コロナ禍における教育相談の実践
-園児から高校生まで-
Practice of educational counseling in the coronavirus crisis; from preschoolers to high school students
川 本 静 香* KAWAMOTO Shizuka 要約:本稿は、新型コロナウイルス感染拡大による長期休業を受け、子どもたちのメ ンタルヘルスが不安視される中、園児から高校生までの幅広い年齢の子どもたちに対 し、教育相談としてどのような実践が行われたのかを整理したものである。本稿では、 山梨大学教育学部附属幼稚園、附属小学校、附属中学校、そして山梨大学と山梨県教 育委員会の連携事業である「子どもと親と教師のための教育相談」で行われた実践に ついて、長期休業中と休業明けの2つの時期区分を設けて整理を行った。また、それ ぞれの実践については、Caplan(1964)の予防戦略である一次予防と二次予防の観点か らも整理を行った。結果として、長期休業中には他者との接触頻度を抑えざるを得な かった状況から一次予防的な教育相談が主に実施され、休業明けになると二次予防的 な教育相談が実施されたことが明らかとなった。 キーワード:新型コロナウイルス,予防的教育相談,一次予防,二次予防
Ⅰ 問題と目的
1 問題の所在 新型コロナウイルス感染拡大により、2020 年3月2日より全国の幼稚園、小学校、中学校、高等 学校が臨時休園・休業となった。同年4月7日には政府が緊急事態宣言を全都道府県に発出し、感 染拡大防止のため外出自粛が求められた。休園・休業は5月まで継続されたところが多く、6月に は全国的にほとんどの幼稚園、学校で再開となったが、子どもたちにとっては4月からの新生活へ の移行が断絶された中での進級・進学となった。 この緊急事態宣言下(いわゆる自粛期間)においては、「自由に外出ができない」「公園等に遊び に行けない」「マスクを日常的につけないといけない」「友達と会えない」「習い事や部活ができない」 「親がいつも家にいて家族関係が変化した」等、さまざまな環境や生活の変化を余儀なくされた。さ らにテレビやインターネットでは、連日に渡って新型コロナウイルスに関する報道がなされ、そう した情報に晒され続けることは子どもたちのみならず、大人にとってもかなりの精神的負担となっ た。 こうした大きな環境の変化、そして感染症という終わりの見えない事態が今日まで継続している。 日本精神神経学会の精神保健に関する委員会・自殺予防グループの提言書によれば、新型コロナウ イルスのような世界規模の感染症は「テロ、戦争と同様に人間集団に甚大な被害をもたらす」(精神 神経学会 精神保健に関する委員会 自殺予防グループ,2020)ため、「感染症災害」としての対応が *山梨大学教育学部附属教育実践総合センター求められること、とりわけ子どもは新型コロナウイルスによって様々な喪失体験(家族や知人、友 人を亡くすという意味だけでなく、卒業式、始業式の簡素化や部活動や修学旅行等のイベントの喪 失)をしており、心身の不調や自死が増加する可能性があると警鐘を鳴らしている。 実際、子どものメンタル不調について国立成育医療研究センター(2020)が調査を実施したとこ ろ、小学生では回答者の約4割、中高生では約3割が「コロナのことを考えると嫌な気持ちにな る」と回答したことが明らかとなった。また、小・中・高校生の約3割が「すぐにイライラする」、 1割が「自分の体を傷つけたり、家族やペットに暴力をふるうことがある」と回答し、コロナ禍の ストレス反応が行動としても現れていることが明らかになっている(国立成育医療研究センター, 2020)。加えて、小学生から高校生の保護者のメンタル不調についても調査したところ、回答者約3 割に気分障害や不安障害のリスクや発症の可能性があることが明らかとなった(国立成育医療研究 センター,2020)。警察庁統計によれば、2020 年8月の子どもの自殺が 59 件と前年から倍増してい ることが報じられ、コロナ禍による生活の変化が子どもに与える影響の大きさが示されている。 こうした状況において、文部科学省は学校に対し「新型コロナウイルス感染症に対応した持続的 な学校運営のためのガイドライン」を策定した(文部科学省,2020)。ガイドラインでは、臨時休業 中ならびに学校再開後における児童生徒等の心身の状態の把握とケアの必要性に触れ、子どもたち のきめ細やかな健康観察やストレス等のチェックの他、スクールカウンセラー等の支援を、組織的 に対応する必要があると述べられている。では、実際には臨時休業中や学校再開以降、どのような 教育相談が行われたのだろうか。 2 研究の目的 本研究では、コロナ禍の学校現場で教育相談としてどのような支援体制を構築し、具体的にどの ような支援や実践が行われたのかを整理することで、コロナ禍における教育相談のあり方や必要な 支援について明らかにすることを目的とする。
Ⅱ 方法
1 対象 山梨大学附属幼稚園、附属小学校、附属中学校の他、山梨大学と山梨県教育委員会との連携事業 である地域連携事業「子どもと親と教師のための教育相談」で扱ったケースを対象とする。実践は、 2020 年4月~9月までに行われたものについて整理を行う。 なお、倫理的配慮のために、個別ケースに関わる内容については匿名化した上で整理を行う。 2 参照資料 令和2年度山梨大学第1回教育相談室連絡協議会ならびに令和2年度山梨大学第2回教育相談室 連絡協議会に提出された実践報告と議事録を二次分析する。 教育相談室連絡協議会は、山梨大学教育学部附属教育実践総合センターの教育実践研究部門(教 育臨床研究領域)と山梨大学教育学部附属学校園の教育相談を担当する教員によって行われる連絡 会議であり、年3回開催される。今年度は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、第1回、第2 回ともにメール会議にて実施した。第1回は 2020 年5月 22 日~6月5日までの期間で開催された。 第2回は 2020 年 10 月 29 日~ 11 月6日までの期間で開催された。Ⅲ 結果
参照資料をもとに、附属幼稚園、附属小学校、附属中学校、地域連携事業「子どもと親と教師の ための教育相談」より高校生の状況について、一次・二次予防の観点から整理した。この一次・二 次予防の観点は、Caplan(1964)が予防精神医学の中で提唱したものに依る。 Caplan(1964)は一次予防について「地域社会においてあらゆる型の精神異常の発生を減らす」と 定義した。精神不調を引き起こすリスク因子と、精神的な安定をもたらす保護因子に着目し、リス ク因子を減らし、保護因子を増やすことが重要であると指摘している。二次予防については、「一次 予防を行ってもなお起こる精神異常のうち多くのものの罹患期間を短縮する」(Caplan, 1964)と定 義され、症状が出始めている者や精神的な不調が現れ始めた者を早期に発見し、適切なケアにつな ぐことが求められる。本研究ではこの2つの予防の観点から、長期休業中(4月~5月)と休業明 け(6月~9月)の様子についてそれぞれ整理を行った。 1 長期休業中(4月~5月)における教育相談の実践について 1-1 附属幼稚園 ① 一次予防 電話による聞き取り(1回/2週目):全家庭を対象とし、担任から保護者へ電話で連絡を実施 した。保護者から子どもの様子や保護者自身の悩みなどを聞き取る中で、年齢ごとに表1の悩みが 語られた。また、電話による聞き取りを実施する中で、教員からは表2のような難しさ、懸念が上 がっていた。 表1 保護者の悩み 子どもの年齢 悩みの内容 3歳児 ・自粛期間を生かしてトイレトレーニングを行ったが、うまくおむつがとれ ない。 ・体を動かす機会が減少していることに対する不安。 4歳児 ・人と会う機会が減ったことによるコミュニケーション能力の低下の心配。 ・年中になるにあたり、やっておいたほうが良いことの確認や、勉強をさせ る必要があるのではという焦り。 5歳児 ・兄弟喧嘩が増えたことによる保護者のストレス。 ・散歩に誘っても子どもが外出を躊躇する。 ・父親が在宅勤務している際に子どもが騒ぐことがストレス。 ・小学校への就学に向けての不安(家庭での教育をどう進めればよいか等)。 ・子どもといる時間が長くなったことで保護者のストレス発散の時間がとれ ない。 ・子どもと一緒にいたいが、仕事を休めない。1-2 附属小学校 ① 一次予防 教職員向けの研修:附属小学校の教職員に対し、スクールカウンセラーがコロナ禍における心身 に対する支援等に関する研修会を実施した。 動画配信:スクールカウンセラーによるメッセージを生徒等が見られるよう配信した。 相談体制の周知:保護者に対し、たよりや電話連絡等で相談の受け入れについて周知を行ったこ とで、精神不調を早期発見しやすくする体制を構築した。 1-3 附属中学校 ① 一次予防 電話での聞き取り:担任から週に1回、生徒に電話連絡を実施した。保護者とも話ができる機会 となった。電話での聞き取りの中で、生徒の元気な様子が伺える一方で、早く学校に行きたい、友 達に会いたい、という気持ちが溜まっていた。保護者からは、学習に対する不安の声が多く届けら れた。 動画配信:スクールカウンセラーによるストレスへの向き合い方等についての動画を生徒・保護 者向けに配信した。 ② 二次予防 電話相談:相談室に外線電話を設置することで、来室できない保護者、生徒に対する相談機会の 確保に努めた。 1-4 地域連携「子どもと親と教師のための教育相談」より高校生の状況 ① 二次予防 メール・電話相談:山梨大学地域連携「子供と親と教師のための教育相談」事業では、緊急事態 宣言発出を受け、対面でのカウンセリングを中止し、メールと電話による相談体制を維持した。そ の中で、高校生に関しては、特に中学生の頃に不登校を経験し、本年度より高校進学をした子ども の気持ちが不安定になりやすい傾向が見て取れた。具体的には、新しい環境の中で登校してみよう という気持ちが削がれてしまったというケースや、学校再開後に登校できるのかという不安が高 まったケースが散見された。また、家族関係が複雑なケースでは、自粛期間中に家で長く一緒に過 ごすことで、ストレスが高まり、関係の悪化が心配されるケースが認められた。 表2 教員の懸念 カテゴリー 内 容 信頼関係構築の難 しさ 新年度になり、保護者との関係づくりもできていない中、なかなか本音が 聞き取れない。 保護者の勤務状況 の変化による影響 父親が在宅勤務となり「助かる」という声の一方で「気を遣う」という声 もあり、二分化した。 保護者の焦り 3月から電話での聞き取りを実施しているが、4月になって一人当たりに かかる時間が長くなった。保護者の話し相手がいない、あるいは、不安が 強くなったように感じられる。
2 長期休業明け(6月~9月)における教育相談の実践について 2-1 附属幼稚園 ① 二次予防 相談体制:教員が気になった子どもや保護者を早期に発見し、カウンセラーにつなぐよう取り組 みを行った。保護者の相談内容としては、就学に関するものが多くなっている。コロナ禍により保 護者間でのコミュニケーションの機会が減少しているため、教員がフォローできるようにしている。 2-2 附属小学校 ① 二次予防 相談体制:スクールカウンセラー勤務日には4~5回/日の予約が入っている。児童・保護者の カウンセリングを行う中で、学校適応に向けた支援を実施している。相談内容としては、情緒面・ 生活面に関する内容が主となっている。 長期休業明けすぐよりも、少し時間が経ってからのほうが欠席する児童が増加しているため、早 期に対応できるよう校内で取り組んでいる。 2-3 附属中学校 ① 二次予防 相談体制:コロナ禍に特化した形ではなく、ほぼ平時どおりの体制で運営を行っている。長期休 業明け後は、体調不良のため学校生活が安定していない生徒の遅刻や欠席が増えた。その後、新し い生活様式等に再適応しつつあるが、生徒の不調を早期に発見し、ケアにつなげるため、各学級担 任に対するスクールカウンセラーのコンサルテーションに加え、保健室や図書室等、担任以外の立 場から生徒と関わっている教員とのコンサルテーションも実施している。 相談内容については、例年と同様に学業面や学校生活に関する不安が主となっている。 2-4 地域連携「子どもと親と教師のための教育相談」より高校生の状況 ① 二次予防 メール・電話・対面相談:感染対策を継続しながら、対面の面談を再開している。本事業の中で 相談対応を行っている高校生については、長期休業明けに復帰のきっかけをつかめたケースもあれ ば、人間関係が分断されたまま不登校になったケースもあった。また、休業明けの過密な学校スケ ジュールや課題の中で疲弊しているケースも散見された。また家族関係の悪化により、重篤化した ケースもあり、学年が上がるごとに医療機関や福祉との連携が必要なケースが増加している傾向に ある。
Ⅳ 考察
コロナ禍における教育相談の実際について、4~5月の長期休業期間(自粛期間)と6月~9月 の休業明けに分け、附属幼稚園、附属小学校、附属中学校、地域連携「子どもと親と教師のための 教育相談」それぞれに整理を行った。Caplan(1964)の一次予防・二次予防の観点から整理を行った 結果、4~5月の長期休業期間(自粛期間)においては、一次予防を中心とした予防的教育相談が 行われたことが明らかとなった。また、長期休業明けの6月以降は、早期発見、早期支援による二 次予防を中心とした予防的教育相談が実施されたことが示された。 長期休業期間に一次予防による予防的教育相談が中心となったことについては、感染防止の観点から子どもや保護者に直接アプローチをする機会が限られていたことや、メンタル不調が生じる可 能性が危惧された段階であったため、児童・生徒や保護者全体に向けた予防のための情報提供が中 心とならざるを得なかったものと考えられる。しかしながら、附属幼稚園や附属中学校のように、 各担任が定期的に家庭に電話連絡を行ったことで、一方向的な情報提供にとどまらず、きめ細やか な予防的教育相談が実施されたところもあり、可能な限り子どもたちにアプローチしようとする試 みが行われたことが示された。 休業明けになると、子どもたちが登園、登校できるようになったことを受け、教育相談体制は一 次予防から二次予防にシフトしていった。通常の教育相談体制を維持しながら、例年よりもきめ細 やかに子どもの不調に早期に気づくことができるような体制が構築されていたと考えられる。 以上、長期休業期間と休業明けの期間において、実施された予防ストラテジーに偏りが認められ た。本来、一次予防・二次予防については、常にどちらも機能している必要があり、どちらか一方 があれば良いというものではない。新型コロナウイルスの影響は、今後も継続することが予測され る。感染状況等によっては、家庭環境や経済状況、精神的な不調が増加する危険性も否めない。今 回は長期休業期間、そしてその後の休業明けの両者において、学校や地域において可能な範囲での 教育相談活動が実施されたが、今後の状況を見据え、自粛が必要な時期においても、二次予防とし ての教育相談体制や、登園・登校が可能な際の一次予防の実践のあり方について、議論を進めてい く必要があると考えられる。