高 橋
良 和
京 都
大 学
防 災
研 究
所
准 教
授
全 て
の 学
術 の
行 く
末 、
そ の
最 前
線 に
立 つ
。
Yoshikazu Takahashi
●1970 年京都府生ま れ。京都大学土木工学 科卒業。京都大学工学 研究科を経て 06 年、 京都 大学防災 研究所 へ。専門は耐震工学。
学術 への 興味 のめ ばえ 小学 生当 時の 校長 先生 が、 しば し ば全 校集 会時 に南 極の 話を して く れた
。図 書館 で調 べて みる と、 校 長先 生は 医学
・体 育を 専門 とす る 第十 次南 極越 冬隊 員で あっ た。 当 時の 私は 強く 南極 に憧 れを 感じ
、 それ が科 学へ の憧 れへ とな った
。 その 後、 高校 の同 級生 の父 親が 地 球物 理を 専門 とす る第 二十 八台 南 極越 冬隊 員で ある こと を知 り、 南 極熱 が再 燃。 技術 にも 興味 をも っ てい たた め、 地震 を学 べば 南極 に 行け るか も? と思 いな がら
、大 学 で耐 震工 学を 専攻 し、 今に 至る
。 残念 なが ら、 未だ 南極 の地 を踏 ん では いな い。 土木 は学 術の 最前 線? 現在 の専 門は 耐震 工学 であ り、 土 木工 学の 観点 から 研究 を進 めて い る。 ここ では 土木 工学 の視 点で
、 学術 の未 来を 考え る。 土木 と聞 くと
、ダ ムを イメ ージ する 人は 多い ので はな いだ ろう か? そし て、 ダム はム ダ。 ダム
= 公共 事業
=税 金の 無駄 遣い
。最 近 よく 耳に する 構図 であ る。 土木 工 学は
、社 会の ため の学 問と して
、 国土 を整 備し
、よ りよ い暮 らし を 支え
、社 会か らも 支持 され
、共 に 発展 して きた
。そ れが 今や
、ダ ム の例 を挙 げる まで もな く、 土木 と いう もの を否 定す る風 潮に ある
。
南極大陸。当時の小学生にとって、今の小学生が宇宙に対して感じるような未知なる興味の対象であった。
つま り、 ダム
︵問 題︶ は、 かつ て 繁栄 した 学問 の行 く末
、な れの 果 ての 最前 線に ある とい える
。ナ ノ テク やバ イオ
、医 療、 ロボ ット な ど、 現在 人々 の支 持を 受け る学 問 も、 ゆく ゆく は支 持を 失い
、現 在 の土 木の よう な状 況に 陥る 可能 性 は高 い。 ダム 問題 を克 服す るた め の活 路を 見出 すこ とは
、土 木の み なら ず、 学術 の未 来に 対す る希 望 とな る。 我々 が﹁ これ から の土 木 の魅 力﹂ を認 識し
、社 会と 共有 で きる こと
。そ れが 即ち 学術 の未 来 を救 うこ とな のだ
。 現状 認識 土木 技術 者、 研究 者は 悩ん でい る。 自分 達は もは や社 会か ら必 要と さ れて いな いの か? 公共 のた め、 す なわ ち私 欲を 滅し 働い てい るの に、 社会 は敬 意を 払っ てく れる ど ころ かム ダ扱 い。 その 結果
、土 木 関係 者の 精神 はど こへ 向く のか
? 内向 的に なる ばか りで ある
。社 会 のた めの 土木 が、 社会 では なく 自 身の 技術
・専 門性 によ り強 く目 を 向け るよ うに なっ た結 果、 土木 の ため 土木 とな って しま い、 社会 と 乖離 して しま った
。こ れが 現状 で あろ う。 カタ カナ ドボ ク カタ カナ ドボ クと いう 言葉 をご 存 じだ ろう か? ダム や高 速道 路ジ ャ
ンク ショ ンな ど, 機能 優先 の構 造 物を
﹁ド ボク
﹂と カタ カナ 表記 し、 マニ アッ クに 情報 を収 集、 発信 し てい る人 々が いる
。彼 らは 専門 家 が持 たな い視 点で 純粋 にド ボク に 興味 を持 ち、 向き 合っ てき た。 特 にダ ムマ ニア と呼 ばれ る人 たち は その 数も 多い
。ダ ムマ ニア 界で 超 有名 人な のが 萩原 雅紀 氏だ
。そ の 萩原 氏と
、先 日一 緒に 日吉 ダム へ 行っ てき た。 土木 の原 点は 俯瞰 的視 野 当初
、マ ニア の視 点に よる 土木 の 魅力 再発 見を 目論 んで いた のだ が、 実際 にダ ム下 に立 つこ とで
、 純粋 にそ の質 量感 に圧 倒さ れた
。 現地 でダ ムと 対峙 し、 再認 識し た こと は、 この よう な構 造物 を作 り 出す 人が
、そ の影 響力 を軽 視す る とは 考え られ ない こと だ。 自然 に 畏怖 と畏 敬の 念を もち なが ら、 人々 の役 に立 つた めの 構造 物を 造 る。 ダム 建設 に当 たっ ては
、あ ら ゆる 土木 技術 が総 動員 され る。 そ れ故
、個 々の 専門 性を 俯瞰 的に 見 渡す こと がで きる 力が 必要 であ り、 それ が土 木の 原点 の一 つで あ ろう 技。 術優 先で その 専門 性の みが 強 調さ れた 結果
、土 木の 魅力 も失 わ れて いっ たよ うに 思う
。そ れぞ れ の専 門性 を俯 瞰的 に見 る力 を持 つ 研究 者・ 技術 者を 再び 育成 する こ とが
、専 門内 のみ の課 題だ けで な く、 共通 課題 に取 り組 むこ とが で きる
。そ の結 果、 土木 の方 向性 と 社会 の要 請が 合致 する こと がで き、 土木 の復 建、 すな わち 明る い 学術 の未 来に つな がる と考 えて い る。
日吉ダム
Hiyoshi Dam
淀川の総合開発の一環とし て、淀川水系桂川に建設され た多目的ダム。1997 年、京 都府南丹市日吉町に計画より 25 年の月日をかけ完成した 重力式コンクリートダム。
日吉ダム直下に立つ筆者。ダムマニア萩原雅紀氏撮影。筆者も写真を撮っているが、記録的写真の価値があるものの、人に感動を伝えるには力不足であると痛感した。 専門家と国民が感動を共有できること。これがまず出発点であり、次への活力につながるのであろう。
ダムマニア清水篤氏によるモノクロ写真。純粋に幾何学的な面白さを切り取り、ダムの新しい魅力を伝えてくれる。