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No.68(2016.03.31発行) 兵庫医科大学|会報

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目   次

1.会長より会員の皆様へ    2 2.医師会会長を経験して    4 3.医師会会長就任のご挨拶    6 4.准教授・講師就任のご挨拶    9 5.第6回緑樹会学術セミナー報告   15 6.支部たより   16

 7.同期会だより   20  8.OB会たより   22  9.会員数珠つなぎ   25 10.研修医1年目を終えて   27 11.全国私立医科大学同窓会連絡会   28

  編集後記   39

森村茂樹先生 生誕100年メモリアル(平成27年11月22日リーガロイヤルホテル大阪にて)

緑樹会

会報

No.

68

2016.3.31

(2)

1.会長より会員の皆様へ

緑樹会会長

石 藏 礼 一

(昭和57年卒業)

 春陽の候、皆様におかれましては益々 ご健勝のこととお慶び申し上げます。  兵庫医大を創立された森村茂樹先生は 今年の3月21日で生誕100歳です。  昨年11月22日兵庫医科大学創立記念 日に森村茂樹先生生誕100年メモリアル とホームカミングデイが併催されました。  この日は緑樹会会長として参加者の皆 様にお話させて頂く機会を頂きました。  少し長いですが、この時お話した内容 を書かせて頂き、本誌のご挨拶とさせて いただきたいと思います。

 兵庫医科大学は1972年に開学しまし た。既に兵庫医大も創立43年です。  緑樹会は1979年に発足しました。2 年後同窓会誌も創刊されました。緑樹会 という名前は、森村茂樹先生のお母様で ある豊様が、武庫川河畔の松並木と兵庫 医大のスクールカラーの緑と森村茂樹先 生の一字を取ってネーミングされました。 1983年同窓会誌から緑樹会の名前が用 いられていす。

 同窓生は1期生が昭和53年に卒業し、 昨年は38期生が卒業しました。現在同 窓生は総勢3,875名となっています。卒 業生は母校の教授、他校の教授、各地域 での医師会長などに就任され多くの場所 で活躍されています。森村先生もこのよ うに活躍されている卒業生の皆様を見ら れたら、きっと喜ばれると思います。  森村先生が私達卒業生に対しての気持 ちが強く伝わるものとして、1期生の卒 業式における森村先生のお言葉がありま

す。「自分がこれだけ努力したのだ、自 分は自分の後輩のために、この職場、こ の領域に、これだけの成果を残したいと 悔いの残らない生き方をしてもらいた い。また 勤務中腹の立つこと、自分を 認めてくれない、仕事をしようとしても 機会がない、または忙しすぎる 色々な 不満が渦巻いていても 諸君には踏みと どまって頑張ってもらいたい。その結果、 困った事があったら、何年先であっても、 諸君は本学の卒業生でありますから相談 に来て下されば良いと思います。」この 言葉は、「母校はいつでも卒業生を暖か く迎えます。」のメッセージだと思います。  第26回全国私学医学部同窓会連絡会 の特別講演で、神戸女学院大学フランス 語科名誉教授の内田樹先生が「医療と教 育」のテーマで講演されました。神戸女 学院は銀行から融資を受けようとした折、 古い校舎を壊して新築校舎を建てる事を 勧められたそうです。しかし、大学は校 舎の保存を決めたそうです。ご存知のよ うに、その後ヴォーリズによる校舎は国 の重要文化財となりました。ここで大切 なのは校舎が文化財であることではなく、 変わらぬ校舎が神戸女学院出身者の帰属 意識、母校愛の強さの源となっている事 です。

(3)

る意味、灯台と同じ役割があります。今、 自分はどのような立場なのかふと自分が 見えなくなる時、母校を訪れ学生時代を 思い出すことで、現在の自分を冷静に照 らして見る事ができます。また、どれだ け頑張って生きてきたかも見える様にな ります。

 新教育研究棟が完成すると、兵庫医大 には創立以来の建物は残らないことにな ります。1号館も老朽化し、10年後に 新病院をたてる計画があります。患者さ んのため、最新鋭の検査機器や治療機器 を備えた病院は必要です。しかしながら、 どこかに卒業後も変わらない母校がある ことは、帰属意識や母校愛を育てるのに 重要だと思います。

 以前、兵庫医大には赤い屋根の旧森村 邸がありました。そこは、ゲストハウス として職員や学生のコンパなどに使われ ていました。もし、旧森村邸が残ってい れば、この建物は同窓生にとってのシン ボルになったかもしれません。

 現在、建設中の新教育研究棟内には兵 庫医大アーカイブ室設置が予定されてい ます。今後はこのアーカイブ室が「変わ らぬ母校」の働きを担えたらと思ってお りますが、これには皆様同窓生のご支持、 ご支援が必要です。ご協力のほどどうぞ よろしくお願いいたします。

 飲水思源は「井戸の水を飲む際には、 井戸を掘った人の苦労を思え」という意 味でよく使われます。卒業生にもほとん ど知られていないことと思いますが、文 部省のからの兵庫医大医科大学設立認可 が1年延期されました。 森村先生は招 聘した先生方や職員の皆様への給与を支 払うため銀行に追加融資を求めました。 しかし、銀行は大学設立が微妙だと判断 し 法人として新たな融資を認めなかっ たのです。そのため森村先生が個人名義

で借金する事になりました。森村家は現 在も数億円に及ぶ借金返済を続けていま す。森村先生個人名義からの融資が無け れば、兵庫医科大学の設立はできなかっ たかもしれません。私はこの兵庫医大が 無ければ医師に成れなかったと思ってお ります。私と同じように感じている同窓 生も決して少なくはないと思います。森 村茂樹先生がどれほど苦労してこの大学 を設立されたかを 

 我々卒業生は常に心に留めておくべき だと思います。

 森村茂樹先生は建学の精神として「社 会の福祉への奉仕」「人間への深い愛」 「人間への幅の広い科学的理解」の3つ

を挙げられました。

 我々卒業生はこの建学の精神を引き継 ぎ、実践して行かねばなりません。  森村先生の思いを大切に、卒業生をい つでも暖かく迎える母校にできるよう、 今後も、緑樹会は兵庫医大生、卒業生、 大学に大きく関わり、それぞれの発展に 寄与する存在になって行きたいと考えて います。

 今年度も皆様にとって、健康で実り多 き一年となりますように。

(4)

2.医師会会長を経験して

木 下   隆 弘

(昭和55年卒業)

    大阪市此花区医師会会長就任に際して

 ここ此花区は大阪市の人口約266万人 のうち、現在約66,000人の地区で、西側 は大阪湾に面し、南北には安治川、淀川 が流れており、それらに囲まれた水利豊 かな街として古くから発展してきました。 市内でも屈指?の人口の少ない、こじん まりした区ですが、夢洲、舞洲など埋め 立て地域を含めると大阪市24区中第2 位の面積を誇っており、ユニバーサルス タジオ・ジャパン(USJ)、阪神高速淀川 左岸線の建設に合わせた都市公園の整備、 また西九条駅から難波に直結する阪神電 車西大阪線も完成しており、今後さらに 発展していく予感を抱かせる魅力ある街 だと思っております。

 そんな街で平成9年より縁あってここ 此花区で医療に携わってきました。直ち に医師会理事として、また副会長を7年 間務めさせて頂いた後、平成24年度より 大阪市此花区医師会長を拝命し、早いも ので2期4年目を終えようとしております。  会長になりまず感じたことは医師会と は?との疑問でした。勿論その大きな目 的の一つは学術団体であるべし、ですが、 やはり我々医療に携わる者にとって、そ の地域住民の健康への意識に対する啓発 活動も大きな役割であると思います。そ んなの当たり前でしょ、と思われると思 いますが、それが意外と難しい。区内で も実に多くの会議、連絡協議会が開か れており、それぞれ話し合うテーマは違 いますが、この此花区を、より発展させ るためにと真剣に取り組んでおられます。 医師会も一団体としてこのような会に出 席させて頂いておりますが、しかし当初 はこういった活動に医師会としてどう係 わっていけばいいのか?医師会の立場が 今一つ不明確な様な気がしてなりません でした。逆に各団体の皆様も医師会とは 何をしている団体なのか、あまり知らな いのではとの印象でした。各団体、区民

(5)

井 石   聡

(平成56年卒業)

   大阪市西淀川区医師会長を経験して

 平成22年4月より平成27年6月まで 大阪西淀川区の医師会長を務め、現在は 監事をしております井石聡と申します。 昭和56年卒業後に整形外科教室に入局 し、明和病院や佐用共立病院、千船病院、 市立宝塚病院等を勤務し、平成3年に大 阪市西淀川区で開業しました。

 この度、石藏会長から「医師会長を経 験して」とのテーマを仰せつかり、僭越 ながら同門の諸先生方に経験談を書かせ て頂く事となりました。

 西淀川区は大阪市に属していますが、 東は尼崎市、西は淀川で区切られている 事から、ある意味離れ小島という特徴が あります。よって患者動向では他区への 流出が無く、区内完結型であります。西 淀川医師会圏内には5つの中規模総合病 院と、57の診療所があり、会員数は151 名(A会 員63名、B会 員88名 )、 兵 庫 医 大卒の先生も22名おられます。小さな 医師会ですが公害地区であったことから、 全国的にも珍しい、公立ならぬ「医師会 立」公害医療センターを運営していま す。その他にも学校保健法における内科 校医を置かず、医師会による集団校医制 をとっている特徴もあります。現在は在

(6)

 静岡県眼科医会会長に就任して

 卒業して37年が経ち、この原稿依頼を 機に昔のことを思い出してみました。小 生は2期生で、入学した当初は全校で も200人位しかおらず、全員顔見知りで、 創立間もない大学を盛り上げようという 仲間意識がありました。部活も部員の足 りない時には皆掛け持ちで頑張っていま した。小生は山岳部に所属し、年間約 60日活動。学生課の宮崎貞三さんが大 阪山岳会に所属しておられ、山の基礎を 教えていただきました。当時の文部省全 国大学山岳部リーダー研修合宿にも春夏 冬と参加し、最上級クラスで修了。その 時医学生は小生だけでした。残念ながら 山岳部はなくなってしまいましたが、兵 庫医大が現在のように大きくなり、関西 私学の名門として地域医療を担っている ことは、卒業生として大変うれしい限り です。大学卒業後、兵庫医大の麻酔科で 研修した後、実家近くの京大眼科に入局 しました。大津日赤勤務を経て、昭和57 年4月静岡県の島田市民病院に赴任しま した。東海大地震の恐怖がマスコミでも 大きく取り上げられていた矢先でしたが、 静岡=富士山のイメージしか持たず、2 〜3年の腰掛のつもりでした。京都生ま れの私にとって静岡の地はとても住みや すく、島田市民病院に8年、静岡県立総 合病院に7年間勤務し、平成9年に静岡

市で開業しました。静岡市医師会理事、 静岡県眼科医会副会長を経て、平成26 年4月から会長に就任しました。会員は 現在約300人です。静岡県は日本列島の 真ん中で、東西の大学医局がぶつかる所 ですが、大学派閥に関係なく開業医を中 心とした眼科医会主催の勉強会や学術講 演会が盛んで、アカデミックに活動して います。来静した直後は、地震が怖くて 防災リュックを枕元に用意していたので すが、ずっと住んでいるといつしか地震 の恐怖を忘れていました。阪神淡路大震 災、東日本大震災のあと県民の防災気運 を高め、視覚障害者のための防災ベスト や災害時点眼薬リスト配布など災害時医 療に特に力を入れて取り組んでいます。 アイバンク活動も全国献眼率1位を誇り、 開業医、勤務医が協力して365日24時間 体制で年間約140例の眼球摘出に当たっ ています。静岡人となって34年、眼科医 として育ててくれた第二の故郷に少しで も恩返しできたらと朝夕富士山を眺めな がら思っています。

静岡県眼科医会会長 静岡市眼科医会会長 イイダ眼科医院院長 兵庫医科大学2期生

3.医師会会長就任のご挨拶

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盛   隆 興

(昭和57年卒業)

  徳島県眼科医会会長就任に際して

 皆様、こんにちは。私は昭和57年に 卒業し、兵庫医大眼科学教室で下奥仁教 授に教えを受け、平成6年に父の後を継 いで徳島に戻るまでのほとんどの期間を 大学で過ごしました。開業後は、積極的 に医会活動、医師会活動に参加し、平成 27年4月より、徳島県眼科医会会長を 拝命しました。

 徳島県眼科医会は、昭和8年に発足し、 平成25年には創立80周年を迎えた非常 に歴史ある医会で、これまで私を含めて 9人の会長が就任しています。

 徳島県は人口あたりの医師数が多いこ とで知られています(人口10万対医師数 全国第2位)が、眼科も例外ではありま せん。徳島県は人口76万人、病院眼科が 17件、眼科開業医が38件そのうち28件 (開業医の7割強)が手術設備を擁して います。徳島県眼科医会会員数は104名 (平成27年12月現在)と少数ですが、人 口あたりの眼科医療機関が多いため競争 が厳しく、県眼科医会会長の重要な仕事 の一つは会員の和を保つことです。そこ で会員相互の情報共有化と協調を保つた めに眼科医会メーリングリストを立ち上 げ、その加入率は99%と全国トップクラ スです。メーリングリストは、学会・医

療保険・薬剤情報・公的病院の外来情 報・大学忘年会のお知らせ・理事会資料 の配布・色覚検査等の学校保健資料配 布・時には保健所の立ち入り検査情報な ど、多岐にわたりフル活用しています。 平成27年には徳島眼科女性医師を支援す る会「眉美会」を立ち上げ、働く眼科女 性医師のサポートも開始しました。  徳島県には四国で最も歴史のある医学 部、徳島大学があり、県内全ての病院眼 科は徳島大学眼科医局から派遣され、開 業医の半数以上が徳島大学医局出身です。 そのため、医会は大学と緊密に連絡を取 りお互いに協力していく必要があります。 私は徳島大学眼科医局出身でないために 苦労が多いのですが、幸い徳大眼科の三 田村教授をはじめ、すべての先生方と密 に交流させて頂いています。医師は、好 むと好まざるとにかかわらず卒業大学の 名前を背負って仕事をしなければならず、 私は兵庫医大出身の会長として、その名 前を汚すことのないよう努力していく所 存です。

(8)

  滋賀県眼科医会会長就任に際して

 昭和59年3月卒業後6月に母校の眼科 に入局しました駒井潔です。滋賀県大津 市で父の診療所を平成5年2月に継承し ました。平成9年滋賀県眼科医会理事、 14年日本眼科医会予備代議員、18年滋賀 県眼科医会副会長、日本眼科医会代議員、 24年4月より現職で、2期4年が経とう としています。先の会長選挙で次期2年 も会長を拝命いたしました。眼科医会会 長の他、社保・労災審査員、滋賀県医師 会代議員も拝命しておりますが、何かの 間違いで、28年度より2期4年間、日本 眼科医会理事が内定しています。  滋賀県眼科医会は法人格を持つ組織で なく、また全会員合わせて140名前後の 一地方弱小眼科医会です。眼科医会事務 局は原則として会長宅に置くことになっ ています。会長とは名ばかりで、私は滋 賀県眼科医会事務局の一人事務長です。 日本眼科医会、近畿眼科医会連絡協議会、 大津市医師会、滋賀県医師会などの会議 への出席は勿論ですが、診療の合間に各 方面から送られてくるメールの処理、各 種講演会の企画や眼科専門医単位申請の ための書類の作成、異動届の処理、会員 等へ資料配布のための封筒貼り、その他 雑用。近隣の滋賀医大、京大関連の大津 赤十字病院、京府医関連の大津市民病院 や済生会滋賀県病院にご指導いただきな がら、細々と臨床を継続しています。  医局に所属しておりました頃は、何も かもがアナログの時代。実験、データの 整理・解析、学会発表のスライドもすべ て自らの手作りでした。論文はやっと 「ワープロ」でした。世間を騒がせた「コ

ピペ」等、想像すらできない時代でした。 しかし、現在は講演会や講義にp.p.tを用 いることは当たり前で、新米眼科医の愚 息に教えてもらいながら見易い映像を、 動画を混ぜながら四苦八苦して作ってお ります。(講演は読み原稿なしに口八丁 手八丁で何とかなりますが、つい時間が オーバーしてしまう傾向にあります。)   

 さて、眼科医会では、現在、診療報酬 に関した問題(改訂のたびに眼科が目の 敵にされています)とコンタクトレンズに よる眼障害及びインターネットなどの眼 科医の手を介しない(眼科医の診察を受 けない)コンタクトレンズの販売の話題 が中心です。特におしゃれ用カラーコン タクトレンズによる眼障害は増加しており、 厚生労働省的には高度管理医療機器に分 類されるものの、経済産業省的には普通 の物品販売の認識としか思えません。実際、 眼障害を発症した患者(ほとんどが女子 学生)は、受診してカラーコンタクトが原 因と判っても装着をやめようとはしませ ん。スマホやインターネットの画面ですぐ におしゃれ用カラーコンタクトレンズのサ イトが開くのに、眼障害のサイトは探して もなかなか見つかりません。幸い、滋賀 県では重症例に遭遇することは稀で、眼 障害の説明に真摯に耳を傾けおしゃれ用 カラーコンタクトレンズの装着を止めてく れる人も結構います。

 ところで、スーパーローテートによる 医局制度の崩壊、間近に迫った新専門医 制度等、医師会や各専門部会にとっては 組織率の低下が懸念されています。(新 専門医か否かで厚労省は診療報酬に差を つけてくると噂されています。)組織率 の低下は我々の医療機関の経営に直接影 響します。昔の医師会や専門部会は会員 相互の親睦が主だったかもしれませんが、 今は如何にこの危機的状況に立ち向かう かが急務と思われます。どうぞ兵庫医科 大学同窓生、関係者の皆様のご協力をお 願いしたいと思います。

 眼科は専門性の高い診療科ですので、 県、郡市医師会の長とは少しその活動内 容が異なるとは思いますが、微力ながら 会員への情報提供、ひいては国民の眼を 守るという眼科医の使命を果たすべく、 体調の管理をしながらお役に立たなけれ ばと考えております。

(9)

 産科婦人科学講座の田中です。昨年の6月1日付 で准教授を拝命いたしました。平成2年に兵庫医科 大学を卒業後、産科婦人科学講座に入局いたしまし た。当時の主任教授は当講座の初代教授の故礒島晋 三先生でした。准教授は香山浩二先生と竹村 正先 生、講師は平 省三先生と繁田 実先生でした。また、 オーベンは小森慎二先生でした。その当時(今もで すが)雲の上のような存在の先生ばかりでした。そ の後、香山浩二先生が2代目の教授に就任され、3 代目の教授は故小森慎二先生が就任されました。小 森先生が急逝され、現主任教授の柴原浩章教授が就 任されました。

 大学院を卒業後、市立川西病院、生長会府中病

院で研修し、平成12年に大学に戻ってまいりました。 それ以降、米国留学の1年2ヶ月以外は、大学に勤 務しております。おかげをもちまして、4人の教授 の教えを賜る機会に恵まれました。

 今回緑樹会の石藏礼一先生から准教授の就任に ついて何か書くように仰せつかりましたが、上述の ごとく取り立てて何か大学や、講座に貢献したこと もなく、永らく大学に勤務していただけです。今回、 准教授就任に当たり、柴原先生から当講座では初め ての兵庫医大出身の准教授となるので頑張るように とおしゃっていただいたことを心にしっかり受け止 め、勤めてまいりたいと思います。医学部から研修医、 大学院、教員としてずっと兵庫医大に関わっており、 兵庫医大に育てていただいたことを誇りに思います。  緑樹会の皆様と同様に大学、大学病院に対して愛 着も持っております。何らかの形で恩返しができれ ばと考えております。今後とも皆様のご指導、ご鞭 撻の程よろしくお願い申し上げます。

 平成25年10月1日付けで眼科学教室の 准教授を拝命いたしました。私は娘が3 歳の時に本格的に臨床復帰したのですが、 育児との両立ができず本当に悲惨な時期 がありました。しかし、三村教授の応援

と励ましがあり、専門分野を斜視弱視、 神経眼科に絞って、ずっと大学で臨床と 研究に携わることができています。現在 では,兵庫医大眼科は全国で斜視の手術 件数トップを長年続けています。大好き な専門分野を大学で続けられることに感 謝しながら、今後も視能訓練士さん達を はじめとするスタッフの方々としっかり 協力して頑張っていきたいと思っていま すので、どうぞ宜しくお願いいたします。

 平成27年4月1日付けで炎症性腸疾患 学講座・内科部門の准教授を拝命いたし ました。平成2年に本学を卒業後、内科学 第4講座(消化器内科)に入局、大学院 は病院病理部で人体病理学を学びました。 また、群馬大学と浜松医科大学で生化学 を学んでいたことがあり、基礎と臨床を繋

ぐ研究を行うことをめざしております。   炎 症 性 腸 疾 患(inflammatorybowel disease:IBD)は国の指定難病で、原因 不明の疾患です。本院のIBD患者数は日 本1、2位を争うほど多く、このため平 成21年にIBDセンターが設置され、平成 26年にはIBDという単一疾患の講座が本 学に設置されました。診療はもとより、 上記のような研究でIBDの原因を解明し たいと考えております。同窓会の先生方 のご支援を賜りますよう、宜しくお願い 申し上げます。

4.准教授・講師 就任のご挨拶

産科婦人科学講座

准教授 

田 中 宏 幸

(平成2年卒業)

眼科学教室

准教授 

木村 亜紀子

(平成6年卒業)

炎症性腸疾患学講座 内科部門

准教授 

堀  和 敏

(10)

 平成26年10月1日に外科学講座 肝胆 膵外科講師を拝命いたしました。私は平 成8年に本学を卒業後、当時の第一外科 学教室に入局し関連病院での修練を経て、

平成14年より大学院、平成18年より当院 で勤務しております。現在は藤元治朗主 任教授の指導のもと、特に膵臓外科を担 当させて頂いております。今後も母校で ある兵庫医科大学の発展に微力ながら貢 献していきたいと考えておりますので、 今後ともご指導の程よろしくお願い致し ます。

 平成26年12月1日より、内科学循環器 内科講師を拝命致しました。私は平成9 年に本学を卒業し、第一内科に入局しま した。大学病院での研修の後、兵庫県立姫 路循環器病センターに勤務し、急性心筋 梗塞など循環器救急診療に従事しました。 循環器病センター時代、明け方近くにな ると救急搬送が増えることに気づき、そ の後大学院へ進学し『循環器疾患の日内

変動』をテーマに研究を行い、医学博士を 所得しました。大学院修了後、米国ボスト ン大学心臓血管研究所、そして、ハーバー ド大学循環器内科へポスドクフェローと して勤務し、高血圧・心不全の分子機構に 関する研究に従事しました。その留学か ら帰国後約10年が経過しようとしていま す。現在は医局の先生方・スタッフの皆 様とともに、診療・研究・教育と充実した 日々を送っています。今後も業務に邁進 する所存でございますので、ご指導・ご鞭 撻の程、どうぞよろしくお願い申し上げ ます。最後になりますが、緑樹会の皆様の 益々のご発展をお祈り申し上げます。

 この度2015年10月1日より内科学循環 器内科/冠疾患科講師の任を拝命いたし ました。私は、平成9年(1997年)に 兵庫医科大学を卒業し、当時の第一内科 へ入局いたしました。2年間の公立御津 病院勤務(現たつの市立御津病院)、2

度の産休・育休、2年間のペンシルバニ ア州ピッツバーグ大学での研究留学以外 を、兵庫医科大学循環器内科で勤務して まいりました。研究においては、心エコー 図検査を用いた循環器疾患の診断、病態 評価を専門としております。微力ながら、 兵庫医科大学と医療の発展に寄与できる よう尽力してまいりたいと考えておりま す。これからもご指導、ご支援のほど何 卒よろしくお願い申し上げます。

外科学講座 肝胆膵外科 講師 

鈴 村 和 大

(平成8年卒業) 内科学 循環器内科

講師 

内 藤 由 朗

(平成9年卒業)

循環器内科・冠疾患科

講師 

合田 亜希子

(11)

 平成26年12月1日付で兵庫医科大学外 科学下部消化管外科講師を拝命しました 塚本潔です。私は平成10年兵庫医科大学 を卒業後、公立浜坂病院、大阪府立病院、 神戸百年記念病院などの勤務、米DUKE 大学への留学を経て平成19年4月から兵 庫医科大学外科学講座下部消化管外科助

教に着任、今回同講師に昇任させていた だきました。専門は大腸癌、家族性大腸 腺腫症をメインとした大腸外科で、特に これらの腹腔鏡下手術の研究、診療、教 育に力を入れております。現在大腸外科 領域では腹腔鏡手術は本流となりつつあ ります。しかし兵庫医大の中でも内視鏡 外科学会技術認定医を所得している医師 は限られており、今後当院でも若手の先 生方から定期的に技術認定医を輩出でき るような教育・修練システムを構築して いければと考えております。

 平成26年12月付けで産婦人科学講座、 講師を拝命いたしました。

 私は、平成12年に兵庫医科大学を卒業 後、産婦人科に入局し香山教授のもとで 研修させていただきました。その後、2 年間恵生会病院で勤務しました。大学院 終了後は故小森教授のもとで産科病棟医 長を経験させていただきました。大学病 院では極早期の早産を扱うことが多いで

すが、大学院で学んだ、感染による免疫 応答で引き起される早産の予防に関して 臨床に役立てたいと思っています。また、 周産期分野は短期間で劇的な変化を遂げ ますが安全な周産期管理が行えるように 広汎な知識と技術を獲得していきたいと 思います。

 近年は産科医療を取り巻く環境の悪化 に伴い、産婦人科医師が不足しています。 芝原主任教授のもと、当院の限られた人 員、病床の中で高次医療機関としての役 割が充分果たせるよう臨床および研究に 努力したいと思います。何卒よろしくお 願いいたします。

 この度は泌尿器科学教室の講師に就任させ ていただくこととなりましたので、自己紹介を させていただきます。私は平成14年に兵庫医科 大学を卒業しまして、同大学の泌尿器科教室で の約2年の臨床研修後に宝塚市立病院で5年 半勤務し、腫瘍・尿路結石・排尿障害を中心とし た泌尿器科の外来診療や泌尿器手術全般につ いて学んでまいりました。平成23年から大学に 戻ってまいりまして、臨床業務の傍ら山本教授

のご指導のもと泌尿器科領域の感染症の臨床 研究も行っております。また指導する立場とし て教える難しさを感じながら、悪戦苦闘している 毎日であります。今後の目標としましては、当院 でも採用されており高度な内視鏡手術が可能で ある手術支援ロボットのdaVinciを使用した手 術手技を向上させていきたいですし、腎癌、尿路 上皮癌、副腎腫瘍に対して従来から行われてい ます腹腔鏡手術の精度向上および後輩への指 導に力を入れていきたいと思います。今後も私 は大学病院の使命であります臨床・研究・教育の 並立が実践できるように日々努力し、エクセレン トな仕事人になれるように邁進する所存であり ますので今後ともよろしくお願いいたします。 外科学 下部消化管外科

講師 

塚 本  潔

(平成10年卒業)

産婦人科学講座

講師 

原田 佳世子

(平成12年卒業)

泌尿器科学

(12)

 平成27年1月1日に眼科学講座、講師 を拝命した石川裕人です。平成12年に本 学を卒業し眼科学講座に入局、研修終了 後大学院に進学いたしました。大学院で は、京都大学解剖学教室に国内留学し網 膜神経節細胞への新しい遺伝子導入法 の特許取得や、骨髄間質細胞を用いた網 膜・視神経再生医療の研究を行いました。 平成18年に学位取得後、教員として勤務 し、平成23年より2年間、Universityof

SouthFloridaにresearchfellowとして勤 務し修了いたしました。

 基礎研究では院生時代より一貫して神 経保護、神経再生を行ってまいりました。 臨床においては、網膜硝子体疾患、特に網 膜剥離の緊急手術、難症例白内障に対する 眼内レンズ強膜内固定法といった新しい 手術法の開発などを担当する一方、レーベ ル遺伝性視神経症の医師主導型治験を担 当し、手術一辺倒ではなく、遺伝性疾患へ のカウンセリングなども行っています。  今後も、兵庫医科大学発展のため、臨床、 研究、並びに後進の育成に邁進しますの で、ご指導、ご鞭撻を宜しくお願い申し上 げます。

 平成27年4月1日付けで眼科学講座の 講師を拝命致しました。

 私は平成6年に兵庫医科大学を卒業し、 眼科に入局しました。臨床研修後は、神戸 海星病院、神戸掖済会病院で手術および診 療を行ってまいりました。その後、大学院に

進学し平成15年4月より大学で手術と診療 を行っております。専門は裂孔原性網膜剥 離や外傷などの網膜硝子体の緊急疾患、硝 子体手術を必要とする疾患、難治性白内障 です。いつでも手術ができるように、体調を 整え、予定をキャンセルし、学会を切り上げ て帰ってくるこの体制も、10年になりました。 現在、手術教育にも力を入れており、眼科学 教室のさらなる発展のために貢献したいと 考えています。非力ではありますが、ご指導 ご鞭撻の程をお願い申し上げます。

 平成27年より耳鼻咽喉科・頭頸部外科 講師を拝命いたしました任 智美です。平 成14年に兵庫医科大学を卒業、19年に博 士号、専門医を取得いたしました。平成21 年から再び当大学で専門外来、臨床研究、 教育に携わっております。専門分野は味覚 障害、小児難聴とマイナーな分野を担って おりますが、専門外来が少ないため、全国 から当科の診療を求めて来院されます。

 平成21年にはドレスデン大学嗅覚味覚 クリニックに留学をさせていただき、帰国 後も臨床研究を継続して行っております。  また当科では小児難聴の分野において 全国で数少ない聴覚を最大限に活用する 言語療法であるAVT法をとりいれており、 良好な言語機能が得られております。私た ち小児難聴チームは適切な早期診断、補聴、 介入をすることで、聴こえない子供たちが 聴こえる世界で自己の能力を最大限に発 揮できることをビジョンにかかげ、今後も 邁進していく所存です。

 まだまだ若輩者の身ですが今後もご指 導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。 眼科学

講師 

石 川 裕 人

(平成12年卒業)

眼科学

講師 木 村 直 樹 (平成6年卒業)

耳鼻咽喉科 頭頸部外科 講師 

任  智 美

(13)

 このたび、救急災害講座の講師に就任 する事になりました平成3年卒、14回 生の宮脇淳志です。私は卒業後、整形外 科に入局しました。そこで圓尾宗司、立 石博臣両名誉教授と吉矢晋一教授、さら に諸先輩がたにご指導頂き、大学院での

研究後、市中病院で臨床経験を経て、平 成17年7月より前任のあと救命救急セン ターに勤務しております。

 今回、小谷穣治救命救急科教授のはか らいで、講師に就任することになりまし た。救命救急センターでは主に整形外傷、 および四肢感染症などを主に担当してお ります。まだまだ、至らないところがあ りますので、これからも、同窓の皆様に ご教示、ご鞭撻のほどよろしくお願いい たします。

 精神科神経科学の清野仁美と申します。 平成12年に卒業し、精神科神経科医局に 入局して以来、諸先生方の温かい御指導 に恵まれ、多くのことを学ばせていただ きました。大学院時代は先端医学研究所 の生体防御部門で岡村春樹先生の下、急 性ストレス負荷に伴う身体疾患発生機序 におけるIL-18の役割について動物実験

モデルを用いた研究を行いました。  現在は、周産期の女性のメンタルヘル スケアを専門に精神科外来・入院治療に 従事しており、特に産後うつ病など周産 期における精神障害患者への包括的な介 入方法についての研究を行っています。 いまだ発展途上ではありますが、これま での御縁に感謝し、これからも、与えら れた役割を全うできるよう、日々の診療 に丁寧に向き合い、研究や教育にも励ん でまいりたいと思います。何卒よろしく お願いいたします。

 平成26年11月より麻酔科・疼痛制御科 の講師Aを拝命致しました。平成13年に 本学を卒業後、太城力良前教授率いる麻 酔科学教室に入局し、大学病院・明和病 院・大阪府立母子保健総合医療センター にて研修を致しました。平成18年より2 年間、英国UniversityCollegeLondonの 脳神経科学修士課程へ進学し小児疼痛に 関する研究を行い修士号を取得致しまし た。帰国後は当院の麻酔科に勤務し、本

学の神経解剖学博士課程に進学致しまし た。研究は結果が出ず学位論文投稿まで 時間を要しましたが、野口光一教授、八 木秀司教授、戴毅教授、山中博樹先生、 小林希実子先生の熱心なご指導の元、無 事に学位を取得する事が出来ました。平 成25年より廣瀬宗孝主任教授、多田羅恒 雄教授率いる麻酔科・疼痛制御科に復帰 し、手術麻酔、そして後輩達の臨床研究 の指導を行っています。医局内の理解も あり現在は育児休暇中ですが、平成28年 春より復帰予定です。その折には基礎及 び臨床研究を続けていく所存です。今後 ともよろしくお願い致します。

救急災害医学

講師 

宮 脇 淳 志

(平成3年卒業)

精神科神経科学

 講師A 

清 野 仁 美

(平成12年卒業)

(14)

 平成27年4月に腸管病態解析学特任講 師(炎症性腸疾患学講座内科部門兼務) を拝命いたしました。

 私は平成7年に故下山孝教授が主宰さ れる内科学第4講座に入局させていただ き、その後、故松本誉之教授の下部消化 管科、内視鏡センターの所属を経て現在 に至るまで、英国留学の1年間を除いて

ずっと兵庫医大に勤務させていただいて おります。

 本学の炎症性腸疾患学講座は内科・外 科部門ともに本邦を代表する専門医療機 関の一つとして診療・研究・教育を担っ てきたすばらしい伝統があります。IBD センター、基礎教室などと連携をとりな がら、炎症性腸疾患の病態の解析や腸管 防御システムの研究、治療の開発を進め るよう努力したいと考えております。  今後ともご指導ご支援を賜りますよう よろしくお願い申し上げます。

 平成27年4月1日付けで先進糖尿病治 療学特任講師を拝命致しました。  私は平成16年に本学を卒業後、2年間 の初期研修を経て、平成18年に内科学糖 尿病科に入局しました。平成19年からは 大阪船員保険病院(現大阪みなと中央病 院)内科を経て、平成21年から本院で勤 務を致しております。

 現在まで難波教授の下でおもに1型糖 尿病および糖代謝異常合併妊娠の臨床と 研究に携わってきました。特に本学は1 型糖尿病における持続血糖モニターを用 いた血糖変動の評価およびインスリンポ ンプによる血糖管理に関しましては国内 屈指の実績を有しております。

 今後も糖尿病領域を中心とした先進診 療、研究、および教育を通じて本学の発 展に微力ながら尽力させていただく所存 です。ご指導、ご支援のほど宜しくお願 い申し上げます。

腸管病態解析学

特任講師 

樋 田 信 幸

(平成7年卒業)

先進糖尿病治療学

(15)

5.第6回緑樹会学術セミナー報告

最近の糖尿病治療・注意すべき症例を含めて

兵庫医科大学 糖尿病・内分泌・代謝内科 

松 尾 俊 宏

(平成18年卒業)

 第6回緑樹会学術セミナーにおいて 「最近の糖尿病治療−注意すべき症例を 含めて−」というタイトルで講演させて 頂きました。

 わが国の糖尿病患者は年々増加してお り、どの診療科の先生にもかかわりのあ る疾患となっています。糖尿病に関する 研究が進むにつれて、より詳細な病態が 解明される一方で、低血糖に伴う心血管 疾患のリスク上昇など、新たな事象も明 らかになってきました。それにつれて糖 尿病治療も多様化しつつあります。近年 まで2型糖尿病の経口薬治療はSU薬を 中心に行われてきましたが、DPP-4阻害 薬、SGLT-2阻害薬などの登場で、現在 では7つのクラスの経口血糖降下薬を使 用することが可能となりました。それら はインスリン抵抗性改善系、インスリン 分泌促進系、糖吸収排泄調節系に分類さ れており、患者さんの病態に応じて使い 分けをすることが望ましいと思われます。  また、糖尿病患者は高齢者の割合も多 いことから、患者背景(内服アドヒアラ ンス、生活習慣改善の困難さなど)や治 療によるメリット、デメリットを考慮し

て薬剤や治療法を選択していく必要があ ります。

(16)

6.支部たより

柳 生 隆 一 郎

 (平成7年卒業)

 第19回大阪緑樹会を8月1日、スターウッド・ホテル&リゾートの最高級ブランド「セント レジス」の日本進出第1号、セントレジスホテル大阪において開催致しました。

 日中の気温が35度を超える猛暑日にもかかわらず28名の同窓生の皆様にお集まり頂き、終 始和やかな雰囲気の内に終えることができ、ご出席の先生方の優しい楽しそうなお顔を拝見 し安堵致しております。

 またご多用中にもかかわりませず「関節リウマチ」の最近の知見を判りやすく丁寧にご講演 頂きました兵庫医科大学リウマチ・膠原病科臨床教授、松井聖先生には深謝申し上げます。  私は第16回から大阪緑樹会に参加させて頂いており、今回は本学出身の教授によるご講 演を聴くことができ大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。私の拙い司会で皆様には何 かとご迷惑おかけしましたこと、この場をお借りしておわび申し上げます。

 ひとつ不満な点がございます。それは平成卒の若い先生方の参加が非常に少ないことで す。関西一円、特に平成卒の先生方

のご参加を心よりお待ち申し上げます。  さて、大阪緑樹会は山本会長、吉 田副会長、八木副会長、更に近隣支 部からご参加の先生方のお力で毎年 開催しております。来年記念すべき第 20回を迎えます。日時は平成28年8月 6日土曜日、会場は同じセントレジス ホテルを予定しております。

 卒業生の皆様、宜しくお願い致します。

大阪支部ー第19回大阪緑樹会

松 本   司

 (昭和61年卒業)

 緑和会(緑樹会和歌山支部)は、平成27年8月8日、お城の見えるフレンチレストラン、ラ・ ベェランダで開催されました。出席者は、緑樹会から、緑樹会会長の石藏先生はじめ大阪緑 樹会会長の山本先生、京都緑樹会会長の安田先生そして、緑和会からは、宮崎先生(和歌山 市医師会長)、加藤先生、高田先生、魚谷先生、岩井先生、住岡先生、そして私の計10名でし た。シャンパンで乾杯後、食事をしながら、石藏先生より現在の兵庫医大の状況(今年の国家 試験の合格率、新校舎の建設等)を説明し

ていただき、その後安保法案の賛否、中国 人の爆買い、新国立競技場の費用問題な ど、政治・経済を討論し又、各先生から近況 報告をしていただき、非常に楽しく実りあ る会であったと思われました。又、来年も元 気に再会出来ることを約束し散会となりま した。その後、元気な先生達が夜のアロチに 消えたことは、言うまでもありません。

(17)

藤 島 宣 彦

 (昭和56年卒業)

 平成27年10月24日に石藏会長が来分され、大分市山田屋で緑樹会大分支部第二回総会を 行いました。大分支部からの参加者は、奥津先生、二宮先生、東先生、松成先生、藤島と全員で した。まず、石藏会長からこの一年間の大学の様子、変遷をお聞きし、その後、乾杯。フグ料理を 楽しみながら、和気あいあいと過ごしました。二次会は、私にかかりつけの患者さんが経営して いる都町のバーに移動し、いろいろな話をして大変盛り上がりました。特に、大学や病院の裏 話や人間関係をお聞きし、石藏会長の孤軍奮闘ぶりに一同頭が下がる思いをしました。来年の 再会を約束し、後ろ髪をひかれる思いで散会しました。

 ところで、大分支部は春にもみんなで集まり、お酒を飲ん でいます。そして、秋に総会を行っています。単なる飲み会 かもしれませんが、兵庫医科大学出身者だけて飲むと、学生 時代に戻ったような懐かしさを感じます。大分は、豊後水道、 別府湾、豊前海でとれる近海の海の幸の豊富なところで、山 の幸をはじめ豊後牛や鳥料理も大変美味です。もちろん温 泉も多種類あり、湯量も豊富です。来年はできれば別府の 温泉旅館で開催したいと考えています。

第2回大分支部総会

伊 福 秀 貴

 (昭和54年卒業)

 平成27年11月7日(土)、毎年恒例のこの総会が、場所も同じ都ホテルニューアルカイックに て開かれました。総会後の記念講演は、今回、兵庫医大平成9年卒業の先進糖尿病治療学特 任准教授、勝野朋幸先生に最近の糖尿病治療薬(SGLT2阻害薬を含めて)で講演していただ きました。私たち内科医は、百も承知と考えておりましたが、利尿作用が心不全にも効果を発 揮する可能性や、食塩感受性の高血圧が多い日本では、併用で降圧剤の量が減量させられる 可能性が示唆できたのは大きな収穫でありました。そして、講演の滑らかな口調は、さすがに 大学病院で鍛えられたと、後輩の成長を誇らしく感じることができました。また、講演の前に 尼崎中央病院の池田薫先生が、中央病院でのナースと栄養士の糖尿病チームが、患者さんに 的確に接してチーム医療に取り組んでいることが、はじめて理解でき、素晴らしい会となりま した。講演会のあとでの懇親会では、今年尼崎医師会副会長となった児玉先生の司会のもと、 今度、県立尼崎病院跡地に建設予定である愛仁会尼崎だいもつ病院院長、松森良信先生(昭 和56年卒業)の乾杯の挨拶から始まりました。同じ市内で開業していながら、いつも話をする 機会がない先生がたの医療の厳しさに関して、そして新都心病院と名前が変わった、元昭和 病院の桝谷先生の話など、苦労に苦労を重ねておられる先生の、少しはガス抜きになったの ではと思いました。同窓会は、気楽な会であ

るべきで、このような形態が続く尼崎同窓会 は、今後どのように変わっていくべきかまた、 年2回も尼崎だけが緑尼会通信を発行して おり、これも今後継続可能か問われる時代に 突入したと思います。次年度も、同じ場所で 開催予定ですので、他の支部会の先生もご 自由にご参加ください。緑尼会コンペも、11 月3日(祝)自由参加です。

(18)

平 田 俊 吉

 (昭和53年卒業)

 関東支部会第14回総会が、平成27年11月21日(土曜日)午後7時より新宿京王プラ ザホテル本館2階「南園」で開催されました。講演は、国立成育医療研究センタ−総 合診療部の在宅診療科医長医療連携・患者支援センタ−在宅医療支援室室長 中村知 夫先生(昭和60年卒)が「小児在宅医療の現状と将来」というテーマで行われました。

関東支部会

深 田 正 代

 (昭和58年卒業)

平成27年11月28日に第17回西宮支部会「緑西会」が開催されました。会員13名が参加し ました。ゲストに石藏礼一先生をお迎えし、放射線医学の最前線についてご講演いただ きました。ご講演後は、石藏先生を囲んでの懇親会で楽しいひとときを過ごしました。 次回は、2016年6月に開催の予定です。緑西会の会員の皆様、是非ご参加下さい。

(19)

直 江 寿 一 郎

 (昭和53年卒業)

北海道支部会

中 村 清 子

 (昭和59年卒業)  2015年11月28日(土曜日)に、予てから念願であった兵庫医大同窓会川西市支部 (兵庫県川西市と猪名川町の同窓会)を設立しました。第1回の総会では、緑樹会と 川西ならびに猪名川から其々一字を拝借し緑川会と命名しました。この春に藤末洋先 生(S57年卒)が、川西市医師会の会長になられたこともあり、同窓会の設立機運が 高まりました。また、兵庫医大創設者の森村茂樹先生生誕100年にあたる年に設立で きたことも何かの巡り合せのような気がします。

 特別講演には、ご多忙の中兵庫医科大学病院院長 難波光義先生にお越し頂き、「適

材適症の2型糖尿病治療─高齢者糖尿病の増加を踏まえて─」の表題で、明日からの 日常診療に役立つ、大変解りやすいご講演を頂きました。その後の懇親会では、30名 余りの多くの同窓生が集い、日頃話す

機会のない幅広い年代の勤務医の先生 にも参加頂き、とても楽しい時間を過 ごすことができました。何事も頼りに なるのは同窓会です。今後の地域の医 療の連携にもつながる素晴らしい会を 持て、苦労しましたがお世話をして良 かったと思います。今後も緑川会が発 展することを期待したいと思います。

世話人 中村清子

 平成27年12月5日に、会長の石藏礼一先生をお迎えし、札幌市内の「花小路さわ田」 で緑樹会北海道支部総会を開催しました。

(20)

7.同期会たより

橋 本 昌 樹

 (平成17年卒業)

 平成27年1月17日に大阪ヒルトンホテル内の聘珍樓にて平成17年卒の同期会を行い ました。「卒後10年になるしこの辺で同窓会したいなぁ」ということで私を含め大学 勤務者の数人で最初は企画した会ですが、最終的には49人も参加する盛大な同窓会と なりました。

 100人もの人に声を掛けるのは容易なことではありませんでした。名簿はもとより、 FacebookやLINEなどのSNSを使用したり、インターネットで検索し職場に電話する など様々な手段を使って参加を募りました。一緒に手伝っていただいた方々にはこの 場を借りてお礼申し上げます。

 当日は、卒業以来、初めて再会する人も多かったのですが、参加者が集まるにつれ てどこからともなくおこる話し声、笑い声によって自然と在学当時と同じような雰囲 気になりました。10年という在学期間よりも長い時間が過ぎたにも関わらず、学生時 代にタイムスリップしたかのような気分でした。

 美味しい食事の間には順番に各々の現況を報告しあいました。厳しい環境で切磋琢 磨している人、論文を頑張って書いている人、念願の専門医をとれた人、開業し院長 として頑張っている人、仕事と育児を両立している人など様々でしたが、社会人10年 目で、医師としても中堅とみられる時期に差し掛かり、みんながそれぞれの場所で頑 張っていることを聞き、お互いの成長を感じるとともに刺激を受けました。2次会も 含め約5時間という長い会になりましたが、とても濃密で楽しい時間となりました。 もともと仲の良い学年でありましたが、それは10年たっても変わっていませんでした。  この同窓会を通して、横のつながり(同級生)の大切さを再認識し、今後も大事に していきたいと強く思うようになりました。さらには、卒業後は縦のつながり(先輩

後輩)の重要性・ありがたさを痛感する機会も少なくなく、“横のつながり”同様に“縦

のつながり”もより強固なものになればと感じました。

(21)

保 科 幸 次

 (平成3年卒業)

 平成27年11月8日、京都府下の城陽カントリー倶楽部で第14期生(平成3年卒業) の9回目となる同窓会ゴルフコンペが開催されました。当日の優勝者が次回コンペの 幹事になる、というルールの下、毎年4月と11月の2回開催が継続され、学生時代か らの仲の良いムードの中、永遠に続いていきそうな雰囲気があります。生憎の一日雨 天と悪条件の下、優勝は清本徹馬君(外科・豊中市)で、幹事の水野朝之君(整形外 科・京都市)から優勝目録が贈呈されました。有名人、中辻信彦先生(耳鼻科・橿原 市)においては、明石家さんまを凌駕する弾丸トークが終日冴えわたり、現在、日・ 祝日も一部のみ応援医に依頼しつつ完全全日診療を継続する自身の医業生活に触れつ つ、自院の診察時間表を学生時代の成績表に例え「昔は×や△も多かったけど、今は 全○や!」のコメントに一同大笑いでした。そして、矢沢永吉の「ずうっっと、歌っ ていきますんで、ヨロシク!」をベースにした「俺は、ずうっと、診ていきますんで ヨロシク!や。診察室でバタッと死ぬのが本望」と医の心を究めた熱い言葉に深い感 銘をも頂きました。梅本佳津子さん(眼科・大阪市)、山平浩世さん(循環器内科・ 大阪市)の女性陣もレギュラー参戦にてパワフルなプレーを展開、早川知彦君(内科・ 福島県相馬市)、根木道也君(内科・愛知県安城市)、大島祐之君(整形外科・愛知県 名古屋市)も遠方からほぼ皆勤、全員の紹介は出来ませんが、名物選手揃う、もはや 人気ツアーの様相を呈していると言っても過言ではありません。気の置けない仲間と の語らいに英気を養い、今回もまた翌日からの診療の糧となる大変有意義な一日を過 ごしました。本年3月6日には、13期生・14期生合同の同窓会をノボテル甲子園にて 開催、第10回ゴルフコンペは4月3日を予定しております。前後の学年においても更 に旧交を温め、参加記念ボールに託された「WeloveH.C.M」の熱き連帯をこれから も深めていきたいと考えています。

(22)

8.OB会たより

アメリカンフットボール部 OB会会長 

鈴 村 和 大

 (平成8年卒業)  

 アメリカンフットボール部の歴史を振り返ると、兵庫医科大学の1期生である新井 一樹先生が創部されたところから始まります。初めはほとんどの部員が防具の前後も 付け方もわからず、また練習場所もないため武庫川の河川敷で練習をされていたそう で、苦労されたと伺っております。その後、医歯薬リーグがないため関西アメリカン フットボール連盟に加盟し、一般大学と試合をしていくこととなりますが、最強時に は2部まで上がり関西学院大学や神戸大学と試合をした経験もありました。一方、部 員の私生活はというと、アメリカンフットボール部員は伝統的に血の気の多い人間が 多く、大学内外で様々な問題を起こしてきました。そして、そのような問題が起こっ た時にいつも助けて下さったのが顧問の関 真 先生でした。廃部になってもおかし くない状況に幾度となく陥りましたが、その都度、関先生が矢面にたって解決してく ださいました。今、アメリカンフットボール部が存続しているのは関先生のおかげと 言っても過言ではありません。そのことを部員は皆、肝に銘じており、社会人になっ ても関先生への感謝の気持ちをずっと持ち続けていました。平成27年3月で関先生が 退官されることとなり、OB、OGに声をかけたところ、盛大にパーティーをしようと いう話が持ち上がり、平成27年1月11日、大阪のセントレジスホテルにて「関 真  教授 アメリカンフットボール部顧問40周年感謝の会」を行いました。当日は、北は 北海道から南は九州まで、OB、OGが150人以上も集まり、これも関先生の人望の厚 さゆえだと感激しました。また同じ釜の飯を食った仲間がこんなにもいるんだと心強 くも感じました。懐かしい話も沢山できて最高の一日となりました。関先生の後任は、 無理を言って麻酔科・疼痛制御科学教授の廣瀬宗孝先生にお願いしました。廣瀬先生 にご迷惑をかけないように、OB、OG、現役部員一同、これからもアメリカンフット ボール部を守っていきたいと考えておりますので、今後ともよろしくお願い致します。

(23)

廣 田 誠 一

 (昭和59年卒業)  

 かねてより卓球部のOB会を立ち上げてはとの声がありましたが、一昨年に卓球部

OBで卓球部の現顧問の夏秋優先生(昭和59年卒)と、同じく卓球部OBの夏秋恵先生

(昭和62年卒)により、OB各位の連絡先の調査およびOB会への参加の意思の確認が

行われ、その結果、50名を超える先生方からOB会への参加の賛同が得られました。

そして平成27年2月14日(土曜日)の午後5時から、ノボテル甲子園・千歳の間にお

いて、卓球部OB会の設立総会(第1回OB会)が開催されました。当日は1期生から

36期生まで年代の異なる14名のOBの参加となりました。卓球そのもの、そして兵庫

医大卓球部という共通の話題のもとに話に花が咲き、懐かしい思い出話も多く聞くこ

とができました。また、会の運営に関する議論も行い、名誉会長に1期生の依藤光宏

先生(昭和53年卒)を選出し、会長には私、廣田誠一(昭和59年卒)が、会計には徳

田八大先生(平成16年卒)、事務局(連絡係)には夏秋恵先生が決まりました。今後は、

定期的なOB会の開催や現役卓球部員との交流などを行っていく予定です。今回、手

違いでOB会への参加に関する連絡が届かなかった先生がおられましたら、事務局の

夏秋恵先生([email protected])までご一報下さい。

(24)

保 科 幸 次

 (平成3年卒業)  

 平成27年10月12日(体育の日)、川西市の名門、鳴尾ゴルフ倶楽部にて、ラグビー 部OB会ゴルフコンペ「第4回・武庫の原頭杯」が開催されました。ラグビー部のOB 会総会並びにOB戦は毎年3月、神戸市鷹取のJR西日本レイラーズの芝生のグラウン ドで行い、その後にアフターファンクション(party)を三宮で開催するのが恒例となっ ております。この公式行事と並び、昭和卒OB主体の有馬温泉への一泊旅行、そして 本ゴルフコンペを開催する等して親睦を図っております。草創期の兵庫ラガーには、 “尼崎の○○○のお姉さまにジャージを洗ってもらっていた”といった武勇伝もある ようですが、部歌の歌い出しに由来する“武庫の原頭”杯と命名されたコンペ、今回 の参加者は、岸本吉巳先生(S53)、富永浩司先生(S53)、西崎伸也先生(S55)、現 在も関西ドクターズで現役ラガーとして活躍する木下嚴太郎先生(S58)、そして上 田達郎先生(S59)、保科幸次(H3)の6名でした。

 現役ラグビー部はOBで、宝塚市立病院整形外科部長の森山徳秀先生(S63)が監 督に就任、休日返上で熱心な指導を行い、顧問の吉矢晋一整形外科教授も時間の許 す限り試合観戦に駆けつけられ、若手OBは練習参加、ベテランOBは応援観戦に加え、 ゴルフや食事会を通じてそれぞれがコミュニケーションを図り、おおきな空気がクラ ブ全体を包んでいるムードがあります。OB戦への出場は競技の特性上、皆、年々困 難になる傾向にはありますが、同じフィールドで過ごした時間を共有する仲間同士の 気持ちは永続させたいと考え、舞台をゴルフ場に変えてコンペを行っています。また、 毎年4月に開催される兵庫医大クラブOB対抗戦を睨んだ鍛錬の場でもあります。第5 回は5月12日(木)西宮カントリー倶楽部にてオープン開催の予定です。今回、緑樹 会会員の方々はどなたでも参加できますのでご連絡ください。

 ちなみに、過去の武庫の原頭杯の覇者を最後に紹介します。(敬称略)

第1回:松田清嗣(H 7)、第2回:岸本吉巳(S53)、第3回:内海隆生(H11スキー 部からの招待選手)、第4回:岸本吉巳(S53)、そして、2014天皇誕生日杯:木下嚴 太郎(S58)

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