第42回中部地区英語教育学会 2012年7月1日 自由研究発表③
教育文法の構成原理に
関する理論的考察
亘理 陽一
eywatar@ipc.shizuoka.ac.jp 静岡大学
発表の概要
• 0. 本発表の目的
• 1. 背景
• 2. 概念の整理
• 3. 文法指導・文法教材の原理
• 4. 知識の表象・組織の分析
• 5. 示唆と課題
0. 本発表の目的
• 英語教育研究における教育内容構
成の理論を構築することを目指し
て,文法教育の内容をどのように
記述・構成・提示するのかについ
て原理的な考察を行なうこと
1. 背景
1-1. 教育内容構成論の不在
•
森住(2010):英語教育学を「英語教育の目的・ 目標・方法を研究する学問分野」と定義•
「目標とは目的を達するために教えるべき内容や 取り上げる活動」「大別すると,言語材料(知 識),言語活動(技能),言語観(観点)の3 つ」(森住 2010: 4)•
所与の「音・文字・語彙・文法・(慣用)表現・ 談話」や4技能(に「考える」(Thinking)を加え た5技能)からの選択の問題(森住 2010: 5)1. 背景
1-2. 教育内容と教材の区別
•
これまで教育(方法)学は両者を区別することで展開•
教育内容:科学的概念の構造や,それを構成する 事実の何をどのような順序で教えるか•
教材:個々の科学的概念を習得させるうえに必要とされる材料(事実,文章,直観教具など)
•
教育内容は教材によって具体化されるが,教育内容 の構成と教材の選択・配列は,「次元の異なる仕 事」1. 背景
1-2. 教育内容と教材の区別
•
例.「現在進行相」の教育内容構成・教材構成•
「BEの変化形+動詞のing」の形であり, 活動がすでに始まっていて,終わりに向 かって進行しているが,まだ終わってはい ないということを意味する」•
進行相は述部が表す事態によって異なる意 味を表す;具体的にどれをどういう順序や 対比で導入するか1. 背景
1-2. 教育内容と教材の区別
•
例.「現在進行相」の教育内容構成・教材構成•
a) The bus is stopping.•
b) He is reading a paper now.•
c) He is tapping his pen on the table.•
d) He is living in Shizuoka.•
a) → b) → c) → d)•
単純過去と過去進行形との対比1. 背景
1-2. 教育内容と教材の区別
•
例.「現在進行相」の教育内容構成・教材構成•
a)について:An excerpt from Mr. Watari s diary: … I m very disappointed now. Iparticipated in our class relay. We { won / were winning } the race, but then I hurt my leg! Finally, Mr. Fukuta s team { won / was winning } the race. I will never forget this experience.
•
別の例文や対話,音声インプットや,何らかの活動を組織してその中で導入することもできる
1. 背景
1-3. 区別しないことの問題点
•
(特に)「言語材料」が所与のものとされて しまう危険性がある•
ある授業で上手くいった要因,あるいは上手 くいかなかった要因を,教育内容(構成)に 帰すべきか,教材に帰すべきかが分からない ままになりかねない•
→文法教育の内容構成を分析的に記述し評価 し得る枠組みを得たい2. 概念の整理
2-1. 教育文法とその研究目的
•
対象を学校教育の一環としての英語教育にお ける文法教育に限定•
教育文法:指導・評価のために(教師・学 習者向けに)編集された構造や規則の体系•
文法:「特定の語用論的制約によって決定 される有意味な構造とパターンの体系」•
構造・パターンなしに用例を列挙•
形式的側面のみ2. 概念の整理
2-1. 教育文法とその研究目的
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Swan (1994)の「教育的言語規則」の設計基 準やその相互連関を具体的に明らかにしよう とする教育文法研究を意図•
言語学的側面:学習者によって内面化され 言語運用の基礎となる文法の内容はどのよ うなものであるべきか•
教授学的側面:それをどのように教材・教 具化するか2. 概念の整理
2-2. 文法指導の位置づけ
•
理論的・実証的研究の蓄積は膨大な量にのぼ る;学習に何らかの有効性を持つことは多く の研究によって支持されているが,文法指導 の占める位置については依然として様々な立 場が存在•
文法指導を構成するプロセスや諸条件以上 に,そこで提供される例示・説明・体系の 質に目を向けたい2. 概念の整理
2-2. 文法指導の位置づけ
•
文法指導:(A) インプットとして文法を導入•
(B) 文法説明•
(C) 習った文法をアウトプットとして表出•
(D) 表出したアウトプットに対しエラー修正•
英文法の規則に関する学習者の明示的理解を 発達させることが目的;文法概念・知識の形 成過程は動的なもの2. 概念の整理
2-3. 明示的/暗示的指導・学習
•
明示的学習:インプットに規則性の有無を見 出そうとし,規則性を捉えられる概念・規則 を考え出そうとする意識的なインプット処理•
暗示的学習:そのような意図なしに無意識的 に生じるインプット処理•
文法教育の内容構成の妥当性=明示的学習を どの程度促進するか;暗示的学習を助けるも のであると仮定;学習者が文法規則を言語化 して説明できるのはあくまで一つの結果2. 概念の整理
2-3. 明示的/暗示的指導・学習
•
明示的指導と暗示的指導の違い:学習者がイ ンプットの背後にある諸規則に関する情報を 直接的・間接的に受け取るか否か•
学習者が受け取る明示的説明の質の違いに よって結果のばらつきを生んでいる可能性 はないだろうか•
明示的指導の効果をより精緻に探究するた めにも,文法教育の内容構成に関する「変 数」を構築することが必要では2. 概念の整理
2-3. 明示的/暗示的指導・学習
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本研究は,明示的に教えるのか暗示的に教え るのかという選択には立ち入らないし,その 是非を論じようとするものでもない•
いずれを選ぼうとも,学習者の側で学習は明 示的にも暗示的にも生じ得るだろうし,仮に 第二言語習得研究によって明示的指導の効果 が限定的なものであることが解明されたから といって,その内容の質を問うことが不要と なるわけではない3. 文法指導・文法教材の原理
3-1. 方法論的選択肢
•
Ellis (2002b):明示的記述・データ・操作的 活動という観点から整理•
既存の教材/何らかの指導上の仮説に基づ く教育内容・教材の効果の検証や比較を分 析的に行うことが可能;教材群が持つべき 多様性を測る指標にもなり得る•
明示的記述やデータの質を問うことができ ない3. 文法指導・文法教材の原理
3-1. 方法論的選択肢
3. 文法指導・文法教材の原理
3-2. 学習スタイルのパラメータ
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Tomlinson (2011):教材開発において考慮す べき「原理」16•
概ねそうであることが望ましい当為論のリ スト;教育内容の問題と教材の技術的な問 題が区別されていない•
教育文法の表象・組織様式への示唆;視覚 的・聴覚的・運動感覚的、研究的・経験的、分析的・全体的、従属的・自立的
3. 文法指導・文法教材の原理
3-3. 教育内容の配列
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Batstone and Ellis (2009):「効果的な文法 指導は,第二言語習得の過程を補うものでな ければならない」;認知的,情報処理的枠組 みの研究の知見に基づく3原理•
「旧から新へ」(Given-to-New)•
「気づき」(Awareness)•
「実用状況」(real-operating conditions)4. 知識の表象・組織の分析
4-1. 枠組み
•
Engeström (1994):知識の質を整理•
表象のされ方:記号的・言語的,視覚的・ 画像的,身体的・感覚-運動的•
組織のされ方:事実として,定義・分類と して,手続き的記述として,システムモデル として•
理論的には3 4=12の異なる知識表象・組織4. 知識の表象・組織の分析
4-1. 枠組み
•
文法教育の内容: 例.「現在進行相」•
事実としての知識: 個々の例文・用例•
定義・分類としての知識: 文法範疇,一般 的特徴(意味論的定義),抽象的イメージ•
手続き的記述としての知識: 配置・移動・変 形等の手順則•
システムモデルとしての知識: 文法体系(他 の文法概念との関連・適用限界)4. 知識の表象・組織の分析
4-2. Murphy (2004)
U1A U1B U1A
U1C U3A
U3A
U3A U3B U4 U4A
CD
4. 知識の表象・組織の分析
4-3. 石黒 (2006)
P1
P1 P1
P1
P1
P2
P2
P2 P2
P3 P3
別売
4. 知識の表象・組織の分析
4-4. 大西・マクベイ (2011)
導入
導入 導入
導入
導入
A
A B B
B
C C
C
D
別売
5. 示唆と課題
•
文法教育の内容構成理論の構築を目的として,学習者が受け取る明示的説明の質を分析 的に捉える枠組みの一つとしてEngeström (1994)を採用し,いくつかの文法解説書の知 識の表象され方と組織され方を検討
•
Ellis (2002b)の枠組みでは「与えられる」以 上の分類はされない明示的記述に関して,Engeström (1994)の枠組みによって内容・ 構成の違いを示すことができた
5. 示唆と課題
研究課題
• 明示的知識の内容構成の最適パターン
• 最適な内容構成や表象の可能性に関す
る文法概念ごとの違い
•
明示的な文法知識は,非線形の質的転換を 伴うものと想定すべき•
知識をどう豊富化するか•
知識をどう再構造化するか5. 示唆と課題
実践的示唆
•
よい学習には,両次元においてその質の柔軟 な移動が欠かせない•
ある教材に不足している表象・組織を補う•
例.大西・マクベイ(2011)身体的・感 覚-運動的表象の補足が必要•
具体的な問いや活動を通じて定義やシステ ムモデルを発見するような授業を仕組む5. 示唆と課題
実践的・理論的課題
•
発見法的なアプローチ,どのような事実とし ての知識と問いを通じて,どのような定義・ システムモデルを形成するか•
事実としての知識=例文の精選と積み上げ•
定義・手続き的記述・システムモデルの記 述と組織の精度を高めること,その分析法参考文献
(配布資料に記載し忘れたもの)
•
Ellis, R. (2002a) Place of GrammarInstruction in L2 Curriculum. In Hinkel & Fotos (eds.). pp. 17-34.
•
Ellis, R. (2002b) Methodological Options in Grammar Teaching Materials. In Hinkel& Fotos (eds.). pp. 155-179.
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今井むつみ・野島久雄(2003)『人が学ぶと いうこと:認知学習論からの視点』北樹出版教育文法の構成原理に
関する理論的考察
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目的:英語教育研究における教育内容構成の 理論を構築することを目指して,文法教育の 内容をどのように記述・構成・提示するのか について原理的な考察を行なうこと•
学習者が受け取る明示的説明の質を分析的に 捉える枠組みの一つとしてEngeström(1994)を採用し,いくつかの文法解説書の知 識の表象され方と組織され方を検討した