Mathematical Appendix: A Quick Reference
TA:鈴木 慶春
2013 年 4 月 9 日
概要
このノートは,本講義に必要とされる数学的事実をまとめたものである。簡潔化のため証明 は行わず,全ての事項について結論だけを述べている。定理の証明や演習問題の解答,数学的用 語,本稿に載っていない事項については別のテキストを参照のこと。
微分に関する公式
• 対数関数の微分:(ln x)′= 1/x
• 掛け算の微分:(f (x) · g(x))′= f′(x) · g(x) + f (x) · g′(x)
• 合成関数の微分:関数 z = f (y), y = g(x) について, dz/dx = (dz/dy) · (dy/dx)
有限等比数列の和
初項a1, 公比 p の等比数列 akについて, p ̸= 1 であるとき, その和は次で与えられる。
n
∑
k=1
ak= a1(1 − p
n)
1 − p
無限等比数列の和
初項a1, 公比 p の無限等比数列 akについて, p < |1| であるとき, その和は次で与えられる。
∞
∑
k=1
ak= a1 1 − p
k 次の同次関数
正の整数k について, 次の関係が成立する関数を, k 次の同次関数という。 λkY = f (λx1, λx2, ..., λxn)
同次関数に関するオイラーの定理
k 次の同次関数について, 次の関係が成立する。(関数の下付き数字は, それによる微分を表す) kf (x1, x2, ..., xn) = fx1x1+ fx2x2... + fxnxn
この関係は, 同次関数に関するオイラーの定理と呼ばれる。
Exercise 1.
この定理がコブ=ダグラス型生産関数Y = AKαL1−αについて成立すること, つまり, Y = ∂Y
∂K · K +
∂Y
∂L · L が成り立つことを示しなさい。
ホモセティ ック関数
f (x) = f (y) を満たす全てのベクトル x, y について, f (λx) = f (λy) も同様に成り立つならば, この関数f はホモセティックであるという。
このとき, 明らかに全ての同次関数はホモセティック関数である。ただし, 全てのホモセティック 関数が同次関数であるとは限らない。
ロピタルの定理
ロピタルの定理(L
′Hˆopital’s Rule)とは, 関数 f (x), g(x) について,
• x = a を含む区間上で連続であり,
• 少なくとも x = a を除く点で微分可能であり(x = a で微分可能であっても良い。),
• さらに, x → a のとき,
x→alimf (x) = 0, lim
x→ag(x) = 0
が成り立つならば,
x→alim f (x) g(x) = limx→a
f′(x) g′(x)
という関係が成立するという定理である。この定理は, 不定形の極限を計算するときに大きな威 力を発揮する。なお, a を無限大に置き換えても定理は成り立つ。
Exercise 2.
CES 型生産関数Y = A [aKρ+ (1 − a)Lρ]1ρ が,ρ → 0 のときにコブ=ダグラス型生産関数に近づ くことを確認しなさい。(ヒント:対数をとったのち, ロピタルの定理を用いる。)
Exercise 3.
CIES 型効用関数u(ct) = c1−σt1−σ−1が,σ → 1 のときに対数効用関数 u(ct) = ln ctに近づくことを確
認しなさい。
凹関数
関数f が定義域の任意の点 x, y と任意の t ∈ [0, 1] について, f (tx + (1 − t)y) ≥ tf (x) + (1 − t)f (y)
を満たすとき, 関数 f は凹関数であるという。また, 不等式が厳密なときでも成り立つ場合, f は厳 密な凹関数(狭義凹関数)であるという。
凹関数と微分
• 関数 f が凹関数であるための必要十分条件は, その 2 階微分が非正であることである。
• 関数 f の 2 階微分が負ならば, 関数 f は厳密な凹関数である。この逆は成り立たない。
局所的最大解のための条件
• 必要条件:x∗が局所的最大解である⇒ f′(x∗) = 0 かつ f′′(x∗) ≤ 0
• 十分条件:f′(x∗) = 0 かつ f′′(x∗) < 0 ⇒ x∗は局所的最大解
テイラー近似
Cn級の関数f について, 次式を x = a における f (x) の n 次テイラー近似という。
f (x) ≃
n
∑
k=0
f(k)(a) k! (x − a)
k
テイラーの定理
Cn級の関数f について, 次式を満たすような点 z が x と a の間に存在する。
f (x) =
n−1
∑
k=0
f(k)(a) k! (x − a)
k+f(n)(z)
n! (x − a)
n
ちなみにn = 1 のとき, これは平均値の定理そのものになる。 f (x) = f (a) + f′(z)(x − a) Exercise 4.
x が非常に 0 に近い小さな数であるとき,
ln(1 + x) ≃ x
が成り立つことを示しなさい。
付録 1 :経済学に必要な最適化理論
1 等式制約下の最適化問題
経済学ではしばしば, 予算制約のもとでの効用最大化など, ある制約式のもとでの目的関数の最 大化が行われる。典型的な2 変数の最適化問題は, 次のような形をしている。
✓ ✏
[1] 典型的な問題 maxx1,x2f (x1, x2) s.t. g(x1, x2) = m
ただし, 関数 f ,g はともに C1級の関数である。
✒ ✑
これは, 制約式 g(x1, x2) = m のもとで, 目的関数 f (x1, x2) を x1, x2について最大化せよ, とい う内容である。
仮に制約式がx2= φ(x1) などの陽の形で表すことが出来るならば, それを目的関数に代入し直 すことで制約式の無い1 変数の最大化問題にすることが可能である。しかし残念ながら, それは常 に可能なことではない。したがって別のやり口を模索する必要があるが, それについては次の陰関 数定理が重要な役割を果たすことになる。
1.1 陰関数定理
Theorem 1.1 (Implicit Function Theorem).
[1] の最適解を (a, b) とする。もし, 関数 g(x1, x2) = m が (a, b) において, gx1(a, b) ̸= 0 または gx2(a, b) ̸= 0
を満たしているならば1,(a, b) の近傍において関数 g の well-defined な陰関数 x2= φ(x1)(また はx1= ϕ(x2))が存在する。
また, この関数φ は (a, b) にて微分可能であり, その導関数は, φ′(a) = −gx1(a, b)
gx2(a, b) で与えられる連続関数となる。
Proof. 証明には多くの数学的補助を要するため省略する。
陰関数定理により, 上記の関数が局所的に存在すること, そしてそれが微分可能であることが示 された。これを用いて, 次の重要な定理を証明する。
1
関数の下付き記号は, それによる微分を表す。なお, このような条件を満たしている (a,b) を正則点という。
1.2 ラグランジュ乗数法
Theorem 1.2 (Lagrange).
[1] の最適解を (a, b) とする。このとき関数 f ,g について, 以下の 3 つのラグランジュ条件,
[i] fx1(a, b) − λgx1(a, b) = 0 [ii] fx2(a, b) − λgx2(a, b) = 0 [iii] g(a, b) = m
を満たす一意のラグランジュ乗数λ
∗
が存在する。つまり最適解(a, b) は, ある実数 λ について, 次で定義されるラグランジュ関数
L ≡ f (x1, x2) − λ (g(x1, x2) − m) を最大にする解である。
Proof. 省略
この定理の逆は一般には成り立たない。つまり, ラグランジュ関数の最大解を求めたからと言っ て, 元の問題の最適解を求めたことにはならない。しかし, 目的関数が擬凹 (pseudo-concave) かつ 制約式が準凹(quasi-concave) ならば, ラグランジュ関数を最大にする (x∗1, x∗2) は, もとの問題の大 域的な最適解になることが知られている。したがって, 目的関数が凹関数で, 制約式が線形で与え られているような典型的な問題では, 細かいことを気にせずにラグランジュ関数を用いた制約式の ない最大化問題を解くだけでよい。
• 直感的説明
なぜラグランジュ関数の定義が適切なのか, ラグランジュ条件の意味は一体何なのか, それらに ついて直感的な説明をしよう。
まずこの問題において, 一度制約式を無視して, 自由に x1,x2が選べるとする。ただし, 制約式の 左辺g が右辺 m の値を 1 単位上回るごとに λ だけの罰を受ける, というルールを定める。ただし 逆に下回れば, λ だけの利得を受けることとする。このとき, そのような主体の目的関数は, 次のラ グランジュ関数になる。
L ≡ f (x1, x2) − λ (g(x1, x2) − m)
仮にx1,x2を自由に選んだ結果g の値が m をオーバーしたとすると, 制約を守ったときより f の 値を上げることが出来るものの, 一方でペナルティを払わなければならないことになる。
もしもペナルティλ が小さい値ならば, この主体は制約式を少々破ったとしてもそれほどの痛手 ではないので, ルールを破る(g(x1, x2) > m)ことが最適になるだろう。また逆に, λ が大きい値 ならば, 今度は制約式を過剰に守る(g(x1, x2) < m)ことで L の値を上げることができる。
よって, λ がある適切な値 λ∗に定まれば, この主体は制約式をちょうど守る(g(x1, x2) = m)こ とが最適になるはずである。そのような適切なλ とは, 制約式を破るメリットとデメリット(もし くは制約式を守るデメリットとメリット)が釣り合うようなλ のことであり, 上のラグランジュ条 件[i] と [ii] はそのことを述べたものなのである。
より厳密には, 定理 1.2 の 3 式を満たす (x∗1, x∗2, λ∗ ) は, ラグランジュ関数の最大解というより鞍 点である。事実, (x
∗ 1, x
∗
2) は上記の通り L(x1, x2, λ∗) を最大にするが, λ∗ は一般にはL(x∗1, x∗2, λ) を最大にはしない。
✓ ✏
[2] まとめ
特定の条件下で, 等式制約下の最適化問題は, ラグランジュ関数の鞍点問題に変換できる。
✒ ✑
2 不等式制約下の最適化問題
経済学ではしばしば, 予算制約のもとでの効用最大化など, ある制約式のもとでの目的関数の最 大化が行われる。典型的な2 変数の最適化問題は, 次のような形をしている。
✓ ✏
[3] 典型的な問題 maxx1,x2f (x1, x2)
s.t. gi(x1, x2) ≤ m i=1,...,n
ただし, 関数 f ,g はともに C1級の関数である。
✒ ✑
これは, n 本の制約式 gi(x1, x2) ≤ m のもとで, 目的関数 f (x1, x2) を x1, x2について最大化せ
よ, という内容である。
[3] の問題の最適解において, n 本の全ての制約式が bind2しているとは限らない。bind している 制約式もあれば, そうでない制約式も当然あるだろう。
しかし最適解において制約式がbind していないということは, 解はその制約について内点解に なっているということである。したがって, たとえその制約が最初から存在していなかったとして も, その問題の最適解は変わらない。例えば通常の効用最大化問題において予算制約に加え消費 x について非負制約を課したとしても, それが最適解で満たされるのは至極当然のことであるから, そんな制約はあっても無くても同じである。
つまり, 最適解において bind している制約式がどれか分かれば, 上の [3] は, bind していない他の 制約式を無視した等式制約下の最適化問題に変換可能であり, それは既に知っているラグランジュ 乗数法で解くことができる。そこで問題となるのは, どうやって制約式を選別するかということで あるが, それは以下で述べるクーン・タッカーの定理の中で述べてられている。
2
ある点 x にて, 不等式制約が等号で成り立っているとき, 不等式制約は x にて binding(または active)であるという。
2.1 クーン・タッカーの定理
Theorem 2.1 (Kuhn-Tucker Theorem).
[3] の最適解を (a, b) とし, 関数 f ,giについて次のラグランジュ関数を定義する。 L(x1, x2) ≡ f (x1, x2) −
n
∑
i=1
λi(gi(x1, x2) − m)
このとき, 最適解(a, b) とラグランジュ関数について以下の条件,
[i] ∂L(a, b)
∂x1
= 0 [ii] ∂L(a, b)
∂x2
= 0
[iii] gi(a, b) ≤ m (λi> 0 のときは gi(a, b) = m) [iv] λi≥ 0 (gi(a, b) < m のときはλi= 0) を満たす非負のラグランジュ乗数のヴェクターλ
∗= (λ1, ..., λn) が存在する。 Proof.
2.2 相補スラック条件の解釈
上の定理の[i], [ii] はラグランジュ条件のものと同じで, [iii] と [iv] は相補スラック条件(Comple- mentarily Slackness Condition)と呼ばれるものである。ところで, [iii] と [iv] は, 次のようにまと められる。
λi≥ 0, gi(a, b) − m ≤ 0 ただし, λi(gi(x1, x2) − m) = 0 ∀i = 1, ...n
これは, bind している制約式に関しては正の λ を, bind していない制約式には 0 の λ を割り当 てる, ということを述べている。それによって, 最適解において bind していない制約式のみをラグ ランジュ関数の中から巧みに取り除くことができる。
2.2.1 直感的解釈
ここでも, 先ほどのペナルティの理屈が直感的理解を助けてくれる。そもそも何故ペナルティを 課したかというと, そうしないと経済主体は最適解において制約を守らないからであった。先ほど は, 制約なしの状況において自由勝手に変数を選ばせると, 必ず制約式を破るような主体を前提と して考えていた。
しかし一方, 最初から存在しなくても最適解において必ず厳密に守られる(g(a, b) < m)ような 制約についてはどうだろうか。そんな制約式について, わざわざペナルティを課す必要はあるだろ うか?答えは否である。
ペナルティの重さは, それと対応する制約式の重さと直結していると考えて良い。殺人に対し厳 罰が処せられるのは, 殺人罪が社会に悪影響を与える重罪だからである。逆に, あっても無くても 人々が遵守するような法律には, それを破ったときの処罰など設定する必要はない。つまり, その 制約が無くとも最適解で必ず厳密に守られるならば, そんな制約はペナルティを課す価値など無い のだ。
2.2.2 経済学的解釈
ここまでラグランジュ乗数λ をペナルティと見なしてきた。しかし経済学的には, λ は資源のシャ ドープライス(利用可能な資源が限界的に1 単位増加したときに, 目的関数の値がどれほど上昇す るか, という値)であることが知られている。それを確認するために, 次の効用最大化問題を考え よう。
✓ ✏
[4] 典型的な効用最大化問題 maxx U = u(x)
s.t. p · x = w
ここで, p,x はそれぞれ価格ベクトル, 財ベクトルであり, w は所得である。
✒ ✑
この問題をラグランジュ乗数法を用いて解くと, 財についての需要関数 x(p, w) が得られ, それを 効用関数に代入することで間接効用関数v = u[x(p, w)] が得られる。以下からは, ラグランジュ乗 数が所得の限界効用となっていることを示す。
このValue function とも言うべき間接効用関数を所得w で微分すると, チェーン・ルールより,
∇u[x(p, w)] · Dwx(p, x)
となる。ここで, ラグランジュ条件から ∇u[x(p, w)] = λp(p は価格ベクトル)であり, また Engel Aggregation から p · Dwx(p, x) = 1 であるから, ∇u[x(p, w)] · Dwx(p, x) = λ を得る。
λ が資源のシャドープライスであることが分かったところで, 相補スラック条件の解釈に移ろう。
✓ ✏
[5] 相補スラック条件
[iii] gi(a, b) ≤ m (λi> 0 のときは gi(a, b) = m) [iv] λi≥ 0 (gi(a, b) < m のときは λi= 0)
✒ ✑
• シャドープライス λ が正であるとき(λi> 0)
このとき, 仮に資源が 1 単位だけ天から降ってきたとすると, 主体は間違いなくそれを消費する。 なぜなら, 資源の限界効用が正であるから, 資源を消費することで目的関数の値を上げることがで きるからである。すなわち, 主体は少なくとも現在手元に存在する資源を余すことなく使っている ことになる。つまり, 制約式が bind している(gi(a, b) = m)ことになる。
• 最適解において制約式が bind してないとき(gi(a, b) − m < 0)
このとき, 主体は最適解において資源を余らせていることになる。仮に, もう 1 単位余計に資源 が増えたとしても, 目的関数の値は増えない。つまり, 資源のシャドープライスはゼロであるとい うことになる。⇒ λi= 0
付録 2 :線形の連立差分方程式の解法と解の安定性
動学モデルの定常状態を発見することは重要であるが, 我々はその安定性についてもしばしば興 味を抱く。数本の微分方程式(差分方程式)からなるラムゼイモデルの定常状態の安定性を調べ るには, 位相図を描くなどグラフィカルな手法を用いることも有力だが, 解析的な手段も存在する。 ただし一般的にモデルは非線形であり, そのままでは分析が非常に困難である。したがって, まず モデルを近似により線形化し, 定常状態の近傍における位相的性質を調べるという手段を用いる。
3 モデルを差分方程式群として近似する
一般的なラムゼイモデルにおける2 変数の非線形ダイナミクス ( ct+1
ct
)σ
= β[αkt+1α−1+ 1 − δ − n] kt+1= ktα+ (1 − δ − n) − ct
を, 定常状態からの乖離具合を表す ˜kt ≡ ln kt− ln k∗とc˜t ≡ ln ct− ln c∗ を用いて対数線形化
(Uhlig’s method)することにより, モデルを 2 本の差分方程式群として近似ができ, それは以下の 行列表現
A [˜
kt+1
˜ ct+1
]
= B [˜
kt
˜ ct
]
にまとめられる。A と B は 2 行 2 列の行列である。 ここで, 行列 A に逆行列が存在するならば,
[˜ kt+1
˜ ct+1
]
= A−1B [˜
kt
˜ ct
]
と書くことが出来る。簡単化のため, P ≡ A−1Bと定義し, 各要素を次のようにおく。 P ≡[pp11 p12
21 p22
]
3.1 特殊ケースの解
もしもp12= p21= 0 ならば(つまり P が対角行列ならば), この線形システムは,
˜kt+1= p11k˜t
˜
ct+1= p22c˜t
と書くことができ, これらの一般解は,
˜kt= c1pt11
˜
ct= c2pt22
となる。ここでc1, c2は任意定数である。
しかし, 一般的に P が対角行列ではないので, この方程式系を対角化する座標変換を行う必要が ある。ここで, 行列の対角化についておさらいしよう。
3.2 行列の対角化
✓ ✏
もし行列P が固有方程式 |P − λI| の重解を持たない(異なる 2 つの固有値 λ1とλ2が存在す
る)ならば, それらに対応する固有ベクトル e1≡[e11
e12
]
and e2≡[e21 e22
]
はそれぞれ線形独立であり, それらを並べた行列Eは行列 P を対角化する。すなわち, E−1P E = Λ
が成立する。ここで, 行列 E, Λ は, 以下で定義される。 E ≡[ee11 e21
12 e22
]
Λ ≡[λ1 0 0 λ2
]
✒ ✑
ここで, 行列 P が異なる 2 つの固有値を λ1, λ2を持つと仮定する。またx
′
t= [˜ktc˜t] と定義する と3, 本モデルの行列表現は
xt+1= P xt ⇔ E−1xt+1= E−1P (EE−1)xt
⇔ E−1xt+1= (E−1P E)(E−1xt)
⇔ E−1xt+1= Λ(E−1xt)
⇔ yt+1= Λyt
と書きなおすことができる。ここで, yt≡ E
−1
xtである。これはy′t= [y1t yt2] とすると, [yt+11
yt+12 ]
=[λ1 0 0 λ2
][yt1 yt2 ]
と書くことが出来る。
3.3 一般解を求める
前々節で見たように, これらの一般解は
yt1= c1λt1 and yt2= c2λt2 となる。ここでc1, c2は任意定数である。
これを元々のベクトルxtに直すと, xt= Eytより, 以下のようになる。 [˜
kt
˜ ct
]
= [e11 e21 e12 e22
][c1λt1 c2λt2 ]
= [c1e11λ
t1+ c2e21λt2 c1e12λt1+ c2e22λt2 ]
以上, ラムゼイモデルの挙動を描く 2 つの変数の一般解を, 固有値, 固有ベクトル, 任意定数にて 表した。
3
ベクトルの肩付きの′ は転置を表す。
3.4 定常状態の安定性
上の行列表現を連立方程式の形で再掲する。
˜kt= c1e11λt1+ c2e21λt2
˜
ct= c1e12λt1+ c2e22λt2
行列P の固有値が実数で与えられている場合, 定常状態の安定性をチェックするためには, 固有値 λ1とλ2が絶対値で1 より小さいのか大きいのかを見れば良い。
• 両方の固有値の絶対値が 1 より小さいケース
上の2 本の式を見れば分かるように, limt→∞kt= 0 および limt→∞ct= 0 が成立する。これ はつまり, どのような任意定数をとっても, 時間が進むにつれて定常状態との乖離が 0 に収束 することを表している。すなわち, 定常状態は安定 (stable) である。
• 両方の固有値の絶対値が 1 より大きいケース
この場合は反対に, どのような任意定数をとっても limt→∞kt= ∞ と limt→∞ct= ∞ が成 立する。これは時間に従って定常状態との乖離が大きくなり発散することを表している。す なわち, 定常状態は不安定 (unstable) である。
• 片方の固有値の絶対値だけが 1 より大きいケース
|λ1| < 1, |λ2| > 1 と仮定する。このとき任意定数 c2が0 であることと, このシステムが定常 状態に収束するというのは同値になることが2 本の式から読み取れる。つまり定常状態に向 かうためには, c1はどの値であっても良い一方で, c2は0 でないといけない。これは, ある初 期点では収束するが他では発散するという鞍点安定の性質そのものである。
3.5 数学的に厳密な話
上記の話は, あくまでも定常状態の近傍で評価したときの動学的ふるまいを表しているに過ぎ ない。しかし, 行列 P が絶対値が 1 に等しい固有値を持たない場合はこの定常状態は Hyperbolic Equilibrium(双曲均衡)と呼ばれ, そのもとでは近似する前のもともとのモデルと位相的に同値 になるような近傍が存在することが, Hartman と Grobman によって証明されている。したがって 定常状態の安定性を議論する際には, 多くの場合, 定常状態の近傍だけを取り上げて調べれば十分 であると言える。
経済数学の参考図書
• 岡田章 (2001).『経済学・経営学のための数学』, 東洋経済新報社
• 神谷和也・浦井憲 (1996).『経済学のための数学入門』, 東京大学出版会
• A. C. Chiang(2005). Fundamental Methods of Mathematical Economics, McGraw Hill Higher Education; 4th Revised Edition.
• A. Fuente(2000). Mathematical Methods and Models for Economists, Cambridge University Press.
• R. J. Barro, and X. Sala-i-Martin(2003). Economic Growth, Appendix on Mathematical Methods, McGraw Hill; 2nd Edition.