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2015年9月23日
秦誠一氏陳述書(甲第 16 号証)の根本問題
秦氏の標記陳述書(別紙「秦氏陳述書」ファイル、参照)に重大、かつ深 刻な虚偽があると疑われる理由は、以下のとおりである。秦氏はこの陳述書で 下記枠内のように、「アーク溶解吸引鋳造法により直径約 15 ㎜の Zr 基バルク金 属ガラスを作製しー」、と自身の実験実績を主な根拠に、陳述書を作成したとし ている。
しかし、この文言の根拠として秦氏が陳述書に添付した論文[日本機械学会 論文集(C編)65巻633号(1999-5),p.345-352]のp.347 3.1 Zr基金属ガラスの 製作と物性値 の箇所には枠内のように、「アーク溶解により準備した母合金を 石英ノズルに入れ、真空中で高周波溶解する。その溶解した母合金を銅鋳型へ 鋳造する」となっている。すなわち「高周波溶解-銅鋳型鋳造法により12㎜の試 料が作製できた」ということであり、明らかに陳述書の「アーク溶解吸引鋳造 法により直径約15㎜のZr基バルク金属ガラスを作製し」との齟齬が確認できる。
なお、この陳述書の矛盾点は、吸引鋳造法とキャプ鋳造法の原理が同じで あるか否か等とは一切、無関係の問題である。
これまでに実績報告があるバルク金属ガラス(BMG)の代表的な作製法は、 下記の2つの溶解法と4つの凝固法を組み合わせた4種類(下記 3)- I)~IV)) である。ただし、「溶解」というプロセスは2種類あることに注意が必要である。 すなわち、①純金属原料等から目的とする組成の母合金を作製するために用い
私も,添付する論文で発表したように,1996年から1997年ごろアーク溶解吸引鋳造法により,直径約 15mmのZr基バルク金属ガラスを作製し,それをサンプルとして金属ガラスの過冷却液体域での精密 成形に関する研究を行いました.
その経験と自らの実験結果から,専門家として以下の2点を陳述いたします.
試験片として用いたZr基金属ガラスのバルク材は,次のように製作した.
1) 所定の組成になるよう秤量した構成元素をアーク溶解により溶解・攪拌して母合金を製作する, 2)次の工程での銅鋳型への注入を容易とするため,この母合金を石英ノズルに入れ,10-2 Pa以下の 真空中にて高周波溶解する.
3) 溶解した母合金を銅鋳型へ鋳造する.銅鋳型の熱伝導度が高いため,母合金は急冷され非晶質の 金属ガラスになり,丸棒状の金属ガラスバルク材が製作される.
製作できるバルク材の最大径はZl75Cu10Al6は6mm, Zr55Cu30Al10Ni5は12mmであった.
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る高周波誘導溶解ならびにアーク溶解と、②バルク試料作製のため、母合金を 液体状態にするために用いる高周波誘導溶解ならびにアーク溶解がある。重要 ポイントなので繰り返すが、通常、「バルク金属ガラスの作製法」という場合は、 母合金を準備するための①の溶解プロセスのことではなく、②の母合金を液体 状態にするための溶解法と鋳型に液体合金を流し込み凝固させる鋳造法のこと である。
1)(母合金の)溶解法
(a)高周波誘導溶解 (b)アーク溶解 2) 凝固法
(A)銅鋳型鋳造, (B)吸引鋳造(差圧鋳造)(C)傾角鋳造、(D)キャッ プ鋳造
3) 主なバルク金属ガラスの作製法
I) 高周波誘導溶解-銅鋳型鋳造法: (a)+(A)(秦氏の筆頭著者論文) II) アーク溶解-吸引鋳造法:(b)+(B)
(95年論文、96年論文、特開平8-199318、特開平8-109419) III) アーク溶解-傾角鋳造法: (b)+(C)
(07年論文、特開2003-290909、機能材料:2009年8月) IV) アーク溶解-キャップ鋳造法:(b)+(D)
(07年論文、特開2009-68101、機能材料:2009年8月)
(a)高周波(誘導加熱)溶解法は交流電源に接続されたコイルの中に金属棒 を挿入すると、金属自身が非接触で自己発熱する。これが誘導加熱である(別 紙1-1、参照)。上記3)-I)の高周波溶解-銅鋳型鋳造法は、石英管中の母合金を高 周波誘導加熱して得られた溶湯を銅製鋳型に注入する方法である(別紙2-1,参 照)。
当初、バルク金属ガラスは液体急冷アモルファスリボンの作製法を参考に していた。液体急冷法は、石英管中の母合金を高周波誘導加熱して溶解し、溶 湯を石英管ノズルから噴出させて高速回転するロールに衝突させ、リボン状の アモルファス試料を得る方法である。溶湯をロールに衝突させずに、石英管ノ ズルから噴出した溶湯をバルク形状の空洞をもつ銅製鋳型に鋳込んで凝固させ るのが、銅鋳型鋳造法である。しかし、石英管中での溶解は、石英管成分の酸 素やシリコンが溶湯中に溶け出して混じり、結晶核の生成を不可避とすること から、バルク金属ガラス作製のための溶解法として、次第にそのような心配の 少ないアーク溶解に切り替えられた。
(b) アーク溶解法は、二つの電極間で放電させることによって形成された高 温のプラズマを熱源とする溶解法である(別紙1-2,参照)。吸引鋳造法は、母 合金の溶解室と鋳造室の圧力差によって生じる吸引力により溶湯を鋳造室にす ばやく引き込む鋳造法である。アーク溶解した溶湯を、吸引力によって鋳造す るのが、II)のアーク溶解-吸引鋳造法である(別紙2-1,参照)。
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以上から明らかなように、上記3)-I)の高周波誘導溶解-銅鋳型鋳造法と3) -II)のアーク溶解-吸引鋳造法は全く異なるバルク金属ガラスの作製法であるこ とが分かる。
井上氏が提訴した名誉毀損裁判で、同氏は、96年論文で、3)-II)のアーク溶 解-吸引鋳造法により、直径3.0㎝、長さ5.0㎝のZr基バルク金属ガラスを作製 したことに日野氏らが疑義を呈したことは名誉毀損に当たると訴えた。吸引鋳 造法で、この結果が再現できていないが、これと鋳造原理が同じと見做せる07 年論文の3)- IV) アーク溶解-キャップ鋳造法によって、96年論文の再現性は確 かめられたと言うのが東北大学対応委員会報告と庄子追加報告書の結論である。
しかし、吸引鋳造法とキャップ鋳造法の原理は違うと、07 年論文の筆頭著 者で、この手法の発明者である横山嘉彦氏が証言しているばかりでなく、庄子 追加報告書で使われている説明図は、両者の鋳造原理を同じに見せかけるよう に改竄されていると同氏が証言している(大村泉「井上明久東北大前総長との 名誉毀損裁判-最高裁は学術の常識に従って判断することを期待する」、日本科 学者会議編『日本の科学者』Vol.40,No10,2015 年 10 月、pp.42-45、最新情報 98,参照)。
他方、秦氏は同陳述書の3 ページ 12 行で「2007 年論文(キャップ鋳造法
-引用者)において、同じ組成での直径 30 ㎜の Zr 基バルク金属ガラスが作製 されている以上、1996 年論文(吸引鋳造法-引用者)と 2007 年論文では、装置 や鋳造法が異なるから、直径 30 ㎜の Zr 基バルク金属ガラスが製作できなかっ たという主張には、論理的矛盾があります」(下線-引用者)、と述べている。 秦氏は、装置や鋳造法が異なっても、再現性は確められたと言えるとの主張で ある。この考え方は、理系分野における再現性に関する常識的な見解とは、か け離れている。
しかし、秦氏の陳述書に関して我々が問題にしているのは、このような再 現性の考え方ではない。秦氏自身がアーク溶解-吸引鋳造法でBMGを作製した と主張する、陳述書の「添付論文」に記された事実は、アーク溶解-吸引鋳造法 によるBMGの作製実績ではなく、これとは原理的に全く異なる高周波溶解-鋳 型鋳造法による作製であったことだ。陳述書で、秦氏はアーク溶解-吸引鋳造法 のアクロバット的ノウハウ等に言及し、この方法によるBMG作製が「確率的」 であることを云々する。しかし秦氏のこの体験的記述は、秦氏の添付論文によ っては何ら裏付けられていない虚偽であった。なお、フォーラムの調査範囲で は、秦氏がアーク溶解-吸引鋳造法でBMGを作製したとの論文は、現状で確認 できていない。
以上要するに、秦氏陳述書の問題の核心は、「高周波溶解-銅鋳型鋳造法に より 12 ㎜の試料が作製できた」を「アーク溶解-吸引鋳造法により直径約 15 ㎜ の Zr 基バルク金属ガラスを作製しー」と偽って、同陳述書を作成したことにあ る。この事実は、秦氏の陳述書の根幹に関わる重大な虚偽記述である。
井上総長の研究不正疑惑の解消を要望する会(フォーラム)