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第2意見書 過去の発言等/沖縄県

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(1)

1

第 2 意 見 書

(2)

2

目 次

は じ め に ... 7

第 1 章 埋 立 必 要 理 由 に は 実 証 的 根 拠 の な い こ と ... 7

第 1 本 章 に お い て 示 す こ と ... 7

1 埋 立 必 要 理 由 書 の 内 容 ... 7

2 埋 立 必 要 理 由 は マ ジ ッ ク ・ ワ ー ド の く り 返 し に 過 ぎ な い こ と .... 8

3 本 章 の 構 成 ... 8

第 2 沖 縄 県 に 米 軍 基 地 ・ 海 兵 隊 基 地 が 集 中 す る に 至 っ た 経 緯 が 示 す こ と ... 9

1 は じ め に ... 9

2 日 本 本 土 と 沖 縄 の 米 軍 基 地 面 積 の 推 移 ... 11

3 1950 年 代 の 日 本 本 土 か ら 沖 縄 へ の 基 地 し わ 寄 せ ... 13

4 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 後 の 基 地 集 中 ・ 固 定 化 の 完 成 ... 18

5 米 国 内 に お け る 在 沖 海 兵 隊 基 地 縮 小 の 動 き ... 24

6 駐 留 経 費 の 負 担 ... 26

7 1995 年 ( 平 成7 年 ) 以 降 の 日 米 両 政 府 の 対 応 ... 27

8 小 括 ... 29

第 3 県 内 移 設 で な け れ ば 機 動 性 ・ 即 応 性 及 び 一 体 性 を 維 持 で き な い と す る こ と に 実 証 的 根 拠 の な い こ と な ど ... 29

1 は じ め に ... 29

2 機 動 性 ・ 即 応 性 ... 31

3 一 体 性 ... 33

4 海 兵 隊 の そ の 他 の 任 務 等 ... 36

5 ま と め ... 36

第 4 米 軍 の 騒 音 防 止 協 定 等 の 不 順 守 と 国 の 放 置 ... 37

(3)

3

2 平 成 8 年 騒 音 防 止 協 定 の 不 順 守 ・ 形 骸 化 ... 37

3 MV-22オ ス プ レ イ に 関 す る 平 成 24年 合 意 の 不 順 守 ・ 形 骸 化 ... 38

4 小 括 ... 40

第 2 章 沖 縄 に お け る 基 地 負 担 の 実 態 ... 40

第 1 本 章 に お い て 示 す こ と ... 40

第 2 沖 縄 に お け る 過 重 な 基 地 負 担 の 経 緯 ... 41

1 軍 事 占 領 下 の 米 軍 基 地 建 設 ... 41

2 対 日 平 和 条 約 3 条 に よ る 日 本 独 立 回 復 と 沖 縄 の 切 り 捨 て ... 42

3 日 本 独 立 後 の 沖 縄 に お け る 土 地 強 奪 ・ 新 基 地 建 設 ... 43

4 軍 事 占 領 ・ 米 国 施 政 権 下 に お け る 米 軍 に よ る 主 な 事 件 ・ 事 故 .. 44

5 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) ... 48

6 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 後 の 土 地 の 強 制 使 用 ... 49

7 小 括 ... 51

第 3 米 軍 基 地 の 実 態 と 被 害 ... 51

1 米 軍 基 地 の 概 要 ... 51

2 米 軍 の 演 習 ・ 訓 練 及 び 事 件 ・ 事 故 の 状 況 ... 55

3 米 軍 人 等 の 公 務 外 の 事 件 ・ 事 故 ... 57

4 環 境 破 壊 ... 58

第 3 章 沖 縄 県 民 の 意 思 に 反 す る 本 件 埋 立 承 認 ... 63

第 1 住 民 投 票 に 示 さ れ た 沖 縄 県 民 ・ 名 護 市 民 の 意 思 ... 63

1 基 地 の 整 理 縮 小 を 求 め て い た 県 民 世 論 ... 63

2 普 天 間 飛 行 場 代 替 施 設 建 設 に 反 対 の 意 思 を 示 し た 名 護 市 民 投 票 ... 64

第 2 本 件 埋 立 承 認 前 の 県 民 世 論 ... 65

1 政 権 交 代 の 際 の 民 主 党 党 首 の 発 言 ... 65

(4)

4

3 沖 縄 県 議 会 意 見 書 ... 65

4 4 .25県 民 大 会 ... 66

5 平 成 22 年 沖 縄 県 知 事 選 挙 ... 67

6 9 . 9 県 民 大 会 ... 67

7 建 白 書 ... 68

8 世 論 調 査 ... 69

第 3 前 知 事 の 本 件 埋 立 承 認 に 対 す る 抗 議 ... 69

1 本 件 埋 立 承 認 ... 69

2 決 議 ・ 意 見 書 等 ... 69

第 4 選 挙 で 示 さ れ た 辺 野 古 新 基 地 建 設 を 拒 絶 す る 県 民 の 民 意 ... 72

1 県 知 事 選 挙 ... 72

2 名 護 市 長 選 ... 73

3 衆 議 院 議 員 選 挙 ... 73

第 5 辺 野 古 新 基 地 建 設 断 念 を 求 め る 県 民 世 論 ... 74

1 「 島 ぐ る み 会 議 」 の 声 明 ... 74

2 5 .17県 民 大 会 ... 74

3 埋 立 ・ 移 設 作 業 に 反 対 し 承 認 取 消 を 支 持 す る 世 論 調 査 結 果 ... 75

第 6 ま と め ... 77

第 4 章 本 件 埋 立 対 象 地 の 有 す る 価 値 と 埋 立 て に よ る 損 失 ... 77

第 1 本 件 埋 立 対 象 地 の 有 す る 環 境 的 価 値 ... 77

1 自 然 環 境 ... 77

2 生 活 環 境 等 ... 84

3 国 又 は 地 方 公 共 団 の 計 画 等 ... 85

第 2 本 件 埋 立 の も た ら す 環 境 破 壊 等 の 懸 念 ... 89

1 自 然 環 境 へ の 悪 影 響 ... 89

(5)

5

第 5 章 公 有 水 面 埋 立 法 の 要 件 判 断 の 誤 り ( 本 件 埋 立 承 認 の 瑕 疵 ) ... 96

第 1 本 件 埋 立 承 認 取 消 に 至 る 経 緯 ... 96

1 第 三 者 委 員 会 の 設 置 ... 96

2 第 三 者 委 員 会 の 検 証 結 果 ... 96

3 沖 縄 県 知 事 の 判 断 ... 97

第 2 埋 立 の 用 途 に よ っ て 設 置 さ れ る 工 作 物 等 に よ る 環 境 影 響 に つ い て ... 98

1 い わ ゆ る 上 物 論 に つ い て ... 98

2 公 有 水 面 埋 立 法 及 び 環 境 影 響 評 価 法 に お い て も 供 用 後 の 影 響 を 事 業 の 内 容 や 環 境 保 全 措 置 に 反 映 さ せ る こ と が 予 定 さ れ て い る こ と .. 98

3 本 件 事 業 の 性 質 ... 101

4 小 括 ... 102

第 3 1 号 要 件 に つ い て ... 103

1 は じ め に ... 103

2 埋 立 必 要 理 由 ... 106

3 埋 立 て の 遂 行 に よ り 失 わ れ る 利 益 ( 生 ず る 不 利 益 ) ... 124

4 1 号 要 件 の 利 益 衡 量 に つ い て ... 127

5 1 号 要 件 に 係 る 考 慮 要 素 の 選 択 や 判 断 過 程 の 合 理 性 の 欠 如 .... 128

6 小 括 ... 131

第 4 2 号 要 件 に つ い て ... 132

1 「 其 ノ 埋 立 ガ 環 境 保 全 及 災 害 防 止 ニ 付 十 分 配 慮 セ ラ レ タ ル モ ノ ナ ル コ ト 」 の 意 義 ... 132

2 本 件 埋 立 承 認 出 願 は 知 事 意 見 に 基 づ い て 審 査 さ れ る べ き も の で あ る こ と ... 132

(6)

6

4 海 草 に つ い て( 環 境 保 全 図 書 6 .15 海 藻 藻 類【 4 分 冊 中 の 3 】)

... 135

5 ジ ュ ゴ ン に つ い て ( 環 境 保 全 図 書 6 .16 ジ ュ ゴ ン 【 4 分 冊 中 の 4 】) ... 136

6 ウ ミ ガ メ に つ い て ( 環 境 保 全 図 書 6 .13 海 域 生 物 【 4 分 冊 中 の 3 】) ... 139

7 サ ン ゴ に つ い て( 環 境 保 全 図 書 6 .14 サ ン ゴ 類【 4 分 冊 中 の 3 】) ... 140

9 航 空 機 騒 音 に つ い て ( 環 境 保 全 図 書 6 . 3 騒 音 【 4 分 冊 中 の 2 】) ... 146

11 承 認 に 至 る 審 査 過 程 の 問 題 点 ... 167

12 2 号 要 件 に つ い て の 結 論 ... 173

第 6 章 沖 縄 県 知 事 に よ る 本 件 埋 立 承 認 取 消 は 適 法 で あ る こ と ... 173

第 1 違 法 な 行 政 行 為 の 職 権 取 消 し は 可 能 で あ る こ と ... 173

1 違 法 な 行 政 行 為 は 是 正 さ れ る べ き こ と ... 173

2 都 道 府 県 知 事 は 埋 立 の 免 許 ( 承 認 ) 権 限 に よ り 地 方 公 共 団 体 の 公 益 を 保 護 す べ き 責 務 を 負 っ て い る こ と ... 174

第 2 本 件 埋 立 承 認 を 放 置 す る こ と は 公 共 の 福 祉 の 要 請 に 照 ら し 著 し く 不 当 で あ る こ と ... 175

1 承 認 取 消 に よ る 不 利 益 ... 175

2 瑕 疵 あ る 本 件 埋 立 承 認 を 放 置 す る こ と に よ る 不 利 益 ... 176

3 公 益 侵 害 の 程 度 が 著 し い も の で あ る こ と ... 176

4 ま と め ... 190

(7)

7

は じ め に

沖 縄 防 衛 局 は 、平 成 25年 3 月 22日 、沖 縄 県 に 対 し 、沖 縄 県 名 護 市 辺 野 古 の 辺 野 古 崎 地 区 及 び こ れ に 隣 接 す る 水 域 等 を 埋 立 対 象 地( 以 下 、「 本

件 埋 立 対 象 地 」 と い う 。) と す る 普 天 間 飛 行 場 代 替 施 設 建 設 事 業 に 係 る

公 有 水 面 埋 立 承 認 出 願 ( 以 下 、「 本 件 埋 立 承 認 出 願 」 と い う 。) を 行 っ た

と こ ろ 、 仲 井 眞 弘 多 ( 当 時 ) 沖 縄 県 知 事 は 、 平 成 25 年 12 月 27 日 , 同 申 請 を 承 認 し た(以 下 、「 本 件 埋 立 承 認 」 と い う 。)。

し か し 、 本 件 埋 立 承 認 は 、 公 有 水 面 法 の 承 認 に 係 る 要 件 を 充 足 し な い

に も か か わ ら ず 行 わ れ た も の で あ っ て 瑕 疵 が 存 す る も の で あ り 、 本 件 埋

立 承 認 出 願 に 係 る 埋 立 て ( 以 下 、「 本 件 埋 立 」 と い う 。) が 遂 行 さ れ た な

ら ば 沖 縄 県 の 公 益 が 著 し く 害 さ れ る こ と に な り 、 本 件 埋 立 承 認 を 放 置 す

る こ と は 公 共 の 福 祉 に 著 し く 反 す る こ と か ら 、 沖 縄 県 知 事 は 、 平 成 27 年 10月 13 日 に 、行 政 行 為 の 瑕 疵 を 是 正 す る た め 、本 件 埋 立 承 認 を 職 権 で 取 り 消 し た も の で あ り ( 以 下 、「 本 件 埋 立 承 認 取 消 」 と い う 。)、 取 消

し は 適 法 に な さ れ た も の で あ る 。

以 下 、 詳 述 す る 。

第 1 章 埋 立 必 要 理 由 に は 実 証 的 根 拠 の な い こ と

第 1 本 章 に お い て 示 す こ と

1 埋 立 必 要 理 由 書 の 内 容

埋 立 必 要 理 由 書 ( 公 有 水 面 埋 立 承 認 申 請 書 添 付 図 書 ‐ 1 ) は 、 要 す

る と 、普 天 間 飛 行 場 の 地 域 住 民 か ら 早 期 の 返 還 が 強 く 要 望 さ れ て お り 、

同 飛 行 場 の 固 定 化 を 絶 対 避 け る べ き こ と 、 普 天 間 飛 行 場 の 国 外 及 び 県

外 へ の 移 設 が 適 切 で は な い こ と 、 沖 縄 県 内 で は 辺 野 古 以 外 の 選 択 肢 が

な い こ と を も っ て 、 埋 立 の 動 機 並 び に 必 要 性 で あ る と し て い る 。

(8)

8

ン ス や 抑 止 力 を 低 下 さ せ る こ と は で き な い こ と が 、 国 外 及 び 県 外 へ の

移 設 が 不 適 切 で あ る こ と の 理 由 で あ る と す る 。

地 理 的 優 位 性 と い っ た 理 由 に よ っ て 、 沖 縄 県 に は 海 兵 隊 航 空 基 地 が

必 ず 必 要 で あ り 、 沖 縄 県 外 ・ 国 外 へ の 移 設 が で き な い と い う の で あ れ

ば 、 未 来 永 劫 、 沖 縄 県 に 、 海 兵 隊 航 空 基 地 が 固 定 さ れ な け れ ば な ら な

い こ と に な る 。

2 埋 立 必 要 理 由 は マ ジ ッ ク ・ ワ ー ド の く り 返 し に 過 ぎ な い こ と

し か し 、上 記 の 国 の 論 理 は 、「 地 理 的 優 位 性 」、「 抑 止 力 」と い っ た 抽

象 的 な 単 語 を 振 り ま わ し て 、 い た ず ら に 沖 縄 県 の 基 地 を 整 理 ・ 縮 小 す

る こ と に 対 す る 不 安 を 煽 り 立 て て い る も の に す ぎ ず 、 な ん ら 実 証 的 な

論 理 が 示 さ れ て い な い 。

い や し く も 一 国 の 安 全 保 障 と い う 大 切 な 事 柄 を 考 え る の で あ れ ば 、

具 体 的 事 実 に 基 づ い て 合 理 的 ・ 分 析 的 に 考 察 さ れ る べ き で あ り 、 抽 象

的 な マ ジ ッ ク ・ ワ ー ド の み を 振 り 回 す こ と は 、 思 考 停 止 に 過 ぎ ず 、 政

治 の 堕 落 と の 誹 り を ま ぬ が れ な い 。

そ し て 、 沖 縄 と 日 本 本 土 の 基 地 形 成 過 程 ・ 海 兵 隊 の 駐 留 の 過 程 を 具

体 的 事 実 に 基 づ い て 検 証 す る な ら ば 、 沖 縄 へ の 米 軍 基 地 集 中 ・ 海 兵 隊

駐 留 は 、 日 本 本 土 と 対 比 し た 場 合 の 地 理 的 必 然 性 に 基 づ く も の で は な

く 、 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 負 担 を 軽 減 す る こ と で 日 本 本 土 の 反 米 軍 基 地

感 情 を 鎮 静 化 さ せ る と い う 政 治 的 事 情 に よ る こ と を 示 し て い る 。

ま た 、 在 沖 海 兵 隊 の 機 能 を 具 体 的 に 見 て い く な ら ば 、 普 天 間 飛 行 場

の 国 外 移 設 又 は 県 外 移 設 は 、 海 兵 隊 の 機 能 低 下 や 在 日 米 軍 全 体 の プ レ

ゼ ン ス や 抑 止 力 を 低 下 さ せ る も の で は な い こ と が 判 明 す る も の で あ る 。

3 本 章 の 構 成

以 下 、 第 2 及 び 第 3 に お い て 、 埋 立 必 要 理 由 に は 、 実 証 的 根 拠 が な

(9)

9

ま た 、 第 4 に お い て 、 米 軍 の 航 空 機 に 係 る 運 用 に つ い て 、 騒 音 防 止

協 定 等 の 日 米 間 の 合 意 が 形 骸 化 し て い る に も 関 わ ら ず 、日 本 国 が 米 国 、

米 軍 に 対 し て 毅 然 と 対 応 を す る こ と も な く 漫 然 と 放 置 し て い る た め に

住 民 の 被 害 が 深 刻 化 し て い る こ と を 示 す こ と と す る 。

日 本 国 と 米 国 、 国 と 県 の 関 係 は 、 い ず れ も 対 等 な 協 力 関 係 で あ る 。

住 民 へ の 被 害 を 生 じ さ せ て い る 米 軍 の 基 地 運 用 に つ い て 米 国 に 是 正

を 強 く 求 め る こ と も で き ず 、 他 方 で 沖 縄 県 に 対 し て は 上 か ら 目 線 で 新

基 地 建 設 を 強 行 す る よ う な こ と は 、 国 の 取 る べ き 態 度 で は な い 。

対 等 な 独 立 国 家 間 の 真 の 友 好 関 係 を 築 き 、 安 全 保 障 政 策 を 安 定 的 な

も の と し 、 日 本 国 民 の 安 全 を 守 る た め に は 、 わ が 国 は 米 国 に 対 し て 直

ち に 普 天 間 飛 行 場 の 運 用 を 改 善 し て 現 状 の 基 地 被 害 を 軽 減 す る こ と を

毅 然 と し て 求 め る と と も に 、 沖 縄 県 内 の 基 地 被 害 の た ら い 回 し で は な

く 、 国 外 移 設 ・ 県 外 移 設 等 に よ っ て 普 天 間 基 地 を 速 や か に 閉 鎖 す る こ

と を 米 国 に 対 し て 求 め 、 沖 縄 へ の 異 常 な ま で の 基 地 集 中 と い う 歪 み を

是 正 す る こ と こ そ が 求 め ら れ て い る も の と い う べ き で あ る 。

第 2 沖 縄 県 に 米 軍 基 地 ・ 海 兵 隊 基 地 が 集 中 す る に 至 っ た 経 緯 が 示 す こ と

1 は じ め に

(1) 沖 縄 県 の 基 地 過 密 度 は 、 異 常 と い う ほ か は な い 。

沖 縄 県 が 国 土 面 積 に 占 め る 割 合 は 約 0.6 パ ー セ ン ト に 過 ぎ な い が 、 こ の 沖 縄 県 に 、 在 日 米 軍 専 用 施 設 ( 以 下 、 本 章 第 2 及 び 第 2 章 第 1

に お い て 、「 米 軍 基 地 」と い う 。)の 約 4 分 の 3( 約 74 パ ー セ ン ト ) が 集 中 し て い る 。

県 土 面 積 の 側 面 で 、米 軍 基 地 負 担 度 を み る と 日 本 本 土 の 468 倍 と な り1、「 想 像 を 絶 す る 不 平 等 」で あ る と の 指 摘 も な さ れ て い る2。ア

1 普 天 間 飛 行 場 代 替 施 設 建 設 事 業 に 係 る 公 有 水 面 埋 立 承 認 手 続 に 関 す る 第

(10)

10

ジ ア 太 平 洋 地 域 で は 、 日 本 、 オ ー ス ト ラ リ ア 、 韓 国 、 タ イ 、 フ ィ リ

ピ ン の 5 か 国 に 、 約 10 万 人 の 米 軍 が 駐 留 し て い る 。 米 軍 が 駐 留 す る ア ジ ア 5 か 国 の 総 面 積( 約 900 万 平 方 キ ロ メ ー ト ル )の 0.025パ ー セ ン ト(5000 分 の 1 )に す ぎ な い 沖 縄 県 に 、ア ジ ア 太 平 洋 地 域 に 駐 留 す る 米 軍 の 約 4 分 の 1 が 集 中 し て い る こ と に な る 。

そ し て 、 沖 縄 県 の 米 軍 基 地 面 積 の 約 7 割 を 占 め る の は 海 兵 隊 基 地

で あ り 、 普 天 間 飛 行 場 、 国 が 辺 野 古 に 新 設 を 強 行 し よ う と し て い る

基 地 は 、 海 兵 隊 基 地 で あ る 。

(2) こ の よ う に 、 沖 縄 県 に 米 軍 基 地 が 集 中 し て い る こ と は 、1995 年

( 平 成7 年 ) の 米 兵 少 女 暴 行 事 件 以 降 、 日 本 本 土 で も 広 く 認 識 さ れ る よ う に な っ た 。

し か し 、 日 本 国 と の 平 和 条 約 ( 以 下 、「 対 日 平 和 条 約 」 と い う 。)

に よ り 日 本 が 沖 縄 を 分 離 し て 独 立 を 回 復 し た 1950 年 初 め に は 沖 縄 の 米 軍 基 地 面 積 は 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 面 積 の 10 分 の 1 に 満 た な か っ た こ と 、「 銃 剣 と ブ ル ド ー ザ ー 」と 呼 ば れ る 米 軍 に よ る 強 制 的 な 土

地 接 収 が な さ れ た の は 日 本 が 独 立 を 回 復 し た 後 の 1950 年 代 の こ と で あ る こ と 、 海 兵 隊 は も と も と 日 本 本 土 に 駐 留 し て い た が 1950 年 代 の 「 全 て の 地 上 戦 闘 部 隊 の 日 本 か ら の 撤 退 」 に よ っ て 日 本 で は な

い 沖 縄 に 移 駐 し た こ と 、 米 軍 基 地 の 約 4 分 の 3 が 沖 縄 県 に 集 中 す る

よ う に な っ た の は 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 後 で あ る こ と に つ い て は 、 日 本

本 土 で は ほ と ん ど 認 識 さ れ て い な い 。

2 阿 波 連 正 一 「 公 有 水 面 埋 立 法 と 土 地 所 有 権 ― 都 道 府 県 知 事 の 埋 立 て 承 認

(11)

11

2 日 本 本 土 と 沖 縄 の 米 軍 基 地 面 積 の 推 移

(1) 日 本 本 土 と 沖 縄 の 米 軍 基 地( 専 用 施 設 )面 積 の 推 移 は 、以 下 の と お

り で あ る3。

日 本( 沖 縄 を 除 く ) 沖 縄

1945(S20)年 4万 5000 ㌈

( 約 182 ㎢ )

1951(S26)年 124 ㎢

1952(S27)年 1352.636 ㎢

1954(S29)年 162 ㎢

1955(S30)年 1296.360 ㎢

1957(S32)年 1005.39 ㎢

1958(S33)年 660.528 ㎢ 1958(S33)年 176 ㎢

1960(S35)年 335.204 ㎢ 1960(S35)年 209 ㎢

1965(S40)年 306.824 ㎢

1970(S45)年 214.098 ㎢

1972(S47)年 196.991 ㎢ 1972(S47)年 278.925㎢

1985(S60)年 82.675 ㎢ 1985(S60)年 248.61 ㎢

2013(H25)年 80.919 ㎢ 2013(H25)年 228.072㎢

3 1945年 の 沖 縄 の 基 地 面 積 ( 4 万 5000エ ー カ ー ) は 、1956( 昭 和 31 年 6月 9 日 付 米 国 下 院 軍 事 委 員 会 特 別 分 科 委 員 会 の 報 告 書( い わ ゆ る プ ラ イ ス 勧 告 ) に よ り 、 そ の 余 の 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 前 の 沖 縄 の 基 地 面 積 は 、 林

博 史 「 沖 縄 米 軍 基 地 の 歴 史 」125 頁 に よ る 。 在 日 米 軍 基 地 面 積 及 び 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 後 の 在 沖 米 軍 基 地 面 積 は 、 沖 縄 県 知 事 公 室 基 地 対 策 課 「 沖 縄 の

(12)

12

日 本 本 土 の 米 軍 基 地 は 、1952 年 ( 昭 和27 年 ) の 対 日 平 和 条 約 発 効 直 後 は2824 施 設 で あ っ た も の が 、1972 年 ( 昭 和 47年 ) の 沖 縄 返 還( 復 帰 )ま で の 20 年 間 で2709 施 設 が 整 理 統 合 さ れ 115 施 設 に ま で 減 少 し た 。対 日 平 和 条 約 発 効 か ら 3 年 で2166施 設 が 返 還 さ れ 、

1955年( 昭 和 30 年 )に は 658 施 設 に ま で 激 減 し て い る 。そ の 後 も 、

毎 年 100 施 設 程 が 整 理 ・ 統 合 ・ 削 減 さ れ 、1961 年( 昭 和 36年 )に は187施 設 と 対 日 平 和 条 約 発 効 時 の 7 パ ー セ ン ト 弱 の 水 準 に ま で 減 少 し た 。

(2) 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 面 積 の 推 移 は 、 上 記 の と お り で あ り 、 日 本 本

土 の 米 軍 基 地 が 整 理 ・ 統 合 ・ 縮 小 さ れ た 時 期 は 、 大 き く 分 け る と 、

2 回 存 す る 。

1 回 目 は 、1952 年( 昭 和27 年 )の 対 日 平 和 条 約 の 発 効 か ら 1960 年 ( 昭 和 35 年 ) の 「 日 本 国 と ア メ リ カ 合 衆 国 と の 間 の 相 互 協 力 及 び 安 全 保 障 条 約 」( 以 下 、「 安 保 条 約 」と い う 。)の 成 立( い わ ゆ る 安

0.0 200.0 400.0 600.0 800.0 1,000.0 1,200.0 1,400.0 1 9 5 2

1

9

5

5

1

9

5

8

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6

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9

6

4

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3

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6

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8

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1

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9

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0

0

2

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0

3

2

0

0

6

2

0

0

9

2

0

1

2

米軍専用施設面積の推移

(13)

13

保 改 定 ) ま で の 時 期 で あ る 。

こ の 間 、対 日 平 和 条 約 発 効 時 に 約 26万 人 い た 在 日 米 軍 は 、「 一 切 の 地 上 戦 闘 部 隊 の 撤 退 」 を 含 め て 4 万 人 台 、 す な わ ち 6 分 の 1 以 下

に 減 少 し 、 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 面 積 は 約 4 分 の 1 に 縮 小 し た 。

2 回 目 は 、 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) を 挟 ん だ 1960 年 代 後 半 か ら 1970 年 代 半 ば に か け て の 時 期 で あ る 。 こ の と き も 、 本 土 の 米 軍 基 地 は 約

3 分 の 1 に 減 少 し た が 、 沖 縄 の 米 軍 基 地 は 1 割 程 度 し か 減 少 さ れ ず

9 割 が 残 存 し た 。

こ の 結 果 、 国 土 面 積 の 0.6 パ ー セ ン ト に 過 ぎ な い 沖 縄 に 日 本 の 米 軍 基 地 の 約 4 分 の 3 が 集 中 す る と い う 構 造 が 完 成 し た 。

以 下 に 述 べ る と お り 、 こ の 極 端 な ま で の 沖 縄 へ の 基 地 集 中 は 、 日

本 本 土 の 基 地 負 担 を 軽 減 し て 日 本 本 土 の 反 基 地 感 情 を 鎮 静 化 さ せ る

と い う 政 治 的 事 情 に 起 因 す る も の で あ っ た 。

3 1950 年 代 の 日 本 本 土 か ら 沖 縄 へ の 基 地 し わ 寄 せ

(1) 1950 年 代 初 頭 、 沖 縄 の 米 軍 基 地 面 積 は 約 124 平 方 キ ロ メ ー ト ル

(1951年 ・ 昭 和 26年 ) で あ っ た の に 対 し 、 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 面 積 は 1352.636 平 方 キ ロ メ ー ト ル (1952 年 ・ 昭 和 27 年 ) で あ り 、 沖 縄 の 米 軍 基 地 面 積 は 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 面 積 の 10 パ ー セ ン ト に も 満 た な い も の で あ っ た 。

そ し て 、1950 年 代 を 通 じ て 、日 本 の 米 軍 基 地 面 積 は 大 き く 減 少 し 、 他 方 で 沖 縄 の 基 地 面 積 は 激 増 し た 。す な わ ち 、1960 年( 昭 和35 年 ) に は 、日 本 の 米 軍 基 地 面 積 は335.204 平 方 キ ロ メ ー ロ ル と 4 分 の 1 以 下 に 減 少 し 、他 方 で 、沖 縄 の 米 軍 基 地 面 積 は 約209 平 方 キ ロ メ ー ト ル と 約1.7 倍 と な っ た 。

こ の 基 地 面 積 の 変 化 の 大 き な 要 因 と な っ た の は 、 日 本 本 土 か ら 沖

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(2) 海 兵 隊 の 第 3 海 兵 師 団 は 、朝 鮮 半 島 の 前 線 に 展 開 し て い た 第 1 海

兵 師 団 の 後 方 支 援 や 補 充 兵 の 提 供 の た め 、1953 年 ( 昭 和 28 年 ) に 岐 阜 県 の キ ャ ン プ 富 士 や 山 梨 県 の キ ャ ン プ 富 士 な ど に 駐 留 す る よ う

に な っ た 。

日 本 本 土 に 海 兵 隊 が 駐 留 す る よ う に な っ た の は 、 朝 鮮 戦 争 の 後 方

支 援 の た め で あ る が 、 日 本 本 土 で は 、 米 軍 基 地 に 対 す る 熾 烈 な 反 対

運 動 等 が あ り 、 反 米 軍 基 地 感 情 の 高 ま り を 鎮 静 化 す る こ と が 政 治 課

題 と な っ て い た 。

1950 年 代 に は 、日 本 本 土 に も 多 数 の 米 軍 基 地 が 存 在 し 、内 灘 闘 争 、

砂 川 闘 争 、 浅 間 山 演 習 場 反 対 闘 争 、 妙 義 山 接 収 計 画 反 対 闘 争 な ど の

反 基 地 闘 争 が 各 地 で 起 き 、 海 兵 隊 が 駐 留 し て い た 北 富 士 、 岐 阜 に お

い て も 熾 烈 な 反 対 闘 争 が 起 き て い た 。

日 本 国 内 の 世 論 調 査 の 結 果 も 、 米 軍 の 日 本 駐 留 に つ い て 、 独 立 回

復 直 後 の 1952 年 ( 昭 和 27 年 )5 月 に は 賛 成 48 パ ー セ ン ト 、 反 対

20 パ ー セ ン ト だ っ た の が 、1953 年 ( 昭 和 28 年 ) 6 月 に は 賛 成 27

パ ー セ ン ト 、反 対 47パ ー セ ン ト と 逆 転 し た 。外 交 政 策 に つ い て も 、 朝 鮮 戦 争 勃 発 か ら ま も な い 1950 年( 昭 和 25年 )9 月 に は 親 自 由 陣 営 50パ ー セ ン ト 、中 立 22 パ ー セ ン ト だ っ た の に 対 し て 1953年( 昭 和 28 年 )6 月 に は 親 自 由 陣 営 26 パ ー セ ン ト 、 中 立 50 パ ー セ ン ト と 中 立 の 割 合 が 増 大 し て い た 。

1955 年 ( 昭 和 30 年 ) 2 月 、 岸 信 介 首 相 は ア リ ソ ン 駐 日 大 使 と の

会 見 に お い て 、 日 米 安 保 の 必 要 性 、 米 海 空 軍 の 日 本 駐 留 の 必 要 性 を

認 め な が ら 、 地 上 軍 の 撤 退 を 求 め た 。 同 年 5 月 、 ア リ ソ ン 駐 日 大 使 は ダ レ ス 国 務 長 官 に 電 報 を 送 り 、「 日 本 と 米 国 と の 関 係 の 観 点 か ら は 、

地 上 軍 の 早 期 の 、 し か し 秩 序 だ っ た 撤 退 が き わ め て 望 ま し い 」、「 日

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て い る の で 、 移 転 を 歓 迎 す る だ ろ う 」、「 撤 退 は 、 最 近 の 富 士 の 事 件

の よ う な 深 刻 な 基 地 問 題 や 、 多 数 の 部 隊 が 日 本 に 駐 留 す る こ と か ら

生 じ る 耐 え が た い 摩 擦 を 和 ら げ る だ ろ う 」 と 地 上 軍 の 撤 退 を 進 言 し

た 。1956 年 ( 昭 和 31 年 ) 7 月 12 日 の 国 家 安 全 保 障 会 議 で は 、 直 前 に 行 わ れ た 日 本 の 参 議 院 選 挙 の 結 果 が 報 告 さ れ 、 社 会 党 が 3 分 の

1 を 確 保 し た た め 、 再 軍 備 を 保 障 す る た め の 憲 法 改 正 が で き な く な

っ た こ と が 報 告 さ れ た 。 ウ ィ ル ソ ン 国 防 長 官 は 、 東 京 に 司 令 部 が あ

る 極 東 軍 に 代 え て 太 平 洋 軍 を 創 設 し 、 国 連 軍 司 令 部 を 東 京 か ら 韓 国

へ 移 す 方 針 を 示 し た が 、 そ の 理 由 に つ い て 、「 日 本 に 広 が っ て い る 、

ま だ 占 領 さ れ て い る と い う 考 え を 打 ち 消 す た め の 国 防 省 の 大 変 な 努

力 の 一 部 で あ る 。 こ の 考 え を 破 壊 す る こ と に 成 功 し な け れ ば 、 わ れ

わ れ は 日 本 列 島 で の 地 位 を す べ て 失 う こ と に な る 」 と 説 明 し た 。

そ し て 、1957 年 ( 昭 和 32 年 )1 月 に 群 馬 県 の 相 馬 ヶ 原 米 軍 演 習 場 で 発 生 し た 、 米 兵 が 薬 莢 拾 い を し て い た 農 家 の 主 婦 を 射 殺 し た ジ

ラ ー ド 事 件4は 、 日 本 社 会 に と り わ け 大 き な 衝 撃 を 与 え5、 日 本 本 土

に お け る 反 米 軍 基 地 感 情 の 鎮 静 化 が 、 日 米 両 政 府 に と っ て 最 重 要 の

政 治 課 題 と な っ て い っ た 。

日 本 本 土 か ら の 地 上 戦 闘 部 隊 の 撤 退 が 政 治 的 課 題 と な る な か で 、

海 兵 隊 は 、 日 本 本 土 か ら 沖 縄 へ と 移 駐 し て い っ た が 、 ア イ ゼ ン ハ ワ

ー 大 統 領 の 政 治 的 判 断 が 、こ れ を 加 速 さ せ る こ と に な っ た( 平 成 27 年 5月 14 日 沖 縄 タ イ ム ス「 公 文 書 入 手 の 山 本 章 子 氏 に 聞 く 」)。1957

4 田 中 明 彦 「 安 全 保 障 戦 後 50年 の 模 索 」170 頁 。

5 沖 縄 で は 同 様 の 事 件 が 頻 発 し て い た 。 ジ ラ ー ド 事 件 の 数 か 月 前 で あ る

1956年 ( 昭 和 31年 ) 4 月 に は 、 美 里 村 知 花 で ス ク ラ ッ プ 拾 い を し て い た

3人 の 幼 児 の 子 の 母 で あ る 32 歳 の 主 婦 を 米 兵 が 射 殺 し た と い う 事 件( 悦 子 さ ん 事 件 ) が 発 生 し て い る が 、 ジ ラ ー ド 事 件 と は 対 照 的 に 、 沖 縄 の 住 民 が

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年 ( 昭 和 32 年 ) の 岸 首 相 と ア イ ゼ ン ハ ワ ー 米 大 統 領 の 共 同 声 明 に お い て 、 独 立 国 家 と な っ た 日 本 と 米 国 と の 対 等 が 強 調 さ れ 、 米 国 が

「 明 年 中 に 日 本 国 内 の 合 衆 国 軍 隊 の 兵 力 を 、 す べ て の 合 衆 国 地 上 戦

闘 部 隊 の す み や か な 撤 退 を 含 み 、 大 幅 に 削 減 す る 」 こ と を 約 束 し 、

翌 1958年( 昭 和 33 年 )ま で に 日 本 本 土 か ら の 地 上 戦 闘 部 隊 の 完 全 撤 退 が 実 現 し た 。 こ う し て 、1955 年 ( 昭 和 30年 ) か ら 開 始 さ れ た 沖 縄 へ の 海 兵 隊 の 移 駐 は 、 僅 か 3 年 間 で 完 了 し た 。

1950 年 代 に 日 本 に 海 兵 隊 が 配 備 さ れ た の は 、朝 鮮 半 島 に 展 開 す る

部 隊 の 後 方 支 援 な ど の た め で あ り 、 ま た 、 休 戦 に よ っ て 朝 鮮 半 島 に

緊 張 が な く な っ た わ け で は な い 。 朝 鮮 半 島 と の 距 離 か ら す る と 、 沖

縄 に 移 駐 す る こ と は 遠 ざ か る こ と に な り 、 ま た 、 沖 縄 に は 海 兵 隊 を

紛 争 地 域 に 輸 送 す る 艦 船 も な く 、 海 兵 隊 を 沖 縄 に 配 備 す る こ と は 機

動 性 ・ 即 応 性 を 損 ね る も の で あ っ た 。1957 年 ( 昭 和 32 年 ) 末 に 、 元 国 際 安 全 保 障 担 当 国 防 次 官 補 の ナ ッ シ ュ(Frank C. Nash)が 、 ア イ ゼ ン ハ ワ ー 大 統 領 に 提 出 し た 報 告 書 「 米 国 の 在 外 基 地 」(ナ ッ シ ュ ・ レ ポ ー ト)6は 、「 沖 縄 の 海 兵 隊 は 機 動 性 に 欠 け る 」と 問 題 点 を 指 摘 し て い た 。 海 兵 隊 の 役 割 は 、 戦 争 と な っ た 場 合 に 真 っ 先 に 戦 場 に

駆 け つ け 、 敵 前 上 陸 を は か る こ と で あ り 、 そ の 機 動 性 を 欠 い て い る

と い う こ と は 、 海 兵 隊 の 沖 縄 駐 留 は 軍 事 的 合 理 性 を 欠 い て い る と い

う こ と に ほ か な ら な い 。 軍 事 的 合 理 性 を 欠 い た ま ま 、 日 本 国 内 の 反

米 軍 基 地 感 情 の 鎮 静 化 と い う 政 治 的 目 的 の た め に 、 海 兵 隊 の 沖 縄 移

6 1956 10月 に 、 ア イ ゼ ン ハ ワ ー 大 統 領 は 、 ナ ッ シ ュ に 、 米 軍 の 世 界 的 プ レ ゼ ン ス の 見 直 し 作 業 を 依 頼 し 、1 年 近 く に わ た る 調 査 の 後 、ナ ッ シ ュ・

レ ポ ー ト は 提 出 さ れ た 。 ま た 、 ナ シ ュ ・ レ ポ ー ト は 、 沖 縄 に 軍 事 施 設 が 集

中 し て い る こ と は ミ サ イ ル 攻 撃 に 対 し て 脆 弱 で あ り 、 こ の 軍 事 的 問 題 を 解

決 す る た め に 、 ほ か の 極 東 地 域 へ の 分 散 配 備 を 検 討 す べ き だ と し て い た 。

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駐 が 急 が れ た こ と は 明 ら か で あ っ た 。

し か し 、 日 本 か ら の 海 兵 隊 の 撤 退 に よ り 日 本 の 安 全 保 障 に 支 障 が

生 じ る と い う 海 兵 隊 撤 退 反 対 論 は 起 き ず 、 日 本 政 府 ・ 日 本 国 民 は 、

海 兵 隊 の 日 本 か ら の 全 面 撤 退 を 歓 迎 し た 。

日 本 本 土 で は 、1957 年 ( 昭 和32 年 ) 中 に は 伊 丹 飛 行 場 、 内 灘 演 習 場 な ど 、1958 年 ( 昭 和 33 年 ) 中 に は 新 潟 飛 行 場 、 小 牧 飛 行 場 、 キ ャ ン プ 岐 阜 な ど 、1959 年 ( 昭 和 34年 ) に は 北 海 道 演 習 場 、 辻 堂 演 習 場 、 キ ャ ン プ 千 歳 な ど が 返 還 さ れ て い き 、 近 畿 、 中 部 、 四 国 に

は ほ と ん ど 米 軍 基 地 が な く な り 、 こ う し て 、 独 立 回 復 時 か ら 1960 年 ( 昭 和 35 年 ) の 安 保 改 定 ま で の 間 に 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 面 積 は 4 分 の 1 以 下 に 減 少 し た 。

日 本 か ら 米 軍 の 地 上 戦 闘 部 隊 が す べ て 撤 退 し 、 米 軍 基 地 も 目 に 見

え て 減 少 し て い っ た こ と に よ り 、 日 本 本 土 に お け る 反 米 基 地 感 情 は

急 激 に 鎮 静 化 し て い き 、1960年 ( 昭 和 35年 ) に は 、 安 保 改 定 が な さ れ た 。 安 保 改 定 交 渉 の 際 、 当 初 は 沖 縄 を 安 保 条 約 の 対 象 地 域 に 含

め る こ と も 検 討 さ れ た が 、 米 国 は 事 前 協 議 制 度 が 沖 縄 に 適 用 さ れ る

こ と で 核 兵 器 の 持 ち 込 み を 含 め た 自 由 使 用 が で き な く な る こ と を 懸

念 し 、 他 方 、 日 本 で は “ 沖 縄 を 安 保 条 約 の 対 象 に 含 め る と 米 国 の 戦

争 に 日 本 が 巻 き 込 ま れ る ” と の 強 い 反 発 が あ り 、 沖 縄 を 安 保 条 約 の

対 象 と す る こ と は 見 送 ら れ た 。

日 本 本 土 は 、1950年 代 を 通 じ て 、米 軍 基 地 が 激 減 し 、ま た 、軍 事 的 負 担 を 免 れ る こ と に よ っ て 目 覚 ま し い 経 済 復 興 を 遂 げ て い っ た 。

(3) 一 方 、対 日 平 和 条 約 第 3 条 に よ り 日 本 か ら 切 り 離 さ れ た 沖 縄 で は 、

あ ら た な 米 軍 基 地 建 設 の た め に 、 悲 劇 的 と い わ ざ る を え な い 事 態 が

生 じ て い っ た 。

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強 制 接 収 が な さ れ た 。対 日 平 和 条 約 発 効 後 、米 国 は 、「 対 日 平 和 条 約

に よ り 、 米 国 は 主 権 国 家 で あ る 日 本 か ら 沖 縄 に お け る 統 治 権 を 行 使

す る こ と が 認 め ら れ て い る の で あ る か ら 、 米 国 は 日 本 が 本 来 有 す る

土 地 収 用 権 を 日 本 の 了 解 に 基 づ い て 行 使 す る 」 と の 見 解 の 下 に 、

1952 年 ( 昭 和 27 年 ) に 布 令 第 109 号 「 土 地 収 用 権 」 を 公 布 し た 。

そ し て 、1952 年 ( 昭 和 27 年 ) に 真 和 志 村 、1953 年 ( 昭 和 28 年 ) に 伊 江 村 、1954年 ( 昭 和 29年 ) に は 伊 佐 浜 で 、 強 制 的 な 土 地 接 収 が な さ れ た が 、 そ の 接 収 の 態 様 は 、 銃 剣 で 武 装 し た 米 兵 に 守 ら れ た

ブ ル ド ー ザ ー が 、 住 民 の 反 対 を 押 し 切 っ て 家 屋 を 押 し 倒 し 、 耕 作 地

を 敷 き な ら し て い く と い う も の で 、 文 字 ど お り の 「 銃 剣 と ブ ル ド ー

ザ ー 」 に よ る 土 地 強 奪 で あ っ た 。

そ し て 、1950 年 代 後 半 に は 、1956 年 ( 昭 和 31 年 ) に は キ ャ ン プ・シ ュ ワ ブ 、辺 野 古 弾 薬 庫 、1957年( 昭 和 32年 )に は キ ャ ン プ ・ ハ ン セ ン 、 北 部 訓 練 場 、 キ ャ ン プ ・ マ ク ト リ ア ス 、1958 年 ( 昭 和

33年 )に は キ ャ ン プ・コ ー ト ニ ー と 、北 部 の 海 兵 隊 新 基 地 を 中 心 と

し て 、 沖 縄 の 米 軍 基 地 が 拡 張 さ れ て い っ た 。

4 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 後 の 基 地 集 中 ・ 固 定 化 の 完 成

(1) 沖 縄 へ の 基 地 集 中 の 構 造 が 完 成 し た の は 、沖 縄 返 還( 復 帰 )後 で

あ る 。

1960 年 代 後 半 か ら1970 年 代 前 半 、 す な わ ち 、1972 年 ( 昭 和 47

年 ) の 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) を 挟 ん だ 僅 か 数 年 の 間 に 、 日 本 本 土 の 米 軍

基 地 は 激 減 し 、 他 方 で 沖 縄 の 米 軍 基 地 は 維 持 ( 機 能 的 に は 強 化 ) さ

れ た 。

他 方 、 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 は 、 米 軍 板 付 基 地 の 戦 闘 機 が 九 州 大 学

構 内 へ の 墜 落 事 故 を 起 こ す な ど 日 本 本 土 で 反 米 軍 基 地 感 情 が 沸 騰 し

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同 年 に は 303.006 平 方 キ ロ メ ー ト ル で あ っ た も の が 、1972 年 ( 昭 和 47年 )に は 196・991 平 方 キ ロ メ ー ト ル と 3分 の 2 以 下 に ま で 減 少 し て い た 。

国 土 面 積 の わ ず か 0.6 パ ー セ ン ト の 沖 縄 県 に 日 本 の 米 軍 基 地 の 約 4 分 の 3 が 集 中 す る と い う 構 造 は 、 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 後 に 完 成 し た

も の で あ る 。

(2) 安 保 条 約 の 期 限 で あ る 1970年( 昭 和 45年 )を 目 前 に 控 え た 1960

年 代 後 半 、 ベ ト ナ ム 戦 争 を 背 景 に 、 米 軍 基 地 の 活 動 が 活 発 化 し て い

く な か で 、 事 故 や 騒 音 な ど の 基 地 被 害 が 続 き 、 日 本 本 土 に お け る 反

米 軍 基 地 感 情 が 高 ま っ て い っ た 。

そ し て 、1968 年 ( 昭 和43 年 ) を 転 機 に 、 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 負 担 を 軽 減 し て 反 米 軍 基 地 感 情 を 鎮 静 化 さ せ る こ と が 喫 緊 の 政 治 的 課

題 と な り 、 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 の 大 幅 な 整 理 ・ 縮 小 へ と 事 態 は 動 い

て 行 っ た 。

同 年 1 月 に は 米 原 子 力 空 母 エ ン タ ー プ ラ イ ズ の 佐 世 保 入 港 を め

ぐ る 反 対 運 動 が 起 こ り 、 同 月 15日 か ら 23 日 ま で 、 4 万 7000 人 が 参 加 し た 佐 世 保 で の 大 集 会 を 含 め 、 延 べ 全 国 46 都 道 府 県 325 か 所 で 21 万 人 余 が 参 加 し て 集 会 ・ デ モ が 展 開 さ れ た 。 同 年 5 月 に は 、 そ の 佐 世 保 港 で 原 子 力 潜 水 艦 が 放 射 能 漏 れ 事 故 を 起 こ し 、 被 爆 国 で

あ る 日 本 国 民 の 強 い 反 発 を 招 い た 。

そ し て 、 同 年 6 月 に は 、 米 軍 板 付 基 地 の F - 4 フ ァ ン ト ム 戦 闘 機

が 九 州 大 学 構 内 に 墜 落 す る と い う 事 故 が 発 生 し て 、 日 本 社 会 に 大 き

な 衝 撃 を 与 え て 、 大 き な 政 治 問 題 と な っ て い っ た 。

F - 4 フ ァ ン ト ム 戦 闘 機 墜 落 事 故 の 翌 日 の 国 会 で は 、 山 上 防 衛 施

設 庁 長 官 が 、「 直 ち に 基 地 の 撤 去 と い う こ と は こ れ は ま た む ず か し い

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で も 大 き な 方 針 と し て 十 分 に 協 議 し て ま い ら な け れ ば な ら ぬ 問 題 」

と 、 基 地 撤 去 に 言 及 し た 国 会 答 弁 を す る に 至 っ た 。

こ の 事 態 を 米 国 も 深 刻 に 受 け 止 め 、 米 軍 機 墜 落 事 故 直 後 に 、 米 大

使 館 は 米 国 務 省 宛 に 、「 米 軍 基 地 問 題 に 関 す る 暴 風 信 号 」と 題 し た 書

簡 を 送 り 、そ の 中 で 、「 大 衆 の 要 求 は 暴 発 寸 前 の レ ベ ル 」と し 、ま た 、

日 本 政 府 内 に も 「 防 衛 問 題 に 対 す る 本 質 的 な 態 度 変 化 」 の 兆 候 が み

ら れ る が ゆ え に 、基 地 問 題 の 解 決 に 最 大 限 の 注 意 を 払 う 必 要 が あ る 」

と の 注 意 喚 起 を 行 っ た 。 同 年 7 月 に は 、 米 国 務 ・ 国 防 両 長 官 は 、 在

日 米 軍 基 地 の 見 直 し を 米 太 平 洋 軍 及 び 米 大 使 館 に 指 示 し た 。

日 本 政 府 も 、 同 年 7 月 、 在 日 米 軍 基 地 整 理 統 合 の 基 本 方 針 を 定 め

る こ と を 決 定 し た 。 同 年 8 月 の 臨 時 国 会 に お い て 、 佐 藤 首 相 は 「 米

軍 基 地 が 大 都 市 周 辺 に 多 く あ る た め 、 と か く 基 地 周 辺 住 民 に 生 活 上

の 不 安 や 危 惧 を 与 え て い る こ と を 考 え 、 政 府 と し て は 、 そ の 不 安 や

危 惧 を 取 り 除 く よ う 最 善 の 努 力 を 払 っ て ま い り ま す 」 と 述 べ 、 年 末

に か け 同 趣 旨 の 答 弁 が な さ れ た 。

同 年 12 月 に 開 催 さ れ た 第 9 回 日 米 安 全 保 障 協 議 委 員 会 ( 以 下 、 「SCC」 と い う 。) に お い て 、 日 米 双 方 が 、 日 本 の よ う な 狭 隘 な 国 土 に お け る 基 地 施 設 の 存 在 が 深 刻 な 問 題 を 惹 起 し て い る と の 認 識 を

示 し た 。 そ し て 、 米 側 よ り 、 ① 全 部 ま た は 一 部 が 日 本 政 府 に 返 還 さ

れ る 基 地 :22 基 地 、 ② 米 軍 の 継 続 使 用 権 な い し 他 の 適 当 な 基 地 が 保 証 さ れ る 取 り 決 め を 条 件 に 日 本 政 府 に 返 還 さ れ る 基 地 :10 基 地 、 ③ 現 存 施 設 な い し 日 本 政 府 に よ り 提 供 さ れ る 新 た な 基 地 へ 日 本 政

府 に よ り 移 設 さ れ る 基 地:22 基 地 の 合 計 54基 地 の リ ス ト が 示 さ れ 、 日 米 合 同 委 員 会 で 具 体 的 措 置 を と る こ と と さ れ た 。 F - 4 フ ァ ン ト

ム 戦 闘 機 の 墜 落 事 故 を 起 こ し た 板 付 基 地 は 、 軍 事 的 に は 、 朝 鮮 有 事

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定 的 に 重 要 な 役 割 を 果 た す と 位 置 づ け ら れ て い た に も か か わ ら ず

( 沖 縄 ― ソ ウ ル 間 は 1260 キ ロ メ ー ト ル で あ る の に 対 し 、 福 岡 ― ソ ウ ル 間 は 534 キ ロ メ ー ト ル と 半 分 に も 満 た な い 。)、1969 年 6 月 ま で に 分 散 作 戦 基 地 へ 転 換 ( す な わ ち 運 用 停 止 ) す る こ と と な っ た 。

1969 年 ( 昭 和 44年 ) 6 月 の 日 米 合 同 委 員 会 に お け る 中 間 報 告 ま

で に 19 基 地 に つ い て 措 置 が と ら れ た 。 同 年 7 月 の 第 10 回 SCC に お い て 、有 田 防 衛 庁 長 官 は 、21基 地 の 返 還 に 日 米 合 同 委 員 会 が 合 意 し た と し つ つ 、 米 側 に 条 件 の 緩 和 な ど の 配 慮 を 求 め 、 ま た 、 特 に 水

戸 射 爆 撃 場 の 問 題 に 触 れ 、 そ の 返 還 を 強 く 求 め た 。1970 年 ( 昭 和

45年 )2 月 に は 、佐 藤 首 相 は「 外 国 の 兵 隊 が 、首 府 の そ ば に た く さ

ん い る と い う 、 そ う い う よ う な 状 態 は 好 ま し い 状 態 で は な い 」 と 国

会 で 答 弁 し た 。 首 都 圏 を 中 心 と す る 日 本 本 土 の 大 幅 な 整 理 縮 小 の 道

筋 が つ け ら れ 、 同 年 6 月 に 安 保 条 約 は 自 動 延 長 し た 。 同 年 12 月 の 第12回SCCに お い て 、基 地 の 整 理 統 合 計 画 が 正 式 に 了 承 さ れ 、1971 年 ( 昭 和 46 年 ) 6 月 ま で に 、 横 田 基 地 か ら の 偵 察 部 隊 の 米 国 へ の 移 駐 や 戦 闘 部 隊 の 復 帰 直 前 の 沖 縄 ・ 嘉 手 納 基 地 へ の 移 駐 な ど が 決 ま

っ た 。 横 田 基 地 の 戦 闘 機 部 隊 は 、1971 年 ( 昭 和 46 年 ) 3 月 か ら 沖 縄・嘉 手 納 基 地 へ の 移 駐 を 開 始 し 、同 年 5 月 ま で に 移 駐 を 完 了 し た 。

輸 送 機 基 地 へ と 変 貌 し た 横 田 基 地 の 航 空 機 騒 音 が 減 少 す る 一 方 で 、

横 田 基 地 か ら の F - 4 フ ァ ン ト ム 戦 闘 機 の 移 駐 先 と な っ た 嘉 手 納 基

地 の 基 地 機 能 は 強 化 さ れ 、 戦 闘 機 騒 音 も さ ら に 激 化 す る こ と と な っ

た 。

1973 年 ( 昭 和 48 年 ) 1 月 の 第 14 回 SCC に お い て 、「 関 東 平 野

地 域 に お け る 施 設 ・ 区 域 の 整 理 統 合 計 画 」( 以 下 、「 関 東 計 画 」 と い

う 。)が 了 承 さ れ 、同 月 中 に 日 米 合 同 委 員 会 で 関 東 計 画 の 実 施 が 合 意

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関 東 平 野 に 所 在 す る 空 軍 基 地 を 横 田 基 地 に 集 約 し 、 6 つ の 基 地 ( 府

中 空 軍 施 設 の 大 部 分 、 キ ャ ン プ 朝 霞 の 大 部 分 、 立 川 飛 行 場 、 関 東 村

住 宅 地 区 、 ジ ョ ン ソ ン 飛 行 場 の 大 部 分 、 水 戸 空 対 地 射 爆 撃 場 ) を 日

本 に 返 還 す る と い う も の で あ り 、 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 の 大 幅 削 減 は

こ う し て 完 成 し た 。

首 都 圏 を 中 心 と し て 目 に 見 え る 形 で 米 軍 基 地 の 削 減 が 実 現 し た

こ と に よ り 、 日 本 本 土 に お け る 米 軍 基 地 へ の 社 会 的 関 心 は 薄 れ て い

っ た 。

(3) 日 本 本 土 で は 、首 都 圏 の 米 軍 基 地 が 大 幅 に 整 理 縮 小 さ れ た が 、そ

の 一 方 で 、 沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) 前 に 、 米 国 防 省 が 検 討 し て い た 普 天 間

飛 行 場 の 閉 鎖 を 含 め た 在 沖 海 兵 隊 の 大 規 模 な 撤 退 と い う 計 画 は 表 に

出 る こ と な く 消 え 、 逆 に 普 天 間 飛 行 場 の 機 能 は 著 し く 強 化 さ れ る こ

と に な っ た 。

米 国 防 省 が 1968 年 ( 昭 和 43) 年 12 月 に 策 定 し た 在 日 米 軍 再 編 計 画 で は 、 朝 鮮 半 島 有 事 の 際 に 、 海 兵 隊 の 航 空 機 は 到 着 ま で に 数 日

か か る た め 決 定 的 な 役 割 を 果 た せ な い こ と や 牧 港 補 給 地 区 の 第 3 海

兵 補 給 群 は 財 政 的 ・ 組 織 的 に 非 効 率 な ど の 軍 事 的 理 由 を 挙 げ 、 普 天

間 飛 行 場 の 完 全 閉 鎖 の ほ か 、 第 26 連 隊 上 陸 団 を 米 本 土 へ 移 転 、 第 3 海 兵 補 給 軍 を 陸 軍 第 2 補 給 部 隊 に 統 合 す る な ど 、 在 沖 海 兵 隊 の 大

幅 な 削 減 が 提 案 さ れ て い た 。

普 天 間 飛 行 場 は 補 助 飛 行 場 と し て パ ラ シ ュ ー ト 降 下 訓 練 が 行 わ

れ る 程 度 の 利 用 し か な さ れ て い な か っ た も の で 、1960 年 ( 昭 和 35 年 ) に 海 兵 隊 航 空 基 地 と し て 使 用 開 始 さ れ た 当 時 は 飛 行 場 と 周 辺 居

住 地 域 と の 間 に 遮 蔽 す ら も な か っ た た も の で あ っ た 。1969年( 昭 和

44年 )の 時 点 に お い て も 、ヘ リ コ プ タ ー 部 隊 は 僅 か に4 機 が 展 開 す

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し か し 、 日 本 本 土 に お け る 米 軍 基 地 負 担 を 軽 減 す る た め 、 普 天 間

飛 行 場 の 完 全 閉 鎖 を 含 む 在 沖 海 兵 隊 の 大 幅 削 減 の 計 画 は 見 送 ら れ 、

一 転 し て 第 1 海 兵 航 空 団 第 36 海 兵 航 空 群 の 拠 点 と さ れ る こ と に な っ た 。 す な わ ち 、 国 防 総 省 は 、 撤 退 圧 力 が 高 ま っ て い た 神 奈 川 県 の

厚 木 飛 行 場 に 展 開 す る 航 空 機 の 移 転 先 と し て 岩 国 飛 行 場 と 普 天 間 飛

行 場 を 選 定 し 、 普 天 間 飛 行 場 は 、 完 全 閉 鎖 ど こ ろ か 、 日 本 本 土 に 展

開 し て い る 航 空 機 の 移 転 先 と さ れ 、1969 年 ( 昭 和 44 年 )11 月 に 、 第 1 海 兵 航 空 団 第 36海 兵 航 空 群 の ホ ー ム ベ ー ス と さ れ た 。

在 日 米 軍 基 地 全 体 の 整 理 ・ 縮 小 は 、 嘉 手 納 飛 行 場 の さ ら な る 機 能

強 化 や 普 天 間 飛 行 場 の 完 全 閉 鎖 計 画 の と り や め と 機 能 強 化 等 と 引 き

換 え に 進 め ら れ た も の で あ っ た 。

(4) 以 上 み て き た と お り 、沖 縄 返 還( 復 帰 )を 挟 ん だ 僅 か 数 年 で 、日

本 本 土 と 沖 縄 の 米 軍 基 地 面 積 が 逆 転 し て 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 面 積 が

少 な く な り 、そ れ ど こ ろ か 米 軍 基 地 の 約 4 分 の 3 が 沖 縄 県 に 集 中 し 、

固 定 化 さ れ る と い う 構 造 が 完 成 し た も の で あ っ た 。

沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) は 、 米 軍 基 地 と い う 観 点 か ら 見 る な ら ば 、 沖 縄

の 米 軍 基 地 の 維 持 ・ 機 能 強 化 と 日 本 本 土 の 米 軍 基 地 の 整 理 ・ 縮 小 の

た め に 存 在 し た と い う 見 方 も で き る 。

沖 縄 返 還 ( 復 帰 ) に 際 し て 、 自 衛 隊 の 沖 縄 配 備 を 取 り 決 め た い わ

ゆ る 久 保 ・ カ ー チ ス 協 定 の 日 本 側 の 代 表 者 ( 当 時 防 衛 庁 防 衛 局 長 )

久 保 卓 也 氏 は 、 軍 事 評 論 家 の 藤 井 治 夫 氏 の 「 な ぜ 沖 縄 の 米 軍 基 地 を

縮 小 せ ず 、 本 土 を 優 先 さ せ る と い う 逆 さ ま 行 政 を あ え て し た の か 」

と い う 質 問 に 対 し 、「 基 地 問 題 は 安 保 に 刺 さ っ た ト ゲ で あ る 。都 市 に

基 地 が あ る 限 り 、 安 保 ・ 自 衛 隊 問 題 に つ い て 国 民 的 合 意 を 形 成 す る

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5 米 国 内 に お け る 在 沖 海 兵 隊 基 地 縮 小 の 動 き

(1) 沖 縄 返 還( 復 帰 )が 決 ま っ た 後 も 、米 国 政 府 内 で は 、沖 縄 基 地 縮

小 が 検 討 さ れ て い た 。

駐 日 米 大 使 館 は 、1971 年(昭 和 46 年)4 月 、 米 軍 基 地 の 整 理 縮 小 は 日 本 本 土 だ け で は な く 「 沖 縄 に ま で 拡 大 さ れ る べ き だ 」 と 主 張 し

て い た 。

沖 縄 返 還( 復 帰 )の 年 で あ る 1972 年( 昭 和 47年 )に は 、国 際 的 な 緊 張 緩 和 が 進 ん で い っ た 。 ニ ク ソ ン 大 統 領 は デ タ ン ト 政 策 を 推 進

し 、1972年 ( 昭 和 47 年 ) 2 月 に 訪 中 、 同 年 5 月 に 訪 ソ し た 。 同 年 7 月 に は 韓 国 と 北 朝 鮮 と の 間 で 南 北 共 同 声 明 が 発 表 さ れ た 。 同 年 9

月 に は 田 中 角 栄 首 相 が 訪 中 し 、 日 中 国 交 正 常 化 が 実 現 し た 。1973 年( 昭 和 48年 )1月 に は 、ベ ト ナ ム 和 平 協 定 が 調 印 さ れ 、ニ ク ソ ン 大 統 領 は ベ ト ナ ム 戦 争 の 終 結 を 宣 言 し た 。 そ の 結 果 、 日 本 国 内 で は

対 外 的 な 脅 威 認 識 が 低 下 し 、 日 米 安 保 へ の 支 持 が 低 下 し て い っ た 。

1972 年 ( 昭 和 47 年 )11 月 、 駐 日 米 国 大 使 館 は ワ シ ン ト ン に 対 し 、

東 ア ジ ア の 緊 張 緩 和 に よ っ て 日 本 国 民 が 日 米 安 保 の 重 要 性 に 疑 問 を

抱 い て い る と 報 告 し 、 対 日 政 策 の 再 検 討 や 沖 縄 基 地 縮 小 な ど を 提 言

し た 。

1972 年( 昭 和 47年 )か ら 1973 年( 昭 和48 年 )に か け て 、米 国

政 府 内 で は 、 在 沖 海 兵 隊 の 撤 退 を 含 め 、 大 規 模 な 沖 縄 米 軍 基 地 の 縮

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の 海 兵 隊 は 維 持 さ れ る べ き 」だ と 主 張 し 、在 沖 海 兵 隊 を 引 き 留 め た7。

(2) 現 役 の 海 兵 隊 員 か ら も 、在 沖 海 兵 隊 の 撤 退 に 反 対 し た 日 本 政 府 と

は 対 照 的 に 、在 沖 海 兵 隊 の 撤 退 な ど の 提 案 が 積 極 的 に な さ れ て い た 。

た と え ば 、海 兵 隊 専 門 誌「 マ リ ン ・ コ ー ・ ガ ゼ ッ ト 」1976 年( 昭 和 51 年 ) 2 月 号 に 掲 載 さ れ た 海 兵 隊 少 佐 の 「 沖 縄 か ら の 撤 退 」 と い う 論 文 で は 、①13か 月 の 駐 留 で 兵 士 の 質 に 問 題 が 生 じ る 、② 沖 縄 で 高 額 の 駐 留 費 が か か る 、 ③ 西 太 平 洋 地 域 に 関 わ る 兵 員 数 の 増 大 が

則 応 力 に 有 効 で は な い な ど の 問 題 点 を 挙 げ 、 沖 縄 と 日 本 本 土 か ら 全

て の 海 兵 隊 を 撤 退 さ せ て メ キ シ コ 湾 岸 地 域 の 既 存 の 基 地 へ の 配 備 が

提 案 さ れ て い た 。

同 誌 1994 年 ( 平 成 6 年 ) 8 月 号 で は 、 海 兵 隊 大 尉 は 、 大 型 輸 送 ヘ リ が 装 甲 車 や 大 砲 を つ り 上 げ て の 移 動 が 許 さ れ な い 演 習 場 の 狭 さ 、

実 弾 砲 撃 演 習 に 対 す る 住 民 反 発 、 沖 縄 県 知 事 に よ る 基 地 返 還 要 請 な

ど 、施 設 の 不 便 性 を 指 摘 し 、「 海 兵 隊 を 沖 縄 に 引 き 留 め る の は 、太 平

洋 戦 争 勝 利 の セ ン チ メ ン タ リ ズ ム で し か な く 、冷 戦 が 終 わ っ た い ま 、

戦 略 的 価 値 は 低 下 し た 。 沖 縄 に 兵 力 を 分 散 配 置 す る よ り は 、 本 国 の

部 隊 を 補 強 す べ き だ 」 と 主 張 し て い た 。

同 誌 1996 年 ( 平 成 8 年 )12 月 号 に は 二 等 軍 曹 が 「 第 31 海 兵 遠 征 部 隊:下 士 官 の 視 点 」と い う 論 文 を 寄 稿 し 、沖 縄 派 遣 の 体 験 か ら 、

部 隊 の 運 用 や 訓 練 の 機 会 を 犠 牲 に し て ま で も 前 方 展 開 の 利 益 は あ る

の か と 問 い か け た 。 同 論 文 で は 、 沖 縄 に 駐 留 す る 第 31 海 兵 遠 征 部 隊 (Marine Expeditionary Unit: MEU) は 米 本 土 の も の と 比 べ て 多 く の 短 所 が あ る と し 、そ の う ち の 大 き な 問 題 点 と し て3 つ が 挙 げ

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ら れ た 。 第 一 に 、 統 合 さ れ た 6 ヶ 月 の 能 力 向 上 訓 練 サ イ ク ル (workup cycle) が 欠 け て い る 。 沖 縄 に 配 置 さ れ て い るMEU と 日 本 本 土 に 配 置 さ れ て い る 両 用 即 応 グ ル ー プ (Amphibious Ready

Group) が 1 つ の 戦 闘 部 隊 と し て 訓 練 を す る 機 会 が ほ と ん ど な い 。

キ ャ ン プ ・ ペ ン ド ル ト ン ( カ リ フ ォ ル ニ ア 州 ) 所 属 の 大 隊 上 陸 チ ー

ム(Battalion Landing Team)が 沖 縄 に 来 な い 限 り 、完 全 な 統 合 訓 練 は で き な い 。 第 二 に 、 適 切 な 訓 練 区 域 が 不 足 し て い る 。 第 三 に 、

利 用 可 能 な 輸 送 艦 艇 が 不 足 し て い る 。 第 31MEU を 支 援 す る 第 11 水 陸 両 用 戦 隊 は 4 隻 の 揚 陸 艦 で 構 成 さ れ る 。 し か し 、 そ の う ち の 1 隻 し かMEU の 訓 練 の 一 部 に 利 用 で き な か っ た 。そ し て 、海 兵 隊 は 、 沖 縄 に MEU を 維 持 す る 費 用 対 効 果 を さ ら に 注 意 深 く み て 、 ど こ か 別 の 箇 所 に 予 算 を 充 て る か ど う か を 検 討 す る べ き だ と し 、 統 合 参 謀

本 部 が 、 大 西 洋 軍 、 中 央 軍 、 太 平 洋 軍 の そ れ ぞ れ に MEU を 配 置 す る の で あ れ ば 、 そ れ な り の 支 援 を 提 供 し な け れ ば な ら ず 、 そ う で な

け れ ば 、 在 沖 MEU を 撤 退 さ せ 、 キ ャ ン プ ・ ペ ン ド ル ト ン や キ ャ ン プ ・ レ ジ ュ ー ン ( ノ ー ス カ ロ ラ イ ナ 州 ) に 所 属 す る MEU を 増 員 す る ほ う が 割 に 合 い 、 理 に か な っ て い る と 主 張 し た 。

6 駐 留 経 費 の 負 担

日 本 政 府 は 、1978 年 ( 昭 和 53年 ) に 在 日 米 軍 駐 留 経 費 を 日 本 が 負 担 す る 「 思 い や り 予 算 」 を 始 め て そ の 予 算 を 年 々 増 額 し 、 世 界 で も 例

の な い 米 軍 の 経 済 的 な 駐 留 環 境 を 作 り 出 し て い っ た 。

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再 編 の 政 治 学 」286 頁 )。「 フ ォ ー リ ン ・ ア フ ェ ア ー ズ 」2010 年 3 ・ 4 月 号 に 寄 稿 さ れ た 論 文 で は 、 日 本 政 府 が 負 担 し て い る 思 い や り 予 算 の

支 払 い 対 象 リ ス ト に は 、沖 縄 の 米 軍 基 地 で 働 く76人 の バ ー テ ン ダ ー 、

48 人 の 自 動 販 売 機 管 理 人 、47 人 の ゴ ル フ コ ー ス 整 備 係 、25人 の ク ラ

ブ 支 配 人 、 9 人 の レ ジ ャ ー ボ ー ト 操 縦 士 、 6 人 の 劇 場 管 理 人 、 5 人 の

ケ ー キ 職 人 、1 人 の 動 物 世 話 係 が 含 ま れ て い る と さ れ て い る8。

1992年( 平 成 4 年 )の 米 下 院 軍 事 委 員 会 で 、当 時 の デ ィ ッ ク・チ ェ

イ ニ ー 国 防 長 官 は 、「 米 軍 が 日 本 に い る の は 、何 も 日 本 を 守 る た め で は

な い 。 米 軍 に と っ て の 日 本 駐 留 の 利 点 は 、 米 軍 が 必 要 と あ れ ば 常 に 出

動 で き る 前 方 基 地 と し て 使 用 で き る こ と で あ る 。 し か も 日 本 は 米 軍 駐

留 経 費 の 75%を 負 担 し て く れ る 。極 東 に 駐 留 す る 米 海 軍 は 、米 国 本 土 か ら 出 動 す る よ り 安 い 国 土 で 配 備 さ れ る 」 と 説 明 し た 。 米 国 防 総 省 国

防 次 官 代 理(2012 年 当 時 )も 、米 国 議 会 の 公 聴 会 で 財 政 難 か ら 在 外 米 軍 基 地 の 縮 小・撤 廃 を 求 め る 議 会 の 質 問 に 対 し 、「 財 政 の 事 情 を 考 慮 し

て も 日 本 に あ る 米 軍 基 地 の 縮 小 は ・ 撤 退 論 議 は 最 後 で い い 。 な ぜ な ら

も っ と も 安 上 が り な 基 地 だ か ら 」 と 述 べ て い る9。

7 1995 年 ( 平 成7 年 ) 以 降 の 日 米 両 政 府 の 対 応

1995年( 平 成 7 年 )9 月 に 沖 縄 島 北 部 で 発 生 し た 海 兵 隊 員 ら に よ る

少 女 暴 行 事 件 は 、 沖 縄 県 民 の 激 し い 怒 り を 呼 び 起 こ し 、 同 年 10 月 21 日 の 「 米 軍 人 に よ る 暴 行 事 件 を 糾 弾 し 、 地 位 協 定 の 見 直 し を 要 求 す る

沖 縄 県 民 総 決 起 大 会 」 に は 8 万 5000 人 が 参 加 す る な ど 、 米 軍 基 地 の 整 理 ・ 縮 小 を 求 め る う ね り が 高 ま っ て い っ た 。

ウ イ リ ア ム ・ ペ リ ー 国 防 長 官 は 議 会 で 「 日 本 の あ ら ゆ る 提 案 を 検 討

8 東 ア ジ ア 共 同 体 研 究 所 編 「 辺 野 古 に 基 地 は い ら な い ! オ ー ル 沖 縄 ・ 覚 悟

の 選 択 」〔 大 田 昌 秀 〕22頁 。

9 前 泊 博 盛 「 安 保 を め ぐ る 日 本 と 沖 縄 の 相 克 」 島 袋 純 ・ 阿 部 浩 己 『 沖 縄 が

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す る 用 意 が あ る 」 と 発 言 し 、 ジ ョ セ フ ・ ナ イ 国 防 次 官 補 は 「 日 本 政 府

が 望 む な ら 部 隊 を 本 土 に 移 転 す る こ と も 検 討 す る 」 と 柔 軟 な 姿 勢 を 示

し て い た 。ま た 、1996 年( 平 成 8 年 )2 月 1 日 付 の 沖 縄 タ イ ム ス の イ ン タ ビ ュ ー に 対 し 、ス チ ュ ワ ー ト・ワ グ ナ ー 海 兵 隊 大 佐 は 、「 在 日 米 軍

基 地 を ど こ に 配 置 す る か は 元 来 日 本 政 府 が 決 め る こ と だ 」 と 語 っ て い

る 。

そ し て 、 事 件 の 約 半 年 後 、1996 年 ( 平 成 8 年 ) 4 月12 日 に 行 わ れ た 橋 本 首 相 と モ ン デ ー ル 駐 日 米 国 大 使 の 共 同 記 者 会 見 に お い て 、 普 天

間 飛 行 場 返 還 の 合 意 が 発 表 さ れ た 。

こ の 橋 本 ・ モ ン デ ー ル 共 同 記 者 会 見 で 発 表 さ れ た 内 容 に は 、 新 基 地

建 設 こ そ 含 ま れ て い な か っ た も の の10、 既 存 基 地 内 へ の ヘ リ ポ ー ト の

建 設 な ど の 代 替 措 置 を と る も の と さ れ 、 兵 力 の 水 準 維 持 が 強 調 さ れ て

い た 。

そ し て 、米 国 側 は 在 沖 海 兵 隊 の 撤 退 と い う 事 態 を も 想 定 し て い た が 、

日 本 側 か ら そ の よ う な 要 求 は な か っ た こ と が 、2004 年 ( 平 成 16 年 ) 4 月 に 米 国 務 省 付 属 機 関 に よ る 外 交 史 記 録 を 目 的 と し た モ ン デ ー ル 氏

へ の イ ン タ ビ ュ ー に お い て 明 ら か に さ れ た 。モ ン デ ー ル 氏 は 、「 私 を 最

も 悩 ま せ た こ と は 、 米 軍 3 人 の メ ン バ ー に よ る 12 才 の 女 の 子 の 強 姦 事 件 で し た 。 そ の 事 件 は 地 元 の 方 々 の 感 情 を 踏 み に じ る 行 為 で 、 私 も

そ の 怒 り を 非 常 に 理 解 で き た 。 し か し 、 2 、 3 日 の 内 に 、 そ の 事 件 は

確 実 に 、 米 兵 が 沖 縄 か ら 退 陣 し な け れ ば な ら な い か 、 あ る い は 少 な く

と も そ の 存 在 を 極 端 に 削 減 し な け れ ば な ら な い か 、 ま た は ( 犯 罪 を 犯

10 平 成 8 年 の SACO 合 意 の 前 に 、 米 国 は 新 基 地 建 設 を 求 め て い た も の で は な く 、 普 天 間 代 替 施 設 の 要 求 は キ ャ ン プ ・ シ ュ ワ ブ 陸 上 部 へ の ヘ リ コ プ

タ ー 発 着 帯 の 要 求 だ け で あ っ た と 指 摘 さ れ て い る 。 佐 藤 学 「 ア メ リ カ 政 治

(29)

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し た ) 米 兵 に 容 易 に ア ク セ ス が で き 、 そ の 起 訴 を 容 易 に す る た め に

SACO ガ イ ド ラ イ ン を 変 え る こ と な ど 、 事 件 は そ の よ う な 事 態 に 発 展

し た 。し ば ら く 、状 況 は 本 当 に 非 常 に 緊 張 し て い た 。」、「 日 本 側 リ ー ダ

ー た ち と の プ ラ イ ベ ー ト な 話 合 い で も 、 彼 ら は 決 し て 話 合 い が 挫 折 す

る こ と を 望 ん で い な か っ た 。 彼 ら は 、 我 々 を 沖 縄 の 外 へ 追 い 出 し た く

な か っ た 」 と 語 っ て い る ( 平 成 26 年 9 月 13 日 沖 縄 タ イ ム ス 。 平 成

26 年 9 月14 日 沖 縄 タ イ ム ス 。)。 ま た 、2008 年 ( 平 成 18年 ) 9 月 の

国 務 省 付 属 機 関 に よ る ラ イ ス 元 国 務 次 官 補 代 理 ( 東 ア ジ ア ・ 太 平 洋 担

当 )に 対 す る イ ン タ ビ ュ ー に お い て 、ラ イ ス 氏 は 、「 日 本 側 は( 沖 縄 の )

ど の 基 地 も 本 土 に 移 す こ と を 望 ん で い な か っ た 。( 本 土 は )基 地 を 増 や

す こ と に 反 対 だ っ た か ら だ 」と 述 べ て い る( 平 成 27年 7 月 29 日 沖 縄 タ イ ム ス 、 平 成 27 年 7 月30 日 琉 球 新 報 )。

日 本 政 府 こ そ が 、 沖 縄 に 海 兵 隊 基 地 を 固 定 化 す る こ と に 固 執 を し て

い た も の で あ っ た 。

8 小 括

以 上 述 べ て き た と お り 、 沖 縄 へ の 基 地 集 中 、 海 兵 隊 の 沖 縄 駐 留 は 、

沖 縄 へ の 基 地 し わ 寄 せ に よ っ て 日 本 本 土 の 基 地 負 担 を 軽 減 し て 、 日 本

本 土 に お け る 反 米 基 地 感 情 を 鎮 静 さ せ る た め で あ っ た 。

こ の 基 地 形 成 の 経 緯 は 、 沖 縄 へ の 基 地 集 中 は 、 地 理 的 必 然 性 と い う

軍 事 的 理 由 に よ る も の で は な く 、 日 本 本 土 に 米 軍 基 地 を 置 く こ と は 政

治 問 題 に な る た め に 、 日 本 本 土 か ら 見 え に く い 沖 縄 に 基 地 を 集 中 さ せ

る と い う 政 治 的 理 由 に 基 づ く も の で あ る こ と を 如 実 に 示 し て い る 。

第 3 県 内 移 設 で な け れ ば 機 動 性 ・ 即 応 性 及 び 一 体 性 を 維 持 で き な い と す

る こ と に 実 証 的 根 拠 の な い こ と な ど

1 は じ め に

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す る に 「 緊 迫 す る ア ジ ア 情 勢 に あ っ て 在 日 米 軍 の プ レ ゼ ン ス ・ 抑 止 力

を 維 持 す る た め に は 、 重 要 な 戦 略 的 位 置 に あ る 沖 縄 に 、 機 動 性 ・ 即 応

性 を 有 す る 在 沖 米 海 兵 隊 が 駐 留 し 、 一 体 と な っ て 訓 練 ・ 運 用 で き な く

て は な ら な い か ら 、 普 天 間 飛 行 場 の 代 替 施 設 は 沖 縄 県 内 に 建 設 さ れ な

け れ ば な ら な い 。 」 と い う こ と に な る 。

こ こ で の 問 題 は 、 普 天 間 飛 行 場 の 代 替 施 設 が 、 必 ず わ が 沖 縄 県 内 に

建 設 さ れ な け れ ば な ら な い の か 否 か で あ る 。 し か し 、 在 沖 海 兵 隊 の 一

部 で あ る 普 天 間 飛 行 場 に 展 開 す る 部 隊 が 国 外 又 は 県 外 に 移 駐 す る こ と

と 、在 日 米 軍 の プ レ ゼ ン ス や 抑 止 力 の 関 係 に つ い て 、海 兵 隊 の 機 動 性・

即 応 性 及 び 一 体 性 と い う 抽 象 的 な マ ジ ッ ク ・ ワ ー ド が 繰 り 返 さ れ て い

る だ け で あ り 、 具 体 的 に 機 動 性 ・ 即 応 性 及 び 一 体 性 が ど の よ う に 損 な

わ れ 支 障 が 生 じ る の か に つ い て な ん ら 実 証 的 な 説 明 が な さ れ て い な

い 。

以 下 、 2 項 に お い て 県 内 移 設 で な け れ ば 機 動 性 ・ 即 応 性 が 維 持 で き

な い と す る 具 体 的 根 拠 は 認 め ら れ な い こ と 、 3 項 に お い て 、 一 体 性 維

持 の た め に 県 内 移 設 が 必 要 で あ る と す る 根 拠 は な い こ と 、 4 項 に お い

て 人 道 支 援 等 の そ の 他 の 任 務 が 県 内 移 設 が 必 要 で あ る と す る 根 拠 に な

り え な い こ と を 示 し 、 も っ て 普 天 間 飛 行 場 の 代 替 施 設 は 県 内 に 建 設 す

る 必 要 が な い こ と を 示 す こ と と す る 。

な お 、 な お 、 審 査 請 求 書 ・ 執 行 停 止 申 立 書 に は 、 平 成 23 年 に 防 衛 省 が 発 行 し た 「 在 日 米 軍 ・ 海 兵 隊 の 意 義 及 び 役 割 」 と い う パ ン フ レ ッ

ト ( 以 下 「 パ ン フ レ ッ ト 」 と い う 。 ) 及 び 、 こ れ に 対 し て 沖 縄 県 が 行

っ た 2 回 に わ た る 質 問 及 び こ れ に 対 す る 防 衛 大 臣 の 回 答(以 下 、 平 成

23 年 12月 19日 付 防 衛 大 臣 一 川 保 夫 の 回 答 を 「 一 川 防 衛 大 臣 回 答 」 、

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