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41 最近の更新履歴 北海道都市地域学会

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(1)

北 海 道 都 市 41

北海道都市地域学会 2004 年報

会長就任にあたって

淺川 昭一郎(本会会長・北海道大学) 1 学会の権威に関する論考 ―本学会特別委員会の取組み―

中原 宏(本会特別委員長・札幌市立高等専門学校) 2

地域ブランドは観光地を活性化できるか 内田 純一(北海道大学) 4

42回研究発表会 7

29回北海道都市問題会議(2004 深川市) 8

新農業都市における生活交通の確保方策とその課題 佐藤 馨 一( 本 会 副 会 長・北 海 道 大 学 ) 10 国木田独歩北海道行に関する著書について 岩井 洋(本会理事・酪農学園大学) 13

事務局記録 (1)会員動静 16

(2)2004年次運営体制 16

(3)2004年次事業報告 16

(4)2004年次役員 18

(5)2003年次決算報告 19

(6)2005年次予算 20

北海道都市地域学会20042005年次役員 22

北海道都市地域学会20042005年次会務理事・委員会構成 23

「北海道都市」編集規程 24

北海道都市地域学会論文委員会規程 24

北海道都市地域学会ホームページ作成規程 26 北海道都市地域学会会則 27 編集後記

(2)

会 長 就 任 に あ た っ て

淺川 昭一郎

(会 長 ・ 北 海 道 大 学 大 学 院 農 学 研 究 科 教 授 )

200312月の臨時総会において、学会の 名称変更が承認され、北海道都市学会は北 海道都市地域学会として、また、同時に改 定された会則により副会長職を設け、理事 の定数を増やして新たな一歩を踏み出すこ ととなりました。この名称変更は独立した 学会としてその立場を明確にしようとする もので、会員の皆様の意向を反映しながら 慎重に検討されてきたものです。懸案の学 術団体登録に関しては前会長を含めた特別 委員会により継続して鋭意対応することと なっております。

こ れ ま で 、 都 市 は 通 常 、 都 市 ― 地 方 あるいは 都市―田園 など地方や田園と 区別されたり対比されて用いられてきまし た。しかし、日本の都市は多くの場合、農 業地域を含み、西欧の近代都市の要件とし て挙げられる独自の自立した市民意識の形 成に欠けるともいわれてきました。また、 いわゆる都市的生活も広くいきわたり、ど こにでも世界の情報が瞬時にして伝わる状 況下にあり、地球環境問題や経済的グロー バライゼーションの波は隅々にまで影響を 与えています。一方、厳しい財政事情の中 で市町村合併が進められ、広域行政の重要 性も高まっています。このような情報化社 会の到来と車が普及し行動の自由度が著し く増加した現在では、その両者の関係はよ

り 密 接 な つ な が り を 持 よ う になっており、 統 合 し て 、

地 域 と し て 考 え る 必 要 性 も ま す ま す 増 加 し て い る よ う に 思 わ れ

ます。これまでも当学会では論文集のテー マにもみられるように、広範囲な研究・調 査の成果をあげており、この 地域 へも 十分に対応しうる基盤が築かれていると思 います。

少子高齢化の下、人口が減少・停滞し活 力が減退している多くの都市の再生はどの ように可能か、活性化に向けての様々な活 動は新たな 市民・地域意識 を生み出し、 住民・市民主体の都市地域の計画や運営に どのように結びつくのか、などなど。地域 の核としての都市のあり方や周辺地域との かかわり、さらには広域的な様々な課題に 対して、これまでつちかってきた北海道市 長会と道内各都市との密接な関係をベース に、当学会が理論と実践の両面から、また、 学際的取り組みからその解決に向けて寄与 できればと念願しております。会員の皆様 の積極的な参画とご支援をお願い致します。

(3)

学会の権威に関する論考 ―本学会特別委員会の取組み―

中原 宏

(特 別 委 員 長 ・ 札 幌 市 立 高 等 専 門 学 校 教 授 )

1.はじめに

今日、大学での博士論文審査や人事をはじめ、 各方面でも学術的研究能力評価の観点から「権威 ある学会の査読付き論文」が重要な意味を有して います。ところで、この「権威ある学会」とはど のような学会を指すのでしょうか。一般的には学 会の歴史、専門領域、規模(会員数)、会員構成、 役員氏名、活動実績や発表学術論文の水準等につ いて国内外で一定の評価を得ている学会が「権威 ある学会」と称されているようです。

一方、本学会は 1963年に設立されて以来、40 余年にわたり北海道地域における学際的、業際的 な都市学の研究と実践との連携に深く携わってき ました。会員は道内はもとより道外の研究者、コ ンサルタント企業や行政職員から構成されるとと もに、会員の専門分野も都市計画、建築計画、地 域計画、交通計画、造園学、観光学、行政、社会 学、経営学、環境行動学、都市文化論など広範に およびます。さらに、都市学会系でも数少ない査 読付き論文集を発行する学術団体であり、会員の みならず外部からも「権威ある学会として」の認 証を受けることが急務となっていました。

本稿は本学会特別委員会(以下、「特別委員 会」)のこれまでの取組み経緯と今後の方向性に ついて、理事会や総会で報告・承認されてきた内 容詳細を一般会員の方々に十分お伝えすべく執筆 したものです。

2.特別委員会設置背景と 2003年次までの活動 経緯

これまでわが国における「権威ある学会」の認 証としては「日本学術会議登録学術研究団体」が ありました。本学会の研究活動がより活発化し、 権威ある学協会として認められるため、本学会で は 1999 年 5 月に 18 期「日本学術会議登録学術研 究団体」の登録申請を行いました。

しかしながら、当時の本学会会則には「日本都 市学会の支部を兼ねる」(第1条)の条項があっ たことにより、「独立した学会」とは認められず、 登録が実現できませんでした。この問題解決のた め、本学会理事会において特別委員会(初代委員 長・眞嶋二郎理事)を設置し、数年をかけて様々 な視点より改善方策に係る検討を重ねました。

その結果、日本学術会議登録学術研究団体への 登録申請(独立学会としての位置づけの明示)と 本学会の体制強化を主旨とした以下の方針がまと まりました。

1) 学会の名称変更(北海道都市学会から 北海都市地域学会への改称)

2) 上記1)にかかる会則の一部改正(支 部条項の削除、会員種別の変更等)

(4)

3)日本都市学会との協力関係の保全 4)本学会執行体制の強化(副会長制の

導入)

上記内容に対する意向調査を本学会の全会員を 対象として実施(2003 年 10 月)しました。回収 票には反対意見がなかったことから、同方針は 2003 年次第4回理事会(2003 年 12 月 9 日開催) で承認され、その後の臨時総会(同年 12 月 20 日 開催)において議決されました。

こうして名実ともに独立学会となったことを受 け、2004 年次より本学会では新特別委員会(委 員長・筆者)を中心に 20 期「日本学術会議登録 学術研究団体」の登録申請に向けて鋭意準備を進 めることとなりました。

3.日本学術会議法の改正(登録申請制度の廃 止)と特別委員会の新たな役割

しかしながら、政府は膠着した日本学術会議の 組織体制の改善を図るため、日本学術会議法の一 部を改正(2004 年 4 月 14 日公布・施行)しまし た。この改正に伴い、登録申請制度そのものも廃 止され、新たな登録が不可能になったことに加え、 これまで登録されていたすべての学協会は日本学 術会議の学術登録研究団体認証を失効するという、 予想外の事態となりました。いわば「権威ある学 会」としての「お墨付き」制度が消失したことを 意味しました。

しかし、おかれた状況は本学会のみならず、す べての学会にとって共通の問題となりましたので、 同時にこのことは近い将来これに代わる新たな外 部評価制度や認証制度等、各学会の権威(水準) を評価する仕組みが導入される可能性を示唆した

ことになります。

そこで、特別委員会ではこの場合の主要な評価 基準を J ABBEE や I SO 等を参考に以下のように整 理しました。

1) 研 究 活 動 と そ の レ ベ ル の 維 持 ・ 向 上

(品質管理)に関する明確な基準、およ び実施プロセスの状況

2) 上 記 1 ) に 関 す る 組 織 、 要 綱 、 実 施

(活動)結果の公表の状況

3) 上記1)および2)に関する外部点検 評価の実施、およびこれに基づく内部改 善プロセスの状況

日本学術会議の登録申請制度の廃止により、特 別委員会の従前の会務は自動的に消失することと なりましたが、「権威ある学会づくり」に向け、 上記3項目に係る本学会の「点検」と「改善方策 の検討」を特別委員会の新たな役割(会務)とす ることとし、2004 年次第2回理事会(2004 年 7 月 26 日開催)において筆者より提案を行い、承 認されました。

4.本学会の今後の方向

その後、特別委員会では 2004年次後期に、上 記3項目のうち2)に係る本学会の現状を詳細に 点検しました。その結果、学会会則、学会組織は 本学会出版物および学会ホームページ(以下、

「学会 HP」)ともに網羅されているものの、運営 規則の一部については出版物および学会 HP とも に未掲載事項がありました。また、学会 HP の活 動報告に係る内容にも一部未掲載や不備の箇所が ありました。

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これらの点検結果一覧や、学会 HP の改善に係 る提案を 2004 年次第4回理事会(2004 年 12 月 7 日)で行いました。I T 社会の進展が著しい今日、 とりわけ学会 HPは会員への情報提供のみならず、 外部からの本学会に対する評価に大きく影響を与 える戦略的機能を有する面がありますので、学会 HP の将来的大改訂に係る提案もしたところです。

今後、学会 HPならびに学会出版物を所管して いる編集広報委員会をはじめ、関係委員会とも十

分協議をしながら本学会活動全体の「点検」「改 善」を推進していくところです。幅広く会員の皆 様方からもご意見をいただきながら業務に反映し て参りたいと思います。

なお、本稿は前特別委員長・眞嶋二郎理事をはじ め特別委員会のメンバーで協議した内容をとりまと めたものです。この場をおかりして関係各位に謝意 を表します。

********************************************:******

地域ブランドは観光地を活性化できるか

内田 純一

(北 海 道 大 学 大 学 院 国 際 広 報 メ デ ィ ア 研 究 科 助 手 )

筆者は、北海道経済産業局を中心とした「ニセ コ観光産業活性化連携プロジェクト」の委員を 委嘱され、2005 年3月に最終報告会議を終えた ところである。本委員会は、優れた景観、良質の 温泉、スキーに適した地形など、恵まれた観光資 源を有するニセコ・羊蹄地域において、観光サー ビス事業を活性化させることを目指して発足した。 地域の観光事業者も委員に名を連ね、産学官それ ぞれの立場から地域の観光振興という共通テーマ に取り組んだ。

同じ時期には、北海道運輸局による「ニセコ・ 羊蹄リゾート交通検討プロジェクト」も行われ、 同地域の観光活性化のために必要不可欠なアクセ ス交通(一次交通手段)と域内交通(二次交通手 段)の充実化のための調査を行い、IT活用によ

正式には、北海道経済産業局の委託を受けて財団 法人北海道地域総合振興機構に設置された「ニセ コ・羊蹄地域振興計画策定調査」検討委員会。

る利用者サービス 向上などが検討さ れた。さらに、北 海道開発局は「シ ーニックバイウェ イ北海道」のモデ ルルートとして、

「千歳∼ニセコ」、

「旭川∼占冠」の

2ルートを選定し、民間 38 団体を巻き込んだ多 彩な活動を実施した。この成果を踏まえ、2005 年3月には「シーニックバイウェイ北海道推進協 議会」(会長:北海道商工会議所連合会会頭)も 設置された。

このように、ニセコ・羊蹄エリアは今や一身に 官の期待を受けている。この地域は、カナダのウ ィスラーにも負けない良質のパウダー・スノーを 誇る我が国有数のスキー・リゾートである。その

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優れた雪質に目を付けた多数のオーストラリア人 観光客が流入し、近年は、ラフティングなどの体 験観光が普及したこともあって、冬と夏の観光客 入込み客数がほぼ均衡しているため、北海道の観 光地の中では最も恵まれたエリアとなっているの は事実である。最近では、多額のオーストラリア 資本が投下され、大規模なリゾート開発も着々と 進められている。

しかし、そのニセコ・羊蹄地域でさえ、我々の 行った調査研究や委員相互の議論の内容を見る限 り、観光地として将来も安泰であるとは断言でき ない。以下に、我々の問題意識を三点ほど紹介し よう。

第一に、観光事業者の規模が非常に小さい。個 人経営が多いため、いくつかの事業者を連携させ ないと大規模なツアーを呼び寄せることが難しい だけでなく、個々の事業者単体では効果的なPR を行うための資金力に欠けている。第二に、観光 のための交通手段が限られている。これは「ニセ コ・羊蹄リゾート交通検討プロジェクト」が取り 組んでいる課題でもあるが、マイカーやレンタカ ーに頼る観光では、旅行者層を限定してしまう。 第三に、地域の行政側に地域活性化のためのリー ダーシップを期待できる状況にはない。ニセコ・ 羊蹄地域とは羊蹄山をとりまく行政区分を超えた 地域の総称であるが、これらの行政機関の間に 統一的な視点があるとは言い難い。

こうした課題を克服するために、筆者が問題提 起した一つの解決策が、「地域ブランド」確立の ための努力である。我々は地域ブランドの定義を、 地域の価値が地域内の消費者、生活者、関連組織 といったステークホルダー達に理解されてはじめ て構築されるものと捉えている。ここで言う地域 の価値とは、景観・自然環境・歴史背景・文化・ 風土・特産品などといった地域固有の資源(観光

中心に位置するニセコ町、倶知安町の他、京極町、 蘭越町、喜茂別町、真狩町が含まれる。

資源ともなりうる)から形成される。それらの地 域資源には、必ず地域イメージが付与され、何ら かの影響を受けている。例えば、地域イメージが 悪ければ、地域資源は実態以上にマイナスの評価 を受けてしまう。その逆に、良い地域イメージを 作り上げることができれば、地域は発展すること ができる。筆者は過去に、地域広報の視点からイ ンドのIT産業集積地を調査した際、行政や業界 団体等が、積極的に「先進的IT都市」というイ メージづくりを行い、同時にIT産業の発展に必 要なインフラや高等教育の整備などを計画的に行 っているのを目の当たりにした。しかし、イン ドの事例はあまりにも壮大な国家的取り組みであ るため、ニセコ・羊蹄地域のような小さなエリア に真似ができるような示唆は少ない。そこで、少 しずつ地域イメージを向上させるツールとしての 地域ブランドに注目したわけである。以下では 我々のプロジェクトが視察した阿蘇カルデラ地域 の事例を取りあげ、地域ブランドの萌芽を概観し てみよう。

阿蘇カルデラ地域は、五岳を中心とした世界最 大級のカルデラを外輪山が取り巻き、絶景に囲ま れた草原などの雄大な自然景観を誇るエリアであ る。1998 年6月に、財団法人として阿蘇地域振 興デザインセンターが、熊本県および近隣 12 町 村の出資により設置される。この財団は、地域 課題に対応する広域的な取組みや、その仕組みづ くりを行い、地域事業において、コーディネータ ー的な役割を担っている。現在の主要事業は「ス ローな阿蘇づくり」をテーマにした広域回遊プロ グラム開発である。

阿蘇における興味深い取り組みとしては、仲町 通り商店街の活性化がある。この商店街はかつて は阿蘇神社の門前町として栄えていたが、最近は

内田純一(2004, 『地域広報と産業集積の進 化』, 『広報研究』, 8号。

2005

2月に、阿蘇町、一の宮町、波野村が合 併して阿蘇市となったため、10市町村となる。

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大規模スーパーに押されて死に体であった。その ような中、商店街の二代目が立ち上がり、1999 年に「若きゃもん会」が発足した。彼らは夜市を 復活させ、若いアイデアによるユニークなイベン トを行い、千五百人を集客するなど話題づくりに 成功した。また、商店街の通り沿いに元々あった 湧水を利用した水基(水飲み場)を、商店街散策 が楽しめるよう整備し、ガイドマップを作ったこ とで、大自然観光のイメージが強い阿蘇における

「まちあるき」の場所として注目され始めたので ある。現在、阿蘇にはこうした住民の意識変化を 起点としたタウンツーリズムの場所がいくつか存 在しており、そこでは阿蘇地域振興デザインセン ターがコーディネーターとして重要な役割を果た した。また、グリーンツーリズムの分野でも、同 センターが農家を一軒ずつ説得して回って農村観 光を実現するなど、地道な活動を展開してきた。 これらの観光スタイルに、阿蘇本来の大自然が、

「スローな阿蘇」の合い言葉のもとで融合し、観 光地としての方向性を示しているのである。

阿蘇の事例が示唆する点は、魅力的なコンセプ トによって、それまでバラバラであった地域内の 事業者の意識が統一できるということである。し かし、現実に「スローな阿蘇」を実現するには、 かけ声だけでなく、様々なインフラの整備も必要 だ。実際に、環境に配慮したパークアンドライド 事業やサイクルトレイン事業、そして駅や施 設、農村、商店街を回る循環バス・接続バス事業 も行われている。とはいえ、明確なコンセプトが あるからこそ、住民の意識に変化が生まれ、コー ディネーターである阿蘇地域振興デザインセンタ ーの呼びかけにも応じやすくなるし、官の側も整 合性のある施策を打ち出せるのである。

JR豊肥本線肥後大津駅の駐車場にマイカーを駐 車して、公共交通機関によって阿蘇の旅を楽しむ。

JR豊肥本線の熊本・宮地間、南阿蘇鉄道の立 野・高森間において、自転車と一緒に乗車出来る仕 組み。

ニセコ・羊蹄地域における三つの課題に視点を 戻そう。第一の観光事業者の規模の小ささは、事 業者間の連携によって回避できる。仲町商店街の 活性化などはまさにこの例であり、彼らの話題づ くり戦略は大きなPR効果を生んでいた。また、 第二の交通の問題は、ニセコ・羊蹄地域が広大過 ぎるという難点はあるものの、農村や商店街の観 光ポイント化や、そのルートづくりはぜひ取り入 れたいところである。「点」が増えることでバス を走らせやすくなるからだ。第三の行政の問題に 関しても、複数町村の出資方式による地域振興団 体は、地域としての統一ビジョンが打ち出せない ニセコ・羊蹄地域にこそ設立が望まれる。

地域ブランドによって、観光地に生きる人々の 意識をまとめ、観光客の期待感を地域の望む方向 に誘導することができる。もちろん観光活性化の ためには、投資の促進や、観光事業者の企業家精 神などの要素も重要だが、これらに計画性と指針 を与える存在だという点は疑いがない。地域ビジ ョンが明確であれば、投資の呼び水となり、企業 家が集まることについてはインドの事例でも観察 された点である。もちろん、どのような地域ブラ ンドを形成し、それをどう展開するかという問題 は残る。よって、地域の特性に応じた地域ブラ ンド構想のプラン策定のために、具体的な指標づ くりを行うことが我々の当面の課題である。

この点の議論は、内田純一 (2004), 「地域ブラ ンドの形成と展開をどう考えるか―観光マーケティ ングの視点を中心に―」, 『大学院国際広報メディ ア研究科・言語文化部紀要(北海道大学)』, 47 号に詳しい。

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第 42 回北海道都市地域学会研究発表会

日時: 2004 年 8 月 21 日(土) 13: 30∼17: 10 会場: 札幌市環境プラザ 環境研修室

【一般発表】(各 発表10分 質疑応答10分) 1) 13:30-13:50 「道路空間の観光資源化に関す

る研究 −シーニックバイウェイを視点とし て−」

○ 田上耕作(札幌国際大学大学院観光学研究科) /中鉢令兒(同)

2) 13:50-14:10 「特区による観光振興に関する 研究(I) −北海道のエリア型観光特区を視点 として−」

○ 葛西洋三(札幌国際大学大学院観光学研究科) /黄奎達(同)/中鉢令兒(同)

3) 14:10-14:30 「農村における観光振興に関す る研究 −グリーンツーリズムを視点として −」

○ 唐箕環(札幌国際大学大学院観光学研究科)/ 中鉢令兒 (同)

4) 14:30-14:50 「観光産業におけるサービスの 質に関する実証分析」

○ 森邦恵(北海道大学大学院経済学研究科) 5) 14:50-15:10 「岩見沢市における灌漑溝の多

面的利用に関する考察」

○ 鈴木栄基 (岩見沢市建設部)

6) 15:10-15:30 「札幌市のモニュメンタル建築 における視覚的様相の季節変化に関する研究」

○ 畠山雄豪(北海道大学大学院工学研究科)/奥 俊信(同)/森傑(同)

<休憩10分>

【2002年次奨励研究】(発表15分 質疑応答15 分)

7) 15:40-16:10 「プロビット型確率的利用者均 衡配分による公共交通配分モデルに関する研 究」

○ 内田賢悦(北海道大学大学院工学研究科)/加 賀屋誠一()/萩原亨()

2003 年次奨励研究】(発表15 分 質疑応答15 分)

8) 16:10-16:40 「札幌市における旧国鉄官舎に ついて −近代日本の都市部における給与住 宅に関する研究−」

○ 鈴木貴仁(北海道大学大学院工学研究科)/角 幸博(同)/石本正明(同)

9) 16:40-17:10 「自然の遊び場に対する子どもの 意識 −子どもの戸外遊び環境としての公園整 備に関する研究−」

○ 曽碩文(北海道大学大学院法学研究科) /浅川昭一郎(北海道大学大学院農学研究科) /愛甲哲也 ()

(敬称略 は講演者)

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29 回北海道都市問題会議

農業を軸とした新しい都市の創成 ∼ 新農業都市の提案

北 海 道 都 市 問 題 会 議 は 、10 月6日(水)、7 日(木)の 両 日 に わ た っ て 、 深 川 市 で 行 わ れ た 。 今 回 の テ ー マ は 北 海 道 に 多 く み ら れ る 農 業 地 域 の 中 に あ る 都 市 の あ り 方 を 考 え よ う と い う 問 題 意 識 か ら 「 農 業 を 軸 と し た 新 し い 都 市 の 創 成 ー 新 農 業 都 市 の 提 案 」 が 選 ば れ た 。

第 一 日 は 、 講 演 と シ ン ポ ジ ウ ム が 行 わ れ た 。 北 海 道 都 市 地 域 学 会 の 浅 川 昭 一 郎 会 長 か ら 簡 単 な テ ー マ の 解 説 が あ っ た 。 田 園 都 市 な ど の 例 を 挙 げ な が ら 、 北 海 道 に は 農 業 を 主 た る 産 業 と し た 都 市 が あ り 、 そ う し た 都 市 を 例 と し て 取 り 上 げ 、 農 村 と 都 市 の 融 合 、 新 し い 農 業 都 市 と い う 概 念 を 確 立 す る こ と が 重 要 だ と 述 べ た 。

そ の 後 に 北 海 学 園 大 学 経 済 学 部 の 大 田 原 高 昭 教 授 の 基 調 講 演 が あ っ た 。 大 田 原 教 授 は 、 効 率 性 重 視 の 社 会 の 見 直 し や 農 業 の 持 つ 外 部 性 を 重 視 す る こ と が 重 要 で あ る 。 大 規 模 な 農 業 や 広 域 的 な 流 通 ば か り で な く 、 地 産 地 消 な ど も 進 め 、 中 小 企 業 や 小 農 の 育 成 を は か る こ と が 必 要 で あ り 、 そ れ は 内 発 的 発 展 に も つ な が る 。 ま た ス ロ ー ・ フ ー ド 運 動 に み ら れ る よ う な 安 全 性 や 文 化 も 重 視 し な く て は い け な い と 述 べ た 。 ま た 、 食 教 育 に よ り 子 供 の 食 を 考 え る 必 要 が あ る と 述 べ た 。

続 い て 午 後 に シ ン ポ ジ ウ ム が 開 催 さ れ 、 ま ず 深 川 市 長 の 河 野 淳 吉 氏 か ら 深 川 市 の 現 状 と 取 り 組 み が 簡 単 に 紹 介 さ れ 、 米 作 り を 中 心 と し た 農 業 を 中 心 に ま ち づ く り を 行 う 「 ラ イ ス ラ ン ド 深 川 」 構 想 や グ リ ー ン ツ ー リ ズ ム 、

「 元 気 村 夢 の 農 村 塾 」 の こ と な ど が 紹 介 さ れ た 。

続 い て コ ー デ ィ ネ ー タ ー の 都 市 再 生 機 構 顧 問 の 太 田 清 澄 氏 か ら テ ー マ の 解 説 が あ り 、 ① 北 海 道 の 地 域 自 立 の た め に 不 可 欠 な 主 産 業 で あ る 農 業 に つ い て 、 後 継 者 不 足 ・ 耕 作 放 棄 地 の 無 秩 序 な 増 大 等 の 課 題 が 顕 在 化 し て い る 。 こ の シ ン ポ ジ ウ ム は 、 こ れ ま で の 議 論 と は 明 ら か に 異 な る 視 点 、 す な わ ち 都 市 サ イ ド に た っ て 、 都 市 ・ 地 域 が 持 続 可 能 な 自 立 を し て い く た め の 視 点 に 立 っ た 議 論 を 展 開 さ せ た い 。

② 今 日 、 農 業(田 園 ) と 都 市 は 「 対 立 の 時 代 」 か ら 「 交 流 の 時 代 」 へ と 変 化 し た と い わ れ て い る 。 こ の 証 左 の 1 つ と し て 、 法 制 定 以 来 の 農 業 振 興 法 と 都 市 計 画 法 の 改 正 内 容 の タ ー ニ ン グ ポ イ ン ト に つ い て 俯 瞰 す れ ば 明 ら か で あ る 。 ③ 持 続 可 能 な 都 市 ・ 地 域 の 自 立 の た め に は 「 交 流 」 の 概 念 を 更 に 超 え た 「 融 合 」 の 概 念 と 仕 組 み が 必 要 で は な い か 。 具 体 的 に は 農 業 振 興 法 と 都 市 計 画 法 の 個 別 法 の 隘 路 を

「 ま ち づ く り 条 例 」 等 の 条 例 で 補 完 し て い る 。 法 制 度 の 側 面 に お い て す ら 融 合 が な さ れ な け れ ば な ら な い 。 シ ン ポ ジ ウ ム は こ の 「 農 業 (田 園 ) と 都 市 の 融 合 」 を 仮 説 的 テ ー マ と し て 議 論 を 展 開 さ せ た い 、 と い う 説 明 が あ っ た 。

ま ず 深 川 市 の 拓 殖 短 大 の 橋 本 信 教 授 か ら 深 川 市 で の グ リ ー ン ツ ー リ ズ ム の 実 践 例 が 報 告 さ れ た 。 農 業 生 産 ば か り で な く 、 プ ラ ス ア ル フ ァ が 必 要 で あ る と い う 観 点 か ら 地 元 の 代 表 と 「 ア グ リ 工 房 ま あ ぷ 」 を 立 ち 上 げ 、 収 穫 や カ ヌ ー の 体 験 、 組 立 ロ グ ハ ウ ス な ど の 試 み が

(10)

行 わ れ た 。 そ れ が さ ら に 本 業 に 跳 ね 返 り 、 短 大 の 環 境 学 科 に グ リ ー ン ツ ー リ ズ ム 概 論 と い う 科 目 を 開 講 す る ま で に な っ た 。

続 い て 地 元 の 「 元 気 村 夢 の 農 村 塾 」 の 渡 辺 滋 典 氏 か ら そ の 取 り 組 み が 紹 介 さ れ た 。 市 か ら 援 助 も 得 て 、 農 業 体 験 を 農 家 が 行 っ た 例 を 紹 介 し た 。 農 業 を 体 験 し た 高 校 生 が 心 の 癒 し を 得 た 例 な ど が 紹 介 さ れ た 。 こ の ほ か に 他 地 域 か ら 農 業 に 就 農 し た 方 の 経 験 な ど が 語 ら れ た 。 ま た 食 育 教 育 が 重 要 性 も 指 摘 さ れ た 。

続 い て フ リ ー キ ャ ス タ ー の 林 美 香 子 氏 が 、 ス ラ イ ド を 用 い な が ら グ リ ー ン ツ ー リ ズ ム の 紹 介 を 行 っ た 。 ま た ス ロ ー ・ フ ー ド 運 動 に つ い て 、 単 に 食 べ る 運 動 で は な く 、 地 域 を 愛 し 、 地 域 を 育 て る 運 動 で あ り 、 都 市 と 農 村 の 交 流 と い う だ け で な く そ れ 以 上 の も の を 目 指 し て い る と 述 べ ら れ た 。 ま た 農 村 景 観 を 大 事 に し て ほ し い と 述 べ ら れ た 。

掛 川 市 の 小 松 正 明 助 役 は 、 農 業 を 考 え る 場 合 に 、 農 地 、 農 民 、 農 業 、 農 村 、 農 家 、 農 協 と い う 観 点 か ら 考 え な く て は い け な い 。 農 業 を 助 け る た め に は 個 性 化 を 行 う 必 要 が あ り 、 農 家 と 農 民 と い う 点 で は 規 模 拡 大 、 ま た 担 い 手 が 少 な い 現 状 で は 、 協 業 化 が 必 要 で あ る 。 ま た 生 産 消 費 地 化 や 、 農 地 の 公 有 化 が 考 え ら れ な く て は な ら な い と 述 べ た 。

北 海 道 大 学 の 加 賀 屋 誠 一 教 授 か ら は 農 業 都 市 の あ り 方 に つ い て 循 環 型 シ ス テ ム の 考 え 方 の 紹 介 が あ っ た 。 ま た 、 現 在 、 都 市 は 都 市 計 画 法 、 農 地 は 農 振 法 で 規 制 さ れ て い る が 、 都 市 と 農 村 を 同 じ 法 律 で 考 え る 必 要 が あ る の で は な い か と い う 主 張 が 展 開 さ れ た 。

こ の の ち 、 議 論 が 行 わ れ た が 、 一 つ の 中 心 的 な 議 論 は 、 都 市 は 都 市 計 画 法 で 規 制 さ れ 、 農 地 は 農 振 法 で 規 制 さ れ て お り 、 こ の 二 つ を 統 一 的 に 計 画 し 、 自 立 で き る 地 域 を 構 築 す る

た め に 農 地 に も 都 市 と 一 体 と な っ た ゾ ー ニ ン グ の 概 念 を 導 入 し 、 都 市 と 農 村 を 融 合 で き な い か と い う も の で あ っ た 。 し か し も う 一 方 の 主 張 と し て 、 急 激 か つ 外 圧 的 な ゾ ー ニ ン グ の 導 入 で は 無 く 、 地 域 の 人 材 の 育 成 や 意 識 改 革 が 根 幹 で あ る と い う も の が あ っ た 。 コ ー デ ィ ネ ー タ ー か ら は 両 方 の 考 え 方 は 当 然 必 要 で あ る が 、 時 間 軸 を 考 慮 し た 時 、 大 胆 な ブ レ ー ク ス ル ー が 求 め ら れ る の で は な い か , 又 具 現 化 に 隘 路 が あ り 過 ぎ る と い う の で あ れ ば 、 あ く ま で も 都 市 再 生 モ デ ル と し て の 位 置 づ け で 、 先 ず ど こ か で ひ と つ で も 試 み て み る 必 要 が あ る の で は な い か と い う 総 括 が あ っ た 。

第 二 日 は 、 今 回 初 め て 行 わ れ た 北 海 道 都 市 地 域 学 会 セ ミ ナ ー で あ り 、 北 海 道 大 学 の 佐 藤 馨 一 教 授 と 札 幌 学 院 大 学 の 河 西 邦 人 助 教 授 か ら 講 演 が あ り 、 約 80 名 の 聴 衆 が 集 ま っ た 。 佐 藤 教 授 か ら は 、「 農 業 都 市 に お け る 生 活 交 通 の 確 保 方 策 と そ の 課 題 」 と い う テ ー マ で 講 演 が あ り 、 農 村 地 域 に お け る 生 活 交 通 の 確 保 が 難 し く 、 そ れ を ど の よ う に 確 保 す る か と い う 観 点 か ら 講 義 が な さ れ た 。 ま た 河 西 助 教 授 か ら は 「 農 業 に お け る コ ミ ュ ニ テ ィ ビ ジ ネ ス 」 と い う テ ー マ で 講 演 が あ り 、 い ろ い ろ な 実 例 が 述 べ ら れ 、 農 村 に お け る コ ミ ュ ニ テ ィ ビ ジ ネ ス の 展 開 可 能 性 に つ い て 講 演 が な さ れ た 。

今 回 の 都 市 問 題 会 議 は 、「 農 業 都 市 」 と い う 新 た な 視 点 を 求 め た テ ー マ と 「 北 海 道 都 市 地 域 学 会 セ ミ ナ ー 」 と い う 新 た な 企 画 が 行 わ れ 、 有 意 義 な 大 会 で あ っ た と い え る 。

( 企 画 委 員 会 )

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新 農 業 都 市 に お け る 生 活 交 通 の 確 保 方 策 と そ の 課 題

佐 藤 馨 一

( 副 会 長 ・ 北 海 道 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 教 授 ) 1 . は じ め に

わ が 国 は 人 口 停 滞 期 に 入 り 、 今 後 、 減 少 し て い く こ と は 確 実 で あ り 、 こ れ に 伴 い ス プ ロ ー ル 化 を 防 ぐ 市 街 化 調 整 区 域 が 存 在 意 義 を 失 い つ つ あ る 。 さ ら に 都 市 施 設 の 再 配 置 や ゾ ー ニ ン グ の 見 直 し が 必 要 と な り 、 都 市 計 画 の 枠 組 は 大 幅 に 変 え て 行 か な け れ ば な ら な い 。 本 文 は 北 海 道 に お け る 人 口 減 少 下 の ま ち づ く り の た め に 「 新 農 業 都 市 」 の コ ン セ プ ト を 提 案 し 、 そ こ に お け る 生 活 交 通 の 確 保 に つ い て 考 察 し た も の で あ る 。

2 . 新 農 業 都 市 の コ ン セ プ ト

都 市 の 成 立 要 因 と し て 「 交 通 結 節 点 」 や 、

「 防 衛 拠 点 」 で あ っ た こ と が 知 ら れ て い る 。 こ れ ら の 都 市 は 成 立 時 か ら 第 三 次 産 業 的 で あ り 、 食 糧 品 や 建 設 資 材 な ど は 他 地 域 か ら 運 ぶ こ と を 前 提 に し て い た 。 こ れ ま で 都 市 と 農 村 が 区 別 さ れ て き た の は 、 食 糧 生 産 が 農 地 = 農 村 の み で 行 わ れ 、 農 業 は 都 市 機 能 に 付 随 す る も の で は な い と 考 え て き た こ と に よ る 。 し か し ヨ ー ロ ッ パ の 都 市 と 異 な り 、 日 本 の 都 市 は 農 村 と の し き り が 明 確 で な く 、 城 壁 の よ う な 境 界 線 は 存 在 し な い 。

北 海 道 の 都 市 ( 市 政 執 行 ) の 多 く は 農 業 が 主 要 産 業 と な っ て お り 、36.1 万 人 の 人 口 を 有 す る 旭 川 市 の 工 業 出 荷 額 は 2300 億 円 で あ り 、 こ れ に 対 し て 農 業 生 産 額 は 1631 億 円

( 平 成 13 年 度 ) に 達 し て い る 。 ま た 人 口 2.7万 人 の 深 川 市 の 工 業 出 荷 額 は108億 円 、

農 業 生 産 額 は 127 億 円 で あ り 、 主 産 業 が 農 業 で あ る こ と を 示 し て い る 。

都 市 計 画 の 用 途 地 域 に 商 業 地 域 、 工 業 専 用 地 域 は あ る が 、 農 業 専 用

地 域 は な い 。 ま た 、 市 街 化 調 整 区 域 で 農 業 活 動 を す る こ と は 認 め ら れ て い る が 、 そ こ で は 宿 泊 施 設 等 の 立 地 は 認 め ら れ て い な い 。 こ の 制 約 が 都 市 計 画 法 と 農 業 地 域 振 興 法 の 法 律 に よ る も の な ら ば 、 人 口 減 少 下 社 会 の 実 態 に 合 わ せ て 法 律 を 変 え る 必 要 が あ る 。

宗 教 活 動 の 本 拠 地 を 有 し 、 そ れ を 支 え る 人 々 が 住 む 都 市 は 宗 教 都 市 と 呼 ば れ 、 市 域 内 に 大 規 模 な 工 場 用 地 を 持 つ 都 市 は 工 業 都 市 と 呼 ば れ て い る 。 こ の 論 理 を 推 し 進 め る と 農 業 を 主 産 業 と し 、 農 業 に 従 事 す る 人 の 生 活 を 支 え 、 医 療 や 教 育 な ど の 都 市 機 能 を 充 実 さ せ た 都 市 は 、「 新 農 業 都 市 」 と 呼 ぶ べ き で は な か ろ う か 。

3 . サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム に よ る 生 活 交 通 の 確 保

地 方 都 市 に お け る 公 共 交 通 機 関 、 と く に バ

(12)

ス 交 通 の 利 用 者 は 大 幅 に 減 少 し て お り 、 平 成 15 年 度 か ら 施 行 さ れ た 規 制 緩 和 政 策 に よ っ て 不 採 算 路 線 の 休 廃 止 が 進 ん で い る 。 こ れ ま で バ ス 交 通 に 関 し て 数 多 く の 実 態 分 析 や 採 算 性 に 関 す る 研 究 が 行 わ れ て き た 。 し か し バ ス 交 通 が 起 死 回 生 す る 妙 案 は な く 、 な か で も 農 業 を 中 心 産 業 と す る 地 域 で は 住 民 の 減 少 と 高 齢 化 、 自 家 用 車 の 普 及 の た め に バ ス 交 通 の 持 続 は ほ と ん ど 絶 望 的 で あ る 。

こ の た め 筆 者 ら は 、 新 農 業 都 市 に お け る 生 活 交 通 を 確 保 す る 方 策 と し て 次 図 に 示 す 「 サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム 」 を 提 案 し て き た 。

(1) サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム の 仕 組 み

サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム は 「 サ ポ ー ト す る 人

( 送 迎 し て あ げ る 人 )」、「 サ ポ ー ト さ れ る 人

( 送 迎 し て も ら う 人 )」、「 運 営 団 体 ( コ ー デ ィ ネ ー タ ー ) に よ っ て 構 成 さ れ る 。 サ ポ ー ト を 希 望 す る 人 は 目 的 地 と 時 間 を 運 営 団 体 へ 連

絡 し 、 そ れ を 受 け た 団 体 は サ ポ ー ト の で き る 人 を 探 し 出 し 、 サ ポ ー ト 交 通 の 依 頼 を 行 う 。 サ ポ ー ト す る が 了 解 し た と き 、 サ ポ ー ト さ れ る 人 に そ れ を 連 絡 す る 。

サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム は 以 下 の 原 則 に 基 づ い て 運 営 さ れ る 。

[サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム の 基 本 原 則]

・ サ ポ ー ト さ れ る 人 は ふ だ ん 自 家 用 車 を 利 用 出 来 な い 人 と す る 。

・ 送 迎 に 際 し て 、 直 接 的 な 金 銭 の 授 受 は 行 わ な い 。・ サ ポ ー ト 交 通 の 対 象 は 買 い 物 や 通 院 な ど の 交 通 と し 、 通 勤 や 娯 楽 目 的 の 交 通 は 取 り 扱 わ な い 。

・ サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム は 同 一 生 活 圏 内 ( 原 則 と し て 自 治 体 ) で 運 営 す る 。

(送迎してもらう人)

運営団体

NPOなど)

サポート する人 サポート れる人

氏 名 ・ 住 所

な ど を 登 録 氏 名 ・ 住 所

な ど を 登 録

送 迎 の 依 頼

送迎

(送迎してあげる人)

( コ ーディ ネータ ー)

依 頼 紹 介

サポート 交通システムの仕組み

(13)

(2) サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム の 課 題

平 成 1511 月 、 士 別 市 に お い て サ ポ ー ト 交 通 に 関 す る 意 識 調 査 を 行 っ た 。 そ の 結 果 、 以 下 に 示 す 問 題 点 の あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。

・ 他 人 の 車 に 乗 る こ と 、 ま た は 他 人 を 自 分 の 車 に 乗 せ る こ と の わ ず ら わ し さ

・ 相 手 の マ ナ ー ( 喫 煙 な ど ) が 悪 い お そ れ が あ る

・ 急 に キ ャ ン セ ル す る こ と や 遅 刻 す る お そ れ が あ る

・ 突 然 の 予 約 に 対 応 で き る か 、 と い う 心 配

・ 何 か ト ラ ブ ル に 巻 き 込 ま れ る の で は な い か 、

生 活 交 通 の 確 保 は サ ポ ー ト 交 通 の 経 費 を 誰 が 負 担 す る か に か か っ て い る 。 地 域 住 民 や 交 通 事 業 者 の 負 担 は も は や 限 界 に 達 し て お り 、 国 土 交 通 省 の バ ス 事 業 補 助 金 で は 新 農 業 都 市 の 生 活 交 通 を 維 持 で き な い 。 そ れ ゆ え 国 土 交 通 省 の 補 助 金 の み な ら ず 、 農 水 省 の 補 助 金 を 新 農 業 都 市 の 生 活 交 通 確 保 の た め に 活 用 す る こ と も 検 討 す る 必 要 が あ る 。 道 州 制 の 実 現 に よ っ て 省 庁 間 の 壁 が 取 り 除 か れ た と き 、 そ こ に は 新 し い 都 市 が 、 す な わ ち 新 農 業 都 市 が 誕 生 し て い る こ と を 夢 み た い 。

と い う 心 配

・ 交 通 事 故 の 発 生 に よ る 責 任 問 題

・ 料 金 が 無 料 で あ る こ と へ の 抵 抗 感

4 . 終 わ り に

士 別 市 に お け る 意 識 調 査 と 需 要 推 計 を 行 っ

た 結 果 、 参 加 意 思 の あ る 人 が 多 数 お り 、 サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム の 成 立 す る 可 能 性 は 十 分 あ る 。 こ の と き 実 費 程 度 の 費 用 負 担 す る こ と が 成 功 の 鍵 と な る 。 サ ポ ー ト 交 通 シ ス テ ム を 運 営 す る た め に マ ネ ジ メ ン ト 組 織 の 設 立 が 必 要 で あ り 、 ボ ラ ン テ ィ ア や NPO と の 連 携 が 不 可 欠 で あ る 。 ま た 事 故 が 起 き た と き の 補 償 制 度 も 十 分 に 整 備 し な け れ ば な け れ ば な ら な い 。

(14)

国木田独歩北海道行に関する著書について

岩 井 洋

( 理 事 ・ 酪 農 学 園 大 学 環 境 シ ス テ ム 学 部 地 域 環 境 学 科 教 授 )

1. 概括:

この本は、北海道開拓期の隠れた伝説とも言い 得る国木田独歩の北海道行について、作品『空知 川の岸辺』を中心資料とし、空知の研究者の方々 が長年にわたって積み上げた研究成果を踏まえ、 佐々城本支、佐々城豊寿、内村鑑三、新渡戸稲造、 白仁 武、信太寿之、小川二郎、岩村通俊、田村 顕允、滝川三浦家の人々、石川重蔵ら今では伝説 的な人物達に関する研究、北海道庁の開拓行政史、 各市町村史、北海道鉄道史、とくに空知太駅の歴 史、明治期札幌の歴史、北海道の自然環境史等を 調べまとめ上げたものである。

2. あらすじ:

今から 100 年以上も前、北海道がようやく本 格的開拓期を迎える明治 281895)年 919 日、白皙痩身の一青年が札幌駅に瓢然と降り立つ。 強い冷気の中緑濃いアカシヤ並木を青年は山形屋 旅館目指してゆっくりと歩んで行く。広々とした 直線道路の区画の所々に建物が点在し、そのヨ− ロッパ型都市風景のなか未だに原生自然性が漂い、 彼は不思議な新鮮さを感じつつ歩く。その青年は、 後に日本自然主義文学の旗手そして文豪として名 を馳せることになる、25 才の若き国木田独歩で あった。

独歩は、以前から北海道移住を夢見ていた。そ の年6月に東京で17才の佐々城信子(後に有島 武郎『或る女』のヒロイン葉子のモデルとなる) と会う。信子は、母に伴い明治26年春から北海 道伊達に居住。東京の自宅に一時戻っていた時の

出会いだった。 自分と同じく北 海道を愛する信 子への激しい恋 心。

そ の 年 2 月 、 道庁は、内陸部 開拓の進展を図 るため道内9

野の土地貸し下げを断行。その噂は東京の独歩に

に当たり、独歩は知人である内村鑑三から

る冷たい雨と風の中 も届いていた。恋愛の深まりのなか、独歩は、信 子との新生活を北海道の自由な山林のなかに夢見 る。逃避行先の栃木県塩原温泉から、独歩は北海 道の土地選定のため信子に見送られ出発。うらら かな天候の下に那須野が原は豊かに照り輝いてい た。

来道

札幌農学校教授新渡戸稲造を紹介されていた。新 渡戸はアメリカ留学から帰って4年。道庁殖民課 技師を兼務し開拓行政に関わっていた。札幌では 新渡戸の人脈のおかげで、移住地選定作業は順調 に進む。24 日朝道庁にて、空知川沿岸原野(現 在の赤平市一帯)に決定。

25 日朝、冬間近を思わせ

を空知に向けて旅立つ。車窓からは、曇天の空模 様のもと原生林が、濃緑の絨毯のように果てしな く広がる光景に驚愕する。11 時半頃(今は全く なき)空知太駅に降り立つ。その途端、原生林が 密に押し寄せてくるかのような圧倒する威圧感に

(15)

言葉を失う。人間集落は森という大海の中に散在 する離れ小島であり、その小島同士をかろうじて 結び付けるのは、密林の中をあたかも明渠水路の よ うに 弱々し く延 びる鉄 道で あり、 幅約 3m ほ どの未だか細い上川道路(現在の国道 12 号線) であり、その上を走る駅逓馬車のみ。車中の見知 らぬ男の言葉にしたがって、独歩はこの当たり唯 一の宿屋三浦屋(現在の滝川ホテル三浦華園)を 訪れる。

三浦屋主人庄作は、引き返して砂川駅まで戻り、

は歌志内の町に着く。ようやく

導されて、赤平

ただちに道庁出張員の小屋を

沿岸原野に開拓地を得たいという彼の試

.雑感:

北海道行を伝える『空知川の岸辺』を、 乗り換えて歌志内まで出て一泊し、明日歌志内か

ら山越えして空知川沿岸原野に出る行程を推奨。 かくして独歩は、乗合馬車が来るまでの数時間、 三浦屋二階から、荒天のもと荒涼と広がる新開地 の風景を見つめ続け、開拓者に立ちはだかる冷酷 な現実を知る。

夕方5時頃独歩

天候も回復した薄暮のなかを駅近くの石川旅館に 入る。夕食後、旅館の主人重蔵が語る北海道移住 に至った話しに耳を傾ける。北海道の土地に雄飛 し逞しく生きる雄飛人重蔵に人の力強さを感じ、 失いつつあった開拓への情熱を取り戻す。その後 宿を出て夜の歌志内の町を散歩する。北炭空知坑 開設による炭坑景気に湧く歌志内には、一旗上げ るべく多くの人々が入っていた。流れ着いた北海 道のさらに奥地での生活の厳しさを、暗い夜の酒 と歓楽とで忘れようとする人々の姿に、深い共感 と同情と人生の哀感を感ずる。

25 日朝石川旅館の息子に先

に向けての山越えをいよいよ敢行。北海道内陸部 空知の山々は、原生自然が織り成す華麗な秋の豊 かさをたたえていた。空知の比較的高温で多湿な 気候、空知川沿岸の肥沃に堆積した土壌、後氷河 期の微妙な気温の上昇下降。これらにより厳粛な までに鬱蒼とした針広混交の大原生林が地を覆い 地を圧していた。

赤平側に着いた時

発見。新渡戸と道庁拓殖課長白仁武との紹介を得 ていた独歩に対し、出張員2名は事情を理解し選 定用土地6個所を提示。こうして土地選定手続き はすべて終わる。今や旅の目的は遂行された。そ の時、戸外の時雨の音に誘われて独歩は小屋を出 て、喜ばしい達成感のなか当たりを散策する。

人間の空間感覚をはるかに凌駕する高さと広が り、人間の時間感覚をはるかに凌駕する原始性、 見通し得ず方向も定かではないような密集、そう した状態で森は広がっていた。独歩は引かれるか のように森の奥へと入り込み、倒木の上に座る。 森の真ん中でしばしたたずみ森の威迫を感ずる内 に、独歩には森全体が、人間の存在に関係なく厳 粛に毅然と自存しているのを感じる。彼はその力 を感ずるなかで、突然、ヨ−ロッパ文学が教える

「自然」という言葉の意味を実感する。穏やかで 柔らかに人を包む本州の森にはない、厳粛に自存 する「自然」そのものを空知の原生林のなかに見 出す。

空知川

み自体は成功する。しかしその後東京での信子と の結婚、半年後の離婚という激しい運命にほんろ うされ、開拓の夢は頓挫。しかし北海道の自然の 強烈な印象は、彼の心を終生北海道空知へと引き 付け続ける。空知の森のなかで独歩の中に深く彫 り込まれた「実体的自然観」こそが、やがて作品

「武蔵野」を生み出す。その「武蔵野」が、日本 人に「自然」の「自然」たる意味を広め市民化さ せる。つまり独歩の北海道行は、独歩にとっての みならず日本人にとっても、正式な意味での初め ての出会いの旅だったのだ。

独歩は、

東京発行の文芸雑誌『青年界』にて明治3511

(16)

月と12月にかけて発表。その作品は、 文学者ならではの盛んなる行動力 に裏付けられた旅の

明治期の

不安・憂愁と

時期に入り得る最も奥に至

を生み

見る空知川の流

大地だった時の、豊かな輝きを今に伝える

井洋著 道新選書『国木田独歩 空知川の岸 ともに、自然に対する崇高感情を

叙情的陰影の中で華麗に述べてい る。

独歩は、近代文学者としては最 も早い

った。そこには北海道の原生自然 が純粋に息づいていた。現在とは 全く異なる往時の北海道の生き生 きとした原生自然が満ちていた。 健康的な輝きのある原風景であっ た。しかしその風景は今はない。 独歩が見た風景は一体何処に行っ てしまったのか。失った風景の代 価は本当に価値あるものだったの か。開拓以来の北海道における人 の営みは、人間に本当の豊かさを 与えて

くれたのか。人為は自然に比肩し 得るもの

出したのか… 。独歩と同じように、 赤平の独歩苑から

れこそが、人為を超える安定した たくましさをむしろ感じさせる気 がする。

独歩の北海道行は、かつての北海道の厳粛 な大自然の信じられないほどの豊かさと、北 海道開拓の 100 年以上にも及ぶ歩みのなか で失ったものの大きさを突きつけるものでも ある。その旅は、北海道が本当の意味で希望

旅だった。

辺で』北海道新聞社 200311 13

(17)

2004 年次事務局記録

(1)会員動静(2004.1.12004.12.31、以下敬称略)

○ 入会(届け出順) 正会員(個人)

堀江 実(堀江不動産投資顧問事務所) 太田 清澄(北海道まちづくり促進協会・専務

理事)

西山 健一(札幌市都市局市街地整備部) 小山 茂(札幌大学女子短期大学部経営学科

秘書専攻・助教授)

吉田 惠介(札幌市立高等専門学校・教授) 洞澤 秀雄(札幌学院大学法学部・専任講師) 幸坂 浩(北海道新聞社生活部)

渡辺 大介(下川町森林組合・業務係長) ひろたまゆみ(北武農園地域再生プロジェクト) 正会員(法人)

深川市 学生会員

吉岡 宏高(札幌学院大学大学院地域社会マネ ジメント研究科)

畠山 勇豪(北海道大学大学院工学研究科) 田上 耕作(札幌国際大学大学院観光学研究科) 楊 溢 (札幌国際大学大学院観光学研究科) 黄 奎達(札幌国際大学大学院観光学研究科) 名誉会員

白藤 芳春(前北海道市長会事務局長)

○ 逝去 名誉会員

太田 實 (北海道大学名誉教授、北海道工業 大学名誉教授)

○ 退会(届け出順) 正会員(個人)

山本 克郎(札幌国際大学人文・社会学部) 柴田 浩英(広木造園土木)

早坂 静男(札幌市都市局開発事業部) 太田 充(筑波大学社会工学系) 佐藤 聰夫(北海道自動車短期大学) 学生会員

劉 斌 (室蘭工業大学大学院建設システム 工学専攻)

○ 休息会員 正会員(法人)

紋別市 芦別市 千歳市 帯広市 美唄市 網走市 稚内市

2004年次会員数(20041231日現在) 正会員(個人) 114

正会員(法人) 18団体 学生会員 20名 賛助会員 4団体 名誉会員 10

166名・団体

(2)2004年次運営体制(敬称略) 論文委員会

委員長 奥俊信(論文担当理事)

委員 岩井洋(理事)、佐藤克廣(理事) 高野伸栄、吉田恵介

企画委員会

委員長 平澤亨輔(企画担当理事)

委員 太田清澄(理事)、佐藤敏雄(理事) 淺川昭一郎(会長)、佐藤馨一(副会長) 編集広報委員会

委員長 筑和正格(編集広報担当理事) 委員 亀野淳(理事)、隼田尚彦(理事)、

愛甲哲也(理事) 総務委員会

委員長 愛甲哲也(庶務担当理事) 委員 石本正明(会計担当理事)

小山茂 特別委員会

委員長 中原宏

委員 眞嶋二郎(理事)、矢島建(理事)、 市岡浩子(理事)

(3)2004年次事業報告

① 年報、論文集、ニュースレターの発行

2003 年 次 学 会 年 報 「 北 海 道 都 市 40」 の 発 行

2004年8月)

2004 年次学会論文集「 都市学研究 41」 の発行

2004年8月)

2004 年 次 「 ニ ュ ー ス レ タ ー 第 1 号 」 の 発 行

2004年6月)

(18)

・ 「2004 年 次 ニ ュ ー ス レ タ ー 第 2 号 」 の 発 行

200411月)

② 第42回研究発表会

・日時:2004年8月21日(土)13301700

・会場:札幌市環境プラザ 環境研修室

・発表論文

【一般研究論文】 6編

・道路空間の観光資源化に関する研究シーニックバイ ウェイを視点として

・特区による観光振興に関する研究(I)北海道のエ リア型観光特区を視点として

・特区による観光振興に関する研究グリーンツーリズ ム特区を事例として

・環境産業におけるサービスの質に関する実証分析

・岩見沢市における灌漑溝の多面的利用に関する考察

・札幌市のモニュメンタル建築における視覚的様相 の季節変化に関する研究

【奨励研究論文】 3編

・プロビット型確率的利用者均衡配分による公共交通配 分モデルに関する研究

・札幌市における旧国鉄官舎について近代日本の都市 部における給与住宅に関する研究

・子どもの戸外遊び環境としての公園整備に関する研究

−都市における自然環境に対する子どもの認識

2004年次奨励研究(敬称略)

森 邦恵(北海道大学大学院経済学研究科)

・観光産業におけるサービスの質に関する実証分析 選考理由:本研究は観光経済学に基づいて,北海道に

おける観光産業(例えば,ホテルやレジャー施設な ど)のサービスについて実証的分析を行い,観光旅 行者のサービスに対する消費行動と観光施設の立地 による経済効果について考察するものであり,奨励 研究に値する。

④第29回北海道都市問題会議(敬称略)

・開催月日 200410月6日(水)、7日(木)

・会 場 深川市 プラザホテル板倉

・主 催 北海道都市地域学会、

北海道市長会、開催市(深川市)

・テーマ 「農業を軸とした新しい都市の創成∼新 農業都市の提案」

・基調講演 〈講 師〉

太田原 高昭(北海学園大学教授) 〈演 題〉

「食と農のあるまちづくり」 ・パネルディスカッション (パネリスト)

小松 正明(掛川市助役)

橋本 信(拓殖大学北海道短期大学 環境農学科教授) 加賀屋 誠一(北海道大学大学院

工学研究科教授) 林 美香子(フリーキャスター)

渡辺 滋典(元気村・夢の農村塾副塾長)

(コーディネーター)

太田 清澄(北海道都市地域学会理事)

(コメンテーター)

河野 順吉(深川市長)

・総 括 北海道都市地域学会理事 平澤 亨輔

⑤北海道都市地域学会セミナー(敬称略)

・開催日 200410月7日()

・会 場 深川市 プラザホテル板倉

・主 催 北海道都市地域学会

・テーマ 「農業を軸とした新しい都市の創成

∼新農業都市の提案」

「農業都市における生活交通の確保方策とその課題」 佐藤 馨一(北海道都市地域学会副会長)

「農業におけるコミュニティ・ビジネスの可能性」 河西 邦人(札幌学院大学商学部助教授)

⑥総会・理事会

<第1回理事会> 2004年3月10()

北海道大学ファカルティハウス・エンレイソウ

・入退会の承認

2003年次決算報告・事業報告

2004年次予算・事業計画の確認

・ 各委員会の構成について

・ 奨励研究の募集について

・ 創立40周年記念事業について

・ 「都市学研究」「北海道都市」の発行について等

(19)

<第2回理事会> 2004年7月26()

北海道大学ファカルティハウス・エンレイソウ

・ 入退会の承認

・ 日本都市学会会員の会費徴収について

・ 論文審査経緯と「都市学研究41」の発刊について

・ 第29回北海道都市問題会議企画の経過について

2004年次総会・研究発表会について

2004年次奨励研究の選考について等

<第3回理事会> 2004年8月21()

札幌市環境プラザ 環境研修室

・入退会の承認

・ 総会の報告・審議事項について

・ 研究発表会について

・ 第29回北海道都市問題会議企画の承認 等

<通常総会>

2004年8月21()

札幌市環境プラザ 環境研修室

・奨励研究授与

・報告事項 [1]会員動静

[2] 2004年次奨励研究

[3] 年報、論文集、ニュースレターの発行 [4] 2004年次運営体制

[5] 29回北海道都市問題会議

・審議事項

[1] 2003年次事業報告 [2] 2003年次決算報告 [3] 2004年次事業中間報告

[4] 2004年次中間決算報告 [5] 2005年次事業計画 [6] 2005年次予算案

・理事の交代、名誉会員の推薦

<第4回理事会>

200412月7日()

北海道大学ファカルティハウス・エンレイソウ

・入退会の承認

・ 第29回北海道都市問題会議(深川市)報告

・ 都市学研究編集規定について

・ ホームページの改訂について 等

(4)2004年次役員

会長 淺川昭一郎 北海道大学大学院農学研究科 教授

副会長 内田和男 北海道大学大学院経済学研究科 教授

佐藤馨一 北海道大学大学院工学研究科 教授

理事 愛甲哲也 北海道大学大学院農学研究科 助手

石本正明 北海道大学大学院工学研究科 助手

太田清澄 都市再生機構札幌あいの里事務 所

奥 俊信 北海道大学大学院工学研究科 教授

市岡浩子 札幌国際大学助教授

岩井 洋 酪農学園大学環境システム学部 教授

亀野 淳 北海道大学高等教育機能開発 総合センター助教授

小林英嗣 北海道大学大学院工学研究科 教授

佐藤克廣 北海学園大学法学部教授 佐藤敏雄 ㈱ドーコンまちづくり計画部長 白藤芳春 北海道市長会事務局長

(∼04年8月21日まで) 杉岡直人 北星学園大学社会福祉学部教授 田中博之 北海道市長会事務局長

04年8月21日から) 千葉博正 札幌大学大学院教授 筑和正格 北海道大学大学院国際広報

メディア研究科教授 中原 宏 札幌市立高等専門学校教授 隼田尚彦 北海道情報大学助教授 平澤亨輔 札幌学院大学経済学部教授 眞嶋二郎 北海道大学名誉教授

矢島 建 ㈱プランニングワークショップ 代表取締役

監事 山村悦夫 北海道大学大学院地球環境科学 研究科教授

加賀屋誠一 北海道大学大学院工学研究科 教授

(20)

(5) 2003 年次会計決算報告

(2003 年1月1日∼2003 年 12 月 31 日)

【一般会計】 (円)

収入の部 支出の部

費目 予算額 現在額 差額 費目 予算額 現在額 差額

繰入金 500,000 678,544 178,544 事業費 930,000 851,220 78,780 前年度繰越金 500,000 678,544 178,544 編集発行費 350,000 291,400 58,600 研究発表会費 80,000 72,700 7,300 会費収入 947,000 715,000 - 232,000 研究奨励費 200,000 200,000 0 正会員A 430,000 330,000 - 100,000 北海道都市問題会議費 200,000 250,600 - 50,600 正会員B 125,000 100,000 - 25,000 北海道都市学会セミナー 100,000 36,520 63,480 正会員C 270,000 190,000 - 80,000

学生会員 42,000 35,000 - 7,000

賛助会員 80,000 60,000 - 20,000 運営費 200,000 151,975 48,025

総会費 15,000 15,000 0

理事会費 25,000 23,126 1,874 その他 500 87,026 86,526 編集広報委員会費 90,000 50,000 40,000 預貯金利息 500 26 - 474 論文委員会費 40,000 50,049 - 10,049

便欄集販売 7,000 企画委員会費 15,000 13,800 1,200

実行委員会 80,000 特別委員会費 15,000 0 15,000

(都市問題会議) 事務費 270,000 249,189 20,811

消耗品費 10,000 5,376 4,624 通信費 150,000 145,500 4,500 事務用印刷費 30,000 20,128 9,872

雑費 10,000 7,585 2,415

人件費 70,000 70,600 - 600

予備費 47,500 0 47,500

予備費 47,500 0 47,500

収入合計 1,447,500 1,480,570 33,070 支出合計 1,447,500 1,252,384 195,116

収支残高(収入- 支出) 228,186

一般会計次年次繰越金 228,186 円

(21)

【特別会計】 (円)

収入の部 支出の部

費目 予算額 現在額 差額 費目 予算額 現在額 差額

日本都市学会払込基金 108,000 日本都市学会払込金 132,000 108,000 - 24,000

(2002 年次分) (2002 年次)

2002 年次正会員B 68,000 2001 年次正会員B 16,000 2000 年次正会員B 4,000 2002 年次名誉会員 16,000 2002 年次学生会員 4,000

日本都市学会払込基金 120,000 88,000 - 32,000 日本都市学会払込基金 120,000 0 120,000

(2003 年次分) (2003 年次)

正会員B 100,000 48,000 - 52,000 名誉会員 20,000 8,000 - 12,000 (2002 年次分)正会員B 24,000

(2001 年次分)正会員B 4,000 (2000 年次分)正会員B 4,000

収入合計 120,000 196,000 76,000 支出合計 252,000 108,000 144,000

収支残高(収入- 支出) 88,000

特別会計次年次繰越金 88,000 円

(22)

(6) 2005 年次予算

(円)

収入の部 支出の部

費目 予算額 費目 予算額

繰入金 250, 000 事業費 710, 000

前年度繰越金 250, 000 編集発行費 300, 000

研究発表会費 60, 000

会費収入 886, 000 研究奨励費 200, 000

正会員(個人/89 名分) 445, 000 北海道都市問題会議費 100, 000 正会員(個人・兼日本都市学/22 名分) 110, 000 北海道都市地域学会セミナー 50, 000 正会員(法人/22 口分) 220, 000

学生会員( 22 名分) 66, 000 運営費 135, 000

賛助会員( 4. 5 口分) 45, 000 総会費 15, 000

理事会費 15, 000

編集広報委員会費 30, 000

その他 100 論文委員会費 50, 000

預貯金利息 100 企画委員会費 15, 000

特別委員会費 5, 000

総務委員会費 5, 000

事務費 230, 000

消耗品費 5, 000

通信費 150, 000

事務用印刷費 20, 000

雑費 5, 000

人件費 50, 000

予備費 61, 100

予備費 61, 100

会計収入計 1, 136, 100 会計支出計 1, 136, 100

(23)

北海道都市学会 2004∼2005 年次役員

会 長 淺川昭一郎 北 海 道 大 学 大 学 院 農 学 研 究 科 教 授 造園学 副会長 佐藤 馨一 北 海 道 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 教 授 交通計画

内田 和男 北 海 道 大 学 大 学 院 経 済 学 研 究 科 教 授 マクロ経済学 理事 愛甲 哲也 北 海 道 大 学 大 学 院 農 学 研 究 科 助 手 造園学

石本 正明 北 海 道 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 助 手 都市計画、建築計画 市岡 浩子 札 幌 国 際 大 学 短 期 大 学 部 助 教 授 観光経営学

岩井 洋 酪 農 学 園 大 学 環 境 シ ス テ ム 学 部 教 授 環境文化論 太田 清澄 都 市 再 生 機 構 札 幌 あ い の 里 事 務 所 都市計画

奥 俊信 北 海 道 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 教 授 建築計画、都市計画 亀野 淳 北 海 道 大 学 高 等 教 育 機 能 開 発 セ ン タ ー 助 教 授 経営学

小林 英嗣 北 海 道 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 教 授 都市計画 佐藤 克廣 北 海 学 園 大 学 法 学 部 教 授 自治体行政 佐藤 敏雄 ド ー コ ン 総 合 計 画 部 技 師 長 都市計画 白藤 芳春 北 海 道 市 長 会 事 務 局 長 ( 2004 年 8 月 21 日 ま で ) 行政 田中 博之 北 海 道 市 長 会 事 務 局 長 ( 2004 年 8 月 21 日 か ら ) 行政 杉岡 直人 北 星 学 園 大 学 社 会 福 祉 学 部 教 授 社会学

千葉 博正 札 幌 大 学 経 営 学 部 教 授 交通システム、都市地域計画 筑和 正格 北 海 道 大 学 大 学 院 国 際 広 報 メ デ ィ ア 研 究 科 教 授 都市文化論

中原 宏 札 幌 市 立 高 等 専 門 学 校 教 授 都市計画 隼田 尚彦 北 海 道 情 報 大 学 助 教 授 環境行動学 平澤 亨輔 札 幌 学 院 大 学 経 済 学 部 教 授 都市経済学

眞嶋 二郎 北 海 道 大 学 名 誉 教 授 住宅計画、建築計画 矢島 建 プ ラ ン ニ ン グ ワ ー ク シ ョ ッ プ 代 表 取 締 役 都市計画

監 事 加賀屋誠一 北 海 道 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 教 授 土木計画 山村 悦夫 北 海 道 大 学 大 学 院 地 球 環 境 科 学 研 究 科 教 授 地域計画

北海道都市地域学会事務局(2004 年1月∼2005 年 12 月)

〒060-8589 札幌市北区北9条西9丁目 北海道大学大学院農学研究科園芸緑地学講座内 TEL & FAX011-706-2452 E-mail: tetsu@res.agr.hokudai.ac.jp

参照

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