自然保護助成基金成果報告書 vol. 25 (2017)
2014 - 2015 年度 直接助成
ユネスコエコパークネットワーク活動の促進
日本 MAB 計画委員会事務局
酒井暁子1・松田裕之1・甘田悠太郎1・若松伸彦1・ 朱宮丈晴2・田中俊徳3・大元玲子4
Ⅰ.ユネスコエコパークの概要
生 物 圏 保 存 地 域(Biosphere Reserves;BR, 日本国内での通称:ユネスコエコパーク)はユ ネスコの自然科学セクターで実施される人間と 生物圏(MAB:Man and the Biosphere)計画にお ける一事業として実施されている.人間と生物 圏(MAB; Man and the Biosphere)計画は 1971 年に発足したユネスコの国際協力プログラムで あり,生物多様性の保全と豊かな人間生活の調 和および持続的発展を実現することを目指して いる.生物多様性保全と人間生活の両立を実証 するため,貴重な陸上及び沿岸生態系を指定す る事業を 1976 年より進めており,これが生物 圏保存地域(ユネスコエコパーク)である.生 物圏保存地域は現在,世界 120 か国 669 か所が 登録されている.
生物圏保存地域は,基本的に核心地域(core area)を中心として,周囲を緩衝地域(bufer zone),移行地域(transition area)が取り囲む, ゾーニングが行われる.各エリアでは保全・発 展・学術的支援の 3 つの機能的活動が目的に合 わせて行われる(図 1).特に,機能の一つに 持続可能な「発展(development)」を掲げてい
る点が大きな特徴であり,これは同じユネスコ のプログラムである世界自然遺産が,原生的な 自然を厳格に保護することを目的としているの とは対照的である.
MAB 計画の生物圏保存地域事業は,“ 自然 地域とその地域に存在する遺伝物質の保護 ” に 関するプロジェクトから発展したものである. 従って設立当初,管理運営計画は自然環境の保 護・保全に重点が置かれていた.しかしその後, 1996年のセビリア戦略において,自然環境の 保全だけではなく,移行地域における自然環境 保全と人間生活の両立の実践,地域固有の文化
1: 横浜国立大学 2: 日本自然保護協会 3: 東京大学 4: 総合地球環境学研究所 2015.7.22受付 2017.6.20 公開
キーワード:MAB 計画,ユネスコエコパーク,持続可能な発展,移行地域,地域主導
図 1 ユネスコエコパークの基本的な3つのゾーニング と 主 な 活 動.( The George Wright Society HP; http://www. georgewright.org/)
の保全,教育・研修,長期的な環境変動のモニ タリング活動の重要性が再確認された.2008 年にスペインのマドリッドで開催された国際会 議では,セビリア戦略を推進するため,生物圏 保存地域において 2008 年から 2013 年に実施す るマドリッド行動計画(Madrid Action Plan)が まとめられ,その実施が各国に求められている. このような状況から 1996 年以前に指定された 生物圏保存地域の多くには移行地域が設定され ていない状況にある.
Ⅱ.日本におけるユネスコエコパーク
日本では,MAB 計画黎明期の 1980 年に志賀 高原 BR,白山 BR,大台ヶ原・大峰山 BR,屋 久島 BR の 4 地域が登録されたものの,その後 は生物圏保存地域に関する取り組みは全く行わ れず,地域住民にもほとんど認知されず現在に 至っている.日本の生物圏保存地域における活 動が,ほとんどなされてこなかった最も大きな 原因として,指定に至るプロセスが中央関係省 庁のみで行われ,地域や世間一般にその概念や 仕組みが周知されなかったことが挙げられる. 特に,指定地選定に関わった環境庁は既存の国 立公園等の制度を従来通り運営すれば十分と認 識していた.そのため国際的には生物圏保存地 域の概念が変化し,各国で積極的な活用が進め られてきたにも関わらず,日本では生物圏保存 地域の理念は理解されることなく忘れ去られて しまったのである.
2012 年 7 月に 32 年ぶりに宮崎県綾地域が新 規登録され,2014 年 6 月に福島県の只見 BR, 静岡,山梨,長野の 3 県に跨る南アルプス BR が登録され,現在 7 か所がユネスコエコパーク に指定されている.新しく指定された 3 か所の ユネスコエコパークには移行地域が設定されて いるのに対し,1980 年に指定された 4 か所の ユネスコエコパークには移行地域が無い状況で
あった.しかし,セビリア戦略,マドリッド行 動計画を通じ,移行地域の設定をすることが求 められており,これを満たさなければ抹消の恐 れもあった.このようなことから 2014 年に志 賀高原 BR,2016 年に白山 BR,大台ヶ原・大 峯山・大杉谷 BR,屋久島・口永良部島 BR の 3か所が移行地域の設定を含めたゾーニングの 見直しを申請し認められた.また,大台ヶ原・ 大峯山・大杉谷 BR,屋久島・口永良部島 BR は, それぞれ大台ヶ原・大峰山 BR,屋久島 BR か ら名称変更も行っている.
Ⅲ.ユネスコエコパークネットワークの歴史 1980 年から約 30 年もの間,日本におけるユ ネスコエコパーク活動は地下に潜った状態にあ った.日本の MAB 活動を学術的に支援してい る日本 MAB 計画委員会は,日本の MAB 計画 の活性化を目指し,2010 年 9 月 30 日に,日本 のユネスコエコパーク登録地とこれから登録を 準備する地域のネットワークとして日本ユネス コエコパークネットワーク(J-BR-net)を設立 した.事務局は日本 MAB 計画委員会であり, 当初の主な活動はメーリングリストによる情報 交換で,主に各 BR を支援している学者を中心 として,一部の官公庁職員および地元自治体職 員がメンバーであった.その後,地元自治体職 員の参加メンバーが徐々に増加した.2012 年 には正式な規約を設定した.
2013 年 10 月,当時はユネスコエコパーク登 録申請中であった只見町において,文部科学省 主催による第 1 回日本ユネスコエコパークネッ トワーク会合が開催された.これまでのメール 上だけのネットワーク活動から地域担当者が直 接会って交流するネットワークになった.特 に各 BR の自治体職員の積極的な参加が多かっ た.それに伴い,ネットワークの位置付けと参 加地域を見直していくことになった.
2014 年 11 月に白山 BR において第 2 回日本 ユネスコネットワーク会議が開催された.この 会議では改めてネットワークの再編の必要性が 話し合われた.またその詳細を議論するワーキ ンググループの設置が決まり,その後メンバー が何度か会合を持つこととなった.
Ⅳ.ユネスコエコパークネットワークの再編へ の動き
このように当初は研究者が中心であったユネ スコエコパークネットワークは,各 BR の担当 者,つまりは自治体職員が中心の組織へと変貌 することになった.そのためには,どのような 組織にし,運営をどのようにしていくかが議論 された.その結果,事務局は 2 年交代の地域持 ち回りとし,年会費を集めて運営することとな った.また,1 年に 1 回会合を持ち,2 年に 1 度は各事務局のユネスコエコパークにおいて会 合を開催することが確認された.これにより, 規約の大幅な見直しが必要となり,日本 MAB 計画委員会と各 BR の担当者が議論を日本ユネ スコエコパークは研究者中心の組織から日本の BR地域間の組織へと再編されることとなった.
Ⅴ.ユネスコエコパークネットワークの再編 2015 年 10 月 6 日に志賀高原 BR において第
3回ユネスコエコパークネットワーク大会が開 催された(図 2).日本ユネスコエコパークネ ットワーク趣意書、同規約の改正、同役員の 選任、平成 27 年度事業計画及び予算の承認が された.これにて,正式に日本ユネスコエコ パークネットワーク会議の運営は日本 MAB 計 画委員会から各 BR を運営する自治体へと移行 した.登録地域が主体となった体制の再構成が 図られ,国内のネットワークの強化を行いなが ら国内の各ユネスコエコパークでの活動の推進 が図られることになった.同時に,日本ユネス コエコパークネットワーク会議の略称が「J-BR- net」から「JBRN」へと変更となった. 本会議は東アジアユネスコエコパークネット ワーク会議(EABRN)との同時開催であったが, 合同で現地見学会が行われ,地元のガイドの案 内の元,志賀高原 BR の核心地域を訪れた.晩 餐会も EABRN との同時開催となり,首長同士 の交流や他国の BR 関係者と意見交換も行われ た.
またこの会議では地域主導のネットワークへ の組み替え,ブランディングの確立,管理運営 計画の作成などについて各 BR の担当者が意見 交換を行うワークショップが行われ,活発な議 論がなされた(図 3).
新組織となった日本ユネスコエコパークネッ
図 2 第 3 回ユネスコエコパークネットワーク会議.日本の 7つのユネスコエコパークの代表である首長が初めて集ま り,地域主導型のネットワークが構築された.
図 3 管理運営計画ワークショップ.各 BR の自治体担当者 と BR を支援する研究者がグループに分かれて,議論を交わ した.
トワークは独自のホームページを開設した(ア ドレスは jbrn.main.jp)(図 4).このホームペー ジの更新は各 BR の担当者がそれぞれ行うこと が可能となっている.これまでは,日本 MAB 計画委員会のホームページ内に規約などを載せ ていただけであったが,今後は各 BR での活動 の発信や,ネットワークの活動を広く知らせる ために活用されることが期待される.
また,JBRN としてのロゴマークの作成を行 った.複数の案を,各 BR で話し合い,その意 見をワーキンググループに持ち寄って討議を行 った.その結果,図 5 のようなロゴマークデザ インが選定された.今後,各 BR およびネット ワークの活動を象徴するものとして使用され る.
Ⅵ.世界における日本のユネスコエコパークネ ットワークの位置づけ
このような国内のユネスコエコパークのネッ トワーク組織の設立について,第 3 回ユネスコ エコパークネットワーク大会と同時に開催され た東アジアユネスコエコパークネットワーク会 議においても紹介された.東アジアの各国では 複数の BR が登録されているにも関わらず,日 本ユネスコエコパークネットワーク会議のよ うな BR 運営者のネットワークは存在していな い.各国の代表からも日本の取り組みに対して 高い評価がされ,地域主体の取り組みとして, 世界の MAB 活動のモデルケースになるとのコ メントがされた.
また,2016 年 3 月にペルーのリマで開催さ れた第 4 回ユネスコエコパーク世界大会におい て,今後 10 年間の BR の活動方針となるリマ 行動計画が策定された.その中で重要視されて いる地域参画の理念は,まさに JBRN の活動そ のものであり,セビリア戦略以前の BR の見直 しに関する出口戦略を乗り越えられていない国 が多い中で,日本の動きは世界の動きをリード するものである.
Ⅶ.日本ユネスコエコパークネットワークの今 後
このように地域主導の形でユネスコエコパー クネットワークは再編され,これまで活動実 態の無かった日本の MAB 活動が動き始めたと いってよいだろう.しかし,各 BR の自治体担 当者は他の業務との兼務が多く自身の BR 活動 を行うのも大変な状況である.それに加えて, JBRNの運営を行っていくのは極めて大変なこ とである.JBRN は予算を持っており,事業を 行う必要があり,その負担は少なくない.そも そも JBRN として何をしていくのかが明確でな
図 4 JBRN のホームページ.新しく解説された日本ユネス コエコパークネットワークのホームページのトップページ. 今後は綾 BR を中心に各 BR が交代で更新を行っていく.
図 5 JBRN のロゴマーク.JBRN の頭文字の J をユネスコエ コパークの特徴でもある 3 つの機能(保存機能、学術的研究 支援、経済と社会の発展)と、地域(核心地域、緩衝地域、 移行地域)を表す 3 つのラインで作成してシンボリックに略 称と合わせた.
い部分も多く,今後の更なる議論が必要である. 今後新規に BR に登録される地域も予想され, 足並みを揃えながら JBRN をスムーズに運営し ていけるかも重要なポイントとなる.さらに, ユネスコエコパークの所管官庁である文部科学 省や,環境省や林野庁などの関係する省庁,学 術支援組織である日本 MAB 計画委員会との関 係をどのようにしていくのかなど課題は多い. MAB計画の大きな目的として,各国や地域の
先進事例を共有することがある.JBRN が各種 の課題を少しずつでも解決し,日本のユネスコ エコパークのネットワークとして十分に機能す るようになれば,リマ行動計画で示されてい るような地域参画型の BR の世界的な先進事例 となることは間違いない.そのような点でも, JBRNの今後の活動は世界で注目される存在で あることは間違いない.
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Annual Report of Pro Natura Foundation Japan vol. 25 (2017)
2014 - 2015 Direct Grant Programme
The progress of Japanese Biosphere Reserves Network
SAKAI Akiko, MATSUDA Hiroyuki, KANDA Yuutarou, WAKAMATSU Nobuhiko, SYUMIYA Takeharu,
TANAKA Toshinori and OOMOTO Reiko
Japanese Coordinating Committee for MAB
Key words: UNESCO's Man and the Biosphere Biosphere Reserve, sustainable development, transition area, local initiative