている。 ③ の フ ー ド シ ス テ ム の 構 築 は、 現状の中国の流通システムが多段 階に分かれており、中間商人の手 数 料 が 過 大 で あ る 点 に 問 題 が あ る。近年、 生産企業、 大規模農家、 農民専業合作社(一種の農業協同 組 合 ) か ら の 小 売 店 へ の 直 送( 産 直 ) が 注 目 さ れ て い る こ と を 背 景 に し て いる。
四.
朝
日
緑
源
の
生
産
管
理、技術指導
朝 日 緑 源 の 経 営 に つ い て は、 役 員 会( 董 事 会 ) が 最 高 意 思 決 定 機 関 で あ る。 アサヒビール㈱にとっ て 子 会 社 で あ る 朝 日 緑 源 を、 筆 頭 株 主 で あ る 日 本 の ア サ ヒ ビ ー ル ㈱ 本 社 の 役 員 会 が 管 理・ 監 督 す る システムとなっている。 総経理 (社 長) 、副総経理(副社長) 、営業部 長、管理部長等の重要ポストは日 本のアサヒビール㈱からの出向社 員であり、中国での販売戦略の立 案や経営実務に明るいスタッフが 派遣されている。 これにたいして、現場の生産管 理、技術指導については以下の特 徴がある。生産部門の中心である 酪農、野菜、イチゴ等の生産部門 の部長(栽培部長、循環部長、乳 牛部長)は、かつて独立行政法人 国際協力機構(JICA)の青年 海 外 協 力 隊 へ の 参 加 経 験 を 有 し、 アジア・アフリカ等の発展途上国 写真4:朝日緑源の巨大な堆肥製造施設 (2009年12月、山田七絵氏撮影)。持続可能な農業の構築に関わる企業の取り組み―山東省「朝日緑源」の事例―
術 部 門 の 分 離 と 協 力