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第 12 章 ポテンシャルエネルギー
面の概念
分子は電子と原子核から成る。これらの荷電粒子が分子の枠組の中でどのよ うに振舞うかに我々の関心がある。核は電子よりも桁違いに重い(陽子/電子の
質量比>1800)ので、両者の運動の時間スケールも大きく異なると考えて良い。
よって、これらの運動を断熱的に分離し、電子エネルギーを核自由度の関数と して考えるのが便利である。
本章では、上記の考えに基づく「断熱近似」を導入し、その破れを「非断熱結 合」として議論する。まず、核と電子を明示した非相対論的Hamiltonianから 出発し、分子波動関数においてこれらの自由度を分離する。これにより導かれる
「ポテンシャルエネルギー曲面」は、我々が分子系を把握し記述する際に中心と なる概念である。これは大変便利で広く普及しているので、それが近似概念であ ることは忘れられがちかも知れない。しかしながら、断熱近似が適用不能とな り、非断熱遷移や振電相互作用が顕著となるような化学過程は数多く存在する。
本章ではさらに、非断熱分子動力学法の簡単な導入を行い、類似の手法らで 共通に用いられる基本的な考え方を示す。詳細およびより進んだ理論は、11.5節 で議論する。
12.1 分子 Hamiltonian
核と電子からなる分子系の非相対論的Hamiltonian
H = TN+ Te+ VeN+ Vee+ VNN (12.1)
を考える。T は運動エネルギー、V は荷電粒子間のCoulombポテンシャルを表 す∗ 。例えば、核の運動エネルギーは
TN= −∑
I
ℏ2 2MI∇
2I
∗スピン軌道相互作用項など、ここで省略した項については、高田康民「多体問題」 (朝倉書店)、T. Itoh, Rev. Mod. Phys. 37, 159 (1965) などを参照。
電子と核の相互作用は
VeN= −∑
I
∑
i
ZIe2
|RI − ri|
である。ここで、RI, riは核と電子の位置ベクトル、ZI, MI はI番目の核の原 子番号と質量である。全項を明示するならば、分子Hamiltonianは次のように なる。
H = −∑
I
ℏ2 2MI∇
2I −
∑
i
ℏ2 2m∇
2i
−∑
I
∑
i
ZIe2
|RI − ri|+
∑
i<j
e2
|ri− rj|+
∑
I<J
ZIZJe2
|RI− RJ| (12.2)
可能であるならば、核と電子を全て含むSchr¨odinger方程式
HΨ(R, r) = EΨ(R, r) (12.3)
を解くことが望ましい。しかし、化学的に興味深い程度の複雑さを持つ系につ いてこれを解くのは非常に難しい。そこで、核と電子の自由度を断熱的に分離 することで、自由度の数を減らすことを試みる。
断熱近似の詳細に進む前に、電子と陽子1個ずつからなる水素原子について 簡単に復習しておく。まず、2粒子の座標を重心座標と相対座標に変換すると、 運動エネルギー項は分離される。ポテンシャル項は相対座標にのみ依存するの で、問題は換算質量
µ = mMH m + MH =
m m/MH+ 1
を持つ1自由度(相対運動)の問題に帰着する。ここで、mは電子の、MHは 陽子の質量である。この相対運動のSchr¨odinger方程式は、仮に陽子を空間に固 定したとして書き下される電子のSchr¨odinger方程式において、mをµで置き 換えたものと同型である。質量比がMH/m ≃ 1.8 × 103であることを考えれば、
µ ≃ mであり、よって、核を固定して電子の運動のみを考えるのは、良い近似
であることが分かる。
そこで、全Hamiltonianから核の運動エネルギーを除いた
He= H − TN= Te+ VeN+ Vee+ VNN (12.4)
を、電子Hamiltonianと定義する。これは、空間に固定された核イオンによる
静電場の下での電子エネルギーを記述する。
12.2 断熱近似
空間に固定された核イオンの影響下での電子の振舞いを調べることを、断熱 近似またはボルン・オッペンハイマー近似と呼ぶ。この近似の下で、分子シミュ レーション法には概ね次の四段階がある。
12.2. 断熱近似 145
1. 電子状態計算:
核座標Rを固定し、電子に関するSchr¨odinger方程式Heϕn(r; R) = Wn(R) ϕn(r; R) (12.5)
を解く。ここで、ϕn(r; R) は、n番目の電子状態の波動関数である。核座標配 置を変えて計算を繰り返すという意味で、電子波動関数は核座標Rにパラメー タ的に依存する。Wn(R)は、核配置Rにおけるn番目の電子エネルギー準位で ある。
2. ポテンシャルエネルギー曲面の構築:
核配置Rを変えながら、電子 状態計算を繰り返す。これにより、ポテンシャルエネルギー曲面Wn(R)が得ら れる。図挿入: ポテンシャルエネルギー曲線W1、W2 (2原子分子)
上記2段階における計算は、(狭い意味での)「量子化学計算」と呼ばれること がある。
3. ポテンシャルエネルギー曲面上の核動力学:
上記のようにして構築し たポテンシャルエネルギー曲面Wn(R)の上での核の動力学を調べる。ここでは、 いくつかのオプションがある。• 核運動の量子力学的エネルギー準位の計算。まず、n番目のポテンシャル エネルギー曲面上の核Hamiltonianを
HN(n)≡ TN+ Wn(R)
で定義し、核のSchr¨odinger方程式
HN(n)χn,v(R) = En,v χn,v(R) (12.6) を解いて、核の波動関数χn,v(R) とエネルギー準位En,v を求める。最も 簡単な解析としては、ポテンシャルエネルギー曲面の底のまわりで調和近 似を行う「基準振動解析」がある。
• n番目のポテンシャルエネルギー面上での核波動関数の動力学を、時間に 依存するSchr¨odinger方程式
iℏ∂
∂t χn(R) = H
(n)
N χn(R) (12.7)
により計算する。ただし、上式では、最初の断熱近似の帰結として、単 一のポテンシャルエネルギー曲面のみを考えていることに注意が必要で ある。
• 上と同様、単一のポテンシャルエネルギー曲面上での原子核運動をニュー トン方程式
MIR¨ = −∂Wn(R)
∂R (12.8)
により計算する。これが、古典力学的な分子動力学シミュレーションで ある。
• 同じく、単一の断熱ポテンシャルエネルギー面上での原子配置を、ボルツ マン分布
exp(−Wn(R)/kBT )
に従って生成、解析する。代表的な手法として、量ボーア子または古典的 なモンテカルロシミュレーション(第??章)が多く用いられる。液体論(第 13章) の積分方程式を利用する統計力学的シミュレーションも存在する。
4. 結果の解析:
シミュレーション結果の静的あるいは動的な解析。これは、 第??章で扱う。12.3 非断熱結合
上では、電子と核の自由度を分離するという直感的・定性的な考察から断熱 近似を導入した。本節では、この問題をより解析的に取り扱い、断熱近似の意 味を明確にすることを目指す。
まず、分子系の全波動関数を電子波動関数の組{ϕm(r; R)}によって展開する。 Ψ(r, R) =∑
m
χm(R)ϕm(r; R) (12.9)
全Hamiltonian H = TN+ He の下でのSchr¨odinger方程式は、
[TN+ He]Ψ(r, R) = E Ψ(r, R) (12.10) である。式(12.9)を式(12.10)に代入し、ϕ∗nを掛け、電子座標に関して積分す ると、
∑
m
⟨ϕn(r; R)|TN|ϕm(r; R)⟩χm(R) + Wn(R)χn(R) = E χn(R) (12.11)
となる。ここで、式(12.5)および規格直交性⟨ϕn|ϕm⟩ = δnmを用いた。上式で、 TN= −∑I(ℏ2/2MI)∇2I はϕ(r; R) とχ(R)の両者に演算することに注意して、 それを実行すると
∑
m
[
⟨ϕn|TN|ϕm⟩ −∑
I
ℏ2
MI⟨ϕn|∇I|ϕm⟩ · ∇I ]
χm(R)
+TNχn(R) + Wn(R)χn(R) = E χn(R)
(12.12)
12.4. 量子・古典混合シミュレーション 147
が得られる。ここで、⟨ϕ| · · · |ϕ⟩ の中のTN と∇I は、それより外側には演算し ない。以上に基づき、断熱近似を正確に定義することが可能になる。式(12.12)の第 1行目を無視することにより、
[TN+ Wn(R)]χn(R) = E χn(R) (12.13) を得る。これは、断熱ポテンシャルエネルギー曲面Wn(R)の上での核波動関数 χn(R) のSchr¨odinger方程式の形をしている。すなわち、前節で直感的に書き
下した式(12.6)を上記の近似によって導いたことになる。ここで無視した項は、
非断熱結合 (non-adiabatic couplings)と呼ばれる。
• 1次の非断熱結合:ℏ
2
MI⟨ϕn|∇I|ϕm⟩
• 2次の非断熱結合: ℏ
2
2MI
⟨ϕn|∇2I|ϕm⟩
これらは、異なる電子状態ϕnとϕm の間の混合と遷移を引き起こす。
12.4 量子・古典混合シミュレーション
式(12.6)-(12.8) で表される手続きは、核運動の取り扱いが異なっている(そ れぞれ、定常状態、量子動力学、古典動力学に対応)が、単一の断熱ポテンシャ ル曲面Wnのみが関与する点で共通している。中でも量子力学的なシミュレー ションは、たとえ単一のポテンシャル上であっても、多自由度の化学系では実際 上容易ではない。これは、主に波動関数の非局所性のためである。異なるポテ ンシャル面の間の非断熱結合を取り入れるのは、さらに問題を複雑にする。こ れに対し、古典的な分子動力学シミュレーションは、運動方程式の局所性(す なわち、各瞬間の座標配置におけるポテンシャルとその勾配のみが必要なこと) のために、量子動力学よりもずっと扱い易い。そこで、核の古典動力学の枠組 みの中に非断熱結合の効果を取り入れるというのは、最初の試みとして有効で あろう。量子・古典混合分子動力学法は、この考えを実現しようとするものであ る。類似の方法については11.5節でも議論するが、ここでは最も単純な方法の 1つを紹介する。
まず、核の運動は、ある1つの古典軌道R(t)に従うとし、波動関数は次の形 を持つとする。
Φ(r, R) ≃∑
n
cn(t) ϕn(r; R(t)) (12.14)
係数の絶対値の二乗|cn(t)|2が、系をn番目の電子状態に見出す確率を表す。電 子状態間の遷移が起こるときには、古典軌道R(t)を決定する方法は自明ではな い。おそらく最も簡便な考え方は、断熱ポテンシャル面Wn(R)の上の古典軌道 を採用し、係数cn(t)の時間発展を参照して、異なるポテンシャル面の間をスイッ チするというものであろう。この種の方法をsurface hopping trajectory法 と呼ぶ。
図挿入: Curve crossing
すると、問題はcn(t)の時間発展を決めることになる。この目的のために、式 (12.14)を時間依存Schr¨odinger方程式
iℏ∂Φ
∂t = [TN+ He]Φ に代入する。
iℏ∑
m
( dcm
dt ϕm+ cm
∂ϕm
∂t )
=∑
m
cm[TN+ Wm(R)]ϕm
前節と同様、ϕ∗
nを掛けて電子座標について積分する。規格直交性⟨ϕn|ϕm⟩ = δnm に注意すると、
iℏ∂cn
∂t + iℏ
∑
m
cm
⟨ ϕn
∂ϕm
∂t
⟩
= Wn(R)cn+∑
m
cm⟨ϕn|TN|ϕm⟩ (12.15)
を得る。右辺の最終項は、2次の非断熱結合を表しており、ここでは無視するこ とにする。左辺第2項は、次式のようになる。
⟨ ϕn
∂
∂tϕm(r; R(t))
⟩
= ⟨ϕn|∇R|ϕm⟩ · ˙R(t) ≡ dnm(R) · ˙R(t)
1次の非断熱結合がこのようにして現れるのは興味深い。以上より、確率振幅係 数{cn(t)}に関して、次のような運動方程式の組が見出される。
iℏd
dtcn(t) = Wn(R)cn(t) − iℏ
∑
m
dnm(R) · ˙R(t)cm(t)
これらとポテンシャル面上での核座標R(t)の運動方程式が、surface hopping法 を構成する。実際には、ポテンシャル面の間の飛び移り(hopping)を判断する基 準や、全エネルギーが保存するようにする手続きを決めなくてはならない。こ れらの詳細については、原著論文や総説が多く発表されている。
12.5 断熱表示と透熱表示
以上においては、電子波動関数ϕnは電子Hamiltonianの固有関数群であると してきた。しかし、これは分子波動関数を記述する際に必ずしも必要ではなく、 実際には電子状態を表す基底関数の選択には自由度がある。本節では、電子基 底関数について他の選択肢について調べる。これにより、非断熱遷移の性質を異 なった視点から見ることが可能になる。
12.6. 3 つの近似 149
以下では、基本的に第12.3節と似通った手続きを踏む。波動関数については、 次の形を仮定する。Ψ(r, R) =∑
m
χm(R)ϕm(r; R)
ただし、ここでは電子基底ϕm(r; R)が電子Schr¨odinger方程式(12.5)の固有関 数であることは要請しない。したがって、電子Hamiltonianの行列表示は対角 的ではなく、Wnm(R) ≡ ⟨ϕn|Hel|ϕm⟩ と表される。
一 方 、前 節 の よ う な 特 別 な 場 合 は 断 熱 表 示と 呼 ば れ 、電 子 基 底ϕm は 電 子 Schr¨odinger方程式の固有関数であり、電子Hamiltonianが対角的Wnm(R) = δnmWm(R)である。
第12.3節と類似の手続きに従えば、Schr¨odinger方程式HΨ = EΨは次式を 導く。
[TN+ Wnn(R) + Lnn(R)]χn(R)
+ ∑
m̸=n
[Wnm(R) + Lnm(R)]χm(R) = Eχn(R) (12.16)
ここで、非断熱結合演算子を次式で定義した。 Lnm≡ ⟨ϕn|TN|ϕm⟩ −∑
I
(ℏ2/MI)⟨ϕn|∇I|ϕm⟩ · ∇I
練習問題
Wnm(R) = δnmWm(R) となる断熱表示の場合に、式(12.16)が式 (12.12) に帰着することを確認せよ。今、電子基底ϕm(r; R)を適当に選ぶことにより、非断熱結合⟨ϕn|∇I|ϕm⟩ が 最小化され、Lnmが無視出来るようになるとする。そうすると、上式は次のよ うに近似される。
[TN+ Wnn(R)]χn(R) + ∑
m̸=n
Wnm(R)χm(R) = Eχn(R) (12.17)
これは、式(12.12)と若干似ているが、定性的に大きく異なっている。それは、 電子状態間の混合と遷移を引き起こしているのが、非断熱結合項ではなくて、電 子Hamiltonian行列の非対角要素Wnmである点である。
12.6 3 つの近似
第12.2節で、断熱近似の基礎を見た。この近似は、さらにBorn-Huang近似、 Born-Oppenheimer近似、Crude-adiabatic近似という3種に分類されることが ある。
1. Born-Huang (BH) 近似は、式(12.16)からさらに次の仮定を置くこと で導かれる。
• 断 熱 基 底 を 取 る 。よって 、W は 対 角 的 な 断 熱 ポ テ ン シャル 面 Wnm(R) = δnmWm(R) とする。
• 非断熱結合演算子Lnm(R)の非対角項を無視する。
• 対角項Lnn(R)は残す。
対角項Lnn(R)を残すというのが、Born-Huang近似の特徴である。 2. Born-Oppenheimer (BO)近似は、第12.2で見たように、Born-Huang
近似の上に、さらに対角項Lnn(R)も無視する。すなわち、
• Born-Oppenheimer=Born-Huang+対角項Lnn(R)を無視。 3. Crude-adiabatic (CA) 近似は、次のように要約される。
• 電子基底として、ある特定の核配置R0 における電子波動関数{ϕn} を採用し、そのR依存性を無視する。すなわち、
Ψ(r, R) ≃∑
m
χm(R)ϕm(r; R0) (12.18)
通常、R0としては、基底状態における平衡核配置を選ぶことが多い。
• 非対角項は無視する。
CA近似についてもう少し説明を加える。この近似は、ある特定の核配置R0に おける電子Schr¨odinger方程式
He(r; R0)ϕm(r; R0) = Wm(R0)ϕm(r; R0)
から得られる電子波動関数{ϕn}を用いる。次に、電子Hamiltonianを参照核配 置R0の周りで展開し、Rへの依存性を次式のように∆Uで表す。
He(r; R) = He(r; R0) + ∆U (r, R)
R0 が定数であるから、式(12.18)を用いることは、Lnm = 0を意味する。よっ て、式(12.16)は次式に帰着する。
[TN+ Wn(R0) + ∆Unn(R)]χn(R) + ∑
m̸=n
∆Unm(R)χm(R) = Eχn(R)
ただし、
∆Unm(R) =
∫
dr ϕ∗n(r; R0)∆U (r, R)ϕm(r; R0)
である。通常のCA近似では、さらに非対角項を無視して、最終的に次式を用 いる。
[TN+ Wn(R0) + ∆Unn(R)]χn(R) = Eχn(R)
12.7. 非断熱結合の性質 151
12.7 非断熱結合の性質
ここでは、非断熱結合について、有用な性質を幾つか要約する。 1. 1次の非断熱結合の対角項の実部はゼロである。
Re⟨ϕn|∇R|ϕn⟩ = 0
証明:
規格化条件⟨ϕn|ϕn⟩ = 1 の微分∇R を取ると、⟨∇Rϕn|ϕn⟩ + ⟨ϕn|∇Rϕn⟩ = 2Re⟨ϕn|∇R|ϕn⟩ = 0
系:
ϕn が実関数ならば、⟨ϕn|∇R|ϕn⟩ = 0,
よって、Lnn = ⟨ϕn|TN|ϕn⟩ となる。
2. 断熱電子基底{ϕk(r; R)}について、次式が成立つ。
(Wm− Wn)⟨ϕn|∇R|ϕm⟩ = ⟨ϕn|∇RV |ϕm⟩ (12.19)
証明:
次の関係式から出発する。[He, ∇R] = He∇R− ∇RHe= −∇RHe= −∇RV
(これは演算子であることに注意。)したがって、任意の電子基底につい て、次式が成立つ。
⟨ϕn|He∇R− ∇RHe|ϕm⟩ = −⟨ϕn|∇RV |ϕm⟩
今、{ϕk}はHeの固有関数であるから、
(Wn− Wm)⟨ϕn|∇R|ϕm⟩ = −⟨ϕn|∇RV |ϕm⟩
を得る。縮退していない(Wn̸= Wm)2つの電子状態について、式(12.19) は、
⟨ϕn|∇R|ϕm⟩ = 1
Wm− Wn⟨ϕn|∇RV |ϕm⟩
となる。これは、エネルギー差Wn− Wm が小さいとき、すなわち、断熱 ポテンシャル曲面の擬交差(avoided crossing)の近辺で、1次の非断熱結 合が大きくなることを示している。
12.8 Virial 定理と Hellmann-Feynman 定理
正確な波動関数を求めるのは、一般には容易でない。しかし、波動関数その ものが直接に求まらなかったとしても、それらの満たすべき性質を知ることが できれば有用であろう。それは例えば、近似的な波動関数の性質を吟味したり、 改良したりするのに役立つはずである。本節では、そのような性質の代表例とし て、virial (ビリアル)定理とHellmann-Feynman (ヘルマン・ファインマン)定 理について考察する。これらは、本章の主題であるポテンシャルエネルギー面 の概念にも密接に関係する。
Virial定理は古典力学と量子力学の両者において成り立ち、互いに類似の形式
を持っている。例えば、重力ポテンシャルによる惑星運動に関する古典的virial 定理と、Coulombポテンシャルによる原子分子系の量子的virial定理とは、形 式的に同じ形で表される。これは共にポテンシャルが距離に反比例することに 由来し、それ以上の力学的詳細には依存しない。
また、古典的なvirial定理は、実在気体の状態方程式と気体分子運動論の議論 においても有用な概念を与える。これについては、第??章で定圧分子動力学法 に関連して再び取り上げることになる。
Hellmann-Feynman定理は、Hamiltonianが力学変数以外のパラメータを含 む場合に、そのパラメータへのエネルギー依存性の計算を簡略化し見通しよくし てくれる。例えば、断熱近似の下では核座標はパラメータとして扱うので、断熱 ポテンシャル曲面の勾配すなわち核の受ける力の計算にこの定理を応用できる。 また、分子系に外部電磁場をかけた際のエネルギー変化を考察する際にもこの 定理を適用できて、分極率や超分極率などの概念を簡明に与えてくれる。その 他、相互作用を人為的にスケールするパラメータを導入し、相互作用を断熱的 に印加していくような技法においても活用されている。
次の数節はvirial定理の一般的な概説である。本章の主題のポテンシャルエネ ルギー面から一時的に外れるが、12.8.5節以降で議論が結び付く。
12.8.1 古典力学的な virial 定理
ここでは最初に一般化座標qと共役運動量pを用いる。これは、??節との関 連を念頭に置いている。目的の式(12.23)または(12.24)を得るためには、最初 からデカルト座標を用いても構わない。
まず、積pqの時間微分を考える。 d
dt(pq) = p ˙q + ˙pq = p∂H
∂p −
∂H
∂q q (12.20)
2番目の等号で、ハミルトンの運動方程式(8.4)を用いた。両辺の時間平均を考 えると、左辺は
τ →∞lim 1 τ
∫ τ 0
d
dt(pq)dt = lim
τ →∞
p(τ )q(τ ) − p(0)q(0)
τ (12.21)
12.8. Virial 定理と Hellmann-Feynman 定理 153
となる。これは、ポテンシャルにより一定の範囲に制限される束縛運動の場合 には、分母のみが発散してゼロになる。よって、式(12.20)右辺の時間平均につ いて⟨p∂H
∂p⟩ = ⟨
∂H
∂q q⟩ (12.22)
が成り立つ。これは、??節で扱う「一般化された等分配則」とも関連する。
式(12.22)を、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの間の関係に書き直
したものが、「virial定理」と呼ばれるものである。例えば、H = p2/2m + V (q) については、
2⟨p
2
2m⟩ = ⟨q
∂V
∂q⟩ (12.23)
となる。運動エネルギーをT、力をF = −∂V /∂qと書くと、
2⟨T ⟩ = −⟨qF ⟩ (12.24)
とコンパクトに表される。
今、ポテンシャルがqのn乗に比例する(V ∝ qn)とすると、式(12.24)は、
2⟨T ⟩ = n⟨V ⟩ (12.25)
となる。よって、重力やCoulombポテンシャルの場合には、
2⟨T ⟩ = −⟨V ⟩ (n = −1) (12.26) 調和ポテンシャルの場合には、
⟨T ⟩ = ⟨V ⟩ (n = 2) (12.27)
となる。このように、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの時間平均の 間の関係を与えるのがvirial定理の特徴である。
12.8.2 量子力学的な virial 定理
量子力学的なvirial定理については、前節の古典論に対応する形で導出するこ とができる。後で12.8.4節において、原子分子の問題に則して少し異なった導 出を示す。
まず、前節の式(12.20)に対応して、演算子pˆ、qˆの積の期待値の時間微分を 考える。簡単のために、演算子の上のˆは省略する。時間に陽に依存しない演算 子Aについて、d⟨A⟩/dt = (i/ℏ)⟨[H, A]⟩ が成り立つ†ことを思い出せば、
d dt⟨pq⟩ =
i
ℏ⟨[H, pq]⟩ (12.28)
†⟨ψ|A|ψ⟩ を時間微分し、∂ψ/∂t (とその複素共役) に時間依存の Schr¨odinger 方程式 を用いればよい。
である。H = p2/2m + V (q)とすれば、
[H, pq] = [H, p]q + p[H, q] = iℏ (
qdV dq −
p2 m
)
(12.29)
が成り立つので、式(12.28)は、 d
dt⟨pq⟩ = ⟨ p2 m⟩ − ⟨q
dV
dq⟩ (12.30)
となる。両辺の時間平均を取ると、左辺は式(12.21)と同様にゼロとなる。右辺 の期待値はそのままであるから、結局、式(12.23)と同じ形の式が得られる。た だし、記号⟨· · · ⟩は、古典力学の時間平均から量子力学的な期待値へ読み替える。 残りの式(12.24)から(12.27)までも、同様の読み替えにより全て量子力学にお いても成り立つことが分かる。
練習問題
交換関係[q, p] = iℏ、およびp = −iℏ(∂/∂q) を用いて、式(12.29) を確かめよ。別の導出
上の導出では、期待値の計算は時間依存Schr¨odinger方程式に従う束縛状態に よるものとした。これに対し、Hamiltonianの固有関数による期待値を考える場 合には、導出はもっと容易である。
式(12.28)には依らず、式(12.29)から出発して、エネルギー固有関数ψによ る両辺の期待値をとれば、
⟨[H, pq]⟩ = iℏ (
⟨qdV dq⟩ − ⟨
p2 m⟩
)
ところが、Hψ = EψかつHはエルミートであるから、左辺は
⟨ψ|[H, pq]|ψ⟩ = ⟨ψ|Hpq|ψ⟩ − ⟨ψ|pqH|ψ⟩
= E⟨ψ|pq|ψ⟩ − ⟨ψ|pq|ψ⟩E
= 0
となって消える。よって、式(12.23)と同型で、エネルギー固有関数による期待 値に読み替えた量子的virial定理が直ちに得られる。
12.8.3 virial 定理の意味
この節では、virial定理の意味を、調和振動子とCoulombポテンシャルの2 例について調べる。
12.8. Virial 定理と Hellmann-Feynman 定理 155
調和振動子の場合
式(12.27)で見たように、virial定理は⟨T ⟩ = ⟨V ⟩を与えるので、
E = ⟨T ⟩ + ⟨V ⟩ = 2⟨T ⟩ = 2⟨V ⟩ (12.31) これと不確定性原理から、調和振動子がゼロ点エネルギーを持つべきことが、次 のように容易に理解される。
今、仮にE = 0であるとすると、virial定理 (12.31)により、
⟨T ⟩ = ⟨V ⟩ = 0
これは、調和振動子H = p2/2m + kx2/2 の場合には
⟨p2⟩ = ⟨q2⟩ = 0
を意味し、不確定性原理に反する。よって、全ての状態でE > 0でなければな らず、最低エネルギー状態も有限のエネルギーを持つことになる。すなわち、ゼ ロ点エネルギーが存在する。
Coulomb ポテンシャルの場合
式(12.26)で見たように、virial定理は2⟨T ⟩ = −⟨V ⟩ であるから、 E = −⟨T ⟩ = 1
2⟨V ⟩ (12.32)
が成り立つ。よって、Coulomb系の束縛状態(E < 0)では、必ず⟨T ⟩ > 0かつ
⟨V ⟩ < 0である。すなわち、系の安定はポテンシャルエネルギーによる。これ
は、原子系の場合には当然のことに見えるが、同じ形の定理が分子系にも成立 つことを後で見る。Virial定理が化学結合の形成にとって大きな意味を持つこと が明かになる。
例として、水素原子と水素分子イオンH+
2 を考えてみる。まず、よく知られ ているように、水素原子の基底(1s)状態のエネルギーは、
E = Rhc = −13.6 eV
である‡。ポテンシャルエネルギーは、原子単位でV (r) = −1/rであるから、 virial定理より、
⟨V ⟩ = − 1
⟨r⟩= − 1
a0 = 2E = −27.2 eV
‡R は Rydberg 定数、h は Planck 定数、c は光速である。
となる§。よって、E = −1/2a0という関係式は、詳細な計算をせずともvirial 定理から直ちに得られることが分かる。運動エネルギーの期待値は、virial定理 より、
⟨T ⟩ = −E = +13.6 eV となる。
次に、水素分子イオンH+
2 を考える。詳細な計算(Hylleraas)によると、結合 エネルギーは 2.8 eVと知られているので、全エネルギーは
E = −13.6 − 2.8 = −16.4 eV
よって、virial定理より
⟨T ⟩ = +16.4 eV
これは、水素原子の場合(13.6 eV)よりも2.8 eVだけ大きい。すなわち、分子 の結合エネルギーの分だけ運動エネルギーの期待値が増加している。しかしな がら、Coulomb系の場合は⟨V ⟩ = −2⟨T ⟩であるから、運動エネルギーの不安定 化よりもポテンシャルエネルギーの安定化が優位となる。
この内容をもう少し詳しく見てみよう。H+
2 分子のポテンシャルエネルギー は、電子と核との間の引力ポテンシャルと2核間の反発ポテンシャルから成り、 virial定理より⟨V ⟩ = 2Eであるから、
⟨V ⟩ = − 1
⟨r1A⟩ − 1
⟨r1B⟩ + 1
⟨RAB⟩ = 2E = −32.8 eV
が得られる。ただし、2つの水素原子核にA、Bとラベルを付け、RAB は核間 距離、r1A、r1Bは電子と核の間の距離とした。平衡核間距離は⟨RAB⟩ = 1.06
˚Aであることが知られているので、1/⟨RAB⟩ = 13.6 eV となる。対称性より
⟨r1A⟩ = ⟨r1B⟩とすれば、電子-核間引力ポテンシャルの期待値は、
− 1
⟨r1A⟩ = − 1
⟨r1B⟩ = −23.2 eV
これは、水素原子の場合(−27.2 eV)よりも絶対値が小さいが、大体同程度の大 きさである。この引力ポテンシャルが2つ分あって、核間反発や運動エネルギー の(若干の)増大を補って余りあるために、水素分子イオンは安定な結合を形成 する。上でも指摘したように、運動エネルギーが原子の場合よりも増大してい る点も重要である。これより、例えば箱の中の自由粒子との類推から、電子が分 子間に拡がることで運動エネルギーが低下すると考えるのは、Coulomb系の場 合には不適切であることが分かる。この点については、後で12.8.7節でも再考 する。
§a
0= ⟨r⟩ = 1 bohr = 0.529 ˚A は Bohr 半径である。
12.8. Virial 定理と Hellmann-Feynman 定理 157
12.8.4 分子系の virial 定理とスケーリング
前節で、Coulombポテンシャル系のvirial定理(12.26)を導いた。これは、式 (12.1)の非相対論的Hamiltonianに従うような、原子核と電子からなる一般の 物質系でも成り立つ。本節では、これを少し異った方法で導く。
まず、基底状態の波動関数をΨ1(r, R)と書く¶。これは規格化されていると する(⟨Ψ1|Ψ1⟩ = 1)。次に、全ての座標を実数パラメータαでスケールした
Ψα(r, R) = α3(n+N )/2Ψ1(αr, αR) (12.33) を考える。ここで、nは電子数、N は原子核数である。前因子α3(n+N )/2によ り、Ψα(r, R)は自動的に規格化されている。
練習問題
Ψα(r, R)が規格化されていることを確かめよ。上の解答と同様にして、
⟨Ψα|T |Ψα⟩ = α2⟨Ψ1|T |Ψ1⟩ (12.34)
⟨Ψα|V |Ψα⟩ = α⟨Ψ1|V |Ψ1⟩ (12.35) が成り立つことが分かる。ただし、T = TN+ Te、V = VeN+ Vee+ VNNである。 よって、Ψαにおける全エネルギーの期待値は、
Eα= α2⟨Ψ1|T |Ψ1⟩ + α⟨Ψ1|V |Ψ1⟩ (12.36) となる。ところで、系の正しい基底状態はΨ1なのだから、Eαはα = 1で最小 となるはずである。すなわち、
dEα dα
α=1
= 0 (12.37)
よって、
2⟨Ψ1|T |Ψ1⟩ + ⟨Ψ1|V |Ψ1⟩ = 0 (12.38) これは、Coulomb系のvirial定理に他ならない。
スケーリングの方法
次に、出発点のΨ1が式(12.37)を満たさない近似的な波動関数である場合を 考える。このときは、座標を適当にスケールすることにより、virial定理を満た すように補正することができる。話は簡単で、dEα/dα = 0をαについて解いた
α = −⟨V ⟩1
2⟨T ⟩1 (12.39)
によってΨαを作ればよい。(以下、⟨T ⟩α= ⟨Ψα|T |Ψα⟩ のように記す。)
¶添字を1 にした理由は、以下で導入するスケール因子 α が 1 の場合に対応するから である。
練習問題
このαを用いて作ったΨαは、virial定理 2⟨T ⟩α+ ⟨V ⟩α = 0を満たすことを示せ。
このΨαは、変分的にも改善されている∥。なぜならば、 2⟨T ⟩1+ ⟨V ⟩1= δ ̸= 0
とすると、
Eα− E1 = − δ
2
4⟨T ⟩1 < 0 となるからである。
12.8.5 Hellmann-Feynman 定理
12.8.4節で議論したのは、電子と核の両変数に関する全波動関数Ψ(r, R)で あった。実際には、断熱近似の下で核座標はパラメータとして扱い、電子波動 関数のみを求めることが多い。本節では、このような場合に有用なHellmann-
Feynman定理について考察する。これは、次節で扱う断熱近似下でのvirial定
理への準備となる。
上記のように、断熱近似下で電子波動関数を求めるときには、核座標は力学 変数ではなく外部パラメータである。同様に、電場下の波動関数を考えるとき も、電場は外部パラメータとなる。このようなパラメータをαと書くことにす る。系のHamiltonianは、このパラメータを含むH(α)とする。
まず、H(α)の下での正確な波動関数をΨ(α)、エネルギー固有値をE(α)と し、Ψ(α)は規格化されているものとする。このとき、αの変化に対するエネル ギーの変化は
dE(α)
dα =
d
dα⟨Ψ(α)|H(α)|Ψ(α)⟩
= ⟨∂Ψ
∂α|H|Ψ⟩ + ⟨Ψ|∂H
∂α|Ψ⟩ + ⟨Ψ|H|∂Ψ
∂α⟩
= E⟨∂Ψ
∂α|Ψ⟩ + ⟨Ψ|
∂H
∂α|Ψ⟩ + E⟨Ψ|
∂Ψ
∂α⟩
= E d
dα⟨Ψ|Ψ⟩ + ⟨Ψ|∂H
∂α|Ψ⟩ = ⟨Ψ|
∂H
∂α|Ψ⟩
(12.40)
と な る 。波 動 関 数 の 変 化 に 関 す る 項 が 消 え て 、Hamiltonianの 変 化 に 関 す る
∂H/∂αの期待値の形になる点が重要である。dE(α)は、(∂H/∂α)dαを摂動と したときの1次の摂動エネルギーの形になっている。
∥これは、dEα/dα = 0 から定めたことからも既に示唆されている。
12.8. Virial 定理と Hellmann-Feynman 定理 159
練習問題
Ψ(α)の規格化を仮定せず、E(α) = ⟨Ψ(α)|H(α)|Ψ(α)⟩/⟨Ψ(α)|Ψ(α)⟩ としたときのHellmann-Feynman定理✓ ✏
dE(α) dα =
⟨Ψ(α)|∂H(α)/∂α|Ψ(α)⟩
⟨Ψ(α)|Ψ(α)⟩ (12.41)
✒ ✑
を示せ。
次式は、積分型のHellmann-Feynman定理と呼ばれる。
✓ ✏
E(α2) − E(α1) = ⟨Ψ(α2)|H(α2) − H(α1)|Ψ(α1)⟩
⟨Ψ(α2)|Ψ(α1)⟩ (12.42)
✒ ✑
ただし、⟨Ψ(α2)|Ψ(α1)⟩ ̸= 0とする。
練習問題
二つのパラメータ値におけるSchr¨odinger方程式H(α1)Ψ(α1) = E(α1)Ψ(α1), H(α2)Ψ(α2) = E(α2)Ψ(α2)
が成り立つとして、式(12.42)を示せ。
練習問題
積分型のHellmann-Feynman定理(12.42)において、α1 = α, α2 = α + δα とおくことにより、微分型のHellmann-Feynman定理(12.41)を導け。静電定理
(ToDo: 近似波動関数の場合)
(ToDo: 基底関数の核座標依存性について, LCAO-MO, Plane-Wave)
12.8.6 断熱ポテンシャルと virial 定理
前節の予告通り、断熱近似の下でのvirial定理を考察する。大枠は、12.8.4節 と同様である。ただし、式(12.5)のように、電子Hamiltonian Heと電子波動関 数ϕ(r; R)を扱う。スケーリングとしては、式(12.33)の代りに
ϕα(r; R) = α3n/2ϕ1(αr; R) (12.43)
を考える。断熱近似の下でRは力学変数ではなく外部パラメータなので、規格 化や期待値の計算において積分変数とはならないことに注意する。
まず、運動エネルギーについては、式(12.34)においてTをTeで置き換えた
⟨ϕα|Te|ϕα⟩ = α2⟨ϕ1|Te|ϕ1⟩
が成り立つことが容易に分かる。ポテンシャル項については若干の注意が必要で、
⟨ϕα|V (R)|ϕα⟩ = α⟨ϕ1|V (αR)|ϕ1⟩ (12.44) となる。両辺はRに依存しており、右辺にはスケールされたαRが残っている 点が、以下で重要となる。
練習問題
式(12.44)を確かめよ。ϕ1が基底状態の正確な電子波動関数であるならば、式(12.37)に対応して
∂
∂α[α
2⟨ϕ
1|Te|ϕ1⟩ + α2⟨ϕ1|V (αR)|ϕ1⟩] α=1
= 0
すなわち、
2⟨ϕ1|Te|ϕ1⟩ + ⟨ϕ1|V (R)|ϕ1⟩ + ⟨ϕ1|[ ∂V (αR)
∂α ]
α=1
|ϕ1⟩ = 0 (12.45)
が成り立つはずである。左辺第3項が式(12.38)との相違点で、断熱近似により 核座標をパラメータとしたことに由来する。この項は、Hellmann-Feynman定理
∂W1(αR)
∂α = ⟨ϕ1|
∂V (αR)
∂α |ϕ1⟩
を用いて、ϕ1の断熱ポテンシャルW1(R)の微分で表される。さらに、
∂W1(αR)
∂α =
∑
I
∂(αRI)
∂α ·
∂W1(αR)
∂(αRI)
であるから、式(12.45)は
2⟨ϕ1|Te|ϕ1⟩ + ⟨ϕ1|V (R)|ϕ1⟩ = −∑
I
RI ·∂W1(R)
∂RI (12.46)
となる。これが、断熱近似の下でのvirial定理である。平衡核配置Reにおいて 右辺は消えるので、
2⟨ϕ1|Te|ϕ1⟩R=Re+ ⟨ϕ1|V |ϕ1⟩R=Re = 0 (12.47) が成り立つ。
練習問題
⟨ϕ1|Te|ϕ1⟩ = −W1(R) −∑
I
RI ·∂W1(R)
∂RI (12.48)
⟨ϕ1|V |ϕ1⟩ = 2W1(R) +∑
I
RI·∂W1(R)
∂RI (12.49)
を示せ。
12.8. Virial 定理と Hellmann-Feynman 定理 161
12.8.7 化学結合と virial 定理
12.8.3節では、水素分子イオンを題材にvirial定理の意味と有用性を見た。そ こでは、完全な波動関数に関する式(12.38)、あるいは平衡核配置における式 (12.47)を用いたことになる。これらとは対照的に、式(12.46)を用いれば、平 衡核配置のみならず、より広く断熱ポテンシャル面上での様相を議論すること が可能になる。
例として、2原子分子を考える。原子間距離をrとし、ポテンシャルエネル ギー曲線として
W (r) = a/rn− b/rm
の形を仮定する。n, mはn > m > 0なる整数、a > 0, b > 0とする。第1 項が短距離の反発ポテンシャル、第2項が長距離の引力ポテンシャルを表す。 n = 12, m = 6としたものが、いわゆるLennard-Jones (レナー・ジョーンズ)ポ テンシャルである。W (r)の極小点すなわち平衡核間距離はre= (an/bm)1/(n−m) である。
上のW (r)について、式(12.48)-(12.49)は
⟨T ⟩(r) = −W (r) − r(dW /dr) = a(n − 1)/rn− b(m − 1)/rm
⟨V ⟩(r) = 2W (r) + r(dW /dr) = −a(n − 2)/rn+ b(m − 2)/rm
となる。n = 12, m = 6の場合のグラフを図XXに示した。図および上式から 分かるように、⟨T ⟩(r)はW (r)と類似の関数形を持ち、係数a, bがa(n − 1), b(m − 1)に置き代ったものであるから、W (r)と同様、ある距離(rtとする)で 極小を示す。一方、⟨V ⟩(r)は、⟨T ⟩(r)の符号を反転し係数を少しずらした形な ので、図のように極大を示す。具体的には、⟨V ⟩(r)の極大を与えるrをrvとす ると、rt/re= (n − 1/m − 1)1/(n−m), rv/re= (n − 2/m − 2)1/(n−m) の関係があ り、n > mであるから、re< rt< rv の順になる。例えば、n = 12, m = 6のと き、rt/re≃ 1.14, rv/re≃ 1.16 である。
練習問題
適当なソフトウェアを用いて、図XXのようなグラフを描いて見よ。 さらに、W (r)としてモース(Morse)関数W (r) = D(e−2a(r−re)− 2e−a(r−re))
を用いた場合について考察せよ。
図に見られるように、⟨T ⟩(r)および⟨V ⟩(r)がr > reで極小および極大を示す のは、結合ポテンシャルの関数形の詳細には依存しない一般的な性質である。こ れより、結合が形成される際の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの寄与 について、次のような描像が得られる。まず、2原子が接近し結合が形成される 初期段階では、運動エネルギーが低下し、ポテンシャルエネルギーは不安定化す る。これは、電子が始めに属していた原子から離れて拡がり始めることによる。 このエネルギー変化の傾向は、平衡核間距離reに至る少し前に反転し、急激に 運動エネルギーは上昇しポテンシャルエネルギーは下降する。これは、電子が 相手の原子核からの引力ポテンシャルを強く獲得することによる。核に引き寄 せられる分、運動エネルギーは増加する。reにおいては、virial定理⟨V ⟩ = 2W ,
⟨T ⟩ = −Wが示す通り、ポテンシャルエネルギーによる安定化が運動エネルギー
の不安定化の2倍になり、安定な結合が形成される∗∗。reより短い距離での反 発は、運動エネルギーの急峻な上昇による。
12.9 幾何学的位相(ベリー位相)
12.10 Jahn-Teller 効果と Renner-Teller 効果
12.11 Walsh ダ イ ア グ ラ ム と Bader-Pearson
則
∗∗
例えば固体電子論などにおいて、電子が結晶中に拡がることによる運動エネルギー の低下が結晶化エネルギーの起源であるかのような議論は、核からのポテンシャルを無 視したモデルに起因する。Virial 定理は Coulomb ポテンシャルに支配される物質系一 般に成り立つものなので、このような議論は現実的には不適切であることが分かる。