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近世西インドグジャラート地方における現地商人の商業活動--イギリス東インド会社との取引関係を中心として

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Academic year: 2021

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(1)1商 経 学 叢. 第52巻 第3号2006年3月. 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る 現 地 商 人 の商 業 活 動 イ ギ リス東 イ ン ド会社 との取 引関係 を中心 と して. 藪. 下. 信. 幸. は じめに 1.近. 世 イ ン ドに お け る グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 位 置 付 け. 2.グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 の 商 況. 1)綿 3.グ. 布2)藍3)砂. 糖4)胡. 椒 その他 の香料. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 商 業 活 動. 1)グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 に よ る交 易 活 動. 2)グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 金 融 事 業. 3)グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 の ブ ロ ー カ ー 活 動. 4,総. 要約. 括. 近 世 に お け る ヨー ロ ッパ 商 業 勢 力 の ア ジ ア交 易 圏 へ の 進 出 は,紀. 元 前 か ら文 明 ・経 済. の 中 心 地 で あ っ た ア ジア か ら ヨー ロ ッパ へ の重 心 移 動 を も た ら した 。 近 世 ア ジ ア交 易 圏 の 中 心 地 の一・ つ で あ った 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る現 地 商 人 の 商 業 活 動,お. よ び彼 ら と. ヨー ロ ッパ 商 業 勢 力 と の 取 引 関 係 を 明 らか に す る事 に よ り,い か に して 近 世 グ ロ ー バ ル ・エ コ ノ ミー の 周 縁 部 に 位 置 して い た ヨー ロ ッパ 商 業 勢 力 が 近 世 ア ジア 交 易 圏 に参 入 し得 た の か を検 証 す る。. Abstract in early. The embarkation modern. times brought. ter of civilization. and global. the mercantile. activities. of the trading. center. ship. commercial. in their. quently. it examines. of early early. modern. modern. キー ワー ド. of European. powers. to Asian. trading. area. the power shift from Asia, which had been at the ceneconomy. since B.C. times,. of local merchants. of Asian. trade. economy,. in Gujarat. sphere. transaction. how European. global. mercantile. in early. European. mercantile. powers,. it possible. region. modern. with. made. to Europe.. This paper. of western times,. mercantile. shows. India,. one. and the relationpowers.. Conse-. which were on the periphery. to enter. Asian. trade. sphere. in. times.. グ ジ ャ ラ ー ト商 人,イ. ギ リ ス 東 イ ン ド会 社,近. ヒ ス ト リー 原 稿 受 理 日2006年3月20日. 一99(663)一. 世 ア ジ ア 來 易 圏,グ. ローバル ・.

(2) 第52巻. は. 第3号. じ. め. に. ヨ ー ロ ッパ 諸 勢 力 に よ る 植 民 地 化 が 本 格 的 に 開 始 さ れ る18世 紀 前 半 以 前,西 ジ ャ ラ ー ト地 方 は,東. イ ン ドの グ. イ ン ドの ベ ン ガ ル 地 方 と並 ぶ ム ガ ル 帝 国 期 イ ン ドの 交 易 活 動 の 拠 点. で あ っ た 。 特 に ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 の 商 業 的 進 出 期 に あ た る16世 紀 か ら17世 紀 前 半 に か け て の 時 期 に お い て は,ヨ. ー ロ ッ パ 商 業 勢 力 と り わ け イ ギ リ ス に と っ て,グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 は イ. ン ドに お け る 最 大 の 商 業 拠 点 で あ っ た と い え る1)。 本 論 文 で は,ヨ. ー ロ ッ パ 商 業 勢 力 が イ ン ドを は じ め と す る 近 世 ア ジ ア 交 易 圏 に お い て 交. 易 活 動 を 行 う に は,現. 地 商 人 と の 競 合 に 打 ち 勝 つ の み で な く 彼 ら と 協 力 的 関 係 を 結 び,. ヨ ー ロ ッ パ 商 人 で は 太 刀 打 ち で き な い ア ジ ア 各 地 の 商 人 が 持 つ ア ジ ア 交 易 圏 内 の 情 報 ・取 引 ネ ッ ト ワ ー ク に ア ク セ ス す る 必 要 が あ っ た2)と に イ ギ リ ス 東 イ ン ド会 社(以. 下EICと. 略 す)が. の 認 識 に 立 つ 。 し た が っ て,こ. こで は特. ラ ー ト地 方 を そ の 拠 点 と す る 誘 引 と な っ た,当. ア ジ ア 交 易 圏 に 進 出 す る に あ た り,グ. ジャ. 地 に お け る 取 引 上 の パ ー トナ ー と な っ た 現. 地 商 人 の 活 発 な 商 業 活 動 の 概 要 を 明 らか に して ゆ き た い 。 本 論 文 は,以. 下 の 構 成 に し た が っ て 論 述 を 進 め て ゆ く。 ま ず 第1章. ド に お い て グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る 商 業 が 活 況 を 呈 し,近 結 節 点 と な っ て い た の か を,そ 2章 で は,近. ぜ近 世 イ ン. 世 ア ジ ア 交 易 圏 に お け る一 大. の 歴 史 的 お よ び 地 政 学 的 条 件 か ら説 明 し て ゆ く。 続 い て 第. 世 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 商 況 を,EICを. 取 引 関 係 に 言 及 し つ つ,主. で は,な. は じ め と す る ヨ ー ロ ッパ 商 業 勢 力 と の. 要 な 交 易 品 目 別 に 概 観 し て ゆ く。 そ し て 第3章. に お い て,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 商 業 活 動 を 交 易 商 人 と し て の 活 動 ・金 融 事 業 ・ ブ ロ ー カ ー 活 動 の 各 機 能 の 点 か ら 解 明 し,ヨ る 。 最 後 に,グ. ー ロ ッパ 商 業 勢 力 に 対 し て ど の よ うな 影 響 を 与 え え た の か を 分 析 す. ジ ャ ラ ー ト商 人 の コ ミ ュ ニ テ ィ ー が ム ガ ル 帝 国 内 で ヨ ー ロ ッ パ 商 業 勢 力 と. 伍 す る こ と が 可 能 で あ っ た 理 由 を,そ. の 商 業 組 織 の 社 会 的 特 性 か ら考 察 す る 。. 1)17世 紀 前 半 の イ ギ リス 東 イ ン ド会 社 の 航 路 網 は,本 国 との 地 域 間 交 易 と近 世 ア ジア 交 易 圏 内 で のCountryTradeと を 組 み合 わ せ つ つ 、 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 を 基 点 とす る 北 方 管 区 を 中心 に 展 開 して い た 。 拙 稿,「17世 紀 前 半 に お け る イ ギ リス 東 イ ン ド会 社 の 航 路 網 の 推 移 」 『商 経 学 叢 」 第48 巻 第2号,2001年,89∼112ペ ー ジ。 2)筆 者 は 以 前,ア ジ ア産 品 購 入 資 金 調 達 の 観 点 か ら,イ ギ リス 東 イ ン ド会 社 の ム ガ ル 期 イ ン ド金 融 ネ ッ トワー ク に対 す る依 存 に つ い て 論 じ た。 拙 稿,「17世 紀 イ ン ドに お け る イ ギ リス 東 イ ン ド 会 社 の 資 金 調 達 問 題 」 『大 阪 大 学 経 済 学 』 第46巻 第2号,1996年,70∼86ペ ー ジ。 本 論 文 の 対 象 時 期 か ら2世 紀 を 経 た19世 紀 後 半 に お い て も,ア ジア 域 内 交 易 の 大 宗 は 印 僑 ・華 僑 を は じめ とす る ア ジ ア 商 人 が 担 っ て お り,ア ジ ア に お け る生 産 ・消 費 体 系 に 関 す る情 報 収 集 ・ 利 用 に 関 して ヨ ー ロ ッパ 勢 力 は ア ジ ア 商 人 に 遅 れ を と って い た 。 杉 原 薫,『 ア ジ ア 間 貿 易 の 形 成 と構 造 』,ミ ネ ル ヴ ァ書 房,1996年,13∼49ペ ー ジ。 -100(664)一.

(3) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る現 地 商 人 の 商 業 活 動(藪. 1.近. 世 イ ン. グ ジ ャ ラ ー ト地 方 は,古 あ っ た 。10世. ドに お け る グ ジ ャ ラ ー. 下). ト地 方 の 位 置 付 け. 代 イ ン ダ ス 文 明 が 花 開 い て い た 頃 よ り イ ン ド文 明 の 影 響 下 に. 紀 に 入 る と グ ジ ャ ラ ー ト地 方 は ラ ー ジ プ ー ト諸 王 国 の 一 つ チ ャ ウ ル キ ヤ 王 国. の 支 配 下 に 置 か れ,12世. 紀 半 ば に は 最 盛 期 を 迎 え た が,12世. 紀 以 降 トル コ 民 族 に よ る 北 イ. ン ド支 配 が 本 格 化 す る な か,1299年. に チ ャ ウ ル キ ヤ 王 国 は ア ラ ー ウ ッ デ ィ ー ン ・ハ ル ジ ー. 率 い る ハ ル ジ ー 王 朝 に 征 服 さ れ,以. 後 デ リ ー に 都 を 置 く デ リ ー ・ス ル タ ー ン朝 の 支 配 下 に. 置 か れ る こ と と な っ た3)。 ハ ル ジ ー 朝 か ら次 の ト ゥ グ ル ク 朝 に か け て デ リ ー ・ス ル タ ー ン 朝 の 支 配 が 強 化 さ れ る に つ れ,交 通 貨 制 度 が 確 立 し,北. 通 網 が 整 備 さ れ,タ. ンカ 銀 貨 や デ ィ ル ハ ム銅 貨 に 基 づ く. イ ン ドで の 商 業 取 引 が 発 展 し た4)。 当 時 の イ ン ド洋 世 界 に お い て 既. に 良 質 な 織 物 産 地 で 有 名 で あ っ た グ ジ ャ ラ ー ト地 方 は,デ. リ ー ・ス ル タ ー ン王 朝 の 軍 事 力. に 不 可 欠 な 西 ア ジ ア 産 の 馬 と の 交 易 が 行 わ れ る に つ れ,イ. ン ド内 陸 部 と の 商 業 的 紐 帯 を 強. め て い った で あ ろ う。 イ ン ド 内 陸 部 を 拠 点 と す る デ リ ー ・ス ル タ ー ン朝 の 従 属 下 に お か れ た グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に 自 立 の 機 会 を も た ら し た の は,14世. 紀 末 に 中 央 ア ジ ア を 支 配 して い た テ ィ ム ー ル に よ る. イ ン ド侵 入 で あ っ た 。 テ ィ ム ー ル の 侵 入 に よ り 当 時 北 イ ン ドー 帯 を 支 配 し て い た ト ゥ グ ル ク 朝 が 崩 壊 し,ト. ゥ グ ル ク 朝 に よ り封 じ ら れ て い た 各 地 の 州 総 督 が め い め い ス ル タ ー ン を. 称 し て 独 立 し た の で あ る5)。 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 も ま た こ の 動 き と は 無 関 係 で は な か っ た 。 当 時 グ ジ ャ ラ ー ト州 の 総 督 で あ っ た ザ フ ァ ル ・ハ ー ン が1407年 し,ム. ザ ッ フ ァ ル ・ シ ャ ー と 改 称 し て,自. ジ ャ ラ ー ト王 国 は,ア. に グ ジ ャ ラ ー ト王 国 を 樹 立. ら ス ル タ ー ン と 称 し た の で あ る6)。 そ の 後 グ. ク バ ル 大 帝 に よ っ て1572年. に ム ガ ル 帝 国 に 編 入 さ れ る ま で,150年. 以. 上 にわ た って独立 を保 った。 グ ジ ャ ラ ー ト王 国 が 独 立 し,イ い た15∼16世. 紀 は,ヨ. ン ド内 陸 部 か ら の 政 治 的 経 済 的 支 配 の く び き か ら 逃 れ て. ー ロ ッ パ が 大 航 海 時 代 に 突 入 し,ア. 乗 り 入 れ て 参 入 を 開 始 し た 時 期 で あ り,ま. ジ ア 交 易 圏 に直 接 自 らの 商 船 を. さ に グ ロ ー バ ル ・ヒ ス ト リー の 文 脈 に お け る. ヨ ー ロ ッパ と ア ジ ア 経 済 的 紐 帯 が 強 ま っ た 重 要 な 時 期 で あ っ た7)。 新 大 陸 と い う 後 背 地 を. 3)サ テ ィー シ ュ ・チ ャ ン ドラ(著)/小 名 康 之 ・長 島 弘(訳),『 中 世 イ ン ドの 歴 史 』,山 川 出版 社, 1999年,93∼94ペ ー ジ。 4)チ ャ ン ドラ,『 中世 イ ン ドの歴 史 』,125ペ ー ジ。 5)チ ャ ン ドラ,『 中世 イ ン ドの歴 史 』,110∼118ペ ー ジ。 6)チ ャ ン ドラ,『 中世 イ ン ドの歴 史 』,170ペ ー ジ。 7)フ ラ ン ク は,1800年 以 前 の 世 界 経 済 が 少 な く と も3世 紀 以 上 に わ た っ て ア ジ ア人 に支 配 さ れ 続/ -101(665)一.

(4) 第52巻. 第3号. も有 し た ヨ ー ロ ッパ と い う ア ジ ア 交 易 圏 域 外 の 新 た な 交 易 相 手 が 現 れ た 時 期 に,領 を 重 視 し,と. 域支 配. も す れ ば 軍 事 力 を 伴 っ た ヨ ー ロ ッパ 勢 力 に よ る あ る 程 度 の 海 上 支 配 を 容 認 し. よ う と さ え し た イ ス ラ ー ム 国 家8)か. ら相 対 的 に 自 由 で あ っ た こ と は,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 が. こ の 新 規 の 交 易 機 会 に対 して よ り経 済 的 な 利 害 に沿 っ た 対 応 を と る こ と を可 能 と し た で あ ろ う。 港 市 が 基 本 的 に は 相 互 間 の ネ ッ ト ワ ー ク で 結 ば れ,同 た. 「イ ン タ ー(中. 間)の. 時 に 陸 域 と も接 続 しな が ら 自立 し. 機 能 」 を 果 た し た と い う 海 域 世 界 論 の 観 点 に 立 っ た 時,グ. ジャ. ラ ー ト地 方 の 港 市 は 陸 域 に よ る 間 接 ・直 接 の 支 配 下 に 置 か れ る 陸 域 従 属 港 市 と し て 捉 え る こ と が 出 来 る 。 し か し な が ら,河. 川 デ ル タ地 形 特 有 の 湿 地 帯 や 河 川 土 砂 の堆 積 な ど の 自然. の 障 壁 が 存 在 し た こ と に よ り,厳. 密 に 言 え ば,グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 は 半 ば 海 域 に 独 立 し た 海. 域 半 独 立 型 港 市 で あ っ た と い え る9)。 ム ガ ル 帝 国 に 併 合 さ れ て か ら も,ス チ と い っ た グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 港 市 で は,グ ム ー デ ィ(銀. 貨)が. ー ラ トや ブ ロ ー. ジ ャ ラ ー ト王 国 時 代 に 鋳 造 さ れ て い た マ フ. 商 業 計 算 の 単 位 と し て 利 用 さ れ て い た10)。 そ れ は 依 然 海 外 交 易 に お い. て マ フ ム ー デ ィ と い う 通 貨 単 位 が 取 引 相 手 に 選 好 さ れ て い た 事 に よ る も の で あ る が,グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 経 済 が イ ン ド内 陸 諸 王 朝 か ら 自 立 し た も の と し て,海. 外 の取 引相 手 に認. 識 さ れ て い た 証 左 で あ ろ う。 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 が 歴 代 王 朝 の 変 遷 に 関 わ ら ず 交 易 セ ン タ ー と し て の 機 能 を 果 た し続 け る こ と が 可 能 で あ っ た の は,近. 世 イ ン ド洋 交 易 圏 に お け る グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 持 つ 恵 ま れ. た 地 政 学 的 条 件 に よ る も の で あ っ た 。 図1,図2に. 見 ら れ る よ う に,グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 の. 諸 港 は 海 域 半 独 立 型 港 市 と し て イ ン ド洋 交 易 圏 と イ ン ド亜 大 陸 内 部 の 結 節 点 に あ た り,イ ン ド洋 交 易 圏 内 外 で 盛 ん に 取 引 さ れ て い た イ ン ド物 産 の 積 出 港 と し て 恵 ま れ た 位 置 に あ っ. \け て お り,コ ロ ン ブ ス の 「地 理 上 の 発 見 」 と ヴ ァ ス コ ・ダ ・ガ マ の喜 望 峰 ル ー ト発 見 以 降,ア メ リカ 銀 を 紐 帯 と して ヨ ー ロ ッパ が 獲 得 した 西 半 球 の 「新 」 世 界 が 旧世 界 の 経 済 シ ス テ ム に組 み 込 ま れ る過 程 に お い て,ヨ ー ロ ッパ の ア ジ ア を 中心 と す る世 界 経 済 へ の ア ク セ スが 本 格 化 した と論 じた 。A.G.フ ラ ン ク(著)/山 下 範 久(訳),『 リオ リエ ン ト ア ジ ア時 代 の グ ロ ー バ ル ・エ コ ノ ミー 』,藤 原 書 店,2000年,127∼240ペ ー ジ。 ま た リー ドに よ る と,15世 紀 初 頭 よ り始 ま った 東 南 ア ジ ア に お け る 「交 易 の 時 代 」 は,16世 紀 前 半 の 一 時 的 停 滞 期 を 除 き着 実 に 成 長 を 続 け,東 南 ア ジ ア に お け る イ ン ド産 織 物 の 輸 入 も増 大 し た 。 東 南 ア ジ ア に お け る交 易 の 繁 栄 は,ヨ ー ロ ッパ 向 け の 香 料 輸 出増 加 に よ って も助 長 され,オ ラ ン ダ 東 イ ン ド会 社 が モ ル ッカ 諸 島 の 交 易 独 占 を 完 成 さ せ る17世 紀 後 半 ま で 続 い た 。 ア ン ソ ニ ー ・リー ド(著)/平 野 秀 秋 ・田 中優 子(訳),『 大 航 海 時 代 の東 南 ア ジ アII拡 張 と危 機 』,法 政 大 学 出版 会,2002年,1∼80ペ ー ジ。 8)M.N.ピ ア ス ン(著)/生 田滋(訳),rポ ル トガ ル と イ ン ド ー 中世 グ ジ ャ ラ ー トの 商 人 と支 配 者 一 」 岩 波 現 代 選 書,1984年,146∼148ペ ー ジ。 9)家 島 彦 一,『 海 域 か ら見 た歴 史 イ ン ド洋 と地 中 海 を 結 ぶ 交 流 史 』,名 古 屋 大 学 出版 会,2006年, 82∼95ペ ー ジ。 10)W.H.Moreland,"FromAkbartoAurangzeb‐AStudy.inIndianEconomicHistory‐",1923 (reprintedin1990),pp.330-331. -102(666)一.

(5) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る現 地 商 人 の 商 業 活 動(藪. 図1イ. 図2イ. ン ド洋 海 域 世 界 の ネ ッ トワ ー ク構 造. ン ド洋 海 域 世 界 の 三 層 構 造 103(667}一. 下).

(6) 第52巻 た 。 さ らに グ ジ ャ ラ ー ト地 方 は,イ. 第3号. ン ド物 産 の 中 で も特 に 海 外 で の 需 要 が 大 き か っ た 綿 布. を は じめ とす る イ ン ド産 織 物 の 一 大 産 地 と して の性 格 も有 して い た11)。 言 い換 え る と,グ せ ず,む. ジ ャ ラー ト地 方 は イ ン ド内 陸 部 国 家 に よ る経 済 的 支 援 は さ ほ ど必 要 と. し ろ経 済 的 関 心 か ら ム ガ ル 帝 国 を は じ め とす る北 イ ン ドの 内 陸 国 家 が グ ジ ャ ラ ー. ト地 方 を 必 要 と して い た と い え る。 した が っ て,グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 は 紀 元 前 よ りイ ン ド内. 陸 国 家 に 支 配 さ れ て い た か い な か った か に 関 わ らず,イ. ン ド洋 交 易 圏 の 交 易 構 造 が 続 く限. りイ ン ドに お け る経 済 先 進 地 域 を 形 成 し続 け て い た 。 そ う い っ た 歴 史 的 持 続 性 の 土 台 の 上 に,強. 固 な 商 人 集 団(マ ハ ー ジ ャ ン)が 形 成 され て き て い た の で あ る。. 近 世 イ ン ドに お い て,グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 が い か に歴 史 的 か つ 地 政 学 的 に交 易 の 一 大 拠 点. と な って い た か ど うか は,グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 を め ぐる 取 引 が さ か ん で あ っ た か ど うか を 検. 証 す る こ とで 明 らか に 出来 よ う。 そ こ で 次 章 で は,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 と取 引 を 行 っ た ヨ ー. ロ ッパ 側 の 史 料 お よ び そ れ に 依 拠 した 論 考 を 引 用 しつ つ,近 世 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 商 況 を 概 観 して ゆ く。. 2.グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 の 商 況. こ こ で は,グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る諸 物 資 の 流 れ を,特 にEICが 藍 ・砂 糖 ・胡 椒 そ の 他 の香 料)を EICの. 求 め た 商 品(綿 布 ・. 中 心 に,概 括 的 に述 べ る。 そ して 個 々 の商 品 に お い て,. 交 易 活 動 が い か に グ ジ ャ ラ ー ト商 人 の 交 易 活 動 に影 響 を 及 ぼ しえ た の か を 考 察 す. る。. 1)綿. 布. ま ず,グ. ジ ャ ラ ー ト産 の 綿 布 か ら述 べ る こ と とす る。 グ ジ ャラ ー ト産 の 綿 布 は,16世. 紀. 初 頭 の 頃 よ り海 外 の 様 々 な 地 域 に 輸 出 さ れ て い た。1503年 か ら1508年 に か けて 東 洋 各 地 を 旅 行 した ル ドヴ ィ コ ・デ ィ ・ヴ ァル テ マ は,グ. ジ ャ ラ ー トの カ ンベ イ 港 か ら 「毎 年40∼50. 隻 の 船 が 綿 布 と絹 織 物 を 積 ん で 」 様 々 な 国 へ 出 掛 け る と述 べ,ま. た1511年 か ら カ ナ ノ ー ル. の ポ ル トガ ル 商 館 に,次 い で1512年 か ら1515年 ま で マ ラ ッカ の 商 館 に勤 務 して い た トメ ・. 11)17世 紀前 半 には グ ジ ャラ ー ト地方 が イ ン ド産 織物 の一 大産地 であ り,EICは グ ジ ャラー ト産綿 布 を戦 略 商 品 と して交 易 網 を展 開 して い った。拙 稿,「 ム ガル帝 国期 グ ジ ャラー ト地 方 に おけ る イギ リス東 イ ン ド会 社 の綿布 交 易 に関 す る一 考察 」r商 経 学叢 』第46巻 第3号,2000年,233∼ 249ペ ー ジ。 -104{668)一.

(7) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラー ト地 方 にお け る現 地 商 人 の 商 業 活 動(藪. 図316世. ピ レ ス も,グ. 紀 の グ ジ ャラー ト. ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 の 種 類 を20種. ラ ー ト産 綿 布 は,イ. 下). と も30種. と も 言 っ て い る12)。 こ れ ら の グ ジ ャ. ン ド洋 交 易 圏 全 域 に 流 通 し て い た 。 トメ ・ ピ レ ス や,1500年. か ら1515. 年 ま で 主 に カ ナ ノ ー ル で 勤 務 し て い た ポ ル トガ ル 人 官 吏 の ド ゥ ア ル テ ・バ ル ボ サ に よ る と,16世. 紀 の 初 頭 に,グ. ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 は 東 ア フ リ カ 沿 岸 の ム ス リ ム 港 市 国 家 や 紅 海 沿. 岸 の 諸 港 に 大 量 に 輸 出 さ れ,他. に も ペ ル シ ャ 湾 沿 岸 や セ イ ロ ン 島,ペ. や マ レ ー 半 島 の テ ナ セ リ ム や マ ラ ッ カ,ス 島,ボ. ル ネ オ 島,は. マ ト ラ 島,ジ. ャ ワ 島,バ. て は 中 国 に ま で 輸 出 さ れ て い た13)。1534年. グ ー(ビ. ル マ 南 部). リ島 や テ ィ モ ー ル 諸. か ら1535年. に か け て,ポ. ル. トガ ル が グ ジ ャ ラ ー ト船 に 対 し て デ ィ ウ や バ ッ セ イ ン に 寄 港 し て 関 税 を 支 払 う よ う 要 求 す る よ う に な り,カ ル タ ス 制 度14)の. 下 で 交 易 管 理 を 行 う よ う に な っ て か ら も,グ. ジ ャ ラー ト. 12)長 島 弘,「 十 六 世 紀 イ ン ド海 上 貿 易 の構 造 一 主 要 貿 易 品 の 分 析 を 中 心 と して 一 」『東 洋 史 研 究 」 第35巻 第2号,1976年,6ペ ー ジ。 13)長 島,「 十 六 世 紀 イ ン ド海 上 貿 易 」,6∼7ペ ー ジ。 14)カ ル タ ス 制 度 と は,ポ ル トガ ル が イ ン ド洋 に お け る交 易 を管 理 し,そ れ に課 税 す る た め の 手 段 で/ 一] .05(669)一.

(8) 第52巻 産 綿 布 は ゴ ア,コ. 第3号. ー チ ン 経 由 で 東 ア フ リ カ ・マ ラ ッ カ 方 面 に 輸 出 さ れ て い た15)。. 16世 紀 の グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る 綿 織 物 の 生 産 地 は カ ン ベ イ で16),前 は,カ. ン ベ イ で 生 産 さ れ る 商 品 と し て 粗 製 品 か ら高 級 品,捺. 挙 げ て い る17)。 リ ン ス ホ ー テ ン も,1580年. 掲 のバルボサ. 染 布 な ど種 々 の 綿 布 を 第 一 に. 代 の グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お い て,カ. 布 か ら 高 級 綿 布 ま で 多 様 な 綿 布 が 生 産 さ れ て い て,そ. ンベ イ で 粗. れ ら が 非 常 に 安 価 で あ り,「 い か な る. オ ラ ン ダ 製 の 織 物 よ り も 」 は る か に 優 れ た 品 質 で あ る と 述 べ て い る18)。 し か し こ れ ら の 記 述 に し た が っ て,16世. 紀 に お け る グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 綿 布 生 産 地 は カ ン ベ イ に 限 定 さ れ て. い た と 判 断 す る の は 早 計 で あ る 。16世 方 の 沿 岸 部 に と ど ま っ て お り,し 上,当. 紀 に は ヨ ー ロ ッ パ 商 人 の 事 業 範 囲 が グ ジ ャ ラ ー ト地. た が っ て ヨ ー ロ ッパ 側 の 史 料 に 依 拠 せ ざ る を 得 な い 以. 時 の 内 陸 部 の 事 情 が あ ま り 明 確 で な い こ と,お. ラ ー ト地 方 の 商 況 を 考 慮 す れ ば,16世. よ び17世 紀 以 降 に 判 明 す る グ ジ ャ. 紀 の カ ン ベ イ は,綿. 織物 の生 産 地 とい うよ りは グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 各 地 に お い て 生 産 さ れ る 綿 布 の 一 大 集 散 地 で あ っ た と 判 断 す る ほ う が 妥 当 で あ る。 17世 紀 に 入 り,EICや 置 き,グ. 下VOCと. 略 す)が. ス ー ラ トに 商 館 を. ジ ャ ラ ー ト地 方 内 陸 部 に お い て も交 易 に 従 事 す る よ う に な る と,両. 報 告 に よ り,グ にEIC史. オ ラ ン ダ 東 イ ン ド会 社(以. 者 の商 館員 の. ジ ャ ラ ー ト地 方 の よ り 詳 細 な 物 資 の 流 れ が 明 ら か と な っ た 。 こ こ で は 主. 料 に 基 づ き,グ. ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 の 生 産 地 お よ び そ の 流 通 ル ー トに つ い て 概 観. す る こ ととす る。 ア フ マ ダ バ ー ドで は,チ 品 は,ア. ン ツや キ ャ リコ と い っ た 種 類 の 綿 布 が 入 手 で き た 。 これ らの 商. フ マ ダ バ ー ドの 近 郊 で 製 造 さ れ19),ド. バ ー ド に 持 ち 込 ま れ た20)。EICは1620年. ー ル カ な ど の 隣 接 す る都 市 か ら ア フ マ ダ. に こ こ に 商 館 を 設 置 し,1シ. ー ズ ン に 総 額15万. ル. \ あ った 。 イ ン ド洋 で 交 易 に 従 事 す る船 は,ポ ル トガ ル 当局 が 発 行 す る カ ル タ ス(通 行 証)を 所 持 しな くて は な ら な か った 。 商 人 が 扱 って よ い商 品 は 厳 し く制 限 さ れ,商 船 は ポ ル トガ ル の 特 定 の 要 塞 向 け の 交 易 に 限 って 従 事 す るべ き と さ れ た。 そ うで な い場 合 は,目 的 地 に達 す る ま で に ポ ル トガ ル の 要 塞 に寄 港 し,関 税 を 支 払 う こ と を 要 求 さ れ た 。 カ ル タ ス を 所 持 しな い商 船 が ポル トガ ル 船 に掌 捕 さ れ た 場 合,そ の 積 荷 は没 収 さ れ た。 しか し現 実 に は,こ の よ うな カ ル タ ス 制 度 を 実 施 す る に は ア ジ ア に お け る ポ ル トガ ル の 船 舶 数 お よ び 人 員 は あ ま り に過 小 す ぎ た。 ま た 要 塞 の 地 理 的 配 置 も,こ の よ う な 交 易 管 理 を 徹 底 で き る ほ ど の もの で は な か っ た。 ピア ス ン,『ポ ル トガ ル と イ ン ド』,13∼20ペ ー ジ。 15)長 島,「 十 六 世 紀 イ ン ド洋 海 上 貿 易 」,26ペ ー ジ。 16)S.Copal,"CommerceandcraftsinGujarat16'``and17`"Centuries‐Astudyintheimpactof Europeanexpansiononprecapitalisteconomy‐",NewDelhi,1965,pp.187-190. 17}Gopal,"Commerceandcrafts",p.187. 18}Gopal,"Commerceandcrafts",p.189. 19)WilliamFoster(ed.),"TheEnglishFactoriesinIndia(以 下EFIと 略 す)1618-1621",pp.75 ∼76 ,p.113,p.178. 20)"EFI1618-1621"pp.75^76,p.113."EFI1622-1623"p.40,p.89,p.93. -106(670)一.

(9) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る現 地 商 人 の商 業 活 動(藪. 下). ピ ー を 上 回 る 綿 布 を 買 い 付 け た21)。 ブ ロ ー チ は,グ ル,そ. ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る 輸 出 入 品 の 集 散 地 で あ り,ダ. ー ボル や マ ラバ ー. の 他 グ ジ ャ ラ ー トの 他 地 域 か ら商 人 が 集 ま っ て き て い た22)。 ブ ロ ー チ は グ ジ ャ ラ ー. ト地 方 に お け る 主 要 な 織 物 の 集 散 地 で も あ り,完 た23)。 こ れ は,ブ. 成 品 の み で な く,綿. 糸 や 原 棉 も入 手 で き. ロ ー チ に お い て 原 棉 市 場 ・綿 糸 市 場 ・綿 布 市 場 と い っ た 綿 布 製 造 の 各 工. 程 に お い て 市 場 取 引 が 成 立 し て い た こ と を 示 し て い る 。 つ ま り,綿. 布 の生 産工 程 が か な り. の 程 度 外 部 化 さ れ て い た こ と を 示 す も の で あ る24)。 こ の よ う な 生 産 工 程 の 外 部 化 は,製. 品. の 多 様 化 を 容 易 に す る。 グ ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 が イ ン ド洋 交 易 圏 の 広 範 な 領 域 に わ た っ て 受 容 さ れ た の は,イ. ン ド洋 交 易 圏 各 地 の 様 々 な 需 要 に 見 合 っ た,多. 様 な製 品 を生産 す る こ と. が 可 能 で あ っ た か ら で あ っ た と い う こ と が 考 え ら れ る で あ ろ う25)。 ま た,ブ の 洗 浄 ・漂 白 や 染 色 工 程 に お い て も 高 く評 価 さ れ て い て,こ ア フ マ ダ バ ー ドや バ ロ ー ダ,ま. ロ ー チ は綿 布. れ ら諸 工 程 の 処 理 の た め に,. た グ ジ ャ ラ ー ト地 方 よ り も さ ら に 内 陸 部 の ア グ ラ,ラ. クナ. ウ か ら も 糸 が 送 ら れ て き て い た26)。 バ ロ ー ダ や ダ ブ ホ イ と い っ た 綿 布 産 地 と し て 知 ら れ て い た27)都. 市 が ブ ロ ー チ 近 郊 に 散 在 し て い た こ と と も 無 関 係 で は な い だ ろ う 。 バ ロ ー ダ は,. 17世 紀 初 頭 に 当 地 を 訪 れ たSulbaneckに. よ れ ば,繊. 捺 染 の 工 程 が 集 中 し て 行 わ れ て い た28)。EICは,バ 海 外 向 け 輸 出 品 の 集 散 地 と し て,EICやVOCの. 維 労 働 者 の 集 ま る 工 業 都 市 で,染. ロ ー ダ で も綿 布 を 購 入 し て い た29)。 拠 点 と も な っ た ス ー ラ ト近 郊 で も,ナ. ブ サ リや ラ ン デ ル と い っ た 都 市 か ら も た ら さ れ る 綿 布 が 取 引 さ れ,綿 入 さ れ て い た30)。 上 記 都 市 の ほ か に も,ブ. 色 ・. ル ハ ン プ ー ル,ガ. 糸 な ど もEICに. 購. ン デ ビ等 の 都 市 が 綿 布 の 生 産. 地 と して 知 られ て い た。 そ も そ も,グ. ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 がEICに. よ っ て 求 め ら れ た の は,東. 南 ア ジア産 の胡 椒 や. 21)平 田桂 一 『イ ン ド商 業 史 』 晃 洋 書 房1996年,54ペ ー ジ。 22)"EFI1618-1621",p.108,p.138."EFI1622-1623",p.87. 23)"EFI1624-1629",p.245. 24)こ れ は,19世 紀 末 の イ ギ リス に お い て 広 く確 認 さ れ た,マ ー シ ャ ル 的 産 業 組 織 に近 い ネ ッ ト ワー クを 形 成 して い た と言 え る か も しれ な い 。 綿 業 の 中心 地 で あ っ た ラ ンカ シ ャ ー で は,個 々 の 街 で 特 化 が進 展 して お り,紡 績 や 織 布 が 行 わ れ て い た り,あ る い は 特 定 の 番 手 の 綿 糸 や 特 定 の ス タ イ ル の 織 物 が 生 産 され て い た。R.ラ ン グ ロ ワ ・P.ロ バ ー トソ ン(著)/谷 口 和 弘(訳),『 企 業 制 度 の理 論 ケ イ パ ビ リテ ィ ・取 引 費 用 ・組 織 境 界 』,NTT出 版,2004年,216∼217ペ ー ジ。 25)拙 稿,「 イ ギ リス 東 イ ン ド会 社 の 綿 布 交 易 」,238∼244ペ ー ジ。 製 品 の 差 別 化 を 通 じ て競 争 力 を磨 い て い る と い う意 味 で は,同 質 的 な 製 品 を 廉 価 で 生 産 す る マ ー シ ャル 的 産 業 地 域 よ り も,第3の イ タ リ ア の 産 業 地 域 に近 い の か も しれ な い 。 ラ ン グ ロ ワ ・ ロ バ ー トソ ン,『 企 業 制 度 の 理 論 』,218∼219ペ ー ジ。 26)平 田,『 イ ン ド商 業 史 』,55ペ ー ジ。 27)"EFI1622-1623",p.93,p.100. 28)平 田,『 イ ン ド商 業 史 』,56ペ ー ジ。 29)"EF11622-1623",p.100,p.159."EFI1624-1629",p.335. 30)Gopal,"Commerceandcrafts",p.161. -107(671)一.

(10) 第52巻. 第3号. 香 料 を バ ー タ ー 取 引 で 購 入 す る た め の 手 段 と し て で あ っ た 。 しか し,1609年9月 たDragon号 calico」. の 乗 組 員 で あ っ たRichardMorehowが,EIC取. を 購 入 し た こ と を 報 告 し た こ と か ら,ヨ. の 商 品 は,紅 3∼4倍 降. に帰 還 し. 締 役 会 に 対 し て 「book. ー ロ ッパ に 向 け て の 搬 出 が 始 ま っ た 。 こ. 海 に あ る ス コ ト ラ 島 近 く に い た ジ ャ ン ク 船 か ら一 反4シ. リ ン グ で 購 入 さ れ,. の 価 格 で 転 売 さ れ た 。 そ の 商 品 の 一 部 が 本 国 に 送 ら れ た の で あ る31)。1613年. キ ャ リ コ はEICに. よ っ て ロ ン ド ン に 送 ら れ る よ う に な り,1620年. 万 反 を 超 え る 量 が ロ ン ド ン に 輸 入 さ れ る よ う に な っ た32)。1630年. 代 に 入 る と,年. 以 間10. 代 は じめ に お こ っ た グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 を 中 心 と す る 大 飢 謹 に よ り一 時 期 グ ジ ャ ラ ー ト産 キ ャ リ コ の 輸 入 量 が 減 少 し た こ と は あ っ た も の の,1650年. 代 に 東 イ ン ド コ ロ マ ン デ ル 沿 岸 の マ ドラ ス に と っ て 代 わ. ら れ る ま で,ス. と っ て 第 一・の キ ャ リ コ 積 出 港 で あ っ た33)。 こ の よ う な. ー ラ ト はEICに. ヨ ー ロ ッパ 向 け の 新 た な キ ャ リ コ 需 要 の 増 加 に 応 じ て,EICは し て 商 品 の 確 保 を 図 っ た 。 た だ,EICの 劣 る も の は 敬 遠 さ れ,織 17世 紀 初 頭 にF.ピ. 上 記 の各 都市 に商館 を設置. 求 め た キ ャ リ コ は 上 質 の もの に 限 られ た。 品 質 の. 布 工 に 返 品 さ れ る こ と も あ っ た34)。. ラ ー ル が 言 っ た よ う に,「(グ. ジ ャ ラ ー トの)主. 要 な 富 は,主. に絹 織. 物 と 綿 布 か ら な る 。 喜 望 峰 か ら 中 国 ま で,男. も女 も誰 も が 頭 の て っぺ ん か ら足 の 先 ま で そ. れ を 身 に 纏 っ て い る 。」35)と い う こ と が,多. 分 の 誇 張 を 含 み つ つ も グ ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 が. イ ン ド洋 交 易 圏 の あ ら ゆ る 階 層 に 受 容 さ れ て い た こ と を 示 唆 し て い る の な ら ば,EICが ジ ャ ラ ー ト地 方 の 綿 布 交 易 に 与 え た 影 響 は,こ 限 っ て 言 え ば,高. グ. と ヨ ー ロ ッパ 向 け の キ ャ リ コ や モ ス リ ンに. 級 品 に 限 定 さ れ た も の で は な か っ た の だ ろ う か 。 グ ジ ャ ラ ー トの 交 易 商. 人 に と っ て よ り 脅 威 で あ っ た の は,従. 来 彼 ら が 行 っ て き た 交 易 活 動 にEICやVOCが. し て き た こ と の ほ う で あ っ た 。 そ れ は,胡. 参入. 椒 そ の 他 の香 料 を購 入 す る た め の 大 量 の イ ン ド. 産 綿 布 を 東 南 ア ジ ア や イ ン ドの マ ラ バ ー ル 沿 岸 へ 輸 出 す る 交 易 活 動 と,ペ. ル シ ャ 湾 ・紅. 海 ・東 ア フ リ カ 沿 岸 へ の 輸 出 交 易 で あ っ た 。 前 者 は ヨ ー ロ ッ パ に 送 る 胡 椒 や 香 料 を 獲 得 す る た め36),後 やVOCに 内 で のEICの. 者 は イ ン ド洋 に お い て 諸 商 品 を 買 い 付 け る 正 貨 を 獲 得 す る た め,と と っ て 欠 く べ か ら ざ る ア ジ ア 域 内 交 易 で あ っ た 。 し た が っ て,イ グ ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 交 易 を 考 察 す る 場 合,グ. も にEIC. ン ド洋 交 易 圏. ジ ャ ラ ー ト交 易 商 人 の 存 在 を. 31)K,N.Chaudhiri,"TheEnglishEastlndiaCofnpany-TheStudyofanEarlyJoint-5「tockCompany1600-1640",NewYork,1965,p.192. 32}Chaudhuri,"TheEnglishEastIndiaCompany",p.1.93. 33)Chaudhuri,"TheEnglishEastIndiaCompany",p.200. 34}"EFI1637-1641",p.312. 35)長 島,「 十 六 世 紀 イ ン ド洋 海 上 貿 易 」,26∼27ペ ー ジ。 36)17世 紀 の 間EICは イ ン ド商 品 に 対 す る購 買 力 不 足 に悩 ま さ れ た 。Chaudhuri,"TheEnglish' -108(672)一.

(11) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る 現 地 商 人 の 商 業 活 動(藪. 下). 無視 す る こ とは出来 な い。. 2)藍 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る 藍 の 生 産 地 は,ブ カ ン ベ イ 等 も あ っ た が,EICに. ロ ー チ,バ. ロ ー ダ,ド. と っ て 最 も 重 要 で あ っ た の は,ア. ー ル カ,ナ. デ ィ ァ ド,. フ マ ダ バ ー ド近 郊 の サ ル. ケ ジ で あ っ た 。 サ ル ケ ジ産 の 藍 は ア グ ラ 近 郊 の バ ヤ ナ 産 の 藍 に 次 い で 上 質 で あ っ た た め37),英. 蘭 東 イ ン ド会 社 は,ヨ. ー ロ ッパ 向 け の 商 品 と し て こ れ を 輸 出 し た 。 サ ル ケ ジ 藍 は. ア フ マ ダ バ ー ドで 取 引 さ れ て い た の で,EICは して い た 。 ま た,ア EICが. ア フ マ ダ バ ー ドの 商 館 で サ ル ケ ジ 藍 を 購 入. ル メ ニ ア 商 人 や ア ラ ブ 商 人,ペ. 設 立 さ れ る 以 前,16世. ル シ ャ 商 人 も 藍 の 買 付 に 訪 れ て い た38)。. 紀 末 に ヨ ー ロ ッパ に も た ら さ れ て い た 藍 の 大 半 は シ リ ア の. ア レ ッ ポ 経 由 で あ っ た 。 こ の 頃 の 藍 の 生 産 地 は サ ル ケ ジ で は な く,バ ナ 産 藍 は 陸 路 ラ ホ ー ル ま で 送 ら れ,そ. ヤナ で あ った。 バ ヤ. こ で 中 東 か ら来 た 商 人 が 買 い 取 り,陸. で ア レ ッ ポ ま で 輸 送 さ れ た39)。 こ の た め 藍 の 輸 出 交 易 に お い て は,グ. 路 キ ャラバ ン. ジ ャ ラ ー ト交 易 商 人. は 重 要 な 役 割 を 果 た し て い た わ け で は な か っ た 。 む し ろ グ ジ ャ ラ ー ト産 藍 取 引 に お い て 主 要 な 役 割 を 果 た し て い た の は ア ル メ ニ ア 商 人 で,彼. ら の 輸 出 先 は ペ ル シ ャ市 場 で あ っ た 。. し た が っ て 藍 の ヨ ー ロ ッ パ 市 場 へ の 輸 出 を 行 う 場 合,綿. 布 の 場 合 と は 異 な りEICは,海. 外. 交 易 に 従 事 す る グ ジ ャ ラ ー ト交 易 商 人 の 利 害 を 考 慮 す る 必 要 は 無 か っ た 。 か と い っ て,全 く競 争 が 無 か っ た わ け で は な い 。17世. 紀 は じ め,サ. ン ベ イ で も 販 売 さ れ て い た40)。 そ れ で も あ え てEICが. ル ケ ジ藍 はバ ロー ダ産 の藍 とと もにカ ア フ マ ダ バ ー ドに 商 館 を 置 い て サ. ル ケ ジ 藍 を 購 入 して い た の は,綿. 布 や 硝 石 と い っ た 他 の 重 要 な 商 品 も そ こで 購 入 で き た か. ら と い う こ と も あ る が,VOCや. ア ル メ ニ ア 商 人 な ど との 競 争 が あ っ た か らで もあ ろ う。. バ ロ ー ダ,ブ. ロ ー チ,ス. ー ラ トの 織 布 工 も,EICやVOCよ. バ ー ドで 藍 を 購 入 し て い た41)。 し か し,そ. り少 量 で は あ る が,ア. フマ ダ. れ よ り む し ろ と 問 題 と な っ た の は,EICに. よる. 巨 額 の 買 付 を 見 越 し て 藍 の 買 占 め を 行 お う と す る 現 地 商 人 や42),売. EastIndiaCompany",p.14.一. 方,紅. り惜 し み す る 生 産 者 で. 海 沿 岸 の 巡 礼 港 に や っ て く る ア ラ ブ 人 商 人 は正 貨 で 商 品 を. 購 入 した た め,紅 海 交 易 はEICに と っ て 魅 力 的 な も の で あ っ た 。"EFI1618-1621",Introductionp.24. 37)"EFI1618-1621",p.113,"EFI1622-1623",p,1Q9. 38)平 田,『 イ ン ド商 業 史 』,53ペ ー ジ。 39)1.Habib,"TheagrariansystemofMughalIndia1556-1707",AsiaPublishingHouse,」.963, p.72. 40)Gopal,"CommerceandCrafts",pp.149-150. 41)B.G.Gokhale,"SuratintheSeventeenthCentury‐AStudyinUrbanHistoryofpre‐modernIndia",CurzonPress,1977,p.76. 42)"EFI1622-1623",pp.88-89,pp.162-163. -109(673)一.

(12) 第52巻. 第3号. あ っ た。. 3)砂. 糖. 16世 紀 か ら砂 糖 は 紅 海 方 面 に 輸 出 さ れ て い た 。 ア ラ ビ ア 半 島 南 部 の シ ャ フ ル 港 に は,カ ン ベ イ や チ ャ ウ ル,ダ. ボル の. き て い た43)。 し か し,そ サ に よ る と,カ. 「ア ラ ブ 人 」 が,綿. の 砂 糖 は 全 て が グ ジ ャ ラ ー ト産 と い う こ と で は な か っ た 。 バ ル ボ. ン ベ イ か ら チ ャ ウ ル や ダ ボ ル に や っ て き た 船 は,帰. か ら 作 っ た 砂 糖 を 積 ん で い た44)。 ま た,デ 入 れ 港 で あ っ た が,こ. り荷 に ヤ シ の 実 の 果 汁. ィ ウ は カ ナ ラ 地 方 の バ トカ ル か ら来 る 船 の 受 け. れ ら の 船 に も 砂 糖 が 積 ま れ て い た45)。 こ の よ う に,グ. 人 の 行 う 砂 糖 交 易 は,中 て,ヨ. 布 や そ の 他 の商 品 と と も に砂 糖 を 積 ん で. 継 交 易 の 性 格 を 持 っ て い た 。EICが. ジ ャ ラ ー ト商. グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に や っ て き. ー ロ ッパ 向 け に 砂 糖 を 購 入 す る 際 に も 同 様 の 手 法 を 用 い た 。EICは. に お い て 砂 糖 を 購 入 す る こ と が 出 来 た が46),グ だ っ た の で,ア そ れ で は,こ. ア フマ ダバ ー ド. ジ ャ ラ ー トで 生 産 さ れ る 分 だ け で は 不 十 分. グ ラ か ら も輸 入 し て い た47)。 の 砂 糖 の 中 継 交 易 に 関 し て,EICと. グ ジ ャ ラ ー ト交 易 商 人 は ど の よ う な 関. 係 に あ っ た の だ ろ う か 。 単 に 砂 糖 と い っ て も上 質 の 精 白 糖 か ら 粗 糖 ま で 様 々 な 種 類 が 存 在 し,EICが. ヨ ー ロ ッパ 向 け に 買 い 求 め た の は 上 質 品 に 限 ら れ て い た か ら,こ. る の は,EICの. こで問題 とな. イ ン ド洋 交 易 圏 内 向 け の 砂 糖 輸 出 で あ っ た 。 と り わ け グ ジ ャ ラ ー ト商 人 に. 巨 利 を 約 し て い た ペ ル シ ャ へ の 砂 糖 輸 出 が 重 要 で あ っ た 。17世 ム ズ 島 に 要 塞 を 築 き,交. 易 管 理 を 行 っ て い た に も か か わ ら ず,グ. シ ャ 湾 方 面 で 交 易 を 行 っ て い た 。 や が てEICは,ペ セ ン トに 上 る 利 益 が 得 ら れ る こ と,そ ぶ こ と が 可 能 で,ア. 紀 初 頭,ポ. ル トガ ル が ホ ル. ジ ャ ラ ー ト商 人 は ペ ル. ル シ ャ 湾 に 砂 糖 を 輸 出 す れ ば150パ. し て ス ー ラ トか ら は500ト. ンの 砂 糖 を ペ ル シ ャ に運. ル メ ニ ア 商 人 も こ の 交 易 で 莫 大 な 利 益 を 得 て い る こ と も知 っ た48)。 イ. ン ド産 品 を 買 い 付 け る 資 金 に 窮 し,同 時 に ペ ル シ ャ 産 の 絹 織 物 を 求 め て い たEICは,こ 砂 糖 交 易 に 参 入 す る 意 思 を 示 し た 。 し た が っ て,綿 EICと. ー. グ ジ ャ ラ ー ト交 易 商 人 は,競. 布 と 同 様 に こ の 砂 糖 交 易 に お い て も,. 合 的 な 関 係 に あ った と考 え られ る。. 43)Gopal,"CommerceandCrafts",p.3. 44)Gopal,"CommerceandCrafts",p.76. 45)Gopal,"CommerceandCrafts",p.$6. 46)"EFI1622-1623",p.278. 47)"EFI1618-1621",p.102. 48)Gopal,"CommerceandCrafts",p.40. -110(674)一. の.

(13) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る現 地 商 人 の商 業 活 動(藪 4)胡. 下). 椒 そ の他 の香 料. ま ず,グ. ジ ャ ラ ー ト地 方 で は,胡. 椒 は お ろ か 香 料 は 一 切 産 出 さ れ な か っ た 。 し か し,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 と 香 料 交 易 は 密 接 に 結 び つ い て い た 。 イ ン ド洋 交 易 圏 に お い て,胡. 椒 な ど の 香 料 を 産 出 し た 地 域 は 限 定 さ れ て お り,一. ン ド西 海 岸 の マ ラ バ ー ル 地 方 で あ り,も. つ はイ. う 一 つ は マ レ ー 半 島 ・ス マ トラ 島 ・ジ ャ ワ 島 ・香. 料 諸 島 な ど の 東 南 ア ジ ア 地 域 で あ っ た 。 グ ジ ャ ラ ー ト商 人 は,こ. れ ら の地 域 と 交 易 を 結 ぶ. こ と に よ り香 料 交 易 に 関 与 し た 。 トメ ・ ピ レ ス に よ る と,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 は マ レ ー 半 島 や イ ン ドネ シ ア 多 島 海 の 諸 港,. す な わ ち マ ラ ッ カ ・ケ ダ ー ・ブ ル ア ス ・セ ラ ン ガ ー ・ ン ジ ャ ム ジ ャ ム ・パ セ ・ペ ジ ル に 常 に 姿 を 見 せ て い た49)。 こ れ ら の な か で も,マ 港 で あ り,グ. ラ ッ カ が 最 も 多 く グ ジ ャ ラ ー ト商 人 が 集 ま る. ジ ャ ラ ー ト商 品 の 集 散 地 で あ っ た 。 カ ン ベ イ か ら来 る 船 に は,さ. 類 の 高 級 綿 布 や 粗 布,ケ. シ,バ. が 積 ま れ て い た 。 ま た,カ 別 さ れ る こ と な く流 通 し,マ グ ジ ャ ラ ー ト人 の シ ャ ー=バ. ラ 水,各. 種 薬 草,大. ン ベ イ の 通 貨(マ. 量 の ア デ ン産 の 香 水,そ. ラ ッ カ に い る4人. の シ ャ ー=バ. ン ダ ル(港. カ に 向 け て 出 港 し,別. に70,000∼80,000ク. の 荷 を 積 ん だ4隻. ジ ャラー ト. に そ れ ぞ れ15,000∼. の グ ジ ャ ラ ー ト船 が マ ラ ッ. ん に行 わ れ て い た 。 グ ジ ャ ラ ー ト. ジ ャ ラ ー ト地 方 内 外 で 需 要 さ れ る 香 料 そ の 他 の 商 品 を 購 入 す る た め に カ リ カ ッ. トを 訪 れ,ま. た マ ラ バ ー ル 商 人 も カ ン ベ イ,デ. や っ て き た 。 ピ レ ス に よ れ ば,グ 国,ゴ. う ち,. ル サ ー ド分 の 荷 を 積 ん だ 船 も 同 地 に 向 か っ た52)。. グ ジ ャ ラ ー ト地 方 と マ ラ バ ー ル 地 方 の 沿 岸 交 易 も,盛 商 人 は,グ. 誰 に も差. 湾 長 官)50)の. ン ダ ル が 最 も位 が 上 だ っ た51)。 ピ レ ス は ま た,グ. ル サ ー ド(ポ ル トガ ル の 銀 貨 単 位)分. の他 手 工業 品. フ ム ー デ ィ銀 貨 の こ と で あ ろ う)は. と マ ラ ッ カ の 交 易 量 に つ い て も 示 唆 を 与 え て い る 。 彼 に よ れ ば,3月 30,000ク. ま ざ まな種. ア,マ. ィ ウ,そ. の 他 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 諸 港 に. ジ ャ ラ ー ト商 人 は デ カ ン 高 原 の パ フ マ ニ ー 朝 ム ス リ ム 王. ラ バ ー ル の い た る と こ ろ の 交 易 地 に 代 理 人 を 置 い て い た53)。 ま た,セ. 島 に も グ ジ ャ ラ ー ト商 人 が 綿 布 そ の 他 の 商 品 を 携 え て や っ て き て,シ. イ ロン. ナモ ンを購入 して い. た54)。 そ れ で は,こ. れ ら グ ジ ャ ラ ー ト商 人 が 購 入 し た 胡 椒 そ の 他 香 料 は,ど. の よ う に 流 通 して. 49)Gopal,"CommerceandCrafts",p.6. 50)シ ャー ・バ ンダ ル は,貿 易 船 の 出 入 りの 許 可,積 荷 の 検 査 と価 格 の 査 定,輸 出 入 商 品 の 取 引, 王 の 税 金 の決 定,そ の他 貿 易 上 の 一 切 の 事 柄 に つ い て 最 高 の 権 限 を 持 っ て い た 。 山 田憲 太 郎,「 香 料 の 歴 史 』 紀 伊 国 屋 新 書(復 刻 版),1994年,124ペ 51)Gopal,"CommerceandCrafts",p.6. 52)Gopal,"CommerceandCrafts",p.7. 53)Gopal,"CommerceandCrafts",p.89. 54)Gopal,"CommerceandCrafts",p.5. -111(675)一. ー ジ。.

(14) 第52巻. 第3号. い た の だ ろ う か 。 東 南 ア ジ ア 産 の 胡 椒 や 香 料 は,グ め て い た 。 た だ,こ. ジ ャ ラ ー ト商 人 が そ の 交 易 の 大 半 を 占. れ は イ ン ド洋 交 易 圏 内 に 関 し て の こ と で あ っ て,中. 中 国 商 人 が 東 南 ア ジ ア と 中 国 の 間 を 往 来 し て い た 。1405年 た っ て 行 わ れ た 鄭 和 の 大 遠 征55)の 人 ム ス リム 馬 歓 の. 「瀟 涯 勝 覧(え. の パ レ ン バ ン 地 方 で は,外. う ち,第1次. ・第4次. ・第7次. に か け て7次. にわ. の 遠 征 に 随 行 した 中 国. い が い し ょ う ら ん)」 に よ れ ば,ジ. 国 交 易 取 引 用 の 銅 貨 は,全. か し マ ラ ッ カ 以 西 に 関 し て は,グ. か ら1433年. 国 へ の 胡 椒 交 易 は,. ャ ワ 島 や ス マ トラ 島. て 中 国 の 銅 貨 が 使 わ れ て い た56)。 し. ジ ャ ラ ー ト商 人 が ほ ぼ 独 占 し て い た 。 グ ジ ャ ラ ー トの 香. 料 交 易 に お い て 最 も 重 要 な 交 易 ル ー トは,カ. ンベ イ を 中 継 地 と して ア デ ン と マ ラ ッカ を 結. ぶ も の で あ っ た 。 ピ レ ス は 次 の よ う に 述 べ て い る 。 「カ ン バ ヤ は 二 本 の 腕 を の ば し,右 で ア デ ン を 握 り,一. 方 の 手 で マ ラ カ を 握 っ て い る 。 こ れ は 重 要 な 航 路 で あ っ て,他. 手. の場 所. へ の 航 路 は そ れ ほ ど 重 要 で は な い 。」57) グ ジ ャ ラ ー ト商 人 は マ ラ バ ー ル 産 の 胡 椒 も 扱 っ て い た が,マ お よ び ホ ル ム ズ へ の 交 易 は,カ 人 商 人 が,自. イ ロ か,メ. ッカ の 外 港 で あ る ジ ッ ダ を 根 拠 地 と した ア ラ ブ. 分 た ち の 船 で 行 っ て い た58)。 し た が っ て,こ. 隔 地 交 易 に 関 す る 場 合,マ. と グ ジ ャ ラ ー ト商 人 の 胡 椒 の 遠. ラバ ール産 胡 椒 は東 南 ア ジア産 胡椒 ほ どの重 要性 を持 た なか っ. た 。 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 は ま た,イ ポ ル トガ ル が15世. ン ド内 陸 部 へ の 香 料 交 易 の 玄 関 口 で も あ っ た 。. 紀 末 に イ ン ドに や っ て き て,マ. ラ ッ カ ・ ゴ ア ・デ ィ ウ ・ホ ル ム ズ に 要. 塞 を 築 い て 香 料 交 易 独 占 政 策 を 試 み る よ う に な っ て も,グ 定 的 な 変 化 は 起 こ ら な か っ た 。 そ れ は,ま ヨ ー ロ ッ パ の 胡 椒 需 要 そ の も の が,ア. ず 第 一 に,ポ. ン で,そ. か っ た 。 し か し,ク. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 胡 椒 交 易 に 決 ル トガ ル の 胡 椒 交 易 の 背 景 に あ る. ジ ア 交 易 圏 全 域 で の 胡 椒 需 要 に 比 べ て ず っ と少 な. か っ た た め で あ っ た 。 香 料 史 の 研 究 に よ る と,16世 出 量 は 約9,000ト. ラバ ール 産胡 椒 の紅 海方 面. 紀 前 半 の ア ジ ア に お け る胡 椒 の 年 間 産. の う ち ヨ ー ロ ッ パ で 需 要 さ れ た の は 年 間 約2,000ト. ロ ー ブ,ナ. ツ メ グ,メ. ー ス に 関 し て は,ア. ン に過 ぎ な. ジ ア の 年 間 産 出量 の 半 分 を. 消 費 し て い た59)。 さ ら に ポ ル トガ ル は,カ. ル タ ス 制 度 に よ る 交 易 管 理 も 試 み た が,そ. れ も予 期 した ほ ど の. 55)山 56)山. 田,『 香 料 の 歴 史 」,91ペ ー ジ。 田憲 太 郎,『 香 薬 東 西 』,法 政 大 学 出版 局,1980年,57ペ ー ジ。 この よ う に 東 南 ア ジ ア に お い て 中 国 通 貨 が 流 通 して い た の は,中 国 に 大 量 の 胡 椒 が輸 出 さ れ て い た た め に他 な らな い 。 山 田 の研 究 に よ れ ば,16世 紀 初 頭 の イ ン ドネ シ ア に お け る胡 椒 の 生 産 量. は年 間5,000ト ン強 で,そ ∼101ペ ー ジ。 57)ピ 58)ピ 59)山. の う ち 約2,600ト ンが 中 国 に輸 出 され て い た。 山 田,『 香 料 の 歴 史 』,92. ア ス ン,『 ポ ル トガ ル とイ ン ド』,17ペ ー ジ。 ア ス ン,『 ポル トガ ル とイ ン ド』,19ペ ー ジ。 田,『 香 料 の 歴 史 』,147∼155ペ ー ジ。 一 .112(676).

(15) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る現 地 商 人 の 商 業 活 動(藪 効 果 を も た ら さ な か っ た 。 グ ジ ャ ラ ー ト商 人 は,東 し も マ ラ ッ カ に 寄 港 す る 必 要 な ど 無 く,む. 下). 南 ア ジ ア の 香 料 を 入 手 す る た め に必 ず. し ろ 交 易 拠 点 を マ ラ ッ カ に 近 い ス マ トラ 島 の パ. サ イ な ど 別 の 港 に 移 し た60)。 こ れ は 紅 海 交 易 に 関 し て も 同 様 で,し. か も グ ジ ャ ラ ー ト商 人. に と っ て 重 要 な ア デ ン は ポ ル トガ ル の 支 配 を 受 け て い な か っ た 。 さ ら に ゴ ア の ポ ル トガ ル 人 も,食. 用 穀 物 や 交 易 の た め の 資 金 を グ ジ ャ ラ ー ト商 人 に 依 存 し て い た た め61),グ. ラ ー ト商 人 と の 関 係 を 損 な う わ け に は い か な か っ た 。 そ の た め,グ て 免 税 カ ル タ ス を 発 行 す る こ と も あ っ た62)。 そ も そ も,ポ て 租 税 収 入 を 獲 得 す る た め に は,現. ジャ. ジ ャ ラ ー ト商 人 に 対 し. ル トガ ル が カ ル タ ス 制 度 に お い. 地 商 人 に対 して あ ま り大 き な 負 担 を 強 い る措 置 を と る. こ と は 出 来 な か った だ ろ う。 で は,17世. 紀 に 入 りEICが. 行 っ た 香 料 交 易 は,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 に と っ て ど の 程 度 の 影. 響 を 与 え る も の だ っ た の だ ろ う か 。 結 論 か ら言 う と,ポ. ル トガ ル の そ れ よ り も は る か に 大. き い 打 撃 を 与 え る も の だ っ た で あ ろ う 。 ポ ル トガ ル が 母 国 向 け の 胡 椒 の 大 部 分 を 購 入 し て い た の は,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 に し て み れ ば 東 南 ア ジ ア よ り も 相 対 的 に 重 要 性 の 低 い マ ラ. バ ー ル 地 方 に お い て で あ っ た 。 一 方,EICが ア に お い て で あ っ た 。 し か も,EICは よ う と し た 。 こ れ は,明 ら にEICが. 香 料 の 購 入 を 行 お う と 試 み た の は,東. 南 アジ. 香 料 を 獲 得 す る た め に グ ジ ャ ラ ー ト産 綿 布 を 輸 出 し. ら か に グ ジ ャ ラ ー ト商 人 が 行 っ て い た 交 易 へ の 参 入 で あ っ た 。 さ. 扱 う 香 料 の 販 売 市 場 に は,ヨ. ー ロ ッ パ の み な ら ず,喜. 望 峰経 由 で あ ったが グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 に と っ て も重 要 な 販 売 市 場 で あ る レ ヴ ァ ン ト地 方 も含 ま れ て い た 。16世 後 半 よ り レ ヴ ァ ン ト経 由 の 地 中 海 香 料 交 易 が 復 活 し63),そ 交 易 を 支 え て い た の だ が,一. 紀. れ が グ ジ ャ ラ ー ト商 人 ら の 香 料. 方 で こ の 時 期 の ヨ ー ロ ッパ に お け る 胡 椒 需 要 の 増 大 は ア ジ ア. に お け る 胡 椒 生 産 量 の 増 加 ほ ど で も な か っ た と 推 定 さ れ て い る 。 こ の こ と か ら,こ. の時期. に は レ ヴ ァ ン ト地 方 そ の も の の 胡 椒 需 要 が 増 大 し た と 考 え ら れ る64)。 し か し1620年. 代 に入. る と,地. 中 海 に お け る 胡 椒 の 流 れ は,逆. に ヨ ー ロ ッ パ か ら 東 へ 流 れ る よ う に な っ た 。1626. 60)Gopal,"CommerceandCrafts",p.13. 61)ゴ ア は 食 用 穀 物 の 供 給 を グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に 依 存 し て い た 。 ゴ ア ー カ ンベ イ 間 を,300-400 艘 の ポ ル トガ ル の 船 団(カ フ ィ ラ)が,年 に2,3回 定 期 的 に 往 復 して い た。Gopal,"Commerce andCrafts",pp.80-84. グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 関 税 収 入 は,ポ ル トガ ル が イ ン ドで 商 品 を 買 い 付 け る上 で 重 要 で あ っ た し,ポ ル トガ ル人 の民 間 交 易 資 本 の か な りの 部 分 が,グ ジ ャ ラ ー トの資 本 で 賄 わ れ て い た。 ピ ァ ス ン,『 ポ ル トガ ル と イ ン ド』,175∼179ペ ー ジ。 62)ピ ア ス ン,『 ポ ル トガ ル とイ ン ド』,161ペ ー ジ。 63)ブ ロー デ ル は,レ ヴ ァ ン ト交 易 が 決 定 的 な 打 撃 を 受 け るの は オ ラ ンダ が イ ン ド洋 を 完 全 に制 圧 した1625年 前 後 で あ る と し,16世 紀 末 ま で 香 料 の レ ヴ ァ ン ト ・ル ー トは 相 変 わ らず 健 在 で あ っ た と述 べ て い る。 フ ェル ナ ン ・ブ ロ ー デ ル(著)/浜 名 優 美(訳),『 地 中海 第2巻 一集 団 の運 命 と全 体 の動 き1-』,藤 原 書 店,1992年,316-360ペ ー ジ。 64)長 島,「 十 六 世 紀 イ ン ド洋 海 上 貿 易 」,19∼22ペ ー ジ。 -113(677)一.

(16) 第52巻. 第3号. 年 に は ロ ン ドン か ら再 輸 出 さ れ た 胡 椒 約120万 ポ ン ドの う ち 約80万 ポ ン ドが,翌1627年 は約250万 ポ ン ドの う ち約180万 ポ ン ドが 地 中 海 方 面 に輸 出 さ れ た65)。 さ ら に,ア 商 品 買 付 に 必 要 な 資 金 を 確 保 す る た め,EICは. に. グ ラでの. ア グ ラ に酪 駝30頭 分 に上 る ク ロ ー ブ を 輸 出. した66)。 こ の よ う に香 料 交 易 に 関 して は,EICは. グ ジ ャ ラ ー ト商 人 の 従 来 の 交 易 活 動 に 全. 般 的 な 影 響 を及 ぼ す こ と と な った 。 この 章 で は,EICも. 扱 っ た主 要 商 品 に 関 す る グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 商 況 を述 べ,イ. 交 易 圏 に お け る一 大 交 易 拠 点 で あ っ た グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お い て,グ. ン ド洋. ジ ャ ラ ー ト商 人 が 従. 事 し た 交 易 の 規 模 ・範 囲 は ヨ ー ロ ッパ 商 業 勢 力 に と っ て 決 して 無 視 で き な い も の で あ った こ と,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 交 易 活 動 と の 競 合 の な か でEICは. イ ン ド洋 交 易 圏 へ の 参 入 を. 果 た した こ とを 概 観 し た。 しか し,グ ジ ャ ラ ー トで 商 業 活 動 に従 事 して い た の は こ こ で述 べ た 交 易 商 人 だ け で は な い 。 次 章 で は 商 業 活 動 の 様 々 な 側 面 に お け る グ ジ ャ ラ ー ト商 人 の 事 業 を 紹 介 し,グ ジ ャ ラ ー ト商 人 とEICの. 競 合 関係 の み に規 定 され な い取 引 関係 の あ り. 方 につ い て 考 察 す る。. 3.グ. 前 章 で は,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 商 業 活 動. ジ ャラ ー ト地 方 及 び 当 地 を 中 心 と した 商 品 流 通 を 特 にEICの. な 商 品 の い くつ か に注 目 して 概 観 し た。 本 章 で は,こ 支 え た,グ. ら の 商 業 制 度 の 基 盤 の 上 にEICの. は な い か と い う こ と を,1)グ 3)EICの. 1)グ. の よ うに広範 にわ た った商 品流 通 を. ジ ャラ ー ト商 人 の 多 様 な 商 業 活 動 に つ い て 論 じ る。 そ して,こ. ラ ー ト商 人 の 存 在,彼. 扱 っ た主 要. の よ うな グ ジ ャ. 交 易 活動 の展 開 が 見 られ た ので. ジ ャ ラ ー ト商 人 の交 易 活 動,2)彼. らの 資 金 調 達 シス テ ム,. ブ ロ ー カ ー と して の 役 割 な ど を検 証 す る こ と で,検 討 して ゆ き た い。. ジ ャラ ー ト商 人 に よ る 交 易 活 動. まず 最 初 に,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 交 易 活 動 につ い て 論 じ る。 彼 らの 扱 った 主 な 商 品 お よ. び そ の 交 易 範 囲 に 関 して は 前 章 に お い て 述 べ た が,こ の 商 品 を 扱 い,様. れ 以 外 に も グ ジ ャ ラ ー ト商 人 は 多 く. 々 な 地 域 と交 易 を して い た。. 遠 隔 地 交 易 に お け る輸 出 品 と して は,前 章 で 述 べ た 商 品 の ほ か に も,紅 海 ・ペ ル シ ャ湾. 65)浅 田 実,『 商業 革命 と東 イ ン ド貿易 』,法 律文 化社,1984年,51ペ 66)Gopal,"CommerceandCrafts",p.130. 114(678)一. ー ジ。.

(17) 近 世 西 イ ン ド グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に お け る 現 地 商 人 の 商 業 活 動(藪. 方 面 に は ガ ラ ス 玉67)・. 米68)・. 大 量 の 緋 色 地 の 布,糸. 状 や 球 状 に 加 工 さ れ た 珊 瑚 の 装 飾 品. 水. ・ カ ン ベ イ 産 の 薬 草70)・. タ バ コ69)な. ど を,ビ. ・象 牙. ・ ワ ッ ク ス ・ ケ シ ・銅. ペ ル シ ャ湾 か ら は 馬 諸 島 か ら は,イ 象75),ビ 石. ・銀. ・金. ・銀. ・水 銀. ・明 蓼. 海. ・硫 化 水 銀. ・銅. ・馨 類(硫. ・毛 織 物. ・バ ラ 水. ・ マ ラ ッ カ 産 の 工 芸 品76)を,東. ニ ス の 原 料)・. 宝 石. 然 多. ト ガ ル が 進 出 す る と,ゴ. ナ ツ繊 維 た80)。. ャウ ル や ダ ボ ル. 内 陸 部 か ら は,小. 麦 そ の 他 の 食 用 穀 物. モ ル デ ィ ブ. 輸 入 して い た 。. ・ ケ シ ・小 麦 そ の 他 が 輸. ア が イ ン ド西 海 岸 に お け る グ ジ ャ ラ ー ・馬. ・ ケ シ ・油(食. ・軟 質 木 材(blackwood)・. ・米. ・. ・ル ビ ー そ の 他 の 宝. ・マ ラ バ ー ル 諸 港 か ら は 綿 布. ・ ケ シ ・ ビ ン ロ ウ ジ ・ ワ ッ ク ス ・薬 草. こ の よ う に,実. 象. ・象 牙 等 で 作 ら れ た 工 芸 品 が 輸 出 さ れ た79)。 逆 に グ ジ ャ ラ ー. 入 さ れ た 商 品 を 見 る と,チ. 金. くの 商 品 の 交 易 が な さ れ た 。 グ ジ ャ. ハ ー ラ シ ュ トラ 地 方 の 主 要 港 チ ャ ウ ル に 馬. イ ン ドに ポ ル. ・木 材. ・バ ラ. イ ロ ン島 か らは. 南 ア ジ ア の 諸 都 市 か ら は 貴 金 属77)を. ト商 品 の 一 大 輸 入 港 と な っ た 。 ゴ ア へ は 小 麦 等 の 食 用 穀 物 用)・. ・. ・ ア カ ネ ・ 奴 隷72)が,. ン ド で 小 額 貨 幣 と し て 流 通 し て い た 子 安 貝 を 輸 入 し74),セ. ト地 方 か ら は,マ. 水 銀. 酸 塩)・ 真 珠 等 が あ っ た73)。. ル マ の 沿 岸 都 市 か ら は 高 品 質 の ラ ッ ク(ワ. 出 さ れ た78)。. ・硫 化 水 銀(朱)・. ・東 ア フ リ カ 沿 岸 の 都 市 か ら は 珊 瑚71)・. イ ン ド亜 大 陸 の 他 の 沿 岸 部 や 内 陸 部 と も,当 ラ ー. ル マ ・東 南 ア ジ ア 方 面 に は ケ シ ・ 銅. 紅 玉 髄 お よ び そ の 加 工 品 ・植 物 性 染 料 な ど を 輸 出 し た 。 一 方,. グ ジ ャ ラ ー ト 地 方 に 輸 入 し た 商 品 に は,紅 銀. 下). 用. ・化 粧. ト地 方 へ 輸. ・コ コ ナ ツ ・コ コ 銅 が 輸 入 さ れ. ・ ダ イ ヤ モ ン ド が 輸 入 さ れ た81)。. に 様 々 な 商 品 が グ ジ ャ ラ ー ト商 人 に よ っ て 扱 わ れ て い た 。 そ し て こ の よ. う な 商 品 の 流 れ か ら 言 え る こ と は,具. 体 的 な 数 量 は 明 示 出 来 な い が,彼. ら に よ って 扱 わ れ. た 商 品 の 多 く は グ ジ ャ ラ ー ト地 方 以 外 の 地 域 へ 再 輸 出 さ れ て い た ら し い と い う こ と で あ る 。 さ ら に,彼. ら が こ れ ほ ど 広 範 に 交 易 活 動 を 展 開 す る こ と が 可 能 で あ っ た の は,本. 述 べ た 商 品 と取 引 可 能 で あ っ た 綿 布. ・香 料 と い っ た ア ジ ア 交 易 圏 内 に 広 範 な 消 費 者 層 を 持. 67)Gopal,"CommerceandCrafts",p.2. 68)Gopal,"CommerceandCrafts",p.3. 69)輸. 送 先 は タ ッ タ や,ペ. 章 で. ル シ ャ 湾 ・紅 海 沿 岸 諸 港 で あ っ た 。"EFI1618-1621",p.63,"EFL. 1637-1641",p.126,"EFI1646-1650",p.50. 70}Gopal,"CommerceandCrafts",p.6. 71}"EFI1618-1621",p.326. 72)Gopal,"CommerceandCrafts",p.3 73}Gopal,"CommerceandCrafts",p.4 74}Gopal,"CoYnmerceandCrafts",p.5 75)Gopal,"CommerceandCrafts",p.5 76)Gopal,"CommerceandCrafts",p.6 77)Gopal,"CommerceandCrafts",p.8 78)Gopal,"CommerceandCrafts",p.77. 79}Gopal,"CommerceandCrafts",p.84. 80)Gopal,"CofnfnerceandCrafts",pp.76-77. 81)Gopal,"CommerceandCrafts",p.125.Habib,"Theagrariansystem",p.73. -115(679)一.

(18) 第52巻. 第3号. つ 商 品 を グ ジ ャ ラ ー ト商 人 が 扱 っ て い た と い う事 実 が あ っ た か ら で あ っ た 。 し か し,綿. 布. や 香 料 を 主 要 交 易 品 と して 交 易 活 動 を 展 開 す る こ と が 可 能 な 地 理 的 条 件 を 有 して い た の は,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 に 限 ら な か っ た 。 綿 布 な ら ば,コ. ロ マ ンデ ル 産 捺 染 綿 布 も グ ジ ャ. ラ ー ト産 綿 布 と 同 様 に ベ ン ガ ル 湾 沿 岸 部 及 び マ ラ ッ カ 以 東 の 全 域 で 需 要 さ れ て お り,ま. た. ベ ン ガ ル 産 の モ ス リ ン そ の 他 の 織 物 類 も ア デ ン ・ペ グ ー ・さ ら に は マ ラ ッ カ 以 東 に 輸 出 さ れ て い た82)。 香 料 に し て も,マ 引 さ れ て い た83)。 し か し,こ バ ー ル の 商 人 が,グ た 。 む し ろ,こ. ラ バ ー ル で 産 出 さ れ る 胡 椒 は,紅. 海 ・ペ ル シ ャ 湾 方 面 で 取. の よ う な 商 品 を 背 景 と し て コ ロ マ ン デ ル や ベ ン ガ ル,マ. ラ. ジ ャ ラ ー ト商 人 と 同 規 模 の 広 範 な 交 易 活 動 を 行 う と い う こ と は 無 か っ. れ ら の 綿 布 ・香 料 は ま ず グ ジ ャ ラ ー ト地 方 に 輸 入 さ れ84),グ. ジ ャ ラ ー ト交. 易 商 人 の 手 に よ って そ こ か ら さ ら に 再 輸 出 さ れ て い た の で あ る。 こ の よ う に 考 え る と,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 を 巡 る 交 易 活 動 の 活 況 は,グ. 持 つ 物 資 の 集 散 地 と し て の 機 能 の 高 さ,す. ジ ャ ラ ー ト地 方 の. な わ ち 大 量 の 商 品 を イ ン ド洋 交 易 圏 全 域 に 広 が. る 流 通 ネ ッ トワ ー ク の 中 で 捌 き き る こ とが 可 能 で あ った 点 に そ の 理 由 を 見 出 す こ と が 出来 な い だ ろ う か 。 グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 優 位 は,1章. で 述 べ た よ う な グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 歴 史. 的 地 理 的 条 件 の 面 か ら あ る 程 度 理 解 可 能 で あ る 。 し か し さ ら に,EICの グ ジ ャ ラ ー ト商 人 の 果 た し た 役 割 を 考 察 す る 場 合,17世. 交 易活 動 に お いて. 紀 前 半 に お い て グ ジ ャ ラ ー ト商 人. に よ る 流 通 ネ ッ ト ワ ー ク と い う制 度 的 な 優 位 性 も存 在 し て い た と 想 定 す る こ と は 有 効 で あ ろ う。 次 に,こ. の よ う な イ ン ド洋 ・イ ン ド亜 大 陸 全 域 に 及 ぶ 流 通 ネ ッ ト ワ ー ク 内 の 物 資 の 流 れ. を 維 持 す る の に 貢 献 し た,グ 存 在 を 明 示 す る 。EICが. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 各 地 の 交 易 拠 点 に お け る 居 留 地 や 代 理 人 の. イ ン ド洋 交 易 圏 に 進 出 す る 以 前,グ. ジ ャ ラ ー ト商 人 は マ ラ バ ー ル. 地 方 や マ ラ ッ カ に 居 留 地 な い し は 代 理 人 を 置 い て い た 。 第2章. で 述 べ た よ う に,マ. ラバ ー. ル 地 方 に は 香 料 そ の 他 の 商 品 を 獲 得 す る た め 沿 岸 部 や 内 陸 部 に 代 理 人 を 置 い て い た し,マ ラ ッ カ に は グ ジ ャ ラ ー ト人 の シ ャ ー=バ 管 轄 し,他. の3人. の シ ャ ー;バ. ば,1509年. の マ ラ ッ カ に は,大. ン ダ ル が 存 在 し て い た 。 彼 は イ ン ド西 海 岸 以 西 を. ン ダ ル よ り も地 位 が 高 い と み な さ れ た 。 ま た ピ レ ス に よ れ 資 本 を 持 つ 金 持 ち や 有 力 な 資 本 家 の 代 理 人 な ど1,000人. ジ ャ ラ ー ト商 人 が 居 留 し て い た85)。EICやVOCが. 82)長 83)ピ 84)綿. 進 出 し て か ら も,グ. 島,「 十 六 世 紀 イ ン ド海 上 貿 易 」,9ペ ー ジ。 ア ス ン,『 ポ ル トガ ル と イ ン ド』,19ペ ー ジ。 布 に 関 して は,長 島,「 十 六 世 紀 イ ン ド洋 海 上 貿 易 」,8ペ 香 料 に 関 して は,Gopa1,"CommerceandCrafts",p.83. 85)山 田,『 香 料 の 歴 史 』,125ペ ー ジ。 -116(680)一. ー ジ。. のグ. ジ ャ ラ ー ト商 人.

(19) 近 世 西 イ ン ドグ ジ ャ ラー ト地 方 に お け る現 地 商 人 の 商 業 活 動(藪 は 各 地 に 居 留 地 を 置 い て い た 。1616年 ク は,3,000人. の ヴ ァ ニ ア86)が. モ カ に 住 み,商. い て い た と 報 じ て い る87)。 ま たEICの イ シ ャ が,ア. に,VOC商. 館 員 ピ ー テ ル ・フ ァ ン ・デ ン ・ブ ル ー 人 ・金 細 工 師 ・金 融 業 者 ・職 人 と し て も 働. 史 料 の 中 に も,当. フ マ ダ バ ー ドや ペ ル シ ャ の ガ ム ロ ー ン(バ. 置 い て い た88)と. い う 記 載 が あ っ た 。 さ ら に,当. ォ ー ラ は,ア. ル 沿 岸,イ. ン ド東 海 岸 に 代 理 人 を 置 い て い た89)。. フ マ ダ バ ー ドや ア グ ラ,ブ. ら の 資 金 調 達 シ ス テ ム を,①. 代理人を. ル ハ ン プ ー ル,ゴ. ル コ ン ダ や マ ラバ ー. 両 替 業,②. 交 換 手 形 を 用 い た 送 金 や 短 期 の 信 用 貸 付,. 金 融 業 の 順 に論 じ る こ と とす る 。. 両 替業. イ ン ド に は サ ッ ラ ー フ(saraff)と 行 っ た り,交. 呼 ば れ る 商 人 が い て,両. 換 手 形 を 発 行 し て い た こ と が,17世. J.P.Tavernier)に. 替 業 の み で な く送 金 業 務 を. 紀 中 頃 に イ ン ドを 旅 行 し た 宝 石 商 人. よ っ て 言 及 さ れ て い る90)。 当 時 の サ ッ ラ ー フ の 一 番 の 役 割 は,貨. 鑑 定 を 行 う こ と で あ っ た 。 ム ガ ル 帝 国 の 通 貨 は 純 度 が 高 く,鋳 れ て い た た め,ブ. リオ ン(地. 金)は5.6∼6%の. こ の た め,サ. 幣の. 造 所 で の鋳 造 も 自由に行 わ. 手 数 料 で 鋳 造 で き た91)。 し た が っ て,貨. の 価 値 は 概 ね そ の 重 量 に 比 例 し て い た 。 ま た,貨. 幣. 幣 は古 くな る に つ れ て 価 値 が 下 が っ た 。. ッ ラ ー フ の 特 殊 技 能 に よ る 貨 幣 の 品 位 ・真 贋 ・重 量 ・年 代 の 鑑 定 は 欠 か せ な. か っ た 。 特 に 彼 ら は,鋳. 造 所 で 鋳 造 され る貨 幣 の 信 用 を 得 る た め に 重 要 視 さ れ た。 貨 幣 鑑. 定 の 業 務 に お い て サ ッ ラ ー フ が 得 た 手 数 料 率 は,彼 1/16で. ッバ ー ス)に. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 交 易 活 動 に 伴 う 資 金 調 達 シ ス テ ム に つ い て 述 べ る 。 こ こ で. ③ 保 険 制 度,④ ①. ン ダ ル=ア. ァ. ジ ャ ラ ー ト商 人 の 金 融 事 業. 次 に,グ は,彼. 時 の 大 商 人 で あ っ た バ リ=ヴ. 時 世 界 で 最 も裕 福 な 商 人 と噂 さ れ た ヴ ィ. ル ジ ー=ヴ. 2)グ. 下). あ っ た92)。 ま た タ ヴ ェ ル ニ エ に よ れ ば,商. が 鑑 定 し た 貨 幣 価 値 の1/30な 人 は,サ. 印 さ れ た 貨 幣 を 袋 に 入 れ て の 資 金 移 転 を よ く用 い た が,こ. い しは. ッラー フ に よ って鑑 定 され 封 の 袋 は 再 勘 定 し た り再 鑑 定 さ れ. 86)ヴ ァニ ア は 貿 易 ・商 業 を 生 業 と す る集 団 で,マ ヌ法 典 に示 さ れ て い る 四 姓 の な か で は ヴ ァ イ シ ャ に 属 して い た 。 ヴ ァニ ア の 集 団 に は ジ ャイ ナ 教 徒 と ヒ ン ドゥ ー 教 徒 が い て,と も に グ ジ ャ ラ ー ト地 方 の 経 済 に お い て 重 要 な 役 割 を 果 た して い た 。 ピ ァ ス ン,『 ポ ル トガ ル とイ ン ド』,42∼ 43ペ ー ジ。 87)ピ ア ス ン,『 ポ ル トガ ル とイ ン ド』,322ペ ー ジ注 。 88)"EFI1624-1629",p.320."EFI1630-1633",p.19,p.62. 89}Moreland,"FromAkbartoAurangZeb",pp.55. 90)J.P.Tavernier/V.Balletc.(trans),"TravelsinIndia",OxfordUniversityPress,1925, vol.1,p.24. 91)Tavernier,"TravelsinIndia"vol.1,pp.7-8,p.20. 92)Tavernier,"TravelsinIndia"vol.1,note. -117(681)一.

(20) 第52巻. 第3号. る こ と は 無 か っ た と 述 べ て い る93)。EICも,直 能 で あ っ た に も 関 わ ら ず,鋳. 接 鋳 造 所 で ブ リオ ン銀 を 鋳 造 す る こ とが 可. 造 所 で ご ま か し を 受 け る こ と を 怖 れ,サ. ッ ラ ー フ に ブ リオ ン. を 販 売 し た94)。 こ の た め サ ッ ラ ー フ は 輸 入 さ れ る ブ リオ ン 銀 の 最 大 の 購 入 者 で あ り,イ ドに お い て は 金 製 ・銀 製 の 装 飾 品 が 好 ま れ た95)に. も 関 わ ら ず,装. ン. 飾 品 の た め に ブ リオ ン. を 購 入 す る もの は無 か っ た 。 サ ッ ラ ー フ が 鋳 造 所 か ら得 た 新 し い 鋳 造 貨 幣 は,彼 通 し た 。 ム ガ ル 帝 国 は,そ 国 は 三 通 貨 制(マ 用 し て い た た め,そ. フル. らの 両 替 商 と して の 取 引 を通 じ て流. の 領 内 に お い て 統 一 さ れ た 貨 幣 制 度 を 有 し て い た が,ム. 〔muhr〕. 金 貨 ・ル ピ ー. 〔rupee〕 銀 貨 ・ダ ム. 〔dams〕. 銅 貨)を. れ ぞ れ の ブ リ オ ン価 格 の 変 動 に 応 じ て 交 換 価 値 が 変 化 し96),や. 替 商 の 存 在 を 必 要 と し て い た 。 さ ら に ス ー ラ トや ブ ロ ー チ に お い て は,1573年. ガル帝 採. は り両. の ア クバ ル. 大 帝 に よ る グ ジ ャ ラ ー ト王 国 併 合 以 降 も マ フ ム ー デ ィ 銀 貨 が 流 通 し て お り 、 ル ピ ー に 対 す る マ フ ム ー デ ィ の 交 換 価 値 は,1マ でEICの. フ ム ー デ ィ=0.4ル. ピ ー と い う 交 換 比 率 が,1650年. ま. ス ー ラ ト商 館 に お い て 採 用 さ れ て い た97)。 ム ガ ル 帝 国 に お け る 商 業 取 引 に は,. 主 に ル ピ ー 銀 貨 が 用 い ら れ て い た 。 し た が っ て,両. 替 商 と し て の サ ッ ラ ー フ の 仕 事 は,古. い ル ピ ー 貨 や 標 準 重 量 よ り軽 くな っ て し ま っ た ル ピ ー 貨 を,新. ル ピー 貨 や 現 行 の ル ピ ー貨. に 交 換 す る こ と で あ っ た ろ う98)。 ②. 交 換 手 形 に よ る送 金 や 短 期 の 資 本 貸 付 け. サ ッ ラ ー フ は ま た,フ. ン デ ィ ー(hundi)を. 発 行 し た り,割. 引 い た りす る業 務 も行 って. い た 。 フ ン デ ィ ー と は 当 時 の イ ン ドに お け る 交 換 手 形 で あ る が,今 な っ て い る 。L.C.Jainは,フ. ン デ ィ ー を 「あ る 人 が,別. の 人 に 対 し て,そ. た 人 に,あ. る 金 額 を,要. 条件 で. 支 払 を 行 う こ と を 書 い た 証 書 」 と 定 義 し,1.Habibは,フ. 求 が あ り次 第 ま た は あ る 一 定 の 期 間 を お い て 後 に,通. の 場 所 で 支 払 可 能 な 短 期 の 信 用 貸 し(credit)を. こに記載 され 常 は無. ン デ ィー は さ ら に 別. 調 達 す る 手 段 と し て 現 在 用 い ら れ て お り,. か つ て は あ る 場 所 か ら別 の 場 所 に 資 金 を 移 転 す る の に 用 い ら れ た,と EICは,イ. 日 の 通 常 手 形 と は異. ン ド に お い て 商 館 間 で 資 金 を 送 金 す る 際,通. 論 じ て い る99)。. 常 は サ ッ ラ ー フの フ ンデ ィ ー を. 93)Tavernier,"TravelsinIndia"vol.2,p.71. 94)"EFI1634-1636",p.225. 95)フ ラ ン ソ ワ ・ベ ル ニ エ,『17-18世 紀 大 旅 行 記 叢 書5ム ガ ル 帝 国 誌 』,184ペ ー ジ。 96)Moreland,"FromAkbartoAurangzeb",pp.183-184. 97)注8で 挙 げ た よ う に,マ フ ム ー デ ィ銀 貨 も依 然 商 業 計 算 の 単 位 と して 利 用 さ れ て い た 。Moreland,"FrontAkbartoAurangzeb",pp.330-331. 98)1.Habib,`BankinginMughalIndia'inT.Raychaudhuri{ed.),"ContributionstoIndian economichistory",Culcatta,1960,p.5 99)Habib,`BankinginMughalIndia',p.8. -118(682)一.

参照

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