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D Research Paper at NIRA〈20042008〉 ProfShigehito Inukai 犬飼重仁

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(1)

1997年のアジア通貨危機以来、タイや韓国をはじめと するアジア諸国では、二度と同じ事態が起こらぬよう、 危機を未然に防ぐためのさまざまな試みが行われてき た。

わが国政府当局も、その先頭に立って、1998年10月、 通貨危機に見舞われたアジア諸国の経済困難の克服を支 援し、国際金融資本市場の安定化を図るため、「アジア の通貨危機支援に関する新構想(新宮澤構想)」を表明 した。そしてそのような東アジア各国の政府・財務省に よる域内金融協力の実践・尽力は、2000 年に ASEAN

(東南アジア諸国連合)と日中韓の間で合意に達した、 危機の際の相互扶助ネットワークである「チェンマイ・ イニシアチブ」として結実した。

しかし、必要不可欠なこれら「万が一対応」とは別に、 アジア各国の潤沢な貯蓄を地域内で経常的に循環可能と する市場インフラが整備されていなかったことが、金融

危機を招いた本質的な原因の一つだと、専門家は指摘し ていた。

つまり、アジアでは、各国とも国内の銀行を中心とす る間接金融市場はある程度発達していたが、それを十分 に補完し、域内の資金を同じ域内で相互に活用し得るに 足る、域内共通・共同の直接金融市場が存在していなか ったのだ。各国の自国通貨と他の域内のアジア通貨との 円滑な交換を前提とした、多通貨建てでの、オンショア とオフショア間の資金循環を阻害しない、厚みのある国 際的金融市場(債券市場)の発達が十分とはいえなかっ たのである。

この視点から、危機再発を防止するためにも、長期的 なスパンでアジアの資金を域内運用できる、アジア共 通・共同の債券・金融市場の構築、すなわち「アジア債 券(ボンド)市場」が必要であるという考えが生まれた のだ。

2003年8月から始まった各国財務省主導によるアジア 債 券 市 場 育 成 イ ニ シ ア チ ブ ( ABMI : Asian Bond Markets Initiative)の推進や、ABF Ⅰ・Ⅱ(Asian Bond FundⅠ・Ⅱ)と呼ばれる債券ファンドの設定は、

域内金融市場リスク最小化への課題

東アジアにおける、もう一つ

の経済連携

―アジア共同国際債(アジア・ボンド)市場構築の必要性

NIRA 主席研究員

犬飼重仁

東アジア経済社会の持続的成長のために最も重要なことは、(1)域内各国と地域市場全体を対象として、 万一の金融危機の場合に発生する流動性の枯渇などといった市場性リスクを最小化しておくための「万が 一対応」と、(2)「経常的対応」としての、域内共通の新しい金融市場の創造とその共通市場インフラを 含めた国際競争力の強化、の二点である。

そのためには、①域内の資金を同じ域内で有効かつ円滑に循環させることができ、②また、危機の場合に 高い復元力を備え、③さらに域内のみならず域外からの市場参加者にとっても同時に使い勝手の良い、そ ういうオープンで柔軟性の高いソフトインフラとしてのアジア・ボンド市場(共同国際債市場)の整備を 進めることが急務である。そしてそれは、域内市場専門家の自発的努力によってのみ可能となる。

(2)

いぬかい・しげひと 1975 年慶應義塾大学法学部卒。2002 年ハーバードビジネススクール AMP 修了。 6 年間のロンドン金融子会社を含め三菱商事の財務部門に 18 年間勤務後、同社国際戦略研究所金融情報担 当部長等。02 年 6 月から NIRA に出向・現職。早稲田大学大学院法学研究科客員教授、慶應義塾大学経済 学部企業金融論講師、成蹊大学法科大学院非常勤講師、「日本資本市場協議会」事務局長を兼務。主な著書 に、『Enhancing Market Functions in Japan』[2004]共著、慶應義塾大学出版会、『電子コマーシャ ルペーパーのすべて』[2004]共編著、東洋経済新報社、『NIRA Market Governance Report 2005 : 包括的・横断的市場法制のグランドデザイン』[2005]編集および執筆、NIRA など。

そのような問題意識に基づいて行われ大きな実績を上げ ている。ただし、それらの取り組みは、いわば先駆け的 にまさに今、始まったところであり、アジア債券市場の あるべき姿・ヴィジョンや構築の方法についての議論の 深化は、今後に待たれるところとなっている。

近年、域内における地域金融協力が進展を見せる中、 マレーシアのマハティール元首相やタイのタクシン首相 は、より本格的な「アジア債券市場創設」を繰り返し提 唱されている。ごく最近も、タクシン首相が日本の新聞 社のインタビューに答える形で、「アジア債券市場の構 築」について日本の貢献への大きな期待を表明されたが、 これらの、地域全体の観点からの指摘は極めて重要であ り、かつ意義深い。

しかし、日本の中では、「アジア債券市場とは何か」 という点すらあまり議論されておらず、株式市場の回復 とともに危機感が薄れ、中長期的な域内市場インフラの 構築の必要性とアジア発の金融仲介産業創造の必要性を 内包した、上記の重要な指摘の意図するところが広く認 識されているとは感じられない。アジアの中で日本の占 める経済的な位置からしても、日本はそれらの指摘を真 剣に受け止める責任があると考える。

ここで、上記のアジア債券市場創設提唱の背景を理解 するために、アメリカの経常収支と、東アジア諸国の投 資・外貨準備との関係の中にくっきりと浮かび上がっ た、東アジアの国々とアメリカとの緊密な関係について 触れておこう。

①アメリカの経常赤字は、2000年以後急激に増加し、04 年末には 6660 億ドルに達しており、05 年に入ってか らも増加の一途をたどっている(図表1)。

②また、ここ数年、海外、特にアジアからの米国債投資 が急増している。

ここで、2004 年末の海外で保有されている米国債

(財務省証券)残高1兆 8860 億ドル(発行残高全体に 対する海外保有分は4割強)のうち、日本(6899億ド ル)や中国(2229 億ドル)、台湾(679 億ドル)、韓国

(550 億ドル)、香港(451 億ドル)など、東アジア諸 国がその 6 割の1兆ドル以上を保有していることに注 目したい(図表2・44ページ)。

③また、近年の一次産品の値上がりによる広義のオイル マネーの増加が、英国やベネルクス三国やスイス、カ

アジアに蓄積された資本はどこへ?

アジア債券市場創設提唱の意図

100

0

−100

−200

−300

−400

−500

−600

−700

(10億ドル)

出所:米国商務省「Balance of Payments」、米国行政管理局(OMB)    「2005会計年度予算教書」

図表1 米国経常収支の推移(1977∼2004年))

(3)

リブなどの国際金融センターからの米国債投資を全体 として増加させていることも見逃せない(図表2)。

④さらに、2005年3月末の東アジア各国の外貨準備高は、 日本の 8377 億ドル台(世界第1位)を筆頭に、中国 6591 億ドル(世界第2位)、続いて台湾、韓国、香港 などの域内全体で 2.3 兆ドル以上に達しており、これ は、世界全体の約3分の2を占めるといわれている

(図表3)。

今、アジアの貯蓄が、米国債への投資をはじめとする 対米証券投資の形を取って、直接・間接に、アメリカ経 常収支赤字のかなりの部分を補ほ てんしている状態にあると いえる。

なお、その東アジア内で蓄積された資金は、仲介者に よってアメリカをはじめ欧米諸国に流入し、(お金に色 は付いていないが、全体として見れば)そのうちかなり の部分が、アメリカなどによる投資資金として再びアジ アに還流しているのである。

ここで指摘しておきたい点は、その資金仲介の大部分 が「アジア地域外の欧米系の金融機関と決済システム」 によってなされていることだ。そこには、本来、東アジ

ア自身の手によって行われるべき金融仲介機能が働かな い状況、すなわちアジア発の仲介機能の空洞化を招く状 況が恒常的に存在するといってよい。日本の金融機関を  海外全体 計

カナダ その他 日本 中国 台湾 韓国 香港 シンガポール タイ

1015 1040 1239 1523 1886 871

(単位:10億ドル)

B A

2000年末 2001年末 2002年末 2003年末 2004年末 A−B

 東アジア 小計 ドイツ

フランス イタリア 英国

ベネルクス三国 スイス

カリブ(バンキングセンター) OPEC(石油輸出国機構)

14 192 318

60 33 30 39 28 14 522 49 25 21 50 41 16 37 48

15 215 318

79 35 33 48 20 16 549 48 21 19 45 28 19 34 47

10 234 378 118 37 38 48 18 17 654 37 23 16 81 50 34 50 50

24 240 551 159 51 63 50 21 12 907 48 17 13 82 52 46 52 43

41 280 690 223 68 55 45 30 15 1126 50 20 15 102

76 42 71 62

27 88 372 163 35 25 6 2 1 604 1

▲5

▲6 52 35 26 34 14

データ出所:米国財務省

図表2 米国債を保有する海外各国の内訳

0 200,000 400,000 600,000 800,000

100,000 300,000 500,000 700,000 900,000

百万ドル

出所:IMFほか

図表3 外貨準備高 2005年5月

嗔 填

(4)

はじめとするアジアの金融仲介機関の存在意義が、いま まさに問われているのである。モノと金融がコインの裏 表であることを踏まえれば、域内のこのバランスを欠く 状況は、何としても改善する必要があろう。

つまり、アジア発の市場参加者が活躍する場としての、 アジア共通・共同の国際債(アジア・ボンド)市場とい う新しい市場の創造が必要となっているのである。

これまで、日本国内では「日本再生」というテーマで 多くの議論が行われてきたが、それらの多くは東アジア の発展との関係を特に意識しないで語られてきたきらい がある。また、ここへきて日本の景気の状況が改善し、 日本の株価も上昇基調を強めてくると、日本は自分だけ で景気回復にこぎ着けたかのような錯覚にとらわれた発 言も聞かれる。しかし、日本の回復は、特に①東アジア 各国の経済成長と、②彼らとの相互依存度の高まりと、

③彼らとの健全な協調・連携と、④熾烈ではあるが前向 きの競争と、によって支えられ実現しつつあるものであ ることを忘れてはならない。

今後、域内のさらなる発展のためには、相互依存度の 高まった東アジア地域コミュニティー相互の協力・連携 強化と、域内共通市場の創造とその国際競争力強化が、 何にも増して重要になっているのである。

ここで、相互依存の高まりの一つの例として、二国間 の貿易関係の緊密度を示す指標である「貿易結合度」を 通して、東アジアの貿易関係を復習してみよう。

輸出の結合度は、輸入国側の輸入総額の相対的な規模 によって輸出比率を調整して導き出した数字であり、

「1」より大きければ両者は相対的に強い結び付きがあ り、「2」以上では極めて強い結び付きがあるといえる

(図表4・46ページ)。

日本の輸出では、韓国など東アジア5カ国とアメリカ

を合わせた6カ国の中で、韓国との結び付きが最も強い。 次いで、ASEAN4カ国、中国で、アメリカは一番低い。 中国の輸出は、日本との関係が一番深く、次いで韓国、 ASEAN 4カ国、アメリカの順番である。韓国の場合、 輸出も輸入も、第1位から第3位まで、中国、日本、 ASEAN 4カ国と、すべて東アジアの国である。日本・ 韓国・中国は、輸出では、他のどの国よりもお互いに密 接な関係を持っているといえる。

このように、日中韓など東アジア諸国間で貿易の相互 依存関係が高まっている中で、モノの動きを司る FTA

(自由貿易協定)はますますその重要性を増していくこ とは間違いない。ただし、ここでカネとモノの動きはコ インの裏表の関係にあることを忘れてはならない。その 両方が同時に発展しないと、東アジア市場全体の競争力 を増すことはできないといえよう。

現在、日本やアジア諸国において、FTA 締結に向け ての動きは活発化しているものの、その後どういった域 内の共同体モデルを考えるのかは、まだ明らかになって はいない。

2005 年 12 月 14 日、マレーシアのクアラルンプールで 開かれた第1回東アジアサミットには、ASEANと日本、 中国、インドなど 16 カ国の首脳が集まり、東アジア共 同体構築を目指した「クアラルンプール宣言」が採択さ れた。経済成長を続ける東アジアが、将来の共同体創設 へ向けた第一歩をしるすサミットとして注目されたが、 共同体の枠組みをめぐって参加国の思惑が錯綜さくそうし、具体 的な将来ヴィジョンが明確に示されることはなかった。

ASEAN+3(日・中・韓)の規模は13カ国で、人口 20 億人、GDP(国内総生産)7兆ドル。東アジアサミ ット参加国は、16 カ国で、人口 30 億人、GDP 8兆ドル という規模である。これは欧州連合(EU)の 25 カ国、

東アジア発展への経済連携モデル

相互依存度を高める東アジア各国

(5)

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0

4.5 輸入(中国)

1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 結合度指数が1より

大きければその両 者は相対的に強い 結び付きを有する といえる。 例えば、日本から ASEAN4・韓国・ 中国、中国から日 本、韓国から中国 に対する輸出結合 度は2を超えており、 極めて強い結び付 きを示す。

1. 韓国 2. ASEAN 4 3. 中国

(2000年 1.76) (2001年 1.84) (2002年 2.06) (2003年 2.13) 4. アメリカ

1. 中国 2. ASEAN 4 3. 韓国 4. アメリカ

中国の貿易結合度 韓国の貿易結合度

日本の貿易結合度

出所:NIRAチャレンジブックス『日中韓直接投資の進展』をベースに加筆 韓国

ASEAN 4

アメリカ 日本 0.0

0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0

3.5 輸出(中国)

1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 韓国 ASEAN 4

アメリカ 日本

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5

4.0 輸入(韓国)

1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 ASEAN 4 中国

アメリカ

日本 0.0

0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0

4.5 輸出(韓国)

1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02

03

(年) 03 (年)

(年) (年) 03

03 中国

ASEAN 4 アメリカ

日本 0.0

1.0 2.0 3.0 4.0 5.0

6.0 輸入(日本)

1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 韓国

ASEAN 4

アメリカ 中国

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5

4.0 輸出(日本)

1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02

03 03(年)

(年) 韓国

ASEAN 4

アメリカ

中国

(注)ASEAN4は、タイ、フィリピン、    インドネシア、マレーシアの    4カ国を指す。

図表4 日・中・韓の貿易結合度

(6)

4.5 億人、12 兆ドル、北米自由貿易協定(NAFTA)の 3カ国、4.3 億人、12 兆ドルと比べ、遜そんしょく色なく、むしろ 潜在力で勝るといえよう。

東アジア共同体の枠組みの将来ヴィジョンがどうであ れ、市場間競争の激烈化という現実には、域内関係者の 誰もが目を背けることはできない。域内の市場規模を考 えたとき、日本・韓国・中国がこの東アジア地域におい てイニシアチブを取る必要性は、非常に明確である。

中国の上海社会科学院世界経済研究所の謝康(Kang Xie)教授は、2004 年、新しいアジアの発展への経済連 携モデルとして、"Double Goose" Modelを提唱している。 これは、中国と、日本と韓国のペアという二つの雁がんが、 互いに協調・協力しながらアジアをリードしていくとい うモデルであると理解されるが、非常に注目に値する考 え方であると思われる。

不毛な議論になりかねない東アジア共同体の枠組みの 議論はさて置いて、まずは、EU や NAFTA のように、 そして彼らに負けないように、アジア域内の共通・共同 の市場創造と、その市場の市場競争力を強化するという コンセンサスが必要である。そしてその目的に沿ってい る限り、実際の市場関係者の間で、主体的に、できると ころから実行していくという方法が有効であろう。

そのためには、新しい域内金融資本市場の創造とその インフラ構築の分野については、従来のチェンマイ・イ ニシアチブのような政府主導の取り組みの段階にとどま るのではなく、その実績をふまえて、域内の官・学・民

(市場実務家)のパートナーシップをもって、各国のそ れぞれのアクターが、どういう共通・共同の市場をアジ アにつくるかを考えていかなければならない。

現在、日本を含む東アジアの債券市場の規模は、オフ ショア発行も含めて 10 兆ドル規模と推定される。これ

は、世界の債券市場の約 20 パーセントを占める(図表 5・48ページ)。

アジア地域の最大の債券発行国は日本である。市場規 模は7兆ドルから 8 兆ドル台へと、増加の一途をたどっ ている。次いで、一桁下がって中国、韓国の 4000 億∼ 5000億ドルである(図表6・48ページ)。

東アジアの債券市場は、アメリカの債券市場の規模に ほぼ匹敵するといえる。しかし、この債券市場は、各国 ばらばらの市場のままであってはならない。東アジアで 蓄積された長期的な資本の効果的分配と効率的な資金循 環を可能にする、各国の国の領域を超えた「共通・共同 の市場」を構築するべきなのだ。

ここで、東アジア各国の債券市場を見ると、サイズに 比べ、構成は非常に単純である。

日本は債券発行残高の規模が断然大きいが、その4分 の3が国債・公債で、残りが社債・金融債などの民間債 である。

次に、規模面では、韓国とほぼ同じである中国の債券 市場も、発行された債券のほとんどが公共機関債である。

韓国の場合は、国内金融資本市場の制度整備に並々な らぬ努力を行った結果、社債、金融機関債、国債のバラ ンスが取れており、市場の規模も一定の大きさを保って いる。

各国の国内債券市場の社債比率を見ると、マレーシ ア・韓国・香港・台湾などが相対的に高い。

東アジア各国の経済規模と、もともと各国とも銀行中 心の間接金融型システムからスタートしたことを考慮に 入れると、1997年のアジア通貨危機後から現在まで、社 債などアジア諸国の民間債はよく奮闘しているといえよ う。

それでは、21世紀型の東アジア共通・共同の債券市場

「アジア・スタンダード」をつくり、

資本市場の規制を共有すべき

東アジア債券市場の規模

(7)

を、どうやって推進すべきか考えてみたい。

具体的に、特に金融資本市場の分野において、東アジ ア共通の市場インフラを構築するには、どういった課題 が存在するのか。

まずは、各国で市場関連の法規制システムの調和を図 る必要がある。

アジア債券市場の構築は、これまで、各国の財務当局、

中央銀行、政治家の並々ならぬ努力で推進されてきた。 現在も、日本をはじめとするアジア各国財務省のサポー トの下で、アジア開発銀行を中心に、「ASEAN +3 Asian Bond Markets Initiative(ASEAN3+ABMI)」 という名の持続的な検討が進んでおり、各国が知恵を絞 っているが、今後重要となるのは、市場実務家、金融機 関、研究所、政策立案者の重層的な連携である。

出所:Bank for International Settlements, Central Bank of Taiwan, etc. 海外発行

国債・公債 金融機関債 社債

255.2 6,150.1 日本

1,224.9 770.0

62.0 124.3 韓国

163.0 157.1

12.2 243.0 中国

235.8 12.2

19.7 77.7 台湾

1.1 34.5

23.4 40.4 マレーシア

13.4 44.9

50.8 15.5 香港

6.4 6.4

22.1 36.6 シンガポール

2.6 2.6

8.9 30.7 タイ

9.5 9.5 0

2,000 4,000 6,000 8,000

1,000 3,000 5,000 7,000 9,000

国内市場の国債・公債の比率は 6150/8145=75.5%

(10億ドル)

図表6 東アジア各国債券市場(含む海外発行分)残高内訳

海外・オフショア発行 国内発行計

公債・国債 金融機関債

社債

11,102.5 40,406.6

19,189.2 16,113.6

5,103.8 世界

3,011.8 8,530.7

5,022.0 1,010.8

2,497.9 米国

255.2 8,145.0

6,150.1 1,224.9

770.0 日本

461.8 9,451.6

6,718.3 1,696.1

1,037.2 東アジア (日本を含む)

4.2% 23.4%

35.0% 10.5%

20.3% 世界に対する東アジアの比率

(10億ドル)

出所:台湾以外はBIS Quarterly Review, June 2004。    台湾は証券取引所および中央銀行。

図表5 世界に占める東アジアの債券発行残高の比率 2003年

(8)

特に、日本市場の重要性を考えると、日本の発行体企 業や機関投資家などの市場関係者は、率先して東アジア 金融資本市場の中核としての日本国内の金融資本市場改 革を進める必要がある。それに続いて、東アジアの社 会・経済的発展のためには、域内共通・共同の市場イン フラとして、各国の枠を超えた金融資本市場を育成し、 市場制度基盤を整備していくことが必要となる。

そのためには、域内共同の金融資本市場を支える、各 国の既存の枠組みを超えたアジア共通の制度システムが 必要となる。例えば、各国国内の法制度・税制などのシ ステムがオフショアでの国際的な証券の発行・流通を阻 害しないような、柔軟でシンプルな制度構築が必要とさ れる。

また、それらの証券の情報開示と情報登録のためのシ ンプルなルールとシステム、(欧州のシステムを利用し なくてもアジア域内で自己完結可能な)国際的な証券決 済システム、域内市場参加者の間の自主的な(オフショ ア)市場取引ルール形成のための市場参加者組織創設な どまで含めて、これまで一流発行体による自由な国際的 証券発行流通市場の代名詞であった「(イギリスとベネ ルクス三国の連携で開示書類の登録・証券決済・発行流 通市場などの全体システムが構成されている)ユーロ債 市場」のような、他の国際的証券市場に負けないだけの ソフトインフラのイノベーションが必要となろう。

ただし、そこで重要な前提が二つある。それらは、① アジア債券市場のインフラは、債券だけを対象とするの ではなく、エクイティ物の証券の発行・流通にも利用可 能となるはずであること、②また、これら東アジアに構 築される共同・共通の債券市場インフラは、アジア国籍 の参加者だけのものではないということである。世界中 の資本市場関係者にオープンな形の最も進んだ国際的証 券市場インフラを構築するとの前提を忘れてはならな い。

域内各国の政府、発行体企業・証券引受金融機関・法 律家などの市場実務家、研究者などの主体的な連携によ る努力の継続は、近い将来、東アジア共同の証券市場に

固有の、「アジア・スタンダード」と呼ぶことのできる 共通の市場ガバナンス原則の確立につながっていくと考 えられる。まさに、域内の代表選手としての日本の市場 実務家・市場専門家の責務は重大である。

先に述べたように、わが国をはじめとする東アジア各 国政府・財務省主導により、現在アジア開発銀行を事務 局として、アジア債券市場構想とその構築のための具体 的検討が進展している。そこでは数々の重要な成果が表 れてきているが、その成果も踏まえつつ、その構想実現 をさらに促進させるための具体的かつ実現可能性の高い 提言を、市場実務家中心のグループで行うべく、現在総 合研究開発機構(NIRA)で研究プロジェクトを実施中 である。以下に、中間段階ながら、その問題意識と検討 のポイントを挙げることとしたい。

問題意識と検討のポイント

1.アジア債券市場を、英国とベネルクス三国を中心に 隆盛を誇っているユーロ債市場のアジア版のようなもの として、アジアの市場関係者自身の手でアジア独自のも のとして構築することはできないか。

2.発行市場および流通市場のすべてにわたっての大構 想を考えるよりも、まずはより身近で現実的な、重要性 の高いアジア債券発行市場にかかわる問題点を集中的に つぶすこととしてはどうか。

3.そのための、日本の市場関係者の役割は何か。 4.日本に続いて市場規模が大きく、また市場機能の活 用について真剣に取り組んできている韓国は、日本にと って重要なパートナーとなるが、その韓国にとっての制 度的制約・プロジェクトの阻害要因は何か。

5.具体的検討のポイントとしては、次のような項目が 特に重要と考えられる(詳しくは参考資料「アジア共同 国際債(アジア・ボンド)発行市場へのロードマップ」

「アジア・ボンド・スタンダード」―

アジア・ボンド市場への構想

(9)

参照)。

①アジアの発行体とアジアの金融機関などで構成され る、アジア・ボンド発行のための、民間主導の発行市 場創設に向けた推進母体「AIPMA : Asian Issuers and Primary Market Association」の設置。

②ユーロ債型国際債(オフショアで発行されるインタ ーナショナル債)としてのアジア・ボンドの発行手続 きとシンジケートのルールのあり方。

③アジア・ボンドの発行にかかわる法制のあり方(ど の国の法制かも含めて)。日本の発行体は日本法準拠 が可能か。韓国の発行体は韓国法準拠が可能か。可能 でない場合の制約は何か。またその解決方法は。

④ユーロ債型国際債としてのアジア・ボンドの証券決 済と決済インフラのあり方。欧州の決済システムを用 いずとも国内債と見なされない、アジア域内における ユーロ債型国際債(オフショア発行のインターナショ ナル債)のつくり方。

一つの提案として、Dual core Asian internation-al CSDのアプローチを提言する。これは、欧州ユーロ債 市場における、国際債としての認知を受けるための、 ユーロクリア(ベルギー)とクリアストリーム(ルク センブルク)という、二つの国際的証券決済機関の利 用のされ方からヒントを得たものである。

ちなみに、英国居住者発行の債券が、ユーロクリア かクリアストリームで決済されれば、その債券はユー ロ債(国際債・オフショア債)として認識される。ベ ルギーの居住者発行の債券は、クリアストリームで決 済されて初めてユーロ債として認識される。

⑤オフショアにおいては免除されるべき、源泉徴収税 など、アジア・ボンド市場における関連の税のあり方。

⑥国際債であるアジア・ボンドにかかわる情報開示と 開示書類の登録(ファイリング、ないしリスティング) のあり方。

⑦証券引受・社債管理・総合投資運用管理などに関す る、日本とアジアの金融機関の役割。

東アジア経済共同体の発展のためには、域内金融資本 市場の発達が不可欠である。そのためには日本など域内 の市場参加者のレベルアップが必須条件として求められ

まとめ:政策提言

「アジア共同国際債(アジア・ボンド)市場」の創設

〈注:各種債券の定義と説明〉

ユーロ債とは、通貨としてのユーロの圏内で発行され た債券を意味しない。特定の通貨建てで、その通貨の国 内市場以外で発行される債券をいう。国境を超えて証券 決済が行われ、通常、国際的なシンジケート団などによ って国際的に取引される債券を指す。円建てなら「ユー ロ・円債」、ドル建てなら「ユーロ・ドル債」、EU 通貨 のユーロ建てならば「ユーロ・ユーロ債」という。ユー ロ債市場は、これまでは、各国通貨当局のコントロール が及びにくかったので、規制の少ない自由な市場であっ た。しかし、その自由なはずのユーロ債市場も、EU と いう巨大国家的領域を対象とする「EU 規制」が生み出 されつつあることで、それら規制の対象となり始めてい ることから、欧州域内というある種国家的規制の枠組み の中で発行・流通する、一種の国内債的な債券となりつ つあるとの見方もあり、ユーロ債を特徴付けていたはず の自由度には陰りが差し始めている。それに対して、各 国内において、その国の通貨建てで非居住者が発行する 外債を、日本市場で発行されるものを「サムライ債」、 米国市場で発行されるものを「ヤンキー債」と呼ぶ。

これまでは、ユーロ債とこれらの外債を併せて、国際 債と呼んできた。

これに対して、起債が行われる国の居住者によって発 行される通常自国通貨建ての債券を国内債という。

アジア債ないしはアジア共同国際債(アジア・ボンド) は、上記の定義上からは、自由な市場を前提としてきた 本来的な意味におけるユーロ債と同一のものであり、国 際債の一種であるが、アジア域内の共通・共同のオフシ ョア市場で、より自由にかつ域内自己完結的に発行・流 通を行うことのできる債券を指す。

(10)

る。これまで、わが国では、金融機関や機関投資家の世 界における未熟な買手側(投資家)、および陳腐化した ままの売手側(金融機関)が、日本の金融資本市場の改 革を拒んできた面なしとしなかった。これからは世界の 舞台で活躍できる日本発の金融のプロの育成を強化し、 これを克服する必要がある。

日本を中心とする東アジアでは、近年、域内の発展と 競争力確保のため、域内に自由な取引環境を備えた「ユ ーロ債市場」のような国際的金融市場を積極的につくり 出すことが、関係者の努力次第で基本的には可能な状況 となりつつある。

現在まで、域内主要国の国内金融資本市場では市場イ ンフラ構築が進みつつあるが、それに対して、国際債が 発行され売買流通される場としての、東アジア域内で自 己完結する共同オフショア市場の発達は、決定的に遅れ ている。

国際債といえば、東アジア域内市場関係者は、依然と してロンドン金融街と欧州証券決済システムの使用を前 提とする、英国とベネルクス三国の連携システムとして のユーロ債発行流通市場に依存する形となっている。す なわち、金融・証券にかかわる仲介業者・証券決済シス テム・関連法制・格付け機関、発行関連法実務に関する 顧問弁護士などまで含め、英国や欧米を中心とする東ア ジア域外の業者や専門家やシステムの使用が前提とな り、アジアの発行体にとって欧米の発行体と同等のコス トの優位性が確保できているとはいえない。

東アジアにおいて、いまだに明確な形では実現してい ない「域内独自の共同オフショア市場」としての「アジ

ア共同国際債市場(ユーロ債市場型のアジア債券市場)」 の創設は、域内のプロの育成と鍛錬の場の創出、また域 内で自己完結可能な費用対効果の高い国際債市場の創出 として意義がある。

その実現のためには、東アジア域内の要素・要件の下 で自己完結可能な、ユーロ債市場型の国際債のための市 場インフラの構築実現がぜひとも必要とされる。

すなわち、わが国をはじめとする域内市場参加者の主 導によって、足元の種々の制度的制約(国内の会社法上 の制約・税法上の源泉徴収制度の制約・国際的証券決済 システムの不在など)を取り除く努力が必要となってい るのである。

その際、アジア共同国際債市場では、経済共同体とし ての姿を示し始めた東アジアにおいて、発行体も投資家 もその主軸は東アジア諸国のメンバーであるとの想定が 可能であるし、域外の市場関係者の参加も当然のことと して想定可能である。

なお、各国政府が中心となってここ数年来進められて いる「アジア債券市場育成イニシアチブ」は、非常に重 要な取り組みであり種々の重要な成果を挙げてきている が、政府主導の取り組みであり、必ずしも市場実務家の 観点からのアジア債券市場についての明確なイメージを 打ち出してはいなかったと考えられる。今後は、その成 果を踏まえて、東アジア資本市場の参加者であるべき公 的な証券発行体機関と民間の発行体・仲介業者・機関投 資家などの市場参加者(市場のプロの実務家)による、 アジア共同国際債(アジア・ボンド)市場のヴィジョン 構築と共有が、今こそ必要となっているのである。

【参考文献】

・"KEIO-NIRA"アジア資本市場研究フォーラム 議事録、2003年10月18∼19日。 http://www.nira.go.jp/newsj/kanren/150/157/index.html

・吉野直行、犬飼重仁 共著「邦銀はアジア債券市場育成に主体的な関与を−域内で資金が還流する仕組みが必要−」『週 刊金融財政事情』2004年1月19日号。

・「東アジア域内共通の金融資本市場構築への課題」中国経済サミット(北京市人民大会堂)における犬飼講演、2005年5月 24日。http://www.nira.go.jp/newsj/kanren/150/159/keizais.html(日本語・英語・中国語のプレゼンテーション資料)

・「JERI Report:東アジア共同債券市場構築の必要性」(原文:韓国語)『韓国中央日報』2005年11月18日。

・犬飼重仁「特集 邦銀の復活?:タテ割りから顧客サービス志向の組織体制へ変革を」『週刊金融財政事情』2005年11月 28日号。

(11)

下の表は、NIRAにおける前記の議論を踏まえ、できるところからやっていくとの発想の下で、流通市場についての構想はさて 置いて、まずは発行市場のグランドデザインの骨格案として、整備すべき市場のソフトインフラを、時系列に沿ってまとめたも のであり、議論の途上のものであって完成版ではない。

なお、この枠組みの作成に当たっては、韓国の市場専門家が提示し、2005年5月4日にイスタンブールのASEAN+3の会議 で合意されたABMIにおける新しい検討課題である「Asian Bond Standards」のメモに記載された、「Eurobond Formatに準拠 して作成されたRoad Map of the Asian Bond Formatの枠組み」を参考にしている。

1. 流通市場のルールのあり方については、発行市場の発達に応じて、追って別途検討を要する。

2. アジアの発行体と発行市場にかかわる協議会:(AIPMA:Asian Issuers and Primary Market Association) 3. 日本資本市場協議会(JCMA:The Japan Capital Markets Association)

4. 松本啓二著[2005]「クロスボーダー証券取引とコーポレート・ファイナンス」金融財政事情研究会 参照。

5.“Dual core Asian international CSD”とは、日本の居住者による国際債の発行の場合に、例えば韓国のCSDを国際的証券決済機関(ISD)とし   て使い、一方で、韓国居住者など日本以外の発行体による国際債の発行の場合に、日本のCSDを国際的証券決済機関(ISD)として使うことを指す。   ユーロ債市場におけるユーロクリアとクリアストリームの二大決済機関のように、 この二つのアジアの異なる国に存在する証券決済機関を、「二つ   のコア(Dual core)」のISDとして使うことで、欧州の二大決済機関に頼ることなく、アジア内で発行・流通を自己完結的に行うことのできるオフ   ショア市場創設が可能となる。

6. 投資家のために金融庁が行政サービスの一環として運営・提供する電子的な情報開示のためのネットワークシステム。「証券取引法に基づく有価   証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム」のこと。

Road Map to the Asian Bond Primary Market1 Category

Issuing Procedure IPMA(ユーロ債市場に おける発行市場協議会)

an Asian self-regulatory organization

(自主ルール策定団体) Harmonization by legal enforcement + AIPMA

Syndicate rule Eurobond syndicate

(IPMA)

Asian bond market primary standard

(IPMA ベースモデル作成)

→ Creation of AIPMA2(JCMA3 母体)

(アジア発行体及び発行市場協議会)

(提言の要素項目) (日本・投資サービス法施行予定年) (日本版金融サービス市場法 

施行目標年) Present

(現在)

Y2007 Y2009

Asian bond market primary standard

Governing Law

(Issuing)

English law

(Made in the U.K.)

Asian country law4

・日本法は、一部の問題(社債管理会社必置  問題)を除き、現状でも適用可能

・OECD国である韓国法の可能性要検証

・シンガポール法

Asian country law

Settlement Euroclear, Clearstream Dual core5 Asian international CSD

・One in Japan (Jasdec or New)

・One in Korea (KSD)

Multi core Asian international CSD

Withholding TAX Exempt Exempt, based on the use of the above  International Settlement (to be confirmed)

Exempt

Disclosure

(Filing)

Securities exchange (Mostly LSE, Lux)

Asian Major Securities exchange

・JPN(For instance, Osaka Stock Exchange)

・KOR(KRX)

・SGP(SGX)

Securities exchange

(JPN, KOR, SGP, etc.)

Electronic Disclosure

Introduced by each country

Harmonization of regulations, Linkage with EDINET6 with XBRL

Harmonization of regulations, Linkage with EDINET

Documentation Use Eurobond(IPMA) form

Develop Asian bond form 

(JCMA+AIPMA がモデル案作成)

Use Asian bond form

Accounting Standard

Decided by bond issued country

Harmonization of some accounting standards

(日本における地公体公会計問題、要クリア)

Harmonization of accounting standards

Credit Rating Market practice, Market judgment

Market practice, Market judgment

(日系格付機関の利用を含む)

Market practice, Market judgment

(ユーロ債市場でも先進国発行体は母国法準拠 が一般的慣行)

参照

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