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地方の時代と文化戦略 : その虚実をめぐって

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Academic year: 2021

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(1)地 方 の 時 代 と文 化 戦 略 ―― その虚実 をめ ぐって一―. 芦. 田. 郎. 徹. The Age of Local Community and the Cultural Strategy: Rcality and Fiction ASHIDA Tetsuro sttα ttJ)marked by dis― Abstract:It is said that today's Japan is becoming a gap― widening society(bた クsα ―. parity between winners(滋zθ ん. J―. g況. j)and losers(“ αたι― g夕. J)。. PerhapS such disparity has expanded earliest. “. “. and most seriously between Tokyo or the metropolitan area and the other provinces of Japan. But,for some reason or other, for a few decades when the difference or inequality between Tokyo and the other regions has escalated remarkably, many people have been talking about the reevaluation of and the expectation for Z“れjク (ε んjん θ んθブJ― “ ιAgι げ Lθ θαJ ew the reality and iction in the discourses of割 り. local community liL and its culture.This period has been called ttι Agι げ グαJ)。 Why?In this paper l attempt to re宙. Lθ θ αJ Cθ. ηz′ ん ン eSpecially focusing on the cultural strategy. In this review l show some dilemmas, which many “ Japanese local conllnunities of today are confronted with,concerning “economy and culture'' or “Inoney and Cθ. J′. soul".. へ の「不安」 におびやか されてい る とい うわ けであ 1。. 東 京 ― 地 方 格 差 と文 化 へ の 期 待. る。 もちろん,こ うした議論 に対 しては,客 観的 なデ ー タにて らして実態 はない とい う反論 もあるが,格 差. のい わゆ る「バ ブル経 済」 崩壊後 の 「失 われ た 10. 社会化 の進展 とい うことが,ひ とつの「イメー ジ」 と して国民 のあいだに広が っているとい う認識 では,多 ° くの論者 に共通 してい る 。. 年」 とよばれた長期 にわたる低迷 を経 て,戦 後最長 の. しか し,現 代 日本 の「格差」問題 が浮上 したのは. 大型景気 であ った「い ざな ぎ景気」 (57カ 月)を も超. 今 回が初めての ことではない。 1960年 代 に始 まった 高度経済成長 の恩恵 を大多数 の国民が享受 して「一億. 格差社会化 と東京一地方格差 「格差社会」論議 が にぎやかである。現在 ,1991年. える好景気が続 いてい るとい われる (2006年 10月 現. ,. 在)。 しか しその間,「 所得格差」 と「資産格差」 は広 が り (あ るい は顕在化 し),さ らには教育や就職 へ の. 総中流」 とい うことがいわれ,ま だその言葉が生 きて. 「機会格差」や「雇用 (形 態)格 差」か ら,「 フリー タ ー」「ニー ト」 の群れが暗示する若者たちの「希望格. 盛期 にかけて,「 東京 ―地方格差」が重要な国土問題. 差」 にいたるまで,国 民全体 の「階層化」ない し「階. ら高度成長期 にかけて急速に進 んだ農林漁業地域 か ら 大都市圏へ の人口移動 は,1960年 代半 ばか ら 70年 代. 級化」 が進んだといわれる。 その結果 ,東 京 ・六本木 ヒルズ に居 を構 える「 ヒル ズ族」 に象徴 される,一 握 りの「勝 ち組」 の豪奢 な生 活 が スポ ッ トライ トを浴 びる反面 ,多 くの人 び とは 「負 け組」や 「下流社会」へ と選別 ・淘汰 される こと. いた時代 , と りわけ「バブル経済」 の前夜 か らその最 ならびに政策課題 として浮上 していた。戦後復興期 か. にかけていつたん沈静化 した後 ,80年 代 に入 る と東 京首都圏 を主たる吸引圏に して再 び加速 し,1987年 には東京圏 と地方圏 との人口流入差 はピー クを迎 えて い たのである (野 崎英司 19942)。 こ うした集 中 は単.

(2) 甲南女 子大学研 究紀 要 第 43号. 36. 人間科学編 (2007年 3月. ). に「ヒ ト」 の問題にとどまる ものではな く,「 モ ノ」. 苦境 を打 開 しようとす る試 みのなかで ,「 (地 域 )文. 「カネ」「1青 報」等 を加えて ト― タルな「東京 一 極集. 化」 とその「個性」 に大 きな期待が寄せ られた ことに. 中」現象 となって現れていた。. も強 い関心がある。地域の文化 とその個性 とは,地 域. 当時進 んだ地域間格差 は,東 京 ―地方 とい う単純な. 社会のアイデ ンテ イテ イとプライ ドとの回復 のみなら. 二極化 とい うよ りは, もっと重層的な ピラミッ ド構造. ず,経 済的 な地域振興 において も, しば しば起死回生. 化であった。かつ て 日本 の雄都 を東京 と競 った大阪の. 的な期待が寄せ られたように思 えるか らである。本稿. 凋落 ぶ りは著 しか ったが ,他 方 では札幌 ,仙 台 ,広. は,「 文化」 をひとつ の戦略高地 に した地域振 興 とい. 島,福 岡 といった地域 ブロ ックの中枢都市. うアイデ ィアを検証す ることで,今 日の 日本 の地域社. (圏. )の 拡. 大が 目覚 しか った。 しか し,そ れはまた,そ れぞれの. 会,ひ いては日本社会全体がおかれている時代状況 の. 地域 ブ ロ ック内で,そ れ らの中枢都市. 一端 にせ まろうとするものである。. (圏 )と. 他 の県. 庁所在地な どの地方有力都市 (圏 )と のあいだの 「格 差」拡大 を意味す るもので もあ った。 さらには,地 方 諸県 における県庁所在地. (「. 県都」 とよばれることが. ある)へ の「一極集中」 と他 の県域 との 「格差」 の拡. 文化 への期待 2003年 に河合隼雄 ・文化庁長官. (当. 時)の 提唱 に. よって「関西元気文化圏構想」 とい うものが発足 して. こ うして,国 土 の辺. い る。 これは,河 合の言葉 を借 りれ ば,「 日本 中を活. 縁部 に位置す る地域では,「 最貧県」 といった言葉 が. 性化 してゆ く手 は じめ として,経 済の落ちこみが一番. 自嘲的 に多用 された り,単 なる人口減少にとどまらな. ひどい と言 われる関西 か ら,文 化で元気 を !」. ヽ い,地 域 モラール全般 の衰退 を意味する「′ の過疎」 亡 中 とい うことが深刻 に語 られた りしてい た 。当時 の東. ・ )と い う趣 旨で始 まった 元気文化圏」 ホームペー ジ. 3。. 大 も顕著 にみ られたのである. (「. 関西. ものである。河合は,次 の ように語 っている。. 京一極集中 と地方 における閉塞感 の広が りとは,今 日 の全般的格差社会化 (感 )の 先駆けであつた とい うこ. 文化庁長官 になって感 じた ことに,人 々があまりに. とがで きる。. も「不況」 にこだわって元気 をな くしてい ること ,. こうした経済を焦点に した地域間格差が地域 イメー. お よび政治 ・経済のみではな くあ らゆる ことに,あ. ジの格差 を伴 うものであ った点 にも留意する必要があ. まりにも東京一極集中傾向が強 い,と い うことが あ. る。なかには,む しろ地方的. (非 東京的)生 活 の実質. りました。/日 本中のあち こちの地域 をまわって. ,. 的な魅力 を称揚す る議論 もあった し (博 報堂生活総合. 日本人 は各所 に豊かな文化 をもち,大 きい力 を潜在. 研究所編 1989),現 に都会 の生活 を捨てて 「田舎暮 ら. させていることを知 りました。そ こで,こ れ らの力. し」 に憧 れる,少 なか らぬ 人びとの出現が話題 にな り. をもっと盛 り立てて「経済力」 のみではな く「文化. しか し,近 現代 日本 の底. 力」 によって, 日本 中を活気 づ け よ う と考 え ま し. 流 に一貫 してわだかまる「東京一極集中のメンタリテ. ……〕 日本中を活性化 してゆ く手 は じめ とし た。 〔. イ」 (藤 本建夫 1992)は ,「 差異化」 もしくは 「差別 化」 が ひ とつ の トレ ン ドで もあ った この時代 にお い. て,経 済の落ち こみが一番 ひどい と言 われる関西 か. (差 別)意 識 となって. ま した。 これは,関 西 は有形 ・無形 の文化財 も多. 表出 されていた。それは,い わば 「小東京」 である地 域 ブ ロ ックの 中枢都市や県庁所在地 とそ の他 の地方. く,文 化的な力 を大 い に持 っている, とい うことも. 5。. 始 めたの もこの頃である. て,ま ことに微細な地域間差異. (地 方 の なかの地方 )と. のあいだで見 られた し,「 ださ. ら,文 化 で元気 を │と い う運動 をは じめ ようと思 い. 考慮 しての ことなのです。不況 の ときに「文化」 の ことなど考 えられない, とい うのは間違 いで,文 化. い た ま」や 「 ぐんた まちば らぎ」 とい った埼玉 ,群. を盛んにする ことは,経 済の方 にも波及効果 をもつ. 馬,千 葉 ,茨 城な ど,首 都圏内の「地方」 を椰楡す る. のではないで しょうか。 (同 )紳. 言葉 が生み出 されたように,「 東京」内部 にお い て も 東京 ―地方 とい う位相関係が再生産 されていたのであ. こうした河合 の. (地 域 )文 化観 とまった く同 じもの. 地方. を,私 は,か つ て「む らお こ し」「 まちづ くり」 の掛 け声いが全 国各地 で賑やかだったころ,当 時 の任地 で. の地域社会の閉塞状況 とが 「地方 の時代」 といわれた. ある熊本で も聞いた記憶がある。後 に総理大臣 となる. 時代状況 を背景 に して広が ったことに,皮 肉なめ ぐり. 細川護熙が 1983年 に県知事 に就 任 し,か つ て NHK. 合 わせ を感 じずにはおれない。 また,地 方地域 がその. の看板 アナウンサ ーで あ った鈴木健 二 を 1988年 に県. 6。. る. 私 は,こ うした地域間格差. (地 域差別意識 )と.

(3) 芦田. 徹 郎 :地 方 の 時代 と文化戦略. 37. 立劇場 の館長 として招聘 した熊 本県 は,「 文化」 を中. た。 こうした現状 を踏 まえ, もはや大阪市が 「地方都. 核 とした地域振興施策 によつて当時全国的にももっと も注 目された自治体 のひとつで ある。。その うちの鈴. 市」 の一つ にす ぎないことを自認 した上で,そ の再生. 木 は,熊 本 に赴任す るやただちに県内全域 の視察行脚. 所 2005)。 まことにある意味 で「東京 一極集 中の影響. に繰 り出すが ,そ の体験 を次の よ うに振 り返 ってい. をもっ とも大 きく受 け続 けて い るのが大阪 であ る」. る。. (齊 藤慎. を図ろ うとする動 きもあるほどである (大 阪青年会議. H))と もい えるのである。. こ う した大阪 ・関西 の沈滞状況 を背 景 に浮 上 した 「天草 の大矢野町を皮切 りに,熊 本県下九十八市町. 「関西元気文化圏構想」 は,東 京一極集中 とは裏腹 に. 村巡歴 の旅 を開始 した」 ところ,「 ネ 申楽 ,雨 乞 いの. 低迷す る地方地域 において,依 然 として「文化」へ の. 踊 りや太鼓など,神 事 (か み ごと)に まつ わる心豊 かな芸能が,ど この町や村 で も,三 つ以上は残 され. 強 い期待 がかけ られて い るこ とを推測 させ る。「文 化」へ の思 い入れ とその背景 についての考察 は,地 域. てい る事実が少 しず つ理解で きて」「私 の心 の 中に. 社会 の現代的特性 ,ひ いては全般的な格差化が重要な. は,毎 日のように,こ の精神性 に満ち溢れた文化ヘ. イシュー になってい る,現 代社会 (現 代入)一 般 の特. の強烈 な吸引力が高 まっていった」。 ところが「地. 性 の一端 を明 らかにする手がか りを与 えて くれ るはず. 方 の人達は東京 のほ うばか り見 ていて,自 分 の郷土. である。そのためには もう一度 ,「 文化 の時代」 で も. を見てい ないので ある」。 しか し,や がて「突破 口. あ った「地方. はあ り余 るほ どある とい う事実」 に「確信 が持 て. ・ 。 を振 り返 ってお く必要がある. (地 域 )の. 時代」 とい う言説 とその実態. た」。「その一番底辺 をなすのは,私 のこの感動 であ る」。「これが全 国 の 日本人 に伝 わ らない はず はな い」。 (鈴 木健二 1992,59-64頁. 2。. 文 化 の 時代 と地 方 の 時代. ). 地域文化戦略の活性化 他方,強 力なリー ダー シップで熊本県 の文化行政 を. 1980年 代 の後半 ,後 に「バ ブル経済」 とよばれる. 時)は ,「 これ まで文化 と言 え. ことになる日本経済 の沸騰期 を頂点 に,地 域づ くりの. ば,経 済的 にソロバ ンに合わない もので,ま た文化 に. 文化戦略が全国的に急浮上 した。 こうした文化戦略 に. 経済効果 を期待する こと自体が何 か見当違 い な ことの. 即 して,先 端的 な設備 をそなえた美術館や文化ホール (そ れ も従来型の多 目的 ホール よ りも音楽や演劇 の専. 推進 した細川知事. (当. よ うに思 われて きま したが ,そ れは大変 な誤 解」 だ と,認 識 の転換 をせ まった。「産業や経済 の帳尻 も合 わせ なが ら,な おかつ,人 を惹 きつ ける文化 によって. 用 ホール)が 全国各地 に建設 され (森 啓編 1991),各 種文化 イベ ン トの舞台 を提供 した。 さらに,一 部 には. 地域 の活性化 を図ってい く」。 この ことが 「国で も自. ある種 の奇抜 さ故 に「デ イズ ニー ラ ンダイゼ ー シ ョ. 治体 で も大変重要な視点 だ」 とい うわけである. (細 川. ン」 (中 り │1理 1996)と 呼 ばれ る よ うな 「は しゃ ぎす. 護熙他 1991,H3-114頁. また彼 は,「『文化力』 こ )。 『 │1護 熙 そ最高 の 政治力』 であ り,『 経済力』 だ」 (細 り. ぎ」 をともないつつ も,デ ザイ ン性 を重視 した公共施. 1992,149頁 )と 大見得 を切 って もい る。. 設や住宅が建設 された。 文化へ の注 目は,地 域社会 の歴史や伝統や伝承 の再. さきの河合隼雄 による「関西元気文化圏構想」 の趣. 発見や再評価 も促 し,昔 なが らの古 い町並み保存運動. 旨説明が,か つて熊本 の鈴木健二 と細川護熙によって 語 られた,文 化 による地域振興構想 とほぼ完全 な相似. も全国的な広が りを見せた (宮 澤智士編 1987)。 伝統 的 ・民俗 的な芸能や工 芸 の復興 ・保存 の運動 が 高 ま. 形 をな してい ることは明白であ ろ う。それに,今 日の. り,1992年 には「地域伝統芸能等 を活用 した行事 の. 大阪ない しは関西が置かれてい る現状 も,か つ ての熊. 実施 による観光及 び特定地域商工業 の振興 に関す る法. 本や九州な ど周縁部地域社会が直面 していた状況 と似. 律」 (通 称 「お まつ り法」)力滞J定 されるまでなる。. 通 った ところがある。なが らく唯一東京 のライバ ルを. まずは行政 によって主導 された こうした動 きは,各. 誇示 して きた大阪ではあるが ,す でに 1978年 には大. 地に住民 グループによる「まちづ くり」 や「むらお こ. 阪市 の人口が横浜市 に抜 かれ,そ の地盤沈下は明白な ものになって い た。それが ,2006年 5月 1日 現在 の. し」 の 自主的活動 を誘発 した。 さまざまなメデイアで さまざまな取 り組 みが紹介 されてい るが,全 国すべ て. 人口推計で,大 阪府 の人口は神奈川県 を下 回 り,そ れ. の市町村 が一度はどこかで取 り上げられたと思われる. までの 2位 か ら 3位 に後退 した ことが明 らか になっ. ほどで,そ の事例 を数 え上げる ことは,ほ とんど不可.

(4) 甲南女子大学研究紀 要第 43号. 人間科学編 (2007年 3月. ). 1960年 代 の終 わ りか ら 70年 代 の初 めにかけて,「 大. 能 に近 い とい って も過言 で ない。 それ らの動 きはいず れ も,機 能 (効 率性 ,経 済性 ). きいこ とはいいこ とだ」 (チ ョコレー トの CM,1968). 重視 の近代 的生活環境観 に「文化」 とい う視点 か ら再 考 を迫 る もので あ ったが ,伝 来 の祭 りの復興 や再活性. や 「オー !モ ー レッ」 (ガ ソリンの CM,1969)か ら 「モー レツか らビューテ イフルヘ」 (複 写機 メー カーの. 化 とともに,新 たな地域 イベ ン トの創造 に も力が そそ. CM,1970)へ とい う,企 業 コマー シャルのキ ャッチ. が れ た 。 さ らには ,1981年 に神 戸 で 開 かれ た博 覧 会. ・コピーの変遷が まさに時代 の転換 の予告 であ ったと. 「 ポ ー トピア. '81」. は ,180日 の 開催期 間中 に 1,600万. 人 もの 入場 者 を集 め て 65億 円 の 黒字 を出 し (神 戸 ポ ー トア イラ ン ド博 覧会協 会 1982),1980年 代 の 「地方 日 博」 ブ ーム の先駆 け とな った 。 また ,そ う した文化 を核 に した地域 間交流 や国際交流 も盛 んに推進 された もので あ る (地 域 国際化研 究 会 1995,環 瀬 戸 内 圏交 流推進会議 1996)。 さ らに,竹 下登 首相 (当 時 )の 提 唱 に よ り 1988年 度 か ら始 まった「ふ る さと創生」事業 は,初 年度 には. ,. い うのは,多 くの論者が言及す るところである。 「モー レッか らビューテ イフルヘ」 の CMを プ ロデ ュース した藤岡和賀夫は,だ か らこそ「高度成長時代 の象徴的 なイベ ン トであ った,あ の万国博 の開かれた 四十五年 に,『 モー レツか らビューテ イフルヘ』 とい うスローガンがすでに人々の共感 を呼 んだのではなか ったか」 と振 り返 り,「 オイル ・ シ ョックはただ決定 的なカウンター・パ ンチ となっただけの ことである」 と断 じている. (藤. 岡和賀夫 1991,211頁 )。. 全 国 の市 町村 に一 律 1億 円 を交付 す る とい う「奇策」. また藤 岡 たちは,「 モー レツか ら ビュー テ イフル. に よつて話題 を呼 んだ。基本 的 に「 ソフ ト」事業 とし. ヘ」 と同 じ年 ,7年 の長期 にわたつて続 くことになる 旧国鉄 の「デ イスカバー・ジャパ ン」 キャ ンペー ンを. て規定 され ,そ れ以外 の使途 は各 自治体 の 自由な裁量 廣 )か ら さえ ,「 この 奇 抜 な政 策 ほ ど,長 い 日 で み. 手がけてい るが,そ こには「観光 キャンペー ンではな いんだ,実 は,デ イスカバー ・マ イセルフとい う心 の. て ,地 方 の 時代 にふ さわ しい,有 効 な機能 を呆 た した. キャンペー ンなんだとい う私 たちの主張」 が込め られ. もの も珍 しい」 (鈴 木廣 他編 19970五 頁 )と 絶賛 の 声 ‖ が上が ったほ どであ る 。. てい たのだ とい う. にゆだね られた この施策 は,正 統派 の社 会学者 (鈴 木. 当時 ,「 文化」 は ま さ しく地方 自治体行政 の 戦 略 高 地 の ひ とつ で あ った わ け で あ る 。 1983年 か ら 2期. 8. 年 間熊本県知事 を務 め ,「 田園文 化 圏」構想 の も とで. (同. ,20頁 )。 「国鉄 か らの要望 は. ポス ト万博対策 としての旅客誘致であったにもかかわ らず ,私 たちの提案 は売 り上げ促進 プロモー シ ョンで はな く,言 ってみれば,『 こころ』 のプロモー シ ョン だつた」 (同 ,24頁 )。. 国的 な注 目を浴. 「カ ネ」 と「モ ノ」 の時代 か ら「ココロ」 の時代 ヘ. び,後 に 「 日本新党」 を結成 して総理大 臣 に まで上 り. の移 り変 わ りは,高 度経済成長 の終焉 とともに,さ ま. 詰 め る こ とになる細 川護 熙 は ,「 行 政 と して残せ る も. ざまな社会的シーンにおいてはっきりとその姿 を現す. の は ,文 化 しか な い 」 (細 り ‖護 熙 1992,147頁 )と い. ことになる。 1973年 に原書が出版 され,石 7由 危機 を. う名言 を残 して い る。. 予告 した警世 の書 として話題 を呼 んだ E・ FOシ ユマ ッハーの『スモール・イズ ・ ビューテイフル』が,1976. 経済 か ら文化 ヘ. には 『人間復興 の経済』 とい う邦訳 で 日本 で も出版 さ. 「 日本 一づ くり」 運動 の展 開 な どで. /_・. 1980年 前 後 か ら膨 済 と して わ き上 が った 「文 化」. れる。. へ の注 目の背景 として ,大 型で長期 にわたつた 日本 の. 総 理 府 が 毎 年 実 施 して い る 「 国民 生 活 に 関す る世 論. 高度経 済成長 の終焉 を想 定す る こ とは容易 であ る。 こ. 調 査 」 で も ,オ イ ル 0シ ョ ッ ク 直 後 の 1979年 を 境. れ を契機 とす る,企 業 ,地 域 ,家 庭 な どあ らゆる社 会. に,「 物 の豊 か さ」 よ りも「心 の 豊 か さ」 が重 要 だ と. 場面 での 日本 人 の生 活 や行動 へ の 反省 と,新 たなライ フ ・ス タイルの希求 は,国 民 ・住民 自身 に よる文化 ヘ. す る 回答 が上 回 り,以 後 ,長 引 く不況 と低成長 の影響. の 関心 の増大 を促 す の に十分 な ものが あ った とい える. ぼ一 貫 してその差 は広 が ってい る (平 成 16年 6月 調. ので あ る。. 査 ・報告 )い. 1950年 代 の後半 か ら 20年 近 くに わた って続 い た 日. のせ い か ,近 年 は い くらか ふ らつ きがあ る もの の ,ほ. '。. また ,1978年 ごろのい くつ か の 意識 調. 査 は国民 の あ い だでの宗教 回帰 的傾 向 を示 してお り ,. 本 の 高 度 経 済 成 長 は ,1973年 の 「 オ イ ル ・ シ ョ ッ. こ う した動 向 は ,後 に 第 3次 と も 4次 と もい わ れ た. を迎 えるが ,時 代 の空気 は も ク」 に よって決定 的終虐、. 「宗教 ブ ーム」 とい う認識 につ なが ってい く。 さ らに. う少 し前 か らこの希有 な時代 の終焉 を予感 して い た。. は,こ の宗教 回帰 と軌 を一 に して ,高 度成長期 に全 般.

(5) 芦田 徹郎 三地方 の時代 と文化戦略. 的 に衰退 した日本 の祭 りの顕著 な復 興現象が全 国的 に 見 られたのである. (芦. 田徹郎 2001)。. こうした「こころ志向」が 「地方」 と「文化」 を目 ざした として も,不 思議で はない。 日本各地 の 自然 ・ 風土 ,景 色 ・景観 ,歴 史 ・伝 統 ,祭 礼 ・芸 能 や土 地 々々の暮 らしぶ り,ひ いては人 との出会 いその もの へ の旅 を誘 う「デイスカバー・ジャパ ン」 キャンペー. な買物」「スモール・イズ・ビューテイフル」「手づ く り」「理屈 よ りも感 じ」「科学 よ りも宗教」「発展 よ り も安定」等 を,思 いつ くままにあげてい る (同 ,41 頁)。 そして,「 生活す る喜びや生 きがいの追求に関す る経済行為」 の重要性 に注意を促 したのである (同 49頁 )。 この予言 は,か なりの程度 まで当た り,そ し ,. てはずれた。. ンが,実 は「デイスカバー・マ イセルフ」 とい う基本 コンセプ トに導 かれた ものであ った,と い う藤岡和賀. そして「地方の時代」. 夫 の述懐 もそれを証明 してい る。 しか し同時 に,「 モノ・カネ」志向か ら「 ココロ」. さきに 1970年 に女 台まる「デ イスカバー・ ジャパ ン」 キャンペー ンを回顧 したが,「 地方」への関心 に しても,「 文化」への関心 と似 たところがある。関川. 志向へ の路線変更 の延長線上にあ るはず の「文化」ヘ の関心 の高 まりは,逆 に,経 済 の傾1か らも文化 に熱 い 視線 が浴 びせ られるであろ うことを暗示す るものであ った。「デ ィス カバ ー ・ ジ ャパ ン」 キ ャ ンペ ー ン 自 体 ,旧 国鉄 だけで開催期 間中に 2,200万 人 もの入場者 を運んだ とい う,大 阪万博後 の旅客誘致 キャンペー ン として企 画 された ものであ った (藤 岡和賀夫 1991,38. 夏央 は「一九七五 年 以降 の 地方復 権 へ の 動 きは ……〕実 は七〇年から七四年 に至る過渡期,す でに 〔 その兆候 は見 えていた」 とい う。それは,「 ふれ あ い」「ぬ くもり」「やさしさ」 といった言葉 で もって 「故郷 または地方へのあ こがれを歌 った」 フオー クソ ングの流行であ り,「 方言の 〔 再〕評価」であ り,「 コ ミューン運動」の広が りである。(関 川夏央他 1996,156. 頁)。 それ を藤 岡 は,そ の独 自の倫理観 ない し美意識 か. -158頁 ). ら,「 観光 キャンペー ンではない んだ,実 は,デ イス. 「一定地域 の住民 が ,そ の地域 の風土的個性 を背景. カバー・マ イセルフとい う心 のキャンペー ンなんだ」. に,そ の地域 の共同体 に対 して一体感 を持 ち,地 域 の. 「売 り上げ促進 プロモー シ ョンではな く,言 ってみれ. 行政的 ・経済的自立性 と文化的独立性 とを追求す るこ. ば,『 こころ』 のプロモー シ ョンだった」 (前 出)と 振. と」 (玉 野井芳郎 1990,29頁 )と い う「地域主義」 に. り返 っている。企業体 の「広告」か ら「経済」 を消去. 立脚す る研究者 たちが ,「 地域主義研究集談会」 を発. する ことで「こころ」 を救済す るとい う一種 の心理的. 足 させたのが 1976年 のことである. マ ジックを用 いて,自 分 自身を説 き伏せているのであ. ,4頁 )。 また 1978年 ,東 京都 ,埼 玉県 ,神 奈川県 ,横 浜市 ,川 崎. る。 カネとココロをめ ぐるア ンビバ レン トな時代状況 を示すエ ピソー ドである。. 市 の 5自 治体 による「首都圏地方 自治研究会」 で長洲 一二神奈川県知事 が提唱 した「地方 の時代」 (「『地方. こうした時代状況 において,お そ らくもっとも早 く 「文化」 と「経済」 との結 びつ きの積極的意義 を指摘. の時代』 を求 めて」,『 世界』 1978年 10月 号 )は ,各 方面 に大 きな反響 を呼 び,こ の言葉 は来 るべ き時代 の. し,相 応 の反響 をよんだのが 日下公人の F新 ・文化産. 方向性 を示す もの として一世 を風靡す ることになる。. (同. 日下. 1978年 に総理大 臣 となった大平正芳 は,就 任直後. のこの著作 は,言 及 されてはい るものの明言 されてい. に中長期 の政策 ビジ ヨンの検討立案 を目的に,私 的諮 問機関である 9グ ルー プか らなる政策研究会 を発足 さ. 業論』 (1978)で ある (清 成忠男他 1980,6頁. )。. るわけではないが,明 らかにその理論的枠組 みは,A ・H・ マズローの欲求段 階説 によってい る。 日下は. せたが ,そ の 中には,「 文化 の時代研究 グループ」 と. 高度成長 を経 て,い わば「 自己実現欲求」段階に達 し. 「文化 の時代 の経済運営研究 グルー プ」 が含 まれて い. た 日本社会 に対応 して,経 済がす ぐれて 「 こころ」. た。 また「田園都市構想研究グループ」 は「田園都市. (心 理学)の 問題 だとい う認識 (日. 下公人 1978,53-55. 国家」 とい う構想 をまとめ上げたが,こ れ らの作業 の. 頁)の もと,「 文化開発」 (同 ,9頁 )の 必要性 を説 い. 前提 には,「 文化 の時代」 と「地方 の時代」 の到来 と. ていた。. い う基本認識 があった. ,. 日下 はこの時代 の「基本 的欲求」 の動 向 と して. ,. 「家族主義」 のほか,「 未来志向ではな く過去志 向」. (自. 由民主党. 1880)。. 「文化 の. 時代」 と「地方 の時代」 は,ま さしく当時の時代認識 の双子 の兄弟 の ようなものであ った。. 「欧米追随ではな く日本帰 り」「東京中心 ではな くふる. 高度成長 は日本国民全体 の生活水準 を飛躍的 に押 し. さと帰 り (Uタ ー ン)」 「広告 に踊 らされない実質的. 上げた。 しか し,そ れは同時に,東 京 を頂点 とし地方.

(6) 甲南 女子 大学研究紀要第 43号. 40. 。 人間科学編 (2007年 3月. ). を底辺 とす る,日 本全土 的 な地域 間格差 を促進す る も. に用 い られ るに して もである。 ところが ,文 化行政や. の で もあ っ た 。 (地 方 )行 政 に よる 「 文 化 戦 略 」 に. 地域文化が云 々 され る際 の文化 は,少 な くとも表 向 き. は ,中 央 (東 京 )と の生 活 格差 を埋 め る もの と して. は そ の高低 ・優劣 を競 う よ りも,そ れぞれの土地 に住. 「地域文化」 に期 待 が 集 まった とい う側面 が あ る。 そ. む人たちの暮 ら し振 りや生 き方 の 固有性 や独 自性 を強. こ には,経 済 が先 か文化が先 か は別 に して ,文 化振興. 調 して語 られ る傾 向 が強 い。 これは,あ る社 会集 団 に. が地域振 興 の 中核施策 にな り得 るはず だ とい う認識が. よって獲得 されか つ 世代 的 に伝達 され る生 活様式 ない. あ った こ とは疑 い得 ない 。 これ が 結果 的 には,経 済格. しは行動 パ ター ンとい う,文 化 人類学 や社会学 で 用 い. 差 以上 に大 きい 中央 (東 京 )一 地方 間 の 「文化格差 」. られ る 「文化」 の概念 に近 い もので あ るが ,あ るが ま. を思 い知 らされる こ とになるに して もである。. まの 地域 の暮 ら しかた 0生 きかた を指示す る「認識」 概念 や 「記述」概念 に とどまる もので もな い。. 3。. 梅樟忠夫 は,文 化 人類学 な どでの学 問的定義 は別 に. 地 域 社 会 の文 化 戦 略. して ,一 般 には 「文 化 とは何 か とい う よ うな定 義 論 は,お お むね不毛 の議論 に陥 りやす い」 として「深入. 文化行政 と行政の文化化 い ま,あ らためて「地域文化」 を考 えるためには. り」 に警告 した うえで,「 文化行政 とい う ときの文化. ほぼ 30年 にわたって 「文化 の時代」 をリー ドして き た地方 自治体 の取 り組 みを振 り返 ってお くのが よい。. と申 しますのは,要 す るに国民 の 日常生活 における 、 『″ のゆと り』 の問題 だと」 してい る。「つ まり,職 業 亡. 1970年 代初頭 か ら関西 の府県 に始 ま り全国に広が っ. ヽ の遊 び」,す なわち「財産 の や経 済活動 か ら離 れた′ 亡. た「文化行政」 は,や がて行政 じたいの文化的革新 を. 獲得 ,つ まり,金 儲けそのほかの実利的な目的か ら離. 意味する「行政の文化化」 とい う新たな コンセプ トを. れた生活活動 のすべ て」 が 「文化」 だ とするのである. 獲得 して くる。 この流れは,そ れまで教育. (上. ,. (委 員会). 行政 の管轄 であつた「文化」が一般行政 の中核的課題 のひとつ になって くる過程 であった. (文 化 に行政 を. !. 田篤編 1983,53頁 )。. 同様 の例 をあげれば,樺 山紘 一は「文化 とは端的 に い って ,生 活 の 質 にかかわる事項 で あ る」 (森 啓編. 行政 に文化 を !)。 それ とともに,各 レベ ルの 自治体. ……・〕 自 1988,28頁 )と し,細 川護熙 は「文化 とは 〔. 首長部局 に文化担当のセ クシ ョンが増加 し,「 文化 の ための 1%シ ステム」 (公 共建築物 のデザ イ ンヘ の建. 然環境 ,経 済的 な生活 の快適 さに加 えて,そ こで生活. 築費 1%の 充当)や 「文化 アセスメン ト」 (公 共事業 へ の 文化 的評価 )と い った概 念 も導 入 され て い っ. │1護 熙他 1991,151頁 )と 述 べ て い る。 ませ ん」 (細 り これ らは要す るに,文 化 とい うものを,経 済的 ・金銭. た16。. 的価値 に還元 されつ くせ ない,「 生活 の質の よさ」 な. する ことによ り精神が満 たされるものでなければな り. 当時の行政 による「文化」へ の注 目は,文 化が現実. い しは「暮 しやす さ」 として とらえてい るのである。. の生活 か ら遊離 した贅沢 や装飾ではな く,人 びとの 日. こ うした「文化」 は,必 ず しも今あ るが ままのライ ・ フ ス タイルや生活環境 のことではな く,む しろ今後. 常 の地域生活 に不可欠なものだとい う認識が高 まって も「地域」 と「生活」 に結 びつ けて考 えられてい るの. 獲得ない しは回復 されるべ き何かである。それは,あ るが ままの地域社会の暮 らしかた ・生 きかたを指示す. である。神奈川県 の職員 であ り,「 行政 の文化化」推. る「認識」概念や 「記述」概念 ではな く,ま た住民 の. 進 の論客 であ った森啓 は,「 文化行政 とは 『人び とが. 目標や手本 として達成 されるべ き出来合 いの「規範」. いつ まで も住みつづ けていたい と希 い,そ こに住 んで. 概念や 「模範」概念で さえない。 む しろ,わ れわれが. い ることが誇 りに思える,そ のような文化の根づいた. それを目々の生活実践 をとお してつ くり上げ,つ くり. 地域社会 をつ くるための行政 の さまざまな営 みであ. 直 して い くとい う意味 で ,「 生 活」概念 で あ り「運. る』 と定義」 してい る (森 編啓 1988,243頁. 動」概念 なのである。. きた ことを示 してい る。 ここで「文化」 は,あ くまで. )。. 従来 ,「 文化」や 「文化的」 とい えば,何 ほ どか高. 日々の地域生活 のなかで営 まれる「暮 らしかた ・生. 尚ない し高級なものを合意する傾向が強か った。宗教 ・道徳 ・芸術 ・学問 など,人 間の高度な精神活動 とそ. きかた」 の探求 は,お のずか ら「暮 らしやす さ・生 き. の所産 として とらえるか,自 動車 0飛 行機 0コ ンピュ ー タ・電気 ・水道な どの普遍的 な技術 に基礎 をお く ,. 安全 ・便利 ・快適 な生活様式 としての「文明」 と同義. やす さ」 の追求 に結 びつ くであろ う。「暮 らしやす さ ・生 きやす さ」 とは,一 言でい えば「アメニテ ィ」 と 言 いかえることがで きよう。宮本憲一の言葉 を借 りれ ば,「 市民文化運動」 とは「アメニ テ イを求 める運動.

(7) 芦田. 徹郎 :地 方 の 時代 と文化戦略. の一 つ である」 (森 啓編 1988,9頁 )。 この場合 ,(地 域)文 化 は「アメニテ イ」 とほぼ同義語 である。宮本. 頁。傍点芦田). によれば,「 アメニ テ イとは,居 住環境 の価値 と関連. しか し,国 民 のあいだでの文化へ の期待 の増大 は. ,. してい る」 のであ り,「 住居 ,建 築様式 ,住 居内 の施. ヽ 「生活 にお けるゆとり」「ノ のゆと り」 とい う経済的繁 亡. 設,暖 かさ,光 , きれい な空気 ,自 然環境 ,歴 史的文. 栄 の「結果」 (=成 果)で ある とともに,お そ ら くそ. 化財 ,街 なみ,風 景 ,コ ミュニテ ィの連帯 ,人 情 ,地 域 的公 共 サ ー ビス (教 育 , ・医療 ・福 祉 ・犯 罪 防. のオルタナテイヴ. 止 ),交 通 の便利 さの ようなものがふ くまれてい るの. ンテイア」論 の領域 に入るであろうし,後 者 に着 目す. である」 (同 ,17頁 )。. れば経済中心 とは別な「 もう一つの生 き方」の探求 に 進むであろう。清成忠男 は「この二つの軸 を交錯させ. 文化戦略のア ンビバ レンス. ながら議論をして」い く必要 を訴えていた. (代 替物)で. もある。前者 に注 目す. れば文化 にもう一つの経済の活路 を探 る「産業 のフロ. (清 成忠男. 文化 自体 の内在的発展や 自己主張 によってとい うよ り. 他 1980,10-11頁 )。 しか し私 には,こ の二つの軸 の 「交錯」 の前 に,む しろ両者が十分に「弁別」 されな. も,む しろ外的な要請 によつて もたらされた ことに留. かったことが,そ の後の「地域文化戦略」の混乱 と低. 意 しておかなければな らない。樺 山紘 一がい う よ う. 迷を招いたのではないかとい う疑念が残 る。. に,「 変化 はむ しろ 『文化』 の内側か らよりは,タ ト側 か ら起 こった」 ので あ り,「 経済 の高度成長 の過程 で. しか も事態 はさらに複雑 である。 とい うのは,文 化 へ の注 目が 「 もう一つの生 き方」 の探求 だ とい う と. ようや く,こ れ ら生活資材 における質の問題が提起 さ. き,そ こにも多分 に二重の意味が含 まれているか らで. れるよ うにな」 った (森 啓編 1988,27頁 )側 面 を否. ある。すなわち,ひ とつ は経済的繁栄が もたらしたプ. 定で きないか らである。. ラス効果 の「報償」 としての側面 と,マ イナス効果 の. ただ し同時に,こ う した. (地 域 )文 化へ の注 目が. ,. こうした留意 を含 め, もう一度地域 の文化戦略 の意. 「代償」 としての側面 とが背中合 わせ になってい るか. 義 と課題 を考 える必要があ る。そのためには,や は り. らである。高度成長が生み出 した経済的ならびに精神. その時代的背景 の原点にたち戻 って考察するのが適切. 的なゆ と りは,人 びとのあいだに経済的目標 を一応達. であろう。行政マ ンたちか ら「文化」 に熱 い視線がそ そがれ,「 行政 の文化化」 といった耳 なれない言葉 が. 成 した自信 と,1ラ ンク上の「上 質」 な生活 とそれを の期待 を高 めるであろ う。 保障す るよ り高度 な経済ハヽ. 使 われ始 め る よ う になる 1970年 代 の 中 ごろ とい え. 他方 で,公 害や 自然破壊 ,地 域社会 の崩壊 と人 間関係. ば,高 度成長が ようや く決定的な終焉 を迎 えた とはい え,そ の成果 として,多 くの国民が経済的余裕 を獲得. の希薄化 やモ ラルの低下などは,経 済発展 のマ イナス 効果へ の反省 と,当 面 の 目標 の喪失 とアイデンティテ. し,ひ いては,「 文化」 (経 済活動 とその直接的成果以. イの動揺 とによる不安 のなかで,従 来 の経済中心 とは. 上の もの)へ の欲求 とそれを享受す るゆ と りが生 まれ. 別 の「異質」 な生活 の探求へ と誘 うであろ う。. た時期 にあたる。当時,梅 樟忠夫 は,次 の ような見解 を披露 していた。. 高度経済成長 とその終焉 に対す る人びとのア ンビバ レン トな心理状況 の広が りのなかで打 ち出された「地 域 の文化戦略」 は,そ れ 自身が当初 よ リア ンビバ レン. 国民 の文化活動 の拡大あ るいは増大 は,一 体何 によ. トな性格 を帯 びていたといえる。端信行は「地域づ く. って もた らされた もので しょうか。近 ごろの文化行. りの文化戦略 とい うことでは,明 らかに農山村地域 の. 政 を語る人たちのあいだでは,そ れを低成長時代 の. ほ うが先駆的役割 を果 して きた」 ことに注 目し,「 こ. せいだとい う方が い らっ しゃい ます。経済活動が衰. れには明白な理 由がある」 とい う。す なわち,「 高度. えたか ら文化が出て きたのだ とい う考 え方でござい. 成長期 の地域づ くりは,い うまで もな く経済が課題 で. ます。つ まり文化 をもって経済 の代替物 と考 えると. あ った」 が ,「 こう した経済主導 の地域づ くりが で き. い うわけです。/し か し,本 当 はそ うではないはず. ない地方 は,そ のことを前提 に地域づ くりをスター ト. であ ります。私 はこう考えてい るのです。今 日の国. させねばならなか った」 ので あ り,「 経済 はは じめか. 民 の文化的欲求の増大 は,経 済的繁栄 のかわ りで は. らなか ったので あ る」 (橋 本徹編 1991,72-73頁 。傍. ない。 む しろ経済的繁栄 の結果 であ るとい うことで 、 のゆとり す。つ まり,物 質生活 におけるゆ と りが′ 由. 点芦田)。. を生んで きたのだとい うことです。(上 田編 1983,52. くりをリー ドすることになった」 という。音楽祭や映. そ して端は,そ のことが「結果的 に,文 化 が地域づ.

(8) 甲南女手大学研究紀要第 43号. 42. 人間科学編 (2007年 3月. ). 画祭が町づ くりを主導 して いった大分 県 の湯布 院町 (現 ・湯布市 )に して も,演 劇村 で知 られる富山県利. れ ども,わ れわれが い ま,あ らためて地域 の特性 ,そ. 賀村 (現 ・南砺市)に して も,三 州足助屋敷で知 られ る愛知県足助町 (現 ・豊 田市 )に して も,「 いず れ も. られ る よ うにな ったの は,ま さに 日本 の生 活基盤 が全 国的 に画 一 化 し,均 質化 して きたか ら こそ なので あ り. 文化が地域 づ くりを主導 して きた」。 とはいえ,そ れ. ます 」 (上 田篤編 1983,93頁 )と 釘 を刺 して い る。 そ. らはいずれ も「文化 にめ ぐまれた地域か ら地域 の文化. の上 で ,「 十分注意 して い ただ きた い こ とは ,わ れ わ. 戦略が育 ったので はない」 (同 73頁 )。 経 済 と同 じ. れは画 一 的 な文化 をようや く手 に入れたか ら こそ ,先. く,文 化 もまた「なか った」 のである。地域 の文化戦. に一 歩 出 られ るのであ って ,画 一 的 な文化 とい うもの. 略 とは,い わば「無 か らの出発」 であった。. の持 っている反面 の 欠点 に 目を奪 われ るあ ま り,後 ろ. してそ の特性 に根 ざ した多様 な文化 とい うもの を考 え. 向 きの議論 を してはな らない とい う こ とであ ります」. 4.文 化 戦 略 の 虚 実. (同. ,95頁 )と 警告 して い た。. 山崎が 「事 実経過」 に即 して文化 の均 質化 と画 一 化 の 積 極 的意義 へ の 注 意 を促 した の に対 し,梅 樟 忠 夫. 地ナ 或文化 の個性 とい うこと 経済の遅滞が文化に よる地域づ くりを導 いたとい う. は,そ れ よ りも早 く (1979年 ),同 じシ リーズ の シ ン. 端信行 の指摘 は,当 初か ら「文化」 が「経済」 に回収. ポ ジウムでの基調講演 にお い て ,そ れ こそが地方文化. される宿命 を予感 させるものである。文化経済学 の立. 行 政 が 目指 す べ き「 目標」 だ とさえ忠 告 して い た 。. 場 か ら「文化 を経済の手段 に してはならない」 と再三. 「 ち ょっ と逆説 的 な言 い 方 にな りますが ,地 方 自治 の. 08048頁 ),裏. レベ ル における文化行政 の 目標 は,実 は 中央 と同 じよ. 警告す る声 もあるが. (井. 口貢 1998,面. 返せば,容 易 に文化が経済の手段 に陥 りがちな現実に. うになる こ と」 な ので あ り,「 東京 に住 んで も,地 方. 対す る危惧 の表明であろう。 こうした事情 は「文化戦. 都市 に住 んで も, 日本 国内 にい るか ぎ り,同 じくらい. 略」 のキーワー ドの一つである「個性」 とい うことを. の 文 化 生 活 を享受 で きる くらい に文 化 を供 給 す る」. 検討す ることで も明 らかになろう。 いわば,「 アメニテ イ」 (住 みやす さ)が 住民 に向け. (同. ての「 内向け」 の 合 い言葉 であ った とすれ ば ,「 イ 固. 政 の盛 上 が りは ま こ とに結構 な こ と」 で あ り,「 どの. 性」 は顧客 に向けての「外向け」 のス ローガンであ っ. 府県 , どの市 町村 にお きま して も, しば しば ,個 性豊. た。「一村 一 品」運動 で脚光 を浴 びた大分県 の平松守. か な地域文化 の創造 とい う こ とを耳 にす る」 し,「 イ 固. 彦知事 がい う,大 分県 に しかない「 しかない文化」 の. 性 が豊 かであ る とい う ことは大変結構 な こ と」 だ けれ. 創造 (平 松守彦 1990,189頁 )も ,「 日本 一づ くり」. ど も,「 目標 は個性 なんかで は な い はず」 で ,む しろ. 運動で注 目を集めた熊本県の細川護熙知事が唱導 した. 「 目標 は一 定 の 水準 を達成す る こ とで あ る」 とい う こ. ,56頁 )こ. とが 肝 要 だ とい うわけであ る。. したが つて ,「 最 近 の 地方公 共 団体 にお け る文 化 行. 「ナ ンバーワンを目才 旨 旨す と同日 寺にオ ン リー ワンを目才. とになる (同 ,59頁 )。 こ う した梅樟 の 基本視 点 か ら. ‖護熙他 1991,H7頁 )と い う目標 も,地 域 す」 (糸 田り. すれば ,個 性化 を目指す地方文化行政 は次 の よ うに皮. の「個性戦略」 の表明である。. 肉 られ る ことになる。. 地域文化 とい うとき,決 まり文句 のように「個性豊 か」 とい うことが強調 されてきた。地域社会や地域文. 観光客 に と りま しては,各 地方都市 がそれぞれ に個. 化 の振興 を提言す る数多 の文書 で「個性 (化 )」 を掲 口 げてい ない ものは皆無 といって よい ほ どである 。 し. 性豊 かであ る とい う ことは,大 変楽 しい こ とで す。. か し,な ぜ い ま個性 なのか,そ してなぜイ 固性的でなけ. を喜 ばせ るため に個性 を開発 す る ことよ りも,よ そ. ればならないのか,は たまた個性 はいかに して可能な. には負 けない もの をつ くる。 中央 とほぼ 同一 の文化. のか, さらにはそ もそ も個性 とは何 か といった根本的 な問題が,十 分 に認識 されてい るとも吟味 されてい る. 生 活 を,そ の 地 にい なが ら享受 で きる よ うにす る こ. とも思 えない。私 には,こ こに地域文化論 のひとつの. 点 ,個 性豊 か な文化 とい う考 え方 は,こ れ はち ょっ. 落 とし穴が隠 されてい るようにさえ感 じられるのであ. と言葉 は悪 いで すが ,文 化行 政が いつの 間 にか観光. る. 行政 と野合 した もの ,と 謂 う と言 い過 ぎにな りま し. 18。. 山崎正和 は,1981年 の全国文化行政 シンポジウム. の基調講演で,「 い ささか皮肉なことではあ りますけ. しか し,そ れぞれの都 市 の住民 に とっては,観 光客. との方 が ,は るか に大切 であ る と思 うので す。そ の. ようか。 (同 ,60頁 ).

(9) 芦田 徹郎 :地 方 の時代 と文化戦略. 文化行 政が本格 的 に始動 して まだ間 もない この 時期 での ,文 化 と経済 (観 光 )の. アイ ロニー をつい た梅樟. の指摘 は さすが に鋭 い 。 しか し実 は,地 方 0地 域 の個. 43. ジに留 まった り,む りや り地域 の個性 をでっち上げた りす ることもまれではないゆ。文化 を熊本県 の地域 戦. 性化 の試 み の本音 は ,(あ りもしな い ?)地 域 の個 性. 略 の 中核 に位置づ けた細川護熙 で さえ,「 地方 も文化 にこだわるあまり,な にか土俗的なイベ ン トに傾 くき. を観光 (経 済 )資 源 として外部 に向 け て演 出す る こ と. らいがあるのではないか。それで,青 年 たちは本当 に. でお金 を稼 ぎ,そ の所得 で もって 中央 =東 京 なみの生. 感動 してい るだろ うか。実 は喜 んでい るのは東京 の人. 活水準 を達成す る こ となので あ り,住 民 たちに とって の アメニ テ イはその後 にや って くる (は ず )と い う と. 間ばか りではないのか」 (西 日本新聞 1992・ 101)と 疑間 を呈 したほどである。そ して, じつ はその細川に. ころ にあ ったので はないか 。. して,地 域戦略 のブレーンを盛んに東京に求め,熊 本. そ うだ とす れ ば ,「 個性」 を強 調 す る地域 (文 化 ) 戦略 の狙 い も,そ れ に警告 を発 す る 山崎正和 や梅樟忠 夫 の 「皮 肉」 で「逆説」 的 なア ドバ イス も,そ の結論. 県が中央省庁 か ら受け入れた派遣職員 も,全 国の都道 20。 府県 のなかで も最多 の部類 に属 していたのである 地方 の文化戦略が東京 一地方 の権力/権 威構造. (力. は同 じことなのだ。 つ ま り,い わゆる地域 の 「個性. 関係 )の なかで半ば強制 されるとい う構図は,東 京 の. 化」 とは,そ の実 ,地 域が際限 もな く部分 として「特. ブレー ンたちも心得 ているふ しがある。ある人物 は 「なぜ地元 の 『 まちづ くり・村 お こ し』 にわざわざ東. 化」 してゆ くことで,均 質的 な貨幣価値 の全体的シス. ,. なのではないか。 したが って,地 方がいわゆる「個性. 京 か らコンサ ルタン トを呼ぶんだ」 とい う疑間 に対 し て,自 分 たちは「漂泊者」 なのであ り「その意味 は非. 化」 を進める ことと「均質化」 (中 央 =東 京並み化 ). 日常的な舞台 をつ くりだせることにある」 とい う (陸. を目指す ことのあいだには矛盾 はない。地方 (文 化). 井具一他編 1992,314頁. の個性化 とは,実 は偽装 された均質化の ことなのでは. の場 に乗 り込む とか,あ る場合 には偉そうに振舞 うと. ないか。. か」 が 「重要」 であ り,「 それに,ま だ東京 と地 方 と い う権威 的な面 での ヒエ ラルキ ー とい うか ,文 化格. (逆 )鏡 像 としての地方 らしさ. 差」 があるので 「それを利用 してい るとい う面 もあ り ます」 (同 )と ホ ンネを告 白 して い る。臆面 もな い. テムの中に参入 して (組 み込 まれて)い く過程 のこと. 「地方 (地 域 )の 時代」 と「文化 の時代」 と「個性. )。. 「だか ら,自 信 を持 ってそ. の時代」 とが あい たず さえて歩み始めてか らほぼ 30. 「まれび と」気取 りで ある。現代 の「まれび と」 は. 年後 ,三 浦展 は,均 質的,画 一的,無 個性的 に広がる. 「周辺」 か らではな く「中心」 (中 央 =東 京)か らや っ. 日本 の地方風景 を目の当た りにして,公 共事業 による 際限 もない道路網 の拡張 と車社会化 の進展 によ り 「街 も自然 もス クラップされる地方」 のグロテス クな ,. ,. て くる. 21)。. そうであれば,地 域文化 =地 方 らしさとは,実 は中 央 (東 京)か ら眺め られた地方 らしさ. (地 域文化 )の. 姿 を「ファス ト風土化」 として生々 しく描写 してい る. ことであ り,裏 返 しになった中央 (東 京)ら しさで し. 2005,82頁 )。 しか も重要 なのは,そ う. かないことを強 く示唆す る。橋本満 はこうした地方の. した地 方 の コ ミュニ テ ィや田園風 景 や 自然 の破壊 が. 姿 を,東 京/都 市 の「 (逆 )鏡 像」 として とらえてい る (「 地方 の創造」,間 場寿 -1998)。 つ ま り,地 方 ら. (三 浦展監修. 「みな 『所得倍増』や 『富国強兵』 の名 においてでは な く,『 ふ るさと』 や 『田園』 や 『地方 の時代』 の名. しさ. にお いて進 め られて きた結果」 (同 )だ とい う指摘 で. (も. ある。「ふ るさと」「 田園」「地方 の時代 」 に 「文化 (の. 時代 )」 や 「個性 (化 )」. をつ け加 えた として も. ,. (地 域文化 )と. は,要 す るに,中 央 (東 京)に は. 固性 はや)な い もののことなのである。そ して,「 イ. 化」 のか け声 の 中で,い まや地方は,最 後 に残 された 「中央 (東 京)に はない もの」 をさえもほ とん ど喪失. あながち論者 の意図を損 なうものではないであろう。. し,今 や「どこに もない もの」 が地方 らしさ. 地方 の文化戦略 =個 性化 とは,地 方 にあ つてはその 固有性 を解体 ・放椰 ・喪失 し,中 央 に向かっては (中. 化 )と して売 り出 されてい るようにさえみえるほどで. 央及 び他 の地方 との)差 異性 を采J窃 ・捏造 ・演出す る. 岩崎駿介 は,バ ブル経済の進行 とい う時代背景 の も. (地 域文. ある。. ことで,中 央 =東 京 か らの「お こぼれ」 をか き集め. とで,「 現代 日本 の地域構造 は,『 東京 を頭脳 に,地 方. 地方 どう しのサバ イバ ル ・ゲームに生 き残 ろ うとす る ものではなかったのか。地域文化 を経済資源 として売. を手足 の機能へ』 と急速 に再編成 されつつある」 とい う。 こうした基本視点 に立 って,「『国際化』 と『東京. り出そうとす るために,紋 切型 の地域 (文 化)イ メー. 集中』 と『一村一 品運動』 は同 じ事象 の異なる断面 で. ,.

(10) 人間科学編 (2007年 3月. 44. ). あ る と主 張」 して い た 。 それ は ,「 日本 全体が 一 つ の. 近年 の格差社会化 の進展 の なかで,東 京 ―地方格差. 精巧 な機械 の よ うに システム化 され ,東 京 を頭脳 と し て 日本全体が い か に国際社 会 に切 り込 み ,経 済的利益. も一層加速度 を高 めているように思 える。「い ざな ぎ 越え」 の好景気 で東京や一部 の都市圏では「 ミニ・バ. を得 る こ とが で きるかが ,日 本 国民 の 最 大 の 関心 事. ブル」現象 さえ云 々 されるなかで,地 方 の現状 は厳 し. で 」 あ ったか らで あ る。 さ らにその 背景 には ,「 恐 ら. い。商店街の「シャッター通 り」化 は, 日本 の地方都. く,人 間的 つ きあ い や ,わ れわれの生 活 そ の もの を支. 市 のご くあ りふれた光景 となった。地域医療 の崩壊現. える地球 環境 を大切 に してゆ く とい う よ り,『 もの 』. 象 も広が りをみせ てい る。「資産格差」「所得格差」. の交流 を通 しての物 質的価値 が もっ とも優先 されて い. 「機会格差」「希望格差」 の底辺 は,ま ず何 よ りも「地 方」 なのである。. る」 (森 啓編 1988,208頁 )よ うな時代 があ った。 「 もの」 の 交流 を通 して の物 質的価値 が 優先 され る. そ うしたなか ,2006年 6月. ,北 海道夕張市 が財政. この 時代 と社会 にお い て ,経 済 の東京 一 極集 中が際限. 再建団体に転落する ことが確実 になったとい うニ ュー. もな く進 むのは,間 違 い な くこの 国 の 中央集権 (情 報. スは,多 くの地方 自治体に「明 日はわが身」 とい う大. と意志 決定権 限 の東京集 中)シ ス テ ム を前提 に して い. きな衝撃 をもた らした。 夕張 は基幹産業であった「石. る。 こ う した経済 の東京集 中 と政 治 の 中央集権 と両者. 炭」 の衰退が決定的になって以来,早 くか ら名声 を得. の 強 固 な結 びつ きとい う実態 を前提 にす れ ば ,「 地域. ていた「夕張 メロン」 に加 え,「 炭鉱か ら観光へ 」 を. の個性」 を誇示す る地 方 の文化戦略 が ,結 局 は一 極集. 合 い言葉 に,ソ フ ト・イメー ジの産業開発 を推進 して. 中 システム を補完 し補 強す る方向 で 展 開 され るの も. きた。テーマパー ク「石炭 の歴史村」 や,「 ふ るさと. 当然 の こ とであろ う。. 創生事業」 として始 め られた「夕張国際 ファンタステ. ,. 1970年 代 中頃 か らの地域 文 化 へ の 注 目の 背 景 に. ,. イック映画祭」 などの「文化」事業については,多 く. をふ まえて ,量 か ら質 へ ,モ ノ 高 度経 済 成長 の 終 虐、. の観光客や視察団が訪れた り,「 まちづ くり」 に関す. ら ココロ (の 豊 か さ)へ ,経 済 か ら文. る数 々の賞 を受賞す るなど,高 い評価 を得 て きたので. 化 へ とい う,時 代意識 の何 ほ どかの シフ トがあ った こ. ある。それにもかかわらず,地 域社会の衰退 を止める. とは まず疑 い ない。 しか し, 質 とはイ 可か , ココロ とは. ことがで きなか った。それだけでな く,む しろ こうし. 何 か ,文 化 とは何 か をあ らためて 間 うた途端 ,一 義 的. た事業展開自体が市 の貝 オ政逼迫 の大 きな要因になった. ・普遍 的 な解答が容易 には得 られ な い ことへ の戸惑 い. 可能性が高 い (橋 本行史 2006)。. とい らだちに襲 われ る こ とになる。 それゆえ,再 び. 扱 いはや っかいである。. (の 豊 か さ)か. ,. 質 を量 に ,コ コロ をモ ノ に,文 化 を経 済 に還 元 (換. まことに「文化」 の. 緻密な フィール ドワー クをとお して「グ リーン・ツ. 算 )し て ,や っ と納得す る ことがで きる とい うパ ラ ド. ー リズムやふるさと文化観光」 の可能性 を探 っている. クスがみ られ る よ うに思 えるのであ る。. 松田素二 と古川彰 は,そ れ らが 「た しかに都市 の論理 で組織 された もの」 であ り,「 観光客 を受 け入れる周. 可能性 はあるか ?. 1980年 代 後半 か ら 90年 代 初頭 にか けて の東京 一 極. 縁社会 と,彼 らを送 り出す中心社会 とは,あ らゆる面 において非対称 であ り構造的 な優劣関係 が存在す る」. 集 中 の 急 進 展 下 で 高揚 した ,地 方 ・地域 の 文 化 戦 略. ことを認める (古 川彰他編 2003,229頁 )。 そ の うえ. は,そ の実 ,文 化 の衣 をまとって バ ブル経 済 へ の 参 入. で 「関係性 のなかで,客 体 であった周縁社会が,さ ま. を目論 む経 済戦略 であ った とい う こ とがで きる。 中央. ざまな状況において主導権 を握 り,創 造的観光文化 の. =東 京 とのあ い だでの剥奪感 を募 らせ て い た多 くの地. 主 体 と して立 ち現 れ て い る とい う主張」 (同. 方 0地 域 か ら,「 文 化」 に起死 回生 の最 後 の切 り札 的. 頁 )に 賛意 を表 明 して い る。 た しか に,「 都市 の論. な期待 が 寄 せ られたの も無理 はな い。 しか し,そ う し た戦 略 じた いが 中央 =東 京 に依存す る (規 定 され る). ,230. 理」 (あ るい は「 中央 =東 京 の論理」)を 「逆転」 し 「流用」 (同 ,212頁 )し て 自家薬籠中の物 とす る, し. とい う皮 肉な光景が全 国的 にみ られたのであ る。 こ う. たたかな「周縁社会」 の存在 と活動 は,十 分注 目に値. して ,地 方 ・地域 の文化戦略 は,経 済格差 や政治格差. する。それに して も,「 マ クロな構造」 と「小 さな共. と同様 に,む しろそれ以上 に大 きい東京 と地 方 との文 化格差 を思 い知 らされ る こ とになる。経 済 で は東京 に. 同体」 との「冷徹 な力関係」 (同 ,231頁 )を 直視す るなら,そ うした「地域のイニ シァテ ィブ」 (同 ,212. 太刀打 ちで きな くて も文化 な ら対等 だ とい う よ うな考. 頁)と い うもの も,い かにも頼 りなげ とい う感慨 を禁. えは,あ ま りに も安易す ぎ よ う。. じ得 ない。.

(11) 芦田. 徹郎 :地 方 の 時代 と文化戦略. しか しなが ら,だ か らといって,地 方 ・地域文化 と その活性化の意義が もはや否定 されたと考 えるのは. ,. 見当違 いであろう。む しろ,生 活 の質や心や文化 の問 題 は,性 急 に安直な解答 を求めるのではな く,常 にそ れ らを問い続けること,関 わ り続けること,参 与 し続 ける ことこそが大事 なのではないか。本稿 では取 り上 げる ことがで きなか ったが ,瞳 目すべ き「 まちづ く り」「む らお こ し」 の事夕1も 多数あ るはず である。地 域の「生活」 に根差 した絶えざる「運動」概念 として の「地域文化」 の意義 を考 えてみる余地 は残 されてい. 45. ちなが ら,同 時 に麻布や 白金 の よ うな高級住宅地 を抱 えて いる港 区 は,ギ ヤルの憧 れの土地の象徴 である。 」 (山 根 一員 1991,82-83頁 「車 のナ ンバ ー プ レー トがお しゃれ度 に結 びつ くと い う。本来 は登録番号標 と して 表 示 す る もの だ が ,ナ ンバ ーの地域名 に優越感 にひたった り,は ). …… 〕島国 にひ しめ く日本 人 ず して しまった り 〔 の 『差別感』 の表 れ とい う見方 もある。人気 ナ ン バーのベ ス ト3は 『横浜,品 川 ,神 戸』 ワース ト3 は 『なにわ,大 宮 ,袖 ヶ浦』 (順 に大阪 ,埼 玉 ,千 ・ ・…。 葉)と い う。 〔 〕福 岡市出身で横浜市 に住 む会. る。そ の可能性 につい ては,ま た稿 を改 めて論 じた. 社員 (二 六 )に よる と,福 岡市 の 中心部 でか らか われ るの は 『鹿 ,熊 ,鳥 』 の 動 物 。 鹿児 島 ,熊. い。. 本 ,鳥 取 ナ ンバー を 『遠 くか ら来 た車 ,と 』」 (毎 日新聞西部本社版 199101206) 7)http://bunka一 ryoku.goooneojp/column/columnl.asp(2005. 。9・ 26現 在 )。. )王. 1)朝. 日新聞 2006,玄 田有史他 2004,橘 木俊詔 2006,橋. 本健 二 2006,文 藝春秋 2006,毎 日新聞社 2006,三 浦展. 2005,山 田昌弘 2004な どを参照 のこと。 2)「 80年 代 にお ける東京へ の人口集中 ―情報 の視点 か ら. …… 〕 は引用者 による省略 ,/は 原文 〔 での改行 を示す。以下同 じ。. 8)引 用文 中の. 9)「 ○○お こ し」と称す る地域振 興運動 は,お そ らく 1972. の分析 ―」http:〃www.japanpostjp/pri/reserch/monthly/m一. 年 の「本土復帰」後 ,ツ 中縄 で高 まった「シマ お こ し」 がその発 祥 であろ う。 また,ひ らが なを用 いた「 まち. serch/finance/1994/no 67/monthly-013.html(2006010・. づ くり」 とい う言 い方 は,1960年 代 の横浜市 の飛鳥 田. 31. 一雄市長 の もとで の都市計画 のなかで登場 した ものだ. 現在 ). 3)こ. う した現 象 に つ い て は ,九 州 にお け る「福 岡 一 極. 集 中」 と熊 本 県 にお け る「熊 本 市 一 極 集 中」 に 関連 し て少 し論 じた こ とが あ る. (芦. 田徹郎 2001,138-145頁. )。. とい う。「む らお こ し」 にして も「 まちづ くり」 に して も,「 内発的地域振興」 を強 く意識 した言葉である。. 10)詳 しくは,拙 稿 「地域 文化 の発掘 と創 出 ふ た りの. 4)私 が こ う した言葉 に初 めて出会 ったの は,元 NHK記 者 の橋 本 大 二 郎 が 1991年 12月 ,地 縁 も血 縁 もな い 高 知 県 の 知 事 に就 任 してか ら間 もな く,地 元 関係 者 へ の. 11)「 暮 らしやす さと『人口減少』 」 (大 阪 日日新聞 20060. 聞 き取 り調査 に出 か た と きで あ る。 地 元 県紙 で あ る高. 06。 27)https://wwwonnnocoojp/dainichi/rensai/miotukusi/. 知新 聞 は,1989年 2月 か ら 199o年 9月 にか けて ルポル ター ジ ュ企 画 「心 の 過 疎 」 シ リー ズ を組 んで い る (高 知新 聞社編集局編. 1991)。. また「最 貧 県 」 に つ い て は ,同 紙 面 に頻 出 して い て 驚 い た記憶 があ るが ,1997年 3月 18日 の 参議 院地 方行 政委 員 会 にお い て も,同 県 選 出 の 田村 公 平 参議 院議 員 が この 表 現 を用 い て い る 。 http://kokkai.ndl.goojp/SEN― TAKU/sangiin/140/1050/14003181050006a.html(2006・. 10. ・31現 在 ). 5)現 在 も 「 田舎暮 ら し」 の もっ と も有 力 な ガ イ ドブ ッ クの ひ とつ と して刊 行 され て い る雑 誌 『 田舎暮 ら しの. 本』 (宝 島社 )の 創刊 は,1992年 6月 のことであ った。 6)当 時 の「東京 ―地方」 の差別意識構造 を位 相 関係 的 に示すエ ピソー ド的な文章 を 2つ 紹介 してお く。 「東京 で暮 らすギ ャルたちは,自 分 たちがギ ャルで な くなる こ とを極度 に恐 れ る。 そ れ は刺 激 が な. 『まれび と』 を中心 に」 (芦 田徹郎 2001所 収 )を 参照 さ れたい。. 2006/06/miotukusi 060627.html(2006010031現 在 )。 12)「 地方 の時代」 とは, もともとは神奈川県知事であ っ. た長洲 一二が 1978年 に提 唱 して一躍流行語 になった 後 ,地 方 自治体 関係者 にとっての一種 の「聖句」 とし て定着 した ものである。「地方」 とい う言葉 に差別的な い し自虐的 なニ ュア ンスがある として「地域 の時代」 とい う表現 を好 む論者 もい るが ,辻 村明 は「私 は 『地 方』 を 『地域』 に置 き換 える ことは一種 の逃 げであ っ て,本 当 の姿 を見 つ める眼 を曇 らせ る ものだ と思 って い ます。『地方』 には劣 等感 が つ きまとうに して も,劣 等 であるとい うことも一つの4固 性 であ り,『 地域』 の よ うな無個性 的 (無 機的 )な もの よ りも遥 かに言葉 とし て優れてい ると考 えてい ます」 (辻 村明 1990,16頁 )と 述べ てい る。、 私 は,辻 村 の所論 とは考 えを異 にす る と ころが少 な くないが ,こ の点 につい てはほぼ全面 的に 賛成 である。 ただ し本稿では,両 者 を特 に意 識 して使 し彰シナてはい ない。. く,退 屈 で ,時 代遅 れ になることである。地方 で 暮 らす ことは,世 界 か ら取 り残 される ことを予感. 13)当 時 の「地方博」状況 の一端 につい ては,若 干 の紹. させ る。それは,ギ ャルの生 活原理 とは正 反対 の ・〕千葉県や埼玉県 に住 むので ・…・ 生 き方である。 〔. 14)も っと も,そ れほ どの賞賛 に値す る成 果 が上が った. は,ギ ャルではない。 で きれば山手線 の内側 に住. か どうか は,か な り疑間 である。信頼 に足 る追跡調査. 居 を持 ちた い。具体 的 に言 えば,港 区 を頂点 と し. は承知 してい ないが ,相 当の「迷 案」「珍案」 も出たよ うである (外 山操 とグループ 211993)。. た都心住宅地 である。六本木 の よ うな都市性 を持. 介 と分析 を試みた ことが ある. (芦. 田徹郎. 1990)。.

(12) 甲南女子大学研究紀要第 43号. 46. 15)http://www8。 cao.go.jp/survey/h16/h16-l畿 ハmages/z30。 (2006・ 10。. gif. 31現 在 )。. 16)森 啓 によれば, トー タル な 「文化行政」 とい う考 え. 人間科学編 (2007年 3月. ). 大阪青年会議所 2005『 もうあ きまへ ん浪速独立宣言 志民が創 る日本 一の地方都市』 ぎょうせ い 環瀬戸内圏交流推進会議編 1996『 地域 間交流 ・連携事. 方 は,1970年 代 の初め,大 阪 ,兵 庫 ,滋 賀 とい った関 西府県 を中心 に始めて提起 された (松 下圭 一他編 1981,. 例集』環瀬戸内圏交流推進会議 清成忠男他 (森 戸 哲 。猪爪範子 。斉藤. 334-335頁 )。 また同 じく森に よれば,「 行政 の文化化」 とい うコンセ プ トは,兵 庫県文化局が 1975年 に発 行 し. 域 の文化 を考 える』 日本経済評論社 陸井真 一他 (池 田志朗 )編 1992『 地域術. たパ ンフレッ トにある 「行政 の文化的展開」 とい う言. 睦 )1980『 地. 38の 町 と村. づ くり』晶文社. 葉 に始 まるとい う (上 田篤編 1983,233頁 )。 17)北 海道市 町村振 興協 会が北 海道 内 の 市 町村 を対 象. 日下公人 1978『 新 ・文化産業論』東洋経済新報社 玄田有史他 (曲 沼美恵 )2004『 ニー ト フリー ターで も. に,1996年 7月 にまとめた 「地域 cI事 例集」 に よる と,地 域 の イメージア ップの必要性 につい て,道 内市. な く失業者 で もな く』幻冬社 ヽ の過疎』 フ ッ トワー ク出 亡 高知新聞社編集局編 1991『 フ. 町村 の 99%ま でが 「非常 に重 要 で ある」 もしくは 「重 要 である」 と回答 してお り,80%が 実際 に 「取 り組 ん で いる」 として い る。 また,地 域 の 「個性」 づ くりに ついて も,「 特 に力 を入れている」 と「配慮 してい る」 が併せ て 90%を 超 えて い る。http://www.nた con.co.jp/ chiken/chiken/cihome/03-01.html(2006・. 10・. 31現 在 )。. 版社 神戸 ポー トア イラ ン ド博覧会協 会 1982『 神戸 ポ ー トア イラ ン ド博覧会公式記録』 白治省編 1988『 地方 自治 の動 向 りのために』第 一法規. 個性豊 かな地域 づ く. 自由民主党編 1880『 大平総理 の政 策研究会報告書』 自. 18)1988年 に 自治省 (当 時 )か ら編 集出版 された報告書 『地方 白治 の動 向』 (第 一 法規 )に は「個性豊 かな地域. 由民主党広報委員会出版局 シュマ ッハー,E.F。 (斎 藤志郎訳 )1976『 人間復興 の経. づ くりのため に」 とい う副題が付 い て いる。 ただ し,. 済』佑学社 鈴木健 二 1992『 われに生 きる山河 あ り い ま地方 は発 信す る』実業之 日本社 鈴木廣他 (木 下謙 治 0三 浦典子 ・豊 田謙 二 )編 1997. 全 739頁 に及ぶ 大部 な同書 を通観 して も,「 個性豊 かな 地域」 とい うものが どうい うもので あるのか ,具 体的 なイメージを描 くことはむずか しい。 この ことは,こ の時点 ですでに「個性」 とい う言葉が ,ほ とん ど無内 容 な, しか し掲 げず にはす ませ られないスローガ ンに な っていたことを暗示す る。「個1生 を煽 られる」 (上 井 孝義 2004)の は,「 子 どもたち」 だけではない ようであ る。. 19)そ れで もまだそれだけの志があれ ば いい方 で , 日下 公 人が 「本当 は地 方経済 自立のための手段 なのだが , いつ しかそれは忘 れ られて,単 に地 方 の伝統 や田園生 活 を礼讃 して,一 夜 を楽 しく過 ごす だけの イベ ン トに 堕 してい る」 (関 川他 1996,16頁 )と 椰楡す るようなケ ―ス も多 かったはずである。. 20)こ の点 につい て も,拙 稿 「地域文化 の発掘 と創 出 ふ た りの 『 まれ び と』 を中心 に」 (芦 田徹 郎 2001所 収 )を 参照 されたい。 21)現 代 の 「 まれび と」 は 「中心」 か らや って くる とい う仮説 につい ては,す で に学会 で口頭報告 を した こと がある. (芦. 田徹郎 1992「 方法 としての「まれび と」現. 代都部感覚 の社会学 のために」第 50回 西 日本社会学会 大会)。 参 考 文 献 (引 用 もしくは言及 した ものに限る) 問場寿 一編 1998『 地方文化 の社会学』世界思想社 朝 日新聞 2006『 不安大国 ニ ツポ ン 格差社会 の現場 か ら』朝 日文庫 芦田徹郎 1990「 祭 りと現代社会 ・序説」『熊本大学教養 部紀要 人文 。社会科学編』第 25号 芦田徹郎 2001『 祭 りと宗教 の現代社会学』世界思想社 井 口 貢 1998『 文 化経 済学 の 視 座 と地域再創 造 の 諸 相』学文社 上田篤編 1983『 行政 の文化化』学陽書房. 『 まちを設計する 実践 と思想』九州大学出版会 関川夏央他 (日 下公人 ・奥本大 三郎 ・森 まゆみ 0津 野梅 太郎 )1996『 品格な くして地域 な し』晶文社 橘木俊詔 2006『 格差社会 何が問題 なのか』岩波新書 玉野井芳郎 1990『 地域主義か らの出発 』 (著 作集 3)学 陽書房 地域国際化研究会編 1995『 自治体 の 国際交流 ・国際協 力施策』 ぎようせ い 明 1990『 地方 の復権 ょうせ い. 辻村. そ の航路 を示す もの』 ぎ. 土井孝義 2004『 個性 を煽 られる子 どもたち 変容』岩波 ブックレット. 親密圏 の. 外山 操 とグループ 21 1993『 お らが村の一億 円 は何 に 化け たか 笑撃 の “ふ るさと創生 "使 い み ち白書』雄 鶏社 中川 理 1996『 偽装す るニ ッポン』彰国社 博報 堂生活総 合研 究所編 1989『 オ イ コ ッ ト・ ライフ 「非東京的」 生活の魅力』 日刊工業新聞社 橋本健 二 2006『 階級社会 現代 日本 の格差 を問 う』講 談社 「夕張 シ ヨック」 の本質 橋本行史 2006『 自治体破 たん ・ ・ 財政論 組織論 か ら見た破たん回避策』公人の友社 橋本徹編 1991『 地域 を創 る知恵』学陽書房 平松守彦 1990『 地方か らの発想』岩波新書 藤岡和賀夫 1991『 デ ィスカバー 。ジャパ ン』電通 藤本建夫 1992『 東京 一極集 中のメ ンタ リテ イー』 ミネ ルヴァ書房 古川彰他 (松 田素 二 )編 2003『 観光 と環境 の社会学』 新曜社 文藝春秋 2006『 論争 格差社会』文春新書.

(13) 芦田. 徹 郎 :地 方 の 時代 と文化戦略. 細川護熙 1992『 権不十年』 日本放送出版協会 細川護熙他 (岩 國哲人)1991『 部 の論理』光文社 毎 日新 聞社 2006『 縦並 び社会 貧富 はこ うして作 られ る』毎 日新聞社. 規 啓編 1988『 市民文化 と文化行政』学陽書房 啓編 1991『 文化 ホ ールが まちをつ くる』学陽書. 森 森 房. 松下圭 一他 (森 啓 )編 1981『 文化行政』学陽書房 三浦 展 2005『 下流社会 新 たな階層集団 の 出現 』光 文社新書 三浦展監修 2005『 検証. 47. 地方がヘ ンだ. 洋泉社 ー の 宮澤智士編 1987『 町並 み保存 ネ ッ トワ ク』第 一 法 !』. 山田昌弘 2004『 希望格差社会 「負 け組」 の絶望感が 日 本 を引 き裂 く』筑摩書房 山根 一 真 1991『「ギ ヤル」 の構造 ワー』世界文化社. 情遊化社会 と女性 パ.

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参照

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