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[翻訳]ユッシ・パリッカ+ガーネット・ヘルツ「メディアアートの考古学 : ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話」

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[翻訳]ユッシ・パリッカ+ガーネット・ヘルツ「

メディアアートの考古学 : ユッシ・パリッカとガ

ーネット・ヘルツによる対話」

著者

パリッカ ユッシ, ヘルツ ガーネット, 太田 純貴

雑誌名

鹿児島大学法文学部紀要人文学科論集

86

ページ

1-15

発行年

2019-03-13

URL

http://hdl.handle.net/10232/00030441

(2)

一 てきた態度であり、連鎖的な戦略である。少数のメディア考古学の提唱 者 た ち │ │ ジ ー ク フ リ ー ト ・ ツ ィ ー リ ン ス キ ー 、 ヴ ォ ル フ ガ ン グ ・ エ ル ン ス ト、 ト マ ス・ エ ル セ サ ー、 エ ル キ・ フ ー タ モ ら │ │ が 興 味 の 矛 先をまず向けているのが、映画・テレビ・ニューメディアの歴史を含む 通俗的なコミュニケーション形態の歴史を全体化する際に脇に追いやら れてしまった歴史と装置を結集することである。メディアテクノロジー の失われた痕跡は、掘り起こされ研究されるべき重要なトピックである と 考 え ら れ る。 ﹁ 死 デ ッ ド ん だ ﹂ メ デ ィ ア テ ク ノ ロ ジ ー や 特 異 な 発 展 は、 通 常 であればわかりやすい物語によって見えなくなってしまうであろう、コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 歴 史 に お け る 重 要 な テ ー マ や 構 造、 つ な が り を 明 るみに出す。こうしたことの一環として、最も興味深い発展は歴史や人 工物の忘れ去られた余白のなかでしばしば生じると信じつつ、今日のコ ミュニケーション・テクノロジーに関するイレギュラーな発展や型には まらない系譜を追跡することがあげられるのだ。 二 〇 〇 七 年 に、 ユ ッ シ・ パ リ ッ カ は﹃ デ ジ タ ル 感 染: コ ン ピ ュ ー タ・ ウ イ ル ス の メ デ ィ ア 考 古 学 ﹄︵ Digital Contagions: A Media Ar chaeology of Computer Viruses ︵ Peter Lang Publishing, New York ︶︶ を 出 版 し た。 ﹃ デ ジ タル感染﹄で、パリッカは研究の方法論としてのメディア考古学につい て、理路整然とした洞察力に富んだ分析を行なっている。本書でパリッ カは、明快なコンピュータ・ウイルスの文化史を構築している。パリッ カ は コ ン ピ ュ ー タ・ ウ イ ル ス │ │ 半 独 立 的 な 自 己 複 製 す る コ ン ピ ュ ー タ の コ ー ド │ │ は 現 代 の デ ジ タ ル 文 化 に 相 容 れ な い と い う 前 提 を 倒 立 さ せ、 コ ン ピ ュ ー タ・ ウ イ ル ス が コ ン ピ ュ ー タ を 媒 介 と し た コ ミ ュ ニ

 

ユッシ・パリッカ

+ ガーネット・ヘルツ

﹁メディアアートの考古学

  

︱︱

ユッシ・パリッカと

ガーネット・ヘルツによる対話

︱︱

      

 

  

  

  

 

*本論考の初出は二〇一〇年四月一日 ﹁Ctheory﹂ ︵アルトゥール&マリルイー ズ・ ク ロ ー カ ー 編 ︶ 上 に お い て で あ る。 原 文 へ の ア ク セ ス は 以 下 の u r l を 参 照。 http://www .ctheory .net/articles.aspx?id=631

The original text was published on CTheory edited by

Arthur and Marilouise Kroker

. www . ctheory .net. イントロダクション メディア考古学とは、ここ二〇年かけて現れたメディア研究へのアプ ローチである。メディア考古学はミシェル・フーコー、ヴァルター・ベ ンヤミン、フリードリヒ・キットラーに多くを負っているが、メディア 考古学者の数だけ多様化して、独自の一連のツールや実践を形成しても いる。メディア考古学とは思考の学派や特定の技法ではなく、抑圧され 無視されたメディアに関わるアプローチとテクノロジーを明るみに出し 世に広めようという欲望を特徴とする現代のメディア論において勃興し

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太    田    純    貴   訳 二 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ト・ ツ( Garnet Hertz ): ﹃ デ ジ タ ル 感 染 ﹄ に よ りメディア考古学という曖昧な概念は明瞭になったのですが、ここでも それを明確にしておきましょう。まず、あなたはメディア考古学をどの ように定義しており、プロジェクトやムーヴメントもしくはアプローチ としてのメディア考古学をどのように思い描いているのでしょうか。 シ・ カ( Jussi Parikka ): メ デ ィ ア 考 古 学 は 曖 昧 ですか。なるほど。ケンブリッジ大学の考古学者が教えてくれたのです が、 ﹁ メ デ ィ ア 考 古 学 ﹂ と 呼 ば れ る 考 古 学 の 下 位 区 分 が あ る こ と を ち ょ うど思い出しましたよ。メディア考古学を理論的見地から考えるときに は、このような文脈を必ずしも思い浮かべるわけではありません。われ われのようなメディア・スタディーズとメディア・アートに関わる人間 にとって、メディア考古学とはメディア考古学的な分析方法に文脈を提 供するフーコー、キットラー、ブルース ・ スターリングのデッド ・ メディ ア の 脚 注 で あ る こ と が し ば し ば で す ︹ ★ 1︺ 。 メ デ ィ ア 考 古 学 の 所 在 地 は、 唯物論的メディア論と一九八〇年代以降に出現してきた新しい文化史を 経て強調されるようになった廃れ忘れ去られたものごとの価値のあいだ のどこかなのです。私にとってメディア考古学とは、 特 シ ン ギ ュ ラ リ テ ィ 異な状態 にある メディアの歴史的地層を分析するのに理論的に洗練された方法、すなわ ちメディアの美的=感性論的・文化的・政治的 特 シンギュラリティ 異性 を切り出す概念と 実践に関わる営みです。それは、具体的で概念的なアーカイヴを通して 媒介された新旧のメディアのあいだの強烈な関係に理論的に注意を払う ケ ー シ ョ ン の 社 会 的・ 物 質 的 な さ ま を 規 定 す る と 主 張 し て い る 1 。 コ ンピュータ・ウイルスはメディアの生態系の病的異変や破綻として一般 的には考えられているのに対し、パリッカによれば、このような余白的 なコンピュータのプログラムがネットワーク時代の物質的・非実体的な 状況を理解するキーとなる。コンピュータ・ウイルスはメディア文化の 偶 発 事 で は な く、 い よ い よ も っ て デ ジ タ ル メ デ ィ ア の 自 然 な あ り 方 に なっている。換言すれば、ネットワーク文化の存在論はウイルス的であ るということなのだ 2 。 ガ ー ネ ッ ト・ ヘ ル ツ │ │ メ デ ィ ア 考 古 学 と メ デ ィ ア ・ ア ー ト を 主 題 としたヴィジュアル・スタディーズの分野で、カリフォルニア大学アー ヴ ァ イ ン 校 か ら 博 士 号 取 得 │ │ と の 本 対 話 で パ リ ッ カ が 論 じ る の は 、 メディア・スタディーズとメディア・アートに関するアカデミックな研 究の方法論としてのメディア考古学である。メディア考古学の理論的土 台を構築するなかで、両者は学際性、歴史記述、アート、ニューメディ ア、アカデミアについて取り上げて探求している。 1 ﹃ デ ジ タ ル 感 染 ﹄ の 梗 概 に つ い て は 以 下 を 参 照 。 Joseph Nechvatal “IF/ THE N: Ju ssi Pa rik ka ’s Di git al C on tag ion s: A Me dia Ar ch ae olo gy o f C om pu ter V

iruses” published at newmediaFIX in September 2007 and available online at

http://newmediafix.net/daily/?p=1665 ︵ Last Accessed June 28 th 2009 ︶ . 2 Jussi Parikka, “ The Universal V

iral Machine – Bits, Parasites and the

Media Ecology of Network Culture

” CTheory –

An International Journal of Theory

,

Technology and Cultur

e,

December 15

th

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ユッシ・パリッカ + ガーネット・ヘルツ   「メディアアートの考古学 – ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話 – 」 三 メディア考古学と、知の構造や権力のテクノロジーもしくは主体の形 成に関するフーコーの興味関心とのあいだには重大な差異を見て取るこ とはできますが、メディア考古学にはフーコーの方法論とはっきりとし た共通点があります。絶えずらせん状に後退する原史のなかに真の起源 を追い求めることは無駄な努力である、ということを両者はともに認め て い る の で す。 直 線 的 に 歴 史 を 構 築 す る こ と に は、 権 力 の 重 要 な 陳 述、 対 象、 ネ ッ ト ワ ー ク を 余 白 に 置 き 去 り に し 無 視 し て し ま う 危 険 が あ る、 ということも両者は認めています。サバルタンの言説、局所的な知、そ して進歩主義への疑念についての分析・関心を通して、メディア考古学 はフーコーの考古学とつながっています。また、 フーコーの考古学同様、 メディア考古学もコミュニケーション・テクノロジーの物質的基盤を強 調しています。 この種の理論的営みはメディア考古学にとって有用なアプローチだと お考えですか。 JP :あなたは全くもって正しいですね。フーコーに抗って、メディア 論 批 評 の 波 を 起 こ し た と き の キ ッ ト ラ ー の よ う で す。 フ ー コ ー や 他 の 誰からであっても、メディア考古学の一つの明確なモデルを採用するこ と な ん て で き ま せ ん。 理 論 的 ア フ ォ ー ダ ン ス の 観 点 か ら、 ︹ メ デ ィ ア 考 古学に関わる︺影響とモデルについての問いを言い換える必要がありま す。例えば、フーコーはメディア考古学という方法に何を 提 アフォード 供 したので し ょ う か。 本 と 手 紙 の 代 わ り に、 テ ク ノ ロ ジ ー に 関 わ る メ デ ィ ア 文 化、 アルゴリズムとオシロスコープ、ハードドライブ、チューブ、バルブそ ことに止まりません。メディア考古学は、メディアをデザインし、アー トを行うための手立てになってきているのです。 一 九 九 〇 年 代 初 頭 に メ デ ィ ア 考 古 学 と い う 概 念 へ の 取 り 組 み が 始 ま り、 そ れ を 受 け た 現 在 は メ デ ィ ア 考 古 学 と い う ア イ デ ィ ア を 前 進 さ せ、 より理論的に厳密にする極めて重要な時期です。初期の取り組みには厳 密さが欠けていたということではありません。ですが、メディア考古学 の﹁実践者たち﹂のあいだで徹底的に議論が交わされることは決してな かったのです 3 。 GH :伝統的な批評理論に絡めてメディア考古学を探求する必要がある と思われますか。 特定の思想家を取り上げて、 メディア考古学をかたどってみましょう。 フーコーにしましょうか。フーコーは︿メディア﹀ということばをもと もと使ってはおらず、制度・書き込み・物質性を通してメディアを考察 する手段について、いくつかほのめかしたにすぎないことははっきりし ています。 メディアテクノロジー ︹という問題︺ は ││ 統 治 性 、管 理 制 度 、 セ ク シ ュ ア リ テ ィ、 権 力、 支 配 構 造 と い っ た 主 題 を 通 し て の │ │ 言 ディスクール 説 による主体の組織化を経由しなければ、フーコーにはそぐわなかったの です。 3

Erkki Huhtamo and Jussi Parikka (eds.),

Media ar

chaeologies

(Berkeley

,

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太    田    純    貴   訳 四 ら、現状を考えると、エルンストらが指摘するように、メディアテクノ ロジー自体が物質的・社会的アッサンブラージュの一部でなければなり ません。 こうしたことを考慮すると、メディア論の文脈においてメディア考古 学というプロジェクトの主たる価値はどのようなものになると考えます か。 : メ デ ィ ア 考 古 学 の 場 合、 効 果 と 影 響 を は か る の は 難 し い で す ね。 メディア考古学を形成するネットワークの総体がとても広範囲に及んで い る か ら で す。 メ デ ィ ア 考 古 学 と い う 考 え に は 様 々 な 思 考 の 流 れ が 寄 り集まっており、それによってメディア文化の文脈における歴史と時性 についての考えを巡り再度議論が活発になっています。フィルム・スタ ディーズ、ニュー・フィルム・ヒストリー、 装 アパラ 置 トウス 論が長きにわたって影 響を及ぼしたことは明らかです。ニュー・フィルム・ヒストリーは、直 線的な方法で映画史を記述し、そのインターテクスチュアルな文脈を示 すことは過去のものであるとすでに考えていました。 このような態度は、 一九八〇年代以降のマルチメディア文化とデジタル文化に関する技術の 変化と言説と余すところなく対応しています。トム ・ ガニング、トマス ・ エルセサー、 ﹁アムステルダムメディア考古学派﹂ といった書き手たちは、 映画自体がある種のマルチメディアになるような新たな揺れ動く文脈を 明確に示していたのです 5 。 5 See Thomas Els aes ser , “The N ew Film H is tory as M edia A rchaeology” CINÈMAS, vol.14 (2004), No. 2-3, 71-1 17. して半導体を考察する際、フーコー︹の議論︺では及ばないのはどのよ うな点なのでしょう。このようなメディア考古学の言説にフーコーを引 き戻す際に私が覚える興味関心とは、メディアの物質性、特に 装 ディスポジティフ 置 と実 践の考察へとおもむく彼の諸概念です。これらの概念は、メディア論の 文脈では依然としていささか等閑視されています。私がフーコーから抽 出して使いたいのはある種の新しい唯物論的な文化分析の方法で、テク ノ ロ ジ ー が 一 つ の 要 素 で あ る よ う な 物 質 の 集 アッサンブラージュ 合 の 特 異 性 に 手 が 届 く ア プローチを提供してくれるものなのです。換言すれば、メディア考古学 による発掘の主たる﹁狙い﹂には特殊性と特異性も入ってくるはず、と いうことです。ですが、こうしたことだけでゴールしたも同然と考える べきではありません。それは、エルンストのようなドイツのメディア考 古学者が指摘している通りです。対象の特異性と﹁ 物 ナラティヴ 語 により現実を描 写する方法﹂としての従来の歴史に伴う諸問題の双方を考慮に入れるこ とで、発掘方法は価値あるものとなるのです。となると問題は、メディ ア考古学的著作は、もはや人間の手だけでなく機械自体によっても記述 される技術的環境をどのように考慮すべきなのか、ということになりま す 4 。 GH : 特 スペシフィシティ 殊性 と 特 シンギュラリティ 異性 が、フーコーから抽出できる、メディア考古学の 簡潔にして明確な目的対象であるということに同意します。しかしなが 4 W

olfgang Ernst, “Dis/continuities: Does the

Archive Become Metaphorical

in Multi-Media Space?”

New Media, Old Media.

A History and Theory Reader

, eds. W endy Hui Kyon Chun and Thomas Keenan (New York: Routledge, 2006), 105-124

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ユッシ・パリッカ + ガーネット・ヘルツ   「メディアアートの考古学 – ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話 – 」 五 メディア編成の空間的方法は、 歴史から大いに学ぶことができるのです。 タイムマシンというアイディア、 つまり新しいものをひねり出すために、 いくつかの過去と現在のつながりを配線し直すというアイディアは気に いっています。歴史はある種のアーカイヴ、データベースの一形態にな り、それはアーカイヴとデータベースに依拠しているデジタル文化の論 理 と W e b 2 0 の 生 産 様 式 に ぴ た り と 一 致 し ま す。 歴 史 が 開 陳 さ れ る と同時に捻れて回帰して、効果と反響の一連の複雑なセットとなる場所 として、アーカイヴの存在論を考えることを私たちは余儀なくされてい るのです。 メ デ ィ ア 考 古 学 的 創 造 を 可 能 に す る ア ー カ イ ヴ と は、 し か し な が ら、 現 に 在 る も の に 限 定 さ れ る わ け で は あ り ま せ ん。 様 々 な 言 説 の 配 置 と 想 イ マ ジ ナ リ ー 像 上 の メ デ ィ ア が、 放 送 や 装 アパラ 置 トウス を 中 心 と し た 伝 統 的 な 視 点 に 取 っ て 代 わ り つ つ あ り ま す。 制 度 的 な 面 に つ い て も 言 え ば、 こ う し た こ と は ア カ デ ミ ア の 外 へ と 広 が り、 ゾ ー イ・ ベ ロ フ︵ http://www .zoebeloff.com ︶ の よ う な ア ー テ ィ ス ト の 作 品 や、 エ リ ッ ク・ ク ル イ テ ン バ ー グ │ │ ア ム ス テ ル ダ ム の デ・ バ ー リ ︹ 訳 注: ア ム ス テ ル ダ ム の 文 化 施 設 ︺ を 通 じ て 想 像 上 の メ デ ィ ア を 促 進 し て い る︵ https://www .debalie .nl/dossierpagina. jsp?dossierid=10123 ︶ │ │ と い っ た 作 家 の 作 品 に ま で い た る ア ジ ェ ン ダ と な っ て い る の で す。 実 の と こ ろ、 想 像 上 の メ デ ィ ア へ の 興 味 関 心 は、 単なる 装 アパラ 置 トウス に代えて言説を第一に考えるフーコーのいくつかのアイディ アと地続きであるとみなせるだけでなく、無視されてきた歴史を記述す るという新たな文化的・歴史的信条としてもみなせるでしょう。戯けて 言えば、メディア考古学とはメディア史の﹁クィア理論﹂なのです。メ 本 質 的 に 映 画 と い う 枠 を 超 え 出 て、 時 性 の 再 考 を 余 儀 な く さ せ る メ ディア考古学のやり方は有益です。メディア考古学に関連する学問的フ レームワークを用いて、さまざまな書き手が時間のねじれを示唆しまし た。 その意味合いは次の二つのどちらかとして理解されます。 ひとつは、 直線的なメディア史に代わる 再 リ メ デ ィ エ ー シ ョ ン メディア化 ︵ある意味で、ボルターとグ ルーシンが示唆したような、新しいメディアによる取り入れと組み込み を 通 し て の、 古 い メ デ ィ ア の 回 帰 の 仕 方 ︶ と い う 発 想 で す 6 。 そ の 一 例として挙げられるのが、 メディア史における反復する﹁トポス﹂ ︵フー タ モ ︶ で す 7 。 も う ひ と つ は 、﹁ 古 い も の の な か に あ る 新 し い ﹂ も の を 現 在 の メ デ ィ ア の 言 説 へ と ル ー プ さ せ る﹁ タ イ ム マ シ ン ﹂ 的 方 法 で す。 例えば、ツィーリンスキーがこうした方法を自身の著作で探求していま す 8 。 ツィーリンスキーとフータモはともに、デザイン上の﹁ 解 ソリューション 決策 ﹂のた めのアイディアがメディア史からどのように取り込まれ、改変されてい るのかということに興味を示しています。身の回りにある消費者メディ ア︵ 例 え ば モ バ イ ル 娯 楽 産 業 ︶、 キ ュ レ ー シ ョ ン の 実 践、 表 象 の 技 法、 6 Ja y Da vi d Bol te r a nd Ri cha rd Grusi n, R eme di at ion. Unde rst andi ng Ne w Media (Cambridge, MA; The MIT Press, 1999). 7

Erkki Huhtamo, “From Kaleidoscope to Cybernerd: Notes

Towards an

Archaeology of the Media”

Leonar d, vol. 30 (1997), No. 3, 221-224. 8 Si egfri ed Z iel inski , De ep T ime of Me di a; T owar d an Ar chae ol ogy of Se eing an d He ari ng b y T ec hn ica l M ea ns ( C am bri dg e, MA: T he MI T Pr ess, 2 00 6. Or ig. 2002).

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太    田    純    貴   訳 六 り組むことはどう違うのでしょうか。換言すれば、 ﹁新しい歴史主義者﹂ による洞察に満ちた歴史についての著作が、過去の中に新しいものを探 り、周縁に追いやられた物語を挑発的な仕方で探求するべきではありま せんか。ならば、メディア考古学とは新しい歴史主義およびキットラー 的なメディア唯物論の焼き直しなのではありませんか。 JP :一九八〇年代以降、メディア考古学は、諸々の新しい歴史と新し い 歴 史 主 義 そ し て 文 化 史 と 関 係 し て き ま し た。 こ う し た 文 脈 が あ っ た ため、メディア考古学はメディア・スタディーズおよび一九九〇年代の ニューメディアの分野に学問上の適所を得ます。メディア考古学は、記 憶 を 欠 い た と 言 わ れ る デ ジ タ ル 文 化 と イ ン タ ー ネ ッ ト 文 化 に 歴 史 的 な パースペクティヴを与えたのです。ゆえに、この意味において、古いも のと廃れたものに関連する意味を主張することは、私たちの生活を取り 巻く新しいものを寿ぐことと必然的にそっくりになるのです。 歴 史 と 文 化 史 と い う 学 問 分 野 に 通 じ て い た 数 名 は、 一 九 八 〇 年 代 と 一九九〇年代の言説のこのような結びつきにすぐに気がつきました。で す が、 ︵ ミ ー ケ・ バ ル の ア イ デ ィ ア を 借 用 す る な ら ば ︶ あ る 種 の 旅 す る 文化科学としては、メディア考古学とはいくつかの制度的な境界線を概 念的に侵犯することでした 11 。 リン ・ ハーシュマン、ポール ・ デマリニス、ケン ・ ファインゴールド、 11 Mieke Bal,

Travelling Concepts in the Humanities.

(T oronto: University Toronto Press, 2002) ディアをクィア化し、メディア・スタディーズの対象を異化することで その領域を拡張して、クィア的な実践、言説、対象を含むようにするこ となのです。メディア考古学を通して、メディア・スタディーズの文脈 や対象、プロセスは爆発的に増大しました。こうしたことに私が付け加 えたいのは、それらによりメディア文化の時性の考えがさまざまに検討 されてきた、ということです。メディアの時間は直線的・進歩的ではな く、 円 環 や そ れ 以 外 の 反 復 の 様 態 に 従 っ て い る の で は な い か。 ミ シ ェ ル・セールらが示唆するように、テクノロジーの時間は矢や円環ではな く 変 ヴァリエーション 奏 と 浸 透 を 土 台 と し て い る と 考 え る べ き で は な い の か、 と い う こ とですね 9 。 言 い 換 え れ ば、 人 間 の 感 覚 に と っ て 速 す ぎ る も し く は 遅 す ぎ る 時 間 の プ ロ セ ス を 採 用 し 調 査 す る こ と を 通 し て、 メ デ ィ ア 考 古 学 は ポ ス ト ヒューマン的もしくはノン・ヒューマン的になり得るのではないかとい うことなのです。こうしたことは人間の感覚では把握されない長大な持 続を観察することであると同時に、技術メディアのミクロ時性をみつめ る、それもミクロ時性が凝縮した仕方でいかに人間の文化を媒介してい るのかという観点からそうするということでもあるのです 10 。 GH :ですが、これらの︹メディア考古学の︺価値と批判的に歴史に取 9

Michel Serres and Bruno Latour

,

Conversations on Science, Cultur

e, and

Time

T

rans. Roxanne Lapidus (Ann

Arbor:

The University of Michigan Press, 1995)

p.58-59 10 See Axel Volmar (ed), Zeitkritische Medien (Berlin: Kadmos, 2009).

(8)

ユッシ・パリッカ + ガーネット・ヘルツ   「メディアアートの考古学 – ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話 – 」 七 マ︵フータモ、ボルター&グルーシン︶なのです。これらのアプローチ は、ロヴィンクが先んじて論じているように、ノーマルなメディア史の 筋目に逆らって読むために用いられます 12 。 あなたは以上の事柄をさらに進めて、メディア考古学をメディアの可 能 性 の 探 求、 ひ ょ っ と す る と メ デ ィ ア 概 念 の 転 置 と み な し て い る の で しょうか。 JP :この三つはみな適切なアプローチではありますが、あなたがほの めかすように、これらはテクストをベースとする方法で、メディア考古 学が新しい歴史主義と新しい文化史から継承したテーマを反映していま す。メディア考古学を可能性の探求として考えるのであれば、メディア 考古学をアートと概念の両方に関する方法論として発展させるツールを 私たちは手にしているのです。そうした可能性に加え、 ︱︱ 私 に と っ て は と て も 好 ま し い ア イ デ ィ ア な の で す が ︱︱ メ デ ィ ア 考 古 学 は 、 政 治 経済や資本主義とのつながりを無視することなく、メディアという考え とその文脈を転置し再配置することに関わらねばならないと私は言って きました。新たなつながりに目を向けることで、さまざまな研究はうま 12 ロ ヴ ィ ン ク に よ れ ば、 メ デ ィ ア 考 古 学 と は 筋 目 に 逆 ら っ て 読 解 を 施 す 学 問 領 域 で あ り、 過 去 の 節 目 に 逆 ら っ て 新 し い も の ご と に[ ひ と つ の ] 解 釈 学 的 読 解 を 施 す こ と で あ っ て、 過 去 か ら 現 在 に 至 る テ ク ノ ロ ジ ー の 歴 史 を 語 る こ と で は な い。 Geert Lovink, Ar chive Rumblings: An Interview with German Media ar chaeologist W olfgang Ernst,

Nettime-mailing list, February 26,

2003. http://www .nettime.or g/Lists-Archives/nettime-l-0302/msg00132.html ゾーイ・ベロフといったアーティストたちは、歴史を多層的な現象とし て 現 前 さ せ る と い う ア イ デ ィ ア を 用 い て い ま す。 さ ら に は 次 の よ う に 言えるかもしれません。すなわち、このような作品は、フェルナン・ブ ロ ー デ ル が 自 身 の 歴 史 分 析 の 手 法 ︱︱ 重 な り 合 う 多 彩 な 時 間 層 と い う 多 声 的 で オ ー ケ ス ト ラ 的 な 歴 史 を 記 述 す る と い う 手 法 ︱︱ を も っ て し て行おうとしたことと共鳴すると。現代のアート作品は概念の繋ぎ直し としても作用し、それらはメディア理解の方法やメディアとは何かとい うことさえ拡張してくれるのです。理論と実践を通して基礎的な概念に は問いを投げかける必要があるので、アートにおけるメディア考古学的 方法は消え失せたことはありません。それどころか、メディア考古学的 方法は今まさに現れているところなのです。例えば、 ﹁未来という暗箱﹂ をテーマとした二〇一〇年のトランスメディアーレに出展されていた多 様な作品に、メディア考古学的方法を見て取れるでしょう。想像上の視 覚伝達装置を実際に組み上げたゲープハルト・ゼングミュラーの︽パラ レ ル な イ メ ー ジ ︾︵ http://www .gebseng.com/08_a_paralle l_image/ ︶ や、 記 憶 の 技 法 ︹ ★ 2︺ に 関 す る 媒 メ デ ィ エ ー シ ョ ン 介 作 用 を 取 り 上 げ た ユ リ ウ ス・ フ ォ ン・ ビ ス マ ル ク の︽ 私 を 超 え る 空 間 ︾︵ http://www .transmediale.de/en/space-beyond-me ︶といった作品がそうですね。 : メ デ ィ ア 考 古 学 関 連 の 文 献 を お さ ら い す る と、 い く つ か の キ ー ワードが浮かび上がってきます。それらによれば、 メディア考古学とは、 ︵ 1︶﹁ 敗 者 の 歴 史 ﹂、 す な わ ち 直 線 的 な メ デ ィ ア 史 で は﹁ 忘 れ ら れ た ﹂ も の ご と の 歴 史 で、 ︵ 2︶ ニ ュ ー・ フ ィ ル ム・ ヒ ス ト リ ー と メ デ ィ ア の 多様なつながりと様相が奏でる多層的な共鳴であり、 ︵ 3︶繰り返すテー

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太    田    純    貴   訳 八 が表出しています。すでに一九世紀には登場していたテーマを用いるこ とで、 動物と昆虫の身体はある種のメディアになるのです。エルンスト ・ カップからマーシャル・マクルーハンまでの私たちのメディア論の大半 は、双眼・双足・双腕という人間中心主義的な知覚の様態を基礎として きましたが、それとは異なる探求・感覚・知覚の可能性がここにはある のです。私は転置という概念の可能性を探求しているところですが、あ なたのようなアーティストによって姿形を与えられた物質は、生体とテ クノロジー、メディアと有機的なものにまたがるファジーなゾーンに幾 重にも折り重なっていて、そうした区分が転置されていますよね。 GH :以上の内容をアートの実践に投げ返してみると、メディア考古学 はメディア・アートと響きあう、というのも両者の領域には輝かしくも 未完のプロジェクトを賞賛する歴史があるからだ、ということになるの でしょうか。つまり、両者の領域ではプロトタイプ的なものが称賛され るということなのでしょうか。 : ア ー ト の 方 法 論 に 関 し て で す が、 輝 か し く も 未 完 も し く は 未 実 現のプロジェクトを狙うというのは、アートの方法論を体系化するやり 方 と し て 素 敵 で す ね。 何 を も っ て 不 完 全 だ と か 未 実 現 だ と か を 判 断 す るのかということが分析される限りにおいてではありますが。想像上の メディアという文脈で制作された作品も、時代遅れのメディアを私たち の言説と実践の枠組みへと投げ返す作品も私にはとても好ましいのです が、 時 代 遅 れ と い う 考 え で は 決 定 的 な 問 い が は ぐ ら か さ れ て し ま い ま す。時代遅れというのは既成のものごととの関係でのみそうなのでしょ い具合に作動して、メディアに関する私たちの考え方や、それが実際の メディア・マシンを作り上げる方法を枠取るやり方に揺さぶりをかけて きたのです。 近刊の﹃昆虫というメディア﹄では、テクノロジーや放送メディアと いったおきまりの容疑者からのみメディア史を見つめるといういつもの やり方から、メディアという概念自体の位置を転じる研究を行なってい ま す。 昆 虫 と テ ク ノ ロ ジ ー の 概 念 的 で 実 践 的 な 関 連 を 見 つ め る こ と で、 放送やネットワークといった形態にとどまらないものとしてメディア概 念を転置させ、再考できるのです。知覚の様態として、世界内存在およ び 具 エンギディメント 体化 の様態として、 メディアに思いを巡らせることが可能なのです。 ある意味で、この本の﹁モットー﹂は次の通りです。まず、昆虫学の本 を一冊手に取ってみましょう。一九世紀の古典であるジョン・ラボック の﹃特に昆虫を参照した動物の感覚・本能・知性について﹄ ︵一八八八︶ なんていいですね。ですが、小昆虫の生物学についての記述として、も しくは小宇宙的な昆虫学の世界への探求としてのみ、その本を読んでは いけません。その代わりに、メディア論としてその本に取り組んでみる のです。そうすれば、 人間世界の制限をはるかに超えた、 有機体の感覚 ・ 知覚 ・ 運動 ・ 策略 ・ パターンが広がる全く新しい世界が姿を表すでしょう。 近 年 で は 群 と 分 散 型 ネ ッ ト ワ ー ク に つ い て 熱 狂 が 高 ま っ て い ま す が、 そこではメディアの生態学というメタファーが使用されているだけでな く、動物の身体の強度と可能性を利用して 人 ン ・ ヒ ュ ー マ ン 間を中心としない やり方で メディアを理解しデザインする方法を抽出することに関わる広範な歴史

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ユッシ・パリッカ + ガーネット・ヘルツ   「メディアアートの考古学 – ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話 – 」 九 こでは、時代遅れそれ自体に未だ知覚されていない可能性が搭載されて いる可能性があるのです。 GH :あなたのスタンスとは対立することになりますが、メディアとい う考えを転置させるものとしてのメディア考古学には、メディア考古学 をよりいっそう周縁へと追いやってしまう危険があるのではありません か。転置によって、総合することなしに、些細で未完、的外れなものご とが実際以上に美化されてしまうのではありませんか。 このようなことを尋ねる理由の一半は、メディア・アートの実践の歴 史においても同様の問題を見て取れるからなのです。傾倒するものとい えば、目立たないテクノロジー、プロトタイプ的な様態に固執するよう に な っ た プ ロ ジ ェ ク ト、 ﹁ 現 実 の 世 界 ﹂ の 問 題 と 政 治 と の 繋 が り を 欠 く 作品といったありさまです。 JP :そうしたことは理論についての言説を欠いているから生じている ように思えます。理論についての言説が、特定のアートプロジェクトの ためであろうと理論的見地からであろうと、メディア史の掘り起こしに 関 わ る 広 範 な 文 脈 を 説 明 す る 何 ら か の 立 ち 位 置 に 批 判 的 に 携 わ っ た り、 そうした立ち位置を批判的にひねり出したりすべきでした。だから、メ ディア考古学によるどのような︵再︶結線についても﹁なぜ﹂という見 地から問いを投げかけるのです。なぜこのような発掘は今時宜を得てい るのか、 とね。余白的な事象それ自体を目的とすることは危険です。 ︿驚 異の部屋﹀的発想でメディア史を紡ぐことは実のところ興味深くもあり うか。それともメインストリームへの反動としてのみそうなのでしょう か。流行からこぼれ落ちたもの、 望まれなくなったもの、 メインストリー ムから外れたものとして時代遅れを定義するのならば、それは制定権の あるメインストリームそれ自体にすがっているのです。私たちが自覚す べきは、時代遅れというのはとにもかくにも資本主義における生産の鍵 と な る 論 理 ︱︱ 時 代 遅 れ の 生 産 を 通 し て 絶 え 間 な く 新 し い も の を 生 産 す る こ と の 論 理 も 必 然 的 に 含 む ︱︱ で あ ろ う と い う こ と な の で す 。 時 代遅れは単なる偶然ではありません。それは消費文化の論理の一部分と して生み出されます。膨大な無駄と環境危機は、時代遅れの論理のある 種の指標なのです。 以上の理由から、時代遅れの諸定義は反動的でヘゲモニー的になる恐 れがあります。このとき、忘れ去られたものの定義は、メインストリー ムから否認されることでしかなされません。 だから、 私は想像上のメディ アというプロジェクトに価値を見出しているのです。このプロジェクト は、メディアとは何かを問う際に私たちがいつも用いているアプローチ の仕方を転置させ、強度や感覚、思考されないものとしてのメディアを 探求させてくれるのです。簡潔に言えば、メディアは表象的なものを超 えるということです。私たちは想像上のメディアの表象を提供するだけ でなく、私たちの感覚中枢において昆虫や他者へと生成変化させてくれ るような馴染みのない方法で、私たちの感覚を巻き込む︵ドゥルーズ= ガタリの用語を使えば︶ 情 ア フ ェ ク ト 動態 と 知 ペ ル セ プ ト 覚態 にも焦点を合わせるべきなので す。私は時代遅れのメディアだけでなく、 非=表象的で ﹁レーダーに引っ かからない﹂メディアについてのプロジェクトにも興味があります。そ

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太    田    純    貴   訳 一〇 できるのです ︹★4︺ 。 : 同 意 し ま す。 メ デ ィ ア・ ア ー ト に は、 メ デ ィ ア テ ク ノ ロ ジ ー の 特 異 性 と 特 殊 性 を 巧 み に 掘 り 出 す 潜 勢 力 が あ り ま す。 例 え ば、 ポ ー ル・ デ マ リ ニ ス の 作 品 は メ デ ィ ア 考 古 学 の 精 神 と は っ き り か み 合 っ て い ま す し、 場 合 に よ っ て は テ ク ス ト で で き る こ と を 凌 駕 し て い ま す︵ http:// www .stanford.edu/~demarini/e xhibitio ns.htm ︶。 こ う し た こ と を 敷 衍 し て、 あるトピックにたいして、デマリニスの作品はテクストによる以上に効 果的にメディア考古学を実践していると言えるかもしれません。その理 由の一端には、テクストというメディウムの限界があります。多種多様 な層を同時に書くことは、 技術的にとても困難ですからね。 アートはもっ と直接的です。 印刷ページというメディウムには特定の制約があるので、 結果的に、アートを生み出す有益な方法論としてメディア考古学が機能 す る わ け で す。 そ れ は ナ ラ テ ィ ヴ と は 対 立 す る 活 動 と し て 作 用 し ま す。 メディア考古学の複層的要素がはっきりと実行されるのは、デマリニス らがそうしたように、芸術作品を通したときなのです。 JP :その通りです。数を増しているメディア考古学者たちは、メディ ア考古学をナラティヴとして構築するのではなく、実行する必要がある と い う こ と に 同 意 し ま す。 歴 史 は ナ ラ テ ィ ヴ と い う 形 式 を と り ま す が、 メディア考古学は過去を現在に物理的に繰り込むデヴァイスや具体的な 装 アパラトゥス 置 を用いた、非直線的な参与なのです。例えば、ヴォルフガング・エ ルンストのメディア考古学では、技術メディアの 物 フィジカリティ 性 は書くことから成 るナラティヴよりも重要のように思われます。いずれにしても、デマリ ますが、政治的な問題にまで至ろうとするとは限りませんし、新鮮な理 論的パースペクティヴをどのように導入するかということの説明にさえ ならない恐れもあるのです。 未完のものの過度の賛美ということに関して、あなたは勘所をついて います。歴史と考古学の危険を批判するには、ニーチェに言及しなけれ ば な り ま せ ん。 メ デ ィ ア 史 の 危 険 の ひ と つ ︱︱ 一 九 世 紀 末 に ニ ー チ ェ が 警 告 し た よ う に、 ど の 種 の 歴 史 に と っ て も そ う で す が ︱︱ は 、 そ れ 自体が好古趣味に根ざした事実とデータの消極的な収集に止まってしま う こ と で す。 美 学 = 感 性 論 に 関 し て で す が、 様 々 な メ デ ィ ア ︱︱ 例 え ば、現行のメディアを用いた実践やアートの物質性について再考を促す 奇 抜 な メ デ ィ ア 装 デヴァイス 置 ︱︱ の 特 異 性 と 特 殊 性 の モ ー ド を 正 確 に 描 写 す る ための、 理論的に裏打ちされた注意深い発掘があり得ます。私にとって、 表現に関わる物質的性質に即してメディアの特異性と特殊性を問うこと は、 美 学 = 感 性 論 的 な 問 い で あ る と 同 様 に 政 治 的 な 問 い で も あ り ま す。 というのも、それはメディアを行動のための潜勢力として考えることに つながるからです。メディウムには何が可能なのか、その潜勢力とは何 かを考えるということですね。アートの方法論としては、メディア考古 学はメディア・アート作品のために表象に焦点を合わせて歴史的テーマ を用いるといったことにのみ止まるべきではないのです。メディア考古 学的なアートは具体的でオルタナティヴな歴史を喚起できるし、実験的 なやり方で新たな 装 アパラトゥス 置 ︹★3︺ を作り上げることもできます。そして、 技術 的機械の機能を明るみに出してそのミクロな時性のうちに巡らされた策 謀を露わにする方法として、メディア考古学的なアートを見做すことも

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ユッシ・パリッカ + ガーネット・ヘルツ   「メディアアートの考古学 – ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話 – 」 一一 有益ですが、歴史記述的にはメディア・アートは 正 カ ノ ン 典 を持つ段階にさえ ないのです。こうしたメディア・アートに必要なのは歴史のこの地点に いることを教えてくれる教科書であり、周縁的な事象を経由した再配線 ではないのだと主張できるかもしれません。 JP :でも、どうやったらメディア・アートの歴史を書くことができる というのでしょう。だって、メディア・アートという総体的な考えがメ ディア概念を四散させているように思えるのですから。メディア・アー トの ︱︱ そしてメディア考古学の ︱︱ タ ス ク の 一 つ が 、 メ デ ィ ウ ム の 定義を間断なく取り決め直すことだとしたらどうでしょう。 GH :メディア概念を四散させることはメディア・アートの第一の役割 ではない、と主張したいですね。メディアの定義を散らすことはメディ ア論にとっては興味深いのかもしれませんが、定義の拡張は作品制作に はほとんど関係ありません。メディア・アートの歴史は書き得ないとい うのは、概念化の側に寄りすぎていると思います。メディア・アートの 歴史を構築することは、複雑ではありません。私はフランク・ポパーの ﹃電子時代のアート﹄ ︵一九九三︶や最近出たエドワード・シャンケンの ﹃アートと電子メディア﹄ ︵二〇〇九︶を出発点として考えています。言 うまでもありませんが、多彩なアーティストたちを特定のカテゴリーに 落とし込んだり、十二分な総合なしにコレクションをただ提示したりと いった危険はあります。ですが、総合的なアプローチはメディア・アー トのメディア考古学よりも建設的ではないでしょうか。それは、ある特 定の領域を配線し直し得る前には、再配線するための歴史が必要なのだ ニスはメディア考古学的な題材を積極的にもちいて、メディアによって 差異化していく感覚の関係を発掘することについてのお手本となってい ます。こうしたことを示す例として、メディアの触覚性を復活させたり ︵︽ グ レ イ・ マ タ ー︾ ︵ 1995 ︶︶ 、 伝 達 メ デ ィ ア の 物 性 を 実 際 に 用 い た り す ることも挙げられます。後者の作品としては、最近の︽ローマからトリ ポ リ へ ︾︵ 2006-2008 ︶ が あ り ま す。 こ の 作 品 で は、 一 九 〇 八 年 に 製 造 さ れたラジオ用のマヨナラ・トランスミッターが物理的に再現され、その 植民地主義的な文脈が論評されています。以上に加えて、メディア考古 学的アートのもうひとつの道筋として、 ハードウェアのハッキング、 サー キット・ベンディング、および文字通りメディアテクノロジーを開くこ とが挙げられます。それは、現代文化のタイムクリティカルなプロセス が 実 行 さ れ る 複 雑 な 配 線 を 露 わ に し ま す。 こ う い っ た こ と は、 ﹁ 操 作 的 ダイアグラム﹂ということばで今日エルンストが強調する物事に近づい てきます。それはメディア・アートをマクロ歴史的に解釈するだけでな く、周知のように技術的にも政治=経済的にもますます囲い込まれつつ ある先端テクノロジーを、ミクロ時性のもとでいじくりまわし工作して しまうことでもあるのです。 GH :作品制作の手法を提供してくれるので、メディア考古学はメディ ア・アートに関わるアーティストにとってはありがたいということはさ ておき、メディア・アートの歴史を構築する方法としてのそのアプロー チは、廃れてしまった周縁的な事象に安住してしまう危険があるとは思 いませんか。私からすれば、明確なメディア・アートの歴史はまだ書か れていません。周縁的な事象の探求は既成の言説群を批判することには

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太    田    純    貴   訳 一二 脇に置かれたものと言説を結集して、判読し把握できるようにするのも タスクの一端ではないのでしょうか。出自である学問領域が透かし見続 けられるようにする学際性と、どのような学問領域にも含まれず分類不 可 能 で あ る こ と ︱︱ も し か し た ら ﹁ 未 だ 学 問 領 域 と し て 確 立 さ れ て い ない﹂こと ︱︱ のあいだには、明確な差があります。 : 先 に 言 及 し た よ う に、 心 中 に 浮 か ん で い る ア イ デ ィ ア の 一 つ に、 メ デ ィ ア 考 古 学 を 旅 す る 学 問 領 域 と し て 考 え る と い う こ と が あ り ま す。 この点に関しては、ミーケ・バルが参照点となりますね。メディア考古 学についてのこうしたアイディアの背後にあるのは、メディア考古学は 制度化された学問領域を侵犯しているということ、および多くの制度に またがっているという性質がメディア考古学の強みの一つということで す。メディア考古学は、メディア&フィルム・スタディーズ、歴史、メ ディア・アート、そしてデザインといった学科のあいだで揺れ動いてい ます。北米、ドイツ語圏、オランダではとりわけそうです。メディア考 古学は単一の制度的枠組みにまだ納まってはいません。ですが、出現時 から、メディア考古学はそのような制度が持つリソースを活用してきま した。学際的研究を真っ先にまとめ上げて、諸々の目標や研究および創 造的実践のための効果的な方法にしてきたのは、そうした制度において なのですからね。 学際性と理論的・実践的リソースのあるところから︹ものごとを︺抽 出する能力は、変動するアカデミック時代の方法および学問領域として のメディア考古学の性質の重要性を示しています。アカデミックなもの と換言できるかもしれません。 JP :シャンケンの偉大で有益な貢献に関してですが、私はそれをナラ ティヴではなくある種のアーカイヴとして考えています。それは、私た ちが一九世紀から受け継いで、歴史としてみなしているナラティヴとい う様態にのっとった歴史書ではありません。シャンケンの著作は、異な る布置やグループ分けを可能にするような、様々なテーマとピースから なるアーカイヴなのです。メディア・アートの教科書は必要ですが、メ ディア・アート史というアイディアは全くもって実行不可能だと感じて います。メディア・アートの歴史のようなものを歴史的にではなく﹁メ ディア・アート的﹂にいかに書き得るのでしょうか。すなわち、歴史を 分節化するメディアの物質性を考慮に入れながらも、歴史や時間につい ての知識を生み出す唯一の方法としての書かれたナラティヴには頼るこ となく、メディア・アートの歴史のようなものをどのように書くことが できるのでしょうか。あなたが言ったように、デマリニスはたいへんに 喚起的な洞察を提供してくれていますが、ナラティヴという様態でそう しているのではありません。私たちがともに必要だと考えるような教科 書を書くということに関してですが、カテゴライズすることは有益であ り、異論はありません。ですが、どのような総合であってもそれが真価 を発揮するのは、さらに精緻化されて新たな総合を生む場合にのみなの です。総合は包括的ではなく生産的であるべきなのです。ゆえに、選言 的でもなければならないのです。 GH : ですが、分類不可能であることの価値とは一体なんなのでしょう。

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ユッシ・パリッカ + ガーネット・ヘルツ   「メディアアートの考古学 – ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話 – 」 一三 けられているのでしょうか。メディア考古学的研究を持続的に行うため の制度的な仕組みを創造することは、 上述のような創造的なアイディア ・ 対象・理論を考え出すことと、同じように重要ではありませんか。 JP :それはメディア考古学だけでなく、二一世紀の人文科学も取り組 まなければならない課題ですね。ほら、私たちは学際性にわくわくし続 けてはいるけれども、実際の就職戦線とカリキュラムには遅れをとって いるでしょう。どんなハイブリッドな概念であっても学際的で故郷なき 理論や対象であっても、持続可能性という意味においてそして快調な滑 り出しのためにケアは必要だし、こういったことはこの領域における常 勤研究者に求められているのです。つまり、アイディアがもっと広く流 通するネットワークや教科課程を創り出すことが必要です。まさにその ようなものとして、ファンディングという事例があります。イギリスで は、高等教育、およびアートと人文科学の研究費削減について興味関心 が高まっているのですよ。目下のところ、私が﹁メディア考古学﹂につ いてもっとも学んでいる場所は、アーカイヴとミュージアムです。そこ では、 ソーシャルメディア時代におけるアーカイヴ化の実践、 コンピュー タ・フォレンジクス、他にも新たなアイディアやテクニックが実施され ているのです。 ですが、自分のものだとは誰も主張できない領域でノマドであるとい う の は、 資 本 主 義 や 私 有 財 産 と は 無 関 係 で あ る と い う の と 同 じ く ら い、 ロマンチックな考えであることは認めます。おそらくそれは、憂鬱さを 薄めたかたちで学際性を眺めることなのでしょう。 とはいえ、 制度に真っ ごとをめぐって変動する時代では、学問領域の境界は︵再度︶揺らいで おり、メディア関連のトピックは文化産業としてのメディアの境界をは るかに超え出ています。旅するさすらいの、そしてうまくいけば正道で は果たし得ない企てとなるメディア考古学ならば、資本主義的な新たな メディア文化の領域とメディア論の言説の両方において、自らの知の前 提を検討できるでしょう。例えば、メディア考古学的であるアクチュア ルなアートプロジェクトを通じて、政治、情動、感覚、物質性、具体化 についてもっと語るようメディア考古学を追いたてることが、歩を進め る方法のひとつだと言えるのかもしれません。旅するノマド的な企てと して、メディア考古学は孤児にもならなければいけないのです⋮ : こ う い っ た こ と は ロ ラ ン・ バ ル ト の 主 張 を 彷 彿 と さ せ ま す。 ﹁ 学 際 的 研 究 の た め に は、 あ る﹁ 主 題 ﹂︵ テ ー マ ︶ を 取 り 上 げ て、 そ の 周 囲 に 二、 三 の 学 問 を 集 結 さ せ る だ け で は 十 分 で は な い。 学 際 的 研 究 は、 誰 の も の で も な い 新 た な 対 象 の 創 造 か ら で き て い る の だ ﹂ 13 。 メ デ ィ ア 考 古学のような学際的研究はノマド的な企てであり、その力強さも弱さも 逸脱を通して存在します。さすらい旅する学問領域は魅惑的ですが、当 の領域の勢い、識別可能性に持続可能性は、故郷がなかったり広範な言 説群において理解されなかったりする場合は、維持するのは困難です。 メディア考古学はつねにハイブリッドな学問領域であることを宿命づ 13 Roland Barthes,

The Rustle of Language.

T

rans. Richard Howard (New

York: Hill and

W ang, 1986) 72 ︵ロラン ・ バルト﹃言語のざわめき﹄花輪光訳、 みすず書房、一九八七年、八八頁︶ .翻訳の都合上、訳文を変更した。

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太    田    純    貴   訳 一四 ・

Alex Galloway and Ben Kafka's New

York Universit

y c

ourse tit

led "Media

Archaeology" in the Department of Media, Culture, and Communication

︵ htt p:/ /c ul tur ea nd co m m un ic ati on .o rg /g all owa y/2 01 0sp ri ng -Me dia _ Archaeology_sylla bus_v6.pdf ︶ ・ Mediaarthistories-blog ︵ http://m ediaarthistories.blogspot.com/ ︶ ・ The W eb Dossi er of t he 2004 Me di a Arc ha eol ogy a nd Im agi na ry Me di a event in Amsterdam, or

ganized by Eric Kluite

nber g ︵ http://www .debalie .nl/dossierpagina.jsp?dossierid=10123 ︶ ︿ユッシ・パリッカ﹀ 文化史でトゥルク大学 ︵フィンランド︶ からPhD取得。アングリア ・ ラスキン大学︵ケンブリッジ、イギリス︶上級講師。デジタル・エコノ ミー文化研究所のディレクターおよび、アングリアデジタル文化リサー チ セ ン タ ー︵ ArcDigita l ︶ の 共 同 デ ィ レ ク タ ー。 生 物 学 と テ ク ノ ロ ジ ー をめぐるメディア・理論・歴史の三者の連環に焦点を合わせた新刊﹃昆 虫というメディア﹄が二〇一〇年に出版予定。共編を担当した選集﹃ス パム本 ││ デ ジ タ ル 文 化 の ダ ー ク サ イ ド よ り き た る ウ ィ ル ス ・ ポ ル ノ ・ 逸 脱 ﹄ が 二 〇 〇 九 年 に 出 版。 ﹃ メ デ ィ ア 考 古 学 ﹄ が 二 〇 一 〇 年 近 刊。 メ ディア考古学の理論と方法論についての草稿をポリティ出版のために執 筆中。 ︿ガーネット・ヘルツ﹀ フルブライト給費生、 現代アーティスト。テクノロジーをめぐる進歩、 向対立するというロマンティシズムの危険性はついて回るのですがね。 反制度的であるよりも適切なのは、制度の内側で参加と開かれについ て の 方 法 を 築 き 上 げ る こ と で し ょ う。 ツ ィ ー リ ン ス キ ー や フ ー タ モ と いった何名かの思索家が第一に取り組んできたのはメディア考古学の年 代を明確に算出することでしたが、メディア考古学はメディア史を検討 する多くの新たなやり方と関係しています。メディア・スタディーズの 未来はメディアだけでなく、アーカイヴと時間性の研究です。それは古 いものと新しいものが紡ぐ、途切れることのない創造的緊張なのです。 ︿メディア考古学関連 url﹀ ・ Gebhard Sengmülle r ︵ http://www .gebseng.com/ ︶ ・ Paul Demarinis ︵ http://www .stanford.edu/~demarini/exhibitio ns.htm ︶ ・ Julien Maire's

The Inverted Cone at

Transmediale 2010 ︵ http://www .transmediale.de/en/inverted-cone ︶ ・

Julius von Bismarck's

The Space Beyond Me at

Transmediale 2010 ︵ http://www .transmediale.de/en/space-beyond-me ︶ ・

Garnet Hertz's Dead Media Research Lab

︵ http://www .conceptla b.com/deadmedia/ ︶ ・ Zoe Beloff ︵ http://www .zoebeloff.com/ ︶ ・ David Link ︵ http://www .alpha60.de/ ︶ ・

Micro Research Lab, Berlin

︵ http://www .1010.co.uk/or g/ ︶ ・

Jussi Parikka's Cartographies of Media

Archaeology blog at

http://m

ediacartographies.blogspot.com/

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ユッシ・パリッカ + ガーネット・ヘルツ   「メディアアートの考古学 – ユッシ・パリッカとガーネット・ヘルツによる対話 – 」 一五 創 造 性、 革 新、 学 際 性 と い っ た テ ー マ を 探 求 す る 作 品 を 制 作 し て い る。 アートセンター ・ カレッジ ・ オブ ・ デザイン︵パサデナ、カリフォルニア︶ でメディアデザインプログラムの教員、カリフォルニア大学アーヴァイ ン校ソフトウェア研究所でポスドク研究員、同校ユビキタスコンピュー ティング&インタラクション研究室にてアーティスト・イン・レジデン ス。 ア ル ス・ エ レ ク ト ロ ニ カ、 DEAF 、 SIGGRAPH を 含 む 十 一 カ 国 の 著 名な国際舞台に作品を出展。二〇〇八年にはロボティック・アートの分 野で名誉あるオスカー・シニョリーニ賞を受賞。ロサンゼルスを拠点に 月一で開催されるエレクトロニック・アートとデザインについてのDI Yレクチャーシリーズであるドルクボット・ソーカルの創始者兼ディレ クター。 ヘルツの研究はアカデミックな出版物と一般紙 ︵﹃ニューヨーク ・ タ イ ム ズ ﹄、 ﹃ ワ イ ヤ ー ド ﹄、 ﹃ ワ シ ン ト ン ポ ス ト ﹄、 NPR 、﹃ U S A ト ゥ デ イ﹄ 、 NBC 、 CBS 、TV東京、 CNN Headline News など︶で広く引用され ている。 ︿訳注﹀ ★1 原文でパリッカとヘルツは ﹁メディア ・ アート﹂ ︵ Media Art ︶ と ﹁メディア ・ アー ツ ﹂︵ Media Arts ︶ を 併 用 し て い る が、 パ リ ッ カ に 確 認 し た と こ ろ 両 者 の 意 味 上 の相違はないため﹁メディア・アート﹂という表記に統一した。   ★2 原 文 で は﹁ 機 械 学 ﹂︵ Machinology ︶。 パ リ ッ カ と 協 議 の 上、 本 訳 文 で は よ り 直 接的な﹁技法﹂ ︵ techniques ︶という訳語に変更した。 ★3 原文では﹁ machinic apparatuses ﹂。パリッカと協議の上、本訳文では﹁ machinic ﹂ を削除して翻訳した。 ︿後記﹀   ︹︺ は 訳 者 に よ る 補 足 で あ る。 本 文 中 の u r l は、 リ ン ク 切 れ の も の も そ の ま ま 掲 載した。執筆者の所属などは原文執筆時 ︵二〇一〇年︶ のものである。著者 ︵パリッ カ︶ と協議の上、 原文で使用されている用語を一部改変した。ユッシ ・ パリッカとガー ネット ・ ヘルツ、 ﹁Ctheory﹂ の編者であるアルトゥール&マリルイーズ ・ クロー カーは本稿の訳出を許可してくれた。 訳文のチェックには井原慶一郎氏 ︵鹿児島大学︶ に ご 助 力 を 仰 い だ。 全 員 に 記 し て お 礼 を 申 し 上 げ る。 誤 訳 な ど に つ い て は す べ て 訳 者の責任である。   本 研 究 は J S P S 科 研 費 1 7 K 1 8 4 8 5︵ ﹁ ア ニ メ の﹁ 声 ﹂ の 文 化 と そ の 制 度 化 を 言 語 学、 現 代 思 想、 メ デ ィ ア 論 の 共 同 で 捉 え る 試 み ﹂︵ 研 究 代 表 者・ 太 田 一 郎 ︶︶ の助成を受けた研究の中でいくつかの示唆を得た。 ★4 ﹁ 技 術 的 機 械 ﹂︵ technological machines ︶ と は、 パ リ ッ カ に よ れ ば、 特 に 一 九 世 紀以降の電子メディアとともに始まった、 ある種のテクノロジーの体制である。 ﹁技術メディア ︵ technical media ︶﹂ も同様。 技術メディアについては、 エルキ ・ フー タ モ﹃ メ デ ィ ア 考 古 学 ﹄︵ 太 田 純 貴 編 訳、 N T T 出 版、 二 〇 一 五 年 ︶ 三 〇 二 頁 の☆ 2も参照。

参照

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