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帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2005年 1月号

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Academic year: 2018

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− 4 − − 5 −

は じ め に

 本校では、1年次に全員が世界史Aを学習して

いる。最初のうちは、膨大な言葉の暗記や国と国 とのつながりにとまどっていた生徒も、様々なエ ピソードや実物教材で興味を引きながら授業を進

めていくと、やがては「歴史は丸暗記ではなく理 解だ!」と考えるようになってくれる。

しかし、第二次世界大戦後、冷戦が始ま ったあたりから生徒の反応は微妙に変化 してくる。多くの生徒が現代史に興味を

持っていないのである。生徒にとって、 歴史というものは過去のことであり、現 在へのつながりは感じていない。つまり

自分たちが生きている‘今’が歴史の1 ページになるという実感がないのである。

そのような中で、現代史、とくに東南ア ジアの独立後の過程を学習することは、 非常に困難である。

 そこで、現代の情勢をスタートにして、 どうしてそのような状況になったのかを

過去の歴史の流れから考察させ、そして 再び現代を考察し直すという授業を実施

することにした。東南アジア全体を考えるとどう

しても複雑になって理解が難しくなるので、一つ の国に絞って行った。ここでは、「インドネシア」 を題材とした授業を紹介したい。

導  入

 まず、「世界で一番新しい国はどこか」と発問 する。高校1年生である。なかなか答えが出てこ ない。様々なヒント(インドネシアから独立した

など)を出したがわからず、結局正解をこちらが 言って、東ティモールの場所を「最新世界史図説

タペストリー 初訂版」(以下図説と表示)で探す

こととなった。次いで、東ティモールがインドネ シア領になる前は何領だったのかを問うてみた。

多くの生徒が「オランダ」と答えた。恐らく彼ら の頭の中にはオランダ領東インドが浮かんでいる のだろうが、それを否定すると生徒は図説を調べ

始めた。

 やがて生徒は「ポルトガル」が正解であると気 づく。次に、「インドネシアがオランダ領になる 前はどのような状況であったのか」と尋ねる。生

徒の反応はほとんどない。彼らは、インドネシア に対して“第二次世界大戦後独立した発展途上国”

という認識程度しか持っていなかったに違いない。 そこで、東南アジア史を古代から「インドネシア」 に焦点を当てて、眺めるという作業を行う必要が

生じてくるのである。

アジア諸国の独立後の課題−インドネシアを中心に−

福岡県立小倉東高等学校

  田 早 奈 恵

1768∼71 クックの探検

0° 中華民国

仏領 インドシナ

日本 アメリカ合衆国

カ ナ ダ 連 邦

オ ー ス ト ラ リ ア ロシア帝国

オランダ領東インド シャム

ニュージーランド タスマニア島

小笠原諸島 千島列島

グアム島 太 平 洋

南洋諸島

1920ニュージー ランド(委任) 1920オーストラリア

(委任)

パラオ諸島

カロリン諸島 コマンドル諸島

ニューカレドニア島 クック諸島 マーシャル諸島

ハワイ諸島 ウェーク島

マルケサス諸島 サモア諸島

フィジー諸島

クリスマス島 ギルバート諸島

トンガ諸島 ナウル島

エリス諸島 ジョンストン島 ミッドウェー諸島

パルミラ島

フェニックス諸島

英・オーストラリア・ ニュージーランド(委任)

サンタクルズ諸島 ニューヘブリディーズ諸島

タヒチ島 トゥアモトゥ諸島 ビスマルク諸島

1884[独]

南鳥島

パプア

シドニー

オークランド 東京

奉天 大連

京城

上海

香港 マカオ

広州

マニラ

シンガポール

バタヴィア 厦門 南京 北京

天津

ハバロフスク ヴァンクーヴァー

スワード

ウラジオストク チタ

ウェリントン メルボルン

イギリス[英] フランス[仏] ドイツ[独] オランダ[蘭] アメリカ[米] ロシア[露] アメリカの進出方向 ロシアの進出方向 日本の進出方向

クックの探検ルート

赤文字 1914∼44年の所属

ビルマ

沖縄 外モンゴル 満州

朝鮮

西サモア1899[独]

東サモア ジャワ

セレベス ボルネオ サラワク

スマトラ

台湾

アラスカ

樺太

ニューギニア 南 西 諸 島

0 2000km

日本(委任)

1840[英] 1907[自治領]

1912 1595[日本人が発見]

1875[日本]

1898[米] 1920

1899[独]

1899[独]

1853[仏] 1788∼[英の流刑植民地]

1901[自治領]

1825

1885[独]

オアフ島 1898[米]

1889[米]

1842[仏] ソロモン諸島

1899[英] 1884

1892[英]

1892[英] [米]

1899[英] 1867[米]

1897[米]

1889[英] [独]

1906[仏]1906[英]

1842[仏] 1858[仏] [日本]

1879[日本]

フィリピン 1898[米]

ティモール [葡]

1895[日本] 1875[日本]

1910[日本] 1905[日本]

[英] [葡]

1899[米] マリアナ諸島

1920日本 (委任)

[英]

サンフランシスコ 1867[米]

ア リ ュ ー シ ャ ン 列 島

⑤太平洋の分割

(2)

− 6 − − 7 −

展   開

1.インドネシアの歴史

 インドネシアの歴史といっても、詳しく説明す

ると時間が足りない。そこで、図説の世紀ごとの 地図である「世界全図で見る世界史」を利用して、 歴史を概観させる。

 まず、前2∼前1世紀頃の地図を見せる。東南 アジア自体に国家らしきものはないが、インドか

らマレー半島あたりまで海上交易路が発達してお り、インドではすでに仏教が成立していたことを 補足すれば、交易路を通って仏教が伝播したこと

が容易に想像できる。その後、ヒンドゥー教が伝 播し、地図にはないが、4世紀頃にはインドネシ

アではヒンドゥー教を奉ずるインド型の初期国家 が誕生したことを紹介する。7世紀の地図ではシ ュリーヴィジャヤ王国を確認させる。この国は大

乗仏教を奉じ、海上貿易で栄えたことを説明する。 また、中国から渡印した唐僧の義浄が途中でこの 国に立ち寄ったことなどを付け加えると、今まで

遠く感じていたインドネシアが急に身近に思えて くるようである。8∼9世紀の地図ではシャイレ

ーンドラ朝を確認させ、この国が建造した世界遺 産のボロブドゥール寺院を紹介する。14世紀の世 界では、ジャワ島最後のヒンドゥー教国であるマ

ジャパヒト王国を確認させ、その後、16世紀には 中部ジャワにイスラームを奉じるマタラム王国が

隆盛を誇ったことを紹介する。

 ここで、16世紀という時代が、ヨーロッパはい わゆる大航海時代であったこと指摘する(1492年

に、コロンブスがアメリカに到達したというエピ ソードを紹介すれば、生徒は容易に理解できる)。 東南アジアが香辛料の一大生産地であったため、

マタラム王国は、しだいに香辛料を求めてやって きたオランダに駆遂されて、ついに20世紀初頭に

は“オランダ領東インド”という植民地になって しまったことを理解させる。

 ここまでの作業で、生徒はインドネシアの王朝

の交替やそのたびに国の宗教もめまぐるしく変化 していったことなどを理解することができたよう

である。そして、それらの国がオランダやポルト

ガルなどのヨーロッパ勢力によって一方的に侵略 され、結局植民地になってしまったことを実感で きたようである。また、オランダが導入した悪名

高い強制栽培制度を紹介すると、植民地になると いうことがどれだけ現地の住民の生活を脅かすも のであるかおぼろげながらわかっていくのである。

2.独立運動とインドネシア共和国の成立  オランダの植民地になると同時に、インドネシ

アの人々は独立運動を始めたが、オランダからは 容赦のない弾圧があったこと、その弾圧された 人々の中に後のインドネシア初代大統領スカルノ

がいたことを説明する。またスカルノたちは、第 二次世界大戦に際しては、太平洋戦争遂行のため、

インドネシアの資源・人材を必要としていた日本 軍と戦後独立の約束を交わし、協力関係を築いた が、同時に日本によって食料強制徴用・強制労働

などの暴政が行われたことも理解させる。  第二次世界大戦後、スカルノによってインドネ シアの独立が宣言されたものの、再支配をめざす

オランダとの独立戦争を経て1949年に完全独立を 果たしたことを説明する。

3.独立後の課題

 ここで、ようやくインドネシアの現代に戻って くる。独立後のインドネシアにどのような課題が

あったのか、国内の民主主義は成長したのか、複 雑な国際関係の中で、インドネシアは独立を確固

たるものにしていけたかを考察させる。

 これまで行ってきた作業の中から、生徒が考え たインドネシアの課題は、「インドネシアが多数

の異なる言語や文化・宗教を持っていること」そ して、「その多様なインドネシアをどのように一 つにまとめていくか」というものであった。その

他にも、それまでの植民地支配の中で独自の発展 を抑制されていたため、石油生産やプランテーシ

ョンは、外国資本に握られたままであったことを 指摘すると、その深刻さが理解できたようであっ た。

(3)

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 独立を達成したインドネシアは、1955年にアジ

ア・アフリカ会議を主催するなど外交の根幹に、 反帝国・半植民地主義を掲げていた。しかし、1950 年代は、冷戦がアジアにも波及しており、独立し

たばかりのインドネシアは有効な外交政策を実施 することができなかったことを説明する。初代大

統領となったスカルノは、上記の課題を克服する ために自らの権限を強化するという「指導民主主 義」という体制をとり、スカルノ・国軍・共産党

という三つの政治勢力を権力基盤として、社会主 義陣営に接近し、産業の国有化・外国資本の接収 などを行った。しかし、これにより経済が破綻し、

国際的にも孤立していったことを説明する。1968 年にスカルノにかわって大統領となったスハルト

が、スカルノとは反対の反共政策をとり、積極的 に外国資本を導入し、他のアジア諸国とともにめ ざましい経済発展を遂げた。東ティモールを27番

目の州として併合したのも彼の時代である。しか し、1997年の金融危機の際、華人への反発などか

ら暴動がおこり、スハルト独裁体制が崩壊したこ

とを説明する。この時、インドネシアの経済にお いて、華人が多大な影響力を持っていたことを補 足しておく。一方、導入で触れたように、2002年

には東ティモールが独立し、またアチェの分離運 動やキリスト教徒とイスラームとの抗争で多くの 死者が出るなど、その複雑な民族構成から、イン

ドネシアからの分離・独立を要求する動きも激化 していることも説明する。

ま  と  め

 2004年9月にはユドヨノ氏が大統領に選ばれた。

小政党出身のユドヨノ大統領がインドネシアの民 主化を確かなものにすることになるのか、それと

も改革がつまずいて国民の失望を買い、再び権威 主義の政治の復活となるのか。新政権の前には政 治・経済面で多くの困難が立ちはかだっているこ

とを指摘する。

最  後  に

 このように、インドネシアの歴史をたどってみ ると、植民地であった国が独立し、政治的にも経

済的にも自立することがいかに難しいかを痛感す る。生徒の一人から「こんなに民族・宗教・文化 が複雑な所なのだから、一つの国になること自体

が無理だ」という発言があったが、これには多く の意見が出た。確かに、現状を見る限りではそう

かもしれない。しかし、だからこそインドネシア の人々が様々な地域から伝播してくる文化や宗教 を柔軟に受け入れてきた歴史を見てほしい。民族

が異なっていても共存していたのである。一方的 な植民地支配がそのバランスを崩してしまったと は言えないだろうか。この授業は、1時間程度の

予定で考えたものであったが、実際には2時間も 費やしてしまった。しかし、今回の授業で生徒は、

歴史は過去のものではなく、現在につながってい るものなのだということを少しだけ実感してくれ たようである。不十分な点も多々あると思うが、

ご意見ご批判をいただければ幸いである。 民

主 化 の 代 発 独 裁 の 代

独 立 冷 戦 の 代

戦後の東南アジア・台湾の動き

p.231

1945 インドネシア共和国成立(スカルノ大統領) ヴェトナム民主共和国成立(ホー=チ=ミン国家主席) 46 フィリピン共和国成立,インドシナ戦争勃発(∼54) 48 ビルマ連邦共和国成立

49 オランダ,インドネシアの独立を承認 中華民国国民政府,台湾へ(蔣 石総統独裁) 54 ュネーヴ休戦協定でインドシナ 国の独立承認 55 アジア=アフリカ会議 催(インドネシア,バンドン) 63 レーシア連邦成立(65 シンガポール共和国が分離) 65 ヴェトナム戦争勃発(∼ 5)

インドネシア,九・三〇事件 スハルト独裁政権成立 ィリピン,マルコス 大統領就任→独裁政権成立 67 東南アジア諸国連合(ASEAN)立

(タイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・    ルネイ〔1984 ・ヴェトナム〔1995 ・ミャンマー〔1997 ・

ラオス〔1997 カンボジア〔1999 )

68 インドネシア,スハルト 大統領就任 反共路線を推進 1 華民国,国連追放

5インドシナ 国の親米政権が解体

ンボジア,プノンペン陥落,ポル ト派が実権にぎる 民主カンプチア,ヴェトナム社会主義共和国が成立( 6) インドネシアが東ティモールに軍事侵攻

9カンボジア内戦(∼91)

86 ィリピン,マルコス政権崩壊→アキノ政権成立(現,アロヨ政権) ェトナム,ドイモイ(刷新)政策 択

88 ルマ,軍事クーデタ勃発(89 ビルマ,ミャンマー改称) アウンサン ーチーの民主化運動

90 台湾民主化,李登輝 総統に就任 92 イ,民主化運動

97 アジア通貨危機

98 インドネシア,スハルト政権崩壊→ハビビ政権成立 00 台湾,陳水扁が総統に就任

1 インドネシア,メガワティ(スカルノの娘)政権成立 2 ティモール独立

p.239∼240

p.239

p.244 ょう き

⑧スカルノ

⑪李登輝リートンホイり とう き

⑩ポル=ポト

⑨マルコス

参照

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