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学位論文(博士)要旨
広義
Pestalotiopsis 属の分類体系の再整理
―遺伝子プールを基準にした種分類の検討―
玉川大学大学院農学研究科 野澤俊介
子嚢菌類は、交配試験による種分類が行える菌群が少なく、交配にかかわる遺伝子の一 つである MAT 遺伝子が欠損し交配能を失っているものもあるため(Robinson et al, 2019)、生物学的種概念による分類が困難である。そのため、現在は原記載で指定された 基準標本 1 つの形態を基準とした形態種が、一部の遺伝子から推定される分子系統進化系 統を反映しているかを評価しながら種分類が行われている。これにより、形態種が単系統 になり種がまとまる一方で、Aspergillus属菌、Colletotrichum属菌、Fusarium属菌など多 くの分類群で隠蔽種の存在が顕在化してきた(Gautier et al. 2016, Liu et al. 2016, Villani et al. 2016)。そこで、本研究では子嚢菌の種分類の問題を解決するために、広義Pestalotiopsis属(狭義Pestalotiopsis属菌、Neopestalotiopsis属菌、Pseudopestalotiopsis
属菌)をモデル菌として、本属の現行の分類体系を評価し、そのうえで新たな種概念によ る種分類の検討ならびに本属の分類体系の再整理を行った。なお、現在Neopestalotiopsis 属は 36 種、Pseudopestalotiopsis属は 16 種報告されている。狭義Pestalotiopsis属は、3 属に分かれる前の種名が混在しており正確な種数は不明である。 第 1 章では、子嚢菌の分類の種概念の概要、広義Pestalotiopsis属菌の分類の変遷につい て解説した。 第 2 章では、有性時代と無性時代の形態学的解析および分子系統解析から、属の分類体系 を評価し、無性時代の形態学的解析および分子系統解析から種の分類体系について評価した。 属 の 分 類 体 系 を 有 性 時 代 の 形 態 か ら 評 価 し た と こ ろ 、 本 研 究 で 初 発 見 の
Pseudopestalotiopsis属の有性時代と既に報告されている狭義Pestalotiopsis属(Kobayashi et al. 2001, Watanabe et al. 2018)およびNeopestalotiopsis属(Silvério et al. 2014)の有性 時代の形態(子嚢殻、子嚢、子嚢胞子)の特徴が一致することが明らかになった。さらに、 その形態は 3 属が所属するSporocadaceae科の他属の有性時代の形態(Tanaka et al. 2011, Senanayake et al. 2015, Bonthond et al. 2019)とは異なっていたため、広義Pestalotiposis属 3 属の有性時代の形態は 3 属特有のものであることがわかった。 また、無性時代の形態を評価するために、分生子の形態を比較した。本属菌は、透明な 基底細胞、有色の中央 3 細胞、透明な頂端細胞の 5 細胞で構成される分生子を形成し、基 底細胞からは 1 本、頂端細胞からは 1 本から複数本の付属糸が発生する。この分生子の構 造の中で 3 属を区別する特徴である中央 3 細胞の色調を調査した結果、狭義Pestalotiopsis 属には同色かつ淡色、同色かつ濃色および異色の分生子を形成する菌株、
2 Neopestalotiopsis属には同色および異色の分生子を形成する菌株、Pseudoestalotiopsis属 には同色かつ淡色および同色かつ濃色の中央 3 細胞を有する分生子を形成する菌株が認め られ、各属特有とされていた特徴が 3 属で混在していることが明らかになった。 次に、Maharachchikumbura ら (2014)に従い、広義Pestalotiopsis属について種同定さ れている菌株と現行では同定できない菌株を用い、3 属別々に ITS 領域、β-tubulin 領 域、TEF1領域の結合データをもとにした分子系統解析および分生子の形態学的解析を行 い、種の分類体系の評価を行った。その結果、狭義Pestalotiopsis属とNeopestalotiopsis 属には、形態的に同種とみなされる菌株が多系統になる問題が再確認された。また、 Pseudopestalotiopsis属では、進化距離の短い単系統内に異なる形態の菌株が見出された。 つまり、分類できない菌株の発生が認められ、広義Pestalotiopsis属の現行の種分類の方法 には問題があるということが明らかになった。 第 3 章では、種数が少なく分類体系の全容を明らかにしやすいPseudopestalotiopsis属 を対象として、3 種 6 菌株(MM14-F0015; Ps. dawaina ;タイプ株,NBRC 112264; Ps. myanmarina;タイプ株,NBRC112252; Ps. vietnamensis;タイプ株)および未同定の菌株 (NBRC 112258, VT13-F1029 株, VT13-F1042 株)を供試して、エバンズブルー染色、コッ トンブルー染色、GFP 標識核を有する形質転換体を用いた菌糸融合実験を行った。その結 果、すべての組み合わせで菌糸融合が認められ、24 のうち 10 組み合わせで核の移動が観 察された。核の移動は 14 組み合わせで検出されなかったが、生物学的種概念の再帰的定義 を適用すると、直接同種と間接同種の関係で 1 つのネットワーク(菌糸融合ネットワーク群) としてまとまり、供試した 6 菌株が同じ遺伝子プールを共有することが推察された。
第 4 章では、従来の ITS 領域、β-tubulin 領域、TEF1領域の 3 遺伝子領域を指標にし た分子系統樹と全ゲノムデータから得た 6,187 遺伝子のアミノ酸配列をもとにした分子系 統樹を比較した。その結果、従来の解析で得られた分子系統樹の枝の信頼性は低かった が、全ゲノムデータの樹形とほぼ変わらなかった。このことから、第 2 章で顕在化した 「形態的には同一の菌株が多系統になること」、ならびに「異なる形態の菌株が進化距離の 短い単系統になること」の原因は、種の範囲が原記載の基準標本 1 つの形態の範囲に限定 され、種内で認められている形態の多様性の範囲が非常に狭いために、分子系統樹の末端 の枝の過大評価につながったことにあると考えられた。 属の階級の分類体系を全ゲノムデータ解析で得られた 6,081 遺伝子のアミノ酸配列をも とにした分子系統樹と 10,809~14,891 遺伝子のアミノ酸配列をもとにした相同性比較から 再検討したところ、広義Pestalotiopsis属の 3 属が単系統内の姉妹群であることが示され た。 また、第 3 章で得られた菌糸融合ネットワーク群に所属する菌株間の遺伝子の多様性の 範囲を 10,809~14,848 遺伝子のアミノ酸配列の相同性解析にて調査したところ、その遺伝 子の多様性の範囲の境界線の閾値は 94%の相同性であった。なお、菌糸融合に供試しなか った 1 種 1 菌株(Ps. fici ; w106-1 株)と未同定の 2 菌株(MAFF 238515 株, NBRC
3 112258 株)もこの遺伝子の多様性の範囲に収まった。これら同じ遺伝子プール内の 8 菌株 は、6,081 遺伝子の全ゲノムデータをもとにした分子系統樹で単系統であることを証明し た。 最後に、第 5 章では本研究で得られた知見から、広義Pestalotiopsis属を 1 属に統合す ることを提案した。また、菌糸融合ネットワーク群をもとにした新たな種概念の提案なら びにこの種概念による種分類の展望を記述した。