13
政府間財政におけるソフトな予算制約
井堀利宏
要 旨
1
はじめに
公共部門の財政赤字の実質的な配分を見ると,地方政府全体よりも中央政 府の方がはるかに財政状況はよくないが,それでも地方政府も全体として見 れば,相当の財政赤字を出してきた.表面上は中央政府の財政赤字として計 上されるもののなかでも,交付税や補助金の形で,実際は中央政府が地方政 府の財政赤字の肩代わりをしているものも多い.そうした赤字も本当は地方 政府の赤字として分類し直すと,地方政府関連の財政赤字は他の先進諸国よ りも突出して大きくなる.
わが国では,中央政府は地方政府に対して毎年 GDP 比率で 5%程度の財 政援助をしている.そのうちの一部は制度上義務的に中央政府から地方政府 へと財政移転が行われるものであるが,なかには裁量的に地方の財政事情, 経済事情に配慮する形で移転が行われる場合もある.そうした移転は主とし て,政治的な要因に基づいて決定されてきた.その背景には,多くの地方政 府,首長,地方議会議員,地方選出の国会議員(あるいは地方を主要な拠点 とする利益団体,農協や地方の土建業界など)が政治的なロビー活動を通じ て交付税の基準財政需要額を引き上げるなど,中央政府から資金を獲得する ことに精力を傾けてきたことがある.彼らはわが国のもっとも強力な利益団 体の 1 つになってきた.
共事業を中心に積極的な財政運営が行われ,さらに財政赤字が拡大した. 90 年代にわが国の財政赤字が増加した主要な理由は,地方政府が公共事 業という形で中央政府から巨額の資金を獲得したからである.その財源に公 債発行が充てられて,財政赤字が累増した.これは,彼らが利益団体として 行動しており,それが実際の予算編成にも反映されたからである.これは, 地方の利益団体がこの時期にきわめて強力な政治力をもっていたことを示唆 している.こうした結果は,経済効率性と両立しない可能性が高く,バブル 景気崩壊後の日本経済低迷の一因ともなっている.国と地方のこのような政 府間の財政関係の弊害を改革することは,バブル期以降のわが国の財政赤字 累増傾向に歯止めをかけて,これからの財政再建が成功するための重要な課 題である.
一般的に,中央政府はある一定の支出に関してシーリングの制約をかける ことができる.これは財政再建の第 1 歩である.実際にもわが国の中央政府 はこのようなシーリングを設定してきた.が,中央政府は地方政府のレント (あるいは既得権)となっている地域限定公共サービスに関しては,結果と して,シーリングを有効に設定できない程度に弱体であると見なすことがで きるだろう.
な予算制約をハード化して,地方政府に財政規律を求めることにあるべきだ ろう.
ところで,90 年代後半から始まった地方分権への改革は,同時に財政再 建を実現するものでなければならない.もし財政状況が改善できれば,中央 政府は全国レベルの公共財支出を増加させることができる.これは,日本全 体に波及するので,それぞれの地方政府あるいは地域住民にとっても望まし い.これに対して,もし各地方政府が自分たちの既得権にしがみついていれ ば,世間一般から批判されるとともに,財政状況が危機的になることで,最 終的にすべての既得権を失いかねない.こうした財政再建のメリットはすべ ての地方政府(あるいは住民)もある程度は認識できるので,財政再建への 大まかな合意は可能である.しかし,その場合,すべての地方政府は,なる べく他の既得権の削減を優先し,当該政府の関係する既得権の削減には抵抗 するだろう.その結果,非協力ゲームのもとで,各地方政府は既得権益を少 しずつあきらめざるをえない.財政再建のスピードはかなり遅くなる.この ような地方政府の段階的な譲歩と改革スピードの遅さは,わが国の財政再建 における特徴である.地方政府は重要な利益団体として十分な政治力をもっ ていると同時に,中央政府の指導力に限界もある.こうした特徴を考慮して, 政府間財政の経済的帰結を検討する必要がある.
本稿の構成は,以下のとおりである.第 2 節ではバブル期を中心にその前 後の期間における政府間財政の動きを振り返る.第 3 節以降では,ソフトな 予算制約を明示した理論モデルを提示して,その政策的な含意を検討する. そして,わが国の政府間財政の問題点をその改革のあり方を議論する.
2
歴史的な回顧と展望
2.1 バブル期における財政運営と地域発展政策
も含まれていた.中央政府レベルでは,旧国鉄などの民営化が実施されるな ど,こうした改革はある程度進展したが,地方政府レベルでは,歳出の抑制 に消極的な各省庁と財政再建を重視する(旧)大蔵省との利害対立が大きく なった結果,それほど顕著な改革は進展しなかった.
ところが,日本経済が 2 度の石油危機から回復したあとで,バブル景気に よって 1980 年代後半に税収が大きく増加した.その結果,一時的にせよ, 多くの地方政府は財政危機から脱却することができた.バブルの影響は,地 方財政に関するかぎり,財政健全化への意欲を失わせるという弊害(マイナ スの影響)が大きかったと思われる.その結果,行財政改革はその目的の重 点を財政再建という緊縮政策から地域の経済発展という積極政策に移すよう になった.
バブル期に地方政府も民間企業も将来の需要予測を強気に形成するように なり,第 3 セクター方式で地域振興政策が過大に活用され,地方政府の資金 も投入された.この方式では経営危機になったときの責任の所在が不明確で あったために,納税者,有権者,地域住民のチェックも働かなかった.その 後バブルが崩壊して,経営危機が現実化したときに,結果として公的資金に よる負担が増加することになった.
同時に,バブル期には中央政府レベルでも,ふるさと創生資金などを活用 して,(旧)自治省が地方政府による地域活性化政策を支援した.また,交 付税や地方債による支援の形で財政面からもそうした政策を後押しした.
この時期,国民の経済生活に直結する身近の経済問題,福祉政策に多くの 関心が集中するにつれて,地方政府においても保守か革新かという政治的対 立は大きな争点ではなかった.住民は行政管理能力や中央政府との良好な関 係を重視するようになった.自治省出身の知事が増加し,与野党相乗りが一 般的になるにつれて,政治的な無関心も拡大した.
地方交付税は,地方政府の財源保障機能をもっている.1980 年代後半に 国税や地方税は増加したため,交付税の財源も自動的に増加した.もし交付 税の基準財政需要が増加しなければ,交付税の配分額は減少して,交付税の 特別会計に黒字が計上されていたはずであるが,自治省は基準財政需要を大 きく増加させて,交付税の配分額を維持した.
方経済の動向である.中央政府は財政再建と地域振興という 2 つの政策目的 をもっていた.産業の空洞化が進んだ地方や農業に依存してきた地方では, 新しい地域振興の目玉を公共事業や公的な財政支援に頼るようになった.地 方政府の財政状況にある程度余裕があったバブル期までは,これら 2 つの目 標は両立しえたが,バブル景気が終焉した後で財政状況が深刻化すると,こ れら 2 つの目的は両立しにくくなった.たとえば,1990 年代初頭以降に, 地域振興のために多くの地方債が発行されて,公共事業が行われたが,あま り成功しなかった.Ihori and Kondo[2001],Ihori, Nakazato, and Kawade [2003]を参照.これらの実証分析によると,地方における公共事業が GDP を拡大させるマクロ経済刺激効果は,それほど大きくなかったことが示され ている.とくに,地方における農業関連の公共事業については,その経済刺 激効果が相当乏しいという結果が一般的であった.
2.2 バブル崩壊後の地方分権と財政再建
バブル景気が崩壊した 1990 年代には,税収が低迷した一方で景気対策と して公共事業が増加したため,国も地方も財政状況が悪化した.その結果, 地方に配分される交付税収も自動的に減少した.総務省は地方政府(あるい はそれに関連する政治家)の圧力に配慮して,基準財政需要を抑制しなかっ たので,交付税特別会計の赤字が増大した.地方政府も,中央政府同様,財 政再建が大きな課題となったが,十分な成果は見えなかった.Ihori, Doi, and Kondo[2001]を参照.
2.3 政府間財政の評価と問題点
これまでの政府間財政を展望すると,戦後の復興期から高度成長期には中 央集権的なシステムである程度の成果を上げた.これは地域間での多様性が 乏しく,住民の選好も一様であった時代に,地域間の調整を中央政府レベル でまとめて処理する方が効率的であったからと解釈することができる.しか し,高度成長の後期から,そうした制度がソフト予算化して,各地方政府が 中央政府の補助金を当てにする形で,公共サービスを拡充し始めるようにな り,それが地方政府の既得権益と見なされるようになった.その結果,次第 に,政府間財政はその中身が,中央政府の政策誘導・統制から,地方政府に よる補助金の陳情圧力を反映させるものに変化していった.バブル崩壊後の 経済低迷期にそうした傾向が顕著となった.
90 年代後半以降,最近の地方分権の動きは,地方政府の財政支出面での 自由度を高めるものでもあるが,それだけでは,ますます地方政府の中央政 府の財源へのただ乗り誘因を強める結果にもなりかねない.地方分権を有意 義な改革にするには,まず,中央政府の役割を限定して,政府間財政をハー ド化することが重要である.
財政面で地方分権への具体的な動きはそれほど迅速でもない.地方分権の 理念は多くの人々によって支持されているが,政府間財政の改革が大きく進 展しているわけでもない.その理由は 2 つ考えられる.1 つは,地方政府間 の利害対立である.大都市部と農村部では地方税の財源に相違があるから, 自助努力が可能な自治体とそうでない自治体の間では,地方分権のあり方に 関して,利害は一致しない.もう 1 つは,中央,地方政府ともに財政再建の 目標を同時に達成するという制約を抱えていることである.いずれの政府も 中期的には増税が不可欠であるから,単純に税源を中央から地方に移譲する だけで,地方分権が進展することにはならない.
3
理論モデルによる分析
3.1 問題の所在
になるのかを,地方政府が発行する地方債に対する中央政府の起債制限制度 と関連づけながら理論的に考察する.
中央政府と地方政府の政府間財政が地方政府の支出に与える影響としては, 前述したように,「ソフトな予算制約」という概念が注目されている.もし 地方政府はソフトな予算制約に直面していれば,地方政府はそれを事前に予 想して,事後に中央政府から支出されるだろう補助金を当てに,最初から過 大に支出し,過大に借り入れ,無駄な投資をする傾向が生じる.そのような 過大支出は「共有地の悲劇」という用語で公共経済学では用いられてきた. たとえば,Wildasin[1997,2004],Goodspeed[2002],Akai and Sato[2005], また Boadway and Tremblay[2005]などを参照されたい.
すなわち,常識的な予想として,もし中央政府がソフトな予算制約を課せ ば,地方政府にとっては公共サービスのコスト意識が実質的に希薄化される ため,非効率で過剰な投資水準が生じる.こうしたメカニズムがバブル崩壊 後の日本経済でも生じた可能性は高い.景気対策としての公共事業も,将来 その財源を交付税措置を通じて中央政府が補塡してくれると地方政府が予想 すると,地方単独の事業であっても強気に行う傾向が生じる.
しかし,最近,Besfamille and Lockwood[2004]は,ソフトな予算制約を きつくして,ハードに予算制約を維持することで,必ずしも最善解は実現し ないことを指摘している.すなわち,ハードな予算制約が事前の意味で厳し すぎると,社会的に望ましい(リスクのある)投資までも抑制してしまう可 能性がある.
弊害のもたらした可能性が高いだろう.この点は,実証分析の課題である. また,ソフトな予算制約の大きさは地方政府の公債発行の仕組みとも関係 している.その結果,中央政府と地方政府の提供する公共財の相対的な重要 性と当初の予算制約がきつすぎるかどうかという点で,ハードな予算制約が 望ましい結果をもたらすかどうかも決まってくる.ソフトな予算制約は波及 効果のある公共投資を実質的に内部化するという望ましい効果ももっている.
ところで,本稿ではとくに政府間財政を分析する際に,中央政府と地方政 府間での課税ベースが重複することによる垂直的な外部性に注目する.この 点は政府間財政を課税面から分析する上で重要な仮定である.すなわち,複 数の階層の政府が存在することで,地方政府と中央政府は同じ課税ベースに 税金をかけている.実際にも,わが国において所得税と住民税,法人税と法 人事業税,消費税と地方消費税,あるいは道路関係や自動車関係の税金はそ の典型的な例である.その結果,課税の重複は,通常とは異なる「共有地の 悲劇」問題をもたらす.理論的に標準的な設定であれば,地方政府と中央政 府は自由にそれぞれの税率を決定できる.そのような場合,課税の重複によ る垂直的な外部性は地方税を過大に設定させる.なぜなら,それぞれの地方 政府は,中央政府が国税を課してその支出を行う便益を過小に評価するから である.Keen and Kotsogiannis[2002],Keen[1998],Wilson[1999]などの 文献を参照されたい.
わが国の政府間財政を想定すると,地方税率は地方政府が決めるものであ るが,現実には中央政府ですら税率を自由に操作するのは困難である.同時 に,わが国では地方政府はほとんど税率決定に関する裁量権をもっていない. したがって,この節では,中央政府と地方政府によるそのような垂直的な課 税競争も,また,複数の地方政府による水平的な課税競争も考慮しない.そ して,課税の水準(税率)は地方政府にとっても中央政府にとっても所与と 仮定する.むしろ,本論文の関心は課税ベースが中央政府と地方政府間で重 複することによる(公共投資を通じた)別の外部性にある.
合は,地方政府の支出が過大になる).第 2 に,地方政府が行う公共投資は 中央政府に対しても税収増を通じて,プラスの外部性をもたらす.すなわち, もし地方政府の公共投資によって地方のインフラが整備されて,当該地域経 済活動が活発になり,課税ベースが拡大すれば,税収の配分比率が一定のも とで,中央政府の税収も増加する.これはプラスの外部経済効果を中央政府 にもたらす.この意味で,地方政府の公共投資は非協力解において過小にな る.
これら 2 つの非効率性に直面して,中央政府は地方政府の(他地域に波及 効果のある生産性の高い)公共投資を刺激するような政策的な対応をとるこ とが望ましい.この点を簡単な 2 期間モデルで説明するのが本節の第 1 の課 題である.
つまり,中央政府は第 2 期に事後的に追加の補助金を与えることで,生産 性の高い公共投資の財源を支援しようとする.しかし,そのような事後的な 補助金の可能性は,事前に見ると,地方政府の予算制約をソフト化させる. なぜなら,地方政府は第 1 期により多くの地方債を発行して多くの公共投資 を行うことで,第 2 期により多くの補助金を獲得できると期待するからであ る.その結果,生産性の高い公共投資であっても,過剰に実施されることで, その生産性は大きく低下する.本節の第 2 の課題はそうした状況でのソフト な予算制約について分析することである.以下,こうした問題を簡単なゲー ムを用いて説明しよう.
3.2 モデルの枠組み
地方政府の公共投資とソフトな予算制約の関係を分析するために,中央政 府(CG)と地方政府(LG)からなる 2 つの政府を想定して,2 期間モデル を用いて政府間財政と道路整備などの公共投資の関係を考えよう.単純化の ために,代表的な地方政府を想定して,地方政府間の競合・競争や波及効果 は考えない.これは単純化のための仮定であるとともに,わが国の現状に あった想定でもある.
かりに複数の地方政府を想定しても定性的に同じである.さらに,日本の場 合,多くの地方政府は協力して行動しているし,彼らの行動は総務省がまと めて代表しているとも理解することができる.したがって,代表的地方政府 という仮定はそれほど不自然なものでもないだろう.
さて,この代表的な地方政府(LG)は,地方公共財gを供給し,中央政
府(CG)は全国的な公共財Gをそれぞれの期に供給する.これらの公共財
は各経済主体に便益をもたらし,効用関数は標準的な性質を満たすものとす る.さらに,すべての財は正常財であるとする.それぞれの財の相対価格は, 単純化のために,1 とおく.
したがって,社会厚生Wは代表的個人の公共財に対する評価を反映する
ものであり,以下のように定式化される.
W=u(G) +v(g) +δ{u(G) +v(g)} (13.1)
ここで 0<δ<1 は異時点間の割引要因である.単純化のために,民間消費 は固定されており,そこからの効用は変化しないと仮定する.この理論モデ ルでは,公共財からの効用のみを考える.
地方政府は第 1 期に公共投資kを実施する.これは将来その地域の経済
を活性化させるので,第 2 期に税収を増加させる効果をもつ.Yをt(t=
1, 2)期における税収の総額とする.Yは単純化のため一定とするが,Yは
地方政府が第 1 期に実施する公共投資の大きさに依存する.
公共投資は生産性の高いものであり,第 2 期の税収を増加させる.この効
果関数をf( )で表す.これは標準的な稲田条件を満たすものとする.
f'( )>0, f"( )<0
が決まってくるという定式化を採用している.
DelRossi and Inman[1999]が示したように,地方政府の政治的活動の結果, 中央政府が過剰に補助金を出して無駄な地方政府の公共投資が増加する可能 性は,現実には否定できない.理論的には,そうした活動を考慮すると,地 方政府の公共投資が過大になることは,明らかであろう.この節では,そう した地方政府による過剰な政治活動は公共事業としては考慮せず,無駄な公 共事業は,最初から無駄な支出(地方の利益団体のレント)に分類する.し たがって,地方政府の投資プロジェクトは社会全体にとっても有益なものと する.問題は,その量的な水準である.また,代表的な地方政府を想定する ことで,地方政府の公共投資のもたらす地域を越えた波及効果も考慮しない. それでも中央政府の税収に対する垂直的なプラスの外部効果は生じる.その 結果,中央政府からの補助金が何もないときには地方政府の公共投資は過小 になるが,中央政府からの(過剰な)補助金を考慮すると,場合によっては 過大になることもある.この点を理論的に解明することが,本節の理論分析 の主要な目的である.
3.3 政府の予算制約
次に政府の予算制約式を定式化する.中央政府,地方政府ともに重複する 経済活動に課税する.課税ベースが重複するので,税収は 2 つの政府間で配
分される.βで総税収のうちで地方政府に配分される割合を表すことにする.
0<β<1.したがって,中央政府の配分割合は,1−βとなる.なお,配分比
率βは一定であり,モデルの外で決定される外生変数と考える.また,時間
を通じて変化しないものとする.
毎期の中央政府(CG)の予算制約式は次式で与えられる.
B=G−(1−β)Y (13.2)
G+ (1 +r)B= (1−β)Y (13.3)
ここでBは中央政府が第 1 期に発行する公債を示す.r>0 は外生的に与え られる利子率である.
D=g+k−βY+S (13.4) g+ (1 +r)D=βY (13.5)
ここでDは地方政府が第 1 期に発行する地方債を示す.Sは無駄な歳出,
すなわち,地方政府の政治家が享受するレントである.地方政府はレント獲 得行動を行うと想定している.この無駄な歳出には無駄な公共事業も含まれ
る.kは有益な公共事業であり,無駄な公共事業はkではなくて,Sのなか
に含まれる.ただし,有益な公共事業であっても,過大に行われれば,費用 と比較すると,ネットでは無駄な公共事業になる.
(13.2) (13.5)式から中央政府,地方政府それぞれの異時点間の予算制約 式を求めると,以下のようになる.
G+ G
1 +r = (1−β)Y+
(1−β)Y
1 +r (13.6)
g+ g
1 +r +k+S=βY+ βY
1 +r (13.7)
3.4 パレート効率の解
まず,最初にこのモデルにおける最善解をベンチマークとして考察してお こう.基本モデルは不確実性やリスク要因を入れない単純なモデルである. したがって,中央政府と地方政府を統合した単一政府は,公共投資や他の政 府支出に関して,最善解を実現することができる.そのためには,総税収を 各支出項目に最適に配分すればよい.すなわち,統合された単一政府がすべ ての支出項目{G,g,k}の最適水準を実現するためには,社会厚生(13.1)
を以下の統合された制約条件の下で最大化すればよい.
Y+ Y
1 +r =G+ G
1 +r +g+ g
1 +r +k+S (13.8)
この制約条件は(13.6),(13.7)式からβを消去して求めることができる.
最適化の 1 次の条件は以下のようになる.
δu2− µ
1 +r = 0 ここで ut≡ ∂u(G)
∂G
v1−µ= 0
δv2− µ
1 +r = 0 ここで vt≡ ∂v(g)
∂g
µ
f' (k)1 +r −1
= 0 S= 0µは制約式(13.8)にかかわるラグランジュ乗数である.これらの条件式よ
り次式を得る.
v1=u1 (13.9)
u2=v2 (13.10)
u1 u2
=v1 v2
= (1 +r)δ (13.11)
f' (k) = 1 +r (13.12)
S= 0 (13.13)
上の最適化の条件式(13.9) (13.13)と制約式(13.8)は,ベンチマークと
してのパレート効率の資源配分(=最善解)を決定する.条件式(13.9)
(13.10)は公共財の限界便益が中央政府(CG)と地方政府(LG)間で均等 化することを意味する.条件式(13.11)は 2 つの期間での公共支出の異時 点間の最適配分について標準的な条件を提示している.条件式(13.12)は 公共投資の標準的な最善解の条件である.最後に,(13.13)式はレント(無 駄な歳出)がないという効率性の条件である.
4
分権された制度での結果
4.1 分権の基本モデル
ここで,中央政府と地方政府がばらばらに政策を決定する完全に分権化さ れた世界で,上の節で定義した最善解が実現できるかどうかを検討してみよ
された世界を想定する.
中央政府 CG は社会厚生(13.1)を制約式(13.6)のもとで最大化するが, その際に地方政府の支出を所与として自らの支出を決定する.同様に,地方
政府 LG はレントSを制約式(13.7)のもとで最大化するが,その際に中央
政府の支出を所与として自らの公共投資と公共財供給を決定する. 地方政府は同時に以下のような制約にも直面している.
v(g) +δv(g) =U (13.14)
ここでU は代表的個人(投票者)の留保効用である.もし(13.14)式が
満たされないと,有権者はこの地方政治家を再選しようとしないので,地方 政治家は政権にとどまることができなくなる.以下の不等式を想定すること はもっともらしいだろう.
U <U
≡v(g) +δv(g)
ここでg,gは最善解でのg,gをそれぞれ意味する.U はある政治環
境で導出される留保効用であり,ここでは単純化のために,外生的に一定と 考えている.この水準は最善解で達成可能な効用水準よりは小さいだろう.
第 2 段階
このゲーム,すなわち,第 2 段階のゲームの解を調べてみよう.地方政府 LG の問題は以下のようになる.
MaxS=β
Y+ Y1 +r
−
g+ g1 +r +k
st (13.14)したがって,最適条件は以下のようになる.
−1−ψv1= 0
− 1
1 +r −ψδv2= 0
f' (k)β
ここでψは制約式(13.14)に対するラグランジュ乗数である.したがって,
次式を得る.
v1
v2
= (1 +r)δ (13.16)
(13.14),(13.15),(13.16)の 3 つの条件より,g,g,k,DとSが求め られる.条件(13.16)は地方公共財への支出総額g+{1(1+r)}gが,地 方政府の政権維持制約(13.14)のもとで,最小になることを意味する. (13.16)式はこのゲームでのg,gの値g*,g*を決める.(13.15)式は
このゲームでのkの値k*を決める.また,(13.5)式はSを決める.g,g,
k,DとSのゲームでの解は,中央政府 CG によるG,Gの選択とは独立で ある.したがって,部分ゲーム完全均衡は,ナッシュ均衡と同じになる.
第 1 段階
中央政府 CG は(13.1)式を制約式(13.6)のもとで最大化するように, 全国レベルの公共財を選択する.その際にg,g,k,DとSは,地方政府 LG が第 2 段階で決定しているので,これらは所与と見なす.したがって, 最適条件は以下のようになる.
u1−Ψ= 0
δu2−
Ψ
1 +r = 0
ここでΨは(13.6)式に対応するラグランジュ乗数である.よって,次式
を得る.
u1
u2
= (1 +r)δ (13.17)
解の性質
このゲームの部分ゲーム完全均衡は以下のようになる.
f' (k) =1 +r
β >1 +r (13.15)
v1
v2
= (1 +r)δ (13.16)
u1
u2
= (1 +r)δ (13.17)
条件(13.16)(13.17)は(13.11)式と同じであり,gとgとの相対的な
(異時点間の)効率性の条件である.また,GとGとの相対的な(異時点
間の)効率性条件である.相対的な水準は最善解と同じ最適水準に決まって くる.しかし,これらの公共支出の絶対的な水準が最適に供給されていると は必ずしもいえない.いい換えると,条件(13.9)(13.10)は必ずしも成立 しない.なぜなら公共支出の総額G+G(1+r)とg+g(1+r)が外生
的なパラメータ,β,や地方政府 LG のレント獲得行動,維持制約(13.14)
によって恣意的に与えられているからである.
さらにβ<1 を考慮すると,(13.15)式から,重複する課税ベースの外部 性によって,kが過小供給になっていることがわかる.k*<k.ここで,k*
はこのゲームにおけるkの解であり,kは最善解でのkの水準である.す
なわち,(13.12)式は成立しない.地方政府は課税ベースの拡大が中央政府 による公共財供給へもたらすプラスの波及効果を考慮しないので,地方政府 が行う公共投資はその外部効果を考慮しない分だけ,最適水準よりも不十分 になり,第 2 期における総税収も低すぎる水準になる.条件(13.13)は地 方政府 LG のレント獲得行動の結果,成立しない.
要約すると,完全な地方分権モデルでは,以下のような問題点が指摘でき
るだろう.第 1 に,βが必ずしも最適水準に設定されていないので,中央政
府 CG と地方政府 LG の間での公共支出の絶対的な水準に関する配分も最適 には決定されない.第 2 に,課税ベースにおける重複のために,公共投資に
外部性が生じて,kは過小供給になる.最後に,地方政府 LG のレント獲得
行動の結果(U<U),有益な地方支出g
が生じる.
5
追加の移転
5.1 中央政府 CG の事後の移転――第 3 段階
この政府間財政ゲームでは,第 2 期がくると中央政府 CG は初期に設定さ
れていたβの値にコミットすることを望まないかもしれない.中央政府 CG
は地方政府 LG へ事後的に補助金を出すことで実質的にβを増加させること
ができる.これは「時間に関する不整合性問題」である.
まず,最初に第 2 期の初めにおける中央政府 CG の最適化問題を,この
ゲームの第 3 段階として考えてみよう.地方政府 LG が地方公共財g,無駄
な支出Sと公共投資kへの配分を第 1 期に決めたあとで,中央政府 CG は第
2 期に追加的な補助金Aを決めると考えてみよう.追加的に補助金を用い
ることで,中央政府 CG は第 2 期の公共支出Gとgの配分を予算制約式
(13.3)と(13.5)のもとで,実質的に自由に操作可能となる. 中央政府の第 2 期の予算制約式は,次式である.
G+ (1 +r)B= (1 +β)Y−A (13.3)'
同様に,地方政府の第 2 期の予算制約式は,次式となる.
g+ (1 +r)D=βY+A (13.5)'
これら(13.3)'と(13.5)'式からAを消去すると,第 2 期の経済全体の予
算制約式が得られる.
G+g+ (1 +r) (B+D) =Y (13.18)
第 2 期に事後的にAの水準を選択することで,中央政府はGとgの配
u2=v2 (13.19)
この最適条件式(13.19)と事後的な予算制約式(13.3)',(13.5)'から,第
1 期にすでに選択されていたDとkを所与として行動するので,中央政府
のA,g(そしてG)の最適反応関数は,Dとkの関数として,以下のよ
うに求めることができる.
A=J(D,k) (13.20)
g=P(D,k) (13.21)
予算制約式(13.3)'(13.18)と最適条件式(13.10)を全微分すると,次 式を得る.
dG+dg+ (1 +r)dD=f' (k)dk
(1−η)dG=ηdg
dG= (1−β)f' (k)dk−dA
ここでη≡v2[u2+v2]はGのgとの相対的な限界評価を示す.簡
単化の仮定として 0<η<1 は一定とする.(13.3)'式を考慮すると,反応関
数の特徴として次式を得る.
J=
∂A
∂D =−
∂G
∂D =η(1 +r) > 0 (13.22)
J=
∂A
∂k =−
∂G
∂k + (1−β)f' (k) = (1−β)f' (k)−ηf' (k) (13.23)
P=
∂g
∂D=−(1−η) (1 +r) < 0 (13.24)
P=
∂g
∂k = (1−η)f' (k) (13.25)
(13.22)式は地方債発行によるソフト予算化の標準的な結果を示している
(Goodspeed[2002])を参照).Dの増加でgは所与のGのもとで減少する.
これは,中央政府からの補助金Aの増加をもたらす.J>0.その直感的な
式より減少するが,Gは(13.3)式より増加する.こうした結果は中央政
府にとって望ましくない.なぜなら,中央政府は社会厚生を最大化するため に最適条件(13.10)式を実現しようとしている.したがって,中央政府は
第 2 期に地方政府に追加的な補助金を与えてgの事後的な水準を増加させ,
Gの事後的な水準を減少させる誘因をもっている.
さらに公共投資による別のソフト予算制約のルートがある.J>0.これ
は垂直的な外部性による新しいルートである.(13.23)式に示されているよ うに,Jの符号は一般的に不確定である.もし1−β>ηであれば,J>0 と
なる(逆の場合は逆).すなわち,もしGの限界評価が相対的に小さく,
1−βが大きすぎる場合は,gはGと比較して過小となる.その結果,CG
は事後的な社会厚生を最大化すべく,事後的にAを増加させるように反応
する.直 感的 な説 明は以 下の とお りであ る.kの増 加は CG の 税収を (1−β)f'の大きさだけ増加させるが,Gの増加はηf'の大きさになる.も
し1−β>ηであれば,CG は補助金Aを LG に与えて,gを増加させようと
するのが事後的に社会厚生を増加させることにつながる.
このモデルの核心は,中央政府と地方政府の相互依存関係である.中央政 府は両政府が供給する公共財の限界便益を等しくさせるように資源配分した い.そうすることで,事後的に社会厚生はより増加する.しかし,中央政府 のこうした厚生最大化行動は,地方政府が第 1 期により借り入れを行い,よ り多くの支出をするとき,中央政府に第 2 期に追加的な補助金を出させる誘 因をもたらし,ソフトな予算制約という現象を生じさせる.
5.2 地方政府 LG の行動――第 2 段階
次に,この政府間財政ゲームのソフト予算ケースを前提として,地方政府 の最適行動を考察しよう.地方政府の維持制約(13.14)に中央政府が地方
の支出に対応してAを(13.27)(13.28)式で定式化されるように調整する
ということを折り込んでみると,以下の(13.14)'式になる.この式が制約
として効く形になる.さらに,現在価値化された予算制約式にも(13.27) (13.28)式を代入して,中央政府の事後的な補助金行動を前提とした予算制
約式に修正する.すなわち,地方政府の制約式は以下のようになる.
v(g) +δv(P(D,k)) =U (13.14)'
g+
P(D,k)
1 +r +k+S=βY+
βY+f(k) 1 +r +
J(D,k)
1 +r (13.26)
地方政府はSを最大化するが,その制約は(13.14)'と(13.26)の 2 式で
あり,その際に税収の配分比率βを与件として行動する.この段階では第 1
期の最適化行動であるから,家計に留保効用を保障しなければならないとい う政権の維持制約は効いている.
したがって,地方政府が選択する変数,g,D,とkに関する最適条件は
以下のようになる.
−1−ωv1= 0 (13.27)
−
P−J
1 +r −ωδv2P= 0 (13.28)
−
1 + P 1 +r −β
1 +rf' (k)− J
1 +r
−ωv2P= 0 (13.29)ここでω(>0)は制約式(13.14)'にかかわるラグランジュ乗数である.
(13.27),(13.28)式はgとgの最適配分をβとU のもとで決めることに
なる.
(13.22),(13.24)式を(13.27),(13.28)式に代入して次式を得る.
v1=δv2(1−η) (1 +r) (13.30)
ムの均衡では実現しない.もし中央政府がAの補助金を追加支出しなけれ ば,地方政府の最適化行動の結果,(13.11)式が実現してgとgの最適配
分も達成されただろう.LG が CG の反応関数である(13.20),(13.21)式
を考慮して行動すると,gの実質的な限界費用を低下させるので,第 1 期
にgは刺激される.(13.30)式は,gが過大になり,gとGが相対的に過
小になることを意味する.さらに,地方公共支出の総額g+{1(1+r)}g
は第 3.1 項の場合よりも大きくなる.ソフトな予算制約はAの増加をもた
らし,gを刺激する.地方政府はソフトな予算制約に直面すると,第 2 期
の中央政府からの補助金を当てにして,第 1 期に過大な公共支出をするよう になる.
次に,(13.23),(13.25)式を(13.28)式に代入すると次式を得る.
v1=δ(1−η)f'v2 (13.31)
(13.30)式と(13.31)式を考慮すると,最終的に次式を得る.
1 +r=f' (13.12)
その結果,部分ゲーム完全均衡でのkは第 3.1 節のケースよりも大きく
なる.これはソフトな予算制約のもっともらしい帰結である.kが増加すれ
ば,地方政府は自分の税収増βYに加えて中央政府の税収増(1−β)Yから
期待される追加的な補助金Aも期待できる.よって,kの増加による実質
的な限界便益はf'となり,βf'ではなくなる.このゲームの第 1 段階は,
第 3.1 項のケースと同じである.中央政府は(13.17)式が実現するように G,Gを決める.
5.3 経済厚生の比較
これまで分析したように,ソフトな予算制約は公共投資を刺激する.しか
し,同時にAも増加するので,無駄の歳出 S も増加し,これは経済厚生を
低くする.ここでソフトな予算制約の経済厚生に与える総合的な効果を評価
してみよう.Aを明示的に表すと,事後の中央政府の予算制約は以下のよ
G+ 1
1 +r G= (1−β) (Y+ 1
1 +r Y)− 1
1 +r A (13.6)'
kの増加でAは直接,間接的に増加する.これは(13.23)式と(13.22)
式に示されている.他方で,kが増加すると中央政府の税収も増加する.k
の増加が中央政府のネットの税収に与える効果,つまり,Aの支出を差し
引いた(13.6)'式の右辺全体の収入に与える効果は,以下の式で示される.
R≡(1−β)f'−
J+JdDdk
(13.32)ここで(13.5)'式を考慮すると次式を得る.
dD dk =
βf' 1 +r +
1
1 +r
P+P dD dk
−1
1 +r
J+J dD dk
あるいは,最終的に次式を得る.
dD dk =
βf'
(1−η) (1 +r) (13.33)
よって,(13.33)式を(13.32)式に代入すると次式を得る.
R= (1−β−η)η 1−η f
' (13.32)'
もし 1−β−η>0 であれば,(13.32)式の右辺Rはプラスになる.よっ
てkの増加で(13.6)'式の右辺も増加する.これは望ましい.このような場
合,ソフト予算ケースで社会厚生は増大する.他方,もし 1−β−η<0 であ
ればRは負になる.このケースでは,経済厚生は低下する.この望ましく
ないケースは生じることもある.なぜなら,Aが過大すぎると,留保効用
U を維持するのに必要な地方公共支出総額も増加するからである.そして,
kの増加で中央政府に利用可能なネットの税収は増加せず,中央政府の公共
6
コメント
6.1 ソフト予算の経済厚生上の含意
いくつかのコメントが有益だろう.このゲームにおいて,事後的にも補助 金を出さないという制約にコミットしたケースをハード予算制約のケース, また,事後的に補助金を出すことで,事前の制約にコミットしないケースを ソフト予算制約のケースと呼ぶ.
もし中央政府が先決で所与のβのもとで補助金を出さないことにコミット
して,政府間財政においてリーダーとして行動するのであれば,地方政府は ハードな予算制約に直面する.しかし,このケースでは均衡解は必ずしも最
善解にならない.なぜならβが外生的に所与であり,政府間の財源配分は最
適に決まっているわけではない.しかも,地方政府はレント獲得行動をして
おり,無駄な歳出もある.さらに,課税ベースが重複していることで,βに
外部性がある.中央政府は地方債の発行を操作する(起債制限を設定する)
ことで,地方債の水準D を適切に操作することは可能である.しかし,地
方債の上限を操作するだけでは最善解は実現できない.それでも,起債制限 を何らしない場合と比較すると,経済厚生を高めることはできる.
また,中央政府はβの所与とされた値に,第 2 期にもずっとコミットする
ことが最適ともいえなくなる.時間に関する不整合性の問題である.そして, 地方政府はソフトな予算制約に直面することになる.すなわち,地方政府が 第 1 期の支出や借り入れを増やすと,中央政府はレント獲得行動のあとで追 加的に補助金を出して,そのような支出拡大を支えようとする誘因をもつ. その結果,そのようなゲームでは地方政府は第 1 期の借り入れや支出を意図
的に拡大する強い誘因をもつ.もしGの限界評価が小さいか,あるいは,
先決変数であるβが小さすぎる場合,いい換えると(1−β>η)の不等式が
成立する場合,中央政府は追加の対応として,第 2 期に補助金をより多くだ そうとする.
の増加ももたらすから,第 2 期の地方政府の支出を補助金で支援するように なる.この第 2 の点は本稿の新しいルートである.
起債制限をかけない場合は,これら 2 つのルートがともに働く.ソフト予
算は常にkを刺激する.これは望ましい効果である.同時に,これはAも
追加支出させる.これ自体は望ましくない効果である.もし 1−β−η>0 で
あれば,経済厚生に与えるプラスの効果がマイナスの効果を上回って,全体 の経済厚生は増加する.
ここで,地方債について起債制限のあるゲームを想定してみよう.そこで のソフト予算ケースでは公共投資刺激効果は不確定となる.なぜなら,公債
発行によるルートは働かないからである.もし 1−β<ηであれば,ソフト
予算でも公共投資は刺激されず,経済厚生も増加しない.しかし,資本蓄積 が刺激されるかぎり,ソフト予算は望ましい.したがって,ソフト予算の経
済厚生上の含意は,これら 2 つのゲームで同じであり,それは,1−β−η
の符号に依存している.
6.2 起債による公共投資制約
ところで,公共投資のための財源にのみ公債の発行が当てられるケースを 検討しよう.地方債に場合,赤字地方債は例外的な対応であり,原則として 建設地方債しかその発行が認められていない.こうしたケースを分析するこ とは,わが国の政府間財政を理論的に解明する上で有益だろう.したがって, 追加の制約式として,以下の式を得る.
D=k
このとき,LG のゲームⅠでの第 2 段階での最適問題は,レントS
S=βY−g
を以下の制約のもとで最大化することである.
v(g) +δv(βY−(1 +r)k) =U (13.34)
βf' (k) = 1 +r (13.15)
kの水準は第 3 節のゲームと同じである.しかし,(13.16)式は必ずしも
成立しない.よって,地方公共支出の総額g+{1(1+r)}gは,基本ゲー
ムよりも大きくなり,経済厚生は基本ゲームよりも減少する.ソフトな予算 制約に関する主要な結果はそのまま当てはまる.
6.3 地方公共投資の波及効果
課税ベースが中央政府と地方政府で重複しているという垂直的な外部性は, ハードな予算制約において地方公共投資が過小になるという結果を得る際の キーとなる要因である.しかし,こうした垂直的な外部性を考慮しなくても, 上でのモデル分析と同様の結果を導出することは可能である.すなわち,垂 直的な外部性の代わりに,もし地方公共投資に地域を超える波及効果を想定 すると,同じような結果を得る.つまり,複数の地方政府を明示的に導入し て,各地方政府の行う公共事業に地域を超えた外部性があるとしよう.各地 方政府が勝手にその公共投資を決めている複数地方政府のケースで,波及効 果をもたらす公共投資は過小になる.この意味で,中央政府と地方政府間で の税収配分が先決のパラメータで与えられているという仮定は,本質的なも のではない.もし複数地方政府を明示的に導入したモデルで,地方公共投資 の波及効果を想定すれば,同じような分析的結果を得ることができる.
6.4 民間消費の考慮
本稿の理論モデルでは,これまで民間消費を明示的に考慮していなかった. もし民間消費を明示的に考慮するとすれば,家計の予算制約式は以下のよう になる.
c+ 1
1 +r c= (1−t)y
ここでc,cは第 1 期,第 2 期の民間消費,tは税率,またyは所得である.
ty=Y
と定義できるだろう.Yはkの増加関数であるから,yも税率一定のもとで
kの増加関数になる.よって,民間消費からの経済厚生は,kの増加関数に
なる.
第 4 節で示したように,もしkがソフトな予算制約の結果,増加すると
すれば,民間消費も増加するから,これは望ましい.したがって,民間消費 を明示したとしても,これまでの分析結果は定性的に当てはまる.いい換え ると,民間消費を考えなかったこれまでの理論分析は,単純化の想定として, それほどきついものとはいえない.
7
実証への応用
7.1 モデルの政策的な含意
本稿の理論モデルでは,理論的に中央政府から地方政府への補助金に関す るソフト予算制約を取り上げ,両政府間で課税ベースが重複することから生 じる垂直的な外部性を明示して,その効果を分析した.また,ソフト予算制 約のメリットとデメリットを明らかにするために,地方政府によるレント獲 得行動も考慮した.
上述の理論分析で示したように,中央政府の慈悲的な誘因のもとで,公債 の発行と公共投資という 2 つのルートでソフトな予算制約が生じる.第 1 に, 公債発行は第 1 期により多くの借り入れをするため,第 2 期の地方公共支出 が減少する.これは中央政府の公共支出の最適配分をゆがめて,補助金の追 加をもたらす(Goodspeed[2002]を参照).第 2 に,公共投資は中央政府の税 収増ももたらし,第 2 期に地方公共支出を増やすように,中央政府が補助金 を出す状況を作り出す.この第 2 のルートは本稿で新しく強調している点で ある.
債発行に対する起債制限のないケースではソフトな予算制約は 2 つのルート
がともに働くために,公共投資を刺激する効果をもつ.その場合,もしG
の限界評価が小さく,先決されている地方政府の税収配分比率βが低すぎる
場合(1−β>η),ソフトな予算の方が経済厚生を増加させる.また,公債発 行に起債制限のある場合は,公債発行によるソフト予算のルートは働かない. したがって,ソフトな予算でも必ずしも公共投資が促進されるとはいえず, ハードな予算制約よりも経済厚生が必ず改善するともいえない.ここでも,
経済厚生が改善するかどうかは,1−β−ηの符号に依存する.
起債制限のあるソフト予算は政府間財政から見ると,中央政府と地方政府 間でもっとも相互依存度の高いケースである.他方で,起債制限のないハー ド予算は政府間財政から見てもっとも独立性の高いケースである.地方分権 の程度は,後者の場合にもっとも高く,前者の場合にもっとも低くなってい る.垂直的な外部性など地方公共投資に波及効果のある場合には,これら 2 つの極端なケースは必ずしもよい結果をもたらすとはいえない.すなわち, 起債制限のない場合のソフト予算ケース(相対的に独立性のあるケース)の 方がハード予算のケースよりも,もし 1−β−η>0 であれば,経済厚生を高
める.起債制限のあるソフト予算の経済厚生上の含意は一般的に曖昧であり,
1−β−η>0 であれば起債制限のないハード予算の場合よりもよいかもしれ
ない.本稿での分析は,Gの限界評価と税収配分比率βが中央政府による
起債制限とソフト予算を評価する上で重要であることを示している.
7.2 数値解析
土居[2008]では,以上のモデル設定を前提に関数型を特定化することで, 具体的に日本経済に対応するパラメータの値を入れて,それぞれの解での各 変数の値を求めている.その結果は,内閣府 ESRI のホームページ掲載の図 表 1 と図表 2 に表されている.
さらに,公共投資の額を見ると,最善解での値は 18,629(単位は 10 億 円)だが,部分ゲーム完全均衡解では,46,573 に増加し,さらに中央政府 からの追加の財政移転があるケースでは最善解と同じ 18,629 となっている.
次に,割引要因δの値が変化すると,均衡解の値がどのように変化するか
を見よう.それは,図表 1 の 1 列目から 5 列目に示されている.これらを見
ると,δが大きくなるにつれて,1 期目の公共財供給よりも 2 期目の公共財
供給が重視されて,2 期目の公共財供給量が増えていることがわかる.ただ し,公共投資量には変化がない.
利子率が変化した場合は,図表 1 の 6 列目から 8 列目に示されている.こ
れらによると,利子率が高まるにつれて公共投資が増えるとともに,Sの値
が低下していることがわかる.
Yの値が変化した場合は,図表 1 の 9 列目から 10 列目に示されている.
これらによると,Yの値が高まるにつれて公共財供給量やSの値が増える
が,公共投資量は変化しないことがわかる.
公共投資の税収に及ぼす効果の関数に関するパラメータαの値が変化し
た場合は,図表 1 の 11 列目から 14 列目に示されている.これらによると,
公共投資の生産性αの値が 1 を下回る場合,公共投資量はほとんどゼロと
なる.これは,関数形から,公共投資を増やすことによって 2 期目の税収を
増やす効果が少ないために生じている現象であるといえる.αの値が 1 を上
回る場合,α=2 のベンチマークケースで公共投資量が多いものの,αが大
きくなるにつれて公共投資量が減っていることがわかる.これは,関数形か
ら,αの値が 1 を上回る場合,少しの公共投資で 2 期目の税収をより多く増
やすことができるようになることが反映した結果であるといえる.
Zの値が変化した場合は,図表 1 の 15 列目から 18 列目に示されている.
これらによると,前述のαの値のときと同様,Zの値が大きくなるにつれて,
少しの公共投資で 2 期目の税収をより多く増やすことができるようになるか ら,公共投資量が減ってくることがわかる.
図表 2 の 19 列目から 22 列目には,留保効用U の大きさが変化したとき
の結果を示している.これらによると,留保効用の値が高くなるにつれて,
Sの値が低下するが,公共投資量は変化しないことがわかる.
23 列目から 26 列目に示されている.これらによると,地方公共財の限界評
価の大きさに対応するθの値が高まるにつれて地方公共財の量が増えるが,
公共投資量は変化しないことがわかる.
これまでは,政府消費が中央政府より地方政府が多いことに基づいて,地
方公共財の限界評価の大きさに対応するθと中央政府公共財の限界評価の大
きさに対応するζの値を設定していたが,θの値よりもζの値の方が低い場
合の結果を示したのが,27 列目から 33 列目である.これらによると,ζの
値が相対的に低くなるほど,中央政府が供給する公共財の量が多くなること がわかる.しかし,いずれの場合でも,公共投資の値は変わらないことがわ かる.
7.3 実証分析の結果
Doi and Ihori[2002]の実証分析結果では,わが国では 1990 年代に公共投 資の生産性は低下した.それが 90 年代におけるマクロ経済低迷の 1 つの原 因でもある.本節の研究結果と合わせて考えると,実証的にも上で解明した ソフトな予算制約が結果として,過大な公共投資をもたらし,GDP の低迷 に結びついた可能性を示唆するものである.こうしたソフトな予算制約をも たらした政治経済学的な背景としては,地方における利益団体の活発なロ ビー活動が考えられる.90 年代に民間経済活動が低迷すると,そうした国 からの補助金を獲得するロビー活動の金銭的な便益は増加する.これが政治 的な圧力となって,この時期のソフトな予算制約を大きくさせたと考えられ る.
討した政治経済モデルと整合的である.このなかではまた,財政再建下の政 府債務の定常レベルが,時間選好率や公共事業の評価レベルの増加関数で, また利子率の減少関数であることも示されている.とくに,地方への補助金 の増加については,権益を求める政治活動が過渡期や債務が増加する時期に 活発化し,地方への補助金が増加する一方で,それ以外の一般歳出である全 国規模で便益が及ぶ公共サービスは減少する,ということが確認された.こ のような動きは,日本経済が経済成長の減速を経験した 1990 年代に実際に 見られた.
7.4 交付税の改革
土居[2008]や赤井・佐藤・山下[2003]で指摘しているように,わが国の地 方交付税には以下のような問題が指摘されている.すなわち,地方交付税の 存在を前提とすると,国が手当てする交付税の財源は全国の納税者が負担す るから,個々の地方政府やその地域住民にとって交付税を得るための追加的 な税負担はほとんど認識する必要がない.だから,現行制度下でより多く便 益を得るには,より多く交付税を得て,より多く行政サービスのために支出 すればよい.
交付税をより多く得るには,基準財政需要額がより多くなる「努力」をす るのが 1 つの方法である.つまり,基準財政需要額に算入される費目の支出 を増やすことである.そうすれば,基準財政需要額が多く算定され,財源不 足額が多くなり,より多く交付税を得られる.たとえば,地元経済では必要 ないが基準財政需要額に含まれる港湾の建設費を支出すれば,財源不足額は 増加する.だから,交付税を多く得るために,基準財政需要額に算入される 経費の調達費用を積極的に削減しない.逆にいえば,算入対象経費を削減し たら,その分基準財政需要額,ひいては交付税が減少してしまい,自治体の 収支はあまり改善しない.歳出削減を怠るインセンティブが地方交付税制度 に内在している.また,多くの地方政府が協力して基準財政需要の算定を拡 大するように,総務省を通じて,国に(あるいは与党の政治家に)強力に働 きかける誘因も生じる.
も阻害されてしまう.たとえば,地元経済を活性化する政策を自治体独自で 行って,その成果として(税率を引き上げなくても)税収が増えたとしよう. そうなれば,基準財政収入額の算定方法により,留保財源の分を除いた大半 の(標準税率によって課税された)増収分だけ,基準財政収入額が増えてし まう.基準財政需要額が変わらなければ,基準財政収入額が増えた分だけ, 財源不足額が減ってしまい,交付税は減額されてしまう.せっかく地元経済 を活性化して自然増収が増えて,自治体財政の収支が改善すると思いきや, 交付税の削減で帳消しにされてしまう.それでは,地元経済を活性化する努 力がそれだけ阻害されてしまう.
つまり,地方自治体は不必要な支出をやめたり,地元経済を活性化して税 収を増やしたりする政策努力を怠り,交付税に依存し続けようとする.この ようなインセンティブが働くことは,現行制度が建前として想定しているこ とではない.しかし,制度に内在する動機づけが経済合理性から見て上述の とおりであるから,これはモラル・ハザードが生じている状況といえよう. 地方交付税制度は,財源保障機能という制度の根幹にかかわる部分そのも のの理由でモラル・ハザード現象をもたらしており,財政の最適規模と無関 係に地方政府の政治的圧力を配慮して交付額が決定されるなどの欠陥が生じ ている.多少地方交付税制度を多少改善しても,自治体の歪んだインセン ティブは是正できない.基準財政需要額や基準財政収入額の決定方式自体に 財源保障機能という欠陥が内在している以上,この欠陥を解消するには,現 行制度を清算した方が早道である.
このように,わが国の財政制度のもとでは,国から地方へ地方譲与税,地 方交付税,国庫支出金の形で財政移転が行われる.この財政移転による地域 間所得再分配の度合いは他の先進国よりも大きく,わが国の国家財政の役割 として,地域間所得再分配の機能が大きいことが 1 つの特徴となっている. これを政治的な観点から見ると,各地域から選出される国会議員は,より多 くの財政移転を得ることが重要だと認識して,閣僚や中央官僚に彼らの地域 により多く財政移転を分配するように主張する.彼らが再選するためには, 財政移転の形をとった特定地域に限定した既得権益や公共事業といった国か らの分配が重要であるからである.
ンセンティブをもつように制度設計することが必要である.公共事業の新し い再評価システムによって効率性や透明性を追求することは,基準財政需要 の算定基準を透明化して,地方の既得権益を抑制するために重要である.ま た,地方政府ができるだけ独自に集める税収で財政運営できるように地方交 付税制度の再構築することは,ソフトな予算制約を解決する為には重要なこ とである.
8
地方債の考え方
地方債許可制度は 2005 年度をもって廃止され,2006 年度より協議制度に 移行した.協議制度のもとでは地方公共団体は総務大臣(都道府県の場合), または都道府県知事(市町村の場合)の同意を得なくても,その旨を事前に 議会へ報告すれば地方債を発行できる.このように,地方政府が歳入,歳出 の両面で自主権をもつと,地方政府も今まで以上に財政赤字を出すことがで きる.この財政赤字は,地方政府の債券である地方債の発行で賄われる.地 方政府の予算制約に何らかの制約が課されていないと,支出面では増加傾向, 課税面では減少傾向のバイアスがかかるだろう.地方債をどんどん発行する と,現在の住民が将来の住民の負担にただ乗りすることになる.
これに対する 1 つの政策的対応は,地方債の発行に対する中央政府からの
制度的な規制(=起債制限)であろう.もちろん,市場メカニズムが完全で
あれば,そのような規制がなくても,各地方政府が発行する地方債に対する 資本市場での格付けの評価を通じて,この問題が処理される.財政規律の甘 い地方の発行する地方債は,高い金利でないと消化されなくなる.しかし, 現実には,地方債の格付けに関する資本市場での機能は完全ではないし,ソ フトな予算制約の結果最終的な負担者が中央政府になるケースも多い.とす れば,中央政府による何らかの起債制限も必要となる.
らかの起債制限が必要になる.
ところで,地方債発行の自由度をどこまで認めるかは,地方財政制度設計 のポイントである.わが国だけでなく,一般的に,多くの国で財政力のある 自治体(大きな地方政府)では,地方債の発行条件は緩やかであり,同時に そうした自治体は地方政府間の移転では移転の出し手になっている.これに 対して,財政力のない自治体(小さな地方政府)では,地方債の発行条件は 厳しいし,その上限が設定されていることが多い.また,そうした自治体は, 地方政府間の移転で受け取り手になっている.こうした状況は,地域間再分 配政策の 1 つのやり方として解釈することができるだろう.
すなわち,どの地方政府が経済的に恵まれているのか,そうでないかの情 報が中央政府にとって完全にわかっているケースでは,中央政府による直接 の(一括固定税と補助金を組み合わせた)地域間再分配政策が有効である. しかし,情報が不完全のケースでは,結果としての経済状態を見るだけでは, その地方自治体に本当に経済力があるのかないのかを識別するのは困難であ る.事後的な財政状態,経済状態は識別できても,それが本来の財政力,経 済力の差による結果なのか,あるいは,当該自治体があまり財政努力,経済 活性化の努力をしなかったことの結果なのかを,識別することは,中央政府 にとって困難である.
したがって,本来は経済力,財政力がある自治体でも,中央政府からの移 転を当てにして,まじめに経済活性化の努力をしないで経済力,財政力のな い自治体にとどまろうとするかもしれない.その地方自治体の本当の(潜在 的)実力は,中央政府にとって不完全な情報である.こうしたケースでは, 次善の策として中央政府による地方債発行制約が有効となる.
たとえば,中央政府が移転支出で支援する見返りに,地方債の発行条件を 厳しく設定するとしよう.逆に,地方債を自由に発行できる自治体には,地 方債の発行条件を自由にする見返りに中央政府が税金を徴収する.中央政府 はこうして得た税金を,地方債の発行条件を厳しくした自治体への補助金に 回す.