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帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2006年 10月号

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Academic year: 2018

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1. はじめに

 文化的背景が異なる人々と接する機会が不可避 である国際化社会の今、異文化理解は必要不可欠 な資質である。民族的対立、宗教的対立も収まる どころか深刻化する現代で、異文化を理解するこ とのできる生徒を育てていくことが求められてい る。そのためには自民族中心主義から文化相対主 義へということが一つのポイントになると考えて いる。しかし、今の生徒たちも含め人間は無意識 に自分たちの文化を基準に物事を考えてしまった り、偏見を持ってしまっている。この構造に気づ くことが重要である。

 異文化を理解するということは、異なった文化 に対して正しい知識を持ち、正しい知識を知るこ とである。そうであるならば、教える側は正しい 知識を与えてあげればよいだけである。しかしそ れでは不十分である。つまり、知識を系統的に与 えても、生徒が異文化を理解する資質が身につく わけではないとほとんどの教師が感じているであ ろう。それでは何が足らないのであろうか。それ は学ぶ段階で生徒自身が自分自身の問題としてし て考えていない、自分が偏見を持っている(偏っ た見方を知らず知らずのうちにしてしまってい る)ということに気づかないという点である。こ の状態でどんなに知識を与えても、間違った知識 や考え方を変えようと生徒は思わない。だから、 まず初めに自分が偏見を持っている(無意識に持 たされている)ということに気づかせてあげるこ と、自分たちが当たり前だと思っていることが世 界や他の文化ではそうではないということに気づ かせてあげること、現代の問題が自分自身にとっ て切実な問題であると気づかせてあげることが最 も重要であると考えている。

 世界史では、学習内容の最初から異文化を学ぶ ことになるわけであるが、「異文化理解という資質 を身につけさせる」という視点から考えた時、生

徒の興味・関心から考えて、「イスラーム世界」 の学習が一番適しており、かつ、必要であると考 えている。近年、同時多発テロやイラク戦争、そ してパレスチナ問題、またサッカーのドイツW杯 決勝の舞台で、ムスリムであるフランス代表ジダ ン選手が頭突きで退場となる発端となった差別発 言などイスラームに関することが現代社会の問題 となっている。そして、われわれ日本人は西洋側 の観点から知らず知らず物事を見たり、判断して いるということが多いということにも気づかせた い。このようなことから、私の場合「イスラーム 世界」を異文化理解の導入として位置づけている。 以下に紹介する授業は「導入−展開−まとめ」と なっているが、世界史の授業における異文化理解 教育の「導入」として位置づいていることにも注 目してほしい。

2. 導入(15 分)

 まず、生徒自身、無意識に偏見を持ってしまう こと、ステレオタイプに物事を見てしまうこと、 そしてイスラームに対してもそのような見方をし てしまっていることを意識化させるために、以下 のような発問をする。

〔質問項目〕

1 あなたのイメージを答えなさい。  眼鏡をかけている人は      だ。 2 イスラームに対するイメージを答えなさい。  ①やさしいかこわいか ②合理的か非合理的か  ③穏和か過激か

 あくまで自分の直感、イメージで答えさせるた め、考える時間は与えずにすぐ記入させた後、発 表させる。1の予想される答えは、眼鏡をかけて いる人は「まじめ」「頭がいい」などが多いと考え られる。答えが出た後、「眼鏡をかけている人すべ てが『頭がよい』『まじめ』だろうか?」と投げか け、そうではないことを生徒に認識させる。そし て、2の予想される答えは、イスラーム過激派に

世界史 A 授業研究

異文化を理解するための世界史授業案

〜イスラームの授業を通して〜

(2)

− 12 − − 13 − よるテロ、また「西洋=合理的」というイメージ から、①は「こわい」②「非合理的」③「過激」 の割合が多いと考えられる。2の答えが出た後、 1の時のように、「イスラームはすべて『こわい』 『非合理的』『過激』だろうか?」と投げかけ、1

と同様そうではないことを生徒に認識させる。こ のように生徒に自分の考えやイメージを意識化さ せた後、なぜわれわれはこのような偏った見方を してしまっているのだろうかと投げかけ、下の2 枚の絵を見せ、何に見えるかを考えさせる。

 この2枚の絵は、見方によって2つの物が見え る(絵1は杯と向き合っている2つの顔、絵2は 若い女性と老婆)というものであるが、どちらか が見えるとそれしか見えずもう1つは見えなくな ってしまうというものである。心理学的にいうと、 人間は経験に基づいた(裏づけられた)知識(信 念)で知覚判断をするということである。このよ うに2つの絵を使うことによって、人間は無意識 にある一方向から物事を見てしまうこと、つまり 生徒が自分も知らず知らず偏見を持ってしまうと いうこと、そして意識をして見ようとしないと2 つ見えないことを認識させる。生徒に「この偏見 の構造と、イスラームに対する自分の最初のイメ ージを意識しながら、イスラームについて学習し ましょう」と伝えてイスラームの歴史に入る。

3. 展開(30 分)

 まず、イスラームの創始者は誰かと発問する。 教科書「明解世界史A 最新版」を見れば、「ムハ ンマド」と答えるが、「マホメット」と答える生徒 も予想される。板書でムハンマドの隣に括弧で「マ ホメット」と書く。次に、イスラームの聖典は何 かと発問する。答えさせた後、これも同様に「ク ルアーン」の隣に括弧で「コーラン」と書く。そ して、「マホメット」「コーラン」という呼び方があ

るのはなぜか、発問する。そして、それらの言葉 がヨーロッパ経由で伝えられた、つまりヨーロッ パでの呼び方が日本に伝わったためであると説明 する。

 次に、世界でイスラームの信者の数、割合はど れくらいか発問する。数は約12億700万であるこ とを説明(板書)、割合はタペストリー四訂版 (p.59)で約19%、世界人口の5分の1であり、世 界第2位の信者数を持つ宗教であることを確認さ せる。

 このように、知識 に関することでもで きるだけ現在の学習 者とつながる現在の ことを踏まえながら 授業を進めていきた い。

 続いて、イスラームが生まれた背景について説 明する。6世紀にビザンツ帝国とササン朝ペルシ アの対立で地中海東岸地帯の商業活動に支障が出 て、アラビア半島経由のキャラバンラインが繁栄 する。とくに紅海沿岸のメッカを代表とするオア シス都市が中継貿易により繁栄することを教科書 p.35の図を見ながら確認する。そして、その結果

アラビア半島の 社会構造が変化 し、貿易で豊か になる商人とそ うでない者との 貧富の差が拡大 し、富をめぐる

抗争や人々の助け合いの精神が希薄になってしま 絵1 ルビンの杯 1) 絵2 妻とその母 2)

タペストリー p.59

ササン朝 ペルシア ビザンツ帝国

コンスタンティ ノープル

アンティオキア

イェルサレム クテシフォン アレクサンドリア

メディナ

アクスム アデン メルブ

ホルムズ

アラビア半島

アラビア海

川 ル

642年 ニハーヴァンドの戦い イスラーム軍,ペルシア軍を破る ササン朝ペルシア滅亡へ

ス ダ

622年ヒジュラ ムハンマドら, 迫害を避けメディナに逃れる ササン朝とビザンツ帝国

の紛争地域(6世紀) おもな交易路

メッカ

0 500km

「明解世界史A 最新版」p.35

ビザンツ帝国とササン朝ペルシアの争い

(メソポタミア付近の東西交通路遮断)

社会改革の必要性・新しい秩序や宗教の希求

紅海側の陸海路の交易が盛んになる

メッカ・ヤスリブの繁栄 (オアシス都市)

貧富の差の拡大 部族の伝統の崩壊

両国の衰退 (権力の空洞化) ユダヤ教・

キリスト教の 流入

(3)

− 14 − − 15 − った。それまでの背景をタペストリー p.108の図

で確認する。そんななかメッカに生まれたムハン マドは商人として隊商の旅に出ていたが、40歳頃 神アッラーの啓示を聞きイスラームを創始した。 そして、神の前では皆平等であるという考えが大 商人などの利害を脅かすものとして迫害され、622 年にメッカからメディナに移住した。これを聖遷 (ヒジュラ)といい、622年をイスラーム暦元年と

する。こういった一連の歴史的事実を説明した後、 教科書p.34の絵を見せ、「なぜムハンマドの顔が

けずられているのか」と発 問する。そして、イスラー ムでは偶像崇拝が禁止であ ることを説明する。また、 イスラーム圏の新聞を見せ、 西暦とヒジュラ暦両方が載 せてあることを確認させる。  そして「預言者」「コーラン」「断食」について 説明する。イスラームの特色である豚肉を食べな いことや一夫多妻制、利子を取らない、結婚時に は契約を結ぶ点などにふれ、自分たちの価値基準 とは違う点、勘違いしている知識を獲得させる。 授業の導入時に生徒は自分自身が偏見を持って物 事を見てしまう可能性があることに気づいている ので、これらの知識を説明するときも、これまで の自分の持っている知識と比較しながら説明を聞 いている様子がありありとわかる。

4. まとめ(5 分)

 最後に、タペストリー p.252の「⑦炎上する世 界貿易センタービルの写真」を見せて、どのよう な事件であったか発問する。答えさせた後、イス ラーム原理主義組織アルカイダがアメリカに対し て行った犯行であること、

そしてその後アメリカはそ の報復としてイラク戦争を 起こし、日本もイラクに自 衛隊を派遣したことを確認 する。そして、なぜイスラ ームの過激派がアメリカを 攻撃したのか、イスラエル と争いを起こしているのか、 また、イラク内ではイスラ

ーム内部で対立しているのか、と生徒に問いかけ る。そして、その原因や問題解決の手がかりが過 去、つまり歴史にあるのではないかと伝え、次回 からさらに詳しくイスラーム世界を見ていこうと 話をして授業をおわりにする。

5. おわりに

 時間の関係もあり、今回の授業案では使わなか ったが、インドネシアで味の素が豚の成分を使用 し問題になった事例や、数年前に九州で開かれた アジア諸国によるスポーツ大会で主催者である市 が歓迎の意を込めて各国の選手たちに振る舞った 土地の名物である豚骨ラーメンをムスリムの選手 が知らずに食べてしまい問題になった事例を導入 部分で使い、生徒の興味・関心を高めさせ、正し い知識を知らないと今の国際化社会ではこういっ た問題がおこると実感させる入り方もある。  生徒に偏見を持っている(知らず知らずのうち に偏見を持たされてしまっている)ことを認識さ せ、その原因を突き止めるために、そしてそれを 修正させる手段として過去(歴史)に手がかりを 求め、現在の自分の偏見や考えを変容させていく。 現代の問題を自分自身の問題として切実にとらえ、 その原因や解決策を探るために過去(歴史)に手 がかりを求める。まさに「現在と過去との対話」 である。異文化理解はいかに生徒に自分自身の問 題として考えさせられるかどうかが鍵となってく ると考えている。

 1時間の授業では、異文化を理解させるための 仕込みがやや多いため、歴史そのものにあまり深 くふれることができない。また、歴史の内容を扱 った展開部分ではとくに目新しいことをしている わけではない。しかし、1年間かけて異文化理解 教育をしていくという長いスパンで考えた時、そ の導入の授業であると位置づけるならば、そして、 いかに生徒自身の問題として考えさせるというこ とを考えるならば、最初にこれくらいの時間をか けて生徒の意識づけ、教授側からいえば生徒の意 識が変容する「しかけ」をしっかり行いたい。

参考文献

1)齊藤勇編『図説心理学入門 第2版』誠信書房、1988、p.14 2)同上、p.15

「明解世界史A 最新版」 p.34

参照

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