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輸入競争が日本の国内産業に与えた影響について

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輸入競争が日本の国内産業に与えた影響

について

冨浦英一

要 旨

わが国では,1990 年代に製造業における国内生産・雇用の縮小と輸入の 増加が並行して観察された.本稿では,1980 年代半ばのプラザ合意円高以 降における輸入の浸透が日本の国内産業に与えた影響について,計量分析の 結果を中心に整理する.

第 1 に,輸入の増加は大幅であったが,輸入浸透度の水準・上昇には業種 により著しいばらつきがともなっている.このため,輸入の影響を評価する にあたっては,詳細な分類による計測が重要である.

第 2 に,労働需要関数の推定によれば,産業分類を詳細に分割すると,輸 入競争と国内雇用には統計的に有意な負の関係がある.ただ,輸入の影響は, 輸入浸透度の高い業種,同じ業種でも低価格の製品を生産している企業等, 一部に集中しており,日本経済全体に大きな影響を与えたとは言えない.そ もそも,輸入の影響を他のさまざまな要因から識別するには困難がともない, 輸入が国内雇用減少の原因であると因果関係の方向性を決める解釈には慎重 であるべきである.

(2)
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1

はじめに

プラザ合意を契機として始まった歴史的に急速かつ大幅な円高は,日本経 済に絶大な影響を与えたといえよう.貿易についても,為替レートの激変は, 財の相対価格を変化させ,輸出入の流れを変える結果,国内で生産される財 に対する需要も変動し,雇用も調整される.こうした経路は経済学的に考え れば当然のことだが,日本の場合にどの程度の影響であったかを定量的に把 握することは重要である.本稿では,1980 年代後半以降に輸入競争が日本 の国内産業に与えた影響について計量分析の結果を中心に整理する.

輸入の影響を論ずる前に,まず,この時代の関連した状況を特徴づける基 本的な統計指標を,図表 1 1 に従って簡単に鳥瞰しておこう.⑴日本の輸入 総額は,1980 年代半ばからの 20 年間に,31 兆円から 57 兆円へと大幅に増 加した.⑵なかでも,近隣の発展途上国である東アジアからの製品輸入の伸 びはとりわけ急速で,製品輸入全体のもはや過半を占めるに至っている.⑶ プラザ合意直後の円高スピードは印象的であるが,輸入の浸透はむしろ 1990 年代に入ってから本格化した.図表 1 1 の⑴行が示すように,輸入総 額の伸びも 90 年代に入ってからの方が大幅であり,⑶行での輸入比率では, 80 年代後半にはバブル景気期の生産増加を背景にむしろ低下すら記録して

図表 1 1 輸入関連の基本的統計指標

年 1985 1990 2000 2005

⑴ 輸入総額(兆円) 31.1 33.9 40.9 57.0

⑵ 東アジアからの製品輸入(製品輸入総額に占める%) 21.3 26.3 48.9 57.4

⑶ 輸入比率(国内総供給に占める%) 5.63 5.26 5.82 6.71

⑷ アジアにおける日系子会社の雇用(万人) 53 68 204 306

⑸ 日本国内の製造業雇用(万人) 1,154 1,179 970 855

(4)

おり,上昇は 90 年代になってからである.⑷円高に対応するため日本企業 は海外展開を加速させ,アジアで日系企業は 20 年前の 6 倍近い 300 万人を 超える雇用を抱えるようになった.⑸これに対し,国内では,製造業の雇用 は,1990 年前後をピークとして持続的な縮小に転じ,1,200 万人近くの高水 準から 900 万人を大幅に割るまでに落ち込んだ.

次に,図表 1 2 に,製造業の業種別に,雇用と輸入浸透度(輸入が国内出

荷に占める割合,詳細は次節参照)の 1990 年代における変化率をプロットし た.半導体や電子部品等ごく一部の産業では輸入シェア上昇のなかにあって 雇用が拡大しているが,多くの産業では,雇用の縮小と輸入シェアの上昇が

同時に観察されている1).しかも,発展途上国に比較優位が移ったかと考え

られる繊維や鉄鋼のみならず,電子応用装置等の機械産業もこのグループに 含まれている.なかでも,家電を含む民生用電気機械産業では,雇用減少率, 輸入浸透度上昇率ともにとくに高くなっている.

このように数字を並べると,輸入の増加が国内雇用の減少をもたらしたと いう印象を与えるが,その解釈は明らかに飛躍である.国内製造業の縮小に

1) 篠崎・乾・野坂[1998]も,1990 年クロスセクションで,国内生産を輸入浸透度に回帰し負の 関係が有意だとしている.

−50 −40 −30 −20 −10 0 10 20

−10 0 10 20 30 40

従業者数変化率(%)

び︵

電子応用装置

民生用電機

繊維製品

鉄鋼

化学繊維 半導体・IC

電子部品 図表 1 2 輸入浸透と雇用(1990 2000 年)

(5)

は,輸入の増加に限らず,先進成熟経済全体の製造業からサービス産業への シフト,マクロ景気変動,バブル崩壊にともなう企業経営上の問題,日本企 業による生産拠点の海外移転,労働省力的な技術革新の進展,正社員「リス トラ」と非正規雇用の拡大,地価高騰による国内工場用地取得難,国内若年 労働供給の減少等,さまざまな要因が考えられる.しかも,これらの要因の 多くは相互に絡み合っている.したがって,輸入の影響だけを取り出して論 じることは容易ではない.ましてや,輸入が雇用減少の紛れもない原因であ ると断定することは非常に難しい.因果関係の主張に飛びつくことなく,統 計的にどのような傾向が観察されたのかを客観的に整理していく地道な作業 が重要である.

以下では,輸入競争の程度をいかに計測すべきかをまず議論した後で,輸 入競争が日本産業に与えた影響について,産業別,地域別の順に整理してい くこととする.

2

輸入競争を測る尺度

輸入競争が日本経済に与えた影響を論ずる前に,まず,輸入競争の程度を 測る「尺度」について検討しておくことが重要である.ここでは,しばしば 使われる輸入浸透度と,経済学的により適切とされる輸入相対価格の 2 つを 取り上げる.

2.1 輸入浸透度

「輸入浸透度」とは,国内出荷(国内生産−輸出+輸入)に占める輸入の

比率と定義される.直観的でわかりやすいこともあって,輸入競争の程度を 測る尺度としてしばしば利用されている.

産業別に見て特徴的な数値を取り出して図表 1 3 に整理した.なお,全業

種の数値2)については,別途,本稿末尾の付表にまとめたので詳しくは参

照ありたい.図表 1 3 の左列には 2000 年時点での水準で,右列には 1980 2000 年の間の変動幅で,おのおの,上位・下位 10 業種をリストアップして

(6)

ある.

繊維のみならず電子機器類でもすでに輸入品が国内出荷の半分近くを占め るに至っている一方で,一部の石油化学製品や紙・ガラス・セメント製品で は依然として輸入浸透度が 0.2 1.5%と非常に低い水準にとどまっているこ とが見てとれる.20 年間の変動幅についても,0.7 55%ポイントと大幅な 違いが観察される.比較優位は産業別に異なることから同じ円高下にあって も輸入の伸びは異なることを考えただけでも,こうした産業間の大きなばら つきは当然である.前節で日本全体としての輸入比率上昇に触れたが,輸入 浸透度は産業別に議論すべきものであることが確認できる.つまり,日本全 体としては輸入の浸透がマイルドであっても,輸入品と競合する製品を生産 している一部の比較劣位業種においては局所的に輸入浸透が非常に進展して いるのである.産業間のばらつきについては次節で詳しく述べる.

図表 1 3 産業別輸入浸透度

水準

上位 10 業種 %

上昇幅

上位 10 業種 %ポイント

.化学繊維 58.66 .化学繊維 55.30

.たばこ 48.98 .たばこ 45.42

.電子応用装置・電気計測器 46.78 .有機化学基礎製品 38.49

.有機化学基礎製品 39.71 .非鉄金属製錬・精製 38.16

.化学肥料 35.55 .電子応用装置・電気計測器 35.29

.皮革・皮革製品・毛皮 34.06 .化学肥料 33.33

.民生用電子・電気機器 33.63 .民生用電子・電気機器 32.46

.半導体素子・集積回路 26.88 .皮革・皮革製品・毛皮 25.35

.非鉄金属製錬・精製 24.09 .精穀・製粉 20.35

10.畜産食料品 23.14 10.半導体素子・集積回路 19.67

下位 10 業種 下位 10 業種

.石油製品 0.20 .紙加工品 0.72

.有機化学製品 0.53 .飲料 1.39

.無機化学基礎製品 0.61 .セメント・セメント製品 1.46

.水産食料品 0.70 .通信機器 1.65

.紙加工品 0.78 .化学最終製品 2.71

.ガラス・ガラス製品 0.97 .ガラス・ガラス製品 2.79

.その他の食料品 0.98 .自動車部品・同付属品 2.88

.その他の製造工業製品 1.14 .自動車 3.01

.非鉄金属加工製品 1.20 .非鉄金属加工製品 3.17

10.セメント・セメント製品 1.53 10.特殊産業機械 3.71

(7)

こうした輸入浸透度の上昇は国内の労働需要に影響を与えたはずである.

産業連関表を用いた機械的な試算(厚生労働省,平成 15 年)によると,

1990 2000 年の間の輸入比率上昇により 122 万人,輸出のプラス効果を差し 引いた貿易全体の純効果としても 75 万人(1990 年時点での就業者の 5%相

当)の就業機会が失われたことになる3).ただ,この計算は,2000 年時点

で輸入比率が 1990 年と同水準であったとしたら何人雇用が増えたはずかを 産業連関表から計算したものである.輸入比率上昇がなかったとしたら 2000 年における生産技術(投入係数)が輸入競合対応の合理化努力等によ り当然に異なっていたと考えられる.また,非貿易財部門では雇用増加も あったことから,こうした試算結果を日本経済への影響評価に直結させるこ とには慎重であるべきである.ただ,同試算によれば同時期に海外への生産 移転によって 60 万人の雇用が失われたとされており,国際競争の影響はい ずれにせよ無視しえない.

Factor content of trade(生産物の貿易に含有される生産要素量を産業連 関表から逆算)分析によっても,同様の傾向が確認されている.Ito and Fukao[2005]によれば,1990 年代には,生産物の輸入により間接的に「供 給」された生産労働(製造業において生産活動に直接従事,非熟練労働を近 似)は 76 万人から 158 万人分に急増した.そのうち,中国からが 9 万人か ら 51 万人に激増し 3 分の 1 近くを占めるに至った.こうした生産労働の供 給増加は,輸出入差の純ベースで評価しても国内生産労働の 3 4%相当分と

無視できない規模に上っている4)

さて,輸入浸透度は,このように直観的にわかりやすい指標ではあるが誤 解を招く問題点もある.何よりも,輸入浸透度が高いことが輸入競合の深刻 さを必ずしも反映しないことである.輸入品と国産品は消費者にとって同じ 需要関数の下で数量が同時決定されていると考えられ,輸入量増加が先に決 まって国内出荷減少の原因となるという因果関係があるとは限らない.輸入

3) Sakurai[2004]も,産業連関表を用い,1980 年代について,輸入増加による製造業の雇用減少 は期初雇用の 4.7%に当たると推計している.全体として雇用が拡大し輸入浸透もまだ本格化し ていなかった時期にしては大きな影響がすでに出ていたことになる.

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量が増加し輸入浸透度が上昇しても,輸出を含む国内生産も国内出荷もとも に増加することは可能である.また,産業レベルの集計値で輸入浸透度が上 昇したからと言って,輸入品が国産品と直接競合する財とは限らず,むしろ 国産品生産に必要な中間財の輸入という可能性もある.国内生産コストの上 昇に対応して企業が海外の安価な中間財活用を拡大したと考えられるこの時 代にあっては,このシナリオは十分現実的であろう.

いずれにせよ,輸入浸透度は一部の業種で大幅に上昇し高水準に達したこ とは事実であるが,こうした現象は一部の業種にとどまり,また,そもそも, 輸入浸透度の上昇が輸入競合の激化を示すとは限らない.

2.2 輸入相対価格

先に見た輸入浸透度が金額または数量面の指標であったのに対し,価格面 の指標も当然重要である.輸入浸透度指標の問題として同時決定性・内生性 にふれたが,もし日本にとって海外市場での価格が所与と見なすことができ るなら(国際経済学における「小国」の仮定),輸入価格の利用により問題 を回避できると考えられる.日本は経済大国であり,品目によっては,この 外生性の仮定が成り立たないケースがあろうが,輸入競争の熾烈さは相対価 格を通じて国内産業に及ぶと理解できることから,少なくとも輸入浸透度を 補完する情報として有益であろう.

(9)

の激しさは為替レート変動の影響も受けて時期により変化してきたというべ きであろう.

このように輸入価格の変動自体単純ではないが,その国内経済への影響と なるとさらに慎重な分析が必要となる.Weinstein and Broda[2008]は,中 国からの輸入増大には品質向上とバラエティ拡大がともなっており,中国か らの廉価な輸入が日本のデフレを加速させたとはいえないとしている.また, この時期に並行して進められた規制緩和等の国内経済構造改革の効果と輸入

の影響を識別することも難しい5)

200 250

100 150

50

0

1985 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95

国内・輸出・輸入物価(総平均)

96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 (年)07 輸入

国内 輸出

図表 1 4 輸入価格の変化

(年) 200

250

100 150

50

0

1985 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 輸入物価

97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07 機械器具

総平均 繊維品

(10)

先に輸入浸透度が産業によって大きく異なることに触れたが,価格も同様 に詳細に見る必要がある.図表 1 4 の上のグラフにおける輸入物価は総平均 であったが,品目別の比較を下のグラフに示している.比較のために総平均 による輸入物価を再掲してある.労働集約的製品で発展途上国からの安価な 輸入との競合が激しいといわれる繊維品よりも機械器具の方が輸入物価の下 落が顕著である.機械器具の輸入物価は,この時代を通じてほぼ一貫して下 落傾向を持続している.

このように,価格面から見ると,輸入品の価格は国産品に比べ総じて下落 したが,大幅な下落は一部の品目にとどまり,また,時代を通じて下落が持 続したわけでもないことがわかった.なお,先に輸入浸透度で述べたように, 輸入機械器具が国産品と直接競合する製品とは限らず国内生産に投入される 中間財である可能性も高いことから,こうした輸入物価の下落を輸入競争の 激化に直結させることは誤りである.

3

業種別の影響

本節では,輸入が日本の製造業に与えた影響について,雇用面を中心に産 業間比較を行う.さらに最後に,よりミクロな産業内のばらつきについても 補う.

3.1 雇用への影響における産業間の違い

「はじめに」で図表 1 2 により示したように,1990 年代において,雇用と 輸入浸透度伸び率には弱い負の相関が観察される.しかし,一見すると輸入 浸透度の上昇が雇用の減少をもたらしたかのように見えるが,因果関係を示 したものでないことは,すでに論じたとおりである.以下では,業種の区分, 集計の程度について論じることとする.

これまでは,図表 1 2 で「産業」を論じる際には製造業を 52 業種に区分 した.しかし,「民生用電子・電気機器」が一部門にまとめられていること

(11)

からも明らかなように,この集計レベルで同じ「産業」に属するからといっ て同じ財を生産しているとは到底見なすことはできない.より詳細な分類で 輸入の影響を精査する必要がある.

しかしながら,ここで分析上の障害があることを説明しておく必要がある. 国内産業に関する統計における産業分類と,貿易統計における商品分類(関 税分類)とは,その本来の目的から当然予想されることであるが,どこの国 でも大きく異なっており対応関係を整理するのは簡単ではない.先に本稿で 用いた 52 業種への分割は,日本産業に関する統合的なデータベースを目指 した JIP2006 プロジェクトの成果として一般公開されている数値を利用した ものである.このデータベースは多数の統計を整合的に統合し異時点間比較 も可能としている優れたものであるが,ここでの分析目的からは業種分割に 限界がある.

そこで,図表 1 5 は,工業統計に基づき,日本の製造業を 390 業種に細分 して,雇用変化率と輸入浸透度の関係を示したものである.1988 95 年につ いて,工業統計における 4 桁業種分類と貿易統計における HS9 桁輸入関税

分類を整合させた筆者と通商産業研究所の共同研究成果に基づいている6)

米国において同様の data concordance が NBER で構築されたことに刺激さ れた試みであった.同一期間でないので正確な対比にならないが,図表 1 2 と並べて見ると輸入と雇用の相関が消えていることは明らかである.バブル 期の 1988 91 年に比べバブル崩壊後の 1992 95 年には,雇用が減少した業種 が目立って増加したことは見てとれるが,輸入浸透度が高い業種ほど雇用が 減ったとはいえず統計的に意味のある関係は見受けられない.

図表 1 6 は,図表 1 3 とまったく同じではないがほぼ近い工業統計の 2 桁 産業分類の全業種について,輸入浸透度が 4 桁産業レベルでいかに異なるか を見たものである.たとえば,雇用規模が最大の電気機械産業を見ると,2 桁分類の電気機械産業全体としては,輸入浸透度は 8%に届かないが,同じ 電気機械産業に属する 4 桁業種でも,輸入浸透度は 22%を超えるものから

6) 貿易統計において輸出の商品分類は輸入と大幅に異なるが,冨浦[2002]においては,輸出デー タと工業統計業種分類との照合に至らなかったため,ここでの輸入浸透度を定義する際の分母は

(国内出荷+輸入)とし輸出を控除していない.また,輸入についても,その後の関税分類変更

(12)

0.1%に満たないものまで著しい分散が見られる.他の業種においても,平 均に比べ高い標準偏差が報告されている.これらは,2 桁産業は輸入競争を 論じるには明らかに粗すぎる分類レベルであることを示している.

そこで,図表 1 6 と同じ詳細な 4 桁業種レベルの輸入・雇用データを用い て,Tomiura[2003a]は,以下のような労働需要関数(階差)の推定によっ て,輸入価格(対応する分類の国内物価との相対比7)p*と当該業種iの雇

−20 −15 −10 −5 0 5 10 15 20 25 30 0

20 40 60 80 100

雇用と輸入(1988 91年)

雇用変化率

図表 1 5 輸入浸透度と雇用変化の業種間ばらつき

注) 工業統計と貿易統計を使用.冨浦[2002]の図 2・3 を再録.

−200 −15 −10 −5 0 5 10 15 20 25 30 20

40 60 80 100

雇用と輸入(1992―95年)

雇用変化率

(13)

Lとの間に,バブル崩壊後の時期に統計的に有意な負の関係があること

を見出している.

ΔlnL=δ+δΔlnw+δΔlnc+δΔlnL+(θ+θMS)Δlnp* (1.1)

なお,推定に当たっては,賃金w,輸入物価p*,輸入浸透度MSに操作

変数を用い,内生性を考慮している8).しかも,(1.1)式の輸入浸透度と輸

入物価の交差項の推定結果から,この輸入と雇用の負の関係は輸入浸透度の

7) 物価指数の分類は貿易統計に比べ粗いことから,同じ物価指数を複数の産業に用いざるをえな い.しかし,物価指数で輸入価格を計測すると,貿易統計の輸入価格指数と異なり品目構成変化 の影響は避けられる.

8) 原材料費c(当期・前期)と業種ダミーも説明変数に含む.

図表 1 6 輸入浸透度の業種間ばらつき

業種 輸入浸透度

(%)

2 桁業種内 4 桁業種間 標準偏差

最大値 (%)

最小値 (%)

電気機械(30) 7.78 5.29 22.09 0.09

一般機械(29) 3.44 3.02 13.62 0.09

食料品(12) 11.56 11.60 36.58 0.08

輸送機械(31) 3.50 11.80 34.87 0.28

金属製品(28) 1.66 6.16 26.29 0.39

印刷・出版(19) 0.65 1.08 2.06 0.01

プラスチック(22) 1.88 1.89 6.19 0.24

繊維製品(15) 24.70 20.07 78.63 6.61

化学製品(20) 8.42 16.31 91.58 0.82

衣服(14) 17.15 20.46 95.42 0.50

窯業土石(25) 2.88 11.04 57.56 0.10

紙パルプ(18) 5.45 22.81 83.24 0.01

鉄鋼(26) 3.92 10.78 31.99 0.04

木製品(16) 18.93 22.60 72.08 0.05

その他製造業(34) 16.84 17.17 51.97 0.41

精密機械(32) 14.60 20.28 97.90 0.21

家具(17) 6.70 8.62 24.69 0.70

非鉄金属(27) 20.95 19.83 56.50 0.10

ゴム製品(23) 8.12 12.01 40.17 0.14

飲料・タバコ(13) 4.68 19.00 60.40 0.04

皮革・毛皮製品(24) 30.46 22.77 84.43 14.69

石炭・石油製品(21) 10.15 12.55 32.26 0.21

(14)

高い業種ほど強い傾向が見られることも併せ確認している.雇用の輸入価格 弾力性は,1988 92 年を含む全期間平均では 0.1 0.2 にとどまるが,バブル 崩壊後の 1993 95 年に限ると,平均的な輸入浸透度の業種でも 0.7,輸入浸 透度が標準偏差 1 だけ平均より高い業種では 1.25 に達すると推定される9)

従来の研究では,ここで用いた以前の時期に関する集計されたデータに基 づいて,日本の雇用に輸入が与える影響は有意といえない,または,ごく限 られると結論することが多かった.たとえば,G7 諸国(1972 88 年)を比 較した Burgess and Knetter[1998]は,日本は仏独とともに米国よりも為替 変動が雇用に与える影響が小さいと結論している.Brunello[1990]も,日本 雇用の為替反応度が米国より低いことを 1973 86 年の 8 業種について確認し ている.Rebick[1999]においても,1965 90 年の輸入比率上昇が雇用に与え た影響は有意でないと推定されている.Dekle[1998]は,1975 94 年につい て,実効為替変動が日本の労働需要に大きな影響を与えたが,調整速度は非 常に遅く,また,輸入浸透度が高い産業ほど感応度が高いという関係もない としている.

これらに対し,Tomiura[2003a]は,産業を細分すると,一部の輸入競合 業種では輸入が雇用に与える負の影響は強いことを明らかにしたものである. ただ,この分析にも限界が残っており,同じ製品の輸入でもとくに発展途上 国からの輸入を抽出したり,非正規雇用が広がった 1990 年代後半に推定期 間を延長したりすれば,影響はさらに大きく出たものと考えられる.その意 味で,この推定値はむしろ控えめの数値と見るべきであろう.

3.2 雇用の粗創出と粗消失

前節では,雇用に与える影響を従業員数の変化で把握していた10).しか

し,労働経済学においては,事業所レベルのミクロ・データを活用して,従 業員数を増加させた事業所と減少させた事業所にグループ分けし,雇用の変 化を別々に集計すると,同じ産業のなかでも雇用を拡大している事業所と縮

9) Tachibanaki [1998]も,輸入浸透度が雇用と有意に負の関係があるとしている.ただ,

1981 93 年の就業者伸び率を期末の輸入浸透度で回帰した推定結果である.

(15)

小している事業所が常に併存していることが知られている.つまり,従業員 数 の 純(net)変 動 を,粗 雇 用 創 出(gross job creation)と 粗 雇 用 消 失 (gross job destruction)に分解することによって,樋口[2001],玄田[2004] が日本の労働市場に応用して示したように,いっそう豊かな情報が明らかに なるということである.

そこで,先に見た輸入競争が日本の雇用に与えた影響は,雇用の粗創出の 減少と粗消失の増加の主にどちらを通じたものであったのかについて見てみ よう.輸入競争の影響がどちらの経路を通じて現出するかは,政策的対応策 の選択にもかかわる問題である.工業統計の事業所ミクロ・データを用いて 算出された粗雇用創出・粗雇用消失データ(1988 90 93 年)を先に紹介し た工業統計産業分類と照合させた輸入データと接合して分析した Tomiura [2004]によれば,日本における輸入価格変動の影響は,粗雇用消失の増加よ りも主に粗雇用創出の減少として現れた.さらに,同一産業で操業を続けた 事業所の反応は有意でなく,参入事業所による雇用創出と撤退事業所による 雇用消失が輸入価格変動に強く反応していた.この結果は,日本においては, 輸入競争が激化したからといって,すでに働いている従業員が解雇される直 接的な影響はとくに操業を続けている事業所で強くなく,輸入競争が激化し なかったとしたら創出されていたであろう雇用(とくに新規参入による雇用 創出)が実現しなかったという間接的な経路で影響していたということであ る.

つまり,一部の事業所が閉鎖され(撤退)雇用が失われることはあったが, 輸入競争の激化が雇用(純変動)に影響するからといって失業者・解雇の増 加に直結したわけではない.また,潜在的にあった雇用の機会が実現しなく なるという見落とされがちな間接的な影響が意外と強いことに注意を喚起す る分析結果である.

(16)

3.3 業種内のばらつき

これまで,輸入の影響を把握するに当たっての単位としては「産業」(あ るいは財・品目)を用いてきた.これは,同じ産業に属する財・商品は同じ 市場で互いに競合し合っているという前提に基づくものであるが,最後にも 再度述べるように,この前提は満たされないことも多い.たとえば,同じ産 業でも中間投入部品と最終製品は,互いに競合するというよりも,同じ生産 工程に必要なものであろう.また,製品差別化された財は産業内で互いに棲 み分けしていることであろう.水平的な差別化には好みの問題がともない分 析上の困難があるが,品質の高低による垂直的な差別化については価格の情 報を活用することができる.

企業レベルに集計した生産動態統計の事業所ミクロ・データを詳細な 9 桁 品目分類レベルで貿易統計輸入データと接合した Tomiura[2001]によれば, 輸入競争の影響は同じ財のなかでも企業によって異なる影響を与えている.

安い価格の製品を生産している企業に輸入の影響は集中しており,高価格=

高品質の財を生産している企業は製品差別化によって輸入増加が顕著な発展 途上国からの低価格製品との競合を回避して棲み分けることに成功している といえよう.分析対象とした 3 品目について,価格により平均以上と以下で 企業を 2 分した場合に平均以下の価格で生産している企業群の平均価格は平 均以上企業群の平均価格の 4 6 割と,同じ国産品でも価格差は大きく開いて おり,国内生産の輸入価格弾力性も,同様に,平均以下価格の企業群は平均

以上価格の企業群の 1.4 3 倍と明らかに上回っている11).つまり,同じ財

を生産している企業群のなかでも,低価格品を生産している企業の方が高価 格品を生産している企業よりも大幅に強く輸入競争の影響を受けるというこ とである.

ここでは,企業ミクロ・データによる分析を一例として紹介したが,産業 内のちらばりの分析には貿易統計データによる輸入価格を活用することもで きる.一般に公開されている輸入価格指数はごく粗い分類にとどまるが,輸

(17)

入金額を輸入数量で除した輸入価格(平均単価)を計算することにより,品 目ごとの分析が可能となる.ただ,国内産業との分類照合の問題は依然とし て残る.その対応として,関[2002]は,米国の輸入データにより日本と中国 の対米輸出価格を比較した.その結果,日本と中国では米国に輸出している 品目の価格が大きく異なることから,米国市場における日中間の直接競合は 限られることを見出している.この結果は,日本の国内産業への影響を直接 分析したものではないが,中国からの輸入競争が日本国内に与えた影響の限 界に関する間接的証左と注目すべきであろう.

このように,同じ産業のなかの同じ財といっても価格が大きく異なること があり競合しているとはいえず,また,同じ産業に属する企業といっても供 給する製品が差別化されていることから,産業よりもさらに細分化したミク ロ・データは有益である.とくに,企業・事業所ミクロ・データの活用は, 企業・事業所に固有の要因を分析上制御できるメリットも有している.この 点で,伊藤[2005]は,企業レベルのデータを用いて,低・中所得国からの輸 入品との競争が激しい産業では売上げや雇用伸び率が小さくなる傾向が見ら れるが,研究開発を活発に行っている企業では売上げに対するマイナスの影

響が比較的小さくなっていることを見出している12).先に述べた価格に現

れた品質向上以外にも,新製品につながる研究開発等の多様な手段によって, 輸入品との直接競合を緩和することが実際に可能であることを示したと評価

できよう13).つまり,同程度の輸入浸透度,同程度の相対輸入価格低下に

直面したとしても,各企業の生産・雇用がどの程度影響を受けるかは競争に 影響を及ぼすさまざまな要因に左右され大きく変わりうるということである. この意味で,産業・品目レベルの集計値のみに依存した議論には慎重である べきであろう.

これらの分析結果から政策的インプリケーションを引き出してみれば, 個々の企業が品質向上,研究開発等を行い発展途上国からの低価格輸入品と の競合を避ける経営努力を政策的に支援することは,国内産業への打撃を緩

12) 伊藤[2005]は中堅・大企業を対象とした分析だが,零細企業においても,伊藤・川上[2008] によれば,低所得国からの輸入浸透の影響は生産性や資本装備によって緩和されている. 13) 産業集計レベルだが,篠崎・乾・野坂[1998]も,1990 年代前半までの期間で,研究開発費売

(18)

和し,ひいては貿易制限を求める保護主義圧力を減殺する上で重要だという こともいえよう.また,国レベルで産業構造の高度化と壮大なスケールで語 られるものが,ミクロ・レベルではこうした企業の個別対応によって形成さ れているということを統計的に描き出したものとも評価できよう.

4

地域別の影響

前節では,輸入が日本経済に与える影響を産業別に分解して分析したが, 輸入の影響を論じるうえで同様に重要な視点は地域別である.グローバル化 時代にあっても人口の移動は緩慢であることから,人々が受ける輸入の影響 はどこに住んでいるかに強く左右されることになる.また,経済学において も,近年,国際貿易と経済地理の関係についての研究が活発になっている. たとえば,Okubo[2004]は,外国貿易を国内取引に比べ抑制する国境効果 (border effect)が,日本で 1965 90 年にかけて格段に低くなったとしてい る.これは,日本の地域経済が国際経済とより緊密に統合されたことを示し ている.こうしたことをふまえ,本節では,地域別に輸入の影響を雇用と賃 金の両面から述べる.

4.1 地域産業の特化

産業別の輸入浸透度についてはすでにやや詳しく数字を整理したが,これ はあくまで日本全体としての「平均値」である.特定の業種が限られた地域 に集中して立地することは,産地に限らず珍しくないことから,輸入競合業 種の割合が高い地域と低い地域では,円高によって同じ為替レート変動下に あっても,輸入競争が地域経済に与える影響は当然異なるはずである.

まず,輸入浸透度を県別14)に分けてみよう.図表 1 7 は,本書で対象と

しているプラザ合意円高以降の時代をバブル期とバブル崩壊後に分けて,輸 入と雇用の関係を県レベルで見たものである.なお,県別の輸入浸透度は, 各産業の全国ベース輸入浸透度と,各県の産業構成比から試算した.バブル 期には,全国的に雇用が拡大したのみならず,経済活動が活発化した県で雇

(19)

用と輸入浸透度がともに増加したという傾向が見られた.これに対し,1990 年代には,輸入浸透度が上昇した県で雇用情勢が悪化したという関係がうか がえる.プラザ合意直後の円高スピードは歴史的であったが,日本の輸入浸 透度の上昇が本格化したのは 1990 年代に入ってからであることは本稿の冒 頭でもふれたが,輸入浸透の影響は全国並行してではなく輸入競合産業への

依存度の高い特定の地域に集中していることが確認できる15)

次に,産業構造の変化との関係を考えよう.図表 1 8 に示したように,こ の時代に,日本の産業構造はグローバル化に対応して変化を遂げた.1985 年時点ですでに高いシェアを占めていた機械類(電気機械,一般機械,輸送 機械)が 2000 年にさらに拡大した一方で,繊維や元来シェアが低かった鉄 鋼等の産業の構成比がいっそう低下した.こうした変化は,日本の産業構造 が日本の比較優位をより反映した方向に変化したものと解釈することができ よう.日本が比較優位をもつ輸出産業がシェアを拡大する一方で,比較劣位 にある輸入競合産業が縮小するという方向は国際貿易の拡大・深化と表裏一 体である.この過程で,かつては多少の「個性」があった地域の産業構造も 変化を遂げ,多くの県で機械類の比重が向上し金太郎飴的に似通った姿に近 づいた.

図表 1 9 は,ハーフィンダール指数(各産業シェアの平方和)で測った各 県の産業構造上の特徴の変化が輸入競合産業の例示としての繊維・衣服産業 が占める割合とどう関係していたかをプロットしたものである.明らかに,

15) 地域によっては,輸入競争にとくに着目した政策措置が講じられている(例:愛媛県の「輸 入競合品製造事業者特別支援資金」).

図表 1 7 雇用変動の県間ばらつきと輸入比率の関係

1985 1990 1990 2000

雇用変化率 全県平均 5.04 −15.5

輸入比率増加率最高の県 6.94 −16.5

輸入比率増加率最低の県 1.74 0.639

輸入比率増加率上位 5 県平均 3.30 −17.0

輸入比率増加率下位 5 県平均 −1.13 −15.0

雇用変化率と輸入比率増加率の相関係数 0.175 −0.042

(20)

−400 −30 −20 −10 0 10 20 30 40 10

5 15 20 25 30 35 40

GR(RegHHI85-00)

Tex&AppShare

(%)

図表 1 9 国際競争と産業特化に関する地域的ばらつき

注) 横軸は各県の産業構造ハーフィンダール指数の 1985 2000 年変化率(%),縦軸は各県にお ける 1985 年時点での製造業従業員に占める繊維・衣服の比率(%).工業統計から筆者計算.

石油・石炭製品 電気機械

一般機械

食料品

輸送機械 金属製品

繊維 衣服 出版・印刷 窯業・土石

化学 鉄鋼 プラスティック

木製品 紙パルプ

精密機械その他 家具ゴム

非鉄 飲料・たばこ・飼料 皮革

内=1985年 外=2000年 産業構造(従業者数構成比)

(工業統計)

図表 1 8 わが国製造業の産業構造変化

(21)

1985 年時点で繊維・衣服産業への依存度が高かった県ほど,これら産業に おける輸入競争の激化を背景に,2000 年にかけて県の特徴が薄れたという

傾向(相関係数=−0.621)が見てとれる.理論的に考えて,自給自足閉鎖

経済状態から自由貿易に移行するにつれて,国内の産業構造は,消費の構成 比を反映した多様性を示す構成から,比較優位に基づく国際分業のなかで特 化を強めていくはずであるから,この時期の日本の産業構造変化は正に本稿 がテーマとしている輸入浸透を一環とするグローバリゼーションと軌を一に するものであったと見ることができる.

4.2 地域の産業集積

輸入の浸透により輸入品と競合する産業が縮小する様子に触れたが,輸入 の浸透は当該産業に影響を及ぼすにとどまらない.産業は投入・産出関係を 通じて相互に結びついているからである.国際貿易が不活発な時代には国内 産業は輸送費節減等のために互いに近接して立地するメリットが強いが,輸 入の浸透にともなって,国内産業間の投入・産出リンケージは弱まり国内の 産業集積は崩壊していくと考えられる.

県別の工業統計データを用いて,Tomiura[2003b]は,1990 年代に,日本 の産業集積は分散化,すなわち,当初規模の大きい産業・県ほどその後の成

長率が低い16)傾向を示していることを確認している.同論文は,雇用の変

化率を初期条件で説明する以下のような労働需要関数を推定している.

Δln

L L

=α+βlnINP+βlnOUT

+γlnWAGE+δlnIIA

+δlnSCL+δlnDIV+δlnSIM (1.2)

なお,添字rは県,jは業種,tは年(1990,2000)を示す.賃金WAGE

他に,各種の経済地理要因が説明変数に含まれている.産業連関効果(当該

産業にとっての供給部門の規模INP,需要部門の規模OUT),外部効果を

もたらす同一産業の集積IIA,内生的な規模の経済性(事業所の平均規模)

(22)

SCL,県内産業の多様性DIV,同じ職種を需要する業種の集積(マーシャ

ル的な労働市場 pool 効果)SIMである17).

Tomiura[2003b]の推定結果によれば,中間財供給者・川上産業の効果

((1.2)式におけるINP)に目立った変化は見られないが,最終消費者・川

下産業の市場規模が産業立地を引き寄せる効果(OUT)が大幅に弱まった

という違いが確認されている.これは,産業連関効果のうち,一般消費者向 けの最終製品に比べ中間財のなかには,特注の部品など,供給者と需要者が 近接して立地する必要があるものが比較的多いためではないかと考えられる. もはや最終製品の生産地が国内の大消費地に近接するメリットはなくなった が,依然として自らが必要とする特注部品等の中間財サプライヤーとの近接 は立地を決める上で重要な要素であり続けているようである.さらに,輸入

浸透度の伸びが高い業種でとくにOUTの効果のマイナスが強いことも併せ

見出していることから,国内産業連関を断ち切っている力が輸入の浸透と関 連していることが示唆される.

また,企業城下町的な同じ業種の集積が与えるプラスの影響(IIA)が弱

まり,むしろ,同じ地域にいろいろな産業が混在する多様性(DIV)が立地

をうながす方向に影響を強めているなどの興味深い変化も見出された.この 分析は他の仮説を棄却する強い統計的検定ではないので断定には慎重である べきとはいえ,1990 年代の日本では輸入の浸透が国内産業間の近接メリッ トを薄め産業集積の拡散をうながしたとの解釈と整合的である.大都市圏の 地価高騰等を背景とした工場の地方立地の動向も,こうした解釈を補強する ものといえよう.工場立地の「国内回帰」を最近指摘する向きもあるが,企 業によるグローバルな最適立地がますます強まるなかで国内にどの機能が残 されるかについては,海外立地間での淘汰・再配置の動きも絡んで,今後慎 重に分析が加えられるべきであろう.

歴史を振り返って見ると,本節で輸入の関係で始点としている 1985 年は, 日本の代表的 3 大工業地帯であった東京都・大阪府・愛知県の 3 県の製造業 雇用が同規模に並んだ年であった.これ以降,東京はサービス等の非貿易部 門への特化をさらに深め,大阪は停滞し,愛知を中核とした中京工業地帯が

(23)

日本最大の製造業集積地域となっていく.この意味でも 1985 年は 1 つの画 期となっていたようである.

4.3 要素価格均等化

前節では,輸入競争が各地域の産業構造や雇用に与える影響について述べ てきたが,もう 1 つ無視できない側面として,賃金に与える影響がある.ヘ クシャー = オリーン国際貿易理論が示すところによれば,極端に産業構造が 異ならない限り(不完全特化),貿易によって各国の生産要素価格は国際的 水準に近づいていく(生産要素価格均等化定理).つまり,輸入の浸透によ り,日本の賃金が近隣の発展途上国の賃金水準にさや寄せされていくはずと いうことである.

図表 1 10 は,県別の工業平均賃金18)を並べたグラフである.1990 年に

比べ 2000 年にはわずかばかり傾斜が緩やかになったが19),依然として県間

の賃金のばらつきは大きい.もっとも賃金の高い県と低い県の比はおよそ 2 倍離れたままである20).Tomiura[2005]では,以下のようなモデルを用い

て,要素価格均等化定理が 2000 年時点でも成立していないことを確認して いる21)

ln

w

LwK w

LwK

= ∑

αDUM (1.3)

なお,添字rは県,jは業種を示し,wは要素価格,DUMは県ダミーであ

る.つまり,上式(1.3)は,複数の生産要素間で所得に占めるシェアが全

国平均から有意に乖離している県があるかを調べるものである22).県の間

で生産技術に差があったとしても,ヒックス中立的であれば(1.3)の関係

18) 平均賃金は給与総額を従業員数で除して算出した.なお,工業統計には,職種,学歴等の従 業員特性で細分された賃金データが提供されていない.

19) 賃金(対数値)の県間標準偏差も 0.63 から 0.62 に微減した.

20) 輸入浸透度の伸びが高い業種・県ほど賃金の伸び率が低いという負の相関があるが, Tomiura[2005]によれば,この関係は他の地理的要因を制御すると有意でなくなることから,輸 入浸透が賃金の地域間格差を平準化する力は弱いと見るべきである.

21) Davis [1997]も,日本の県別データについて,要素価格均等化の仮定をはずすと,標準

的なヘクシャー = オリーン貿易理論モデルの説明力が向上するとしている.

22) 資本Kに関する地域差の計測には困難がともなうことから,Tomiura[2005]では,労働L

(24)

は依然成立する.この推定結果によれば,統計的に有意なダミーの県数は, たとえ業種ダミーを加えて産業要因を制御しても,1990 年代に目立って減 少した事実はなく,要素価格均等化と矛盾する.加えて,生産要素の賦存状 態や産業構造面で特異な県ほど(1.3)式でダミーが有意になる傾向も観察 される.このため,要素価格均等化を妨げる要因が,正に標準的貿易理論が 想定するような生産要素賦存の違いによる異なる産業構造パターンへの特化 (different cones of diversification)に関連していることが示唆される.こう した結論は,米国や英国に関する先行研究と整合的な結果であり,国際貿易 が活発化した今日にあっても,先進国の賃金が発展途上国の水準に引き寄せ られ先進国の国内地域間の格差が輸入浸透により縮まっているという状況に はない.先にもふれた労働の地域間移動の不活発さを考慮すれば,この結論 は納得がいくものであろう.わが国でも,最近,国内の所得・賃金格差の問 題を取り上げる論調が目立ってきているが,輸入競争の影響は賃金の地域差 においても限定的である23)

23) 欧米では輸入が労働市場に与える影響として熟練・非熟練賃金格差が注目されてきたが,日

本に関する研究は Sakurai[2004],Tachibanaki [1998],香西・鈴木・伊藤[1998]等に限ら

れる.これは,日本で所得格差が小さい時期が長かったことと統計データの制約(工業統計で生 産・非生産労働の区分が廃止)によるものと考えられる.これに関連して,Higuchi[1989]は, 円高が異なる年齢層の賃金に与える影響を分析している.

1.3 1.2 1.5 1.4

0.9 0.8 1.1 1

0.7 0.6 0.5

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 W(1990)

W(2000)

REGION

RELATIVE

WAGE

図表 1 10 賃金水準の地域的ばらつき

(25)

5

おわりに

本稿を通じて見てきたように,プラザ合意円高を契機として本格化した輸 入の浸透は日本の製造業に無視すべきでない影響を与えた.しかし,その影 響は,主に,一部の輸入競合産業や,輸入競合産業が集中的に立地する地域 にとどまった.

ただし,ここでの分析は,主として統計的関係をたどるものにとどまって いて,輸入浸透こそが雇用・生産の減少をもたらした主因であると因果関係 を特定するには至っていないことに改めて注意すべきである.加えて,同じ 産業のなかでも,発展途上国からの輸入品との直接競合を避ける差別化を品 質向上や研究開発によって進めた企業においては,輸入競争の影響は緩和さ れていることもわかった.

これまで,輸入浸透は国内の生産・雇用に悪影響を与えるという前提で議 論を進めてきたが,日本経済全体にとっては廉価で多様な輸入品選択の拡大 による消費者の厚生向上はいうまでもなく,生産者にとっても,先にもふれ たように,輸入品は国産品と単純に競合するとは限らない.たとえば,水平 的な国際分業によって製品差別化されたバラエティが輸入される産業内貿易 の場合には,国産品との直接競合は回避されている.最近でこそ海外直接投 資による現地生産に切り替えられつつあるとはいえ,先進国相互における乗 用車の双方向貿易は,この代表例であろう.また,垂直的な国際分業で中間 財が輸入される場合にも,輸入財の価格低下は国内生産活動への投入コスト 節減を通じて国産品の産出に貢献する.輸入財が中間投入に占める割合は 「加工組立型製造工業製品」で顕著に上昇幅が大きく(直近の平成 18 年延長 産業連関表で過去 5 年間に全体が 1.0%ポイント上昇に対し 4.8%ポイント 上昇),製造業における中間財輸入が日本でも活発になってきていることが うかがえる.

(26)

業単位から同一製品内の工程単位の国際分業へと変化してきているといえる. この場合,国内における雇用減少は輸入の増加とともに観察されるが,必ず しも輸入製品との競合に敗れて国内雇用が削減されたわけではなく,日本企 業が「選択と集中」の経営戦略により資源を最終製品から部品製造や開発部 門に移した結果と見るべきであろう.また,海外で現地の雇用により生産さ れた財は場合によっては企業内貿易として,利益とともに日本に還流するこ とすらあろう.

こうした精緻な工程間国際分業は,国境を越えた迅速かつ正確な意思疎通 を容易にする情報通信技術の発達・普及があって初めて可能となったもので ある.

従来は地理的に近接して,少なくとも同じ国内に立地する必要があった同 一製品の生産工程が複数の国にまたがって立地できるようになったというこ とである.

そもそも,貿易財か非貿易財かの区分は不動のものではなく,技術進歩に つれ時代とともに変化していく.さらには,部品の製造にとどまらず,かつ ては社内で行われてきたサービス的機能を含むさまざまな業務が切り出され て海外に移されること(offshoring)も多くなってきた.米国企業がソフト ウェア・プログラミングをインドに,日本企業が経理書類の電子入力を中国 にアウトソーシングしたといった事例は最近よく報じられる.Tomiura [2007]が企業ミクロ・データで見出したように,いまのところ,海外へのア ウトソーシングは日本の製造業ではごく一部の大企業に限られているが,従 来は国際競争から遮断されてきた社内のサービス的機能にまで今後は本格的 に拡大していく可能性も否定できない.

(27)

付表 輸入浸透度(%)

1980 1985 1990 1995 2000 上昇幅

製造業計 5.41 5.53 6.82 7.84 10.58 5.17

畜産食料品 12.72 13.12 21.19 22.70 23.14 10.42

水産食料品 10.24 10.63 0.25 0.15 0.70 10.48

精穀・製粉 0.36 0.31 12.52 14.30 20.66 20.35

その他の食料品 7.22 3.59 0.37 0.65 0.98 6.85

飼料・有機質肥料 0.79 0.85 19.09 18.33 19.10 18.31

飲料 2.38 1.65 1.96 2.34 3.04 1.39

たばこ 3.56 3.78 42.76 46.38 48.98 45.42

繊維製品 7.02 7.77 5.87 8.80 11.42 5.55

製材・木製品 9.91 10.24 4.11 5.38 9.75 6.13

家具・装備品 1.88 2.56 9.19 10.25 11.80 9.91

パルプ・紙・板紙・加工紙 6.47 6.66 0.40 0.89 1.63 6.26

紙加工品 1.03 0.31 0.73 0.98 0.78 0.72

印刷・製版・製本 0.22 0.21 4.41 5.39 6.11 5.90

皮革・皮革製品・毛皮 8.76 8.71 16.86 24.22 34.06 25.35

ゴム製品 4.26 4.97 1.12 1.77 2.31 3.85

化学肥料 2.22 3.03 32.06 28.52 35.55 33.33

無機化学基礎製品 9.70 11.71 1.56 0.48 0.61 11.22

有機化学基礎製品 1.32 1.23 32.23 39.45 39.71 38.49

有機化学製品 8.36 10.48 0.58 0.44 0.53 10.03

化学繊維 3.69 3.36 39.89 46.60 58.66 55.30

化学最終製品 8.80 6.76 6.09 7.02 8.10 2.71

医薬品 6.45 7.18 23.73 12.52 19.03 17.28

石油製品 10.77 12.94 0.17 0.11 0.20 12.83

石炭製品 0.31 0.17 4.78 5.61 7.42 7.25

ガラス・ガラス製品 3.11 3.40 1.47 0.60 0.97 2.79

セメント・セメント製品 0.06 0.19 0.87 0.94 1.53 1.46

陶磁器 2.49 2.38 15.33 14.59 16.87 14.48

その他の窯業・土石製品 4.72 5.70 10.39 10.18 8.48 5.67

銑鉄・粗鋼 1.94 2.70 5.56 6.35 6.56 4.62

その他の鉄鋼 0.60 1.26 10.91 10.14 11.62 11.02

非鉄金属製錬・精製 35.89 48.25 10.09 14.68 24.09 38.16

非鉄金属加工製品 3.92 3.84 0.75 0.92 1.20 3.17

建設・建築用金属製品 0.07 0.10 2.80 3.84 5.25 5.18

その他の金属製品 1.55 1.60 3.31 3.71 5.56 4.01

一般産業機械 3.20 2.61 7.02 5.92 8.70 6.09

特殊産業機械 4.96 3.90 1.25 1.59 2.45 3.71

その他の一般機械 6.74 5.82 1.89 3.62 6.24 4.85

事務用・サービス用機器 3.47 1.19 7.46 10.35 18.12 16.93

重電機器 3.01 4.04 5.24 12.30 20.95 17.94

民生用電子・電気機器 1.66 1.17 8.77 17.31 33.63 32.46

電子計算機・同付属品 13.92 9.57 2.63 4.44 6.20 11.29

通信機器 9.08 10.29 9.11 8.65 8.89 1.65

電子応用装置・電気計測器 21.87 42.03 11.49 31.58 46.78 35.29

(28)

電子部品 0.63 0.59 3.32 4.55 6.65 6.06

その他の電気機器 2.70 4.33 14.98 17.30 16.18 14.60

自動車 2.31 1.94 1.52 2.15 4.53 3.01

自動車部品・同付属品 0.58 0.63 3.46 2.24 3.22 2.88

その他の輸送用機械 9.56 12.01 11.02 13.56 20.98 11.42

精密機械 11.20 12.01 4.44 7.03 12.29 7.85

プラスチック製品 0.93 0.96 9.51 9.45 9.13 8.58

その他の製造工業製品 10.37 9.73 0.94 0.93 1.14 9.43

注) JIP2006 から筆者計算.「上昇幅」は(最高値)−(最低値)の%ポイント(四捨五入の関係で表中の

数値差と一致しない場合がある).

参考文献

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参照

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