− 16 − 絵画資料を読み解くための展開方法
中国産陶磁器の取引を描いた絵画
(トプカプ宮殿蔵)
東京都立日野台高等学校 住司憲史
1.トプカプ宮殿の『画冊』
ボスポラス海峡に面したイスタンブルは、なん とも魅力的な町である。どことなく西洋の雰囲気 も持ちながら、アヤ・ソフィアやブルーモスク、 スレイマン・モスクの威容は間違いなくここがか つてのイスラーム大帝国の都であったことを感じ させてくれる。歴代スルタンの居住地であったト プカプ宮殿は海峡と金角湾の入り江とにはさま れ、海に向かって突き出した地点に位置している。 1924年、トルコ共和国建国の父ケマル=アタテュ ルクの命によって博物館として一般に公開され、 現在ではイスタンブルを訪れる人は必ず立ち寄る 観光の目玉となっている。宝物殿には、映画『ト プカピ』で泥棒が盗み出そうとした短剣や86カ ラットのダイヤ、スレイマン大帝の閲兵用の宝石 をちりばめたヘルメットなどが展示され、その豪 華さは目も眩むほどである。本図はここに所蔵さ れる通称『画冊』と呼ばれる一群の作品の第130 葉である。15世紀にサマルカンドで描かれたと されている。この『画冊』には、ペルシアやトル コの写本挿絵、切り絵、トルコ語やアラビア語の カリグラフィー、中国の絵画とイスラーム画工に よるその模写など様々な内容と形式の作品が雑然 と無秩序に貼り付けてある。セリム1世の時代に 現在の形に編まれたということの他には、どのよ うな目的で制作されたのかは不明である。ただ、 東西アジアの交流という観点からすると興味深い ものが少なくない。本図を手がかりに中国とイス ラーム世界との関わりを考えていきたい。
2.トプカプ宮殿の中国陶磁器コレクション
トプカプ宮殿における中国や日本の陶磁器のコ レクションは莫大なもので、台湾の故宮博物院と 並ぶ世界屈指のものといわれている。13世紀から 20世紀にまでわたる陶磁器コレクションは、1354
点の青磁、3209点の元・明・ベトナム陶磁、清朝 時代のもの5795点、その他18 〜 19世紀の日本の 伊万里焼も含まれている。何故、これほど多くの 陶磁器がこのトルコの地に存在しているのであろ うか?「明解新世界史A 初訂版」(以下、教科書) と「タペストリー」(七訂版)も使用しながら展 開方法も考えていきたい。
3.陶磁器をめぐる東西交易路
<別添 解答>
設問1 唐代以降に「絹の道」が使われるようになり、 15世紀以降は「海の道(陶磁の道)」が活発化した。 本図では陸路が描かれている。中国の青花磁器風の容 器を積んだ荷車が見えるが、これを引く馬上の人物は 毛皮の帽子をかぶりブーツを履いて髭を生やしてお り、中央アジアの民族を思わせる。教科書の図では切
れているが、上方には遊牧騎馬民族のテントを象徴す る建物や馬の尾を束ねた幟が描かれている。周りの 人々は器を手に取り、商談が行われているようである。 本図が描かれたサマルカンドで多年行われてきた発掘 調査でも中国の青花磁器の破片が大量に出土してお り、このような取引が実際に行われていたことを示唆 している。
設問2 中国産陶磁器は美術品として収集されていた わけではなく、宮廷内での実用品としての価値に重き が置かれていた。「タペストリー」p.119にトプカプ宮 殿の厨房を描いたミニアチュールが掲載されている。 イスラームでは緑色は神聖な色とされており、エメラ ルドや翡翠が特別好まれたように最も愛好されたのは 青磁であった。また、青磁が毒に反応して変色すると か毒消し作用があると信じられ、スルタンたちに殊の 外珍重された。
設問3 中国の磁器の素材である磁土(白色のカオリ ン・高嶺土)は東アジアでしか産出せず、しかもこれ を高火度焼成する技術も東アジア独自のものであっ た。磁器は貴重品として輸出されたのである。「タペ ストリー」p.92、119。
設問4 当時の中国には鮮明な青色を発色する顔料が なく、イランやアフガニスタンから染付に使用するコ バルト(呉須)がもたらされた。「タペストリー」p.95。
設問1 中国産陶磁器はどのようなルートでイスラー ム世界に運ばれたのか?
解 答
設問2 オスマン帝国では中国産陶磁器をどのように 使っていたのか?
解 答
設問3 中国の陶磁器生産にはイスラーム世界から見 てどのような独自性があったか?
解 答
設問4 イスラーム世界が中国陶磁器に与えた影響と してはどのようなものがあるか?
解 答