Kapitel5
訳)
ほぼ1年間、憤慨した労働団体は共に争った。今では機関士労働組合GDL(ドイツ機関 士労働組合)は原投票で、組合がドイツ鉄道から苦労して奪取した新たな労働協約を承認 した。それによって鉄道戦後史史上最も長く最も激しい賃金を巡る紛争は解決された。 機関士たちがストライキをしたので、鉄道利用者は多くの怒りを甘受しなければならな かった。いつも列車は大幅に遅れて走行した。もしくは全く走行しなかった。人々は旅行を 延期しなければならなかった、もしくは職場に時間通りに到着しなかった。多くの就業者た ちはむしろ自家用車で乗って行った。このことは道路を無秩序な交通量の割合へ誘引した。
(=混乱した交通渋滞へ導いた。)このドイツ鉄道を誰も良く思わなかった。次第に鉄道の 乗客の、機関士たちの状況への理解も弱まった。機関士たちは、2007 年3月に独自の労働 協約を求めた要求を持って闘争を開始した。乗務員はもはやその他の鉄道職員と同じ労働 条件を持ってかまわないわけではなかった(=では満足しなかった)。GDLは機関士、列 車乗務員、そして食堂車の仕事仲間のより良い賃金(=賃上げ)とより少ない労働時間
(=労働時間短縮)を要求した。その労働組合はこの職業団体の独自の責任と負担でこれ
(=要求)を正当化した。
ドイツ鉄道の従業員のために、3つの労働組合が存在している。トランスネット、GDB A、そしてGDLだ。約2万人の鉄道職員によってGDLのおおよそ 80%が組織された。初 め、トランスネットとGDBAは警告ストライキに参加したが、やがて 4.5%の運賃引き上 げと 600 ユーロの一時金で満足した。それに対して、GDLはこれ以上の特別の労働協約、 並びに 31%多くお金を要求した。2007 年の下半期、連邦全土にわたり、再三再四、近距離 列車、近郊鉄道、そしてついには貨物列車までもが停滞した。12 月、ドイツ鉄道はすべての これまでの労働提案を取り下げた。GDLは 2008 年1月に旅客輸送と貨物輸送において 無制限のストライキを予告した。賃金の党派(=協約の当事者同士)の統一をもって最後 の時(=ぎりぎり)でそれ(=ストライキ)は避けられた。
GDL会長のマンフレート・シェルは満足している。機関士たちは特別の労働協約とド イツ鉄道史上最高の労働協KKKa Kka 約を持っている。彼らは 11%のより多い賃金(= 賃金引き上げ)と、2009 年2月から完全な給料の補填を伴った1時間の労働時間短縮を得 ている。この件は難点があり得るかもしれない。「人員削減とより高い運賃がひょっとする と結果である」、とDB社長のハルトムート・メードルンは知らせた。