国際人権条約上の権利主体の範囲と締約国義務の性質との関連性
-国際人権条約の領域外適用に関する諸学説の批判的検討-
(※タイトルを修正いたしました)
2015年5月10日開催・若手人権問題研究会(仮レジュメ)
(公財)世界人権問題研究センター専任研究員 京都大学大学院博士後期課程 杉木志帆
問題の所在:
国際人権条約上の権利主体の範囲は、締約国が負う義務の性質に基づき拡大・縮小するか
(=‟権利主体の可変性”を検討)
I.国際人権条約の適用範囲をめぐる現況 1.国際人権条約上の権利主体は誰か
=国際人権条約締約国は、誰に対して当該条約上の義務を負うのか
=国際人権条約の適用範囲に関する問題
・条約適用範囲に関する一般的規定を持つ条約:
自由権規約第2条1項、欧州人権条約第1条*、米州人権条約第1条1項、児童の権利条約第2条1項等
→締約国の「管轄の下」にいる者とは誰か、を問うことになる
・条約適用範囲に関する一般的規定を持たない条約:社会権規約、拷問等禁止条約、女性差別撤廃条約等
-適用範囲に関する個別の定めを有する条項:拷問等禁止条約第2条1項、人種差別撤廃条約第3条等
→国際人権条約における権利主体の範囲を明らかにする上では、差し当たり、 国際人権条約上の管轄概念をどのように理解するかが問題となる
(これを踏まえて、条約適用範囲に関する規定がない条約における権利主体の範囲については、個別に検討すればよい)
2.条約履行監視機関の論理構成
条約履行監視機関では、権利主体の問題は国際人権条約の適用範囲に関する問題を通して扱われる
・欧州人権裁判所の判例法:
▻締約国が個人に対する支配(当該者に対する外交・領事活動、身体拘束等)または場所に対する支配(占領等) を確立する場合、欧州人権条約第一条の意味での管轄の行使がなされたと認められる
(※米州人権委員会も類似の立場をとる)
cf. アルスケイニほか対英国事件欧州人権裁判所判決
Al-Skeini and Others v. The United Kingdom (Application no. 55721/07), Judgment, ECtHR, 7 July 2011, paras. 130-142
▻コソボ紛争に伴うNATO空爆による死傷者は、締約国の管轄の下にはない cf. バンコビッチほか対ベルギーほか事件欧州人権裁判所決定
Banković and Others v. Belgium and Others (Application no. 52207/99), Decision, ECtHR, 12 December 2001
→締約国義務の性質ごとに、条約の適用範囲に特段の区別を設けているようにはみえない
* 訳出上の注意:欧州人権条約第一条に規定される‟within its jurisdiction”の日本語訳は、一般的に「管轄内」と訳出されている。 ただ、日本語の公定訳のある児童の権利条約第二条や人種差別撤廃条約第六条、第一四条では、欧州人権条約と類似の文脈での‟ within its jurisdiction”は一貫して「管轄の下」と訳出されている。したがって、本稿ではこれらの公定訳を考慮し、欧州人権条約 第一条の‟within its jurisdiction”を「管轄の下」と訳出するが、その意味内容は「管轄内」という訳となんら相違はない。
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・児童の権利委員会の立場:
バチカンに対する第二回国家報告審査の総括所見では、バチカン外で生じる児童虐待等についても、 バチカンに対応を求めているようにみえる
-カトリック教会組織との接点がある児童は、バチカンの管轄の下にあるといえるのか? バチカンがカトリック教会に対して有する世界的な影響力を考慮?
→締約国義務の性質に基づき、条約適用範囲が変わるという立場を明示的に示してはいない
もっとも、児童の権利条約第2条1項の「管轄」基準をより緩やかに解釈しているようにはみえる
II.締約国義務の性質に基づく権利主体の可変性への挑戦と課題 1.国際人権条約上の権利主体に関する諸学説
締約国が負う義務の性質に基づき、国際人権条約における権利主体の範囲を区分する試み ・権利主体の可変性について最も明確に論じる論者:ミラノビッチ
-欧州人権裁判所等の立場を批判し、国際人権条約の適用範囲を決定づけるための適切な基準として
実効性(effectiveness)の観点から第三モデルを提唱
▻消極的義務 (= obligation to secure human rights):
人権尊重義務には領域的限界がなく、いかなる場所でも適用される。 ▻積極的義務(= obligation to secure or ensure human rights):
事実上の場所に対する実効的全般的支配がある場合に、国際人権条約締約国は自国の 管轄の下にある者に対して、当該条約上の積極的義務を負う。
(※ただし、ミラノビッチは消極的義務と積極的義務の二分論が絶対的な区分ではないことを慎重に断っている。)
cf. Marko Milanovic, Extraterritorial Application of Human Rights Treaties (2011, OUP), pp. 209-228
・バンコビッチ事件決定申立人の主張:
-欧州人権条約の締約国が負う義務の範囲は、第一条の意味で当該国が行使する管轄の程度に応じて決まる -締約国の行為と人に生じた損害との間に「因果関係」があれば、その者は当該国の管轄の下にある
・バンコビッチ事件決定を批判する立場の趣旨:
-締約国が人権侵害行為を行っているのにもかかわらず、被害がどこで生じたかによって、 欧州人権条約の適用可否が異なるのは不合理
cf. イッサほか対トルコ欧州人権裁判所決定の第71段落への学説上の高い評価
Case of Issa and Others v. Turkey (Application no. 31821/96), Judgment, ECtHR, 16 November 2004, para.71
・「経済的、社会的及び文化的権利の分野における国家の領域外義務に関するマーストリヒト原則」
-国は自国領域内だけでなく、領域外においても経済的、社会的及び文化的権利を保障する義務を 負うことを求める
cf. Maastricht Principles on Extraterritorial Obligations of States in the Area of Economic, Social and Cultural Rights (http://www.etoconsortium.org/en/library/maastricht-principles/ より入手可能)
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2.権利主体の可変性に対する批判的検討 【肯定的評価】
・既存の理解:国際人権条約締結により、国は特定の個人(管轄の下にある者)との間の権利義務関係を創設する ・権利主体の可変性論:国際人権条約締結により、(消極的義務といった少なくとも特定の義務については)
国は地球上のすべての者との間の権利義務関係を創設する
→国際人権条約上の締約国義務を客観化しようとする試み
※国際人権保障の観点からは、権利侵害を引き起こす行為がいかなる状況でなされたかによって、
国際人権条約締約国がその権利侵害違反を問われるか否か結論が変わることを、どうしても説明できない ※国の人権保障能力(実効性)に応じた権利主体の可変性を主張する立場(ミラノビッチ)は、
国と地球上のすべての者の権利義務関係について、理論的な整理を試みたもの
・バンコビッチ事件決定以前、欧州人権条約上の締約国義務は普遍性を有するのではないかとの 期待を込めた評価があったが、バンコビッチ事件決定で打ち砕かれた
→バンコビッチ事件決定を乗り越える試み ※ここでの普遍性とは、「規範適用範囲普遍性」の意味 【批判的評価】
・権利主体の可変性論:
国が世界中のすべての者に対して消極的義務を負っていると理解すること(ミラノビッチ)は、 世界中のすべての者が任意の国際人権条約の権利主体になるが、このような理解は妥当か? ※条約適用範囲に関する一般的規定を有する条約については、差し当たり、
世界中のすべての者が締約国の「管轄の下」にあることを意味することになる。 cf. 国家管轄権の配分原理との整合性
・ミラノビッチの理論は、締約国の義務遂行能力(国際人権保障の実効性)にあわせて、 個人の権利の有無を規律しようとする理論
=すなわち、義務が権利に前置しており、国の義務遂行能力の可否から権利を導出しようとする
cf. 申は、義務内容が具体的に特定されていなくとも、そのことは権利の本質を損なうものではないとの説明 を行う際に、「権利概念における権利と義務の関係はあくまでも、権利の存在によってそれに対応する義務 が生ずるという順序での相関関係であって、その逆ではない」ことを指摘する。
申惠丰『人権条約上の国家の義務』(1999年、日本評論社)18-19頁
・権利主体の可変性論が乗り越えようとしているものは何か →条約適用範囲に関する検討の実質的な回避
→国際人権条約の存在やその締結如何にかかわらない、前国家的な人権概念の肯定
だからこそ、国際人権条約の適用可否(=すなわち、人が締約国の「管轄の下」にあるか否か)を 限りなく低い基準で認めようとする。それにより、国家中心的な国際法観の修正を迫る。
おわりに:
人権に関する規範適用範囲の普遍性を確保するための理論としての、権利主体の可変性論 条約履行監視機関の立場との親和性?