第 12期 プ ロ ・ ナ ト ゥ ー ラ ・ フ 7 ン ド 勣 成 成 果 報 告 書 ( 2003)
川辺川流域三世代自然ふれあい緊急調査
川辺川流域自然ふれあい調査研究会
蓑茂寿太郎1)・秋山寛2に矢渾容子’ に平嶋孝3)・田河和剛3)
An em er genc y s ur v ey on c om i ng i n c ont ac t w i t h nat ur e of t hr ee
gener at i ons i n t he Kaw abe Ri v er
Kawabe Ri v er v al l ey nat ur e c ont ac ti nv es t i gat i on r es ear c h s oc i et y Tos hi t ar o Mi nomo, Hi r os hi Ak i y ama, Youk o Yaz awa, Tak as hi Hi r as hi ma and Kaz uy os hi Tagawa
ダ ム 建 設 問 題 で ゆ れ る 熊 本 県 球 磨 川 水 系 川 辺 川 流 域 に お い て 、 そ の 付 近 住 民 の 「 ふ れ あ い の 実 態 が 時 代 の 変 化 と 共 に ど の よ う に 変 遷 し て き た か 」 を 客 観 的 に 把 握 す る こ と を 意 図 し て 実 施 し た 。 調 査 で は 、 川 辺 川 の 豊 か な 自 然 ・ 人 文 環 境 を 再 認 識 し 、 四 季 を 通 じ た 多 様 多 彩 な ふ れ あ い 、 祖 父 か ら 孫 へ の 魚 取 り 方 法 の 伝 授 、 メ ダ カ の 採 取 な ど 、 豊 か な ふ れ あ い の 実 態 が 確 認 さ れ た 。 し か し そ の 一 方 で 、 時 代 の 変 化 と 共 に 、 川 に 対 す る 自 然 観 が 世 代 や 日 常 の 居 住 環 境 に よ り 異 な り 、 川 と の ふ れ あ い が 激 減 し 、 単 純 化 し 、 安 全 志 向 化 す る こ と で 、 川 と 暮 ら す 、 川 と 遊 ぶ こ と か ら 遠 ざ か り つ つ あ る こ と が 指 摘 さ れ た 。 今 後 、 予 備 調 査 で 結 論 し た ( 仮 称 ) 『 川 辺 川 100の 素 顔 』 編 集 が 、 人 と 川 辺 川 と の ふ れ あ い を 把 握 す る 上 で
極 め て 意 義 あ る も の と 論 じ た よ う に 、 広 く 多 く の 人 々 に 、 川 辺 川 の 魅 力 と 価 値 を 知 ら し め 、 全 国 の 河 川 に お け る 自 然 と の ふ れ あ い 復 活 に 寄 与 す べ く 活 動 を 展 開 し て い き た い と 考 え て い る 。
1.緊急調査の背景 そうした地域に多く存在する二次的自然に心の原 本調査は、ダム建設問題でゆれる熊本県球磨川 風景を抱く国民は決して少なくない。この調査は、 水系川辺川流域において、「人と自然のかかわり」 この二次的自然を含む様々な自然を対象に、その に着目して緊急に実施した調査である。日本人は 付近住民の「ふれあいの実態が時代の変化と共に 古くから自然の恵みと恐怖を同時に理解してき どのように変遷してきたか」を客観的に把握する た。その自然は、原生白然だけでなく、二次的自 ことを意図したものである。
然と呼ばれる施業林、畑地・水田等生産の場とし
ての自然を含むものである。過去四半世紀の急激 2.調査の概要
な都市化は、農村地域を相対的に弱体化させたが、 調査は、河川空間の観察調査と流域住民に対す 1)東京農業大学地域環境科学部
2)(株)タム地域環境研究所 3)(株)大揮環境計画事務所
るヒアリング調査の二通りで進めた。まず、予備 1)自然の中で生きる必須条件は、自然に逆らわ 調査として川辺川の観察調査(2001年8月30、31 ないことである
日)を実施した。本調査であるヒアリング調査は、 アユの収量は例年通りであるが、量が少なけれ 2001年 11月 15日 、 16日 、 お よ び 2002年 7月 28日 の 2
回 に わ た り 実 施 し た 。 地 域 の 住 民 を 対 象 と し て は 、 昭 和 戦 前 期 、 戦 後 30∼ 40年 代 、 平 成 以 降 の 三 つ の 時 期 に 子 供 時 代 を 川 辺 川 流 域 で 過 ご し た 人 を 対 象
に 想 定 し た ( 表 1) 。
表1 調査の概要
項 目 年 月 日 人 数 内 容
予 備 調 査 2001年 8月 30( 木 ) ∼ 31日 ( 金 ) 7名 川 辺 川 & 球 磨 川 関 連 資 料 収 渠 水 辺 利 用 実 態 調 査 本 調 査 1 2001年 11月 15( 木 )
∼ 16日 ( 金 )
7名 川 辺 川 &球 磨 川 水 辺 利 用 実 態 調 登 有 識 者 聞 き 取 り 調 査 本 調 査 2 2002年 7月 28( 日 〉 6名 川 辺 川 三 世 代 自 然 れ あ い ア ン ケ
ー 卜 調 査 。 水 辺 利 用 実 態 調 査
3 . 調 査 の 結 果
( 1 ) 予 備 調 査 一 川 辺 川 流 域 人 の ふ れ あ い 観 察 調 査 調 査 ポ イ ン ト U 箇 所 で 行 っ た 。 そ の 結 果 、
① 豊 か な 瀬 や 濃 緑 の 淵 、 河 畔 林 豊 か な 自 然 環 境 に つ つ ま れ た 川 辺 川 を 再 度 認 識 し た 。
② そ こ で の 活 動 と し て 、 水 遊 び 、 魚 と り 、 釣 り 、 河 原 で の バ ー ペ キ ュ ー 利 用 の 実 態 を 確 認 し た 。
③ ま た 、 河 川 の 風 景 と し て 、 河 原 に 干 さ れ た 漁 網 、 流 れ に 仕 掛 け ら れ た 張 り 網 、 木 船 の 停 留 、 漁 労 小 屋 、 親 水 テ ン ト 、 白 然 の 水 浴 場 が 特 徴 的 で あ っ た 。
④ こ の 予 備 調 査 に よ り ヒ ア リ ン グ 本 調 査 を 如 何 に 進 め る か に つ い て の 予 見 を 得 た 。
⑤ と 同 時 に 、 ヒ ア リ ン グ 調 査 研 究 に 止 ま ら ず 、 ( 仮 称 ) 『 川 辺 川 100の 素 顔 』 編 集 が 、 人 と 川 辺 川 と の ふ れ あ い を 把 握 す る 上 で 極 め て 意 義 あ る も の だ と 結 論 し た 。
(2)本調査1−有識者聞き取り調査
川辺川漁協吉村勝徳氏に、川辺川と人間の暮ら し、川辺川と生き物の関係についてお話をお聞き し、「人と自然との関わりにおいて何が大事か」 を次のように考察した。
ば少ないなりに努力すればよいし、多くいる時に は、必要なだけ捕ればよい。自然の中で生きる必 須条件は、「自然に逆らわない」ことである。 2)川底の自然状態を見れぱアユが生息できるか がわかる
川の特性にもよるが、ダムのある川とない川で はアユの成長が明らかに異なる。ダムのある川で はアユは大きくなれない。なぜなら、ダムは水を 貯め、水が滞留するためアオコが発生し、腐ると その粒子が上流から下流に沈殿しないまま流れ、 ケイ藻に付着する。付着したものが増えてくると ケイ藻の成長が抑えられ、20日程度で根元からは がれてくる。また泥がケイ藻を覆ってしまうため、 アユが食べられなくなる。アユが川底をはぎ、餌 を食べると泥がつかず、川底が磨かれ、魚が多い ほどコケがはえてくる。また、アユが泥を食べる と腸や頭が大きくなる。よい餌を食べると頭は小 さく身体全体が太くなり、脂がのって食べるとう まい。「川底が磨けているか」で水辺の環境が理 解できる。
3)アユに選ばれた川が川辺川であった
50年前は、球磨川でアユが多く、川辺川はその 三分の一程度だった。アユの生息には14∼15度の 冷水帯ではなく20∼22度の温水帯が適している が、川辺川は水温が低いことが原因であった。し かし、球磨川に餌がないことを匂いで察知したア ユが川辺川へと遡上するようになった。
4)アユが多く捕れる唯一の川が川辺川となった アユの放流は、川辺川の河□ から上流まで約40 ヵ所で行っている。土日の約8割が遠方からくる 釣り人であり、現在1年間でのべ人数で約1万人以 上のアユ釣りが全国から訪れる。川辺川しかまと もにアユが釣れなくなった。釣ったアユは氷で締 めて製氷器にかけて持ち帰っている。
5)かつて魚の種類ごとにいた漁師がいなくなった 現在生業が成立するほどアユはいない。かつて
はアユ、ウナギ、ドンコと魚の種類ごとに漁師が
いた。魚の量が減ったのは、川の水量が減ったか らであり、遡れば山が変わったせいである。これ は、林野行政が問題であり、魚道は登りだけで下 りは作られていないことも問題である。
6)川なくしては暮らせないが、川の環境が悪化 することを危惧する
1948年生まれで山田川で育った。ウナギが1匹 50円で当時の小遺いが5円だったが、中学の時に
は魚を売り、母より多くの収入を得ていた。産卵 で川を上るコイを投げ網で200k g抽り、堰を倒し て捕ったこともあった。川の中にアユとウナギが 一番多くいた。
川は自分の一部だから、川なくしては暮らせな い。川が悪くなることが見える。川がかわいそう でなさけなくなる。どうやって良くすればよいの かがわからない。
7)川を遠ざけることが川との暮らしをなくし、 ダムの建設を許してしまった
かつて、川は「青々としてきれい」というより、
「透明」だった。川で遊ぶのは一部の子供だけと なった。「川が危ない」と川を遠ざけるから川が 危なくなった。川遊びは教えるものではない。川 と暮らす生活がなくなり、川を遠ざけたからダム の建設を許してしまった。
( 3 ) 本 調 査 2 一 三 世 代 自 然 ふ れ あ い 調 査 I ) 調 査 の 概 要
当 初 、 小 学 校 児 童 を 対 象 と し て の 調 査 を 予 定 し た が 、 こ れ が 不 可 能 と な っ た た め 、 子 供 会 行 事 で 公 民 館 に 来 訪 し た 地 域 の 子 供 ( 主 に 小 学 生 ) 、 そ の 父 母 ( 30∼ 40才 代 ) 、 及 び 祖 父 母 ( 70才 代 ) 、 さ ら に 、 カ ヌ ー 来 遊 者 ( 30∼ 40才 代 ) 、 田 代 橋 下 で
9. 4% で 、 そ の 理 由 は 、 「 水 が こ わ い 」 「 川 が こ わ い 」
「 汚 れ て い る か ら 」 と い う 理 由 で あ る 。
お よ そ 1割 の 地 元 児 童 に 水 へ の 嫌 悪 が 見 ら れ る 。 問 2 川 や 池 な ど の 水 辺 が 好 き な 理 由
相 良 村 父 母 は 、 「 魚 な ど 生 き 物 が た く さ ん い る か ら 」 「 自 然 が た く さ ん あ る か ら 」 が 61. 1% 、 「 美 し い 凰 景 が 好 き だ か ら 」 が 44. 4% 、 「 魚 と り が で き る か ら 」 「 泳 ぐ こ と が で き る か ら 」 が 38. 9% と 全 て の 項 目 に つ い て 均 等 に 好 き な 理 由 を あ げ て い る 。 祖 父 母 は 、 「 魚 と り 」 「 泳 ぐ 」 で あ る 。 一 方 、 そ の 児 童 は 、 「 泳 ぐ こ と が で き る か ら 」 が 59. 4% 、 「 魚 と り が で き る か ら 」 が 18. 8% 、 「 魚 な ど の 生 き 物 が た く さ ん い る か ら 」 「 自 然 が た く さ ん あ る か ら 」 が 9. 4% と 、 「 泳 ぐ こ と 」 が 突 出 し 、 つ い で 「 魚 と り 」 が 続 く 。 魚 と り も 好 き な 理 由 だ が 、 ど ち ら か と い う と 「 泳 ぐ こ と 」 が 一 番 好 き な 理 由 と な っ て い る 。
川 辺 川 利 用 者 は 、 「 自 然 が た く さ ん あ る か ら 」 が 50% で 、 あ と は 全 て 25% で あ る 。
カ ヌ ー 利 用 者 は 、 「 白 然 が た く さ ん あ る か ら 」
「 美 し い 風 景 が す き だ か ら 」 が 80% 、 そ の 他 の 理 由 は 「 カ ヌ ー が で き る か ら 」 で あ る 。
川 や 池 な ど の 水 辺 な ど の 自 然 観 に 、 属 性 に よ っ て や や 違 い が 見 ら れ る 。 父 母 や 祖 父 母 は 、 「 生 き 物 」 「 魚 と り 」 「 泳 ぐ 」 こ と が 他 の 属 性 よ り 高 く 、 児 童 は 、 「 泳 ぐ 」 こ と が 突 出 し て 高 い 。 川 辺 川 利 用 者 、 カ ヌ ー 利 用 者 は 、 「 自 然 」 「 美 し い 風 景 」 が 高 く な っ て い る 。
問 3 川 や 池 な ど の 水 辺 に ( 子 供 の 頃 ) ど の く ら い 行 く か
「 ほ ぼ 毎 日 」 行 く と 答 え た の は 、 祖 父 母 は
の来遊者(30∼40代の大人及びその子供)を被験 表2 者に、調査表への聞き取り記入法により実施し、 以下の成果を得た(表2)。
2)三世代自然ふれあい調査結果概要 問1 川や池などの水辺が好きであるか
相良村父母、祖父母、カヌー利用者、川辺川利 用者は100%が「好き」である。相良村児童は 90. 6%が好きと答えているものの、「きらい」も
三世代自然ふれあい調査概要
N 0 .
調 査 対 象 者 調 査 場 所 人 数 属 性 他
1
相 良 村 児 童 公 民 館 32 夏 休 み 子 供 会 行 事 で 公 民 館 に 来 訪 。 児 童 は 小 学 生 。 父 母 は 30 40代 。 2
相 良 村 父 母 公 民 館 18
3
相 良 村 祖 父 母 公 民 館 1 孫 を 迎 え に 公 民 館 に 来 訪 。 70代 。 4
カ ヌ ー 利 用 者 公 民 館 5
公 民 館 を 駐 車 場 と し て 利 用 。 鹿 児 島 県 や 近 隣 市 町 村 か ら 来 訪 。 30 40代 。 5
川 辺 川 利 用 者 大 人 田 代 僑 下 8 水 遊 び を 行 う た め に 近 隣 市 町 村 や 里 帰 り で 来 訪 。 30∼ 40代 。 6 川 辺 川 利 用 者 児 童 田 代 橋 下 2
合 計 66
100% 、 父 母 が 66. 7% 、 児 童 は 15. 6% で あ る 。 児 童 が 多 い の は 、 「 月 数 回 」 が 31. 3% 、 「 週 数 回 」 が 37. 5% で あ る 。 父 母 は 、 「 週 数 回 」 が 22. 2% で 、
「 ほ ぼ 毎 日 」 と 合 わ せ る と 88. 9% と な る 。 こ れ は 、 問 7 で わ か る よ う に 夏 を 中 心 に 限 っ て で あ る 。 祖 父 母 や 父 母 の 代 と 現 代 の 児 童 た ち を 比 較 す る と 、 今 の 子 供 た ち は 水 辺 に 行 く 回 数 が 激 滅 し て い る 。 そ れ で も 週 数 回 約 4割 が 水 辺 に 行 き 、 月 数 回 と 合 わ せ る と 約 7割 が 水 辺 に 行 く と い う の は 、 全 国 的 な 水 辺 離 れ が 進 む 中 で は 多 い 方 と い え る だ ろ う 。 川 辺 川 利 用 者 50% 、 カ ヌ ー 利 用 者 20% で あ る 。 カ ヌ ー 利 用 者 は 、 「 年 数 回 」 が 40% と 一 番 多 い 。 こ れ は 、 今 の 利 用 に つ い て 聞 い た も の で あ る 。 問 4 水 辺 に 誰 と 一 緒 に 行 く こ と が 多 い か
父 母 は 「 友 人 」 が 88. 9% 、 「 兄 弟 」 16. 7% 、 「 両 親 」 は 5. 5% で あ る の に 対 し て 、 児 童 は 「 両 親 」 が 68. 8% 、 「 友 人 」 が 43. 8% 、 「 兄 弟 」 が 21. 9% の 順 で あ る 。 祖 父 母 は 友 人 と で あ る 。 川 辺 川 利 用 者 は 父 母 と 同 様 に 、 「 友 人 」 62. 5% 、 「 兄 弟 」 37. 5% 、 「 両 親 」 12. 5% の 順 で あ る 。 カ ヌ ー 利 用 者 は 「 友 人 」
と で あ り 、 こ れ は 今 の 利 用 に つ い て で あ る 。 祖 父 母 や 父 母 の 代 と 児 童 た ち と 比 較 す る と 、 か つ て は 「 友 人 」 と 行 っ た 水 辺 に 、 現 代 は 両 親 の 保 護 の も と に 行 か な く て は な ら な い 。 「 子 供 だ け で は 行 っ て は い け な い 。 家 の 人 が つ い て い か な け れ ば な ら な い 」 と い う 実 態 が 浮 き 彫 り に な っ た 。 問 5 遊 ん だ り ふ れ あ っ た り し て い る 水 辺 の 名 前 は な に か
児 童 は 「 川 辺 川 」 が 50% で 、 具 体 的 な 名 称 と し て は 権 現 橋 、 相 良 橋 、 柳 瀬 橋 、 観 音 橋 の 下 で あ る 。 柳 瀬 橋 に は 水 泳 場 が 作 ら れ 、 権 現 橋 で は 橋 か ら 飛 び 込 む 児 童 も い る が 注 意 さ れ て い る と の こ と で あ っ た 。
父 母 は 川 辺 川 が 44. 4% と 多 い が 、 つ い で 球 磨 川 が 38. 9% で あ る 。
川 辺 川 利 用 者 は 、 球 磨 川 、 川 辺 川 、 前 川 な ど い ろ い ろ で あ っ た 。
カ ヌ ー 利 用 者 は 、 球 磨 川 、 川 辺 川 、 鹿 児 島 県 の 川 内 川 ・ イ ザ コ 川 、 宮 崎 県 の 綾 川 と 広 範 囲 に わ た っ て い る 。 中 で も 、 川 辺 川 の 巡 り 観 音 か ら 下 る と
き れ い な 流 れ で カ ヌ ー に 適 し て い る と の こ と で あ っ た 。
問 6 そ こ は ど ん な 場 所 か ? 水 深 、 流 れ 、 水 底 。 水 の 状 態 、 ど こ か ら 近 づ く か
遊 ん だ り ふ れ あ っ た り し て い る 水 辺 の 様 子 は 、
「 水 深 」 に つ い て は 、 児 童 や 親 ・ 祖 父 母 は 「 深 く 」 、 川 辺 川 利 用 者 は 「 浅 く 」 、 カ ヌ ー 利 用 者 は 「 普 通 」 と 感 じ て い る 。
「 流 れ 」 は 、 祖 父 母 ・ 父 母 、 児 童 は 「 普 通 」
「 早 い 」 、 川 辺 川 利 用 者 は 「 お そ い 」 、 カ ヌ ー 利 用 者 は 「 普 通 」 と 感 じ て い る 。
「 水 底 」 は 、 祖 父 母 ・ 父 母 、 児 童 、 川 辺 川 利 用 者 、 カ ヌ ー 利 用 者 仝 て 「 石 」 が 多 い 。 「 水 」 に つ い て は 、 「 き れ い 」 と 感 じ て い る の は 、 父 母 が 83. 3% 、 児 童 が 56. 3% 、 川 辺 川 利 用 者 は 75% 、 カ ヌ ー 利 用 者 は 60% で あ る 。
父 母 か ら 「 今 よ り 子 供 の 頃 の 方 が 川 の 水 が き れ い で 魚 が い っ ぱ い い た 」 「 今 は 護 岸 が 整 備 さ れ 、 景 観 は 悪 い が 、 子 供 の 遊 び 場 と し て は 安 全 な の で 護 岸 整 備 し た 方 が よ い と 思 う 」 と い う 意 見 も あ っ た 。 カ ヌ ー 利 用 者 か ら 「 こ こ 5年 き れ い で な く な り 、
昔 は き れ い だ っ た が 今 は き た な い 」 と い っ た 意 見 が あ っ た 。
そ の 場 所 に 行 く に は 、 「 河 原 」 か ら 行 く の が ど の 属 性 も 多 い 。
川 辺 川 利 用 者 か ら は 「 畔 を 通 っ て 、 農 道 か ら 堤 に 降 り て い く と 大 き な 飛 び 込 み 岩 が あ っ て 、 橋 下 で よ く 遊 ん で い た 」 。
児 童 か ら は 、 「 石 が ご ろ ご ろ し た 坂 道 か ら す ぐ 川 に 」 「 岩 み た い な と こ ろ へ 降 り て い く 」 「 魚 が い っ ぱ い い る 」 。
問 7 季 節 ご と 水 辺 で ど の よ う に 楽 し ん だ か 父 母 は 、 春 は つ り 、 虫 取 り 、 花 摘 み 、 木 登 り 、
魚 取 り 、 放 流 、 メ ダ カ を み る 。 夏 は 水 泳 が 83. 3% と 最 多 で あ る 。 つ い で 魚 つ り が 22. 2% 、 魚 取 り が 16. 9% 、 砂 遊 び 、 水 の 掛 け 合 い 、 石 積 み 、 虫 取 り
( ヤ マ ク ワ ガ タ な ど ) 。 秋 は 魚 釣 り が 16. 9% 、 メ ダ カ と り 、 木 登 り 、 ド ン グ リ 拾 い 、 水 遊 び 。 冬 は 魚 取 り が 16. 9% 、 魚 釣 り 、 水 の 冷 た さ を 触 っ て 遊 ぶ な ど 、 四 季 を 通 じ 楽 し ん で い る 。
児 童 は 、 春 は 魚 釣 り 、 水 遊 び 、 生 き 物 を 見 つ け る 。 夏 は 水 泳 が 68. 8% 、 橋 の 上 か ら 飛 び 込 む 、 魚 釣 り 、 魚 を さ す 、 メ ダ カ 取 り 、 水 切 り ( 石 投 げ ) 、 虫 取 り 、 石 に 印 を つ け て 宝 探 し 。 秋 は 魚 釣 り 。 川 の 中 に プ ー ル 場 を つ く り 、 ロ ー プ を 張 っ て そ の 外
は 泳 げ な い よ う に し て い る 。
川 辺 川 利 用 者 は 、 春 は ホ タ ル 、 草 花 を と る 。 夏 は 泳 ぐ が 62. 5% 、 魚 釣 り 、 モ リ で つ く 、 魚 つ か み 、 飛 び 込 み 、 川 を 横 断 、 ス イ カ を 冷 や す 、 虫 取 り 、
観 察 。 秋 は 虫 取 り 。 冬 は 川 を 眺 め る 。
カ ヌ ー 利 用 者 は 、 四 季 を 通 じ 、 カ ヌ ー 、 泳 ぐ 、 キ ャ ン プ 、 魚 釣 り で あ る 。
以 上 よ り 、 四 季 別 に は 夏 が 最 も 利 用 さ れ て い る 。 特 に 水 泳 が 父 母 、 児 童 、 川 辺 川 利 用 者 の 順 に 多 く 利 用 さ れ て い る 。 同 じ 水 泳 で も 、 現 在 は 川 の 中 に ロ ー プ を 張 っ て 、 プ ー ル 場 を つ く っ て 親 の 監 視 の も と で 行 っ て い る 例 が 見 ら れ る 。
属 性 別 に み る と 、 父 母 は 年 間 を 通 じ 多 様 な 遊 び を 行 っ て い る が 、 子 供 の 代 に な る と 夏 が 中 心 で 春 秋 は 魚 釣 り を 行 う 程 度 で 冬 は 皆 無 と な る 。 一 方 カ ヌ ー 利 用 者 は 年 間 を 通 じ て 利 用 し て い る 。 全 体 的 に 見 て 、 川 の 利 用 の 方 法 が カ ヌ ー や 釣 り を 除 く と 夏 限 定 で 、 道 び の 方 法 も 安 全 志 向 に な っ て い る 。
問 8 水 辺 で ど の よ う な 道 具 や モ ノ を 使 っ た か 祖 父 は 「 も り 」 、 父 母 は 「 釣 り ざ お 」 77. 8% 、
「 あ み 」 44. 4% 、 「 も り 」 33. 3% 。 児 童 は 、 「 釣 り ざ お 」 「 あ み 」 が 15. 6% 、 そ の 他 に 水 中 め が ね 、 浮 き 輪 、 シ ュ ノ ー ケ ル 、 虫 取 り あ み な ど で あ る 。 カ ヌ
ー 利 用 者 は 「 釣 り ざ お 」 が 80% で あ る 。 も り は 「 イ ザ リ 」 と い っ て 、 l mく ら い の 木 に 三 つ 又 の 鉄 か ぎ を つ け 、 手 元 は ゴ ム と な っ て い る 手 作 り の も の で あ る 。 児 童 の 一 人 は 、 小 学 三 年 生
よ り 80歳 の 祖 父 か ら イ ザ リ を 教 わ り 、 お も し ろ く 、 潜 っ て ア ユ を 刺 し て 取 っ て い る と い う 。
子 供 の 代 に な る と 「 も り 」 が ほ と ん ど 使 わ れ な く な る が 、 ま だ 祖 父 か ら 孫 へ 魚 取 り の 方 法 が 伝 授 さ れ て い る 例 も 見 ら れ た 。
問 9 水 辺 で 何 を と っ た か
魚 は 、 祖 父 母 は ア ユ 、 ハ エ 、 イ ダ 。 父 母 は ア ユ
が38. 9%、イダ・コイが22. 2%、ヤマメ22. 2%、ハ エが16. 7%、ウナギが11. 1%、フナ、メダカ、ナ マズである。児童はメダカが25%、アユが15. 6%、
ヤマメが12. 5%、イダ、コイ、アサジ、ウナギ、 オイカワ、ドジョウ、ドグラである。川辺川利用 者はハヤ、アユ、ヤマメ、イワナ、ハエ、イダ、 フナ、コイ、ウナギ。カヌー利用者は、ハヤ、ハ エである。
貝は、父母はシジミ、ビナ、タニシ。児童は、 タニシが21. 8%と多く、シジミ、ビナである。 昆虫は、父母はカブトムシ、クワガタ、ゲンゴ ロウ、ヤゴ、クロカワムシ、カワムシ、トンボ、 チョウ、バッタ、ヒラタカゲロウ。児童はカブト ムシ、クワガタ、カワムシ、トンボ、チョウ、ハ エ、ヘビトンボ、ヒラタドロムシである。 植物は、父母はエビモ、カナダモ。児童は雑草 である。川辺川利用者はツユクサ。その他、父母 はカエル、マムシ、児童はカニ、カヌー利用者は エビ、カニである。
魚の取る量も種類も父母の代と比べ現代の子供 たちは減っている。中に、「魚とりをしてはいけ ない」と言われている児童がいたが、親から魚と りなどの水辺での遊びを禁止されつつあることも 一因であると考えられる。
種類も、祖父母・父母はアユを最も多くとって いたが、子供の代になるとアユよりメダカが多く なっている。しかし、児童がアユを取れる川とい うのは、全国的に見てもそう多くはないだろうと 思われる。
問10 とったものはどうしたか
父母は「放した」「その場で焼いて食べた」が 44. 4%、「うちで食べた」「うちで飼った」が 33. 3%である。児童は「放した」が46. 9%と最も 多く、次いで「うちで飼った」が25%、「うちで
食べた」「その場で焼いて食べた」の順であった。 祖父母や父母の代では、「川辺でさばき、塩を
つけて焼いて食べた。」が、子供の代になると、
「放した」が主流となっている。
問11 水辺で恐い目にあったことがあったか 父母の55. 6%、児童の37. 5%、川辺川利用者の
25% が 「 お ぽ れ そ う に な っ た 」 経 験 を 持 っ て い る 。 児 童 に 、 「 深 く な っ て 、 お 父 さ ん が 笑 っ て 一 時 し て 助 け て く れ た 」 「 お ぽ れ そ う に な り お 兄 ち ゃ ん に 助 け ら れ 、 ( そ れ が 原 因 で ) 水 が あ ま り 好 き に な れ な い 」 「 水 に 入 っ て 頭 が 痛 く な り 水 に 入 れ な く な っ た 」 「 流 さ れ そ う に な っ た 」 な ど 水 へ の 恐 怖 を 語 る 例 が 多 く 見 ら れ た 。
川 辺 川 利 用 者 か ら も 「 同 じ 小 学 生 が 川 で な く な っ た 」 「 蛇 篭 で 足 や 手 を 切 っ た が 、 習 慣 的 に 遊 ぶ 中 で 気 を つ け る よ う に な る 」 「 も り で 目 を 突 か れ た 同 級 生 も い た 」 「 足 を 切 っ た り 怪 我 を し た 」 。 カ ヌ ー 利 用 者 は 、 「 流 れ に は ま っ た 」 「 増 水 で 流 さ れ そ う に な っ た 」 。
次 い で 、 父 母 の 38. 9% 、 児 童 の 15. 6% が 「 ヘ ビ や ハ チ に あ っ た り さ さ れ た り し た こ と が あ る 」 経 験 を も っ て い る 。 そ の 他 に も 、 父 母 は 「 サ ル に か ま れ た 」 「 危 な い セ メ ン ト の 固 ま り や 太 り 針 金 を 見 た 」 経 験 が あ る 。
こ の よ う な 経 験 が 川 で 泳 げ る き っ か け と な り 、 川 で 何 に 気 を つ け れ ば よ い か を 習 得 す る 貴 重 な 体 験 と な っ て い る 。 し か し 反 対 に 、 児 童 の 中 に は 川 で お ぼ れ た 経 験 が 川 へ の 恐 怖 心 を 植 え 付 け 、 川 か ら 遠 ざ か る 原 因 と な っ て い る 例 も 見 ら れ た 。 問 12 水 辺 で し か ら れ た こ と が あ っ た か
「 遊 泳 禁 止 区 域 で 泳 い だ と き 」 は 父 母 の 22. 2% 、 児 童 の 12. 3% 、 「 大 人 か ら 禁 止 さ れ て い る の に 水 辺 に 遊 ん だ と き 」 は 父 母 の 16. 7% 、 児 童 の 6. 3% が し か ら れ た 経 験 を 持 っ て い る 。 そ の 他 に は 、 川 辺 川 利 用 者 か ら は 、 「 投 網 、 も り 、 電 気 ( バ ッ テ リ ー ) は や め る よ う 言 わ れ た 」 「 ケ ラ ン と い う 毒 性 の あ る 櫨 物 を も ん で 流 す と 魚 が 浮 く が や め る よ う 言 わ れ た 」 「 深 い と こ ろ に 行 っ て 怒 ら れ た 」 「 ゴ ミ を 捨 て る な 」 「 も り を も っ て い た か ら 」 と い っ た 理 由 で し か ら れ た 経 験 を 持 っ て い る 。
児 童 は 、 「 あ ま り 飛 び 込 む な ( 橋 の 上 か ら ) 」
「 遠 く の 方 へ 行 く な 」 「 深 い と こ ろ に 行 く な 」 「 魚 は 取 っ て は い け な い 」 「 休 憩 し な さ い 」 「 子 供 だ け で 川 へ 行 っ て は い け な い 」 と い っ た 理 由 で し か ら れ た 経 験 を 持 っ て い る 。
カ ヌ ー 利 用 者 は 、 「 カ ヌ ー な の で 釣 り 人 に 怒 ら
れ た 」 経 験 を 持 っ て い る 。
今 の 子 供 の 方 が し か ら れ る 割 合 は 減 っ て い る が 、 し か ら れ る 理 由 は 今 も 昔 も 共 通 し て い る 。 し か し 現 代 は 、 子 供 だ け で 川 に 行 く こ と が 禁 止 さ れ 、 父 母 の 代 で は 様 々 な 違 法 な 魚 の 取 り 方 に 工 夫 し て 怒 ら れ て い た が 、 今 の 子 供 に は 見 ら れ な く な っ て い る 。
問 13 ど ん な 水 辺 を 望 ん で い る か
児 童 は 、 「 ア ユ な ど の 生 き 物 が 豊 か に 生 き ら れ る 水 辺 」 「 美 し い 自 然 が い つ ま で も 残 っ て い る 水 辺 」 が 46. 9% 、 「 泳 い だ り 魚 を と っ た り で き る 水 辺 」 が 40. 6% 、 「 カ ヌ ー や ボ ー ト が 楽 し め る 水 辺 」 が 21. 8% で あ る 。
父 母 は 「 泳 い だ り 魚 を と っ た り で き る 水 辺 」 77. 8% 、 「 子 供 た ち に 後 世 ま で 残 せ る 水 辺 」 が
・ 72. 2% 、 「 美 し い 自 然 が い つ ま で も 残 っ て い る 水 辺 」 が 66. 7% 、 「 ア ユ な ど の 生 き 物 が 豊 か に 生 き ら れ る 水 辺 」 55. 6% 、 「 カ ヌ ー や ボ ー ト が 楽 し め る 水 辺 J が 50. 0% の 順 と な っ て い る 。
川 辺 川 利 用 者 、 カ ヌ ー 利 用 者 も 5項 目 同 じ 程 度 の 割 合 で 望 ん で い る 。
そ の 他 の 意 見 に 、 父 母 は 、 「 川 は 水 が 冷 た い の で よ い 」 「 権 現 橋 の 下 で ペ ッ ト ボ ト ル を つ な い で プ ー ル を つ く り 親 が 当 番 で 監 視 し て 遊 ば せ て い る 」 と い っ た 利 用 に つ い て の 意 見 や 、 「 堤 防 の 河 原 い っ ぱ い に 車 が 止 ま る 」 「 堤 防 の 所 で 子 供 を 泳 が せ て い る と 上 流 で 犬 を 平 気 で 洗 っ て い る 」 「 外 か ら く る キ ャ ン パ ー が 増 え て き て 、 地 元 の 子 供 が 遠 慮 し な い と い け な く な っ て い る 」 と い っ た 利 用 者 の マ ナ ー に 対 す る 苦 情 の 意 見 が あ っ た 。 川 辺 川 利 用 者 は 、 「 ダ ム 建 設 に つ い て は 、 反 対 だ 。 ダ ム が で き た ら 、 球 磨 川 の よ う に 色 が 変 わ っ て し ま う 。 球 磨 川 は ダ ム が で き て 被 害 が あ っ た 。 日 本 の 自 然 を 大 切 に 守 っ て ほ し い 。 安 心 し て 川 で 子 供 を 道 ば せ た い 。 『 川 は 泳 げ る と こ ろ 、 川 の 水 の 冷 た さ 』 を 教 え た く て 、 毎 年 神 奈 川 県 川 崎 市 か ら 父 親 の 実 家 の あ る 川 辺 川 へ 2人 の 子 供 た ち を 連 れ て 帰 っ て い る 。 」 と い っ た 昔 の ま ま に 泳 げ る 希 少 価 値 と な っ た 川 辺 川 の 魅 力 を 子 ど も た ち に 伝 え 残 す た め に ダ ム 建 設 を 反 対 す る 意 見 も あ っ た 。
また、子供会事業として、夏に1回川辺川へ来 るグループは、「地元の岡原村には川がないため、 普段川遊びは禁止されており、親の目が届く子供 会事業として親の監視のもと川遊びを行ってい る」という。
カヌー利用者は、「コンクリートとダムをなく して欲しい。ダムがない方がよい。市房ダムと比 べると川辺川にダムができることはよくない。」 といった意見であった。
3)三世代自然ふれあい調査のまとめ
①祖父母、父厚、近辺から訪れた人、カヌー来 遊者の100%は水辺が好きであると答えてい る。その一方で、この地域では約1割の子供 が水への恐怖心を感じている。
②川に対する自然観が世代や日常の居住環境に より異なり、地域の父母や祖父母は「魚とり の場」としての見方が強く、子供は「泳ぎの 場」が突出し、近辺からやカヌー来遊者では 「美しい風景」が高い。
③祖父母や父母の子供時代と現代を比較して、 今の子供は水辺に行く回数が激減している。 しかし約4割が週数回、月数回を合わせると7 割が水辺に行く実態は、全国的な水辺離れが 進む中で特異な実態である。
④祖父母や父母の代では「友人」と行っていた のに対し、現代は両親の保護のもとに行って いる実態が浮き彫りになった。
⑤父母の代からは「子供の頃の方が、川の水が きれいで魚がいっぱいいた」の回答が多い。 ⑥川辺川における春夏秋冬、多様多彩なふれあ い実態も明らかになった。父母は年間を通じ
さ れ て い た が 、 現 代 は 「 も り 」 は ほ と ん ど 利 用 さ れ ず 、 「 釣 り ざ お 、 あ み 」 も わ ず か な 利 用 と な っ て い る 。 し か し こ の 地 域 で は 、 現 在 で も 祖 父 か ら 孫 へ 魚 取 り の 方 法 が 伝 授 さ れ て い る 例 が あ っ た 。
⑧ 採 取 し た 魚 種 は 、 か つ て は ア ユ が 最 も 多 く 、 現 在 は メ ダ カ で あ る 。
⑨ 採 取 し た 魚 は 、 か つ て は そ の 場 で さ ば き 焼 い て 食 べ た が 、 現 在 は 放 す の が 主 流 と な っ て い る 。
⑩ 祖 父 母 や 父 母 の 水 辺 で の 怖 い 体 験 が 泳 げ る き っ か け と な り 、 危 険 か ら 身 を 守 る 術 を 習 得 す る 体 験 と な っ て い る 。 し か し 、 父 母 よ り も 怖 い 体 験 が 少 な く な っ て い る 児 童 の 中 に は 、 川 で お ぼ れ た 経 験 が 川 へ の 恐 怖 心 を 桂 え 付 け 、 川 か ら 遠 ざ か る 原 因 と な っ て い る 例 も 見 ら れ た 。
⑩ 水 辺 で し か ら れ る 理 由 は 今 も 昔 も 共 通 し て い る が 、 そ の 割 合 は 父 母 の 方 が 多 く 、 現 在 で は 子 供 だ け で 川 に 行 く こ と が 禁 止 さ れ 、 父 母 は 魚 の 取 り 方 に 違 法 な 方 法 で 工 夫 し て 怒 ら れ て い た が 、 今 の 子 供 に は 全 く 見 ら れ な く な っ た 。
⑩ 父 母 、 児 童 、 近 辺 か ら や カ ヌ ー 来 遊 者 も 、 「 ア ユ な ど の 生 き 物 が 豊 か に 生 き ら れ る 水 辺 、 泳 い だ り 魚 を と っ た り で き る 水 辺 、 美 し い 自 然 が い つ ま で も 残 っ て い る 水 辺 、 子 ど も た ち に 後 世 ま で 残 せ る 水 辺 、 カ ヌ ー や ボ ー ト が 楽 し め る 水 辺 」 を 望 ん で い る 。 さ ら に 、 透 明 度 の 高 い 水 辺 で 泳 げ 、 カ ヌ ー が で き る 川 辺 川 を 希 少 価 値 と 捉 え 、 後 世 ま で 伝 え る た め に ダ ム 建 設 を 反 対 す る 意 見 も 見 ら れ た 。
て多様多彩な遊びを行っていたが、子供の代 (4)調査のまとめ
になると夏の水遊びが中心で春秋は魚釣り程 以上の川辺川流域人のふれあい観察調査、有識 度、冬に至っては皆無となる。現代の川の利 者聞き取り調査、三世代自然ふれあい調査などの 用がカヌーや釣りを除くと夏限定で、川の中 結果から次のような考察を得ることができた。 にロープやペットボトルでつないでプールを 1)アユも人も選んだ豊かな自然・人文環境に包 作るといった、安全志向の遊びの方法となっ
ている。
⑦水辺で使う道具についても、祖父や父母の代 では、「もり、釣りざお、あみ」がよく利用
まれた川辺川
アユが適する水温から見ると川辺川よりも球磨 川の方が適しているにも関わらず、約50年前は球 磨川に多く生息していたアユが今では川辺川へと
遡上するようになったという。球磨川にダムが建 設されることによって水が滞留し、アオコが発生 し、腐った粒子が下流に流れケイ藻に付着し、そ の生長を抑え根元からはがしてしまう。また泥が ケイ藻を覆ってしまう。そのためアユにとって十 分なエサであるケイ藻が供給されなくなり、その ことをアユは匂いで察知し、球磨川ではなく川辺 川を選択して遡上し始めたのである。
さらに、川辺川にはアユだけでなくアユを求め て全国から年間約1万人もの釣り師が集まるよう になった。アユが納得のいくように捕れる川が全 国的にも少なくなっているからである。
川辺川のあちこちに見られる河原に干された漁 網、流れに仕掛けられた張り網、木舟の停留、漁 労小屋などは昔ながらのアユと人が織りなす営み の風景である。それは、豊かな自然・人文環境を 示す河川の風景であり、川辺川がアユも人も引き 寄せる河川であるということは、豊かな自然・人 文環境を未だ保持している唯一無二の河川である 証なのである。
2)川とのふれあいが息づく川辺川
川辺川はアユ釣りだけでなく、多くの地元や近 辺からの子供や家族によって水辺遊びの場、魚と りの場、バーベキューの場として利用されている 河川でもある。全国の河川で見られなくなった大 きな岩や橋の上から飛び込む風景を今なお見るこ とができる河川の一つでもある。
また近年カヌー来遊者も増え、地元の子供たち がカヌー講習会を受け、小学校の授業で「川辺川 探検」を行う時代ともなっている。
地元の父母や児童、近辺からやカヌー来道者全 てが「アユなどの生き物が豊かに生きられ、泳い だり魚をとったりでき、美しい自然がいつまでも 残っている、子どもたちに後世まで残せる、カヌ ーやボートが楽しめる水辺」を望み、透明度の高 い水辺で泳げることやカヌーができる川辺川を希 少価値と捉え、それを後世まで伝えるためにはダ ム建設を反対する意見も見られた。
川辺川は、現在もこれからも豊かな川とのふれ あいが息づき、求められている河川であるといえ
よう。
3)川とのふれあいは激減、単純化、安全志向化 している
夏になるとほぼ毎日川に行った祖父母や父母の 子供時代と比較すると、地元の子供達が水辺に行 く回数が激減している。それでも、週数回約4割 が水辺に行き、月数回と合わせると約7割が水辺 に行くというのは、全国的な水辺離れが進む中で は多い方といえるだろう。
しかし、祖父母や父母が年間を通じ水辺には主 に友人と行ったことに対して、現代の子供達は夏 の水遊びを中心に両親の保護のもと、川の中にロ 一プやペットボトルでつないだプールを作り、そ の中で親の監視の元泳ぐといった安仝志向の遊び の形態に変化している。
さらに水辺で使う道具が、祖父や父母の代では
「もり、釣りざお、あみ」がよく利用されていた のに対し、現代は「もり」はほとんど利用されず、
「釣りざお、あみ」もわずかな利用となっている。 これは、川に対する自然観が祖父母や父母は「魚 とりの場」としての見方が強く、子供は「泳ぎの 場」が突出していることからも裏付けられる。 また、採取した魚種もアユからメダカヘと変化
し、かつては捕ったアユはその場で焼いて食べた が、現在は放すのが主流となっている。
水辺でしかられる理由も、現代の子供達は子供 だけで川に行くことが禁止され、父母は魚の取り 方に違法な方法で工夫して怒られていたが、今の 子供では全く見られなくなっている。
これらのことからも、現代の水辺遊びが親がか りで単純化、安全志向化しているといえよう。 4)「川が危ない」と川と暮らす、川と遊ぶことを 遠ざけるようになった
祖父母、父母、近辺から訪れた人、カヌー来遊 者全てが水辺を好きであると答えているのに対 し、この地域の約1割の子供が水への恐怖心を感 じている。祖父母や父母は水辺での怖い体験が泳 げるきっかけとなり、危険から身を守る術を習得 する体験となっているのに対し、現代の子供達は 父母よりも怖い体験が少なくなっており、川でお
ぼれた経験が川への恐怖心を植え付け、川から遠 ざかる原因となっている。川遊びは教えるもので
はなく、自ら学び取るものなのである。
かつてはアユ、ウナギ、ドンコと魚の種類ごと に漁師がおり、川の水がきれいでアユやウナギが 一香多くいて、子供でも魚を捕って小遣い稼ぎが できた時代であった。川は人間の一部であり、川 なくしては暮らせない、自然に逆らわない生活が あった。
しかし川の水量が滅り、川がよごれ、魚が少な くなり、「川が危ない」と川を遠ざける時代とな ったことが、川とのふれあいを滅少させ、川と暮 らす生活をなくし、ダム建設を許してしまった一 因であるといえよう。
以 上 川 辺 川 流 域 を 中 心 に 、 水 辺 と の ふ れ あ い の 実 態 が 時 代 の 変 化 と 共 に ど の よ う に 変 遷 し て き た か を 客 観 的 に 把 握 し た 。 豊 か な 自 然 ・ 人 文 環 境 を 保 持 し 、 自 然 と の ふ れ あ い が 息 づ く 川 辺 川 で 、 時 代 の 変 化 と 共 に 川 と の ふ れ あ い が 激 減 し 、 単 純 化 し 、 安 全 志 向 化 す る こ と で 、 川 と 暮 ら す 、 川 と 遊 ぶ こ と か ら 遠 ざ か り つ つ あ る こ と が 指 摘 さ れ た 。 今 後 、 予 備 調 査 で 結 論 し た ( 仮 称 ) 『 川 辺 川 100の 素 顔 』 編 集 が 、 人 と 川 辺 川 と の ふ れ あ い を 把 握 す る 上 で 極 め て 意 義 あ る も の と 論 じ た よ う に 、 広 く 多 く の 人 々 に 川 辺 川 の 魅 力 と 価 値 を 知 ら し め 、 全 国 の 河 川 に お け る 自 然 と の ふ れ あ い 復 活 に 寄 与 す べ く 活 動 を 展 開 し て い き た い と 考 え て い る 。
AtKumamot o Pr ef ec t ur e Kawabe Ri v er v al l ey j t enf or c edi t as i nt endi ng obj ec t i v el yt o gr as P¨ How di d t he ac t ual s i t uat i onof t ouc hi ngi tt o eac hot her wi t h wat er c hange t oget her wi t h a c hange of a t i me?¨ . Gi v i ng i ns t r uc t i on about of a met hod, ex t r ac t i on ofa k i l l i f i s h, r i c hl y wi t h noi tt ak es f i s h t o agr andc hi l d wi t h gr andf at her , ast ouc hi ngi tt o eac h ot herwi t h no v ar i ous c ol or f ul nes st hr ough t hef our s eas ons ,as hav i nga nei v under s t andi ng of ar i c h nat ur all i t er at ur eenv i r onment of Kawanabe Ri v er t he ac t ual s i t uat i on of t ouc hi ng i tt o eac h ot her v v as c onf i r med. Sens e of nat ur e agai ns t a r i v er ,ar e or i ent ed s af el yhowev er パ na gener at i onand asdi f f er i ng by a us ual r es i denc eenv i r onment , t ouc hi ng i tt o eac hot her wi t h ar i v er dec r eas es s har Pl y , ar es i mPl i ed肖 i t h t heones i de・ t oget her wi t h a c hange ofa t i meby get t i ng,i t l i v eswi t h a r i v er j t was Poi nt ed out t o be goi ng away f r omt oPl ay wi t h ar i v er . F r om now onj or many PeoPl e,we r ePor t c har m and v al ue of Ka゛ abe Ri v er and t hi nkt hat we woul d l i k e t o ex Pand an ac t i v i t yt o s eembei ng abl e t o r ev i v e f or t ouc hi ng i t t o eac h ot her wi t h nat ur eatar i v er .