ラグビーにおけるサイン選択の最適化
基幹理工学部 数学科 5 年
片山大輔
2014.2.4
1. はじめに
今日のラグビーにおける最もメジャーな戦術はキックを使って陣地をとることである。現に、世界の トップレベルのリーグであるSuper15であったり、南半球の競合が戦うTri Nations、ラグビー発祥 の地であるイングランドを中心としたSix NationsはSOに限らず様々なポジションに優れたキッ カーを置きそのような戦術を多く用いている。しかし、やはりラグビーの試合において一番観客を魅了 するのはチーム一丸となって楕円球をつなぎ、相手の分厚いディフェンスの壁を破った時ではないであ ろうか。私はトライの確率をマルコフチェーンを用いて考え、キック中心の戦術を選ぶことが最適とな るのか、また所謂ノーキックラグビーのほうがトライの確率が上がるのかを述べていこうと思う。 2. マルコフチェーンを用いたラグビー
まず、ラグビーの試合をする2チーム、AとBを考える。さらに、ラグビーのグランドを11等分し、 さらにその中にAチームがボールを保持しているときのマルコフチェーンとBチームがボールを保持 しているときのマルコフチェーンの2本を考える。
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20
A team
B team
1 3 5 7 9 11 13 15 17 19 21
22m 10m Center 10m 22m
Try
Line
Try
Line
Dead
Line
Dead
Line
図1 ラグビーグランドとマルコフチェーン
注)
• AチームがTryとなるのは状態21のとき、BチームがTryとなるのは状態0のときである。
• 自分の陣地のトライゾーンにマイボールで持ち込んだときは、相手ボールのトライゾーンの1つ前 の状態に移る。
さらに、戦術としてAttack, High Punt, No Touch Kick, Long Kick(Touch Kick)の4つを考える。 さらに、それぞれの戦術におけるボールを保持できるか(My ball)、相手ボール(Your ball)になって しまうかをも考える。さらに、Attackの戦術においては、ゲインできるか(攻めている方向に一つ進 む)、停滞するか(その場から動かない)、後ろに戻されるかの、それぞれの確率を決める。
サイン名 進める地域数 Aのサイン選択確率 Bのサイン選択確率 Aボール保持率 Bボール保持率
Attack 1 λAd µAd pAd kAd
High Punt 2 λHd µHd pHd kHd
No Touch Kick 3 λN d µN d pN d kN d
Long Kick 4 λLd µLd pLd kLd
表1 状態dにおけるサイン選択の記号
上の表に加えて、Attackはゲイン(攻撃している方向に1進む)、停滞(その地域にとどまる)、後退(攻撃 している方向に−1)の三種類の動きがある。これらをそれぞれ、gd、sd、bdとする。(gd+ sd+ bd= 1) Aチームボールの状態dに移ってくるパターンは
d-4 d-3 d-2 d-1 d d+1 d+2 d+3 d+4
d-4 d-3 d-2 d-1 d d+1 d+2 d+3 d+4
・・・
・・・
・・・
・・・
A team
B team
図2 状態dへの移り変わり
図1と図2用いて時間nに状態d(Aチームボール)に移る確率は、表1の確率を用いて、以下のよう
にかける。(文献[2]参照)
P (A, d, n) = P (A, d − 8, n − 1)λLd−8pLd−8
+ P (A, d − 6, n − 1)λN d−6pN d−6
+ P (A, d − 4, n − 1)λHd−4pHd−4
+ P (A, d − 2, n − 1)λAd − 2gAd−2pAgd−2
+ P (B, d − 3, n − 1)µAd−3bBd−3(1 − kAbd−3) + P (A, d, n − 1)λAdsAdpAsd
+ P (B, d − 1, n − 1)µAd−1sBd−1(1 − kAsd−1) + P (A, d + 2, n − 1)λAd+2bAd+2pAbd+2
+ P (B, d + 1, n − 1)µAd+1gBd+1(1 − kAgd+1) + P (B, d + 3, n − 1)µHd+3(1 − kHd+3) + P (B, d + 5, n − 1)µN d+5(1 − kN d+5) + P (B, d + 7, n − 1)µLd+7(1 − kLd+7)
攻 撃 パ タ ー ン はA、Bチ ー ム 合 わ せ る と 上 記 の よ う に な る 。で は 以 下 で 推 移 確 率 行 列 を 求 め よ う と 思う。
X(n)を時刻nでのマルコフチェーンとする。 状態iにいる確率を
Pi(n) = P [X(n) = i]
n時刻にどの状態にいるかをベクトルによって
πn =
P1(n)
... P21(n)
(1)
この時、図1を見ていただきたい。トライの状態0,21を除く、状態iから状態jに移る確率を
Pij= P [X(n) = j|X(n − 1) = i] (2)
とすると、推移確率行列を以下のように書ける。
Q =
P1,1 · · · P1,20
... . .. ... P20,1 · · · P20,20
(3)
さらに全ての状態からトライの状態に移る20行2列の推移確率行列Tを
T =
0 21
1 P1,0 P1,21
... ... ... 20 P20,1 P20,21
(4)
この時、n時刻にトライとなる確率をZとすると、
Z = πnT = π0QnT (5)
よって、AチームとBチームのトライの確率は
Z =
∞
∑
n=0
πnQT =
∞
∑
n=0
π0QnT = π0(
∞
∑
n=0
Qn)T = π0(I − Q)−1T (6)
ここでIは単位行列である。
∞
∑
n=0
an= (1 − a)−1 (7)
より、(I-Q)が逆行列を持つとき、
∞
∑
n=0
Qn= (1 − Q)−1 (8)
となる。このようにしてAチームとBチームのトライの確率が求められる。(文献[1]参照) 3. 小さいモデル
前項で扱ったモデルは非常に大きな行列となることから、計算がかなり困難である。よってこの項で は前項で行ったモデルを縮小したモデルで考えてみる。まずはKickのない6状態で考えてみて、次項 でKickを考慮したモデルを考えてみる。この項では推移確率行列を用いて、具体的な数字をあてはめ、 計算していく。
Q =
P1,1 · · · P1,4
... . .. ... P4,1 · · · P4,4
(9)
T =
P1,0 P1,5
... ... P4,0 P4,5
(10)
ここで具体的な数字を当てはめて考えてみる。まずAチームとBチームそれぞれのゲイン、停滞、後 退とそれぞれにおけるボールのキープ率を以下のように定める。
この数字設定のイメージは、Aチームがバックス主体のチームでゲイン力はあるがボールを奪われやす く、Bチームはフォワードが強く、大きく前には進めないがボール継続力があるチームである。この設 定によるQ、Tは、
Q =
0 1 0 0
3/25 7/25 3/25 2/25 1/20 3/50 27/50 3/100
0 0 1 0
(11)
Aチーム 確率 ボールキープ率
Gain 2/5 7/10
Stay 2/5 7/10
Back 1/5 2/5
表2 A Team
Bチーム 確率 ボールキープ率
Gain 3/10 9/10
Stay 3/5 9/10
Back 1/10 1/2
表3 A Team
T =
0 0
7/25 3/25 1/20 27/100
0 0
(12)
となり、
I − Q =
1 −1 0 0
−3/25 18/25 −3/25 −2/25
−1/20 −3/50 23/50 −3/100
0 0 −1 1
(13)
(I − Q)−1=
372/295 215/118 50/59 101/590 77/295 215/118 50/59 101/590 54/295 55/118 150/59 67/590 54/295 55/118 150/59 657/590
(14)
とする。
実際試合開始の際のKick Offを決める手段はコイントスなので、Aチームボールで始まるか、Bチー ムボールで始まるかは同一の確率であるので、初期状態であるπ0を
π0= (0, 1/2, 1/2, 0) (15)
とする。
このことからTryの確率Zは、
Z =
∞
∑
n=0
πnQT =
∞
∑
n=0
π0QnT = π0(
∞
∑
n=0
Qn)T = π0(I − Q)−1T = (239/590, 351/590) (16)
上の結果より、Bチーム、つまり、一撃で大きくゲインできるチームよりも確実にボールを継続でき るチームの方がトライ確率が高くなる事が分かる。これはKickを考慮していないモデルではあるが、 ボールのキープ率が高いチームのほうがTry確率が高いということは、Kickはボールキープ率がかな り低いので必要ないのではないか、とも考えることができる。次項で詳しく調べてみよう。
4. キックを考慮した小さいモデル
前項ではキックを含まないモデルを考えた。この項では10状態あるマルコフチェーンを考え、本題で あるキックの重要性を考える。Bチームのチーム力は前項同様に固定して考え、Aチームのキック選
択の確率を変数xとして考え、Mathmaticaによって計算する。ちなみにここで考えるキックとは地域 を一つ飛ばして進む事ができるものである。前項同様に以下にAttack時の確率を述べる。また今回は サイン選択の確率(Attackを選択するのか、Kickを選択するのか)を加える。
注)
• (Attack選択の確率)+(Kick選択の確率)=1
• 0 ≤ x ≤ 1
• Kick選択におけるボールキープ率は0である。
Aチーム サイン選択確率
状態3のAttack x
状態5のAttack x
状態7のAttack 1
表4 AチームのAttackサイン選択の確率
Aチーム 確率 ボールキープ率
Gain 2/5 9/10
Stay 1/2 4/5
Back 1/10 1/2
表5 AチームのAttack選択時のGain、Stay、Back の確率
Bチーム サイン選択確率
状態2のAttack 1
状態4のAttack 1/2
状態6のAttack 2/5
表6 BチームのAttackサイン選択の確率
Bチーム 確率 ボールキープ率
Gain 2/5 9/10
Stay 1/2 9/10
Back 1/10 1/2
表7 Bチ ー ム のAttack時 の Gain、Stay、Backの確率
この時、Q、Tは下記のようになる。
Q =
0 1 0 0 0 0 0 0
1/25 2/5 1/10 1/20 1/20 0 0 0
1/50 1/50 9/50 9/250 18/125 0 0 1 − x 9/25 x/25 2x/50 x/10 x/20 x/20 0
0 1/40 1/40 1/40 9/40 1/50 9/50 1/2 0 0 1 − x 9x/25 x/25 2x/5 x/10 x/20
0 0 0 1/20 1/20 1/20 9/20 1/25
0 0 0 0 0 0 1 0
(17)
T =
0 0
9/25 0 1/50 0
0 0
0 0
0 x/20 0 9/25
0 0
(18)
となり、
この値をMathematicaにいれて計算させ、図で示す。 横軸がx、縦軸がTry確率Zとすると、
0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
[Aチーム]
0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
[Bチーム] 図3 MathematicaによるTry確率のグラフ
図3の二つのグラフを合わせると、
0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
図4 Kickの割合と両チームのTry確率
図4より興味深い結果が見て取れる。
• サイン選択におけるKickの割合を増やせば増やすほど、トライの確率は上がる。
• 同様にKickの割合が大きくなるほど、相手のトライの確率も下がる。
• xを増やせば増やすほど勾配が大きくなる。つまり中途半端に増やすよりも、徹底的なKick選択 がトライ確率を大きく上げる。
5. 結論
この論文の結果では、現代のラグビーのセオリー通り、Kickのサインを増やせば増やすほどトライの 確率が上がることが分かった。つまり、ラグビーというのは、大きくいってしまえば陣取りゲームの一 種なのではないか。私の研究では、最終的に10状態のマルコフチェーンで考えたが、本来のラグビー の試合ではKickのバリエーションはもっと多様になる。状態数を増やし、Kick、さらにはAttackの バリエーションも増やすことができれば、もっとラグビーの本質が見えてくるのではないか。
6. *謝辞
本研究を遂行するにあたり、指導教官の豊泉教授には手厚いお力添えと丁寧かつ熱心な指導を賜りまし た。ここに感謝の意を表します。また、豊泉研究室のメンバーの皆様には日頃から多くのことを助けて 頂きました。また、確率ゼミやスポーツゼミでの議論を通して多くの知識や示唆を頂きました。協力し ていただいた皆様に感謝の気持ちとお礼を申し上げたく、謝辞にかえさせて頂きます。
参考文献
[1] 穴太克則,マルコフ連鎖に基づく打者評価モデル
[2] 廣津信義、吉井秀邦、青葉幸洋、吉村雅文,時間内で得点を競う球技の試合における確率計算の方法