産業組織
II
Part VI:
参入と参入阻止
,
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若森 直樹
東京大学経済学部
Part VI
で扱う内容
1. 自由参入とその帰結
2. 戦略的行動の概要
3. 伝統的な参入阻止価格理論
4. 戦略的参入阻止
自由参入とその帰結
(1/5)
▶ 今までのモデルでは,企業数はほぼ固定されていた
▶ 現実では(規制などが無い限り)企業は自由に参入可能
▶ 自由参入 (free entry)
(長期的な意味での均衡)企業数が内生的に決まる
▶ 寡占市場において...
▶ 社会的最適な企業数になるか?(完全競争では社会的最適)
▶ 参入を妨げるような行動が起こるのではないだろうか?
自由参入とその帰結
(2/5):
クールノーと自由参入
演習問題
7.1
逆需要関数がP(Q) =a−Qで与えられているような市場で,企業
1と企業2が数量競争を行っており,両企業の限界費用はc で,固 定費用はF だとする.今企業3が参入するかどうかを考えており, 企業3も限界費用はc,固定費用はF だとする.以下の問いに答 えよ.
▶ 3社目の企業は,この市場に参入する誘因があるか?
▶ 社会的に望ましい企業数は何社か?
ただし,n企業存在する場合のクールノー均衡生産量は a−c
n+1,均衡 における利潤は(a−c
自由参入とその帰結
(3/5):
参入による効果
▶ 参入によって1企業あたりの生産量は から へと
⇒ 顧客収奪効果(Business Stealing Effect)
▶ 参入によって総生産量は から へと
⇒ 市場拡大効果(Market Expansion Effect)
▶ (製品差別化の状況下では)参入によって自社の店舗・製品が 負の外部性を享受することも考えられる
自由参入とその帰結
(4/5):
クールノー・モデル
演習問題7.1の結果をより一般化して考える
▶ 需要関数: P(Q) =a−Q,Q=q
1+· · ·+qn ▶ 費用関数: C(q) =F +cq
▶ 均衡生産量: q∗(n) = a−c n+1
▶ 均衡利潤: π∗(n) = (a−c)
2
(n+1)2 −F
▶ 均衡企業数: π∗(n) = 0 ⇔ (ˆn+ 1)2 = (a−c)
2
F
▶ 総余剰: W(n) =∫nq∗(n)
0 (a−x)dx−ncq∗(n)−nF
▶ 最適企業数: ∂W(n)
∂n = 0 ⇔ (ˆn+ 1)3 =
(a−c)2
自由参入とその帰結
(5/5):
過剰参入定理
(
復習
)
▶ 社会的最適と自由参入における企業数の比較
▶ 自由参入: (n∗+ 1)2=(a−c)
2
F ▶ 社会的最適: (ˆn+ 1)3=(a−c)
2
F
▶ Mankiw and Whinston (1986, RAND)の過剰参入定理
(自由参入)n∗ > ˆn (社会的最適)
▶ 製品差別化がある場合,企業数が過少になる可能性もある
▶ 均衡における企業数は一定でも,企業は常に入れ替わっている
可能性あり(非効率な企業は淘汰され,効率的な企業が参入)
戦略的行動の概要
(1/2)
▶ 「戦略的コミットメント」とは... (Schelling, 1960):
自分の行動に対する相手の予想を変化させて,相手の行動を自 分が有利になるように仕向けること
1 \2 L R U 2, 1 0, 0 D 0, 0 1, 2
▶ コミットメントが信頼できる(credibleである)ための条件:
▶ 逐次手番で(行動が)観察可能
戦略的行動の概要
(2/2)
▶ 戦略的行動の直接的効果と間接的効果の例
▶ 研究開発(Research and Development)
直接効果 限界費用が下がる
間接効果 競争で有利になる
▶ 垂直統合
直接効果 部品の安定供給,ホールドアップ問題解消
間接効果 競争で有利になる
▶ 長期戦略と短期戦略
▶ 長期戦略: R&D,製品差別化,生産能力の変更,合併,ブラン
ディング,囲い込み
戦略的行動の例
-
シュタッケルベルグ競争
▶ 数量競争をしている複占市場に,以下のタイミングを導入
▶ 第1段階: 先導者(リーダー,企業1)がq1を決定
▶ 第2段階: 追随者(フォロワー,企業2)がq
2を決定
▶ シュタッケルベルグ競争の解き方
▶ 企業1の生産量q
1を所与に,企業2の最適反応を求める
max
q2
P(q1+q2)q2−cq2 → q∗2=R2(q1)
▶ 企業2の最適反応を織り込んで,企業1の最大化問題を解く
max
q1
P(q1+R2(q1))q1−cq1
→∂π1
∂q1
=P(q1+R2(q1)) +P′q1(1 +
∂R2(q1) ∂q1
戦略的行動の例
-
シュタッケルベルグ競争
▶ 一般的に下記の不等式が成立:q1S >q1C = q2C >q2S
πS1 > π1C = π2C > π2S
また,需要が線形の時はq1S =qmとなる
▶ この場合では,First-mover advantage (先手の利) ▶ 図で表現すると以下の通り:
q2
伝統的な参入阻止価格(数量)理論
Bain-Sylos-Modiliani (BSM)モデル
▶ 同質財,数量競争のモデルを考える
▶ 2企業(既存企業・参入企業),2期間モデル
1期 既存企業は生産量qI を決定してアナウンス,参入企業は参入す
るかどうかを決定
2期 参入した場合,既存企業はqI を,参入企業はqE を生産する
▶ Sylos(シロス)の公準:
既存企業は参入前にある生産量qI にコミットでき,参入後も
変更しない
▶ 逆需要関数: P(q I +qE)
伝統的な参入阻止価格(数量)理論の図解 その
0
P
q P
q P
q
補足
:
固定費用が存在する時の反応曲線
参入企業の反応曲線は以下のようになっている
qE
qI
Z
伝統的な参入阻止価格(数量)理論の図解 その
1
Case 1. 自然独占
qE
qI
伝統的な参入阻止価格(数量)理論の図解 その
2
Case 2. 参入阻止
qE
qI
伝統的な参入阻止価格(数量)理論の図解 その
3
Case 3. 参入容認
qE
qI
戦略的投資による参入阻止
(1/5)
▶ 「Sylosの公準」は非合理的であり,参入後はクールノー・ ナッシュ均衡が成立するのが妥当ではないか?
▶ Dixit (1980) によって考案されたモデルを紹介
→ 既存企業の優位性は「サンクされた生産設備」
▶ 3段階ゲームを考える
▶ 既存企業I が生産設備kを決定
▶ 参入企業Eが参入の意思決定
▶ 生産量(q
戦略的投資による参入阻止
(2/5)
▶ 既存企業の費用関数:
cI(q,k) = {
wq+rk, if q ≤k
(w +r)q, if q >k
▶ 参入企業の費用関数:
cE(q) = (w +r)q+F
MC
q qE
qI
qE
戦略的投資による参入阻止
(3/5):
第
3
段階の均衡
qE
qI
qE
qI
qE
戦略的投資による参入阻止
(4/5)
Case 1. F が十分に大きい場合,参入はブロックされる
Case 2. F が十分に小さい場合,参入は常に容認される
qE
qI
qE
戦略的投資による参入阻止
(5/5)
Case 3. F が中間的な場合,いずれも起こりうる
qE
qI
qE
2
段階競争
(1/8):
費用削減投資
▶ 投資による戦略的コミットメント
▶ 複占市場において以下の2段階ゲームを考える
▶ 企業1(既存企業)が投資水準kを決定
▶ 企業1と企業2(参入企業)が数量・価格競争を行う
▶ 投資は長期戦略,価格・数量競争は短期戦略とみることが可能
▶ 第2段階での戦略: (x
1(k),x2(k))
▶ 第2段階での利潤: π
2
段階競争
(2/8):
数量競争版費用削減投資
演習問題
7.2
逆需要関数がP(q1,q2) =a−b(q1+q2)で与えられているような 市場で,企業1(既存企業)と企業2(参入企業)が数量競争を行っ ていると考える.企業1は1段階目で費用削減投資k(ただし k>0)を行うことができ,2段階目の競争での費用関数を
C1(q,k) = (c−λk)q とすることができるが(ただしλ >0),投資 には費用がかかりその投資費用関数をφ(k) =k2とする.企業2の 費用関数はC2(q) =cqだとする.
▶ 1段階目で企業1がkだけの投資を行ったと仮定して,2期目
の利潤関数を定義せよ.
▶ 1階の条件から反応関数を求めよ.
▶ 2段階目における各企業の均衡生産量を求め,k についての比
2
段階競争
(3/8):
数量競争版費用削減投資の図解
▶ クールノー競争は戦略的代替である
⇔ ∂R1
∂q2
<0, ∂R2 ∂q1
<0
q2
q1
▶ kについての比較静学は以下の通り: ▶ ∂q
∗
1
∂k 0: 企業1の生産量はkについて
▶ ∂q ∗
2
∂k 0: 企業2の生産量はkについて
▶ ∂π ∗
1
∂k 0: 企業1の利潤はkについて ▶ ∂π
∗
2
2
段階競争
(4/8):
価格競争版費用削減投資
演習問題
7.3
各企業の需要関数が
Q1(p1,p2) =α−bp1+γp2,Q2(p1,p2) =α+bp1−γp2で与えら れているような市場で,企業1(既存企業)と企業2(参入企業)が 価格競争を行っていると考える.企業1は1段階目で費用削減投資 k(ただしk >0)を行うことができ,2段階目の競争での費用関数を C1(q,k) = (c−λk)q とすることができるが(ただしλ >0),投資 には費用がかかりその投資費用関数をφ(k) =k2とする.企業2の 費用関数はC2(q) =cqだとする.
▶ 1段階目で企業1がkだけの投資を行ったと仮定して,2期目
の利潤関数を定義せよ.
▶ 1階の条件から反応関数を求めよ.
▶ 2段階目における各企業の均衡価格を求め,kについての比較
2
段階競争
(6/8):
価格競争版費用削減投資の図解
▶ ベルトラン競争は戦略的補完である
⇔ ∂R1
∂q2
>0, ∂R2 ∂q1
>0
q2
q1
▶ kについての比較静学は以下の通り: ▶ ∂p
∗
1
∂k 0: 企業1の生産量はkについて
▶ ∂p ∗
2
∂k 0: 企業2の生産量はkについて
▶ ∂π ∗
1
∂k 0: 企業1の利潤はkについて ▶ ∂π
∗
2
2
段階競争
(7/8):
議論
▶ 参入を許すような場合の最適投資水準:
dπ1(x1∗(k),x2∗(k),k)
dk =
∂π1 ∂x∗
1 ∂x∗
1 ∂k +
∂π1 ∂x∗
2 ∂x∗
2 ∂k +
∂π1 ∂k
= ∂π1
∂x∗
2 ∂x∗
2 ∂k
| {z }
戦略効果
+ ∂π1
∂k
|{z}
直接効果
▶ ライバル企業の利潤への効果:
dπ2(x1∗(k),x2∗(k))
dk =
∂π2 ∂x∗
1 ∂x∗
1 ∂k
| {z }
+ or
-+∂π2
∂x∗
2 ∂x∗
2 ∂k
| {z }
=0
▶ ∂π2 ∂x∗ 1
∂x∗ 1
2
段階競争
(8/8):
議論
Tough Soft
2
段階競争の応用
(1/5): Learning-by-Doing
▶ 学習効果曲線
MC,AC
累積生産量
▶ 累積生産量の増加に従い,生産コストは下がる可能性が高い
2
段階競争の応用
(2/5): Learning-by-Doing
のモデル
演習問題
7.4
逆需要関数がP(q1,q2) =a−b(q1+q2)で与えられているような 市場で,企業1(既存企業)と企業2(参入企業)が数量競争を行っ ていると考える.各企業の各期における限界費用は
1期目 2期目 既存企業の限界費用 c11=c c12=c−λq11 参入企業の限界費用 生産しない c22=c
2
段階競争の応用
(3/5): Learning-by-Doing
の帰結
▶ 2期目の利潤は以下のように書けるので,均衡は以下のよう計 算できる
▶ 1期目の企業1の最適化問題と一階条件は以下の通り
これによって求まる一期目の生産量を¯q11とする.
2
段階競争の応用
(4/5):
経営者インセンティブ
▶ 売上高最大化仮説(Baumol): 伝統的な経済学では,企業は利 潤を最大化するように行動するが,実際の経営者は売り上げを 最大化するように行動することもある.
p·q c π
状態1 100 40 60
状態2 200 150 50
▶ このような経営者(エージェント)への報酬契約はどのような 効果をもたらすのか?
演習問題
7.5
2
段階競争の応用
(5/5):
経営者インセンティブ
▶ 各企業の利潤関数は以下の通り
▶ 各企業の反応関数と均衡生産量は以下の通り
▶ よって企業1の均衡利潤は以下の通り