駒場ミクロ 宿題6
2010 年 2 月 3 日
とりあえずこの解答を見ずに、授業のノートや奥野先生の教科書などを参考にしながら解いてみて下さい。 間違いやミスがありましたら、micro09komaba@gmail.comまでご連絡ください。なお、この解答の表記や 用語などは松井彰彦・梶井厚志『ミクロ経済学戦略的アプローチ』(ミク戦)に従っています。
1 情報集合と展開型ゲーム:恋の駆け引き
1.1 ゲームの木
以下のようになります。
1.2 部分ゲーム
部分ゲームとは全体の展開型ゲームの一部で以下のような性質を満たすものです。
1. ひとつの意思決定点から始まる。 2. その先の全ての点と枝を含んでいる。
3. 部分ゲームに含まれる情報集合が、部分ゲーム以外の点と重複することはない。
ここでは、「全体のゲームも1つの部分ゲームとする」というルールを置いておきます。上の条件を全て満た すような部分ゲームは、ゲーム全体を除いてありません。例えば、相手が自分のことを好きだった場合から 先を考えた以下のようなものは部分ゲームではありません。
なぜなら、この点の情報集合は相手が自分のことを好きではなかった場合にも掛かっており、3つめの条件 を満たさないからです。3つ目の条件が意味することは、「相手が自分のことを好きかどうか分からない」こ とが重要で、「自分のことを好きだった場合からはじめよう!」という考えで部分ゲームを定義してしまって は意味がない、ということです。よって、部分ゲームは全体のゲーム1つだけです。
1.3 意思決定
告白した場合の期待利得は、 1
2 ×(−80) + 1
2×100 = −10
です。告白しなければ利得は0ですので、この場合は告白しないことになります。
2 情報集合と展開型ゲーム:デートに誘う
2.1 ゲームの木
2.2 部分ゲーム
部分ゲームは全体のゲームの他に以下の2つがあります。計3つになります。
2.3 部分ゲーム完全均衡
バックワードインダクションで解いていきます。意思決定はそれぞれの情報集合について行うことになり ます。
1. 相手が自分のことを好きなケースにおける、デートに誘われた場合の相手の意思決定:利得は、受け
ると20、無視すれば0ですので、誘いを受けます。
2. 相手が自分のことを好きではないケースにおける、デートに誘われた場合の相手の意思決定: 利得は、
受けると−20、無視すれば0ですので、誘いを無視します。
3. 自分の意思決定:バックワードインダクションより、相手が好きな場合にデートに誘えば受け入れて
もらえて利得は20、相手が好きではない場合に誘ってしまうと無視されて利得は−40であることが分 かっています。これを元に、デートに誘った場合の期待利得は
1
2 ×20 + 1
2 ×(−40) = −10
となります。デートに誘わなければ利得は0ですので、デートには誘いません。
展開型ゲームでは、それぞれの情報集合においてどのような行動をとるかという行動計画として戦略が与え られます。以上の考察より、以下の戦略の組が部分ゲーム完全均衡となります。
• 自分の戦略:デートには誘わない。
• 相手の戦略:
⋆ 自分のことを好きな場合には、誘いを受ける。
⋆ 自分のことを好きではない場合には、誘いを無視する。
2.4 情報を引き出す
ただデートに誘うだけではなく、そのうちには相手に告白をして付き合いたいと考えているとしましょう。 このとき、突然告白してしまいますと期待利得は負になってしまいました。また純粋にデートに誘うだけの 場合も期待利得は負になってしまいました。しかし、もしデートをした後に告白をするという場合を考えま すと、デートをすることで「相手が自分のことを好きかどうかを知る」ことができるというメリットを考え ることができます。
デートに誘った場合、もし相手がそれを受け入れてくれたなら、それは相手が自分のことを好きな場合だ けですから、「相手が自分のことを好き」という情報を引き出すことができます。また、デートの誘いを無視 されてしまった場合には、「相手が自分のことを好きではない」という情報を同様に引き出すことができるわ けです。
まず、デートに誘ってみて、次にそのデートの後告白をするという場合を考えます。もしデートを受け入れ てもらった場合には利得20と「相手が自分のことを好き」という情報を得ることができます。これをもとに 告白すれば、告白を受け入れてもらえてさらに追加して80の利得を得ることができます。合計で利得は100 になります。逆に、もしデートの誘いを無視されてしまった場合には、利得が−40になってしまいますが、 同時に「相手が自分のことを好きではない」という情報を得ることができます。これをもとに、告白はしな いことにすれば、告白してしまった場合の−100の利得を避けることができて、総合で利得を−40に抑える ことができます。このようにその後告白する可能性を考慮した場合には、とりあえずデートに誘ってみるこ とで
1
2 ×80 + 1
2×(−40) = 20
の正の期待利得を得ることができます。このケースではデートに誘ってみることになります。
現実の恋愛においても、「相手は自分のことをどう思っているのだろう」と相手の感情をお互いに探りあう ことになります。一般に、突然告白することはなく、告白は何回かデートを重ねた後にすることになります が、これも実はお互いに好きかどうかを探りあっているプロセスと捉えることができるかもしれません。突然 告白をする場合にはそれがうまくいくかどうか不確実性が大きいですが、何回かデートに誘ってみてちゃん と相手が受け入れてくれるようであれば、相手も自分のことを好きなのではないかと自信を持つことができ
ます。何回かデートをしてみてうまくいきそうだと確信が持てた場合に、告白をすると考えられます。デー トを重ねることには一種「相手のことが好き」というシグナルが込められています。
このような恋愛の考察につきましては、松井先生が「恋愛で成功するための経済学」という記事を経済セ ミナーの2005年4月号に書いていますので興味を持った方はご参照ください。
3 逆選択:労働市場の例
3.1 利得
企業、労働者のそれぞれ利得は以下のようになります。
• タイプHの労働者が月収p万円のオファーを受け入れた場合:(23 − p万円, p万円)
• タイプLの労働者が月収p万円のオファーを受け入れた場合:(16 − p万円, p万円)
• タイプHの労働者がオファーを拒否した場合:(0万円, 20万円)
• タイプLの労働者がオファーを拒否した場合:(0万円, 15万円)
3.2 ゲームの木
以下のようになります。なお、企業が賃金をオファーする場合には、賃金の選択肢は連続的に考えられま す。例えば、デタラメな数字で16.729455万円でも良いわけです。このように連続的な選択肢からp円をオ ファーしている様子をゲームの木に書きたい場合に、それぞれの枝を描くことは不可能です。ここでは、ミク 戦に従って図のように三角形でこれを表現しています。奥野先生の教科書ではまた別の表現になっています。 この表現につきましては、普通に理解できる範囲でしたら、どんな表現でもテストでは大丈夫だと思います。
3.3 部分ゲーム完全均衡
バックワードインダクションで解いていきます。まず、労働者はp円のオファーを受けたときにそれを受 け入れるか拒否するかを選択します。利得を考えて、最適反応は以下のようになります。
• 労働者がタイプHの場合
⋆ p ≥ 20の場合:受け入れる
⋆ p < 20の場合:拒否する
• 労働者がタイプLの場合
⋆ p ≥ 15の場合:受け入れる
⋆ p < 15の場合:拒否する
ちょうどp = 20やp = 15であった場合には受け入れても拒否しても利得は同じですので、後の議論を簡単
にするためにここではオファーを受け入れることにしておきます。労働者がこのように行動することを見越 した上で、企業は賃金をオファーします。企業は労働者のタイプは知らないので、期待利得を最大にするよ うに賃金を設定します。期待利得は以下のようになります。
1. p ≥ 20の場合: タイプHもLも受け入れる。
期待利得: 1
2(23 − p) + 1
2(16 − p) = 19.5 − p
2. 15 ≤ p < 20の場合:タイプHは拒否するが、タイプLは受け入れる。
期待利得: 1 2 ×0 +
1
2(16 − p) = 8 −1 2p 3. p < 15の場合: タイプHもLも拒否する。
期待利得:0
さて、1つ目と3つ目のケースでは期待利得は0以下になってしまいます。2つ目のケースを考えますと、 賃金pを15万円に設定した場合に期待利得は最大になり、企業は8 − (1/2) × 15 = 0.5万円の期待利得を得 ることになります。
以上の考察を踏まえますと、以下の戦略の組が部分ゲーム完全均衡を構成します。
• 企業の戦略:p = 15万円をオファー
• 労働者の戦略: 労働者がタイプHの場合は、p ≥ 20のときオファーを受け入れ、そうでないときは拒 否する。労働者がタイプLの場合は、p ≥ 15のときオファーを受け入れ、そうでなければ拒否する。
ここでは簡単なので戦略を言葉で書いていますが、宿題5の解答のように記号を定義して書いてもらっても かまいません。
この場合、均衡上では労働者のタイプに関わらず低賃金がオファーされます。この結果、雇われるのはタ イプLの労働者のみで、タイプH の労働者は市場から退出してしまいます。これは逆選択が生じている1つ の例になります。
4 シグナリング:統計的差別
4.1 ゲームの木
以下のようになります。
なお、以下のように自然手番をまとめて表記していただいても構いません。
4.2 部分ゲーム完全均衡
同様にバックワードインダクションで解きます。労働者は自分の真のタイプを知っていますので、労働者 の最適反応は前の問題と同様です。
• 労働者がタイプHの場合
⋆ p ≥ 20の場合:受け入れる
⋆ p < 20の場合:拒否する
• 労働者がタイプLの場合
⋆ p ≥ 15の場合:受け入れる
⋆ p < 15の場合:拒否する
ここで異なるのは企業の行動になります。企業は、労働者の人種が何であるかは観察できます。この人種 に応じてタイプHであるかLであるかの確率は変化しますので、企業は人種に応じて違う戦略をとることに なります。
まず、応募してきた労働者が白人であった場合の企業の期待利得を考えます。
1. p ≥ 20の場合: タイプHもLも受け入れる。
期待利得: 2
3(23 − p) + 1
3(16 − p) = 62
3 −p
2. 15 ≤ p < 20の場合:タイプHは拒否するが、タイプLは受け入れる。
期待利得: 2 3 ×0 +
1
3(16 − p) = 16
3 − 1 3p 3. p < 15の場合: タイプHもLも拒否する。
期待利得:0
1つ目のケースでは、期待利得を最大にするのはp = 20に設定した場合で、2/3万円になります。2つ目の ケースでは、期待利得を最大にするのはp = 15に設定した場合で、1/3万円になります。以上より、企業は
p = 20万円に賃金を設定します。
次に、応募してきた労働者が黒人であった場合の企業の期待利得を考えます。 1. p ≥ 20の場合: タイプHもLも受け入れる。
期待利得: 1
3(23 − p) + 2
3(16 − p) = 55
3 −p
2. 15 ≤ p < 20の場合:タイプHは拒否するが、タイプLは受け入れる。
期待利得: 1 3 ×0 +
2
3(16 − p) = 32
3 − 2 3p 3. p < 15の場合: タイプHもLも拒否する。
期待利得:0
1つ目のケースと3つ目のケースでは、期待利得は0以下になってしまいます。2つ目のケースでは、期待 利得を最大にするのはp = 15に設定した場合で、2/3万円になります。以上より、企業はp = 15万円に賃 金を設定します。
以上の考察より、部分ゲーム完全均衡は以下の戦略の組になります。
• 企業の戦略:労働者が白人の場合はp = 20万円をオファーする。労働者が黒人の場合はp = 15万円 をオファーする。
• 労働者の戦略: 労働者がタイプHの場合は、p ≥ 20のときオファーを受け入れ、そうでないときは拒 否する。労働者がタイプLの場合は、p ≥ 15のときオファーを受け入れ、そうでなければ拒否する。
この例では、白人であればタイプに関わらず高賃金を、黒人であればタイプに関わらず低賃金をオファー することが均衡になっています。これは、タイプがHであるかLであるかの確率は黒人と白人で異なること が原因です。逆にいえば、白人であるということはタイプHである確率が高いというシグナルを、黒人であ るということはタイプLである確率が高いというシグナルを発していると捉えられます。前の問題と違って、 タイプHの人も白人であれば雇われますので、部分的には逆選択の問題は解消されています。
しかし、この場合はタイプがLの白人には高賃金がオファーされるのにも関わらず、タイプがHである黒 人には低賃金がオファーされることになります。このようなメカニズムで生じる人種差別は統計的差別と呼 ばれ、人種による賃金の差を説明する1つの理論となっています。
松井先生はこれとは違い、タイプに関する確率などの実質的な差異がない状況でも差別が生じ、またそこ から自分の所属する集団とは異なる集団に対する偏見が起きるというモデルを考察しています。興味のある 方は、松井彰彦『慣習と規範の経済学』の16、17章を読まれてみるのをお勧めします。