共生とは何か?
~昆虫と微生物の不思議な共生関係を読み解く~
大学院農学研究院・大学院農学院 寄付講座等教員
菊池
きくち
義
よ し
智
と も
専門分野 : 応用昆虫学,微生物生態学
研究のキーワード : 昆虫,共生,ホソヘリカメムシ,Burkholderia HP アドレス : http://www.agr.hokudai.ac.jp/biseibutushinkino/
何を目指しているのですか?
私が目指していることは、昆虫と微生物の共生関係を裏打ちする分子メカニズムを明ら かにして、これを制御することです。
あまり知られていないことですが、多くの昆虫はその体の中に共生微生物を持っていま す。例えば、家屋害虫として知られるシロアリはその消化管内に大量の微生物を保持して います。また、作物害虫として知られるアブラムシは体内に“菌細胞”と呼ばれる巨大な 細胞を持っていて、その細胞質に共生微生物がぎっしりと詰まっています。これら共生微 生物は、シロアリでは木質(セルロース等)の分解を、アブラムシでは餌に不足する必須 アミノ酸をサプリメントするなど、宿主昆虫の栄養代謝において重要な役割を担っていま す。
作物害虫や家屋害虫、吸血性 の衛生害虫など、いわゆる“害 虫”と呼ばれる昆虫のほとんど がこのような必須の共生微生物 を持っています。このことは、 共生微生物が害虫防除の有用な ターゲットになりうることを示 していますが、今までのところ そのような防除法は開発されて いません。
その大きな理由としては、昆虫-微生物間相互作用の分子メカニズムが複雑でその実態 がほとんど分かっていないことがあげられます。例えば、共生微生物は宿主昆虫にとって 異物ですが免疫系で排除されることはありません。一方で、同じ微生物でも病原菌であれ ば簡単に昆虫体内から排除されてしまいます。この違いは一体なんなのでしょう?このよ うな素朴な疑問に答えることが、新しい害虫防除法の開発に繋がると考えています。
私は、ダイズの害虫として知られるホソヘリカメムシ(図1)を対象に、昆虫と共生微 生物の相互認識機構を明らかにしようと研究に取り組んでいます。ホソヘリカメムシの共 生系は、宿主昆虫と共生微生物の両方を遺伝子操作することが可能な優れたモデル共生系 といえます。
出身高校:福島県立福島高校 最終学歴:茨城大学大学院理工学研究科
生命進化
図1 (A)ホソヘリカメムシ。(B)ホソヘリカメムシの消化管。
矢印は共生器官を示す。右上は共生器官の拡大図で、袋状の組織(矢印頭) の中に共生微生物がぎっしり詰まっている。
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どのように研究しているのですか?
ホソヘリカメムシは飼育が容易な昆虫で、スーパーで売っているダイズの種子をあげれ ばどんどん増えます。良い実験結果を得るには虫のお世話も大切なのですが、その手間が 少なくて助かります。またRNA干渉(RNAi)法がとてもよく効くことから(図2)、共 生に関わる宿主昆虫側の遺伝因
子を特定することも可能です。 ほとんどの昆虫の共生微生物 は宿主の体外で培養ができませ んが、ホソヘリカメムシの共生 微生物(Burkholderiaという細菌) は一般的な寒天培地で簡単に培 養することができ、さらに形質 転換などの遺伝子改変も容易で す(図3)。実験としては、外来 性の遺伝因子(トランスポゾン など)によって共生微生物の遺 伝子を破壊して、それをホソヘ リカメムシに共生させてみます。
もし共生できなければ、その破壊された遺伝子がホソヘリカメムシとの共生に重要である と結論することができます。ホソヘリカメムシを解剖して共生器官の発達具合を顕微鏡観 察するなど、組織学的な研究も行っています。
次に何を目指しますか?
これまでの研究から、共生微生物の鞭毛運動性や細胞表面タンパクがホソヘリカメムシ との共生において重要な働きをすることが分かってきました。しかし、昆虫と共生微生物 の巧みな“cross-talk”にはまだまだ謎の部分がたくさんあります。謎が多い分、それを明 らかにした時の爽快感は何物にも代え難いものです。共生とは何か?微生物の生き様と昆 虫の生き様を交互に眺めながら、よりいっそう理解を深めていきたいと考えています。
図3 (A)寒天培地上の共生微生物。(B)共生微生物の顕微鏡像。(C)GFP(緑色蛍光タンパク)組換え体を共生させたホソ ヘリカメムシ共生器官。
図2 ホソヘリカメムシのRNAi。(A)カメムシは脱皮後に時間が経つと黒化す る。しかし、(B)黒化遺伝子の二重鎖RNAを注射すると脱皮後の黒化が抑制 される。
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