胃癌のX 線読影−二重造影法−
教 育 講 座 − 技 師 が 書 く 技 師 の た め の 読 影 講 座 −
松本史樹
癌研究会有明病院画像診断チーム
前号に引き続き実際の読影について述べる前に,萎 縮粘膜と腺境界についてもう少し説明する.
萎縮粘膜とは本来ある胃固有粘膜の質・量がともに 減少し,それに代わって他の質の粘膜が現れることで ある.実際には胃粘膜を構成する上皮(幽門腺,胃底 腺,噴門腺)が時間の経過とともに減少し,それに代 わって腸上皮化生,リンパ濾胞が増えていくことであ る.実際の胃X 線写真上どのように変化していくかを みてみるとF i g. 1のようになり,萎縮のほとんどない 胃はヒダが胃全体にみられ,萎縮が軽度∼中程度の胃 では大弯側にヒダがあり胃のなかでは胃小区がみら れ,萎縮が高度になるとヒダはみられなくなり,胃小 区もほとんど判別がつかなくなりスリガラス状になっ てくる.
腺境界も変化していく(T abl e 1).
腺境界はX 線写真上でヒダが豊富な大弯側におい て,ヒダが途切れたところを体下部から体上部に上下 につないだ線のことである(F ig. 2,3).ヒダの豊富な
ところをF 境界線その少し内側をf境界線とみてよいよ うである.実際の組織では少しずれているが大体一致 している.すなわち胃固有粘膜の特徴である豊富なヒ ダが減少し徐々に胃粘膜の網状化(F i g. 4)が始まり, 次に角張った胃小区が現れ(F i g. 5),さらに丸みを帯 びた胃小区が現れ,萎縮が高度に進むとスリガラス状 の粘膜に変化していく(F i g. 6).さらに細かい見方を すれば,胃小区像から背景粘膜の質も判定することが できる(T abl e 2).すなわち,胃小区の大きさが小さ く,胃小区間が開大するほど胃粘膜の萎縮程度は進ん でいることになる(F ig. 7).また,実際の胃X 線写真を みると(萎縮は胃角部近傍の小弯側から始まるといわ れているが)同じ胃粘膜でも萎縮は均一に進展してい ないようである(F ig. 8).これらの変化は胃X 線写真上 では通常にみられることであって,病変の良悪性の判 定には大事なことである.
今回は誌面の制約上,未分化型癌と分化型癌の陥凹 症例と深達度診断についてまとめてみる.
F ig . 1 胃固有粘膜は定常的ではなく,時間の経過とともに部分的に腸上皮化生粘膜によって置き換えら れていく(F 境界線の経時的変化).
F ig . 2 X 線像におけるF 境界線(F bounda ry line ) f境界線
(f bounda ry line )(馬場保昌先生図)
F ig . 3 X 線写真上の腺境界 F ig . 4 粘膜の萎縮像 網状化(ほとんど萎縮なし∼軽度萎縮)
F ig . 5 粘膜の萎縮像 輪郭化(区画化) F ig . 6 粘膜の萎縮像 分画化∼小型化
胃小区像から背景粘膜の質を判定する
↓
胃小区の大きさが小さく,胃小区間が開大するほど 胃粘膜の萎縮程度は大きい
T a ble 2 さらに細かい見方
1 .症例の呈示
1 - 1 進行癌(F ig . 9 ,1 0 )
粉末造影剤 200w/v %,150ml ,細径カテーテル
(300ml ),ブスコパン1A 筋注
・背臥位軽い第 1 斜位二重造影像(F i g. 10a) 型どおりに右 3 回転させ撮影した.
胃体下部後壁大弯側寄りにヒダ集中を伴う不整形の ニッシェがあり,陥凹周囲はなだらかに隆起し,集中 する粘膜ヒダは中断し,わずかに肥大している. 隆起の表面は小陰影斑があり,陥凹の一部には小顆 粒状陰影が認められ,未分化型IIcの所見と粘膜下腫瘍 所見を合わせた像である.
・立位圧迫像(F i g. 10b)
ゲップを出してもらい,少し寝台を傾斜させ撮影し た.
胃体下部後壁大弯側に不整形ニッシェを取り囲むよ うに不規則な輪郭を持った透亮像が認められる.透亮 像の表面は平滑であることから,透亮像部にはsm以
下の深部胃壁の肥厚と壁硬化があることが分かる.
・腹臥位軽い第 2 斜位像(F i g. 10c)
腹側にフトンを入れ,頭低位約25度にし体のほぼ正 面で撮影した.
胃体下部大弯側に台形状の陰影欠損像が認められ, 進行癌の特徴が現れている.このように二重造影像で も側面像を撮る必要があり,深達度診断の参考になる 所見である(ただし,病変の部位によっては撮影でき ないこともある).
・組織割面写真(F i g. 10d)
3 型の進行癌(ul 3),por∼si g,se,40×30mm. 癌浸潤と線維増生のためsm以下が肥厚している. F ig . 7 X 線像における顆粒像の細分画化(シェーマ)(馬場先生図より改図)
F ig . 8 X 線的な粘膜萎縮像(その程度判定)
F ig . 9 進行癌の提示
癌は発育とともに大きく,深部へ浸潤する.
F ig . 1 0 未分化型 3 型(ul3) por∼s ig s e 4 0×30mm
(a )背臥位軽い第 1 斜位二重造影像
(b)立位圧迫像
(c )腹臥位軽い第 2 斜位像
(d)組織割面写真
(e )( f ), 切除胃標本写真と拡大
・切除胃標本写真(F i g. 10e,f)
胃体下部後壁大弯側に不整形の陥凹と不規則な周堤 様の隆起.F i g. 10fは同部の拡大.
1 - 2 未分化型早期癌(F ig . 1 1)
粉末造影剤 200w/v %,150ml ,細径カテーテル
(300ml ),ブスコパン1A 筋注.
病変が体部前壁にあることが分かっていたので,細
径カテーテルによる腹臥位前壁二重造影から撮影する ことにした.右側臥位で細径カテーテル法で空気量を 少な目(300ml )に入れ,立位で経口的に造影剤150ml を飲ませて食道部を撮影した後,腹臥位で台を倒して 腹臥位二重造影を行った.腹臥位で左右への交互変換 を 4∼5 回繰り返した後,圧迫用のフトンを腹壁側に 敷き頭低位で撮影した.型どおりに腹臥位第二斜位
(F i g. 11a)を撮影し,次に病変部に小さな圧迫用のフ a b
d c
e f
F ig . 1 1 IIc(顆粒)陥凹 IIc(ul2 s ) s ig m 1 8×15mm
(a ) 腹臥位第二斜位のX 線写真
(b) 腹臥位第一斜位のX 線写真
(c )(d), 切除胃新鮮標本写真
(e ) 組織割面写真
a b d c e
トンを敷き,病変部に造影剤が十分に溜まるようにし て腹臥位第一斜位を撮影した(F ig. 11b).F ig. 11aは造 影剤を粘膜面に付着させて粘膜模様を平面的な像とし て現す方法(二重造影法の第 I 法)で,F i g. 11bは病変 部の粘膜面に造影剤の層の厚みを調整しながら粘膜面 の凹凸を現す方法(二重造影法の第II法)である.F i g. 11aでは粘膜面が広く現れ,F ig. 11bでは病変部の凹凸 がよく現れている.病変は粘膜ヒダに囲まれて存在し
ている.粘膜ヒダ集中を伴う不整形の陰影斑があり, ヒダ先端は陰影斑の辺縁部で中断し,不整形の陰影斑 のなかに大小の顆粒状陰影を伴っている.これらの所 見から胃底腺粘膜領域内の未分化型IIcの典型像である ことが分かる.F ig. 11c,d(拡大)は切除胃新鮮標本写 真,F i g. 11eは組織割面写真である.組織診断はI I c
(ul 2s),印環細胞癌(si g),m,18×15mmであった.
F ig . 1 2 IIc 陥凹型 e a rly g a s tric c a nc e r; IIc tub1 m 2 0×15 mm
(a )背臥位正面位二重造影写真
(b)背臥位第二斜位二重造影写真
(c )(d), 切除胃新鮮標本写真と拡大
(e )組織割面写真
a b d c
e
1 - 3 分化型早期癌
粉末造影剤 200w/v %,150ml ,発泡剤(300ml )
(F i g. 12)
・背臥位正面位二重造影写真(F i g. 12a)
回転変換法(右回転;360度)を 3 回行った後に背臥 位二重造影を撮影した.病変は体下部小弯側寄りに存 在しているが造影剤の付着が不十分で,微細な所見が 描出されていない.
・背臥位第二斜位二重造影写真(F i g. 12b)
そこで,頭高位で左右の交互変換法を数回行って, さらに背臥位から急速に第二斜位にしてすぐに正面位 に戻す体位変換“ 振り戻し法” を行った.体下部小弯寄 りに粘膜集中を伴う棘状の陰影斑が描出でき分化型癌 の特徴がよく現れている写真が撮影できた.
・切除胃新鮮標本写真(F i g. 12c,d 拡大)
・組織割面写真(F i g. 12e)
病変はIIc,分化型癌(tub1),m,20×15mmであっ た.
2 .深達度診断
馬場保昌先生の胃癌のX 線的深達度診断を参考に し,そのときに使用されている図を参考にした. 他にも,消化管癌の側面像における一側変形の型分 類(牛尾恭輔先生,他)などの発表があるので参考にさ れたい(T abl e 3∼5,F i g. 13∼15).
3 .まとめ
日常の診断業務の一端を担う技師の立場から述べて きた.まとめると,病変の存在が分かりやすく,質的 診断,量的診断に必要な所見を的確に捉え,表した写 真ということになる.
ただし,これらの写真を提供するには,
1)胃壁の異常を組織割面に近い状態で観察できる
2)粘膜層だけでなく,深部胃壁を含めた組織学的な質と量的な 変化所見が表れる
3)局在部位によっては,描出できない 馬場保昌先生
撮影法 厚みの所見 硬さの所見
① 台上挙上(透亮像)または周堤形成 ① ヒダの伸展具合(ヒダ間) 二重造影
② ヒダ先端肥大(肥厚・融合) ② 空気量とヒダ間の開大所見
③ 陥凹内のS MT 様透亮像 ③ ヒダ間の線状陰影が陥凹外側で消失
④ 陥凹内粘膜集中は,s m肥厚部の辺縁で消失
圧迫
① 透亮像または陰影欠損(周堤部の陰影欠損像) ① 弱い圧迫は粘膜肥厚,強い圧迫はs m以下の肥厚
② ヒダ肥厚部の透亮像 ② 圧迫の強弱で透亮像または欠損像が変化しない
充盈
① 辺縁壁の欠損像または伸展不良像 ① 辺縁壁の伸展不良像または欠損像
② 陰影欠損像+ニッシェ 馬場保昌先生
1.因果関係に基づく所見 1)壁肥厚所見
a.陥凹内の粘膜下腫瘍的な隆起 b.陥凹辺縁の隆起
c .粘膜ヒダ先端の肥大・癒合 d.陥凹周囲の周堤形成(全体所見) 2)壁伸展不良あるいは壁硬化所見
a.側面像における胃辺縁の変形(壁硬化像や陰影欠損像) b.集中する粘膜ヒダの走行変化や形,ヒダ間の狭小化 2.相関関係に基づく所見
1)基本所見
a.癌の局在部位(組織学的) b.癌の組織型
c .癌の肉眼型 d.癌の大きさ 2)その他の所見 a.潰瘍合併の有無 b.陥凹面の形態的変化
c .隆起病変では隆起起始部の形,表面の形状,隆起の輪郭 馬場保昌先生:中村恭一先生によるsm癌の診断所見を参考
T a ble 3 X 線的深達度診断の指標 側面像
T a ble 4 陥凹型胃癌のX 線的な深達度診断指標
T a ble 5 胃癌s m以下深部浸潤のX 線所見
F ig . 1 3 消化管癌の側面像にお ける一側変形の型分類
(牛尾恭輔先生,他)
F ig . 1 4 陥凹内のS MT 様透亮像
IIc(ul2) tub1 s m2 5 5×20mm IM 50%
F ig . 1 5 厚みの所見:透亮像,周堤形成 2 型,por s s 35×33mm
1)診断の立場に立ち,問題意識を持つこと
2)その解決のためにはどうすればよいか,について考 えること
3)正常例をたくさんみて目を慣らしておくこと などが重要だと思う.
技師という枠(わく)に縛られることなく,将来のこ
とを見すえ,危機感を持ち,診断学の分野へ足を踏み 入れる気持ちを持つことが大切であるように思う. この稿を終えるにあたって日頃からご指導いただい ている早期胃癌検診協会所長 馬場保昌先生に感謝い たします.
参考文献
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12)中村恭一:胃癌の構造(第 2 版).医学書院,(1990). 13)中村恭一:胃癌の構造(第 3 版).医学書院,(2005). 14)中村恭一:胃癌の三角:場と肉眼型と組織型と.胃と腸,
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15)中村恭一:胃癌の三角,病理学的に見た胃癌診断の考え 方.胃と腸,28,161- 171,(1993).
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21)馬場保昌:胃癌の深達度診断.[胃と腸]編集委員会 編(多 田正大,丸山雅一,藤野雅之 編):胃と腸ハンドブック, pp.154- 165,医学書院,(1992).