第 11 講 地中海世界の混迷と再編
○「ローマの平和」の動揺
・皇帝礼拝(皇帝の神格化)と新興宗教
・五賢帝自ダウの終焉→アフリカ人とシリア人の帝室と軍隊 セプティミウス・セウェルス帝…アフリカ出身の軍人
カラカラ帝…財政悪化、兵士優遇
212 年カラカラ勅令(全自由民へのローマ市民権の付与)
→ローマ市民は相続税などを支払う義務があったため、市民権を広く与える ことで税収を増加させようとした
・226 年ササン朝ペルシアの勃興…東部戦線にローマが苦戦
○3世紀の危機
・政治危機
軍人皇帝時代…各地の軍団が元老院の承認なしに皇帝をたてて抗争
→為政者の短期交代と不連続
・財政危機→粗悪な貨幣の発行→インフレ→経済危機
・社会危機
辺境地帯の暗雲(ササン朝ペルシア、ゴート族侵入) 帝国内分離国家「ガリア帝国」出現
社会不安の増大
⇒ギリシア・東方系の密議宗教(イシス、ミトラス、キュベレ、バッカス、キリスト教) が広まる→諸宗教の融合、重層関係→シンクレティズム
○危機の克服と専制君主帝
最後の軍人皇帝ディオクレティアヌス
・4分治制~2 人の正帝、2人の副帝で広大な土地を効率よく収める
・軍事力の倍増 ・属州の細分化(12 管区への再編)
・民政軍政の分離 ・カピタティオ・ユガティオ制~帝国全土に均一な税制
・最高価格令…物価騰貴を防ぐ
・宗教による皇帝権の強化…自らをユピテル神の体現者とし、皇帝の神的権威強化 ペルシア風拝跪礼による謁見
→新たな愛国心 コンスタンティヌス帝
313年:ミラノ勅令…キリスト教公認
・皇帝の官吏の強化 ・野戦機動部隊 ・コンスタンティヌポリスへの遷都
・通貨改革…ソリドゥス金貨 背教者ユリアヌス
腐敗したキリスト教への批判…古典文化とギリシア宗教の復興を企て、キリスト教抑圧
○帝国の内紛と混乱
ゲルマン民族大移動(376年)
フン族→西ゴート族はドナウ川南岸の帝国領内へ移住 暴動・鎮圧の混乱
テオドシウス帝の即位
391 年 キリスト教国教化(異郷の全面禁止)
↓死後
帝国の東西分裂(395 年)
東西関係の疎遠化~西方ラテン世界と東方ギリシア世界
○社会構造の変化
奴隷制ラティフンディア→コロヌス性(土地への禁縛度が増す) 帝国西部の衰退→都市富裕民は重税をのがれ農村に所領形成 第 12 講 古代末期と地中海文明の変質
*東西ローマ帝国への分裂
○西ローマ帝国と東ローマ帝国(経済の重心は東) 西ローマ帝国
ゲルマン人諸国の乱立
西ゴート族(イベリア半島) ヴァンダル(北アフリカ)
ブルグンド族(ガリア中部) アングロ・サクソン族(ブリタニア) フランク族(ガリア北部) ランゴバルト族(北イタリア)
滅亡(476 年)~オドアケルによる西ローマ皇帝の退位→都市の衰退
東ローマ帝国
都市の繁栄~首都を中心に活況→ヘレニズム期からの都市繁栄 ユスティニアヌス帝の時代
・地中海世界の再統合…帝国領の大半を回復
(ヴァンダル王国、東ゴート王国征服など…)
・『ローマ法大全』の編纂…ローマ法の集大成
↓
帝国勢力の衰退
・スラブ人の移住 ・アヴァール人の移住
・ランゴバルト王国の台頭
・ササン朝ペルシアの攻勢
*キボン『ローマ帝国衰亡史』 ローマ帝国の死因
没落外因論 他殺説…ゲルマン人の大移動による国土の征服 天災説…気候変動
4世紀~地球規模の寒冷化
→・疫病・マラリアの流行・食糧生産力の低下 没落内因説 病死説…ガン=キリスト教、脳卒中=軍事力
カロリー不足…人的資源の問題 骨格のひずみ…社会経済構造の問題 →・奴隷制維持の困難
・属州経済が発達することにより、ギリシアやイタリアの相対的 地位が低下し、新たな地域間格差が発生
没落自然説 老衰説
※新たな「古代末期」論は口頭での解説がなかったのでレジュメを参照して下さい