• 検索結果がありません。

伊平屋島の念仏歌謡について: 沖縄地域学リポジトリ

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "伊平屋島の念仏歌謡について: 沖縄地域学リポジトリ"

Copied!
7
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Title

伊平屋島の念仏歌謡について

Author(s)

屋嘉, 宗克

Citation

沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 5(1): 105-110

Issue Date

1964-08-01

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/10806

(2)

いて

屋 嘉 ,三'" 刀言

}九六二年九月十二日より八日間、伊平屋島の学術調査の探訪をおこなったが、地理的条件に恵まれず中央との文化交流が 疎遠がちのため、沖縄本島においては消減しようとしているものが、僻地としての地理的隔離によって殆んど、原型のま h 保 存されているのが多く、研究資料となるべきものが数多く埋蔵されている。念仏歌謡についても、沖縄本島や伊平屋島でさえ 継承されずに、まさに.洩誠にひんしている一つであろう。 念仏歌謡は﹁継子念仏﹂・﹁親の御恩念仏﹂・﹁仲順流れ﹂の三つがあり、特に、 幸信(歌﹀・石川忠男(三味線伴奏﹀の両氏の協力を得て、テープ・レコーダーに集録する ζ と が 出 来 た 。 ﹁'桃子念仏﹂については、同名区の西江 い ま こ h で 、 ー寸 継 子念仏﹂・﹁親の御恩念仏﹂の二つについて歌調を紹介すると、 継 子 念 仏 なみあみだぶとき みだぶとき 五つぬとちにははむどて ( や

l

い ) 七つになたくとうむわりて ︿ た し が ﹀ みぐりしも しまじまくにぐに わがうゃにる人 ついんをらん

O

(3)

うりからよいよい ちょんざぬうふすめ まじまてうふすめ ぬがよあてなしぬ わがよゆしむしゃ 五つぬとしに 七つになたぐと しまじまくにぐに わがうゃにる人 たんでうふすめ わがうやまどにや ( 七 夕 ﹀ 七 月 七 日 な か ぬ と か ぐそぬ a七じょん く ら ぐ い た も せ に ひぎりのすでし にじりぬすでから ぬがよあんまよ ぬがよかなし子

-O

六 むどるみち はいいちゃて むぬよたぬま わんゆしむ びちゃあらん ははむどて うびんゲち ( た し が ) みぐりども ちゆいをらん わうやみしり うがまらん ひらちめん ちりためて うしかくち ちゆみうがで うまにめる うまにちよる

(4)

わぬんあんまと ぬがしかなし子 くぬどるちちぐが ままうやびれぬ たんであんまと やしるなかぐに しぢさちをいが うちゃとのはちばち はべるになてち あけじゅになてち うりるあんまが あ!なむあみだぷとち ︿ ら V ちゆみちなし ( ね ﹀ あにいゆが ははとめて なやびらん ( ら ) ちゆみちなち なてをとて なてくれば ( よ ) まちてくれ うきとゅん うきとゅん こ う ζ うになゆる ζ の念仏歌謡は、長者の大主前(阿弥陀如来のこと﹀ みだぼとち 父 親 御 の の 御 御 恩 恩 や 親 や 深 e爪 山 し り 高 も " 御 さ の 恩 念 仏 母御の御恩や海深さ -子・死んだ母と三名が登場し、戯曲化したものである。

O

(5)

O

八 山の高さやさとららん 海の深さやさとららん 経一や父御が股の上に、扇の風しあふがりて 夜や母御の懐に、十重さび八重さび 衣が中替ゆる毎に子寝して 濡れとる方にや母が寝て 全腰濡れれば胸ぬ上に うり程親に思はれて 親の御恩や今知らん 十ゆい二十んなてをてん 我が教方拝まって 夜ざちが明ればしぢに立ち 日もとに下りば辻にまち まっかにまつりばまちちらん あさぢの山ん押し別けて あさぢの山まで行て見れば 一しぢむいたや墓じるし 野原のちかゃに宿とやい 昨 由 民 の 夜 中 に 夢 拝 で

(6)

かなし我親のいめんでい うづでてさぐりば親話し 父呼び母呼で声すれば 声するものや山彦の 響きよる方に寄てみれば 二度胸に聞かさりて うり程浅し事のある うれからもとに戻て来 父御が手近さと取ひ尋ぢ 母御が年並取並て うりんち涙ややしまらん 涙や袖さに押ぬぐて うりから親の後ともる ζ の念仏歌謡は、対句法によって表現され、親の御思というものがいかなるものか、どうしなければならないか、という意 を含んでいる。伊平屋島においては、洗骨焼香の場合と三十三年忌の終り焼香が済んだ自に、 仏に申しのべ、乙れは仏に対する孝道と称しいままでも遺存されている。凡そ百年程前までは旧七月の孟蘭盆に三名ぐらいの ﹁継子念仏﹂・﹁親の御恩﹂を ︿西江幸治氏談) 沖縄のお盆祭と七月エイサ l の行事とは密接な関係があり、念仏歌謡も仏教音楽からの影響をうけ、仏教音楽が宗教的儀式 的性格から娯楽的方面へ推移するとともに民芸化するに到ったと考察できるのである。 グループで各戸を廻って、念仏を行っていたが現在では廃止されている。

O

(7)

一 一

O

註 -元文化財保護専門委員池宮窓口蹄氏は、新聞紙上の学芸欄において、七月 エ イ サ

I

の歴史の研 究 の一端として念仏 歌 謡につい てふれられ、仏教音楽の和讃と念仏歌謡のつながりを解明すべき大きな暗示を与えられてい る 。 そ の 中 で 、 ﹁古来沖縄に渡来した僧侶は察度王代(六百年前)禅鑑を始めとし、日秀・袋中など外数名の僧侶が来琉している。従って これらの僧侶たちによって仏教の流入ともに美術・工芸・建築等が勃興し、殊に社寺の建立が盛んに行なわれたが、そればか りでなく布教の一助として仏教音楽も行われている。即ち仏教と深い関 係 を有する沖縄の方 言 で創作された音 楽 に 念 仏

l

継 親 念仏・無蔵念仏・仲順流れの歌などがある﹂、と述 ぺ て お ら れ る 。 念仏歌謡を研究することによって、沖縄の行事の一つである﹁七月エイ サ

l

﹂の起源・発 生 にも遡及してい く と考えられ る 設 -琉球新報一九六

O

年 八 月 二 十 五 日 ︽ 金 ﹀

l

二 十 七 日 ︿ 土 ﹀ 七月エイサl の膝史

H

仏 教 の つ な が り と 定 繭 設 の 起 源 池宮 啓 輝 氏

参照

関連したドキュメント

に関して言 えば, は つのリー群の組 によって等質空間として表すこと はできないが, つのリー群の組 を用いればクリフォード・クラ イン形

  まず適当に道を書いてみて( guess )、それ がオイラー回路になっているかどうか確かめ る( check

森 狙仙は猿を描かせれば右に出るものが ないといわれ、当時大人気のアーティス トでした。母猿は滝の姿を見ながら、顔に

この chart の surface braid の closure が 2-twist spun terfoil と呼ばれている 2-knot に ambient isotopic で ある.4個の white vertex をもつ minimal chart

本論文での分析は、叙述関係の Subject であれば、 Predicate に対して分配される ことが可能というものである。そして o

父親が入会されることも多くなっています。月に 1 回の頻度で、交流会を SEED テラスに

学側からより、たくさんの情報 提供してほしいなあと感じて います。講議 まま に関して、うるさ すぎる学生、講議 まま

下山にはいり、ABさんの名案でロープでつ ながれた子供たちには笑ってしまいました。つ