− 10 − − 11 − 1 はじめに
平成21(2009)年12月に発表された高等学校学 習指導要領解説【地理歴史編】の世界史Aでは、 (3)近現代史の指導に当たっての配慮事項とし
て「政治、経済、社会、文化、宗教、生活など様々 な観点から歴史的事象を取り上げ、近現代世界に 対する多角的で柔軟な見方を養うこと」とある。 多角的で柔軟な歴史の見方を養うためには、様々 な資料を読み解く力が必要となる。資料は文字史 料だけにとどまらず、絵画や風刺画を多角的に読 み解いていくことによって生徒が歴史に興味を持 つきっかけを与えてくれる。ここでは、「エスカ リエ*」の時代の扉を授業の導入部分に活用し、
生徒の学習意欲を引くための活用方法について考 えてみた。
2 「だれが税金をはらうのか」を読み解く Try 1 1の石(税金)の上に乗っている人物2 名と石によって潰されている人物の服装に着目し て考えさせてみる。似たような構図の風刺画は多 数見られる(右図Ⅰ参照)。
Ⓐは書物を持っている聖職者、 Ⓑは剣を持つ貴族、Ⓒは平民 であることが確認できる。 Try 2 平民が立ち上がるき っかけを考えてみよう。背景 の建物はバスティーユ牢獄で
ある。民衆は自らの鎖を断ち切って、武 器を取ろうとしている。事実、バスティ ーユ牢獄襲撃は国王軍に立ち向かうため の武器を奪うためであった。この動きに 対して、ⒶとⒷの驚きの表情を見てとれ る。革命の始まりは国王の財政改革に対 する「特権身分の反発」だが、平民の蜂 起という現象は特権身分からすれば想定 外の出来事だったに違いない。特権身分 の驚きがこれ以後に彼らの身に降りかかる災難を 想起することができる。
Try 3 1の免税特権を持つ特権階級の生活を重 税に苦しめられた平民が支 えたという構図から、3で はすべての身分が平等に負 担をしているという構図に 変わった。まさに、課税の 「平等」原理の樹立である。
図Ⅰに呼応した図Ⅱではフ ランス革命で第三身分が劇 的に勝利した印象を与えるが、三者の力関係を考 えると、石を背負った絵の方がフランス社会をよ り正しく写しているような印象がある。
旧体制での財政難の原因は七年戦争である。こ の戦争により、英仏両国が財政難に陥った。この 財政難を乗り切るためにイギリスではアメリカ大 陸の13植民地に対する課税を強化した。一方、フ ランスは特権身分に対する課税を柱とする財政改 革を行った。その帰結は大西洋の両側で起こった 世界史的な変革であるアメリカの独立戦争とフラ ンス革命であった。「だれが税金をはらうのか」 という観点から両者の共通点や相違点を考えさせ ると「環太平洋革命論」を踏まえた面白いアプロ ーチとなるだろう。
*「明解世界史図説 エスカリエ 初訂版」 「エスカリエ 初訂版」p.128
図Ⅰ
図Ⅱ
だれが税金をはらうのか
フランス民衆が求めた皇帝
「明解世界史図説 エスカリエ」活用例 時 代
の扉 を授業の導入部で活用する
− 10 − − 11 − 3 「フランス民衆が求めた皇帝」を読み解く
Try 1 この絵が何をしている場面なのか考えて みよう。この絵の正式名称は『皇帝ナポレオン1 世の聖別式と皇妃ジョセフィーヌの戴冠』である。 通常では戴冠はローマに出向いて教皇より受ける ことが正当である(「エスカリエ」p.99時代の扉 のカール大帝の戴冠を参照)。ところが、ナポレ オンは教皇をフランスに呼びつけた挙句、教皇の 目の前で帝冠を自ら被り、ジョゼフィーヌに皇后 冠を与えた。この絵はナポレオンがジョセフィー ヌに戴冠する瞬間の絵である。作者ダヴィドはな ぜこの瞬間の絵を描いたの
か。生徒に考察させてみた い。答えはルーヴル美術館 に所蔵のダヴィドの習作に ある(図Ⅲ)。この絵はナポ レオン自ら帝冠を被ろうと する絵である。下絵はこの
構図で描かれたが、途中で変更された。1807年に 完成した絵を見たナポレオンはダヴィドに「良い 瞬間を選んで描いたものだ。君には私の意図がよ くわかっている」と褒めたという。つまり、ナポ レオンが自ら冠を被る瞬間より、ナポレオンが人 に冠を授ける瞬間の方が、ナポレオンが民衆の上 に立つ絶対的な権力者になったことをより明確に 表現できたのだ。ナポレオンとダヴィドの意図は まさにそこにあった。
Try 2 ナポレオンの服装について見てみよう。 勝利と栄光を意味する月桂樹の冠を身につけてい る。他にも王朝の伝統衣装を思わせるビロードや
毛皮、「正義の手」と呼ばれる笏やシャ ルルマーニュの剣など様々な小道具も存 在する。ナポレオンが歴代王朝の精神的 継承者であることを印象づけるために小 道具までもがその役割を担ったことにな る。
Try 3 ナポレオン家の家系図を見てみ よう。兄のジョゼフにはスペイン王とナ ポリ王(後に将軍ミュラに譲る)、弟の ルイはオランダ王として、ナポレオンの 征服地のうち重要な領土を支配させている。また、 妹たちも王妃としての地位を確立している。フラ ンス革命では身分制が崩壊し、社会進出の道が平 等に開かれた。下級貴族出身のナポレオンは革命 がなければ、軍人としての活躍のチャンスもなか った。自らの力で成り上がったナポレオンが革命 の成果である平等原理を否定してネポティズム (身内をひいきして特権的に処遇する)に陥った。
この結果、兄を国王にしたスペインで反乱が発生 し、ナポレオン帝国の崩壊のきっかけとなった。 この絵はナポレオンの戴冠という歴史的事実を ありのままに伝える式典の公式記録という役割と 同時にナポレオンのイメージを高める「帝権の可 視化」という政治的機能もあった。先述のダヴィ ドの習作には教皇の祝福のポーズ(右手でナポレ オンを指さす)はなく、実際に戴冠式に参加して いなかった母のマリア=レティティアの姿が描か れるなど作為的な表現もいくつか見られる。
4 おわりに〜視覚に訴える〜
講義型授業はもちろん大事だが、「話を聞く」「ノ ートを書く」などの作業だけでは生徒たちも主体 的に授業に取り組むことができない。1時間の授 業の中に生徒たちの視覚に訴えてじっくり考えさ せる時間を作ることで、生徒が主体的に授業に取 り組む態度の育成につながると考える。
<参考資料・文献>
ルーヴル美術館公式サイト(日本語版)
(http://www.louvre.fr/llv/commun/home.jsp?bmLocale=ja_JP) 鈴木杜幾子『ナポレオン伝説の形成−フランス19世紀美術 のもう一つの顔』ちくまライブラリー 1994
母マリア
ナポレオン
教皇ビウス7世
妻ジョゼフィーヌ 兄ジョゼフ
弟ルイ
「エスカリエ 初訂版」p.130