工学部・大学院工学研究院 ・大学院情報科学研究科

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全文

(1)

結晶性固体の新しい秩序

大学院工学研究院・大学院工学院 准教授

髙倉

た か く ら

洋礼

ひ ろ ゆ き

(工学部応用理工系学科応用物理工学コース)

専門分野 : 結晶物理工学,回折結晶学

研究のキーワード : 結晶,準結晶,金属,準周期構造,ペンローズタイリング HP アドレス : http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/crystal/

第3の固体?-準結晶-

物質には、固体・液体・気体の3つの状態があることは、みなさんはよくご存じのこと

でしょう。その中の1つであり、我々の身のまわりにある物を構成する固体は、従来、結

晶と非晶質(アモルファス)とに分類されてきました(図1)。結晶は、原子や分子の集

団がまとまって1つの単位となり、それが上下左右に繰り返し積み重なった規則正しい構

造をしています。このような繰り返しのことを周期性と呼び、原子や分子は長距離秩序を

もって整然と配列します。一方、非晶質には繰り返しがなく、原子配列が不規則な構造を

しており長距離秩序を持ちません。固体中の原子配列を調べる一番古くて、いまなお有力

な手法は回折です。レントゲンがX線を発見したのは1895年ですが、その17年後の1912

年には、結晶によるX線の回折現象が発見され、結晶性物質の原子構造を調べる道が拓か

れました。NaCl やダイヤモンドなどの簡単な原子構造を持つ結晶から、さらには、非常

に複雑で巨大な分子構造を持つ生体高分子(タンパク質やDNAなど)の結晶の構造を解

明することが可能となったのはこのためです。人類が物質のミクロな構造に迫れるように

なり、それらの知見に基づいた物質・材料の開発が可能となってきました。

固体の原子配列の秩序形態は、結

晶と非晶質しかないことが長い間常

識とされ、教科書にもそのように記

されていましたが、実はそれは間違

いだったのです。結晶にX線などの

ビームを照射すると、原子配列の周

期性と長距離秩序を反映して、鋭い

回折スポットを伴う回折パターンが

観測されます。結晶の周期性のため、

その回折パターンは、1、2、3、4、6回の回転対称だけを示すと信じられてきました。

しかし回折パターンが5回の回転対称を示し、なおかつ鋭い回折スポットを示す物質-準

結晶-が、1982年に見つかったのです(図2)。この準結晶の発見者であるイスラエルの

シェヒトマン教授には2011年ノーベル化学賞が授与されました。ちなみにこの発見により、

結晶とは「原子や分子が、上下左右に周期的に積み重なった構造をもつもの」と定義され

ていたものから、「X線などのビームを照射すると、鋭い回折スポットを伴う回折パターン

を示すもの」と変更されました。したがって現在では、準結晶は分類上結晶の範疇に入り 出身高校:大分県立日田高校 最終学歴:九州大学大学院理学研究科

マテリアル

結晶 非晶質 図1 結晶と非晶質における原子配列の違い

(2)

ますが、従来の結晶とは異なる原子配列の秩序を持つものなのです。半導体をはじめとす

る結晶性物質の多くの性質は、周期的な原子配列を前提とした物理モデルにより理解され

ています。準結晶では、原子が準周期的に配列するため、このアプローチが使えません。

そのためいまだに多くのことが未解明なのです。

ど ん な 研 究 を し て い る

のですか?

結晶は周期性をもつため

にそのミクロな原子構造を

知ることができます。一方、

準結晶は準周期性のために、

原子構造がどうなっている

のかは、実はまだよく解明

されていません。我々は、

準結晶を高次元で周期性を

持つ高次元結晶として取り

扱うことにより、その原子

構造を明らかにしています

(図3)。そして、その原子

構造に基づいて、準結晶は

従来の結晶や非晶質とはど

のように異なるかを明らか

にしていこうとしています。

こ れ は 準 周 期 性 を も つ 物

質・材料の開発のための基

礎です。

今後の目標はなんですか?

準周期性は物質に新しい性質を発現させます。このことは、電気が流れやすいアルミニ

ウムや銅、鉄を混ぜ合わせると、電気を通しにくい金属の準結晶ができることから明らか

です。しかし、準周期性を制御して有用な性質を得る段階に至るには、原子構造も含め、

まだまだ分からないことばかりです。近年の物質・材料研究では、従来の物質設計概念を

超える新規物質が望まれています。準結晶は、通常の結晶では見られない性質が期待され

る準周期性という新しい秩序をもった固体です。読者の皆さんのような若い世代とともに、

準周期性を基軸とした非周期結晶工学を新たに創成していきたいと考えています。

参考書

(1) 竹内・枝川・蔡・木村(共著),『準結晶の物理』,朝倉書店(2012)

図2 Zn-Mg-Ho正20面体準結晶のX線ラウエパターン(左)とAl-Ni-Ru正 10角形準結晶の電子回折パターン

図3 Yb-Cd正20面体準結晶の構造モデル (RTH、AR、ORはクラスター 構造単位を示し、黒枠内に対応する近似結晶でのクラスター配列を示す。)

(3)

微生物の潜在能力の活用と制御

大学院工学研究院・大学院総合化学院 教授

大利

だいり

とおる

(工学部応用理工系学科応用化学コース)

専門分野 : 応用微生物学,生化学,天然物化学

研究のキーワード : 微生物,DNA,酵素,代謝,バイオテクノロジー HP アドレス : http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/tre/

微生物の多様性

皆さんは、地球上に最も多く存在する生物は何だと思いますか?答えは微生物です。微

生物は土壌1グラム中に108個も存在すると言われています。筆者はそれら微生物を単離

し有効活用することを目指しているのですが、残念ながら一部の微生物しか人工的に増や

すことが出来ません。しかし近年、微生物の設計図であるDNAの塩基配列(塩基であるA、

C、G、Tの並び)解析技術が格段に進歩し、微生物を単離・培養しなくてもDNAを直接

試験内で増幅し塩基配列の決定ができるようになりました。その結果、これまで考えられ

ていた以上に、微生物には多様性があることが解ってきました。

微生物のゲノム(DNA)の大きさは200万から900万塩基対から成り立っており、1つ

の遺伝子の平均の大きさが1,000塩基からなると仮定すると、微生物は200万-900万/1,000

= 2,000-9,000個の遺伝子を持つと予想されます。しかし、機能が分かっている遺伝子は、

その半分強に限られ、残る遺伝子の機能は解明されていません。

しかし近年の遺伝子工学技術の進歩により、設計図であるDNAの塩基配列が分かれば、

組換え酵素を調製しそれらの機能を調べることが出来るようになりました。そこで筆者の

研究室では、以下に述べるように、微生物の機能未知遺伝子の活用と制御を目指して研究

を行っています。

微生物を用いたモノ造り

微生物の中にはヒトに役立つものが多くいます。身近なところでは、日本酒や醤油の製

造に欠かせないカビの一種である

麹菌、アルコール発酵やパン製造

に用いられる酵母、ヨーグルトや

漬物に欠かせない乳酸菌など多く

の微生物がヒトの暮らしと密接に

関係しています。さらに、お餅に

生える青カビは見た目が悪いので

すが、かつてペニシリンという世

界初の抗生物質の生産に用いられ

多くのヒトの命を救った恩人なの

です。その後、多くの抗生物質が

出身高校:富山県立富山高校 最終学歴:名古屋大学大学院農学研究科

生体工学

生合成工学によるプロセス改良のイメージ 酵 素 触媒 薬 の 基を

作 る 微 生物

医薬品候補

・毒性 ・水溶性

DNA ( 設 計図)

酵素触媒 DNA

( 設 計図)

遺 伝 子 工 学 情 報 生 物 学

設計図改変 実用医薬品

有機合成

(4)

微生物の培養液中に発見され実際の医薬品として開発されてきました。しかしその多くは、

水溶性を上げるため、また毒性を軽減させるため、微生物が作った化合物を有機化学反応

で改変して使われています。その際に高温高圧の化学反応が必要な場合も多く、環境負荷

やコスト面で問題となります。そこで筆者の研究室では、工学におけるモノ造りという観

点から、薬の原料の効率的生産プロセスの開発を試みています。具体的には微生物がこれ

ら抗生物質の原料を作りあげる際に使う酵素触媒やその設計図となるDNAを詳細に解析

し、これらを改変、あるいは上手く組み合わせることで、より有用な原料の生産を試みて

います。

新規作用を持つ抗生物質の開発

微生物の中にはヒトに害になるものもたくさんいます。結核菌、緑膿菌、病原性大腸菌

をはじめ、健常人には無害ですが、病気をされた方や高齢者など免疫機能が衰えた方に感

染する日和見感染菌も害になる微生物です。ペニシリンに代表される抗生物質は、これま

で「細胞壁」など、ヒトには無く、微生物が特異的に持つ「構造体」をターゲットに、こ

れらの合成を止める薬剤を探索することにより開発されてきました。この方法は大成功を

収めましたが、反面ヒトに役立つ乳酸菌なども十把一絡げに殺すため、抗生物質が全く効

かない多剤耐性菌が出現する原因となりました。特に近年、既存の抗生物質が全く効かな

い病原菌が出現し社会問題化しています。そこで筆者の研究室では、病原菌のDNA配列の

データベースを精査することにより、特定の病原菌に特異的な代謝経路を探索しています。

一つの成果として、胃がんの

原因菌であるピロリ菌は、呼

吸に必須なメナキノンという

化合物を全く新しい経路で合

成することを見出しました。

現在、この新規経路を止める

抗生物質の探索を行っていま

す。上手く見つけることが出

来れば、乳酸菌など腸内の有

用な微生物には影響を及ぼさ

ず、ピロリ菌のみを特異的に

死 滅 さ せ る 抗 生 物 質 の 開 発

(テーラーメイド医療)がで

きると期待されます。

参考書

(1) 長野哲雄(監訳),『マクマリー生化学反応機構-ケミカルバイオロジー理解のため

に-』,東京化学同人(ISBN978-4-8079-0648-2)

(2) Antibiotics –Action, Origins, Resistance–, Christopher Walsh, ASM Press 新規作用を持つ抗生物質開発のイメージ

ゲ ノ ム情報から病原菌と有用微生物

(乳 酸菌等) の 仕 組みの違いを探索

有用微生物

生育するのに 必須な経路

病原菌だけを殺す抗菌剤開発

病原菌

生育するのに 必須な経路

真核生物(人間)と原核生物(微生物)の仕組みの違いを利用 (十把一絡げ 多剤耐性菌の出現!!)

ATCTG TAAT・・

(5)

質-窒素を含む機能性セラミックス

大学院工学研究院・大学院総合化学院 教授

吉川

き っ か わ

信一

し ん い ち

(工学部応用理工系学科応用化学コース)

専門分野 : 無機材料化学,固体化学,結晶化学 研究のキーワード : セラミックス,機能性物質,無機合成化学 HP アドレス : http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/strchem/

世界の役に立つ物質を作ってみたい

皆さんが大学で勉強するのはなぜですか。私はいろいろな自然現象がなぜ起こるのかを

知りたい、また何か新しい物質を作ってみたいと思いました。大阪大学の理学部化学科に

1970年に入学しましたが、卒業研究をするなら人の役に立つものを合成してみたいと、大

阪大学の附置研究所である産業科学研究所のセラミックスの研究室に入れていただきま

した。そこでは鉱物学、岩石学や結晶化学に基づいて新しい無機材料を合成する、当時と

しては先進的な取り組みが行われていました。生命の起源との関連も議論される粘土鉱物

の層間にアミノ酸などの有機化合物が可逆的に取り込まれる現象を、今風の言葉ではイン

タカレーション、しかし当時はそんな言葉もなく粘土―有機複合体と呼んでいました。層

状の結晶構造を持つ様々な無機化合物を合成して、

その層間にピリジンなどの有機化合物を取り込ませ

てできるインタカレーション化合物の合成と物性に

関する卒業研究をしました。この研究ではその後も

いろいろな努力が重ねられ、現在われわれがリチウ

ムイオン電池として利用している電極反応および電

極材料に発展しています。最初は魚釣りのウキ用の

電源程度でしたが、今や電気自動車用をはじめ様々

な電源として活躍が期待されている姿を見ると、大

きくなった息子か孫の成長を見守るような気持ちで

す。

大気の主成分;窒素を使おう

酸素は大気の1/5しかありませんが、酸化物が熱力学的には安定なために地球上に存在す

る大部分の物質は酸化物です。鉱物や岩石は金属酸化物であり、これらを精製して原料と

し多くのセラミックスは高温で合成され、焼結して使われます。周期律表で酸素の隣に位

置する窒素は大気の主成分であるにも関わらず、人を窒息させる厄介者として酸素ほどに

は重用されていません。資源的に豊かな窒素を有効に利用したいものです。金属窒化物は

酸化物に比べると熱的に不安定ではあるものの、高い機能性の宝庫です。窒化ケイ素では

シリコンと窒素との化学結合が強固で耐熱性が高く、自動車用のエンジン部材や白色LED

用の蛍光体などの機能性セラミックスに利用されています。遷移金属であるチタンの窒化 図1 車載用リチウムイオン電池

(出典)

http://carlifenavi.com/article/detail/151282 出身高校:大阪府立北野高校 最終学歴:大阪大学大学院理学研究科

(6)

物は耐熱性や耐食性に優れるところから、様々な工

具などの被覆材料として使われています。自動車な

どで無数に用いられているモータを小型化する必要

性から、強力な磁石が求められます。ネオジム(ジ

スプロシウム)・鉄・ホウ素磁石が使われていますが、

希土類資源が偏在するために、希土類元素を使わな

い強力磁石が必要とされています。鉄窒化物Fe16N2

は、α-Feを凌ぐ大きな飽和磁化をもつと言われてき

ました。鉄はチタンよりも多くの3d電子をもつとこ

ろから、Fe16N2はさらに熱的に不安定なため単一相

は合成できず、その詳細が不明でした。2000年に北海道大学に転勤して以来、われわれは

100℃程度の低温でアンモニア窒化することによって、Fe16N2を高収率で再現性よく合成

でき、その高い機能性を利用する方法を発見しました。

酸素と窒素が共存する酸窒化物

酸化物と窒化物イオンの電荷、および金属イオンとの間の化学結合のイオン性-共有性

が大きく異なるところから、両陰イオンが共存する酸窒化物にはさらに様々な高い機能性

を期待できます。バンドギャップが酸化物に比べ

て小さくなるところから、可視光応答性の光触媒

や、鉛などの有害元素を含まない無害な顔料とし

て期待されています。金属窒化物において3価の

窒化物イオンを2価の酸化物イオンで置換すると、

電気的な中性を保つために陽イオンの格子欠損を

生じます。格子欠陥を介した高い陽イオン伝導性

が期待され、全固体リチウムイオン電池への夢が

膨らみます。酸窒化物の含む酸素が増すほど化合

物におけるイオン結合性が増すところから、酸窒

化物蛍光体の発光は高エネルギー側へシフトしま

す。さらに両陰イオンが共存する酸窒化物では、

金属陽イオンの周りの配位多面体に幾何異性が生

じます。このように局所的な極性をもつSrTaO2N では分極を生じ、大きな比誘電率を持つ誘電体セ

ラミックスとなることを明らかにしました。結晶

構造中での局所的な分極構造は、結晶中の磁性や

電気および光応答性と連動して新たな機能性を生

み出す可能性があります。機能性セラミックスと

して世界に役立つことを目指して、世界の一流大

学や民間企業との共同研究が進んでいます。

図2 ネオジム磁石によるネオキューブ (出典)

http://sulajji.blog.so-net.ne.jp/2010-03-08

図3 ユーロピウムをドープした新規な酸窒化物蛍 光体β-Si

6-z

Al

z

O

z

N

8-z

の発光

図4 新規酸窒化物誘電体SrTaO

2

Nセラミックス。 静電容量から見積もられる誘電率ε

r

(7)

合金のミクロの世界を制御する

大学院工学研究院・大学院工学院 准教授

大野

おおの

宗一

むねかず

(工学部応用理工系学科応用マテリアル工学コース)

専門分野 : 材料科学,計算材料科学,金属組織学 研究のキーワード : 金属,合金,シミュレーション,結晶成長 HP アドレス : http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/MSESC/

合金のミクロの世界とは何ですか?

合金とは複数の金属元素あるいは非金属元素を混ぜ合わせた材料のことですが、私は構

造物に使用される構造用材料を主な研究対象として、合金材料の状態を支配する摂理の解

明や今までにない性質をもった新しい合金材料の開発を行っています。私達の身の周りに

は多くの合金材料がありますが、それらが開発されたプロセスをみてみると、材料開発の

キーテクノロジーはミクロの世界の制御にあることが分かります。ここでいうミクロの世

界とは、肉眼で観察できるよりも小さく、原子や分子のレベルよりは大きなスケールのこ

とで、10−9−10−4 mの世界です(図1、図2)。 図2に示したのは、合金を光学顕微鏡や電子顕

微鏡で観察したときに現れる模様の例です。顕

微鏡レベルの空間スケールにおいては、結晶の

配列が異なる領域や濃度が異なる領域が様々な

サイズと形態を有して存在し、いわゆる空間パ

ターンを形成しています。これが合金のミクロ

の世界であり、顕微鏡で観察される空間パター

ンを金属組織と呼びます。

何を目指しているのですか?

私が専門とするマテリアル工学は、ほぼ

全ての工学の基盤となる分野であるといわ

れています。様々な分野において、新しい

テクノロジーを実現するために新しい材料

の開発が求められています。先に述べたよ

うに、新しい合金開発の鍵はミクロの世界

の制御、すなわち金属組織の制御にありま

す。金属液体が固まるとき、固体金属を熱

したり変形させたりするとき、また合金の

成分を変化させたとき、その条件に敏感に

反応して多様な金属組織が現れます。そし

て、そのパターン(粒子のサイズや形態な

出身高校:北海道北見北斗高校 最終学歴:北海道大学大学院工学研究科

(8)

ど)に応じて、硬度、強度、変形能、電気伝導や磁気特性などの合金の性質が著しく変化

します。つまり、金属組織の制御が新材料開発の要諦といえます。

私は、金属材料の中でも特に鉄鋼材料を対象として、その金属組織を望みどおりに制御

することを目指した研究を行っています。鉄鋼材料は私達に最も身近な金属材料であり、

既に様々な用途で活躍していますが、更なる高度化・高機能化の余地があり、未だ多くの

可能性を秘めた魅力溢れる材料です。その用途や使用量から想像できるかもしれませんが、

新たな鉄鋼材料の開発というのは、レアメタルの問題、温室効果ガス排出の問題、エネル

ギー問題といった大変重要な問題に直結する社会的意義の高い取り組みといえます。

どのように研究しているのですか?

金属組織を望みどおりに制御するためには、その組織が形成するプロセスを解明し、温

度や圧力など私たちが通常コントロールできるパラメータと組織の関連性を知る必要があ

ります。シミュレーションは、これを実現するための有効な手段の一つです。私は金属組

織をシミュレートするための数学モデルの発展とシミュレーション・理論・実験を相補的

に組み合わせた研究を行っています。図3は、金属組織が形成する様子をシミュレーショ

ンによって再現した結果を示しています。いずれも、鉄鋼材料の金属組織を計算したもの

です。このようなシミュレーションによって金属組織のダイナミクスが解明されつつあり、

より優れた合金材料の開発へとつながっています。

次に何を目指しますか?

合金は異なる元素を混ぜ合わせた材料であることを初めに述べましたが、混ぜる元素の

種類とその成分量の違いによって無限の種類の合金が存在します。つまり、マテリアル工

学には無限の可能性があり、私達が想像もしていない未知の性質をもった合金がどこかに

眠っているはずです。シミュレーションを活用して、一つでも多くの優れた合金を探り当

(9)

生物行動をコンピュータ内で進化させる

大学院情報科学研究科 准教授

山本

や ま も と

雅人

ま さ ひ と

(工学部情報エレクトロニクス学科情報工学コース)

専門分野 : 複雑系工学

研究のキーワード : 複雑系,人工知能,人工生命,最適化 HP アドレス : http://www.gammon.jp/masahito

何を目指しているのですか?

ヒトなどの生物がもつ知性をコンピュータの中に実現することを目指しています。ヒト

などの高度な生物はもちろん、動物や昆虫、微生物でも、手足を動かして歩いたり走った

り、周りの環境を認識しながら餌を食べたりして生活しています。この何気ない行動です

ら、高性能なコンピュータを内蔵したロボットでさえも実現するのは非常に困難なのです。

このように生物が行動するしくみを人工的に実現することができれば、賢く振る舞うロ

ボットやヒトの代わりにいろいろな仕事を効率良くこなしてくれるコンピュータが作れる

でしょう。

具体的にはどのような研究をしているのですか?

コンピュータ内に知性を創りだすためには、大きく分けて2つの方法が考えられます。

1つは、人工知能と呼ばれるコンピュータにとって得意な方法(実際の生物とは異なる方

法)によって知性を創りだそうとするものです。もう1つは、人工生命の研究で見られる

ヒトなどの生物が実際に行なっているような脳のしくみを利用するものです。私たちは後

者の方法によって生物がもつ知性を創りだすことに挑戦しています。生物は一般に、感覚

器から受け取った情報を脳内で処理し、運動神経への出力として信号を伝達することで行

動します。そのような脳内の情報処理を複雑系の技術を用いて模倣することができれば、

知性を人工的に創りだすことができると考えるのです。

私たちはそのために、重力や地面との摩擦、物体同士の衝突、空気抵抗や水の抵抗など

の現実世界の現象を高速にシミュレートできる仮想的な環境をコンピュータ内に用意し、

図1のような生物を模し

た仮想ロボットをモデル

化(デザイン)します。

その際、動かせる関節の

位置や可動域なども指定

し、環境を知覚するセン

サがつけられます。

そして、各関節をどの

ように動かすかを行動コ

ントローラ(人間の脳の

出身高校:北海道札幌旭丘高校 最終学歴:北海道大学大学院工学研究科

情報

(10)

しくみを真似たニューラルネットワーク)によって決定し、実際に仮想環境内で行動をし

てみます。はじめは行動コントローラがランダムに与えられるため、手足をバタバタさせ

るようなランダムな行動をしますが、「より遠くに移動するような行動コントローラには良

い評価を与える」、ということを数百、数千回のシミュレーションを通して行う進化型計算

と呼ばれる方法を用いることにより、より遠くにうまく移動することのできる行動コント

ローラが自動的に進化していきます。これは、まさにヒトが赤ちゃんから成長していくに

したがって、歩いたり手足を自由に動かしたりすることができる成長過程に似ています。

結果的に得られる行動コントローラは、環境の状態を認識し、適切な行動をするものと

なります。その様子は、生物が実際に行動しているものと錯覚するほどのものです。驚く

べきことは、実際に手足をどのように動かせばよいか、を私たちが教えてあげなくても、

仮想ロボットは、コンピュータ内の膨大な数のシミュレーションの結果によって、自分で

進化していくのです。この方法を発展させていくことで、外敵から身を守りつつ餌を探す、

といったもっと複雑な行動も自動的に進化させることができると考えて研究を行なってい

ます。

実際の生物そっくりの行動が

自動的に作成できると、リアル

なCGアニメーションも簡単に

作ることができます。図2はア

ゲハチョウを草原で飛ばしたと

き の 様 子 を 示 し た ス ナ ッ プ

ショットです。実際の映像を見

ると、本物のアゲハチョウが飛

んでいるように思うかもしれま

せん。映画のワンシーンにも応

用できることは容易に想像がで

きるでしょう。

研究のモットーは何ですか?

研究はとても楽しいものです。「いつも夢をもって楽しく研究をする」ことをモットーに

しています。夢に向かって努力した結果、ときには失敗や挫折をすることがあるかもしれ

ません。でも、そういった試行錯誤の過程を通して、「今まで知らなかったことを知った」、

「今までできなかったことができた」、ときのワクワクするような知的興奮を味わえること

があります。このような感覚を味わうことができるのは、新しいことに挑戦していく「研

究」ならではだと思います。皆さんも私たちと一緒にその興奮を味わってみませんか?

参考書

(1) 古川正志,山本雅人,他共著,『メタヒューリスティクスとナチュラルコンピューティ

ング』,コロナ社(2012)

(11)

脳を鍛える!インタラクティブコンピューティング

大学院情報科学研究科 准教授

野中

のなか

秀俊

ひ で と し

(工学部情報エレクトロニクス学科コンピュータサイエンスコース)

専門分野:知能情報処理,ヒューマンインタフェース

研究のキーワード:ヒューマンインタフェース,人工知能,センサ応用,学習援助, インタラクティブコンピューティング

HP アドレス:http://aiwww.main.ist.hokudai.ac.jp

何を目指しているのですか?

インターネットやマルチメディア、スマートフォン等の普及に伴い、特に個人向けのコ

ンピュータは、インタラクティブな情報収集・情報交換の手段として、日々新しい状況を

作りつつあります。また住宅や家電製品にもコンピュータが組み込まれ、私たちが特に意

識しなくても、ホームセキュリティや省エネルギーの機能が適切に働くようになっていま

す。このように、コンピュータは、計算速度や記憶容量の向上を目指すだけでなく、様々

な場面において安心な日常生活や利便性の向上のために活用されるようになっています。

ところがその反面、セキュリティ問題、情報の氾濫、人格形成への影響、ネット犯罪な

ど、考慮すべき問題が浮上し、私たちの情報の受け入れ方や、マスメディアの役割、生活

様式などに大きな変化をもたらしつつあります。これからの、特に個人向けのコンピュー

タが備えるべき役割には、以下のようなものがあると考えています。1)実世界で獲得し

た知識や行動との整合、2)個人差や性格への適応、3)ユーザの意図やコンテクストの

把握、4)フラストレーションやコンフリクトの解消、5)意欲の誘引と動機付け、6)

意識や情動への働きかけ、7)コンピュータシステムへの信頼感の確保、8)知性、感性、

技能の向上、9)潜在能力や可能性の喚起、10)モラルの向上への誘導・・・など。

我々の研究室では、ヒューマンインタフェースと人工知能を二本柱として、個別的に発

展しているハードウェア・ソフトウェア技術や、数理科学、認知科学、生理学など、様々

な知見を取り入れながら、私たちが日常の生活の中で自然に獲得している知的活動と、コ

ンピュータシステム設計構築の、自然な融合と相互発展を目指しています。

研究の中でコンピュータをどのように位置づけていますか?

最近、外部脳という言葉をよく目や耳にします。多くの場合、大容量のデータを持ち歩

き、いつでもどこでも必要なデータをすぐに引き出せる装置という、いわば外部記憶装置

のような意味で使われることが多いようです。その延長にクラウドという技術も位置して

います。ところが、外部脳は、私たちの脳におけるもっと基本的な情報処理に関わるもの

です。私たちは生まれたときから、様々な外部脳を使って脳を鍛えてきたということを忘

れがちです。脳は常に外界とのコミュニケーションを必要とし、そのコミュニケーション

を通して発達するといわれています。例えば私たちが言葉を聞いたり話したりする能力や、

歩行や運筆などの行動を獲得するためには、外界との様々な接点が必須だったはずです。 出身高校:東京都立戸山高校 最終学歴:北海道大学大学院工学研究科

(12)

例として暗算について考えて見ましょう。ここでは、そろばんやインド式計算などにつ

いては他に譲り、小学校で普通に習った算数学習のプロセスを思い出してください。生ま

れつき暗算ができた人は多分いないでしょう。まず足し算の場合、最初は飴玉など身近な

物や5本の指を使って、足し算を覚えたと思います。この

とき、飴玉や指が外部脳として働いています。これらの計

算を繰り返すことにより、外部脳がなくても計算、つまり

暗算ができるようになります。結果的に外部脳が視覚的イ

メージとして脳に取り込まれたとみなすことができます。

次に掛け算の場合、最初は先生が発声する九九に続いて九九を復唱することにより、一桁

同士の掛け算を覚えたと思います。このとき、音声が伝わるために必要な空気、耳の鼓膜、

自分が発声するための喉の声帯などが外部脳として働いています。これらの発声を繰り返

すことにより、外部脳がなくても計算、つまり暗算ができるようになります。結果的に外

部脳が聴覚的イメージとして脳に取り込まれたとみなすことができます。

このように、適切に用意された外部脳ならば、正しい使い方を何度も繰り返すことによっ

て、様々なイメージやパターンとして脳に取り込むことができます。我々の研究では、私

たちがコンピュータを使えば使うほど脳が鍛えられ、仮にコンピュータがなくても脳の中

に優れたイメージやパターンが残るようにするためには、私たちとコンピュータとの間に

どのようなインタフェースを設けたらよいか、ということを追求しています。

どんなシステムを開発しているのですか?

外部脳としてのコンピュータを考慮しながら、教育用

システムなどを開発し、実際の講義等でも活用していま

す。問題を入力すると答えが出力されるという一方向的

な計算ではなく、コンピュータの反応や、計算の過程を

観察でき、必要に応じて計算そのものにユーザが介入で

きるような計算方法を、我々はインタラクティブコン

ピューティングと呼んでいます。コンピュータがどのよ

うな計算を行っているかを視覚、聴覚、触力覚等に提示

することにより、ユーザの理解を助け、さらに安心感や

説得力を持たせることが可能であると考えています。右

上のスクリーンショットは、様々な多面体を、マウス

やマルチタッチインタフェースだけで直感的に作成で

きるアプリケーションです。大学の専門科目で習うグ

ラフ理論の主要な項目や概念を、無意識のうちに学習

できます。右下は、現実にはありえないような立体パ

ズルを、作成したり解いたりできるアプリケーション

です。公務員試験などで必要になる、空間把握能力を

(13)

ナノ構造を使って新しい素子と LSI を創る

大学院情報科学研究科 教授

本久

も と ひ さ

順 一

じゅんいち

(工学部情報エレクトロニクス学科電子情報コース)

専門分野 : 電子工学

研究のキーワード : ナノテクノロジー,半導体ナノ構造,電子デバイス,光デバイス,LSI HP アドレス : http://impulse.ist.hokudai.ac.jp

何を目指しているのですか?

みなさんの身の周りにはたくさんの電子機器がありますよね?その動作を司っているの

が集積回路(LSI)を中心とした様々な電子部品です。LSIにも色々な種類がありますが、

それはすべて、半導体の素子あるいはデバイスと呼ばれるものが沢山集って動作していま

す。そして、携帯機器がどんどん小さくなっていくように、半導体デバイスもどんどん小

さくなり、今ではナノメートル、すなわち10億分の1メートルという、原子を数10個から

数個程度並べただけの世界で、1つ1つの原子や分子を巧みにあやつりながらデバイスを

作製しています。このようなナノテクノロジーの世界の中で、私は新しい半導体ナノ構造

を生みだし、それをさまざまな高性能のデバイスへと応用する研究を進めています。

現在の研究を始めたきっかけは何ですか?

小学生のころから、ラジオ、テレビやステレオなど、身近な電子機器に興味を持ってお

り、将来はそのような電子機器をつくる職業につきたいと思っていました。夢かなって、

電子工学を専門とする学科に進学し勉強をすすめているうちに、非常に小さいはずの原子

が顕微鏡で1つ1つ目に見えたり、簡単に扱えるとは思っていなかった原子が、さまざま

な工夫をすると自在に運動を制御できてナノメートル寸法の構造をつくれたり、そして実

際につくった半導体ナノ構造が普通の半導体とは全く違った性質を示したりすることがわ

かってきました。そのときから、ここにはまだ誰も知らない世界があるに違いないと思い、

半導体ナノ構造に興味を持ち、それを対象に研究をしています。そして実際、半導体ナノ

構造には新しい世界を常に示してもらっており、エキサイティングな研究分野です。

図1 半導体ナノワイヤの作りかたと、作製したナノワイヤの電子顕微鏡写真。髪の毛よりもっと細いナノメートル断面寸法の針 のような半導体の結晶が試料から垂直に成長しています。作り方としては、半導体の基板にナノメートル寸法の穴をあけて、穴 のところだけに結晶が成長するようにしているだけです。簡単そうに見えますが、実はいろいろな秘密が隠されています。

出身高校:土佐高校(高知県) 最終学歴:東京大学大学院

工学系研究科

(14)

どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?

半導体ナノ構造の作製には、分子線エピタキシーや有機金属気相成長装置といった、原

子数個分しかない半導体の超薄膜の結晶を作製するために必要な装置を使います。その上

で、横方向も原子数個分のナノ構造とするために、結晶成長のスタートとなる試料(基板)

をナノメートル寸法で加工する装置を使います。最近私が主に行っているのは、半導体ナ

ノワイヤという、断面寸法が数100から数ナノメートル程度の非常に細い細線構造を作る

ことです(図1)。そして作ったナノワイヤを電子顕微鏡で観察したり、レーザ光を照射し

て、ナノワイヤから放出される光を観察したり、あるいは電極をつけて電気を流したりす

るなど、ナノワイヤの特性を評価する実験を行っています。

今後、どのような成果が期待できますか?

半導体ナノ構造は、誰も予期していなかった物理現象が発見されるなど、常に新しい世

界を提供してくれましたし、これからも新しい発見があると思います。それだけでなく、

半導体ナノ構造は新しく高性能なデバイスをつくりあげるための基本構成要素です。デバ

イスには、大きくわけると、LSIの中でたくさん使われているトランジスタのような電子

デバイスと、発光ダイオードやレーザ、あるいは太陽電池のような光デバイスとの2種類

がありますが、私が現在研究しているナノワイヤはそのいずれにも応用可能で、高性能で

非常に小さな電子デバイス・光デバイスを実現することができます。現在、多数の研究者

が半導体ナノワイヤの研究を進めており、近い将来、半導体ナノワイヤを用いたデバイス

やLSIが私たちの身の周りで使われるようになると思います。そして、半導体ナノ構造は、

現在ある電子デバイス・光デバイスを高性能化・小型化するだけでなく、新しい原理で動

作する超高効率の太陽電池や、非常に低消費電力の回路・センサーなど、これからの社会

にとって重要な省エネルギー技術の鍵となる材料としても注目が集まっているところで、

この分野での成果も期待できます。

図3 レーザ発振しているナノワイヤの 光学顕微鏡像。レーザに特有な光の干 渉パターンが観測されています。白い 棒は2ミクロンのスケールを示していま す。

(15)

ゲノム進化から生命を理解する

大学院情報科学研究科 准教授

小柳

こ や な ぎ

香奈子

か な こ

(工学部情報エレクトロニクス学科生体情報コース)

専門分野 : 分子進化学,バイオインフォマティクス 研究のキーワード : ゲノム,DNA,配列比較解析,進化 HP アドレス : http://genome.ist.hokudai.ac.jp/

何を目指しているのですか?

ゲノムとはある個体がもつ全遺伝情報のことで、生命の設計図ともいわれます。この遺

伝情報をになう化学物質であるDNAは、4種類のヌクレオチドとよばれる物質がつながっ

たものです。これらがどんな順序でどれだけ並んでいるか(=ゲノム配列)が、その生物

らしさ、その個体らしさを決めています。このゲノム配列を解読するのにはシーケンサー

とよばれる装置を用います。約30億文字からなるヒトのゲノム配列は、十数年という時間

と数千億円をかけて解読されました。近年では新型シーケンサーが次々に登場し、ヒトゲ

ノム配列を解読するのに必要な時間は数日、コストは数十万円程度にまで短縮されていま

す。みなさん個人個人のゲノムが解読される日も遠くないかもしれません。このようにゲ

ノム解読のスピードは速まりましたが、ゲノムが解読される=ヌクレオチドの並びが明ら

かになる、にすぎません。次にゲノム配列が意味するところを理解する必要があります。

私は「進化」という観点からゲノムをとらえることで、ゲノムとゲノムが意味するところ

(表現型)の関連を理解することを目指しています。

どんな研究を行っていますか?

「地球の歴史は地層に、生命の歴史は染色体(ゲノム)に刻まれる」という北大出身の

木原均博士の言葉があるように、様々な生物のゲノム配列を比較すると、その類似性や違

いがそれぞれの生物の進化にどのような影響をもたらしているかを推定することができま

す。私達の研究室では様々な生物のゲノム配列を比較解析することで、特定の表現型に関

わるゲノム領域の特定や、進化過程の解明を行っています。

図1 ゲノム領域の比較 図2 ウィルスゲノムの進化過程

顔写真

出身高校:女子学院高校(東京都) 最終学歴:京都大学大学院理学研究科

(16)

ヒトとチンパンジーのゲノム配列を比較することで、ヒトに特異的な表現型に関連する

ゲノム領域が特定されることが期待されます。例えば、ヒトでは脳に機能的左右差が存在

しており、言語を司る領域が左脳にあると言われています。そこで、右脳よりも左脳でよ

く使われることが知られているRABL2B遺伝子周辺のゲノム領域を、ヒトとチンパンジー

で比較してみると、大きな違いがみられる箇所が見つかりました【図1】。このような箇所

に、RABL2B遺伝子の左右の脳での使われ方の違いをもたらす変化が進化の過程で蓄積し

たのではないかと考え、より詳細な研究を進めています。

また、医学部の先生方との共同研究ではアデノウイルスの研究も行っています。アデノ

ウイルスは肺炎や結膜炎などの原因となるウイルスで、暑い時期に流行する「はやり目(流

行性角結膜炎)」を引き起こすタイプは感染力が強いのが特徴です。日本で発見された新型

のアデノウイルスと既存のアデノウイルスの全ゲノム配列を比較したところ、新型は他の

アデノウイルスと遺伝子組換えを多数行って進化したことが分かりました【図2】。

どんな装置を使って研究をしているのですか?

ゲノム配列解読には新旧のシーケンサーを用いています【図3】。またインターネット上

には世界各国の大学や研究機関で解析されたゲノム情報等のデータベースが多数存在して

おり、それらも利用します。膨大な量の情報の解析は人間の目ではとても無理です。そこ

でコンピューターの力が欠かせません【図4】。研究室では必要に応じてソフトウェアの開

発なども行っています(【図1】はその例)。

図3 シーケンサー 図4 コンピューター

この分野の面白さは何ですか?

現存の生き物のゲノム配列の比較から、過

去を推定できる、というところがもっとも面

白い点です。また、ゲノムという共通言語を

用いて様々な生物、生命現象を研究できると

ころも魅力です。実際私達の研究室で研究対

象としている生物はウイルス・酵母・イネ・

ヒト、また注目する生命現象も病原性・突然

変異発生機構・言語能力など多岐にわたって

います。医学や農学など多方面の分野との共

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“スマホ”を支える情報理論

大学院情報科学研究科 准教授

大鐘

おおがね

武雄

たけお

(工学部情報エレクトロニクス学科メディアネットワークコース)

専門分野 : 通信工学

研究のキーワード : 無線通信,情報理論,無線 LAN, 携帯電話,インターネット

HP アドレス : http://w-icl.ist.hokudai.ac.jp

スマホって,何を研究するのですか?

スマートフォン(スマホ)ユーザが爆発的に増えています。ガラケーと呼ばれる携帯電

話は、音声通話が主であり、インターネットアクセスは補助的なものでした。しかし、ス

マホの出現でインターネットアクセスが欠かせないものとなり、今や、音声通話もSkype

やLINEといったアプリにとって変わられそうです。実は、皆さんがアプリを使用したり

WEB を見たりする度に、多くのデータ(携帯ではパケット=1024ビットという単位で表

されています)がやり取りされます。世界の各通信事業者によれば、このデータ量の総数

が、2020年には2010年比で数10倍から最大で約1000倍にまで膨れ上がると試算されてい

ます。これは、通信事業者にとっては非常に頭の痛い問題なのです。研究者の端くれとし

て、その一助を目指した研究を行なっています。

情報理論って何ですか?

アインシュタインは特殊相対性理論という素晴らしい理論を残しました。私はほとんど

理解していませんが、有名な式:Emc2というのは知っています。この単純な式が、宇

宙が無から生成できたことを端的に表しています。一方、通信の分野では、情報理論が基

礎となっています。これはシャノンと呼ばれる数学者が1948年に発表したものです。シャ

ノンは通信路を経て受信された信号の電力Sと、雑音の電力Nの比(SN比: S/N)が与

えられると、以下の式で表されるデータ量を誤りなく伝送できることを明らかにしました。

CWlog2

1S/N

[ビット/秒]

ここで、Wは信号の帯域幅 [Hz] を表します。この美しい式こそが、通信の可能性と限界

を示しているのです。特に、携帯電話に代表される無線通信は、信号電力が通信距離の2

乗(あるいはそれ以上)に反比例して小さくなっていきます。したがって、光ファイバな

どの有線通信と異なり、SN比が低く、多くのデータを送ることができなかったのです。

無線通信におけるこの問題を解決したものが、MIMO伝送と呼ばれる技術です。具体的

には、送信側、受信側にそれぞれ複数のアンテナを設置し、同時に複数の信号を送受信す

る技術を指します。この技術の特長は、シャノンの情報理論を拡張した理論を用いて、1995

年にテラターという数学者によって明らかにされました。MIMO技術を用いて誤りなく伝

送できるデータ量は次式で表されます。

CMIMO2Wlog2det

IHHH/N

[ビット/秒]

(18)

ただし、detは行列式、Iは単位行列、Hは通信路の複

素振幅を表す行列、 H

は行列の複素共役転置を表します。

式がいきなり難しくなってしまいましたが、シャノンの式

と似た単純な式であることはわかるでしょう。説明は省き

ますが、この式は、SN 比が変わらなくても、送受信アン

テナ数に比例して伝送可能なデータ量を増加できること示

しています。すなわち、伝送できるデータ量を増加させる

には、アンテナ数を増やせばよいのです!

この技術は無線LAN規格IEEE802.11nで初めて使用され、2010年からはLTEと呼ば

れる携帯電話の新規格でも実用化されています。このように世界中の多くでその恩恵にあ

ずかっている技術が、実は情報理論という美しい理論に支えられているのです。

具体的にどのような研究をしているのですか?

私も、シャノンやテラターといった数学者たちと同じように、新しい理論を打ち立てた

い!という夢を持っています。ただ、残念ながら、未だその夢は達成できていません。こ

のような理論の検討とは別に、工学の立場から、より具体的な技術の研究も行なっていま

す。最初にデータ量の総数が2020年には1000倍になるかもしれないと書きました。しかし、

携帯電話や無線LANでアンテナ数を1000倍にするのは不可能です。そのために、他の技

術が必要になるのです。

例えば、MIMO技術は、受信アンテナ数が送信アンテナ

数と同等以上でないと、効果が発揮できません。そこで、

多数のアンテナを持つ携帯基地局に対して、少数のアンテ

ナを持つ携帯端末しかない場合、複数台同時に携帯基地局

と通信するマルチユーザMIMO技術があります。このと

き、各端末への送信信号が、互いに深刻な干渉とならない

よう、また、十分なデータ量を確保できるように送信信号

を制御する技術について検討しています。また、20年後を

見据えて100素子以上のMIMO 伝送を可能とする受信信

号処理も新たに開発しました。他にも、通信事業者などとの共同研究など、将来の携帯電

話、無線LANをよりよくする技術に取り組んでいます。

研究の喜びは何ですか?

新しい理論・よい研究成果を生み出すことが目標ですが、何より研究に取り組んだ学生

の成長、また、学生の新しい考えからヒントを得て互いに高め合うことが、大学の研究者

としての大きな喜びです。卒業生が社会で活躍する姿を見るのは感動モノです!

参考書

(1) 大鐘武雄・小川恭孝著,『わかりやすいMIMOシステム技術』,オーム社(2009)

MIMO の概念図(素子数4の例)

(19)

ロボットと一緒に働く未来の社会

大学院情報科学研究科 教授

こ ん

あつし

(工学部情報エレクトロニクス学科システム情報コース)

専門分野 : ロボット工学

研究のキーワード : ロボット,無人航空機,手術シミュレータ,機械力学 HP アドレス : http://scc.ist.hokudai.ac.jp

何を目指しているのですか?

IT(Information Technology:情報技術)革命という言葉が、一時期、盛んに用いられ

ました。これはコンピュータやインターネットの発達と普及に伴って生産性が革命的に向

上したことを指しています。コンピュータやネットワークだけでは情報が銅線の中に閉じ

込められたままですが、これらに外界や自分自身の状況を検出するセンサと、外部に対し

て力を作用するアクチュエータ(モータなど)を接続すると、人間の住む世界と相互作用

を持つことができるようになります。これがRT(Robot Technology:ロボット技術)で

す。RTはITを実世界に拡張したものと言えます。RTを用いて、便利で安全な社会を作っ

ていくということを目指しています。具体的には、力仕事を補助するヒューマノイドロボッ

ト技術、災害発生時に迅速に被害状況を観察し報告する無人航空機、実際の手術の前に仮

想世界で試行錯誤するための手術シミュレータ、の研究開発を行っています。

どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?

図1(a)は川田工業株式会社製のヒューマノイドロボットHRP-2です。これまで20号

機まで製作されました。このうち私たちの研究室では15号機と20号機の2台を用いて研究

を行っています。図1(b)、(c)は人間が行っている力作業をヒューマノイドロボットで

代替させようという研究です。ロボットが環境に大きな力を作用すると、その反作用力で

ロボットは倒れてしまいます。いかに倒れずに大きな力を作用するか、というところに難

しさがあります。図1(d)は、ヒューマノイドロボットに砂地のような軟弱な地面の上

を歩行させる実験です。人間のように砂地の上でも安定に歩行し続けるには、さらなる技 出身高校:山形県立山形東高校 最終学歴:東北大学大学院工学研究科

電気・機械

(20)

術開発が必要です。

図2は垂直な姿勢でホバリング(空中停止)可能な無人航空機(UAV)です。ホバリン

グ能力は、災害現場などで、上空からカメラで情報収集する際に役に立ちます。

図3は手術シミュレータの概念を示したものです。操作者はコンピュータ内に構築され

た人間の臓器モデルに対して仮想手術を行います。コンピュータ内で計算された臓器モデ

ルからの反力は、力覚触覚提示装置(ハプティックデバイス)を通して操作者に提示され

ます。このような手術シミュレータは、若いお医者さんのトレーニングに用いることがで

きます。また、難手術の前に、手術の計画を立案するために試行錯誤するのにも役に立ち、

手術の安全性を高めるものと期待されます。図4は手術シミュレータの研究開発に用いて

いる実験装置です。まずは脳外科手術を対象にシミュレータを開発しているところです。

図5は人間の脳を、有限要素法を用いてモデル化したものです。脳の弾性(柔らかさ)や

粘性は、豚の脳を使った特性同定実験(図6)によって調べた値を使います。

次に何をめざしますか?

ロボットにどうやって簡単に作業指示を出すか、世界中の研究者が日々研究を行ってい

ます。アップル社のスマートフォン iPhone 4S に Siri(Speech Interpretation and

Recognition Interface:発話解析認識インターフェース)というアプリケーションが搭載

されました。Siriは人間の自然言語による問い合わせに、なかなか賢い答えを出すという

ことで、インターネットでも話題になっています。本来、ロボットもSiriのように自然言

語で問い合わせやお願いをすると、それに応じてくれるというのが理想です。そのような

ロボットが昔からSFなどに登場するのに、実際はなかなか実現しません。まるで人間の

ように、自然言語による作業依頼に応えてくれる、そんなロボットの開発は面白いんじゃ

ないかな、と思っています。

図2 垂直姿勢でホバリングする無人航空機 図3 手術シミュレータの概念

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作るために壊す・壊すために作る

大学院工学研究院・大学院工学院 准教授

小熊

おぐま

博幸

ひ ろ ゆ き

(工学部機械知能工学科機械情報コース)

専門分野 : 材料強度学

研究のキーワード : 金属,強度,破壊,真空,安全性・信頼性 HP アドレス : http://mech-me.eng.hokudai.ac.jp/~material/

モノは何故壊れるのか?

-安全性・信頼性向上のための基盤研究-

「今後の航空機開発における鍵の一つは材料だ。まずは材料の特性について知らなくて

は。」と考えて入った「破壊」の世界。その後、国内外でグライダー製造会社、旅客機製

造会社、材料試験会社において仕事をしてきて、「破壊の本質に迫りたい」という想いが強

まり、今日に至っています。「発想」を実際の「形」にできるのが技術者の魅力であり、自

分が関わったモノにより世の中が大きく変わる可能性もあります。そのモノづくりにおい

て破壊は、時として人の命に係わることもあり、極めて重要な問題の一つです。研究室で

は機械構造用材料(金属、高分子材料、複合材料)を対象として、機械的特性を中心とし

た材料特性の把握ならびに強度・機能の向上方法について日々研究を進めています。

まずは壊す・そして見る

-超高サイクル疲労に関する研究-

疲労破壊。一回だけ負荷されても壊れない程度の大きさの荷重であっても、繰返して負

荷されると材料に割れ(き裂)が生じて破壊に至る場合があります。これが「疲労」と呼

ばれる現象です。機械構造物の破損の7割以上に疲労は関係していることから、疲労に対

する対策は技術者にとって切実な課題です。一方、高強度の金属材料などにおいて、従来

の疲労に対する設計手法が適用できないような現象が生じることが明らかになっています。

この現象は「超高サイクル疲労」と呼ばれ、名前の通り負荷繰返し数が107回 = 1,000万回 を超えるような極めて長い寿命域で見られます。超高サイクル疲労においては破壊が材料

の内部から生じるという特徴があります(図1)。その破壊が生じる過程の詳細は明らかに

なっておらず、強度・寿命評価手法に関する統一的な見解は得られていません。

図1 疲労試験結果(Ti-6Al-4V 合金)

負荷繰返し数が1,000万回を超えたところで材料の内部から破壊

図2 大気中疲労試験装置

負荷繰返し速度は最大で1秒間に300回! 出身高校:渋谷教育学園幕張高校(千葉県) 最終学歴:北海道大学大学院工学研究科

(22)

図3 破面写真(左:表面から、右:内部からき裂が進展) 破壊起点周辺の様相(模様)が両者で異なった

図4 真空中疲労試験装置 到達圧力:10

-7

Pa (圧力は宇宙空間レベル!)

まず、実際に壊すところから研究は始まりました。図2に示すような専用の試験装置を

開発・設計し、チタン合金を対象として繰返し負荷試験(疲労試験)を行いました。そし

て、破壊した部分(破面)について電子顕微鏡を用いて詳しく観察をしました。図3が破

面写真の例になります。その結果、材料の表面からのき裂と、内部からのき裂で「進み方」

が異なるということが明らかになりました。

材料内部の環境は?

-真空環境を用いて破壊機構に迫る-

何故、き裂の進み方が異なったのか。ここで、き裂が曝される環境に着目しました。す

なわち、材料の表面にあるき裂は「大気」に曝されていたのに対して、材料の内部にある

き裂は大気からは遮断され「真空」に曝されていたと考えました。このように真空環境に

着目して材料の内部からの破壊へ迫る点がこの研究における最大の特色であり、世界でも

類を見ない試みです。そして、この考えを基に真空中で疲労試験を行い(図4)、破面を観

察しました。すると、真空中で材料の表面からき裂が進んだ場合に、材料の内部からき裂

が進んだ場合と同じ特徴が破面に見られたのです。このことは両者においてき裂の進み方

に共通点があることを示しています。すなわち、真空中でのき裂の特性を明らかにするこ

とにより、材料の内部からのき裂の特性を明らかにできることが示唆されました。

無いものは作れば良い

-評価手法確立から新技術開発へ-

今後は真空中で起きる現象についての詳細を明らかにすることにより、材料の内部から

発生する破壊の機構を解明することを目指します。並行して、強力なX線を用いて材料の

内部における破壊の過程を追いかけることも試みます。そこに解析的手法を交えて、新し

い強度・寿命評価手法の確立を目指します。さらに、破壊において明らかになった現象を

応用して、新たな接合技術、表面改質技術や材料の開発などへと展開をしていきます。

未知の領域へ踏み込むには独自の装置が必要となります。研究室では実験装置の開発・

設計を学生が中心となって行っています。また、実験にはやってみないと分からない、口

頭や文章では伝えきれないような技術が含まれます。皆さんも世界中のモノづくりの土台

となる安全性・信頼性の向上の一翼を担う技術者・研究者を目指し、自分で設計した独自

(23)

図2 制御システム 図1 スマートヘッドアクチュエータ

計測・制御技術の高度化を目指して

大学院工学研究院・大学院工学院 教授

梶原

か じ わ ら

いつ

ろ う

(工学部機械知能工学科機械情報コース)

専門分野 : 振動工学,制御工学,レーザー応用技術

研究のキーワード : 機械力学,音響,制御,スマート構造,レーザー

HP アドレス : http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/lsm/?page_id=127

何を目指しているのですか?

本研究室では、振動計測技術および制御技術の高度化を実現し、社会に役立てることを

目指しています。したがって、対象とする機械やシステムは、みなさんの身近なところに

あります。「社会に役立てる」という観点から、私は産学連携を積極的に推進しています。

特に、情報機器メーカーおよび自動車メーカーとの共同研究を長らく実施しており、実シ

ステムを対象とした制御手法・技術の開発を行っています。産学連携や企業との共同研究

と聞くと、「実用性のみを追求している」と思われがちですが、実際に世に出るシステムに

おいて、所望の性能や機能を実現し、しかも高い信頼性を持たせようとすると、基礎原理

や基礎技術が重要になることがよくわかります。複雑で手間のかかることをすれば、必ず

しもよいシステムができるわけではなく、基本的でかつシンプルなものが受け入れられる

ことが多いのです。これを実現するためのアプローチやシステムの構築を目指し、研究を

行っています。

どんな装置を使ってどんな実験をしているのですか?

情報機器メーカーと協力し、HDDヘッドアクチュエータの振動制御を高度化する研究

を行っています。HDDヘッドアクチュエータの振動抑制は、ディスクの記憶容量を向上

させる上で極めて重要です。スマート構造という技術を駆使し、PZTアクチュエータを搭

載したHDDスマートヘッドアクチュエータを図1に示します。本アクチュエータは、PZT

に電圧を印加することにより、PZT両端で面内方向の力を生じさせ、これを制御入力とし

て利用します。実験システムの構成を図2に示します。本制御により、ディスク高密度化

の障害となる共振振幅を効果的に抑制することに成功し、理想的な周波数特性が実現され

ました。また、本研究室では自動車メーカーとも積極的に産学連携を実施しており、排ガ

スに関する環境性能や燃費性能を向上させる新技術の一つとして、モデルベース制御手法 出身高校:東京都立工業高等専門学校 最終学歴:東京工業大学大学院

理工学研究科

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参照

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