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ニューズレター TARS, Tohoku Association for Romantic Studies TARS Newsletter 4

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Academic year: 2018

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TARS : Tohoku Association for Romantic Studies

東北ロマン主義文学・文化研究会 ニューズレター 第四号

TARS Newsletter No. 4

[April 1, 2016]

この一年を振り返って

 今年度もまた興味深いシンポジュウムと充実した研究発 表があり、多くの方にご参加いただきました。専門の研究 領域は限られていても安住することなく守備範囲はもっと 広くと思う研究者にとって、17・18世紀から19世紀までを 横断し専門領域も様々なTARSはうってつけの研究会だと 思います。

2015年7月18日に開催した第6回研究会では、「ロマン派 詩人における形而上詩人の継承と再評価」をテーマとした シンポジュウムが行われました。最近は余り耳にしません が、かつて日本でも形而上詩(人)ブームがあり、わたし の院生時代、先輩たちの修士論文の大半がダン論であった ことを思い出します。本シンポジュウムの司会者兼講師・ 高橋正平氏のレジュメによれば、形而上詩復活の足場を築 いたコウルリッジと20世紀における形而上詩復活に大きく 寄与したT・S・エリオット、両者の存在なしには形而上 詩復活はありえなかったということになります。形而上詩 人とロマン派詩人を比較し形而上詩人に軍配を上げたかに 見えるエリオットですが、実は、彼自身、ロマン主義時代 の詩人を重要な栄養源にしていたことはすでに明らかにさ れています。形而上詩にとくに強い関心を寄せたコウル リッジですが、エリオットにとってもコウリッジは、サ ミュエル・ジョンソンやドライデンと並ぶ「詩人・批評 家」のなかでもひときわ心ひかれ、書斎にその肖像画を飾 り自らを重ね合わせる程の存在でした。そのコウルリッジ が、具体的にダンの詩をどのように読んでいたか。この興 味深いテーマに笹川浩氏が取り組みました。本シンポジュ ウムで取り上げられたのは主としてコウルリッジとダンで すが、エリオットが触れなかった他のロマン主義時代の詩 人たちとダン以外の形而上詩人たちの影響関係はどうなっ ているのか、大変気になります。

代表 鈴木雅之

 本シンポジュウム発表を元にした論考は、2016年12月刊行 予定の『東北ロマン主義研究』(TRS)第3号に寄稿いただ く予定です。高橋正平氏と笹川浩氏に加えて、新進の米澤光 也氏からも、基礎資料等が陸続と出版されるなど活況を呈 する今日のエリオット研究の成果を踏まえ、意欲的なご論 考をいただけるものと期待しております。

2015年12月5日開催の第7回研究会では、佐藤義明氏の丁寧 かつ明快な司会で、土井雅之氏による「材源との比較から読 み解くラム姉弟『シェイクスピア物語』」を聴きました。 チャールズ・ラムは、コウルリッジに形而上詩への関心を喚 起するなど、ロマン主義時代の動向に決定的な影響を与えま した。『シェイクスピア物語』をその材源に遡って比較する という、シェイクスピア研究者ならではの発想を興味深く思 いました。

続いて平井山美氏の行き届いた司会で、今井裕美氏の

「「落涙」から見る感傷主義と道徳感情―『感情の人』から Anti-Slavery Poemsまで」を聴きました。感傷文学と旅行文 学に現れた男性の「落涙」に注目し、そこに単なる同情や共 感とは異なった意味と機能を探り出し分析し、さらにハナ・ モアら奴隷貿易廃止主義者による人道主義的な詩作品群に接 続するというダイナミックな試みでした。研究発表をベース にしたおふたりの充実したご論考を、是非、『東北ロマン主 義研究』第3号で拝読したいと思います。

* * *

機関誌『東北ロマン主義研究』(TRS)第2号(2015年12 月発行)には、2014年1月から2014年12月つまり第4回のシ ンポジュウムと第5回の研究発表をそれぞれ元にした論考を5 本掲載いたしました。TRSの紙媒体は発行部数に限りがあり ますが電子版はどなたにも配信いたしますので、下記アドレ スにメイルでお申し込み下さい。

[email protected]) この度竹森徹士氏のご尽力により、見事なTARSのホーム ページが完成しました。会員全員参加を基本的方針とする TARSに相応しく、わたしたちはこのHPもすべての会員がそ れぞれの立場から自由に参加する/できる仕組みにしたい と考えています。今後のTARSの広報活動に一大革命(!) が起きるかも知れません。この『ニューズレター』第四号 がみなさまのお手許に届く頃までには、おおよその運用方 針を定め7月の臨時総会でお諮りします。HPを通してTARS のアカデミックな側面に、面白さと楽しさをつけ加えるこ とができればと期待しています。

(2016年3月20日)

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◇◇◇◇◇◇ ご 報 告 ◇◇◇◇◇◇ 1. TARS 研究会

2015年度は下記の要領で開催されました。

<第 6 回 東北ロマン主義文学・文化研究会>

・日時:2015年 7 月 18日(土)13:30~17:00

・場所:東北大学大学院文学研究科・文学部 811 教室

・参加者:臨時総会 3 3 名(当日出席者 16名、委任状 17 名)、シンポジュウム 33名(非会員2名含む)

*臨時総会 13:30~14:10

*シンポジュウム 14:20~16:50

テーマ:「ロマン派詩人における形而上詩人の 継承と再評価」

講師・司会:高橋正平 氏(新潟国際情報大学教授・

新潟大学名誉教授) 講師:笹川 浩 氏(中央大学教授)

講師:米澤光也 氏(東北大学大学院 博士後期課程2年) 本シンポジウムでは形而上詩人特にJohn Donneの没後

(1631)、彼の詩が17世紀から18世紀を通してロマン派詩 人にいかにして継承されたか、そして20世紀における Eliot の形而上詩再評価を扱う。

形而上詩人と言えば、まず最初に思い浮かぶのはDonne である。彼の詩はそれまでの英詩を一変させた。  Petrarch、Spenser流の詩に反旗を翻すかのように「感情」 を感じるだけの詩に対してDonneは、「感情」と「知性」 を織り交ぜた多くの詩を書いた。Donneの詩のwit は読者 を時には驚嘆させ、時には反感・怒りを買った。生前中か らDonneへの評価はwitを中心として賞賛、時には非難と 変わるが、Donneの死後も彼の詩への評価基準はwitであ る。Ben Jonson, John Dryden, Samuel Johnson, Alexander Pope等はwit中心にしてDonne批判を繰り返したが、この 批判態度はロマン派を迎えると一変する。彼らはwitから のみDonneをみることをせず、Donneの詩を詩として読ん だ。ロマン派以前のDonne批判は肯定へと変わるが、それ は彼らがDonneの詩を詩として読んだからであった。シン ポジウムではDonneを中心に彼への評価の変遷を明らかに し、いかにしてDonne批判が肯定へと変化していったかを 考えることにする。形而上詩とロマン派の詩は、一見す ると全く相反する詩のような印象を与える。一方は、感 情のみならず知性を詩に取り入れることによって強靱な 詩を作り上げた。他方は、「感情」が主である。ところ がロマン派の中でも特にColeridgeは、Donneに対してなみ なみならぬ興味を示した。ColeridgeとDonneとの接点はど こにあったのかを笹川先生に発表して頂く。

20世紀の形而上詩復活という問題を考えるとき、T. S. Eliotはどうしても取り上げねばならない詩人である。良 かれ悪しかれ、Eliotなしで20世紀において形而上詩復活 はありえなかったと言っても過言ではない。最初Eliotは 形而上詩を激賞するが、その激賞は批判へと変わってい く。「知性」と「感情」の統一が「分裂」へと変わる。 の態度を一変させたのか。この問題について米澤さんに 報告して頂く。

Eliot が「最近の形而上詩崇拝の救世主であったとすれ ば、Coleridgeは洗礼者Johnであった」と言ったのは Duncanであるが、形而上詩復活の足場を築いたColeridge と20世紀における形而上詩復活に大きく寄与したEliot、 両者の存在なしでは形而上詩復活はありえなかった。 Donne評価の経緯を背景にして、ロマン派が形而上詩を いかに理解していたか、そして20世紀のEliotによる形而 上詩再評価と批判をDonneを中心にして考えてみたい。

Donne the poet, Donne the wit ─ ロマン派詩人はDonneの詩に何を見たか

高橋 正平 形而上詩人のなかでとりわけDonneは傑出した詩人 で、しばしば「witの詩人」と呼ばれる。Donneへの評価 はこの「wit」をめぐって肯定的評価と否定的評価を繰り 返す。そもそも形而上詩とはDr. Johnson による批判的な 言葉であったが、その形而上詩は19世紀前後からロマン 派詩人によって好意的に受け入れられる。形而上詩受容 史を見るとBen Jonson、Dryden、Dr. Johnson、Pope等は形 而上詩人のwitには批判的であった。witは一見全く関係 のない二つのものを結びつける。あらゆるものを詩に変 える抑制されないwit ともいうべく、Donneの能力は単に witを見せびらかす技巧として批判の対象になる。逆に、 このwitこそが形而上詩人を形而上詩人たらしめている最 大の特徴として、Donneを激賞する者もいた。ロマン派 詩人が登場する18世紀後半から19世紀前半にかけて、 Donneへの評価は高くなっていく。Wordsworth、 Coleridge、De Quincey、Lamb等がDonneを好意的に受け 入れる。彼らは一体何をもってDonneを評価したのか。 彼らはDonneの詩に何を読み取ったのか。ロマン派詩人 が、Pope やDr. JohnsonのDonne批判とは異なり、Donneの 詩の中に何を見いだしたのだろうか。20世紀に入りEliot のお陰で形而上詩は再評価される。Eliotは当初Donneの 詩の中に「思想」と「感情」の統一を見たが、それは後 に撤回され、両者には分裂があったと言った。これは何 を意味しているのだろうか。本発表では、Donne への評 価の経緯を吟味し、ロマン派詩人がいかに“Donne the wit”より“Donne the poet”を重視していたか、そして

“Donne the poet”のいかなる点にロマン派詩人は興味を抱 いていたのかを改めて考えていきたい。

ダンを読むコウルリッジ ─ 詩の熱情を巡って 笹川 浩 S・T・コウルリッジは、チャールズ・ラムから借りた ジョン・ダンの詩集やギルマンから借りた詞華集の中 に、ダンの詩に関するいくつかの興味深いコメントを書 き込んでいる。それらは、コウルリッジがダンの詩のど こに欠点を見出しどこに卓越性を見出したかを知る上で 示唆的であるが、詩集の限られた余白に書き込まれたた めに断片的であり、時に論理的な飛躍があり矛盾すらあ るようにも読める。本発表では、このダンに関するコウ ルリッジの重要ではあるが扱いにくいコメントを、彼の 他の言説を視野に入れつつ解釈し、その表面的な矛盾を 解きほぐし、意味の間隙を埋めていき、彼がダンの詩を どのように読んだかを明らかにしたい。

コウルリッジは『文学的自叙伝』の中で、ダンを始め とする形而上詩人の詩を、「極めて純粋で混じり気のな い母国語としての英語」で書かれているが「風変りで常 軌を逸した思想」が見られ、「精妙な知性と機知の発露

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のために詩の熱情と熱情的な流れを犠牲にしている」 と批判している。その一方でコウルリッジは、ダンを読 む際はそれぞれの語に込められた「熱情」を読み取り、 それを基にそれらの語を読む時間を測らねばならない、 とダン詩集に書き込んでいる。

それではコウルリッジはダンのどの詩に、どのような 個所に「熱情」を感じ取ったのか。彼が重視する「熱 情」とは何か。彼はこの「熱情」を「機知」と対立させ て考え、さらにその二項対立の延長上に「連続的精神」 と「不連続的精神」、「想像力」と「空想力」、あるい は「狂気」と「譫妄」という対立概念を見据えている。 これらの対立軸を明確にすることは、コウルリッジのダ ンへの評価を明らかにするだけでなく、コウルリッジの 詩人観をも炙り出す。そしてその詩人観に、20世紀初頭 の形而上詩人の再評価の契機となったT. S. エリオット の「形而上詩人論」(1921)で展開される考えの萌芽が 読みとれることを指摘したい。

Failureの詩学 ─ エリオットの形而上詩評価に おける誤読と過ちの表象

米澤 光也 T・S・エリオットの詩と散文を研究する上で、「失 敗」(“failure”) という用語は重要である。散文におけるそ の最たる例は、彼の形而上詩人論だ。エリオットは

“The Metaphysical Poets” (1921) で形而上詩人を高く評価 し、ロマン派を含むそれ以降の詩人を批判した。彼によ れば、ジョン・ダンを中心として、形而上詩人には思想 と感性の統一があり、それ以降の詩人には、両者のあい だに分裂がおきているというのがその評価の理由だっ た。ところが、約10年後の論考で、エリオットは持論を 撤回してしまい、ダンに思想と感性の明らかな分裂が生 じていると言って、自らの議論が失敗であったことを認 めた。このような議論の破綻がなぜおこったかについて は、すでに充分な研究がなされている。

興味深いのは、エリオットの詩が、このような散文に おける彼の失敗をも材料にして書かれているとうかがわ せる点だ。詩人は最後の長詩Four Quartets (1944)で、自身 が精力的に文芸批評を行った時代をふりかえり、「ここ に私はおり……20年も……言葉の使い方を学ぼうとして きた。そしてすべての試みがまったく新しい始まりで、 べつの種類の失敗だ」(“So here I am, . . . having had twenty years / . . . / Trying to learn to use words, and every attempt / Is a wholly new start, and a different kind of failure”) と言って いる。もしエリオットがここで、彼の詩だけでなく散文 までを含めて「失敗」(“failure”)と言っているのであれ ば、なぜエリオットが感性の統一論で失敗したかも重要 ではあるが、彼がいかにそういった失敗を詩で描き、そ れによって何を試みていたのかも同じく重要なのではな いだろうか。そして、その詩で詠われた失敗は、エリ オットの思想や感性の表象とどのように関係するのだろ うか。本発表では、そのような点から具体的にいくつか の詩を考察したい。

*第6回研究会夕食会 (17:40~19:40)

・場所:エスカーレ(ホテルモントレ仙台1F)

・会費:5,000円

・参加者:13名

・日時:2015 年 12 月 5日(土)13:30~17:10

・場所:東北大学大学院文学研究科・文学部 811教室

・参加者:定例総会 20名(当日出席 14名、委任状 6名、 研究会 17名

*臨時総会 13:30~14:30

*研究発表 14:40~17:10 発表 1(14:40~15:50)

司会 :佐藤義明氏(元宮城大学教授) 発表者:土井雅之 氏(弘前大学) 発表 2(16:00~17:10)

司会:平井山美氏(東北生活文化大学

短期大学部名誉教授) 発表者:今井裕美氏(東北文教大学短期大学部)

材源との比較から読み解くラム姉弟

『シェイクスピア物語』

土井 雅之 ラム姉妹『シェイクスピア物語』は、多くの先行研究 がある一方で、材源であるシェイクスピアの戯曲との比 較を詳細に行っているものは少ないように思われる。本 発表では、材源と比較することによって、「序文」で強 調されている、姉弟の語句の選択と、児童・女性への意 識を、これまでとは異なる視点から、『シェイクスピア 物語』において読み解くことを試みたい。

また、チャールズ側から考察されることが多かったこ の作品を、メアリーの側から論述していくことも本研究 の特徴にしたい。チャールズの筆名の高さが覆い隠す が、姉弟の手紙を参考にすると、共同作業ではあったも のの、メアリーは収録されている20作品のうち14作品 を、加えて、執筆意図を述べる「序文」の約4分の3を担 当していたことがわかるからだ。

本論では、先ず、語句の選択を論じるさい、物語に取 り込むときにどのような人物かをわかりやすくするた め、劇中の登場人物にくっつける形容詞と、登場人物の 動作を修飾する副詞の2つに特に注目する。これらの語 句は、シェイクスピアの戯曲における使用の有無や回数 を調査することで、使用の特異性を明らかにすることが できる。可能であれば、同時代の作家たちがそれらの語 句を使用しているかを確認し、姉弟の語句選択における 時代性を探っていく。

次に、児童文学史の中で『シェイクスピア物語』がど のような位置づけにあるかを簡単に紹介した後で、多く の女性作家が教訓的要素を作品に盛り込むことに躍起と なっていた時代に、シェイクスピアを題材とすることに よって、別のフィールドでメアリーが仕事を行えていた ことを指摘する。シェイクスピアの戯曲を「この男性的 な本」と評しながらも、その女性登場人物に魅了され、 行動を書き換えることで、場合によっては、物語の主人 公に据えているのである。

「落涙」から見る感傷主義と道徳感情

『感情の人』からAnti-Slavery Poemsまで 今井 裕美 18世紀後半の代表的な感傷文学の一つであるヘン リー・マッケンジーの『感情の人』The Man of Feeling

(1771)は、主人公Harleyがロンドンへ赴き再び故郷

<第7回東北ロマン主義文学・文化研究会>

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に戻るまでの道中を描く旅行文学でもある。旅の途中、 Harley は哀れな境遇の人物に出会っては頻繁に涙する。 ベドラム見学で出会った正気を失った女性や娼婦に身をや つした少女とその父親など、主人公は不遇の人々に同情し ては涙を流し、時にそれは金銭的な施しを伴う。感傷文学 に不可欠な「涙」は18世紀中葉以降の散文に多く見られ、 サミュエル・リチャードソン、ヘンリー・フィールディン グらによる英国小説黎明期の小説や、マッケンジーが手本 としたとされるローレンス・スターンの『センチメンタ ル・ジャーニー』Sentimental Journey(1768)など、多くの 作品により独特の「涙の文化」が形成された。明示的な表 現である落涙は、感傷文学そして旅行文学の両ジャンルで 常套化し、感動・同情・共感・哀悼が前景化する場面で多 用される。落涙を誘う場面設定、そして同時進行する寄付 などの慈善行為との組み合わせによっては、「涙」は単な る感情表現以上の意味作用を持ち得る。

そこで、本発表では、感傷文学と旅行文学にまたがる作 品を取り上げ、とりわけ男性の「落涙」に注目しながら、 単なる同情や共感とは異なる意味を示唆する「涙」がいか に作品展開上の重要な契機となるかを分析する。また、

「涙」と道徳感情の関連性にも注目し、18世紀末から19世 紀にかけて活発化した奴隷貿易廃止運動における人道主義 とのかかわりも視野に、ヘレン・マライア・ウィリアムズ

(1761-1827)、ハナ・モア(1745-1833)らのAnti-Slavery Poems(奴隷貿易廃止主義者の詩作品群)を援用しながら 考察をすすめる。

*第 7 回研究会懇親会(17:30~19:30)

 場所:東北大学川内南キャンパス文系食堂「喫茶ルポ」 会費:5,000 円、学生・院生 3,000 円参加者: 15名

2.臨時総会・定例総会議事録

6回 東北ロマン主義文学・文化研究会 臨時総会議事録

・日時:2015年 7 月 18日(土)13:30~14:10

・場所:東北大学大学院文学研究科・文学部 811 教室

・出席者: 16名、委任状:17名

・日時:2015 年 12 月 5日(土)13:30 ~14:30

・場所:東北大学大学院文学研究科・文学部 811 教室

・出席者: 14名、委任状: 6 名

(7月末日)、査読者(1つの論文につき2名)、執 筆者の費用負担(非会員の場合、負担なし)、 フォントサイズ(タイトル 12ポイント、サブタイ トル 11ポイント、著者名 12ポイント、小見出し 10ポイント、本文 10ポイント、図版キャプショ ン9ポイント、註 9ポイント、参考文献 9ポイン ト)の5点であった。

2. 第2号掲載論文:第4回演劇シンポジュウムの 佐々木和貴氏、南隆太氏、岩田美喜氏、及び第5回 研究発表者の鈴木瑠璃子氏、菊池秋夫氏ほかを予 定している。

3. 発行予定日:2015年12月5日(土)

4. 編集委員:TARS運営委員のほかに、TRS No.1の 執筆者(平井山美氏、中村隆氏、鈴木淳氏)の3人 を拡大として迎え、協力を仰ぐ。

2) 今後の運営方針について

1. 運営委員の仕事分担:2015年3月17日にTARS運 営委員打ち合わせを行った(現委員は今井氏、小 田氏、佐藤(恵)氏、鈴木(美)氏、鈴木(雅) 氏の5人)。

2. 運営委員の任期と交代:「任期2年、再任を妨 げない」とし、次の任期満了・改選時期は2016年 7月である。

7回 東北ロマン主義文学・文化研究会 定例総会 議事録

1)『東北ロマン主義研究』(TRS)第2号について. 1. 執筆規定の修正点の確認:Wordファイルで提

出・修正、フォントサイズ減(本文 10、引用・ 註・参考文 献 9)、右マージン有、図版枚数(字 数に図版 枚数数えず、常識の範囲内で載せる)、 原稿提出締切(7月末)について 確認した。 2. 費用:第2号 955円×80 部で税込82,512円

抜き刷り 120円×55部で税込7,128円

計89,640円となった。昨年1部1,080円であったが、 テンプレート代(1万円位)分単価が安くなった。 費用の分担は執筆者1万円(抜き刷り代含む)、た だし非会員は抜き刷り代のみ自己負担。残額 59,640円は研究会負担とした。

3. 配布:46部(会員)+ 5部(執筆者にはもう1部) + 1部(国立国会図書館)=52部第7回TARS欠席の 会員には郵送。

80部-52部=28部 残部は希望あれば会員に1-2 部、保管場所は鈴木(雅)。

4. PDFファイル:全員にメール添付配布等可能で あるが、非会員の執筆者に可否を確認した後に行 う。

2)会計および会計監査報告

1. 平成26(2014)年度決算書について、会計担当 の鈴木美津子氏の説明後、会計監査担当の竹森徹 士氏により相違ない旨報告があり、満場一致で了 承された。

収入総額 292,859円 - 支出総額 165,669円

= 残高 127,190円(次年度へ繰り越し) 1)『東北ロマン主義研究』(TRS)の「執筆規定」改定

について

1. 2015年7月現在の執筆規定を配布した。主な確認 点は、字数(注を含み、参考文献は除く)、締切

(5)

<ご連絡・お問合わせ先>

〒990-2316 山形市片谷地 515 東北文教大学短期大学部 総合文化学科 阿部(裕)研究室内 東北ロマン主義文学・文化研究会事務局

℡:023-687-8512(直通) e-mail: [email protected]

◇◇◇◇◇◇◇ 今後の予定 ◇◇◇◇◇◇◇ 1. 第 8 回 TARS 研究会について

第 8 回 TARS 研究会では、以下の要領でシンポ ジュウムを行います。

日時:2016 年 7 月 16日(土)13 時 30 分より

場所:東北大学大学院文学研究科・文学部(予定) タイトル:「長い十八世紀におけるセンスの多様性と

センシビリティの形成」(仮) 司会・講師:川田潤氏(福島大学教授)

講師:吉田直希氏(成城大学教授)

講師:梶理和子氏(山形県立保健医療大学准教授) 内容:シンポジュウムでは、十七世紀後半から十八世 紀にかけてのセンスの意味の多様性(肉体感覚、趣  味・嗜好、理性・合理性等)に注目しつつ、その多  様性がセンシビリティの形成に与えた影響を多角的  に考察する。

2. 第 9 回 TARS 研究会について:発表者募集中 ! 第 7 回 TARS 研究会は、2016 年 12 月 3日(土)

13 時 30 分から、東北大学大学院文学研究科/文学部に て開催の予定です。

研究発表(40 分程度をご希望の方は、5 月末日まで にご発表の意思を事務局までご連絡下さい。

なお、レジュメ等はその後にご提出をお願いする とになります。

3. TRS 第 3 号投稿論文募集中!

7月末日までにWord 文書データを事務局までお送 りください。

◇◇◇◇◇◇ ご連絡とお願い ◇◇◇◇◇◇ 1. 会員名簿について 最新の会員名簿につきまして

は、 7 月の研究会ご参加の会員の皆様に直接お渡し する予定です。なお、ご欠席の皆様には別途ご連絡 いたします。

2. TRS をもう 1 部追加希望の方、また、電子媒体版 TRS をご希望の方は、下記のアドレス

[email protected])までご相談下さい。 3. 新入会員のご紹介

2015 年度は以下の皆様が新たに入会されました。 名前と所属を掲載させていただきます。

笹川 浩 氏(中央大学教授) 4. 2016 年度会費納入のお願い

2016 年度会費の納入につきまして、以下の口座宛て に会費のお振込みをお願いします。なお、郵便局備え 付けの払込取扱票はご利用できませんのでご注意下さ い。

①金額:一般会員 3,000 円、学生会員 1,000 円

*金額のお間違えにご注意ください!

②金融機関:ゆうちょ銀行

③口座の種類:普通口座

④宛先:トウホクロマンシュギブンガクブンカ ケンキュウカイ

⑤口座番号:18160-11746181

⑥口座番号[ゆうちょ銀行以外からの入金用番号]

:1174618【7ケタのみ】

⑦金融機関コード:9900

⑧店番:818

⑨店名:八一八店(ハチイチハチ店)

*ゆうちょ銀行の口座(送金機能付き)をお持ち の場合は、手数料無料で口座間での移動が可能で す。

*ゆうちょ銀行以外からの振り込みの場合は、

⑥~⑨の項目をご利用下さい。 5. 新規会員大募集中です!

TARS にご入会希望の方は、大変お手数ですが、以 下の内容を下記事務局まで電子メールまたはハガキ でご連絡下さいますようお願いいたします。

1) 御芳名

2) 所属および職位

3) 連絡先住所・電話番号・E メールアドレス 4) 専門・関心分野

〔研究発表・シンポジウムでご担当可能な テーマ などをお書き添え下さい。

2. 平成27年度予算書(案)について、会計担当の鈴 木美津子氏より説明があり、満場一致で了承され た。収入合計 262,210円、うち112,210円を予備費 と見込み、例年通りの項目・金額で支出予定。

参照

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