• 検索結果がありません。

帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2004年 4月号

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2018

シェア "帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2004年 4月号"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

− 18 − − 19 −− 19 −  死んだ者はその体験を語りえない。ゆえに、死の一 瞬は戦史にも歴史教科書にも記述できない。私のベン ガル湾海域調査は「記述しえない」戦場の原況を「想 像する旅」でもある。インドネシアのバタム島、シン ガポールの市街地、スマトラ島、マレー半島東部のコ タバル、バングラデシュのチッタゴン…マラッカ海峡 とその周辺を北上しつつ、インド、ビルマ戦線の名所 ならざる戦跡に立つ旅は続く。

戦跡の道 ミャンマーはモンスーンの豪雨のただ中に あった。モーラミャインへの途はただ泥濘である。早 朝から降り続く雨の中を、もう12時間も走っている。  20以上ものチェックポイント、人の歩く速度以上に はスピードの出せない仮設橋、重武装の兵士たち、濁 流を射す探照灯、連なる軍用車、タイ国境から貨物を 満載したトラックの列。モーラミャインへひた走る車 は、我々の乗ったオンボロのバンのみ。恐らくは、政 府情報機関の一員であろう、チャーター車の運転手兼 ガイドは、流暢な英語ができるにもかかわらず、寡黙 である。夜8時をすぎた。雷光が走り、一瞬、眼前に 黒々とした密林のシルエットがうかびあがる。ビルマ 戦線のこの道で、兵は死んでいった。10時、前方の闇 にぼんやりと光の点があらわれるや、車は人気のない モーラミャインの町にすべりこんだ。

棄民クーリーのインド人 翌朝、ホテル前のタンルウ ィン(サルウィン)川は濁流であった。川岸にしがみ つくように並ぶ波止場へ、麻袋の荷を運ぶインド系労 働者の群れはボロキレである。河水と麻袋とインド人 クーリーとは、黄褐色に渾然一体となり、背景の緑の ヤシ林の中に溶けこんでいた。数十万という「定量化 された移民」の一人ひとりが眼前にうごめいている。 シリコンバレーやニューヨークのビジネス街をかっぽ するインド系新移民エリートたちの対極が、ここモー

ラミャインに生きている。

バヨネットが手から離れる時 モーラミャインの丘の 頂上に立つ仏教寺院から、広大な刑務所とキリスト教 会の尖塔が見わたせる。目の前にぬっと鞘入りの銃バヨネット剣 が差し出された。寺院の管理人であろう中年男が「こ のバヨネットを見ろ」という。鞘をはらうと、所々黒 い斑点が残るが、刃はにぶく光る。30cmばかりの日 本軍歩兵銃の銃剣である。この銃剣が兵の手から離れ たその一瞬、彼の意識は「何」であったのか。日・英・ 印・ビルマ出身十数万の兵が、ベンガル湾海域のこの 地で死んでいった。自らの意思によらず、何故死んだ かを問うのは愚問である。その非条理は、『戦没農民 兵士の手紙』や『きけわだつみの声』にあふれている。 私の関心は「何故」ではなく、この地で「どのように」「何 を思いつつ」死んでいったのか、その一瞬を想像する こと、各地の戦跡に立って、ただただ、極限の状況を 想像して立ちつくすことである。

戦争のアジア近代史を学ぶ 今の学生は、第一次、第 二次世界大戦の区別も知らない。戦争をゲーム感覚で とらえている。戦争はバーチャルである。高校・大学 の教員の多くはそう嘆く。だがそうだろうか。200名 程の学生を相手に「20世紀アジアを戦争から読む」を 講義した。戦争写真、ドキュメンタリー映像、新聞記 事、戦争を描いたアニメや映画、戦争体験者の話…… 様々なメディアと視覚から戦争を通してアジア近代を 考える、というのが私のねらいであった。

 日清・日露戦争にはじまって、第一次世界大戦、日 中戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、 そしてイラク戦争まで順を追って概観する予定であっ た。しかし、私の予想は大きくはずれた。90分の講義 の後、毎回日本人学生、中国人留学生、中国残留子弟 学生などが次々とつめよってきて、私の講義に訂正を 加えてくれた。戦争を知らないのは、私であって、彼 らではないようだ。私はあらためて、本腰を入れて「戦 争のアジア近代史」を学ばねばならなくなった。結局 半年かけての講義で、第一次世界大戦までしか進まな かった。

 彼らが何故こんなに戦争の史実に関心をもつのか。 「中学・高校の先生が熱心に授業してくれた」「日本は おかしくなっているんです。そのおかしさの中で僕ら 生活しているんです」「戦争の実態を自分なりにわか りたい」…彼らの回答である。大学の21世紀アジア史 教育は、もう一度、中学や高校の教育を再評価しつつ、 組みかえてもよいのではないか。私は今そう思う。 南海寄帰内聞伝

モーラミャインのバヨネット

追手門学院大学教授/中部高等学術研究所客員教授 重松伸司

参照

関連したドキュメント

仏像に対する知識は、これまでの学校教育では必

 調査の対象とした小学校は,金沢市の中心部 の1校と,金沢市から車で約60分の距離にある

 彼の語る所によると,この商会に入社する時,経歴

キャンパスの軸線とな るよう設計した。時計台 は永きにわたり図書館 として使 用され、学 生 の勉学の場となってい たが、9 7 年の新 大

の原文は“ Intellectual and religious ”となっており、キリスト教に基づく 高邁な全人教育の理想が読みとれます。.

一貫教育ならではの ビッグブラ ザーシステム 。大学生が学生 コーチとして高等部や中学部の

●生徒アンケート質問 15「日々の学校生活からキリスト教の精神が伝わってく る。 」の肯定的評価は 82.8%(昨年度

● 生徒のキリスト教に関する理解の向上を目的とした活動を今年度も引き続き