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第1章 新市の概況 1~10ページ 長野市・豊野町・戸隠村・鬼無里村・大岡村 市町村合併について 長野市ホームページ

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Academic year: 2018

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旧鬼無里村 旧戸隠村

信濃町 新潟県

小谷村

白馬村

八坂村

生坂村

麻績村 坂北村

牟礼村 三水村

小川村 中条村

旧大岡村 千曲市

坂城町

真田町

中野市

信州新町

長野市

旧豊野町 小布施町 小布施町 小布施町

須坂市 高山村

長野県

1 新市の概況

合併後の長野市は、長野県の北部に位置し、北は新潟県・信濃町・牟礼村・三水村、東は 中野市・小布施町・須坂市、南は真田町・千曲市・麻績村・坂北村・生坂村、西は八坂村・ 信州新町・中条村・小川村・白馬村・小谷村と境を接しています。

古くから善光寺の門前町として栄えるとともに、東京圏、名古屋圏等の大都市と日本海沿 岸地域を結ぶ高速交通網の拠点都市として、また、総合的機能を備えた地方中核都市として 重要な位置を占めています。

地勢は、中央部が千曲川の沖積地と犀川の扇状地等によって形成された平坦地域であり、 北部、西部及び南東部には、山地や丘陵地が広がっています。

第1章 新市の概況

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人 口  364,839人 世帯数  137,027世帯

合併後の長野市 人 口  383,763人 世帯数  143,539世帯 豊  野  町

人 口   10,284人 世帯数    3,338世帯

戸  隠  村 人 口    4,916人 世帯数    1,686世帯

鬼 無 里 村 人 口    2,182人 世帯数      831世帯

大  岡  村 人 口    1,542人 世帯数      657世帯

長  野  市 第1次産業

第2次産業 第3次産業

13,855人 50,705人 123,931人

7.2% 26.5% 64.7% 豊  野  町

第1次産業 第2次産業 第3次産業

1,359人 1,432人 2,835人

24.1% 25.4% 50.3% 戸  隠  村

第1次産業 第2次産業 第3次産業

855人655人 1,565人

27.8% 21.3% 50.9%

合併後の長野市 第1次産業

第2次産業 第3次産業

16,727人 53,426人 129,221人

26.4%8.3% 63.9% 鬼 無 里 村

第1次産業 第2次産業 第3次産業

359人408人 573人

26.8% 30.4% 42.8% 大  岡  村

第1次産業 第2次産業 第3次産業

299人 226人317人

35.4% 26.8% 37.6% 長野市 404.35kß 豊野町  19.90kß

戸隠村 132.76kß 合併後の長野市 738.51kß 鬼無里村 135.64kß 

大岡村  45.86kß

■面積

■産業構造(平成12年国勢調査)

(平成17年1月1日)

※住民基本台帳に外国人登録を加えた数

※分類不能を除く

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2 1市1町3村の沿革

½1 長野市

長野市は、北アルプスに源を発する犀川の扇状地と千曲川の沖積地によって形成された肥 沃な長野盆地に位置し、平安の昔から「三国一の霊場」善光寺の門前町として日本全国に親 しまれてきました。

長野の地は、推古天皇10年−西暦602年(「善光寺縁起」)、善光寺如来が信州に下向してか ら駅伝路線が通じ、奈良・平安・鎌倉・室町と時代を経て大集落を形成し、善光寺の門前町 としてその体裁を整え、戦国時代には上杉・武田がその所領を争う地となりました。

武田氏の滅亡後、森領、上杉領、豊臣領と続き、慶長6年長野村、箱清水村は寺領として 所与され善光寺領となり、他は松平、徳川、真田等の地領として変転し明治3年12月藩籍奉 還となりました。この間、善光寺の門前町は、同時に北国街道の宿場町や市場町としても栄 え、町の基礎が築かれました。

明治4年廃藩置県により、長野県の管轄となり、県庁が置かれました。明治9年8月筑摩 県が廃され南信地域が長野県に合併されることになり長野町は長野県の県都として発足する ことになり、地方行政の中心的役割を果たし、地方の政治都市の色彩を濃くしました。

明治22年4月町村制施行により長野町、鶴賀町、西長野町、南長野町及び茂菅村が合併し て新たに長野町となりました。明治30年には市制施行により、県内で初めての市として長野 市が誕生し、中央の出先機関や経済・文化面にわたる中心的機関が集中され、また、信越本 線・中央線が開通するなど、政治・経済・文化及び交通の要衝として急速に発展しました。 その後、大正12年7月吉田町、芹田村、古牧村及び三輪村を編入合併しました。さらに昭 和29年4月古里村、柳原村、浅川村、大豆島村、朝陽村、若槻村、長沼村、安茂里村、小田 切村及び芋井村の10か村を編入合併し、市域は拡大され、道路整備、信越・中央両線の輸送 強化による産業の発展と相まって近代的な大都市としての基礎が築かれました。

昭和41年10月、長野市、篠ノ井市、松代町、若穂町、川中島町、更北村、七二会村及び信 更村の2市3町3か村の大合併により、新長野市が誕生しました。明治30年市制施行当時の 面積は9平方キロメートル、人口3万人足らずの小都市にすぎなかった長野市も、面積404 平方キロメートル、人口27万人の都市となりました。

こうした都市の拡大・発展の中で平成8年9月に人口は36万人を超え、平成9年4月1日 には明治30年の市制施行以来100周年を迎えました。100周年記念事業として、その最たるも のとして第18回オリンピック冬季競技大会(平成10年2月)、第7回パラリンピック冬季競 技大会(平成10年3月)が開催されました。オリンピック等の開催により、長く市民の願い であった新幹線・高速道も実現し、市内の都市基盤整備も急速に進んでいます。

平成11年4月、政令指定都市に準じた権限を持つ中核市に移行し、これまで以上に、市民 に身近な行政をスピーディに処理できることになったことと併せて、オリンピック・パラリ ンピック後における、少子・高齢化の進行、環境問題、情報化の進展等の新たな変革の時代 に対応するため、「第三次長野市総合計画」(平成11年度から平成22年度までを基本構想の目 第1章 新市の概況

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くりを推進しています。

½2 豊野町

豊野町は、古来生活環境に恵まれた豊かな場所で、中世には太田荘と呼ばれる荘園の中心 地として栄え、近世には東西の飯山街道と南北の松代街道とが交差する西の神代宿と、飯山 街道・川東道・前橋街道の分岐点にあたる東の浅野宿を中心に交通の要所としてにぎわいま した。

近世以来、この地は南郷村・石村・神代村・中尾村・浅野村・蟹沢村・大倉村・川谷村の 8か村に分かれていましたが、享保9年(1724)以降は中尾村(幕府領)を除いて飯山領と なり、明治維新を迎えました。

明治9年神代村と中尾村が合併して豊野村となり、さらに明治22年4月の町村制施行によ り西部の南郷村・石村・豊野村が合併して神郷村となり、東部の浅野村・蟹沢村・大倉村・ 川谷村の一部が合併して鳥居村となりました。昭和29年に両村は合併して豊野村となり、翌 30年町制を施行しました。

明治21年に豊野駅が開業すると、中野・小布施方面からの新道が開通し、奥・北信濃地方 の玄関口として発展してきました。大正10年には飯山線・豊野∼飯山間開通により信濃浅野 駅が開業し、昭和41年には高崎から長野市・豊野町を経て直江津方面へ向かう国道18号が開 通するなど、交通の重要な位置を占めています。平成9年には新幹線や上信越自動車道の高 速交通網の整備により、豊野町へのアクセスがますます容易になりました。

このような中、穏やかな気候と豊かな水に恵まれた豊野町では、りんごやぶどうなどの果 樹農業が着実に成長を遂げ、定評あるおいしい果物を全国へ発送してきました。平成16年に は、100%かけ流しの天然温泉、豊野温泉「りんごの湯」をオープンし、町内外との交流の 拡大とともに活力ある町づくりを推進してきました。

½3 戸隠村

戸隠の名は、古くは『古事記』の岩戸伝説に由来しています。天照大神が弟神の乱暴に怒 り天の岩屋に身を隠し、世の中は暗闇に閉ざされてしまいました。困った神々が集まり岩屋 の前で宴を開いたところ、その騒ぎを不思議に思った天照大神が岩戸を少し開けて様子を見 ようとしました。その時、無双の神力を誇る天手力雄命が岩戸を投げ飛ばし、はるか信濃の 郷に落ちました。その地を「戸隠」と呼ぶようになり、以来、世の中は明るくなったと記さ れています。

悠久の歴史を語り伝える戸隠村は、明治5年に宝光社村と中社村が合併して戸隠村に、一 方で志垣村、追通村、栃原村、西条村が合併し栃原村となって以来、明治9年まで合併が繰 り返されました。その後明治22年の町村制施行により、戸隠村と豊岡村が合併して戸隠村と

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なり、また、栃原村と祖山村が合併して柵村となりました。そして昭和32年8月、戸隠村と 柵村が合併し戸隠村となりました。

産業は、葉たばこなどの農業を中心とした第1次産業が主体でありましたが、昭和38年の スキー場開設と翌年の戸隠有料道路(戸隠バードライン)の開通、また昭和40年代の高度経 済成長により産業の主体は第2次・第3次産業へ推移し、特に観光業を中心とした第3次産 業が大きな伸びを示してきました。また、村の北部は上信越高原国立公園に指定されてお り、豊かな自然をはじめ歴史と伝説、「戸隠そば」や「竹細工」といった特産品は、全国の 人々に親しまれています。

このような状況のもと、村では地域を支える力となる若者の定住を図るため、道路等交通 体系の整備と居住のための諸条件整備に重点を置き、特に国・県道の整備促進、光ケーブル の敷設など高速通信網の整備、全村下水道化などを積極的に進め、住みよい村づくりを推進 してきました。

½4 鬼無里村

鬼無里村は、北が狭く南に向かって広がったほぼ三角形をなし、山岳に囲まれた起伏の多 い地形で、村のほぼ中心に位置する一夜山から南に広がる台地には、古くから人が住み、縄 文時代の遺跡もいくつか確認されています。

戦国時代は大日方氏(小川庄の武士)の領地となり、大日方氏は武田信玄が信濃に侵攻す ると、早くから武田氏に属して勢力をふるいました。天正10年(1582)武田氏が滅ぶと鬼無 里は織田信長の命で木曽義昌の領地となりました。本能寺の変以後、鬼無里は上杉景勝の領 地となり、それ以後も森忠正、松平忠輝、松平忠正、酒井忠勝などの領主がめまぐるしく変 わり、元和8年(1622)松代領主の真田氏の所領になってからは、約250年にわたり真田氏 の支配が続きました。

明治22年の町村制施行により、鬼無里村と日影村が合併し、鬼無里村制を施行して以来、 昭和30年に日里村の一部を編入合併したのみで、ほとんど合併の歴史がなく、現在に至って います。

主産業として、麻栽培による畳糸の加工、木炭生産、養蚕が村の三大産業として栄えてき ましたが、昭和30年代からこれらの産業が衰退し始めました。代わって夏の涼しい気候を利 用した観光事業が始まり、昭和39年に奥裾花において本邦随一といわれるミズバショウ大群 落の発見をきっかけに、ブナの原生林とともに自然豊かな奥裾花を中心とした観光事業が本 格化し、多くの観光客が訪れています。

½5 大岡村

大岡村は、丘陵性の山々に囲まれ、地名の「岡」は「丘」に由来するといわれています。 急な傾斜地に点々と集落が形成され、近代以前は、集落ごとに村が形成されたため記録には 50近い村名があげられていましたが、これらは次第に統合され、明治時代には宮平村、根越 第1章 新市の概況

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の一部を加え、現在に至っています。

筑北三山のひとつ聖山を東に位置し、西には清く流れる犀川に接し、豊かな自然、北アル プスの美しい眺望、そして豊富な湧水が生み出す豊かな大地の恵みを生かし、稲作や高原野 菜を中心とした中山間地農村として農林業育成に、また、昭和40年に聖山付近一帯が聖山高 原県立公園に指定され、観光開発にも力を注いできました。

一方で、村は急速な過疎化や高齢化が進み、地域の担い手不足や産業の後継者問題などに 直面し、若者定住への取組みが最優先課題となりました。こうした中で、都市住民が農村や 田舎の自然環境と生活文化などを体験することができる交流事業や、都市部の児童・生徒が 親元を離れ、一年間を通じ自然と親しみながら共同生活をする山村留学事業など、若者の定 住促進施策を推進してきました。

平成10年にはオリンピック冬季競技大会が長野市で開催され、その開会式に県指定文化財 である芦ノ尻「神面装飾道祖神」が出演し、その迫力とユーモアの両面を併せ持つ表情が人 気を集め、北アルプスの眺望とともに観光名所となっています。

更埴市、上山田町及び戸倉町が合併し千曲市となった平成15年9月1日以降、当村は更級 郡としては唯一の自治体でありましたが、今回の合併により更科郡もその歴史に幕を下ろす ことになりました。

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■今日までの合併の歴史

第1章 新市の概況

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参照

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